鋼の兄弟は、メンテナンスドックではなく、その上の家に戻っていた。 下に入れば、愛しい人がいる。彼女達の顔を見てしまっては、決意が鈍ってしまうような気がしていたからだ。 メンテナンスドックに繋がるシューターのドアを閉め、施錠した。インパルサーは床板を填め込み、元に戻した。 明かりが一切なく、家具も一つもないがらんどうのリビングで、兄弟達はそれぞれで思いを噛み締めていた。 ここへ戻ってくる間に、結論は出ていた。由佳達を危険な目に遭わせないために、身を隠しておくべきだ、と。 それは、イレイザーが口に出すより先に、リボルバーが言ったことだった。戦いの火種はオレ達自身だ、と。 オレ達さえここにいなきゃ、何もかも変わらないはずだった。三年前の戦いも、起きるはずがなかったんだ。 今回だって、そうだ。オレらがこの星に戻って来なきゃ、あの嬢ちゃんだって、あんな目に遭わなくて済んだ。 だが、オレ達は戻ってきちまった。恋なんて感情を覚えちまったから、好きで仕方ねぇ相手に会いたかったから。 オレは、スズ姉さんに惚れたことは後悔しちゃいねぇ。けどよ、今ばっかりは、ちぃとだが後悔しちまいそうだぜ。 インパルサーは、リボルバーの言葉を反芻していた。そのリボルバーは腕を組み、リビングの壁にもたれていた。 薄暗いので表情は見えづらいが、光度を補正すれば見えないこともない。長兄は、とても厳しい顔をしていた。 インパルサーも、マスクを外せばそんな顔をしているはずだ。地球に戻ったのは、由佳に会いたかったからだ。 生まれて初めて恋をした相手であり、生まれて初めて愛して欲しいと欲した相手であり、心から愛する女性だ。 惑星ユニオンでの辛い日々も、彼女に会えると思えば乗り切れたし、由佳の存在を支えにして生きている。 その、彼女から離れなければならない。出来ることなら片時も離れたくないが、近くにいては彼女が危ない。 恋しい。愛しい。だが、守るためには、傍にいてはいけない。なんて理不尽だ、とインパルサーは内心で嘆いた。 「ん」 不意に、窓際にいたディフェンサーが顔を上げた。彼の目線の先には、真っ暗な廊下に佇む神田がいた。 「何してんだよ、葵ちゃん」 「お帰り、皆」 疲れ果てた弱々しい声で、神田は呟いた。インパルサーは、声色を無理に明るくさせる。 「ダメですよ、ちゃんと眠らないと。葵さんは明日も講義があるんですから」 「それで、どうなったんだ?」 インパルサーの言葉を無視し、神田は尋ねてきた。 「それが、その…」 インパルサーが躊躇うと、リボルバーが代わりに言った。 「ろくでもねぇことになった。敵は手段を選んじゃいねぇ、人間を盾にしてオレ達と戦おうとしやがったのさ」 「それらの状況から判断するに、このまま拙者や兄者方が皆の傍にいることは、危険極まりないのでござる」 イレイザーに、クラッシャーが続ける。末の妹は、今にも泣き出してしまいそうだった。 「だからね、私達、皆から離れるの。ずっと一緒にいたいけど、このままだと涼が危ない目に遭うんだもん」 「顔なんて見ちまったら、また会いたくなっちまうからな。だから、こっちにいたんだよ」 自嘲するように、ディフェンサーが口元を引きつらせた。 「葵さん」 インパルサーは、レモンイエローのゴーグルに神田を映した。 「僕が由佳さんの傍にいないからって、手を出したら許しませんからね?」 「解ってるさ、それぐらい」 神田は壁に寄り掛かると、暗闇の中で光っている五人のスコープアイを見やった。その色は、いずれも強い。 余程の大事が起きたのだろう。彼らが何よりも大事に思う人の傍から、自ら身を引くのだから、相当なことだ。 ますます、歯痒くなった。せめて手助けをしてやりたい、と思うが、何もしない方がいいのだろうと思った。 夜が明けるのが、怖くなる。また会えたのに、再び彼らがいなくなってしまうのが悲しいのは、神田も同じだ。 彼らがどう思っているのか解らないが、神田にとっては掛け替えのない友人であり、尊敬すべき戦士達だ。 神田は、考えるだけ考えた。眠気と緊張と、苛立ちと焦燥で乱れた思考の中から、言うべき言葉を出した。 「また、帰って来いよ」 言われなくても帰ってきますよ、とインパルサーは言ったが、それ以上は言わなかった。保証が、出来ないからだ。 シュヴァルツ工業とは、戦うわけにはいかない。だが、戦わなければ、その分事態は滞ったまま動かなくなる。 事態に収拾をもたらすためには、混乱が必要な場合もある。しかし今回だけは、事を荒立てるべきではない。 ただ大人しく、シュヴァルツ工業がマシンソルジャーに関わることを止めてくれる日を、待ち望むしかなかった。 希望と言うには頼りなく、願いにしては消極的だ。それに、ああいった企業が、簡単に諦めてくれるはずもない。 だが、これしか方法がないのだ。これ以上、誰も傷付かないために出来ることは、最前線から逃げることのみ。 感情回路を制御するエモーショナルリミッターが、レッドゾーンだった。愛しさと、憎しみを押さえているからだ。 せめて、この心が殺せたら、もう少し楽だったかもしれない。インパルサーはコアブロックの位置に、手を当てた。 その手を、力の限り握り締めた。 意識を取り戻したすばるは、瞬きを繰り返した。 白い天井から吊り下げられた蛍光灯は眩しく、目に痛いほどだ。虚ろな意識の中から、記憶を探り出していく。 負けたのだ。仕事にも失敗した。前線からは外されるだろう。必死に訓練したのに、全て無意味になった。 酷い頭痛がして、身動きが取れない。疲労が全身にあり、鉛のように重たく、瞼を開くことすら億劫だった。 ベッドの傍に、誰かがいる。視界の隅にいる人影はすばるを見下ろしていたが、傍らに立つ人間に向いた。 「失敗か」 冷淡な、父親の声。 「流星が破壊されてしまうとは。捨て駒だけが生き残っても、何の意味もない」 「案外、役に立ちませんでしたね。方向性を切り替えましょう。直接当たっては、こちらが消耗するだけです」 もう一人の人間はすばるに目をやることもなく、男だけを見ている。 「外堀から攻めましょう」 「あれと連んでいる人間に手を出すのか?」 男が言うと、もう一人の人間は、いえ、と首を横に振る。 「米軍です。我々にも、後ろ盾が必要です。それに、あちらにはまだ高宮重工の息は掛かっていません」 「高宮か。そういえば、そこの次女があれと連んでいるな」 「はい。ですから、現在の状況であちらに近付けば、高宮重工ともやり合う羽目になってしまいます」 「それは困るな。色々と」 それ以上は、聞こえてこなかった。すばるはまた目を閉じて、鈍い頭痛に苛まれながらも、眠気に身を任せた。 これから、自分はどうなってしまうんだろう。でも、死にたくない。またあんな目に遭うのは、もう嫌だ。 せめて、生きていたい。そのためには、もっと、シュヴァルツ工業の役に立つ人間にならなくてはいけない。 またあんなことになってしまったら、間違いなく放り出される。対人型戦闘兵器戦術課から、追い出される。 父親と見知らぬ男の会話の内容は、理解したくなかった。だから、聞かなかったことにして頭から追い出した。 男は、掛け替えのない父親だ。この世でただ一人の血縁だ。血の繋がった親が、子供を裏切るわけがないんだ。 だから、今のことは夢の中の出来事にしておこう。体中の痛みが現実だと伝えてくるが、精一杯、無視した。 母親が死んだ時、決めたのだ。父親の役に立てるような人間になって、与えられた愛情の分、頑張るのだと。 だから、もう失敗は許されない。もっと必死に、色々なことを勉強して、シュヴァルツ工業のために働くのだ。 そしていつの日か、あの五色のロボットを打ち倒すのだ。どんなことをしてでも、どんな犠牲を払ってでも。 鈍く重たい胸中を、無理矢理押し込めた。泣き出したい気持ちを潰して、苦しさを感じないようにした。 そうでもしなければ、どうにかなりそうだった。 それから、一週間後。 目覚めの悪い朝が、続いていた。朝起きて、部屋の中に彼の姿がないかと探すが、やはりどこにもいなかった。 由佳は、ベッドの中で身を捩った。眠る前に流した涙が目の端に残っていて、擦った。まだ、泣いてしまう。 死んだわけじゃない。ただ少し離れるだけ。今度は同じ星にいるんだから、前に比べたら距離が短いのだから。 「パル」 名を呼んでも、返事は帰ってこない。それでも、呼んでしまう。由佳は無性に悲しくなって、泣きそうになった。 あれだけ流しても、涙は涸れない。いっそ涸れてくれた方がいいと思うが、それでも、独りでに出てきてしまう。 枕元に手を伸ばすと、紙が手に触れた。何度も読んでいるので折り目がくっきりと付いた、メモ用紙だった。 これは、一週間前のあの出来事の後に部屋に戻ってきたら、窓枠の隙間に畳んで押し込んであったものだ。 由佳は仰向けになると、紙を広げた。カーテンの隙間から差し込んでいる細い光が、天井に長く伸びていた。 由佳さんへ 突然こんな事態になってしまって、僕も困惑しています。挨拶もせずに、姿を消してしまってすみません。 詳しい事情は、お話し出来ません。出来ることなら教えて差し上げたいのですが、何分、状況が危ういんです。 シュヴァルツ工業の考えていることがちゃんと把握出来ていませんし、なぜ攻撃してきたのかも解りません。 ですから、僕達も動けません。下手なことをして、相手を刺激してしまって戦いになってはいけませんから。 ですが、約束します。事が落ち着いたら、僕は必ず、由佳さんの元へ帰ることを誓います。 それが、由佳さんの部下であり、そして恋人である僕の役目なのですから。 その日が、一日でも早く来ることを願っています。どうか、お体に気を付けて。 PS 僕が書いたお料理とお菓子のレシピは、青いファイルにファイリングしてあります。 気が向いたら、それを参考に作ってみて下さい。僕のものと同じ味になるはずですので。 ブルーソニックインパルサー 「…馬鹿」 由佳はインパルサーの手紙を枕元に置くと、顔を伏せた。 「あたしが作ったって、どうしようもないんだから。あんたが作ったのじゃなきゃ、おいしくないんだから」 インパルサーは強力な戦闘ロボットでありながら、料理、特にお菓子を作るのが大好きで、彼の一番の趣味だ。 由佳は、いつもそれに付き合っている。というより、付き合わされている。いつもいつも、彼は何か作っている。 家に帰って冷蔵庫を開けると、プリンやババロアが冷えていたり、時には立派なサイズのホールケーキもあった。 元々器用な上に研究熱心なので、その味は三年前よりも向上していた。店を開けてしまいそうなほど、おいしい。 だがそれは、インパルサーが作ったものだからだ。同じものを自分で作ってみても、それほどではないと感じた。 インパルサーが、由佳への愛情を込めて作るからこそ、あの優しい味が出る。彼以外では、出せない味なのだ。 作り方だけ教えてもらっても、意味がないのだ。由佳は、胸の奥が締め付けられるような、切なさに襲われた。 シュヴァルツ工業。名前だけなら知っている企業。鈴音の父親が経営する高宮重工よりも巨大な、世界的企業。 一週間前のあの日の夜明け、底冷えするメンテナンスドックの中で、由佳らは彼らが帰還するのを待っていた。 だが、いつまでたっても戻ってこなかった。そのうちに、神田が言った。皆を守るために身を隠したんだ、と。 最初は、何を言っているのか解らなかった。しばらく間を置いて、寝覚めのぼんやりした頭が状況を理解した。 神田は一晩中起きていたのか、憔悴していた。混乱した涼平が神田に掴み掛かると、神田は苦しげに呻いた。 オレだって、引き留めたかった。でも、解るんだ、あいつらの気持ちが。だから、何も言えなかったんだよ。 鈴音が、珍しく、荒れた。その部下であるリボルバーのように声を荒らげて、金属の壁を力一杯蹴り飛ばした。 ヒールのへし折れたパンプスを放り投げた鈴音は、長い髪を振り乱し、喚いた。こんなのって、ないわよ。 さゆりは、ずっと泣いていた。律子はその場に座り込み、動かなかった。涼平も、神田の前で崩れ落ちた。 由佳は、突っ立ったままだった。ぼんやりと高い天井を見上げながら、パルはどこにいるんだろう、と思った。 大学に行く時間になっても、何も出来なかった。他の四人も同じで、メンテナンスドッグの中に居続けた。 昼が過ぎて夕方近くなった頃、鈴音が言った。戦う、あいつらとは違う方法で。なんだって、してやるわよ。 うちの会社でのし上がって、力付けたら、シュヴァルツなんかに負けないロボットを造ってやろうじゃないの。 そのロボットで、シュヴァルツと戦うのよ。ボルの助達が戦う必要なんてないくらいに、強いのを造ってやる。 鈴音の声は、決意と怒りで震えていた。由佳は、鈴音に尋ねた。その子達の名前は、なんて言うのにするの。 顔を強張らせていた鈴音は、頬を緩めた。南斗と北斗。地球の上から下まで、制することが出来るように。 「南斗と、北斗…」 鈴音の言っていた名を思い出し、由佳は伏せていた顔を上げた。 「どんなのに、なるのかなぁ」 今はまだ、彼らは設計図すらない。鈴音の頭の中にあるだけだ。それが生まれてくるのは、いつになるだろう。 遠い未来かもしれないが、意外と近いかもしれない。鈴音は、工業系の大学に進学し、機械技術を学んでいる。 高宮家には息子がいないので、行く行くは高宮重工を背負うかもしれない、ということで自主的に進学したのだ。 元より頭が良かった鈴音は、そういった方面の才能があったらしく、かなりの成績を収めているようだった。 だから、いつか、彼女は造ることだろう。鋼の兄弟を戦いから守るために、人を守るために戦う、機械兵士を。 どんなロボットになるんだろう、と由佳は少し楽しみになった。鈴音のことだ、良いものを造るに違いない。 鈴音も由佳と同じように、リボルバーを強く想っている。甘ったるくはないが、とても熱い、強い愛情だ。 由佳は、鈴音が羨ましくなった。何も出来ない自分と違って、彼女ははっきりとした形を持って動いている。 負けてはいられない。好きな相手がいなくなって悲しいのは、自分だけではない。皆が、同じ境遇にいる。 いつまでも沈んだままでは、インパルサーに心配を掛けてしまう。それに、元気にしていた方が自分も楽だ。 由佳はベッドから起き上がると、伸びをした。インパルサーからの手紙を、机に引き出しに大事に入れる。 ベッドから降りて、カーテンを引いて窓を開けた。雲一つない快晴で、青い空はどこまでも広がっている。 この空の下に、彼はいる。だから、必ず、また会える。 高い、高い、空の中。 眼下に見えるのは、家々がひしめき合っている都市の街並みだった。排気ガスと朝靄で、景色が霞んでいる。 吹き付けてくる風は地上よりも遥かに強く、ブースターの出力を上げていないと、流されてしまいそうだった。 聴覚センサーに入ってくる人々の生活音は、いずれもけたたましい。曲がりくねった線路の上を、電車が通る。 この時間は、まだ彼女は眠っている。だから外へは出てこないと解っているが、つい、その姿を探してしまう。 レモンイエローのゴーグルを輝かせていた朝日が、陰った。インパルサーの脇に、リボルバーが滑り込む。 「長居すると、見つかっちまうぜ。ソニックインパルサー」 「ええ」 気のない返事をしたインパルサーに、リボルバーは街中で特に目立つ、高宮家の広大な屋敷を見下ろした。 「ま、気持ちは解るがよ…」 「フレイムリボルバー」 「んだよ」 インパルサーに話し掛けられ、リボルバーは素っ気なく返した。次兄は、ゴーグルに長兄を映す。 「鈴音さんの演説、拝聴しましたか?」 「ああ、シャドウイレイザーの野郎から音声データを寄越されたぜ。全くよう、盗聴なんて趣味悪ぃことしやがって」 リボルバーが毒突くと、インパルサーはマスクの下で少し笑った。 「ちょっと、羨ましいです」 「オレからしてみりゃ、てめぇの方が羨ましいぜ。いつもいつもベッタベタしやがってよう」 スズ姉さんもブルーコマンダーぐれぇ素直ならやりやすいんだが、とリボルバーはぼやいたが、笑んだ。 「ま、悪い気はしねぇがな」 「鈴音さんが造るロボットの名前についての異議申し立てをするなら、なるべく早い方が良いですよ?」 インパルサーが意見すると、リボルバーは太い腕を組む。 「名前が二つ、ってことは兄弟機か。オレらみてぇなのを造るのか、スズ姉さんは」 「大丈夫ですよ、それは。鈴音さんが南斗さんと北斗さんの設計に使うデータはフレイムリボルバーのものかもしれませんが、人工知能のプログラミングや教育を行うのは鈴音さんです。ですから、フレイムリボルバーのような短絡的な思考パターンを持つ人工知能になることはないと思いますよ?」 インパルサーが、茶化すようににやけた。リボルバーは苦々しげにしていたが、けっ、と顔を逸らす。 「てめぇみてぇな女々しい野郎には、間違ってもならねぇだろうぜ。生っちょろいのは、てめぇ一人だけで充分だ」 「僕としては、あなたのような荒々しい性格のロボットが増えることは頂けません。相手をするのが面倒ですから」 「ぶん殴るぞ」 リボルバーはライムイエローの目を強め、インパルサーを鋭く睨んだ。インパルサーは、するりと身を引く。 「どうぞどうぞ。まぁ、僕を捉えることが出来たら、ですけどね?」 「そんな下らねぇこと、してる暇なんざあるか。オレは日本から出て、他の大陸に向かう。てめぇはどこに行く」 弟に向き直り、リボルバーは空の彼方を示した。インパルサーは、そうですねぇ、と考えあぐねる。 「とりあえず、この星の空を飛び回ってみようかと思っています。長時間稼働していれば、エンジンの廃熱がフィードバックされてバッテリーに蓄積してくれますから、充電の必要も減りますしね」 「他の連中も、地球上の適当な場所にいるからな。機会があれば会えるだろうぜ、あいつらとは」 「ええ、そうですね」 インパルサーは兄に向き直ると、敬礼してみせた。 「じゃ、しばしのお別れですね、兄さん」 「おう」 リボルバーも、敬礼を返した。 「達者でな」 インパルサーは兄に背を向けると、加速した。背中に付いた三つのブースターだけを作動させ、飛び抜ける。 強烈な風が全身に訪れ、激しい音を立てて通り過ぎる。由佳の住む街が、己が住んでいた街が、離れていく。 視覚センサーだけを下に向けていたが、前に向けた。巨大なビルの建ち並ぶ都心が近付いてきたが、過ぎた。 また、いつか。戦いのなくなった日に、愛しい人の元へ帰ろう。その日までは、恋心は封じ込めておこう。 インパルサーは、ソナーの端に映っていた兄の姿が消えたのを確認すると、更に加速して東京上空から離れた。 目の前に広がる雄大な海原は、果てで空と交わっている。青と青の接する場所に向けて、青い戦士は飛ぶ。 痛む心を、鋼の肉体に隠しながら。 戦いの終わりは、新たなる戦いの始まりでもある。 06 9/22 |