手の中の戦争




コンバット・クリスマス



 仮面ライダーの寸劇を終えた頃には、お昼になっていた。
 鈴音さんの案内で、高宮重工本社ビル近くのレストランで昼食を摂ることになった。ちなみに、ちゃんと割り勘だ。 私も社会人なので、他人に甘えるわけにはいかない。健吾は手持ちが少なかったので、私が奢ってやったが。 鈴音さんの計らいで個室に案内されたが、メニュー自体はそれほど高いものではなく、庶民でも手の届く値段だ。 ロボット三体を除いたメンバーで、テーブルを囲んでいた。翼ちゃんは、ナポリタンを夢中になって食べている。

「真っ昼間ですけど、酒でも喰らいたい気分です」

 私はカルボナーラの平打ち麺をフォークに絡め、食べた。朱鷺田隊長は、ばつが悪そうにする。

「悪かったよ。後で穴埋めはちゃんとするから」

「おねーちゃん、もうわるいことしたらアカンよ? かめんらいだーがやっつけにきはるんやからな!」

 翼ちゃんは、くりっとした目で私を見上げている。私はどう答えようか迷ったが、とりあえず苦笑いした。

「うん。そうするよ」

「ホンマ、隊長はんがあの役をやってくれはったら、もっと面白うなったんやけどねぇ」

 すばるさんは翼ちゃんの口元を拭きながらにやりとしたので、神田隊員は妻を訝った。

「すばる。本当に、あの脚本に他意はないのか?」

「あんまり誤解せぇへんでくれはる? 別に、うちは隊長はんのことが嫌いなわけやないんよ。なんだかんだ言うても 上司やったし、信用されてへんけど仲間扱いしてくれはったし、性格は面白いぐらい合わへんかったけど、色々と世話に なった人やから嫌いやないんよ。まぁ、うちと隊長はんは、昔のことがあるからあんまり仲良う出来へんかったけどね」

 すばるさんはクリームソースの絡んだパスタを、口に運ぶ。

「でな、ついでに言えば、うちは礼子ちゃんの立場もちょっと羨ましかったんやよねぇ」

「私がですか」

 私からしてみれば、羨まれることなど皆無なのだが。すばるさんは頷く。

「そや。礼子ちゃん、あの二人とえらい仲良いやろ? で、よう遊んではったやろ?」

「遊んでたというか、遊ばれてたというか、翻弄し合っていたというかですけど」

 私が適当に返すと、すばるさんは付け合わせのサラダをつつく。

「うち、基本的に仕事はデスクワークやったやろ? 皆はんと違って前線には出られへんし、出たとしてもトレーラーの中ばっかりやったし、作戦が終了しても仕事は別々やった。事が終わったら高宮に報告書を上げなアカンかったから、事務室にもあんまりおれへんし、おれた時があっても皆はんは基礎訓練やから結局は別やった。せやから、うちはいっつも寂しゅうて寂しゅうてなぁ」

 ほんでな、とすばるさんは少し恥ずかしげだった。

「そんな時に、礼子ちゃんがあの二人と馬鹿なことやらかしとるやろ? それがまた、面白そうで面白そうでなぁ」

「はぁ」

 私は気の抜けた相槌を打った。北南兄弟との愚行は、最近やっと回数が減ったが昔はやらかしまくっていた。 最も記憶に残っているのは、私が自衛官となる少し前の頃、特殊演習で人質役をしていた時代の愚行である。 北斗の拳ごっこと仮面ライダーごっこをやりたがっていた二人に付き合い、私まで馬鹿をやらかしてしまった。 その時のことを思い出すと、恥ずかしさで一キロメートルぐらい全力疾走出来そうなので、記憶に蓋をした。

「でも、うちはええ歳やったし、仕事もあるから、混ぜてほしいと思うても言えへんかったんよ。ほんで、 一度でええから、うちも馬鹿やらかしてみたいなぁって思うとったら、葵はんが所長はんにつーのプレゼントの 相談しはったんや。これやぁって思うて、所長はんに頼み込んで手ぇ貸させてもろたんや。えらいすまんなぁ、 葵はん。うちが勝手に進めてしもうて」

 すばるさんが苦笑すると、神田隊員は笑い返した。

「そういうことなら、許せないでもない。だけど、俺に何の相談もなしってのはないだろう」

「せやから、悪かったゆうとるやんけ」

 すばるさんは、甘えるように声を上擦らせる。

「そうよ、葵ちゃん。別に悪いことしたわけじゃないんだから」

 鈴音さんがにやつきながら神田隊員に迫ると、神田隊員は辟易した。

「解った、解ったからそれ以上言うな」

「だが、それと俺とはどういう関係があるんだ」

 一番最初に食べ終えた朱鷺田隊長は灰皿に灰を落としながら言うと、すばるさんは朱鷺田隊長に向く。

「どうせ馬鹿やらかすんやから、人数が多い方が楽しいと思うて」

「それだけか?」

 朱鷺田隊長が怪しむと、すばるさんは楽しげに笑う。

「まぁ、ついでに言うてしまえば、隊長はんのものごっつアホらしい格好を見たかったゆうのもあるんやけどね」

「あ、それは解ります」

 私が同意すると、すばるさんは両手を組んだ。

「そやろ、そやろ、礼子ちゃん! 隊長はん、いっつも怖い顔しとるから、崩してやりとうて仕方ないねん!」

「でも、だからって、グラサンサンタはねぇだろ…」

 今まで押し黙っていた健吾が、ぽつりと呟いた。二人前のピザを食べていたのだが、もう食べ終えている。 立派になった体格に比例して、随分食べるようになったようだ。些細なことだが、弟の成長を肌で感じた。 それはそれとして、健吾の意見には同意する。まるで、ハリウッド映画に登場する安易な悪人のようだった。 その中身が私であっても、充分すぎるほど怪しかったのだから、朱鷺田隊長であったならどれほどのものか。 想像しただけで笑える。当初はとんでもないと思ったが、改めて考えてみると、ナイスすぎるよすばるさん。 私はフォークを握り締め、必死に笑いを噛み殺した。それに気付いた朱鷺田隊長が、私を見下ろしてきた。

「鈴木。お前、何を考えたんだ」

「ご想像にお任せします」

 私の頭の中では、サンタクロースの衣装を着てサングラスを掛け、拳銃を振り回す隊長の姿が駆け巡っていた。

「だが、高宮。お前、仕事はいいのか? 年末年始は忙しいんだろ?」

 神田隊員が心配すると、鈴音さんはレモン入り炭酸水の入ったグラスを傾ける。

「有休よ、有休。今まで使うに使えなかったからてんこ盛りに余ってて、いい加減に使わないと色々と 規則に引っ掛かるって総務課から脅されちゃってさぁ。それを言われたのは半年ぐらい前なんだけど、せっかくだから 良い時期に休もうって思って今まで取っておいたのよ。で、今回、そいつをぱーっと使ったってわけ。明日も明後日も 明明後日も休みなのよ。積みゲーとか積ん読でも崩そうかと思ったけど、そういうことはいつでも出来るから、今日は 葵ちゃんに貢献したってわけなのよ。どう、有意義でしょ?」

 まぁ、無益ではない。でも、有益とも言い難いような。でも、過ぎてみるとあの馬鹿騒ぎはそれなりに楽しかった。 久々にすばるさんに会えたし、翼ちゃんとも会えた。それだけでも、お二方の暴走の価値はあったかもしれない。

「で、明日は秋葉原行脚。欲しいゲームとか漫画とかラノベとかDVDとかフィギュアとか、どっさりあるのよねー」

 ゲマズにメイトにだらけにとらあなに、と始めた鈴音さんに、健吾は呆気に取られた。

「え、あ、秋葉原?」

「ええなぁ、所長はん。うちもまた行きたいなぁ、秋葉原。パソコン、もう一台組み上げたいねん」

 ええやろ、とすばるさんは神田隊員にしなだれかかると、神田隊員は渋い顔をした。

「もう五台もあるだろうが。デスクトップが三台にノートが二台ってだけでも多すぎるのに、これ以上あっても 電気代を喰うだけだぞ。そりゃ、すばるの仕事にはいくらか必要だろうけど、どう考えても五台は多すぎる」

「今度、新しいOSが出るねん。今あるパソコンのスペックやと、そのOSをフルに活用出来けへんのやよ」

 お願いやぁ、とすばるさんは神田隊員に可愛らしくねだる。母親の陰から、翼ちゃんが顔を出す。

「つーにもなんかこうてぇな、おとうちゃん。おかあちゃんばっかりやとずるいやんけ」

 妻と子にせがまれている神田隊員は、かなり困っていた。良くも悪くも優しい人なので断り切れないのだろう。 このまま行けば押し切られるに違いないが、私は手を出さない。これは、他人の家庭の問題だからである。
 私は少し冷めてきたカルボナーラを食べつつ、健吾を窺った。鈴音さんの本性に戸惑っているようだった。 無理もない。外見とのギャップが激しすぎる。オタクが市民権を得たといっても、まだまだ大したことはないのだ。
 不意に、ポケットに震動が起きた。携帯電話を取り出してフリップを開くと、北斗からのメールが入っていた。 外装交換完了、平常時装備及び武装完了。という漢字だらけの行の下には、やたらと長い文章が書かれていた。 その内容は、サンタガール姿の私をひたすら賛美するもので、メールの文字数制限ぎりぎりまで書いてあった。 全部読むと時間が掛かるので、三分の一も読まずに携帯電話を閉じた。すると、健吾が私をじっと見ていた。

「何?」

 弟も私に対して色々と言いたいことがあるのだろうが、健吾はそっぽを向いてしまった。

「…別に」

 可愛くない奴だなぁ、と少しむっとしたが、その反応は私が普段からしているものなので人のことは言えない。 それに、この状況では話せるものも話せない。落ち着いたら、健吾の方から話を切り出してくることだろう。 私はそれに対して答える義務がある。無論、自衛隊と高宮重工の機密に関わらない客観的事実だけを、だが。 個室のドアがノックされ、ウェイトレスが入ってきた。イタリアンレストランながら、店員さんの制服が可愛らしい。 失礼します、と挨拶しながらウェイトレスは、テーブルの上にそれぞれの注文したデザートを並べていった。
 私は今し方運ばれてきたジェラートに手を付けながら、北斗の宣言を思い出してしまい、今更ながら照れた。 先程は動揺のあまりに銃を抜いてしまったが、嬉しくないわけではない。だが、動揺の方が先立ってしまった。 あれは私へのクリスマスプレゼントだった。それを、このまま突っぱねたままでは、いくらなんでも北斗に悪い。
 返すものを考えなくては。




 昼食を終え、私達は解散した。
 神田一家は買い物をするためにショッピングモールへと出発し、鈴音さんは実家に向かい、朱鷺田隊長は消えた。 隊長は一体どこへ行くのだろうか、と考えたが、邪推するべきではない。隊長にもプライベートはある。
 私と健吾は、すぐに帰るのもなんだったので高宮重工本社ビルの近くにある三百メートル級のビルに向かった。 地上二百七十メートル地点にある展望フロアに到着すると、その中は家族連れやカップルなどで溢れていた。 健吾はこれといった文句も言わず、私の後ろに付いてきていた。レストランを出てから、ずっとこんな調子だった。 扱いやすいのだが、何も言われないとちょっと気味が悪い。弟を窓際に待たせ、私は缶コーヒーを買いに行った。 温かいのを二缶買って戻ってくると、健吾は窓の外を見下ろしていた。ビルのひしめき合う臨海副都心が一望出来る。 先程までいた高宮重工本社ビルがよく見え、屋上には社名がでかでかと入ったヘリポートが設置されている。

「はい」

 私は弟に缶コーヒーを渡してから、その隣に立った。

「なんか、言いたいことあるでしょ」

「ありすぎて、まとまんねー」

 健吾は缶コーヒーを振ってから開け、呷ってから肩を落とした。

「で、あれ、どっちがどっちなんだっけ? グラントは解るけどさ」

「偉そうなのが七号機。へらへらしてるのが六号機」

「あ、そうなん」

「うん。そう」

 私は温かなコーヒーを啜り、ジェラートの余韻が残る口中を流した。

「でも、いい連中だよ」

「それはなんとなく解る。ていうか、姉ちゃん」

 健吾は、苦笑と嘲笑の間のような表情になった。

「結構モテるんだな」

「これが人間だったら申し分ないんだけどねぇ。逆ハー、っていうの?」

「何それ」

「言及しないで。深みに填るから」

「じゃあ言うなよ」

 健吾は、それきり黙ってしまった。空になった缶コーヒーの缶を下げ、イルミネーションの輝く街を眺めていた。 私も黙っていた。弟との共通の話題など見つからないし、無理に会話することもないので、付き合うことにした。 それから、十分程度過ぎた。私が缶コーヒーを飲み終えると、健吾は視線を私に戻し、言いづらそうに言った。

「あのさ、姉ちゃん。なんか、欲しいものとかある?」

「くれるって言うならありがたくもらうけど。ていうか、くれないって言ったのはどこの誰よ」

「気が変わったんだ、それだけだよ。それだけなんだ」

「へえ」

「それに、さ」

 健吾は、ようやく視線を私に据えた。

「姉ちゃん、仕事、大変みたいだから。俺なんかより、ずっと」

「そりゃまぁ、大変だよ」

「うん。だから」

 健吾は、再び黙った。どうやら、寸劇の際に私が北南兄弟を相手に戦う姿を見たのが心変わりの理由のようだ。 別に、見せ付けるつもりなんてなかった。ただ、手を抜いたらケガをしそうだったから、やる気を出しただけだ。 私にとっては、あれは日常の一片に過ぎない。ロボットを相手にワイヤーカッターを振るうのは、いつものことだ。 でも、健吾にとってはそうではない。健吾は缶コーヒーの缶を手の中で弄んでいたが、声を沈めて呟いた。

「死んだら、何も出来ねぇから」

「じゃ、来年もよろしく。ちなみに今年は、図書券百枚でいいから」

「いきなり調子に乗るなよ! 五万なんて出せるわけねーだろ!」

 言うんじゃなかった、と健吾は激しく後悔している。私は一歩前に出て、巨大な窓に近付いた。

「冗談だよ」

 大体、アルバイトもしていない高校生が金なんて持っているわけがない。

「ねえ、あんたは何が欲しい? 返せる範囲でなら、返してやるよ」

「彼女」

 健吾は即答した。昨日と答えが全く変わっていないではないか。私は、呆れたついでにからかってやった。

「近親相姦でもさせてあげようか? 但し、生はなしね。孕みたくないし」

「ごめん悪いそれ冗談だろていうか姉ちゃんは無理絶対に無理何がなんでも無理どこをどうやっても無理」

 健吾は真顔になり、頭を下げてきた。私は、腕を組む。

「それじゃ、十六歳が買えないような大人の絵本でも買ってあげよう。モザイクもぼかしもないやつを」

「それも、なんか嫌だ。いや、まぁ、別に嫌いじゃないけどさ。つーか、なんで下ネタばっかりなんだよ」

「あんたは子供。私は大人だから」

 十六歳と二十歳の間にある壁は厚いのだ。一連の下ネタは全て冗談としても、プレゼントは買ってやろう。 私は健吾に姉らしいことは出来ない。元々、姉弟間の愛情など希薄な上、私は一般的ではない商売の身だ。
 その後、展望台を後にした私達はビル内にある店を周り、私は健吾に値段の張るスニーカーを買ってやった。 私の稼ぎでは充分手が届くのだが、高校生の身ではなかなか買えない品物である。弟は、思いの外喜んでくれた。 そして、私は健吾をチョコレート専門店に引っ張り、一箱三千円ぐらいのチョコレートを強制的に買わせた。 値段に比例しない量のチョコレートに、弟はぐちぐち言っていたが無視した。味の違いが解らないとは不幸だ。
 買い物をしていたり、健吾と本当にどうでもいいことを話している間に北斗へのお返しを何にするか決まった。 それ以外のものもあるのでは、と思ったがそれしかない。今の時点で、私が返せるものなんて限られている。 家に帰ると、残業を切り上げたお父さんが帰ってきていて、お母さんはお手製のケーキを作って待っていた。 そんなこんなで、今年のクリスマスイブは終わった。例年になく、騒がしく、鬱陶しく、そして楽しい休日だった。
 そして、とても平和な一日だった。





 


06 12/5