手の中の戦争




シューティング・スター



暗黒の宇宙より、流れ落ちるは、星の欠片。


五年半前。
自分の声で、目が覚めた。
冷や汗で髪が頬に貼り付き、首筋が濡れている。食い縛った奥歯が痛く、握り締めていた両手が痺れている。
薄暗い天井に視線を動かし、現状を確認する。ここが自分の部屋であることを思い出して、ようやく安堵した。
深く息を吐き出しながら、額を拭った。毎度のことながら、あの時の夢を見てしまう。未だに、忘れられない。
一年半の戦闘。倒すはずの五色のロボットに助けられ、味方であるはずの父親から見捨てられた、あの夜。
忘れたいと思えば思うほど、映像はよりクリアになって頭に残り、絶望は重さを増して胸の奥を潰してくる。
あれが、全て嘘であったら良かったのに。だが、間違いなく現実だ。その証拠に、心が悲鳴を上げている。
繋ぎ合わせのロボットで戦うことなど、最初から無理だったのだ。普通に考えて、彼らに叶うはずなどない。
だが、あの頃の自分は舞い上がっていた。シュヴァルツ工業に認められたのだと過信して、自惚れていた。
だから、何も疑問に思わずに出来損ないの機体を操り、上司である父親に命じられるままに命を捧げた。
今、考えると、なんて馬鹿だろうと思う。十八歳の子供だったからということもあるのだろうが、愚かすぎる。
しかし、今も、まだ愚かだ。父親から逃れることが出来ずに、未だにシュヴァルツ工業に籍を置いている。
自分が守るものなど何もないのだから、さっさと逃げ出してしまえばいいと思うが、勇気が出なかった。

「ダメな女や」

すばるは自嘲しながら、起き上がった。カーテンを引いて窓を開けると、目覚め始めた街並みが見えた。
安アパートの手狭な自室には朝日が差し込み、すっかり散らかってしまっている室内を照らし出した。
昨夜に脱ぎ捨てたスーツとブラウスが古びた畳の上に投げてあり、仕事に使うパソコン周辺は特に乱雑だった。
パソコンの後ろから大量のケーブルが伸びているが、まとめられておらず、書類やファイルも投げてある。
整理しようとは思うが、朝早くから夜中まで働いてこのアパートに帰ってくると、気力は欠片も残っていない。
一年半前の大失態の後、すばるは対人型戦闘兵器戦術課での地位を失い、戦術二課に異動させられていた。
元いた課は、戦闘部隊と諜報機関を兼ね備えたような部署で、すばるはその中のオペレーター部隊にいた。
オペレーターとしての教育だけでなく、護身術の域を超えた格闘術やガンの扱い方なども、教えられていた。
スクラップの継ぎ接ぎのロボット、流星リュウシンの操縦もその中の一つで、特に力を入れて教え込まれたことだった。
その時は、父親の役に立てるのだと、自分は価値のある人間なのだと思い込み、言われるままに流星に乗った。
だが、父親とシュヴァルツ工業の狙いは、すばるが思ってもみないことだった。流星の盾に、されていた。
五色のロボットが人間を殺せないのをいいことに、すばるを盾にして機体を守り、破壊させようとしていた。
その時の恐怖は、思い出すだけで震えそうになる。それ以降、戦闘訓練を行うことが一切出来なくなった。
一年半が過ぎた今も、トラウマとなって残っている。戦術二課に回されてしまったのは、そのせいでもあった。
戦術二課は、主に裏方の仕事を行う部署だ。戦闘ロボットの開発や、各種ソフトのプログラミングを行っている。
最近では、高宮重工が秘密裏に開発している人工知能に対抗するため、人工知能の研究開発をしている。
だが、上手く行っていない。理論上では出来るはずなのだが、どこかに間違いがあるらしく、動かなかった。
すばるは、プログラミングをしたりするのは好きだ。戦闘よりも、コンピューターをいじる方が余程楽しい。
だから、戦術二課に来てからの方が充実してはいるのだが、いつもどこかに、父親の影がちらついている。
上司も同僚も部下も、シュヴァルツ工業の重役である父親の存在を気に掛けていて、皆の態度は白々しい。
チャンスがあればすばるの父親と関わりを持って社内でのし上がってやろう、という野心が透けて見えている。
表面上はすばると仲良くしているが、すばるが離れれば態度は変わる。その温度差が、ひどく苦しかった。
それは、学校の中でも感じていたことだ。すばるの父親は日本人ではなく、中国生まれのれっきとした中国人だ。
すばるは、自分は生まれも育ちも日本人だと思って育っていた。母親も、父親が中国人だとは言わなかった。
父親の祖国になど一度も行ったことはないし、中国語は話さないし覚えていないし、日本語しか喋れない。
だが、気付かない部分に父親の血が現れてしまうらしく、学校での友人達は徐々にすばるとの距離を開けた。
必要があれば話し掛けてくるが、友人の輪には入れない。学校は苦痛ではなかったが、寂しい場所だった。
さすがにシュヴァルツ工業ではそうではないだろうとは思っていたが、どこにいても、父親の影が影響してくる。

「お母はん、おはよう」

すばるは、部屋の隅に置いた母親の遺影と位牌に笑いかけた。いつまでも、物思いに耽っていてはいけない。
適当に朝食を摂って、出勤しなくては。着替えようと立ち上がると、充電器に差した携帯電話が鳴り響いた。
賑やかな着信メロディーに合わせ、ダイオードが点滅する。携帯電話を充電器から引き抜き、フリップを開く。
液晶モニターを見て、ぎくりとした。父親の携帯電話の番号だ。今更何を、と思うが、電話は鳴り続けている。
出ようか、どうしようか、しばらく迷った。だが、相手は曲がりなりにも上司だ、出なくてはいけないだろう。
すばるはボタンを押して受話し、そっと耳に当てた。乾いた唇を一度舐めてから、慎重に言葉を出した。

「はい」

『久しいな、すばる』

父親の声。依然と変わらず、平坦だった。すばるは一呼吸置いてから、返す。

「お父はん。うちに、何か」

『仕事だ。高宮に入れ』

「入る、って…なんですの?」

意味が解らず、すばるは首を捻った。父親は、機械的に続ける。

『聞いての通りだ。入社しろ。専門学校卒の経歴も用意してある。そして、第一研究所に潜入しろ』

「そんな、急に言われても」

すばるが戸惑うと、父親の語気が静かに強められた。

『お前にしか出来ない。やってくれるな』

逆らいがたい、口調だった。すばるは無意識に、携帯電話を握る手に力を込めていた。

「…はい」

そして、電話は切られた。すばるは深く息を吐き出しながら、強張らせていた肩を緩めて、体の力を抜いた。
高宮重工。本来は重機を専門とした工業系の機械を製造する会社だが、ここ数年、その方向性が変わっていた。
ロボットは工業用しか造っていなかったのだが、民間用も造り始め、完璧な人型のロボットを発売していた。
シュヴァルツ工業は、武装強化のために、上半身が人間型で下半身が車両型のロボットを多数造っている。
民間用に売り出しているロボットも、耐久性を高めるためとバランサーの安定性を保つために車両型が多い。
下半身が大きければ、その分重心も安定してくれるからなのだが、どうしても外見はいかつく不格好になる。
それらのロボットは基本的に戦闘用なので、外見は別に問題ではないのだが、民間ではあまり受けが良くない。
だが、高宮重工は、最初から二足歩行型のロボットを売り出している。戦闘用ではなく、娯楽用としてだが。
簡易AIを搭載した人型家電、通称MGシリーズの売れ行きは好調で、日本のみならず海外でも受けが良い。
しかし、完全な人型にしたために耐久度が弱いらしく、完全な人型の作業用ロボットは開発されていない。
陸上自衛隊から技術提供を求められている、との話は、シュヴァルツ工業だけでなく業界全体に知れている。
高宮重工はそれを否定しているが、日本各地に研究所や工場が建設されているところを見ると、本当のようだ。
どの研究所も警備は厳重だが、その中でも特に厳重なのが、東北地方の山中に建造された第一研究所だった。
都心から離れており、その研究所までの道は細く曲がりくねっていて、トレーラーが一台ぎりぎり通れるだけだ。
第一研究所へと繋がる道の前には、高宮重工の分社がいくつもあり、明らかにそこだけ守りが堅くなっている。
明らかに、何かしらの秘密があるはずだ。それでなくても、高宮重工は、四年半前の事件に大きく関わっている。
あの五色のロボットの中でも最も攻撃力に優れた機体、レッドフレイムリボルバーは、社長の次女と関係が深い。
社長と社長夫人がレッドフレイムリボルバーと会ったことがある、との情報もあり、繋がりは根深そうだった。
今はまだ過程に過ぎないが、第一研究所は、レッドフレイムリボルバーと何かしらの関わりがあるのかもしれない。
だとしたら、警備の厳重さも頷ける。その中で何をしているのか、それを調べるのが、今回の仕事なのだろう。
一年半前まではそういった諜報の仕事もしていたが、ここ最近はプログラミングに明け暮れて、しなくなった。
感を忘れていそうで怖い、と同時に、なぜ今になって、と訝しくなった。本職に任せた方が、上手く行くだろうに。
だが、仕事は仕事だ。きっちりこなさなくては、とすばるは意気込むと、携帯電話のフリップをぱちんと閉じた。

「気張るしかあらへんな」

よっしゃ、とすばるは頷いた。この仕事をきちんと成功させたら、もしかしたら、父親は優しくなるかもしれない。
役に立つ存在なのだと示したら、今度こそ、子供として愛してくれるかもしれない。そんな考えが、過ぎった。
すばるは母親の遺影の前に置いてあった、母親の指輪のペンダントを取ると、チェーンを外して首に掛けた。
その指輪を、きつく握り締めた。




それから、三ヶ月後。
背の高い針葉樹に挟まれた細く曲がりくねった道を進んで、山奥に進むと、唐突に白く大きな建物が現れる。
鬱蒼とした、人間の手が及んでいない森の中の、異物だった。真新しい人工物は、全部で五棟も建てられていた。
高い塀に周囲を固めてあり、唯一の入り口である分厚い鉄製の門は固く閉ざされ、簡単には入れそうにない。
風が木々をざわめかせると、湿気を含んだ重たい空気が流れる。時折、どこからか、鳥の叫声が聞こえてくる。
門の右側の塀には、高宮重工のエンブレムと、(株)高宮重工 第一研究所、と書かれたプレートが填っていた。
門の前に停車している、社名が書かれた白のライトバンの前に立つ男は、研究所を仰ぎ、呆れ気味に呟いた。

「どれだけ金を使ったんだか…」

「あまり聞かないでくれます?」

ライトバンの運転席から降りてきたのは、作業服を着た女だった。作業帽を外し、長い髪を流す。

「笑えてくるぐらい、大きな金額なので」

男は重たいリュックを肩に担ぎ、女を見やった。切れ長の目と長い手足が目に付く、すらりと背の高い女だ。
冴えない作業服を着ていても、整った顔立ちは色褪せることなく、却って服装とのギャップで引き立っている。
良く出来た、美人だった。少々目元がきついかもしれないが、その部分を差し引いても、充分すぎるほどだ。
だが、男は彼女と接することをあまり良く思っていなかった。この女と関わるたびに、深みへと踏み込んでしまう。

「あんた、まだ大学生のはずじゃなかったのか? 確か、前に会った時はそうだったはずだが」

「前と言っても、それはかなり前の話ですよ。去年の春に、ちゃんと卒業しました。飛び級はしましたけどね」

女は、男を見据えた。くたびれた革のジャケットを羽織っている長身の男で、全体的に体格が逞しかった。
骨張った大きな手は皮が厚く、日に焼けた肌には古い傷跡が残っていて、野犬のように鋭利な目をしていた。
朱鷺田修一郎と言う名の、外人部隊上がりの男だった。三十七歳だが、鍛えているので年齢よりも若く見える。

「そりゃ、またご苦労なことで」

朱鷺田は肩を竦め、苦く笑った。関われば関わるほど、化け物じみた高宮重工とその娘が、恐ろしいと思える。
彼女の名は、高宮鈴音と言う、社長令嬢だ。まだ二十二歳だが、この第一研究所の主任として働いている。
ロボット工学に精通しており、人型家電の開発にも深く携わっていたが、去年、第一研究所に異動してきた。
年頃の娘らしい表情もたまに見せるのだが、基本的にはビジネスライクな態度しか取らないので、冷淡だ。
朱鷺田としては、鈴音のような女は嫌いではない。頭の中身のない馬鹿な女に比べれば、賢い方が好きだ。
だが、賢すぎるのも考え物だ。言うことが正論過ぎていけ好かないし、何より、面白みがないと感じる。

「自衛隊での生活、どうですか?」

鈴音は作業服の前を開き、その中に着込んでいた防弾ジャケットから、金色に輝くカードキーを取り出した。

「生温くてどうしようもない。あんたらが手を回していなかったら、俺はとっとと逃げているだろう」

朱鷺田が不満げに漏らすと、鈴音は形の良い唇の端を僅かに持ち上げた。

「でしょうね」

「全く、あんたらは物好きだ。俺を引き入れたこともそうだが、戦闘用ロボットなんて造ろうとしているんだから」

朱鷺田はジャケットのポケットからタバコを取り出して一本加えると、ライターで火を灯し、煙を吸い込んだ。

「人形遊びがしたいなら、他でやればいい。何も、シュヴァルツを相手にすることはないだろう」

「私達だって、相手をしたくてしているわけではありませんよ、二尉」

鈴音はプレートの下にある電子ロックの操作パネルに近付くと、カードキーを滑らせ、読み取らせた。

「あちらから襲い掛かってきたんです。やり返してやるのが道理であり、義理だとは思いませんか?」

「まぁ、な」

朱鷺田は息を吸い込み、タバコの火を強めた。携帯灰皿を出し、そこに灰を落とす。

「俺も、そういう考え方は嫌いじゃない」

「あの子達が出来上がったら、みっちりしごいてやって下さいね。鍛えられないと、成長しませんから」

人間もロボットも、と鈴音はカードキーを抜いてコンソールを叩き始めた。朱鷺田は、フィルターを噛む。

「しかし、管理職なぁ…。面倒ばっかり押し付けてきやがるな、あんたらは」

「面倒だからこそ、絶対に断れない状況にある二尉に頼むんですよ」

鈴音がもっともらしく言ったので、朱鷺田は渋い顔をした。

「だろうな」

朱鷺田が高宮重工に関わるまでの経緯は、長い。四年半前の、あの謎の爆発事件まで、遡らなければならない。
四年半前。朱鷺田は、フランスで外人部隊に所属していた。若い頃に日本を出てから、ずっと戦い続けてきた。
物心付いた頃から親はなく、遠縁の親戚の家を転々として生きてきた。だから、大事にされた記憶などなかった。
親戚は朱鷺田の存在を疎みはしなかったが、面倒そうに扱っていて、その家の子供に比べれば冷遇されていた。
そのせいで、幼い頃から屈折しており、事件こそ起こさなかったものの、人と関わりを持とうとはしなかった。
そのうち、住んでいた家や街だけでなく、日本も居心地が悪くてたまらないと感じて、外の世界を渇望していた。
高校を卒業する頃には渇望は強くなり、いつか外に出てやる、と決意を固め、進学はせずに渡航費用を稼いだ。
そして、フランスへ渡り、外人部隊に籍を置いた。どうせ日本へは帰らないのだから外で死ぬべきだ、と思った。
そこで、朱鷺田は思いの外活躍した。鍛えれば鍛えた分、体が強くなることが、楽しいと感じるようになった。
多国籍の仲間も、役に立つ兵士である朱鷺田を冷遇したりすることはなく、そこで初めて友人らしい友人を得た。
そして、外人部隊に入隊して十年以上が過ぎたある日、すなわち、四年半前。黒い戦車が、空から降ってきた。
何が起きたか解らないうちに、その黒い戦車は新たにやってきた小さなロボットに破壊され、一瞬で撃破された。
その黒い戦車と小さな少女型のロボットが、マシンソルジャーと呼ばれる地球外の存在だと知るのは後のことだ。
戦車と同じく黒い装甲を持つ少女型のロボット、ブラックヘビークラッシャーは、朱鷺田に気付くと、言った。
ごめんね。そう言って、彼女はまたどこかに飛び去り、残されたのは大破した戦車と呆然とした自分だけだった。
爆発音に気付いてやってきた仲間達に事情を説明したが、信じてくれる者はおらず、朱鷺田は夢なのかと疑った。
大破した戦車があるはずだ、と振り返ってみても、一瞬前まではそこにあったはずのスクラップが消えていた。
その後、朱鷺田はその出来事を信じたいが信じられず、記憶の片隅に追いやったまま、戦場の日々を過ごした。
そして、その出来事から二年が過ぎたある日、朱鷺田の元に手紙と日本行きの飛行機のチケットが届いた。
手紙の送り主は、名前だけは少し知っているが今までに一切関わったことのない企業、高宮重工だった。
日本へ帰国して我々のプロジェクトに参加して下さい、あなたにしか出来ません、と。最初は、無視していた。
だが、断りの手紙を何度書いても送ってきて、終いには根負けした。面と向かって断ろうじゃないか、と。
帰国した空港で朱鷺田を待ち構えていたのが、鈴音だ。鈴音に連れられて向かった先が、この研究所だった。
そこで会ったのが、あの小さなロボット、ブラックヘビークラッシャーだった。朱鷺田を見るなり、謝ってきた。
ごめんね、ごめんね、悪いのは私達なの、だから本当にごめんね。ロボットなのに、ぼろぼろと大泣きしていた。
なぜそこでクラッシャーが泣くのか、解らなかった。鈴音とクラッシャーに説明されたが、事態は複雑だった。
あの爆発事件の真相、戦闘兵器であるクラッシャーとその兄弟の宿命、そして、シュヴァルツ工業の所業など。
細かな事情までは朱鷺田は知り得ていないが、かなり面倒なのは確かだ。すぐに、関わりたくない、と思った。
それから、何度かクラッシャーに会う機会があった。最初は彼女は泣いていたが、そのうち、笑ってくれた。
ロボットなのに人間以上に人間らしい表情で、朱鷺田のことを修ちゃんと呼ぶようになり、妙に懐いてきた。
懐かれるのは、悪い気はしない。高宮重工の押しが強いせいもあり、次第に断れない状況になってきた。
そして、朱鷺田は高宮重工の深みに引っ張り込まれ、開発中の人型自律実戦兵器の上官になれと命じられた。
帰国してすぐに陸上自衛隊に入隊させられていたせいで、防衛庁の上層部からも、命じられてしまっていた。
こればかりは、断ったら命に関わると直感し、引き受けざるを得なかった。さすがに、政府は敵に回したくない。

「それで、あんたの造ったロボットってのは、いつ頃完成するんだ?」

朱鷺田は携帯灰皿にタバコを押し付けて、火を消した。半分ほど開いた門へ歩き出した鈴音は、足を止めた。

「機体は完成しているから、後は人工知能だけですね。プログラミングを終えないことには、起動出来ません」

「だから、プログラマーを掻き集めたってわけか。んで、俺はその護衛ってわけか」

期待するなよ、と朱鷺田は言いながら鈴音に続いて塀の中に入った。鈴音も中に入ると、門は勝手に閉まった。

「いえ、違います。その中の一人の動向を見て頂きたいんです」

「じゃあ、なんだ。きな臭いと解ってて、引き入れたのがいるってことか?」

朱鷺田が声を潜めると、鈴音は小さく頷いた。風に乱された艶やかな黒髪を、長い指で掻き上げる。

「ええ。こちらからもシュヴァルツを攻めなくてはいけないと思って、そうしたんです。まぁ、プログラマーとして優秀だから、というのも理由なんですけどね。人工知能のプログラミングは何分量が多いですから、一人でも手は多い方がいいんです。それに、情報が漏れたとしても、大した損害ではありませんしね。私達が研究員に与えている情報は、私達が持ち得ている情報のごく一部でしかなく、機密性が薄いものばかりですから。本当に大事なものは、最後まで手の内に取ってありますので」

「要するに、あんたらの解析が不充分ってことだろう」

朱鷺田の皮肉に、鈴音はほんの少し表情を崩した。

「まぁ、そうとも言います。この星の技術力では、限界があるんですよ」

「さっさと本題に入ってくれ。その、きな臭い奴ってのは誰だ」

鈴音は、作業服のポケットから折り畳まれた紙を取り出し、朱鷺田に渡した。

「彼女です」

メモ用紙程度の大きさの紙を広げ、朱鷺田はそこに貼り付けられていた履歴書の写真のコピーと、名を読んだ。
粒子の粗いコピーの写真の中から、無表情な女がこちらを見ていた。間宮すばる、二十歳。第一研究所研究員。
偽造された経歴と、恐らくは高宮重工が調べ上げたらしい彼女の本当の経歴が、並べて書き記してあった。
十六歳で、母親とは死別。父親は中国人で、シュヴァルツ工業の重役であるが、すばるとの接触は皆無。
対人型戦闘兵器戦術課に勤務の経験あり。戦闘教育を受けた可能性大。そこまで読んで、朱鷺田は納得した。
それなら、自分が呼ばれても仕方ない。女とはいえ、戦闘訓練を受けた者と普通の研究員では勝負にならない。
何かあった時、例えば第一研究所の研究員達が攻撃を受けた場合、女を倒すことの出来る人間が必要になる。
相手が女一人では張り合いがないが、給料は前払いでもらっているので、やらないわけにはいかないだろう。
すばるの情報が印された紙をぐちゃりと握り潰し、ポケットに押し込み、ジャケットの下に手を差し入れた。
ホルスターの中に眠る鋼鉄の蛇、コルト・キングコブラを確かめた。







06 9/29