敵機、五機接近。レーダーが、それを知らせていた。 全面モニターに映し出される真っ暗な空には、赤い光で成された罫線が重なっており、レーダーが左隅にある。 そのレーダーには、敵機との距離も表示されていた。後二キロ程度で、この岩石採掘現場までやってくる。 すばるが手に握り締めたグリップを前に倒すと、流星の体が動いた。両腕を支えにしながら、起き上がった。 曲げていた膝を伸ばし、背筋を伸ばし、前に踏み出す。ぎぎっ、とつま先の下でトレーラーの底板が歪んだ。 すばるのヘルメットは頭部の各種センサーと連動しているので、首を左右に動かすと、流星の首も動いた。 敵機は、更に接近してくる。一キロ、八百メートル、五百メートル。空を飛んでいるのだろう、一気に縮まる。 もう、戦闘準備に取り掛かるべきだ。そう判断したすばるは、グリップに付けられたボタンを押し込んだ。 膝を曲げた流星はトレーラーの荷台から飛び上がると、地面に落下した。どぉん、と重たい震動が響き渡る。 流星が歩き出すと、流星を載せていたトレーラーの周囲で待機していた戦闘部隊が走り出て、前方を固める。 レーダーによれば、五機は南西からやってくるようだった。戦闘部隊の銃口が、南西の夜空を見上げている。 視界の端に映る、五つの光の点滅が、徐々に近付いてくる。四百メートル、三百メートル、二百メートル。 「百八十、百五十、百二十、百、八十、六十、四十、二十、十、九、八、七…」 すばるが敵機との距離を読み上げていくと、夜空に光が現れた。星やビルのネオンとは違った、強い光源だ。 レモンイエローの閃光を放つゴーグルを持った、青いロボットだった。それが、真っ先に、上空に現れた。 その背後には赤いロボットと黄色のロボットが並んでおり、一番最後には黒のロボットと紫のロボットがいた。 間近で見るのは、初めてだった。五体のロボットの、色とりどりの眼差しは、流星にだけ向けられていた。 青いロボットが空中で制止すると、他の四体も制止する。戦闘部隊の後方にいたリーダーが、鋭く命令した。 「迎撃開始!」 「フォトンシールドッ!」 戦闘部隊の銃口が一斉に火を噴いた直後、薄く輝く黄色の壁が、夜空を覆い尽くした。弾丸が、光の壁に向かう。 光の壁のすぐ後ろには、手足がやたらと大きいが体格は小さい黄色のロボットがおり、片手を突き出している。 目映い障壁が、厚さを増した。弾丸が光に埋まった瞬間、全ての弾が破裂し、硝煙の煙と共に細かな塵が散る。 黄色のロボットが手を下げると、光の壁が消えた。戦闘部隊をじろりと見下ろした彼は、ぺっ、と吐き捨てる。 「そんなもん、効くと思うな。戦車砲でも持ってきやがれ。まぁ、オレ様に当たるはずなんてねーけどな」 「無駄な挑発はしないで下さいよ、フォトンディフェンサー。ややこしいことになりますから」 青いロボットが003と表記された黄色のロボット、ディフェンサーを諫めると、ディフェンサーは顔を背けた。 「わーかってるよ、そんぐらい。こんな時に小言なんて言うんじゃねーよ、インパルサーの兄貴」 002と表記された青いロボットの名は、インパルサーと言うようだった。これだけでも、大きな収穫である。 今まで、シュヴァルツ工業は彼らの名を把握していなかった。よって、色や、そのナンバーなどで呼称していた。 先頭は、001と背に表記されている赤いロボットだった。大きな足を砂に埋め、ライムイエローの目を上げる。 「オレ達は、てめぇらと戦いに来たんじゃねぇ」 赤いロボットが一歩前に踏み出すと、黒光りする銃口は更に上げられた。 「まず、自己紹介からさせてもらおうじゃねぇか。てめぇらはオレ達のことは外面しか知らねぇだろうからよ。オレは、レッドフレイムリボルバーっつうんだ」 「僕の名は、ブルーソニックインパルサーと申します。以後、お見知り置きを」 青いロボット、インパルサーが深々と頭を下げる。ディフェンサーは、さも嫌そうに視線だけを動かした。 「オレはイエローフォトンディフェンサー。つーか、なんで名乗るんだよ、こんな時に。いらねぇだろうが」 「誤った情報は誤った判断しか生まぬのでござる。相手方の情報のずれを修正するためにも、必要なのでござる」 004と表記された紫のロボットが、細身の腕を組む。 「拙者は、パープルシャドウイレイザーと申すマシンソルジャーでござる。拙者達は、あなた方に敵意はござらん」 「うん。だから、その銃を下げて欲しいな」 子供程度の大きさしかない女性型の黒いロボットは、一人だけ宙に浮いていた。 「私は、ブラックヘビークラッシャーって言うの。戦いに来たんじゃないの、本当だよ?」 「確かに、僕達は戦闘兵器です。ですが、僕達は平和を望んでいるんです」 インパルサーが、スカイブルーの胸装甲にマリンブルーの大きな手を当てた。クラッシャーが、大きく頷く。 「私達は、何もしないよ、本当だよ! だって、この星には戦う相手もいないんだもん!」 「元より拙者達は、人間と呼称される生命体に対しての攻撃は出来ぬように造られている。だから、あなた方が危惧しているような危険は訪れぬのでござる。拙者達は誰とも戦う気は持っておらぬし、五人の身からは大量破壊兵器と成り得る武装は解除してあるのでござる。よって、拙者達は、単なる機械人形に過ぎぬのでござる」 イレイザーが、淡々と言葉を並べる。ディフェンサーはあまり言いたくないらしく、仕方なさそうに言った。 「だから、なんつーか、オレ達に手ぇ出さないでくれねぇか? 正直、面倒なんだよ。戦うのなんてよ」 「まぁ、そういうこった」 リボルバーが、彼らの言葉を締め括った。番号の順番から考えるに、恐らく、彼は五体のリーダー格なのだろう。 すばるは、いつのまにか食い縛っていた奥歯を緩めた。グリップを引いてボタンを操作すると、流星が前進した。 すると、五体は身構えた。すばるは、いや、流星は両腕を前に突き出すと装甲を開き、レーザー砲を出させた。 これは、シュヴァルツ工業が造ったものではない。大量のロボットのスクラップの中から、見つけ出したものだ。 エネルギーをレーザー砲に集中させ、充填していく。視界の隅のエネルギーゲージが満量になると、点滅する。 「発射あ!」 すばるは叫ぶと同時に、左右のグリップの頂点にあるボタンを押し込んだ。赤い閃光が収束し、一直線に伸びる。 閃光は、照準の先にいたリボルバーに向かった。だが、赤い閃光が赤い装甲に触れる寸前、光の壁が現れた。 手を前に掲げたディフェンサーが、流星を強く睨んでいた。どうやら、彼が、この光の壁を操っているらしい。 「…交渉決裂かよ」 「予想はしていたが、やはり、残念なものは残念でござる」 イレイザーは、首を小さく振った。つま先を砂地に埋め込ませると、俊敏な動きで地面を蹴り上げ、跳ねた。 紫の忍者は軽々と浮かび上がって前進し、そのまま光の壁に接触するかと思われたが、なぜか擦り抜けた。 弾丸を消し飛ばしたことやレーザー砲を受け止めたことから考えるに、相当な出力を持っているはずなのに。 すばるを始めとした戦闘部隊の面々が、呆気に取られた。音もなく宙を滑った細身の影が、とん、と舞い降りた。 「シャドウクロー!」 イレイザーは掛け声を発し、両腕を振り抜いた。両腕の装甲の先から、四本の金属製の長い爪が飛び出した。 見るからに鋭い爪先が、トレーラーから注ぐ強烈な照明で輝いた。その輝きが上がり、軌跡を残して振られる。 「失礼するっ!」 金属同士が擦れ合い、火花が飛び散る。恐ろしくしなやかな動作で、紫の影は戦闘員達の前を滑り抜けた。 それは、ほんの一瞬の出来事だった。イレイザーの姿を視認した頃には、その姿は既に遠のいた後だった。 ロボットにしてはやたらと軽い足音で地面を蹴ったイレイザーは、高く飛び上がり、戦闘員達と間を空けた。 若干のラグの後に事態を理解した戦闘員が、自動小銃を上げた。が、その銃身は、真っ二つに切られていた。 他の戦闘員達も自身の自動小銃を持ち上げるが、全員の銃身が斜めに切断されていて、驚愕の声が上がる。 ならば、と腰の拳銃を手にしようとした者もいたが、その拳銃のグリップも切断されていて、弾丸が落ちた。 「案ずるな、断ち切ったのは銃器だけでござる」 両腕の装甲にシャドウクローを戻したイレイザーは、横長の赤いゴーグルを光らせた。 「拙者達はマシンでござるが、やはり、撃たれることは好かぬのでな」 流星の目でも、追えなかった。すばるは慌てふためいて逃げ出した戦闘員達と、その奧にいるロボットを睨んだ。 さすがに、本家は違うと言うことか。だが、これぐらいのことで動じてはいけない。作戦は、まだ続いている。 流星は太い足を踏み込み、駆け出した。真正面にいるリボルバーを見定めると、拳を固めて、振り翳す。 「このおっ!」 精一杯のパワーを込めて振り下ろした拳が、リボルバーの手で受け止められる。 「なんだ、てめぇは」 体重を掛けて拳を押し込んでいくが、リボルバーはよろけもしなかった。体格は流星が上なのに、なぜだ。 だったら、右腕のレーザー砲で。そう思ったすばるが流星の右腕を上げさせると、突如、衝撃波が訪れた。 「ごめんね!」 クラッシャーの声がしたかと思うと、流星の巨体が浮かび上がり、そのまま吹っ飛ばされた。 「やあっ」 思い掛けない衝撃に揺さぶられ、すばるは悲鳴を上げた。逆噴射して制止するよりも前に、土砂の中に埋まる。 視界を砂に塞がれてしまい、動けなかった。ぶつかったのが岩盤ではなく、土砂であったことがまだ幸いだ。 これで岩盤だったら、衝撃で気を失っていたことだろう。すばるは薄らいだ意識を取り戻し、流星を立たせた。 さっきのは一体、なんだったのだ。ジェットブースターの噴射とも違うようだし、一瞬だが、体が浮いていた。 だが、それがなんであるか考えるのは二の次だ。すばるは、流星のスラスターを開こうとしたが、出来なかった。 「あれ?」 先程の衝撃で、背部の加速用スラスターが、破損したのだろうか。だとしたら、モニターに表示されるはずだ。 何度操作しても、スラスターが開かない。プログラムエラーの表示も出ていないし、ダメージの表示もなかった。 なのに、動かない。すばるが動揺していると、流星の足は勝手に前に進み、腹部装甲が独りでに開いていった。 「なっ、なんやの?」 突然開けた視界に、すばるは戸惑ってしまった。砂混じりの冷たい夜風が、防護スーツ越しでも感じられる。 ヘルメットの全面モニターも映像が切り替わり、己の視界と同様の、ヘルメットにあるカメラのものとなった。 「…女か」 すばるの姿を見、リボルバーが漏らした。すばるは必死に流星を動かそうとするが、全く操縦を受け付けない。 「どないしたん、なぁ、流星!」 すばるは無線に向かって、叫ぶ。 「誰でもええから応答してぇな! この子、どないになってしもたんや!」 だが、誰も答えない。いつのまにか、戦闘部隊も撤収している。 「誰か答えてぇな! エラーでも起きたん、吹っ飛ばされた時に故障でもしてしもたん、なぁ、教えたってや!」 上半身を拘束していたベルトが縮まり、背中がシートに押し付けられる。両足も、同じように強力に固定される。 「なぁ、なぁ、どないなっとんのや!」 『すばる』 誰も答えない無線の向こう側から、あの男の声がしてきた。すばるは縋る思いで、父親に叫んだ。 「お父はん! この子、どないになってしもたんや! お父はん、どこにおるん!?」 『お前は何もしなくていい』 「何もって、何もってなんやの、お父はん!」 『何もしなくていいんだ』 その言葉を最後に、父親からの無線は切れた。 「お父はん、返事してぇな、なぁ、お父はん、お父はん! お願いやから、ホンマ、何がどうなっとるんや!」 すばるの絶叫が、勝手に歩き続ける流星の足音に掻き消された。 「うちに教えたって、誰でもええからぁあああ!」 インパルサーは、僅かな震えの起きた手を握り締めた。一番考えたくなかったことを、相手は実行したようだ。 やはり、シュヴァルツ工業は知っていたのだ。マシンソルジャーが人を殺せないように設定されていることを。 そこに付け込むために、女を中に入れた。操縦を外部から行い、彼女を拘束し、機体の盾としたに違いない。 女の、いや、少女の咆哮は続いている。その掠れた声のあまりの痛々しさに、インパルサーは顔を背けた。 他の兄弟達も、それぞれに表情を歪めている。長兄のリボルバーは、露骨に怒りを顔に出していた。 「…汚ねぇ真似しやがって」 「んで、どうする?」 ディフェンサーが、大きな両手を握って固める。クラッシャーは上昇すると、片手を前に差し出す。 「そんなこと、決まってる!」 クラッシャーは、内蔵されたアンチグラビトンジェネレーターの出力を上げ、範囲を指定して重力を半減させた。 見るからに重たい流星が容易く浮かび上がり、地面から三メートル程度の空中まで上昇すると、動きを止めた。 突然の浮遊感と、地面との距離が空いたことで、すばるは更に動揺したが、最早何が何だか解らなくなっていた。 殺される。死にたくない。だけど、逃げちゃいけない。けれど、怖くて怖くて怖くて怖くて怖くて、たまらない。 直線上で同じ高さに浮いているクラッシャーは、目が大きくて幼い顔付きを引き締めていて、威圧感すらあった。 その下では、他の四体のロボット達が身構えている。ああ、きっと、殺されるんだ。すばるは、そう確信した。 「助けてやるに決まってんだろうがぁああああっ!」 リボルバーの激しい怒声が、空気を揺さぶった。弾倉を装備した両肩を上げ、そこから伸びた銃身を上げる。 「フレイムッ」 両肩の真紅の弾倉が回転し、リボルバーの拳が握られる。 「ボンバーッ!」 銃口から放たれた二つの炎が、真っ直ぐ、流星に向かう。すばるが顔を背けると、炎の固まりは両腕を焼いた。 炎が後方に抜けると、衝撃が訪れて機体が揺れる。遅れてやってきた熱風には、金属の溶ける匂いが混じる。 流星の内部で、レッドアラートが鳴り響く。機体損傷、両腕部使用不可能、と機械的な音声が繰り返される。 続いて駆け出してきたのが、インパルサーだった。あっという間に流星に近寄ると、とん、と軽く飛び跳ねた。 コクピットのすぐ目の前に現れたインパルサーに、すばるが身動ぐと、インパルサーは左手の甲から刃を出した。 「大丈夫です。僕が切るのは、あなたを縛り付けているものだけです」 「やっ、やあ!」 真っ白く輝くブレードに怯え、すばるは顔を左右に振る。インパルサーはもう一度、大丈夫です、と呟いた。 怖い、怖い、怖い。すばるがきつく目を閉じると、間近で刃が振られ、金属と金属が擦れる音が数回続いた。 その音が止むと、急に上半身が傾いた。体の前部を固定していたベルトが切り裂かれ、支えを失っていた。 足も自由になっていて、前のめりになってしまう。このままでは落ちる、と思ったが、体はなぜか止まった。 いや、浮いている。切り裂かれたベルトの先が、空気の流れに沿ってゆらゆらと揺らぎ、体がやけに軽い。 すばるが戸惑っていると、インパルサーに抱えられて流星から脱した。離れた途端に、再び重量が全身に訪れた。 ロボット達の頭上を抜けて、砂利の地面に着地した。膝を擦りながら止まったインパルサーは、すばるを下ろす。 「ここで大人しくしていて下さい。後は、僕の兄弟がなんとかしますので」 すばるは、気が遠くなりそうだった。殺されるかと思っていたのに殺されていない安堵感で、脱力してしまう。 だが、ここで倒れてはいけない。敵は目の前にいる。戦って、倒して、プログラムコアを奪取するのが仕事だ。 すばるは震える足に力を入れて、立ち上がった。防護スーツの腰に提げていた拳銃を抜き、突き付ける。 ごつっ、と銃口がインパルサーのゴーグルに押し当てられた。インパルサーが、かなり驚いた様子で身動ぐ。 「あっ」 「ぅああああああっ!」 死ね、死ね、死んでしまえ。引き金を、何度も引く。 「あああああああああっ」 弾丸が尽きても、尚、引き続けた。腕と全身に反動の痺れが残り、絶叫を続けた喉が痛く、吐き気さえした。 「う、ぐ」 度重なる恐怖による過剰なストレスで、すばるはヘルメットの中で吐き戻した。手から銃を落とし、座り込む。 レモンイエローのゴーグルを何度も撃たれたインパルサーは、傷一つ付いておらず、すばるを見下ろしている。 それが、一層憎らしかった。すばるが嘔吐の気分の悪さと苦しさで涙を流していると、インパルサーが言った。 「もう、大丈夫ですから。僕達は、あなたを攻撃したりしませんから」 穏やかで、理性的な男の声だった。インパルサーの言葉の優しさに安心しそうになって、すばるは頭を抱えた。 何を感じた、なぜ安心なんてする、立ち上がれ、戦わなきゃいけないんだ。だが、体は、言うことを聞かない。 足どころか全身ががたがたと震え、己の吐瀉物の匂いで更に吐き戻してしまい、涙は一向に止まってくれない。 宙に浮いている流星に、ディフェンサーが両手を向ける。光の壁で出来た球体が現れ、流星を包み込んでしまう。 その球体に向かって、イレイザーが飛び出した。両腕装甲からシャドウクローを伸ばして、流星に突っ込んだ。 イレイザーの姿が光の壁を擦り抜けて、流星の傍を擦れ違うと、球体の中で流星のボディが呆気なく崩壊した。 直後、爆発音が轟いた。光の壁の内側を真っ赤に染め、周囲を明るくさせるほどの閃光が迸ったが、熱は来ない。 どうやら、光の壁に遮られたらしい。閃光が収まると、ディフェンサーが両手を下ろし、光の球体を消した。 すると、球体の内側から、焼け焦げた装甲や部品がばらばらと落下した。辺りには、油と煙の匂いが広がる。 インパルサーは、すばるに近付いてくる。すばるが力の入らない足でずり下がると、インパルサーは止まった。 「どうして」 すばるに向けて差し出していた手を下ろし、インパルサーは、声を詰まらせた。 「こんなことになるのでしょう」 もう、誰も、傷付くはずがないと思っていたのに。インパルサーは、彼女に撃たれたゴーグルを手で押さえた。 ヒビも入っていないし痛みもないが、振動は残っている。だが、インパルサーの胸中には明確な痛みがあった。 囮にした挙げ句、盾にして見捨てるなど、やってはならない。コズミックレジスタンス時代にも、しなかった。 同族であり、また、己のメモリーを受け継いでいる部下のマシンソルジャー達を、使い捨てるなど出来ない。 それは、他の兄弟も同じことだった。戦略の上で卑怯な手を取ることはあったが、部下はなるべく大事にした。 だから、シュヴァルツ工業がこの少女に対して行った所業が、許せなかった。本当に、血も涙もない作戦だ。 いや、作戦と呼ぶのもおこがましい。インパルサーは少女を慰めてやりたかったが、彼女は逃げ腰だった。 これ以上近付いたら、もっと逃げられてしまうし、恐怖も与えてしまうだろう。もどかしく、やるせなかった。 すると、少女の体が傾いた。インパルサーが手を伸ばすよりも先に、背中から地面に倒れ、動かなくなった。 一瞬、動転した。センサーを用いると、彼女の鼓動や弱々しい呼吸が感じ取られ、気を失ったのだと解った。 助け起こしたかったが、背を向けた。連れて帰ってはまた面倒なことになるだろうし、戦闘に発展しかねない。 後ろ髪を引かれる思いで、インパルサーは兄弟達の元に戻った。リボルバーは、俯いた次兄の肩を叩いた。 「悔しいのは、オレも同じだ」 「帰りましょう。皆さんが、僕達の帰りを待っています」 インパルサーが呟くと、クラッシャーは少女と兄達を見比べていたが、頷いた。 「…うん」 「てめぇら、それでも人間かよ! こんなん、人間のやることじゃねぇよ! 出てきやがれってんだよ!」 ディフェンサーがシュヴァルツ工業のトレーラーに声を荒げたが、反応は返ってこず、不気味に静まり返っていた。 「兄者方。拙者達の今後を、会議しようではないか。それが、最優先するべき事項でござる」 イレイザーは、兄弟達を見渡した。ディフェンサーは拳を振り上げると、勢い良く、イレイザーを殴り付けた。 「おい、シャドウイレイザー! それでいいのかよ、そんなことしたって、どうにもなりゃしねぇじゃねぇかよ!」 よろけたイレイザーは姿勢を戻すと、三男に殴られた頬を拭った。平坦だった声色を震わせ、喚く。 「拙者とてそれぐらい承知している! だが、拙者は考え、そして判断してしまうのでござる! この状況がどれだけ不条理で許し難いものか、どれだけ残酷で嘆かわしいかも承知の上! 現状を打破出来るものなら、何であろうとやる覚悟でござる! だが、何も出てこないのでござる! 情報を収集し、あらゆるシチュエーションのシミュレートを繰り返したのでござるが、何度行おうとも、結末は一つ! どちらかが、どちらかを滅ぼしてしまうのでござる!」 肩を上下させて排気と吸気を繰り返し、熱した回路を冷却させながら、イレイザーは続ける。 「この星では、拙者達は過ぎた存在でござる。そして、生まれながらの兵器でござる。この身を成しているもの全てが、この星の人間にとっては恐るべき技術の結晶であり、畏怖の対象となり、脅威と認識される。シュヴァルツ工業は、拙者が予想するよりも早く行動を起こしただけでござる。所詮、拙者達は異文明の産物、異物に過ぎぬ。その異物を排除しようとするのは、人間の必然的な行動であり、それ以前に生命の本能なのでござる。故に、戦ってはならぬのでござる。戦えば戦うほど、抗う力は増すだけなのでござる」 「それぐらい、オレだって解らぁな」 リボルバーは、目元を押さえて肩を震わせるイレイザーを見下ろし、その頭に手を載せた。 「今の状況をどうにかしてぇのも、人間と戦いたくねぇのも、全員が一緒だ。とりあえず、今は帰ろうぜ」 リボルバーが肩を叩くと、イレイザーは顔を上げた。ゴーグルの端から漏れた冷却水が、頬を伝っている。 「…御意」 「帰りましょう、僕達の帰るべき場所へ」 インパルサーが上昇すると、他の四体も上昇した。空高く飛び上がった五つの影は、夜の闇に溶けていった。 それらが見えなくなった頃、すばるは、うっすらと意識を戻した。だが、またすぐに意識は薄らいでいった。 帰る場所。自分にはもう、そんな場所はない。母親は死んだ、父親は見当たらない、だから、ずっと一人きり。 素直に、彼らが羨ましいと思った。兄弟がいることも、帰る場所があることも、一人きりではないことも。 胸が締め付けられるような苦しさを感じ、目を閉じた。胸元に手を当てて、母親の指輪をぎゅっと握り締めた。 そして、また、気を失った。 06 9/21 |