手の中の戦争




アサルト・ドッグ




 私は、人を教えた経験がない。


 そもそも、私は一自衛官に過ぎない存在であり、教官資格は取得していないので教官にはなることはない。 というより、なりたくない。他の自衛官よりは実戦経験は多いかもしれないが、教えられることなど限られている。 それに、人を教えられるほど頭がいいわけではないし、要領も良くない。教えられるだけで手一杯なのである。 誰かを鍛え上げることには全く自信がないし、私の仕事は戦闘なのでそれ以外に気を向ける余裕も全くない。
 だから、こんな任務は二度とごめんだ。




 人型自律実戦兵器六式九号機。
 それは、我が特殊機動部隊の主力であり、問題児である南斗と北斗の実弟に当たる、新型の人型兵器だ。 九号機が開発されていることは大分前から高宮重工から聞いていたが、実用化されるまで時間が掛かった。 というのも、開発途中で大幅に方針転換され、軍事目的に作られた南斗と北斗とは別型にされたからである。
 最初は二人と同じ自衛隊機にするつもりだったらしいが、警視庁の特殊急襲部隊、SATからの注文が入った。 陸上自衛隊のようにSATでも人型自律実戦兵器を実用化したいらしく、何度も高宮重工に打診したのだそうだ。 高宮重工は自衛隊だけで手一杯だと断るつもりでいたそうだが、警視庁のOBから圧力を掛けられてしまった。 そのせいで、高宮重工の重要な取引先や卸元が泣きを見そうになったので、仕方なく受けたのが実情である。
高宮重工は社員や取引先を丁重に扱う企業なので、その弱みに付け込まれたのだが、無論公表されていない。 この事実を知っているのは、我々特殊機動部隊や高宮重工の幹部社員、人型兵器研究所の一部ぐらいだが。 高宮重工が注文を受けた際にかなりの額の税金が動いたのだけど、これもまた極秘事項である。当たり前だが。
 その九号機が試験稼動を開始した頃、私達はいつものように日本国内に侵入してきたテロリストと交戦していた。 最近は情勢が恐ろしく不安定になった中国や朝鮮方面からの侵入者も多いので、私達の仕事は尽きなかった。 日本海を挟んですぐの場所にある国なので、潜水艦や工作船で次から次へと密入国してくるので切りがない。 近頃は海自や空自などでも特殊機動部隊が編成され、そちらが戦ってくれるので、なんとか凌げている状態だ。 だが、油断は出来ない。シュヴァルツ工業が倒れた余波は未だに消えておらず、犯罪組織ものさばっている。 だからこそ、九号機が特殊機動部隊に配属されることに期待を抱いていたのだが、SATに取られてしまった。 正直、悔しいことは悔しいのだが、これは過ぎたことなので今更ごちゃごちゃ文句を言ったところで始まらない。 SATに行ってしまったのだから、きっと九号機に会う機会はないだろう。少し残念だが、こればかりは仕方ない。
 そう、思っていたのだが。




 廊下の掲示板に貼られた書類に、私は目を丸くしてしまった。
 人型自律実戦兵器六式九号機・通称K−9の戦闘訓練予定、及び日程。と、コピー用紙に印刷されている。 その下には日程と戦闘訓練の予定が書き記されており、訓練に参加するメンバーもきっちりと決められていた。 彼の訓練に協力するのは南斗と北斗で、教官は私だった。グラント・Gが加えられていないのは、火力の問題か。 研修などは神田葵一等陸曹が受け持つようだが、実戦を教えるのは私の役目らしい。なんでまた教官なんだよ。 呆気に取られて書類をじっと眺めていると、背後にやたらと大きな影が覆い被さって、頭上を太い腕に塞がれた。

「何を見ているのだね、礼子君」

「ああ、うん」

 私は上目に北斗を見上げてから、書類を指した。

「これ。九号機が訓練に来るなんて、なんか急じゃない? ていうか、SATじゃ何か不充分なのかな?」

「その話は自分も既に把握している。確かに九号機は経験不足だが、それほど無能ではないはずだが」

 北斗はもう一方の手で顎を支え、首を捻った。

「そりゃ、高宮だもん。滅多なことはないよ」

 私は上体を反らして、戦闘服を着込んでいる北斗の厚い胸に頭を預けた。相変わらず硝煙臭い。

「でも、その子の訓練を付けるなら、きっちりやらないとね。中途半端じゃ、実戦で役に立たないし」

「うむ! 礼子君は実によく解っている! 優れた兵士とは常に鍛錬を欠かさず、己を磨き上げているのだ!」

 北斗は仰け反ると胸を張り、大きく頷いた。私は書類仕事が残っていたので、事務室へと向かった。

「だけど、SATかぁ。こっちとはやり方が違うんだよなー」

 教えると言ったって、何をどう教えようか。私は悩みながら自分の机に座ると、向かい側には神田隊員がいた。 神田隊員の手元には、数枚の書類が並んでいる。神田隊員は頬杖を付いていたが、私に気付いて顔を上げた。

「そうなんだよなぁ。同じ自衛隊でも陸海空で違うのに、SATだと畑違いもいいところなんだよ」

「ですよねぇ。下手なことを教えて、SATから文句言われるのも困りますしねぇ」

 私も机に載せられていた九号機関連の書類をめくり、目を通した。すると、事務室の扉が勢い良く開けられた。

「待て、待たぬか礼子君!」

 大股に駆け込んできた北斗は、私の背後にやってきた。私は面倒に思いながらも、振り返る。

「何よ」

「せっかく今日は南斗が別任務でいないのであるからして、存分に、その、こう!」

「俺はいないことになっているのか?」

 北斗の無礼極まりない言葉に、神田隊員は顔をしかめた。北斗は、高笑いしながら胸を張る。

「はははははははははははは! カンダタは空気であるからして、視覚センサーにすら入らないのだ!」

「つまり、いなきゃダメな人ってこと。神田さんがいないと、うちの部隊はろくに機能しないからね」

 私がすかさずフォローすると、北斗は狼狽えた。

「れ、礼子君!」

「そういうことだ。お前らが実戦で活躍するためには、的確で迅速な後方支援が欠かせないんだ。お前らは チームの手足だが、それを動かすための情報を送るのは目であり耳である俺なんだよ。でもって、お前らを 戦場に運ぶ翼でもある。俺がいなくなってみろ、明日からこの部隊は使い物にならなくなる」

 神田隊員がにやりとすると、北斗はむっとした。

「その時は、カンダタよりも優れたオペレーターを補充すればいいだけではないか!」

「普通のオペレーターがうちのオペレートを務まるわけないでしょうが。どれだけ難しいと思ってんの」

 私は足を組み、椅子の背もたれに体重を掛けた。

「プレアデスの操縦だって出来なきゃいけないし、エモーショナル回路がないくせに扱いづらい性格の P−1のご機嫌取りだって出来なきゃいけないし、何よりあんたらの相手をしなくちゃならないんだもん。 普通の人間だったら、三日どころか三時間で辞表提出だよ。私もプレアデスの操縦とかP−1の操作とかの 一通りの研修は受けてみたけど、ありゃダメだね。とてもじゃないけど、私には出来ないわ」

 私が肩を竦めると、神田隊員は苦笑した。

「プレアデスの操縦ぐらいなら、慣れれば誰にでも出来るさ。俺に出来るんだから」

「神田さんは謙遜しすぎなんですよ」

 私は数ヶ月前に受講したクワイエットエアプレーンの操縦と、コンピューターのP−1の操作を思い出していた。 プレアデスというのは、陸上自衛隊が高宮重工から正式に買い入れた新型のクワイエットエアプレーンの名だ。 その機体名は、神田隊員の妻であり私達の元同僚である、神田すばるさんの下の名前から取られたものだ。 北斗と南斗も名前の元ネタは星なので統一性があっていいし、響きも良かったのですんなりと採用されたのだ。 去年まで使っていたクワイエットエアプレーンは高宮重工に引き下げられ、解体されて改良計画が始まっている。 プレアデスは以前の機体よりも一回りほど大きく、輸送能力が増えたと同時に小型ミサイルを搭載可能になった。 だが、ミサイルはあくまでも仮の武装でしかなく、その場所に収まる本来の武器は鋭意開発中の熱線砲である。 平たく言えばメーザー砲で、エネルギーはかなり喰うが装填の手間とミサイル重量がなくなるので機動力が増す。 行く行くは北南兄弟にも装備出来る大きさのメーザー砲を作るそうだが、高宮重工は相変わらず凄まじい企業だ。
 P−1というのは、そのプレアデスのメインコンピューターになっている人工知能の個体識別名称の略称である。 戦闘用ではないので人間らしい人格は必要ないため、エモーショナル回路が付いていないので極めて無機質だ。 性別はないのだが、合成音声は中性的で柔らかいので私の中ではP−1の性別は女性ということになっている。 他の面々もそういった認識らしく、南斗に至ってはPちゃんと呼んでいるのが、P−1からは邪険に扱われている。 かなり高度な人工知能であるP−1の操作は一般的なコンピューターよりも遥かに難しく、用語もかなり面倒だ。 私も操作訓練の際に覚えさせられたのだが、次の日には半分以上が抜け落ちたので操作するのは諦めた。 操縦も似たようなもので、これならヘリの方が余程楽だったと思った。神田隊員の頭の構造は、私とは別物だ。

「ん?」

 不意に、北斗が顔を上げた。先程までのぶすくれていた表情は消え、強張っている。

「センサーに何か引っ掛かったの?」

 私は北斗を見上げながら、脇のホルスターに手を添え、銃を抜けるようにしておいた。

「エンジン音だ。これはロボットだな」

 北斗が言うと、神田隊員は立ち上がり、背後から89式自動小銃を取った。

「少なくとも、南斗でもグラントでもないな。南斗の任務先は日本海南部だし、グラントは人型兵器研究所で 新武装のテストの真っ最中。任務が明けたって報告もないし、テストが終わったという連絡もない。となれば、お客かな」

 やれやれ、とぼやきながらも神田隊員は腰を落として素早く窓際に回り、私も彼と同じく窓際に背を貼り付けた。
北斗も外からの死角に入り、脇のホルスターから大型拳銃のソーコムを抜いてマガジンを差し込みながら言った。

「自分の索敵範囲内に現れたのは十数秒前だが、エンジン音が認識出来る半径に入ったのもほぼ同時だ。 だが、反重力フィールド発生反応はなく、ジェットエンジンの排気音もない。機影は一体で、上にも下にもそれ以外の 機体にはないが油断は出来ん。索敵かもしれんからな」

「だったら、弾も特殊装甲弾にしないとダメか」

 私はSIG−P220からマガジンを抜くと、ポケットから出したマガジンを新たに差し込み直した。 

「援護はいるか?」

 神田隊員が中腰になって事務室の外へ出た北斗に声を掛けると、北斗はすぐに返した。

「必要とあらば頼むが、この分ならいらんだろう。自分だけで充分だ」

「恰好付けちゃって」

「相手は一体なのだぞ、恐れるに足らん!」

 北斗は妙に張り切った笑顔を浮かべたが、駆け出した。私は鏡を取り出して窓の外を写しながら、身を屈めた。 神田隊員もやや呆れていたが、すぐに表情を固めた。光を反射させないように気を付けながら、鏡を動かした。 手のひらにすっぽり収まる大きさの四角い手鏡の中では、自動小銃を担いだ北斗が正面玄関から出ていった。 遠目に見ている分には頼り甲斐のある大きな背は遠ざかっていったが、立ち止まり、自動小銃を下げてしまった。 神田隊員と私は顔を見合わせたが、鏡を見続けた。全く持って北斗らしからぬ行動だが、油断してはいけない。 北斗が見ている先に不法侵入ロボットがいるらしいが、私達の視力では見えない。駐屯地の敷地が広いせいだ。

「礼子君、カンダタ、銃を下げろ!」

 急に、北斗が声を上げた。私と神田隊員は戸惑いながらも銃を下げ、慎重に腰を上げて外の様子を窺った。

「ついでに」

 北斗はぐるっと身を反転させて、全速力で駆け出した。

「逃げたまえ!」

「え?」

 私がきょとんとしていると、真正面にこちらに走る北斗の背中を、同型のロボットが追い縋っているのが見えた。 走行速度がかなり速いはずの北斗があっという間に追いつかれたかと思うと、そのロボットは北斗の足を払った。 北斗は地面に転ぶ前に身を捻って手を付き、跳ね上がったが、今度は真正面から抱き付かれて思い切り転んだ。 少なくとも、あれが南斗でないことは解る。南斗なら北斗に追いついたらまず殴るし、蹴りはするが抱き付かない。

「ちいにいさまぁあああああああっ!」

 野太い男の声による可愛らしい言葉が響き、北斗が押し倒された。あまり良い光景ではないが、見てしまった。

「本官は、本官は、本官はちい兄様にお会いしとうございましたのであります!」

「いいから逃げろ、礼子君! 自分に構うな!」

 北斗はなんとか上半身だけは脱したが、下半身は変なロボットに抱き付かれているので人魚状態になっていた。

「北斗、それ、私が撃とうか?」

 私がSIG−P220を構えると、北斗は一瞬迷ったが手を振った。

「いや、それだけはさせられん。してもらいたいのは山々なのだが」

「ちい兄様、大兄様と姉様はどちらにおられるのでありますかっ!」

 また、あの野太い声が発せられた。どうやら、ちい兄様とは北斗のことらしい。恐ろしく似合っていないのだが。 私は余程渋い顔をしていたらしく、神田隊員は曖昧な表情で私を見ていた。気持ちは解る、と言いたげな目だ。

「本官はずっとちい兄様にお会いしたかったのであります! ああ、なんと逞しいお姿か!」

「お前も同じではないか! 体の中身こそ違えど、お前と自分の外装はほぼ同型だ! 退かぬか!」

「いいえ同じなものですか! 本官はこの世に産まれて間もない身、どこもかしこも兄様姉様方の 足元にも及ばないのであります! 尊敬して止まないのであります!」

「ええい邪魔だあ!」

 北斗は上体を捻って拳を固め、ロボットの頭に叩き込んだ。直後、ロボットの巨体は呆気なく吹き飛ばされた。 数メートル先の地面に後頭部から突っ込んでしまったロボットは、手を使わないブリッジのような態勢と化した。 あれは本気で殴ったな。私はそんなことを思いながら、肩を上下させている北斗の背に向かって声を掛けた。

「やっぱり撃とうか?」

「自分とて、この気色悪い物体を撃てるものなら撃ちたいとも! だが、今は訓練中でもなければ任務中でも なければ非常事態でもないのだ! 撃とうにも撃てんのだ! 解るか、この歯痒さを、やるせなさを!」

 ちょっと泣きそうになっている北斗に、私は頷いた。

「なんとなくは」

 すると視界の端で、手を使わないブリッジをしていたロボットが地面から後頭部を引っこ抜き、勢い良く立った。 両耳の部分に伸びている幅広のアンテナには泥が付き、目元を覆う朱色のゴーグルには少し傷が付いていた。 顔立ちは、北斗と南斗とよく似ていた。体格もとてもよく似ているのだが、着込んでいる服は紺色の作業着だ。 だが、作業着の胸元には警視庁の旭日章が縫い付けられていた。太いアンテナは先細りで、イヌの耳のようだ。 アンテナの側面には、文字が記されていた。K−9。では、こいつはあれなのか、もしかしてあれなんだろうか。

「お、おお、おおおおおおっ!」

 イヌ耳のロボットは私に向くと、ぱあっと明るく笑った。

「この御婦人がちい兄様の奥方でありますか!」

「誰が奥方だ。ていうか、まず名乗るのが常識じゃない?」

 私が文句と共に言い放つと、イヌ耳のロボットはジャングルブーツを履いた足を叩き合わせ、敬礼した。

「申し遅れました! 本官は警視庁特殊急襲部隊、SATに所属する人型自律実戦兵器六式九号機、 通称K−9であります! 数日後に控えた戦闘訓練の前に、一言挨拶をと思いまして馳せ参じた次第であります!」

「一応、許可は取って入ってきたみたいだけど、にしたってなぁ…」

 いつのまにか内線電話を使っていた神田隊員は、困りながら受話器を戻した。大方、守衛と連絡したのだろう。 神田隊員の行動の素早さに感心しながらも、私はまたもや弟であるK−9にしがみつかれている北斗を眺めた。 そのじゃれ方は、正しくイヌである。尻尾が生えていないのが不思議に思えるほど、その行動は獣じみている。

「神田さん。K−9の人工知能のベースは北南でしょうけど、他にも何か入れました? イヌとかイヌとかイヌとか」

 私が神田隊員に尋ねると、神田隊員は頷いた。

「正確にはイヌの行動パターンを元にして造り出した人工知能なんだけど、成長する過程でイヌの方が 勝っちゃったみたいでね」

「再教育しろってことですね、これは」

 私は、駄犬極まるK−9を見下ろした。ちい兄様ー、と文面だけならば可愛い口調で、北斗を追いかけている。 北斗はそれが嫌らしく、逃げ回っている。実の弟とはいえ、こうもべったりまとわりつかれるとうんざりするだろう。 その気持ちは、私は痛いほど解る。いくら好きな相手とはいえ、年がら年中北斗に付き纏われるのは面倒なのだ。 もうしばらくその気持ちを味わっていてほしいので、私は北斗を放置した。K−9のじゃれつきは、更に激しくなる。 外からは北斗の断末魔のような悲鳴が聞こえてきたが、聞こえないことにして事務仕事の続きをすることにした。
 付き合いたくないからである。







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