手の中の戦争




アサルト・ドッグ



 それから一週間後。私は拘束されていた。
 といっても、訓練の上でだ。K−9が来た当初から予定されていた、銀行強盗を想定した戦闘訓練中なのだ。 銀行の店内を真似て造られた訓練場の中には、人質との名札が付けられたマネキン人形がずらりと並んでいる。 人質は全て、銀行の入り口に向けて並べられている。つまり、犯人一派は人質を盾にして突入を阻止している。 私はポイントマンとして突入したが、足と腕に被弾した。その証拠に、右腕と左足にはマーカー弾が付いている。 無線機のバッテリーも抜かれ、所持していた武器は一つ残らず取り上げられ、南斗の足元に散らばっている。 北斗は自動小銃を構えて正面入り口を見張っているが、南斗は受付にだらしなく座り、偽物の札束を数えていた。 それというのも、裏口にはブービートラップが仕掛けてあるからだ。仕掛けてある手榴弾も一つや二つではない。 だから、私は二階の窓から突入したのだが失敗した。人質がいたせいで、自動小銃を撃てなかったせいである。 時間が足りなくて狙撃班が確保出来なかった、という設定も加えてあるので、援護射撃もなかったのも一因だ。

「原点回帰、ってね」

 南斗は数え終えた札束の耳を弾き、景気良く鳴らした。 

「やっぱりほら、俺らの原点はいかに礼ちゃんを守り抜くかってことじゃん?」

「作戦中だ、黙らんか」

 北斗が諫めるが、南斗は笑っていた。

「んだよ、まだ妬いてんの? K−9のことは作戦だって説明したじゃん、俺も礼ちゃんも」

「訓練に私情を挟む兵士などおらん」

 北斗の口調は、いつも以上に冷ややかだった。もしかすると、嫉妬を通り越して怒っているのかもしれない。 それは充分有り得る。この一週間というもの、私は情操教育と訓練のためにK−9にべったりだったからだ。 あの馬鹿げたコスプレと頭の煮えた言動を行う傍ら、訓練では考え得る限りの厳しいメニューでしごいていたのだ。 その間、北斗と南斗は高宮重工の人型兵器研究所で整備を兼ねてパスワードを変更したので、別行動だった。 私がK−9の遠隔緊急停止を行った直後にも変更したのだが、念には念を入れ音声認証のパスワードも変えた。 高宮重工所有の人工衛星を経由する衛星回線も変更し、もちろんパスワードを送信するための番号も変更した。 おかげでまた一から覚え直しだが、機密保持のためには仕方ない。K−9の件も、任務のためには仕方ないのだ。
 K−9のことは私も北斗も割り切っているはずなのだが、人型兵器研究所から帰ってきた後から何か変なのだ。 訓練の時間が合わないせいで会える時間が大幅に減ったこともあり、北斗と会話する機会が減ってしまった。 それだけならまだ良いのだが、北斗が私にべたべたと無駄に触ってこなくなったことも、引っ掛かってしまった。 あの北斗が、である。何はなくとも私の傍にいて、気付いたら視界に入っていて、話題はなくとも喋るあの男が。 だから、やっぱり怒らせてしまったのだろうと思う。そうでもなければ、北斗が私から距離を取る理由なんてない。 この訓練が終わったら、まず北斗に謝ろう。私の中にほんの少しだけ残っている女の子心が、珍しく痛んでいた。
 私は思考を中断し、訓練に気を戻した。現状を整理する。北斗は、人質の壁越しに正面入り口を見張っている。 南斗は受付カウンターに座り、銀行強盗らしく金勘定している。その足元には、私の武装が全て散らばっている。 そして私は、南斗のすぐ傍に転がされていた。右腕と左足に被弾し、両手首と足首を縛られ、口も塞がれている。 本物のSATならこんな失態は犯さないとは思うが、そこは訓練だ。演出は、多少オーバーなぐらいが丁度良い。
 床に這い蹲っているので外の様子は窺いづらいが、K−9を中心に編成された突入部隊は既に待機している。 グラント・Gは最終兵器として確保してあるので、前線には出さなかった。というか、あんなのを出したら全滅する。 そして、K−9にも他の自衛官にも説明しなかったが、私が捕まっている。皆、裏口の解放を待っている状態だ。 皆に説明した作戦では、私が裏口を開放した後、煙幕を張って突入合図を送るとしてあるが、その連絡がない。 十五分待っても応答がなければ判断の後突入せよ、と指示を下した。掛け時計を見ると、もうすぐその時間だ。 もちろん、裏口のブービートラップはそのままだ。北斗の立ち位置は誰も知らない。南斗と私の状況も、である。 さあ、どうする疑似SAT部隊。さあ、どうするつもりだK−9。他の人間には解らなくても、彼には解るはずだ。
 ん、と北斗が目線を動かした。自動小銃を構えて正面入り口を捉え、人質の一人を抱えて迷わず盾にした。 透過防止フィルムの張られた大きな窓ガラスに、一瞬影が現れた。その直後、弾丸のように鉄塊が降ってきた。 綺麗に転身しながら着地したのは、MP5A5を装備したK−9だった。SATの戦闘服を着込み、完全武装だ。

「被疑者二名の現存を確認! 人質、及び鈴木隊員の生存を確認!」

 K−9は北斗と南斗を認めた途端に叫び、駆け出した。

「これより、鎮圧を開始する!」

「来るのが遅いぞ、待ちくたびれたではないか!」

 北斗は人質の肩越しに89式自動小銃を構え、K−9目掛けて発射した。

「ぎゃうっ!」

 頭部への被弾で仰け反ったが、K−9は姿勢を戻して北斗に飛び掛かろうとしたが、北斗は更に鬼畜に走った。 盾にしていたマネキンを振り回し、K−9に叩き込んだのだ。当然、マネキンは粉々に砕け、手足が飛び散った。 ああ、怒ってる怒ってる超怒ってる。頭上に転がってきたマネキンの足に、私は内心で嫌な汗を掻いてしまった。
 K−9は北斗の悪魔じみた所業に一瞬我を忘れかけたが、私の視線に気付くと唇を引き締めて銃を構え直した。 そうだ、それでいいんだ、K−9。この一週間、私は彼と遊んで感情を引き出す傍ら、理性を高めることも教えた。 アサルトシステムに振り回されてしまうのは、K−9が幼すぎるからだ。メンタル面を鍛えなければ、強くなれない。

「ふんぬあ!」

 だが、暴走したのは北斗の方だった。人質であるマネキンの頭を掴んで、銀行の窓から外にぶん投げた。

「え、あれ…?」

 南斗も戸惑いながら、無数の破片に包まれながら外に飛び出していく人質を見つめた。私も同じ心境である。 いきなり事件現場から降ってきたマネキンに突入部隊も戸惑ったが、躊躇いがちに突入開始の号令を上げた。

「はははははははははは! 銀行強盗など余興に過ぎんのだー!」

 いかん、本当に切れている。北斗は突入してきた隊員達を手当たり次第に射殺しながら、更に人質を投げた。

「どえいやっ!」

 新たな生け贄のマネキンは、負傷した隊員を越えて突入しようとしている隊員に当たり、両者とも吹き飛んだ。

「はははははははははは! つまらん、つまらんぞ、それでも貴様らは国家権力の忠犬かぁー!」

 北斗は機銃掃射を行おうとした隊員に物凄く痛そうなラリアットを喰らわせると、銀行の前に手榴弾を投げ付けた。 もう、やりたい放題である。K−9は、あまりのことに尻尾を丸めたような声を出してきゅんきゅんと震えている。 カウンターから降りた南斗は、強盗の体裁を保つために私に銃口を突き付けながら、困惑した声で囁いてきた。

「礼ちゃん、俺も一緒に謝るからさ、北斗に謝んなよ。いやマジで」

「うん」

 私は南斗の言葉に、全力で頷いた。真面目な奴ほど、切れさせると始末に負えない。

「ふぐおっ!?」

 と、その南斗がいきなり撃たれた。南斗はヘルメットの額部分にべったりと赤を付け、仰向けに倒れ込んだ。

「え、え、えぇー…?」

 それは私の言葉だが、南斗が代弁してくれた。狂気の殺戮兵器、北斗は私に歩み寄ると、抱き上げた。

「これこそが我が本懐! 紙幣なんぞ興味もなければ共犯者に未練もないのだ!」

 北斗は私を横抱きにすると、阿鼻叫喚の地獄絵図と化した銀行から脱出するべく、正面玄関へと向かった。 こんな状況でも、お姫様抱っこをする神経が解らない。他の隊員達も呆気に取られていて、皆、固まっている。 これでは誰も助けてくれないだろうな、とぼんやり考えていると、北斗の背が撃たれた。見ると、K−9だった。

「直ちに鈴木隊員を解放しろ! 次は頭だ!」

 一人だけ訓練を忘れていなかったのか、K−9は自身のUSPを構えて立ち上がり、北斗に狙いを定めた。

「やれるものならやってみたまえ、K−9」

 北斗は私を肩に担ぎ上げると、親指を立ててK−9を挑発した。だが、K−9は銃口を引くどころか指を外した。 それもそのはず、K−9の射線に私が入っているからだ。外からも銃口が向けられているが、それも同じだった。

「あ、うぅ…」

 K−9は私と目が合った途端、USPを取り落とした。だが、北斗は容赦しない。

「ならば、この場で彼女を殺そう。自分が殺されてしまうのならば、奪い取っても意味はない」

 私の顎の下に、北斗のソーコムが突っ込まれた。おいおいおい、いくらマーカー弾でもゼロ距離は痛いんだぞ。 この最悪な状況を打開出来るのは、弾丸が効かない上に人間よりも遙かに早く移動出来る、K−9しかいない。 だが、そのK−9は、すっかり怯えている。私を撃ってしまう危険性と、アサルトシステムを作動させるか否かで。 アサルトシステムを使えば、K−9の攻撃速度は北斗の射撃速度に勝てるほど上がるが理性が保てるか怪しい。 しかし、放っておけば私が撃たれる。数秒間、重たい沈黙が現場を流れたが、K−9は結論を出したようだった。

「ただいま本官が助けに参るであります、礼子ちゃーんっ!」

 いや、そこはさん付けにしてくれないかな。私がそう突っ込む間もなく、K−9は真っ直ぐこちらに向かってきた。

「気安く呼ぶな駄犬めっ!」

 北斗は私というハンデがありながら身軽に躍動してK−9の突進を交わしたばかりか、その頭を蹴り付けた。 だが、K−9は怯まない。アサルトシステムを作動させているらしく、的確に北斗だけを狙って拳を繰り出してくる。 最初は当たらなかったが、徐々にK−9の目が北斗の動きに追い付いてきたらしく、次第に掠るようになってきた。 ボクサーの如く軽快なステップで北斗の懐に滑り込んだK−9は、腕を伸ばしきった非常に重たい打撃を放った。

「おぐおっ!」

 それが顔面に入って、北斗は仰け反った。勢い余って私はガラスの海に放り出されたが、寸でのところで 助けられた。もちろん、K−9だった。K−9は片腕で私を抱えると、足元の拳銃を蹴り上げて掴み、北斗に銃口を向けた。

「これ以上の抵抗は無駄だ! 大人しく投降しろ! しなければ射殺する!」

「いや、撃つな」

 無惨に顔面を破壊されながらも普通に喋った北斗は、K−9を制した。

「頸椎が見事に折れた。よって、被疑者は動脈切断による出血多量で既に死亡した」

The guys always so crazy..........どいつもこいつもイカれてやがるぜ

 物陰からそっと戦況を窺っていたグラント・Gが、ぶるりと身震いした。怖くて出てこられなかったらしい。

「…こんなん、どう報告すりゃいいんだよ」

 隊員の一人からぼやきが漏れたので、K−9の手で拘束を解かれて下ろされた私は頬を引きつらせた。

「全くだよ。被疑者は両名共死亡、人質は半数以上が死亡、突入部隊もほとんどやられちゃったなんて、 誰が報告出来るか。それでもしなきゃいけないんだけどね、社会人だし」

「えー、またやるのー…」

 死んだはずの南斗がむっくりと起き上がり、嫌そうな顔をした。

「本官が、勢い余ってちい兄様のお顔をぶち抜いてしまったせいでありますか…?」

 正気に戻ったK−9は右の拳に生々しく残る北斗のオイルを見、大きな肩を縮めた。

「K−9の行動は正しかったけど、被疑者を殺しちゃったのは私の指示不足のせいだよ。だから、今回のことは 私の責任であってK−9の責任じゃないよ」

 私がK−9を見上げると、K−9はイヌ耳に似たアンテナを下げた。

「礼子ちゃん、あ、いや、鈴木二尉ー…」

「えー、それってマジゲロ甘じゃね? 俺らだったら、マジ懲罰受けるレベルじゃん?」

 やけに不満げな南斗に、K−9はひゃんひゃんと鳴いて私の陰に隠れた。

「ああごめんなさいっ、ごめんなさいでありますぅー!」

「はい、よしよし」

 私は少々投げやりにK−9を慰めてやりつつ、南斗に振り向いた。

「そうやっていじめるからK−9に嫌われるんだよ、あんたは」

「俺、いじめてねーもん」

 南斗は拗ねてしまったのか、そっぽを向いた。K−9は大きな体を精一杯縮めて、私の影に隠れようとしている。 だが、隠れるわけがないので、私はK−9の大きな手に肩を掴まれてしまったせいで後ろに仰け反ってしまった。 このままでは倒されそうなので、私はK−9を引き剥がした。所在のなくなったK−9は、しょんぼりと座り込んだ。
 私は、改めて惨状と化した銀行を見渡した。ガラスの破片が突き刺さったマネキンが、至るところに落ちている。 本格的な負傷はしていないものの、北斗のぶん投げたマネキンに吹っ飛ばされた隊員達が呻きを漏らしている。 中には、北斗の顔をぶち抜いてしまったK−9の破壊力に恐れを成したのか、青ざめてしまっている隊員もいた。 実戦だったら、懲戒免職では済まない。今回の訓練結果を報告したら、朱鷺田隊長からどれほどなじられるか。 胃が痛むが、私の失態なのだから仕方ない。二等陸尉である以上、その地位に見合った義務を果たさなければ。 このままのK−9をSATに送り返したら、警視庁から逆にSATが送り込まれてしまう。だから、頑張らなければ。

「次回の訓練の日程は、追って連絡する」

 私は二等陸尉の顔を作り、北斗の凶行の被害を受けた自衛官達に命じた。

「尚、今回同様、訓練参加者には高宮重工より特別訓練手当が支給される。本日の訓練はこれまで、解散!」

 手当、と聞くと、うんざりしていた自衛官達の空気が見るからに和らいだ。やはり、地獄の沙汰も金次第なのだ。 そういう私もなんだかんだ言って警視庁から随分頂いているので、訓練を引き受けないわけにはいかないのだ。 南斗は今頃やってきたグラント・Gに怖かったと泣き付かれ、K−9は私に慰められたがり、北斗は死んでいる。 私は投げやりにK−9を撫でて慰めてやりながら、拳の形に顔面を抉られている北斗を見、ますます胸が痛んだ。

「語弊がないように言っておくが」

 ぎぎぃ、と北斗は折れた首を軋ませ、割れたゴーグルの下から覗く眼球に似た広角レンズを私に向けた。

「自分は別に怒っておらん。礼子君がK−9に行った訓練内容に基づいて行動したのだ。だから、礼子君にも 南斗にも謝られる謂われはない。それと、礼子君が南斗に持ちかけた取引についても不問だ。あの状況下では、 必要な行動であったと判断出来るからな」

「え、ああ、うん…」

 もしかして、南斗にキスしてやったこと知っていたのか。私は赤面しそうになり、慌ててヘルメットを深く被った。 考えてみたら、北斗と南斗は一対の機体なわけだから、高宮重工の人型兵器研究所でフィードバックを行うのだ。 もちろん、その内容には機体の稼働データだけでなく記憶容量も含まれるわけで、記憶も大部分を共有する。 だから、知っていてもおかしくはない。でも、やっぱりそれについては謝ろう。私の方が変に引き摺りそうだから。
 本当にもう、色んな意味でごめんなさい。




 結局、K−9の訓練が完了したのはそれから三ヶ月後だった。
 これでも精一杯頑張ったのだ。通常任務や訓練をこなす傍ら、駄犬と狂犬の狭間に揺れるK−9を鍛えた。 過労死するんじゃないかと本気で思ったことが数回あったが、神田隊員や朱鷺田隊長のおかげで生き延びた。 これはもう、色々と訴えても良いと思うよ。労働基準局とか。でも、相手が天下の国家ではまず勝てないだろう。
 K−9がいなくなった後の特殊機動部隊専用営舎は、静かになった。K−9は、誰よりもうるさかったからだ。 イヌらしく朝っぱらからわんわんと吼え、散歩に連れて行け遊べ構えと付きまとって、躾けるのに大変苦労した。 おかげで、イヌに対する好感度がゼロを通り越してマイナスになった。やっぱりネコがいい、ネコかわいいよネコ。
 私は先日の半島系テロリストとの戦闘に関する報告書を書きながら、K−9のいない安らぎを味わっていた。 徹底的にしごいて躾けてやったおかげでK−9はSATでの評判も上々で、実戦配備される日も近いのだそうだ。 このままSATにいてくれ。二度と来ないでくれ。私はそんなことを願いながら報告書を書き上げ、肩を回した。
 窓が叩かれたので、振り返ってみた。すると、訓練上がりらしく、戦闘服を泥と草に汚した北斗が立っていた。 私が窓を開けると、硝煙混じりの匂いが鼻を突く。三ヶ月前の傷は見る影もなく、すっかり元通りになっている。

「どうしたの、北斗?」

「礼子君」

 北斗は泥と硝煙に汚れた両手で私を引き寄せると、そのままキスをしてきた。それも、思い切り深いやつを。 途中で息苦しくなったので抵抗すると、意外にもあっさり解放された。私は呼吸を整えながら、口元を拭った。

「…いきなり何すんの」

「何でも良いではないか」

 北斗は少々照れつつ、私の唾液に濡れた銀色の唇を手の甲で拭った。

「そういえば、とんと御無沙汰だったもんなぁ」

 私は唇に残る北斗の感触に、ちょっとどきどきしてしまった。

「もしかして、私にあんまり近付いてこなかったのは、K−9に気を遣ってたから?」

「自分とて、それぐらいのことは弁えている」

 心外げな北斗に、私は意味もなく目を伏せた。

「ところでさぁ、あのクレイジー強盗って本気だったわけ?」

 今までなんとなく聞き逃していたことを尋ねてみると、北斗は窓枠に腕を掛けて身を乗り出してきた。

「演技だとも」

「いや、あれはどこをどう見てもオール本気でしょ」

「そう思いたければ思うが良い」

 北斗はにんまりしながら、私を見上げてきた。なんだ、この優位っぷりは。

「素人の犯罪者は、プロと言うべきテロリスト以上に不測の事態を巻き起こすものなのだ。礼子君が巻き込まれた 無差別ひき逃げ事件といい、昨今の刑事事件はそのようなものが多すぎるのだ。故に、あのような事態が起きないとも 限らないではないか」

「でも、人質ぶん投げるような銀行強盗は、日本にはまずいないと思うよ?」

「だが、共犯者を殺す強盗はいる」

「そりゃあ、まぁね」

 私は窓枠に寄り掛かり、北斗との距離を狭めた。

「それで、さ。これもなんか聞けなかったんだけど、ぶっちゃけ、K−9に」

「妬かぬわけがあるまい。同じ母の手で生み出された兄弟とはいえ、許せんものは許せんのだ」

 北斗に即答され、私はちょっと拍子抜けした。すると、北斗はますます勝ち誇った顔をした。

「礼子君が望むのであれば、いくらでも妬いてやろうではないか」

「…馬鹿じゃないの」

 私はなんだか急に照れてしまい、西日の差し込む事務室に視線を投げた。

「そんなことされなくたって、充分解ってんだから」

「何が、だね?」

「いちいち言わせる気?」

 視線を戻した私が北斗の冷たい頬に触れると、北斗は穏やかに答えた。

「無論だ」

 だが、私は言わなかった。その代わりに北斗を抱き寄せて口付け、溜まりに溜まった感情を注いだ。 私の体温と北斗自身が発する熱が馴染んだ金属製の唇は、冷たいけど熱くて、私に触れてくる手も同じだった。 本当に久々だったせいか、私は感極まってしまった。いつも傍にいるのに触れられなかったのは、結構辛かった。
 唇を離した後も、私は北斗と抱き合った。ロボットでも、殺戮兵器でも、こいつが好きで好きで好きで仕方ない。 北斗は特に喋ることもなく、私の髪を優しく撫でてきてくれた。それがまた染みてきて、腕に力が入ってしまった。 本当にあのまま北斗に攫われていたら、それはそれで良かったかも、と馬鹿な考えがちらりと過ぎってしまった。 だけど、それは地球が引っ繰り返っても不可能だ。理想は理想だけに止めておこう、と私はその考えを封じ込めた。
 それに、そんなこと、恥ずかしすぎて言えやしない。




 それから三年後、K−9の姿を様々なメディアで目にするようになった。
 SATの秘密兵器、重大犯罪に対する対抗手段、など、仰々しい枕詞を付けられている記事ばかりだったが。
 その頃になると、K−9の自我もしっかり成長しており、駄犬どころか子供達の憧れるヒーローになったほどだ。 予定通り量産されたK−9の同型機達も、各地方の警察で活躍しており、市民の安全を体を張って守っている。 だが、それはK−9だけの話である。私達特殊機動部隊は相変わらずで、表に出ないテロリスト退治に忙しい。 今日もまた出動要請が掛かり、私は現場に向けて出動する。愛用のグロック26を脇に差し、自動小銃を携えて。 私が戦う理由は、今も昔も変わっていない。血を分けた家族のため、大切な友人のため、頼れる同僚のため。

 そして、私が心から愛し、私を心から愛してくれる兵器を守るために。







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