手の中の戦争




アサルト・ドッグ



 K−9の襲撃同然の訪問から、数日後。
 予定通りに、K−9は特殊機動部隊へ研修にやってきた。その際、警視庁のお偉方も何人かくっついてきた。 朱鷺田隊長は面倒そうだったが、これもまた仕事なのでお偉方の相手をしたが、傍目に見てもやる気がない。 こんなことでいいのだろうかと思いながらも、私の興味はK−9に向いていた。直立不動で、まるで身動きしない。 形式的に挨拶するために並べられた私達と向かい合っているK−9は、初対面ではないのに変に緊張している。 この間会ったじゃないか、と思わないでもないが、状況が状況なので口に出来ないので胸の中に収めておいた。 朱鷺田隊長とひとしきり話をしていたが、警視庁の官僚とSATの隊長と技術スタッフらしき人は頭を深く下げた。 彼らはK−9を任せたと何度も念を押してから、自衛官に警護されて出ていった。ああ、やっと終わってくれた。 警視庁のお偉方の姿が見えなくなると、K−9は途端に表情を緩め、先日と同じく北斗に飛び掛かっていった。

「ちい兄様ぁー!」

「この愚弟がっ!」

 すかさずK−9を蹴り落とした北斗の姿に、私はちょっとK−9に同情した。手加減してね、お願いだから。

「Hahahahahahahahahahahaha! 懐カレテヤガルナ、brother!」

 ダークレッドの塗装が施された重量型白兵戦用ロボット、グラント・Gが高笑いした。

「そういえばさ」

 私は、本物のイヌの如く北斗の足にまとわりつくK−9から目を外し、南斗を見上げた。

「何、礼ちゃん?」

「K−9ってさ、南斗には懐いていないよね。どうして?」

 私が疑問を口にすると、南斗は頭の後ろで手を組んで姿勢を崩した。

「んー、まぁな。思い当たる節がないわけじゃないけどさ」

「何か変なことでもしたの?」

「K太が起動したばっかりの頃だったかなぁ。K太の動作テストを高宮の野外試験場でしてたんだけど、 俺も丁度そこで新兵器のテストをさせられてたんだよ。で、俺のテストはもう終わっちゃってマジ暇だったし、 せっかく新しい弟が出来たんだからちょっと遊んでやろうって思って、ぶん投げたの。取ってこーい、ってさ」

「何を?」

「手榴弾」

「なんでそんなの投げたの」

「だって、手元にあったんだから仕方ねーじゃんよ。K太もマジ喜んで追っかけてったしよ。ピンは抜いてないから 大丈夫だって思ってたんだけど、落下したショックで着火しちゃったらしくて、K太が追いついたと同時に爆発しちまった ってわけ。でも別にいいじゃん、過ぎたことなんだしさ」

 他人事のようにへらへらと笑う南斗に、私は眉根を顰めた。

「あんた、最低だ」

 出会って間もない頃にそんなヘビーなことをされたら、誰だってトラウマになる。それなら嫌われて当然だ。 だが、南斗はあまり気にしていないらしい。南斗としては、ちょっとしたイタズラ程度にしか思っていないのだろう。 典型的ないじめっ子の精神構造だな、とちらりと頭を掠めた。今度、その辺りのことについてみっちり説教しよう。 それはそれとして、先程から引っ掛かっていることがある。私は北斗にじゃれつくK−9を指し、南斗を見上げた。

「ところで、K太ってK−9の渾名?」

「G子みたいでマジ解りやすいだろ!」

 なぜか得意げな南斗に、私は言い返した。

「解りやすければなんでもいいってわけじゃないと思うけど」

 半泣きになりながらK−9と格闘している北斗がさすがに哀れに思えてきたので、私はK−9に近付いた。

「K−9、その辺にしておきなよ」

「はっ! 了解したであります!」

 威勢良く敬礼したK−9は、がばっと北斗から離れた。床に倒れたままの北斗の傍に、私はしゃがみ込む。

「生きてる?」

 散々じゃれつかれてぐったりしたのか、北斗はすぐに反応しなかった。もしかして、こいつはイヌが苦手なのか。 北斗は私の顔を見て少し表情を緩めたが、ため息を吐いた。いつになく怠慢な動作で起き上がり、胡座を組んだ。

「しかし、なぜ自分ばかりに懐くのだ、K−9よ」

「はっ! それはちい兄様が好きだからであります!」

 ぴんと背筋を伸ばして直立し、K−9はまた敬礼した。私は、北斗の顔を覗き込む。

「だってさ。南斗が好かれていない理由は解ったけど、あんたの方は何か心当たりでもある?」

「これといって思い当たらぬが…」

 北斗は顎に手を添え、唸った。一部始終の光景を傍観していた朱鷺田隊長は、セブンスターを抜いて銜えた。

「どうでもいいが、遊ぶなら外でやれ。俺はイヌは嫌いだ」

「じゃ、ネコなら好きってことですか」

 私がすかさず切り返すと、朱鷺田隊長はタバコにライターで火を付け、煙を吸った。

「どっちも嫌いだ。鬱陶しいし、面倒だからな」

「俺、ネコ派ね! にゃんこにゃんこにゃんこー!」

I like the dog俺はイヌが好きだぜ!」

 聞いてもいないのに、南斗とグラント・Gが答えた。というか、あんたらにもそういう嗜好があったとは意外である。 ちなみに私はネコが好きだ。などとどうでもいいことを考えていると、K−9は興味深げな目で私を見つめてきた。 前回の訪問は唐突だった上にあまり時間がなかったし、まともに接触するのは今回が初めてだと言ってもいい。 だから、こういう反応を示されてもなんら不思議はないのだが、K−9がずんずんと近付いてくるのには困った。 北斗は素早く立ち上がると、私とK−9の間に割り込んできた。こういうシチュエーションになると回復が早いなぁ。

「礼子君に近いではないか!」

「それはそれとして、訓練を始めないと」

 神田隊員はK−9に噛み付きそうな北斗を押さえ、K−9を見上げた。

「K−9も、ちょっとは大人しくしろ。兄弟に会えて嬉しいのは解るが、少しは落ち着きを持て」

「はっ! 申し訳ありませんであります!」

 途端にK−9は離れ、また敬礼した。返事はいいんだ。返事だけは。

「K−9。あんたの使用可能武器って、資料の通りで良かったっけ?」

 私が尋ねると、K−9は頷いた。

「はっ! 人型自律実戦兵器の汎用装備は全て使用可能であります! 本官には飛行装備は搭載されて おりませんが、機動力では兄様方に勝ると自負しております!」

「うん、その辺も資料で見たよ。南斗が格闘タイプで北斗が万能タイプでグラントが重武装タイプだったから、 量産を視野に入れた軽量タイプとして開発されたんだよね。だから足は一番速くてバネも強いけど、ちょっと装甲が 薄めで飛行ユニットはない、と。じゃ、お偉いさんの要求してきた訓練の立ち位置を決めようか。私とK−9が SAT隊員で、北斗と南斗が銀行強盗ね」

 私が指示を出すと、北斗と南斗とグラント・Gが同時に不満の声を上げた。

「そりゃないぜ礼ちゃんー!」

「そうだとも礼子君、なぜこんな駄犬と組もうというのかね!」

「Yes,Yes,Yeeeeeeees!」

「あんたらと組んでK−9を袋叩きにしたら、意味がないでしょうが。ていうか、なんでグラントまでごねるの?」

 私が訝ると、グラント・Gはキャタピラを軋ませながら私の前にやってくると、左腕の巨大なドリルを振り回した。

「Recent times、俺ノ Turn ガ nothing! タマニハ Together シテ Battle シヨウゼ、礼子!」

「あ、そうだったねぇ。じゃ、練り直します?」

 私が神田隊員に向くと、神田隊員は腕を組んだ。

「だけど、訓練内容は立て籠もり犯の確保と人質の保護であって、白兵戦じゃないからなぁ…。そもそも民間の 家屋を想定した訓練場での訓練なんだから、グラントみたいな重火器は使用出来ないのが大前提なんだよ。普通、 銀行強盗を逮捕するのに無反動砲を使うか? 使わないだろう?」

「Cirque Gustav? 使エバ it All light!」

 Hahahahahaha、と両腕を振り、グラント・Gは高笑いした。笑ってどうにかなるものではないだろうと思うが。 大体、無反動砲を装備している警察なんて聞いたことがない。どう考えたって、それは警察を装ったテロリストだ。 だけど、グラント・Gと組んでの戦闘経験が少ないのも確かだ。何が起きてもいいように、慣らしておく必要がある。 特殊機動部隊の戦闘兵器は、北南兄弟だけではないのだ。だから、グラント・Gとの共同作戦も充分に有り得る。 戦闘能力は折り紙付きだが経験に欠けるK−9をサポートするためにも、グラント・Gの力は必要かもしれない。

「じゃ、グラントも私のチームに入って。後方支援、お願いね」

 私がグラント・Gの肩を叩くと、グラント・Gは嬉しそうにドリルを振り回した。

「Oh Yes!」

「はっ! 了解したであります、鈴木二尉!」

 背筋をぴんと立てて元気良く敬礼したK−9を、私は手招いた。

「じゃ、手始めに基礎訓練をしようか。まずは私達のやり方に慣れてもらわないとね」

「Hahahahahahahahahaha! It's my time!俺の出番だぜ

 上機嫌にドリルを回しながら、グラント・Gが訓練場に向かって進み出した。

「では、本官も姉様に同行するであります!」

 K−9はイヌ耳に似たアンテナを動かしてから、敬礼を解き、脇を締めて規則正しい歩調で駆け出した。

「私もすぐに行くから、それまでは大人しくしとくんだよ」

 私が二人の背に声を掛けると、良い返事が返ってきた。そして、振り返ると、北斗と南斗は本気でしょげていた。 北斗は頭を抱えてうずくまり、南斗は虚ろな顔であらぬ方向を見上げている。お前ら、いい加減に進歩してくれ。

「あんたらねぇ」

 私が二人に近付きながら、腕を組んだ。

「相手は弟でしょうが。何をそんなに落ち込んでんの。それに、K−9はそんなに私にベタベタしてこない でしょうが。そりゃ、ちょっと躾がなってなくて落ち着きがなくてじゃれることしか頭にない駄犬も駄犬だけど、 悪い奴じゃないよ。ていうか、ちったぁ兄らしくしたらどうなんだ。それに、私と敵対するのもこれが初めてじゃない でしょうが。何度やり合ってると思ってんの」

 だが、二人の様子は全く変わらない。私は大袈裟にため息を吐いてから、冷ややかに睨め付けた。

「いつまでもガキのままじゃ、いくら私だって愛想尽かしちゃうよ?」

「…礼子君」

 私が歩き出したところで、北斗が今にも死にそうな声を掛けてきた。面倒だったが、一応振り返った。

「何よ」

「礼ちゃんってば、もしかしてイヌ派だったりしちゃう?」

 南斗は恐ろしく不安げだったが、私は突っ返した。

「状況に見合わない質問をしないでくれる?」

「わっ、我らとて国家の忠犬だ! それ以前に礼子君の忠犬だ! であるからして、礼子君!」

 妙に意気込んだ北斗に、やはり変に力んだ南斗が同調する。

「どうせ愛でるんだったらさ、俺らにしてくれよ! な、な、なー!」

「私がいつK−9を愛玩した」

 私が真顔で言い返すと、朱鷺田隊長が鬱陶しげに煙を吐いた。

「どこの誰がお前らみたいな鉄塊を愛玩するんだ。気色悪いことを吐くな」

「ペットかぁ。そのうちねだられるんだろうなぁ、翼に」

 全く関係のないことを呟いた神田隊員は、二人を完全に無視して私に向いた。

「礼子ちゃん。預かり物だからと言って、手加減はするなよ」

「解ってますよ、そんなこと」

 私は神田隊員に返してから、今度こそ訓練場に向かった。また馬鹿兄弟からやいやい言われたが、無視した。 素早く頭を切り換え、K−9とグラント・Gを従えたチームでの配置や訓練内容といった細かな案件を考え始めた。 SAT側のリーダーは私なのだ、しっかりしなければ。同じ人型自律実戦兵器でも、軍用と警察用では勝手が違う。 国家レベルのオートクチュールの北斗と南斗と、量産型を前提としたK−9では、使用された部品の規格は同じだが 性能が違う。数字の上では同等のパワーや反応速度も違うはずだ。北斗と南斗も機体を換えるたびに変わると言っていた。 SATの訓練と自衛隊の訓練も違うのだから、まずは攻撃や射撃のタイミングを合わせから始めなくては。
 作戦や訓練内容を練りながら訓練場に出ると、人気のない訓練場で、グラント・GとK−9が駆け回っていた。 グラント・Gはきゃっきゃと野太いが可愛らしい歓声を上げて、K−9は本物のイヌのような鳴き声を上げていた。 背景は灰色の営舎と鉄条網付きの鉄柵で、ロボット同士だが、目を細めれば少女と愛犬に見えるかもしれない。 微笑ましいような、でもやっぱり不気味なような。しばらく傍観していると、K−9は私に向いてぴんと耳を立てた。

「鈴木二尉!」

 四つ足ではなく二本足で駆け寄ってきたK−9は、私の目の前で止まり、敬礼した。

「本官は鈴木二尉を心から羨望しているのでありますっ! なぜなら、鈴木二尉は偉大なる兄様方の 戦友であり、優れた自衛官であるからでありますっ! 本官はSATの訓練では失敗してしまいましたが、 鈴木二尉の元では必ずや任務を完遂してみせると誓うのでありますっ!」

「失敗したって、どんな具合に?」

 私が聞き返すと、K−9は胸が反りきってしまうほど背筋を伸ばした。

「はっ!本官は、SATでも銀行強盗を前提とした訓練に参加したのでありますが、事件解決を焦るあまりに、 突入が早すぎたのでありますっ!」

 それぐらいの失敗は誰にでもある、と私は言おうとしたが、K−9の次の言葉が被さってきた。

「そして、本官の不手際で人質を全滅させてしまったのでありますっ!」

 それでは、警察官としては致命的だ。これで生身の人間だったら、首を切るか左遷するかで済むだろうが、 K−9は全く違う。警視庁が高宮重工を揺さぶって強引に造らせた機体なので、今更送り返せないのだ。 だからといって、自衛隊に押し付けるのも警視庁としては癪だ。だから、私達を利用して更生させたいのだろう。
 これが実際の事件だったら、最悪を通り越して激烈な結末だ。SATの隊長は、さぞや胃が痛かったことだろう。 私はこの上なくSATの隊長に同情してしまった。何事かとグラント・Gが近寄ってきたので、私は彼女を手招いた。 グラント・GにもK−9の失態とその理由を説明すると、グラント・Gは仰け反るほど驚いて、げらげらと笑い出した。 その気持ちはよく解るが、今の私はこの駄犬の上官だ。そして、SATの秘密兵器の再教育を任されているのだ。 笑うのは簡単だが、そんなことに体力を使うぐらいなら策を考えた方が良い。私はK−9を見上げつつ、思案した。
 どうやって、この駄犬を躾けよう。





 


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