非武装田園地帯




最終話 ボーイ・ミーツ・ガール




 十三歳の秋。黒鉄鋼太郎は、死んだ。
 十四歳の冬。白金百合子は、死んだ。
 七歳の初夏。村田正弘は、死んだ。
 十三歳の春。山下透は、死んだ。

 そして。

 生きている。




 姿見に映る自分を、何度となく確かめる。
 スカートは乱れていないか、ベストからブラウスの裾が出ていないか、髪は整えたか、入念にチェックする。
後ろ髪を上げ、首筋を鏡に映す。そこにはインターフェースカバーの四角形の溝があるのだが、今は隠してある。
インターフェースの上には、近くで見てもそれとは気付かないほど精巧な、肌色のシートを貼り付けてあるのだ。
百合子自身はフルサイボーグであることを疎んではいないので、別にこれを隠す必要はないと思っている。
だが、インターフェースはデリケートな部分なので、ここに水が入ってしまうと故障を起こす可能性がある。
インターフェースカバー自体は丈夫で、外装の人工人皮も丈夫なのだが、本体とカバーの間には隙間がある。
万が一そこから水が入ってショートでもしたら大変だ、ということで、医者からもシートを貼るように言われている。
 鋼太郎のような外装が厚い外骨格強化型のフルサイボーグに比べると、百合子のような完全人間型は脆い。
だから、細々とした気遣いをしなければならないのが少々不便だったが、故障しないためには仕方ないことだ。
ある意味では生身の人間よりも脆弱なフルサイボーグは、些細な故障であっても、命に関わる場合があるのだ。
 ブラウスの襟を整え、頷いた。百合子は姿見の上にチェック柄の布を被せてから、通学カバンを肩に掛けた。
自室から出て階段を下り、キッチンに顔を出した。母親の撫子は食器を片付けていて、父親の孝彦は寛いでいる。

「いってきまぁーす!」

 百合子は威勢良く挙手し、挨拶した。二人とも百合子を見、笑んだ。

「いってらっしゃい、百合」

「いつも言っているけど、バッテリー残量には気を付けるんだよ」

 孝彦の忠告に、百合子はにんまりする。

「解ってるってえ」

 玄関でローファーを履き、つま先を床に当てて整える。腰近くまである髪を揺らしながら、娘は外へ出ていった。
一人娘の元気な後ろ姿を見送り、二人は顔を見合わせて笑った。撫子は椅子を引き、孝彦の隣に座った。

「相変わらず元気ね、百合は」

「前は、あの子の元気に体の方が追い付いていなかっただけなんだよ」

 孝彦は満足げに、目を細めた。昨年、月面基地での就労期間を終えたので帰還し、妻子との暮らしに戻った。
百合子が重症に陥っていた際に戻ってこられなかったことをひどく悔やんでいたが、百合子はにこにこと笑った。
辛いことには辛かったけど、今は元気なんだからいいじゃん、と。そのおかげで、孝彦も大分気が楽になった。
 孝彦らの研究とペレネらの協力の結果、地表と衛星軌道上間の軌道エレベーター初号機も無事に完成した。
そのプロジェクトでの成果を認められた孝彦は、妻子のいる地上での勤務に戻ることを会社から許可された。
だが、すんなりと許可が下ったわけではない。様々な紆余曲折を経たが、最後の最後で曲げられそうになった。
そんな時に、孝彦はペレネアに会い、上司にも声を掛けてきた。ソレデハ、ゴ家族がとても可哀想デスヨ、と。
 ペレネア、というのは、以前孝彦のいる会社に出入りしていたペレネの代わりにやってきた新たな異星人だ。
外見はペレネとそれほど違わないのだが、無機質だったペレネとは違い、表情が豊かで愛嬌のある女性だ。
それまでいたペレネは、母星に有事が発生したということで、他のペレネと共に一斉に帰還してしまった。
そして、ペレネが帰還して数ヶ月後にやってきたのがペレネアだった。彼女もまた、ペレネと同じく優秀だ。
社内におけるペレネの位置付けは、オーバーテクノロジーの技術提供だけでなく、研究員の一人でもあった。
地球人の観点からの科学を知りたい、とのことだったのだが、他の研究者達にも引けを取らないほど熱心だった。
また、研究成果も素晴らしく、孝彦を始めとした他の研究員達の刺激となって社内を活性化させてくれた。
そういったことがあり、元から地位の高かった異星人の足元は更に盤石なものとなり、彼女は欠かせなくなった。
当初、社員達はペレネが帰還することを良く思ってはおらず、新入りのペレネアに対しては冷ややかだった。
しかし、ペレネと同じかそれ以上に優秀で表情が多く愛想の良いペレネアは、たちまちのうちに人気を集めた。
程なくしてペレネアの地位も上がったが、彼女を慕う社員はペレネ以上に多くなり、その立場は今や絶対的だ。
だから、幹部社員もペレネアの言葉を重く見ている。そういった背景があるからこそ、孝彦は地上に戻れた。
彼女達異星人のことを少し薄気味悪く思った時もあったが、公的にも、私的にも、感謝しなければならない。
 外からは、鋼太郎と会話をする百合子の声が聞こえる。撫子は百合子と同じ表情で笑いながら、立ち上がった。

「あなたも支度しなさいよ。あんまりゆっくりしていると、仕事に遅れちゃうわよ」

「ああ、解っているよ」

 孝彦は頬を緩ませながら、食器を重ねた盆を持ってキッチンに戻る妻の背を見送った。撫子は、機嫌が良い。
フルサイボーグとなった百合子は、たまに些細な故障を起こすことはあるが、もう体調を崩すことはなくなった。
 以前の撫子は、百合子の体が弱いのは自分のせいだと自責していた。私がいけなかったのかもしれない、と。
撫子は今でこそ普通にしているが、幼い頃は入退院を繰り返すほど体が弱く、心臓の内壁に欠損があった。
それは、成長と共に自然に治る程度のものだったのだが、それが百合子に遺伝したのだと昔はよく泣いていた。
 百合子が病に冒された体から離れ、フルサイボーグとなることは完全な解決ではないが、一つの道ではある。
きっと、それが娘の人生なのだ。孝彦はそう思いながら、会社に行く準備をするべく二階へと昇っていった。
 廊下の窓から、鋼太郎と連れ立って通学する百合子の姿が見えた。




 歩幅の違う歩調を、並べていく。
 七月に入ったが、まだ梅雨は明けていない。昨日も雨が降り、その名残の水溜まりがそこかしこに残っている。
ローファーを履いたつま先が水溜まりを蹴り、波紋を広げる。それに合わせ、映り込んだ空も円く歪んだ。
土手沿いに広がっている田園には真っ直ぐに伸びた稲が満ち、川面を走ってきた風を受け、緩く波打っている。

「練習試合に出るの?」

 百合子が顔を前に出し、鋼太郎を覗き込む。

「公式には、まだ無理らしいけどな」

 鋼太郎は一ヶ谷市立高校指定の通学カバンを左肩に掛け、背中には大きなスポーツバッグを乗せている。
校章の入った赤いネクタイをだらしなく締めている襟元は開けられ、金属製の銀色の太い首筋が覗いている。
一ヶ谷市立高校の制服はブレザーで上下が紺で、男女共に校章の入ったネクタイを締めることになっている。
今は夏服なので、ブレザーではなくニットベストを着るのだが、暑苦しい気がするので鋼太郎は着ていない。
百合子はブラウスが透けてしまうので、襟と裾にエンジ色のラインの入ったベージュのニットベストを着ている。
紺のプリーツスカートから伸びている白い太股は瑞々しく、日焼けもせず傷も付かない肌なので常に綺麗だ。
 鋼太郎と百合子は、揃って正弘のいる一ヶ谷市立高校に進学し、現在は二年生になり、クラスも同じだった。
透もまた、三人がいるからということと学力的にも丁度良かったので、一ヶ谷市立高校に進学している。
 一ヶ谷市立高校には、弱小でメンバーも少ないがれっきとした野球部があるので鋼太郎は迷わず入部した。
百合子もまた、前からやってみたかった、と言って野球部のマネージャーになり、忙しい日々を送っている。
フルサイボーグである二人を敬遠する部員もいないわけではないが、彼らとはそれなりに折り合っている。
顧問であり監督である教師はサイボーグに理解があるので、鋼太郎と百合子が浮かないようにしてくれる。
体が体なので疲れ知らずでいつもテンションの高い百合子は、鬱陶しい時もあるがよく働くので頼りになる。
鋼太郎の極めて出来の悪いバッティングやピッチングの練習にも、誰よりも根気よく、付き合ってくれるのだ。
その練習と顧問の指導のおかげで、ピッチングは昔よりは少しまともになったが、変化球はカーブしか出せない。
バッティングも、当たることには当たるようになったのだが、真上に飛ばしてばかりで飛距離が出せないままだ。
自信を持てるのは、やはり、外野の守備だけだ。だから、この調子だと練習試合でもろくな成績が出ないだろう。
 だが、それでもいいと思っている。野球が絶望的に下手なのは、鋼太郎自身が嫌と言うぐらい思い知っている。
成績は二の次だ。思い切り体を動かせるようなエネルギーがあり、一つのことに打ち込めるのはこの時だけだ。
そして、百合子と一緒にいられるのだからそれ以上のことはない。鋼太郎は百合子を見、内心で笑っていた。
 百合子は可愛い。彼氏の欲目、というのがあるからなのだが、些細なことであってもそう思ってしまう。
笑っている表情はもちろんのこと、拗ねていたり怒っていたりしても可愛いと思ってしまって、目が離せない。
中学二年生の三月二十日、つまり正弘の卒業式の日に、鋼太郎は百合子に思いを告げて応えてもらった。
その時は、好意が絶頂だと思っていた。あんなに好きだと思うことはないと思っていたが、判断が甘かった。
その時よりもずっと強く、好きだ、と思う機会はそれ以降にもごろごろしていて気持ちの高ぶりに限界などない。
やりづらかったり、照れくさかったりするが、それを彼女に示すとそれ以上になって返ってくるのがとても嬉しい。
 横目に百合子を見ると、歩くたびに長い髪が揺れて毛先がふわふわと動き、色白な頬に影を落としている。
この十五歳のボディは、もう二三年は換装しないのだそうだ。一生このままでいてくれ、と思わないでもない。
更に何歳か身体年齢を成長させれば、胸の辺りも成長するのだろうが、それではこの微妙なバランスが崩れる。
少女でありながら大人になりかかっている、という曖昧な魅力があり、またこの姿が一番しっくり来るのだ。
だが、百合子の年齢が成長する以上、肉体も成長させていかなければ外見と精神の釣り合いが取れなくなる。
そのことが精神的な負担となり、本人の精神力と場合によっては、心の病を発症してしまう可能性があるそうだ。
それを防ぐためにも、完全人間型のフルサイボーグは、数年ごとの換装をサイボーグ協会に義務付けられている。
 鋼太郎のような、外見が人間からは懸け離れているタイプのフルサイボーグは、義務ではないので強制されない。
希望すれば換装出来るそうだが、保険が利かない上に金が掛かるので、鋼太郎は最初からしないつもりでいる。
このサイボーグボディが割と気に入っているということもあるし、体を変えるとまた慣れるのに手間と時間が掛かる。

「でも、もう二三年したら変わると思うぜ。高野連も、ちったぁサイボーグに甘くなってきたみてぇだし」

 鋼太郎はスポーツバッグの肩掛け紐を引き、ずり落ちかけていたのを直した。

「だけど、鋼ちゃんは一生ベンチウォーマーだもんねー」

 百合子は、さも可笑しげに笑う。鋼太郎は、彼女の頭を小突いた。

「るせぇ」

「で、ポジションはやっぱり外野なの?」

 百合子は小突かれた部分を押さえながら、尋ねた。鋼太郎は、百合子に向く。

「まぁな。つうか、今更内野に鞍替えなんて出来ねぇだろ。長いこと外野やってるわけだし」

「てーことは、打順は尻尾の方だね。打率ゼロ割バッターだもんねー!」

「うるっせぇ! 試合に出られねぇんだから、打率が低くて当たり前なんだよ!」

 鋼太郎は、百合子の頭をぐいっと押さえ込んだ。百合子は前のめりになってよろけたが、姿勢を直す。

「何すんのさあ」

 百合子はむっとして、頬を張って唇を曲げた。だが、あっという間に機嫌を直し、次の話題を切り出してきた。
鋼太郎の朝練があるので、早い時間に家を出たために車通りも少なく、二人の会話だけが辺りに響いている。
田んぼ脇の側溝を勢い良く流れる水の音が、草の揺れる音に混じり、早朝の涼やかな空気を生み出していた。
 本当は、二人とも通学には自転車を使った方が楽だ。歩行よりもバッテリーの消費量は少なく、速度も速い。
だが、お互いに少しでも長く話していたいから、毎朝徒歩で駅まで向かう。付かず離れずの距離を保ちながら。
 今日も、二人は歩いていく。




 鮎野駅の二番ホームには、数人の乗客が待っていた。
 正弘は参考書をぺらぺらとめくっていたが、その手を止めた。目線を上げると、横にいる彼女は顔を逸らした。
静香は思い切り機嫌の悪そうな顔をして、正弘を見ようとせずにいる。正弘は疑問に思い、首をかしげる。
 そもそも、同じ電車に乗る理由が解らない。通勤をするためには、電車よりも車の方が都合が良いはずだ。
静香の勤めている医療器具会社は、去年、一ヶ谷市郊外にあった会社の社屋を一ヶ谷市中心部に移転させた。
それにより、静香の勤務先も、一ヶ谷市郊外の社屋から一ヶ谷市中心部の新社屋へと変わることになった。
一ヶ谷駅からバスで十分ほどの場所にあり、近いと言えば近いが、電車を利用するのは明らかに不便だ。
通勤通学の時間帯以外は、相変わらず本数が少ないので、一本逃せば次は一時間後、というのが普通だ。
 なので、残業があることなどを考えれば、以前のように車で通勤した方がどう考えても安全で確実だ。
だが、静香は頑なに電車を使っている。正弘は、不機嫌極まりない表情の静香を横目に見つつ、呟いた。

「二日目ですか?」

「違うわよ。一昨日で終わってるわよ。洗濯してるのはマサなんだから、知ってるでしょ」

 静香は、タイトスカートから伸びた薄いストッキングに包まれている足を組んだ。

「まぁ、そうですけどね」

 正弘は襟元に手をやり、きつく締められているネクタイを緩めようとしたが、視線を感じてその手を止めた。
静香に目をやると、静香は慌ててあらぬ方向を向く。やりづらいなぁ、と思いながら正弘は手を下ろした。
正弘はやはりネクタイを緩めたかったが、緩めれば静香の不機嫌は増すことが解っているので出来なかった。
 この制服になってからというもの、静香はいちいち正弘に構いたがる。それも、ネクタイばかりを締めてくる。
ネクタイ萌えですか、と尋ねたら、違うわよ何考えてんのそんなんじゃないわよ馬鹿じゃないの、と言い返された。
あまりにも否定を繰り返されたので、正弘はそれを肯定と取った。だから、静香のしたいようにさせている。
だが、それにも限度というものがある。フルサイボーグといえど、首を締め付けられたら気分的に息苦しくなる。
ネクタイを緩めるのは登校してからにしよう、と正弘は内心でため息を零してから、目を逸らす静香に尋ねた。

「で、今日の夕飯は何がいいですか」

 静香は、きっぱりと即答した。

「冷やし中華」

「またそれですか。この間も、三日ぐらい冷やし中華じゃありませんでした?」

「いいじゃないの。食べるのが楽なんだから」

「うどんじゃダメですか」

「うどんは温かい方が好きなの。冷たいのはあんまり好きじゃないのよ」

「そうですか」

 オレは好きだけど、と、正弘は参考書から顔を上げた。

「静香さん」

 下の名前を呼んだだけで、静香は顔を伏せてしまった。正弘はそれが可笑しくて、笑ってしまった。

「そう呼べって言ったのはそっちじゃないですか、静香さん」

「そりゃ、そうだけど」

「本当に、あなたって人は楽しいです。なんならもっと言ってやりましょうか、静香さん?」

「黙れ、伊集院かれん!」

 静香は強く言い返してきたが、正弘は参考書で静香を制した。

「そろそろ電車が来ますから、続きは夜にでもやりましょうか」

 静香さん、と正弘が最後に言ってやると静香はバッグを持って立ち上がり、正弘に背を向けてしまった。
正弘は参考書を通学カバンの中に入れてから、腰を上げた。静香の反応が大きいので、ついからかいたくなる。
 いつの頃からか、というのは定かではない。気付いた頃には、正弘と静香の関係は穏やかに変化していた。
だが、傍目に見ればこれといった変化はない。相変わらず、静香は正弘を使い、正弘も静香の保護をしている。
正弘が中学生だった頃と言い合うことも同じで、やっていることもなんら変わらないのだが、含みが生まれた。
 それを始めたのは静香の方だったが、最近では正弘の方が優位に立っているらしく、静香は戸惑うようになった。
今はまだ、正弘も静香も目に見えた変化は望んでいない。だから、二人は相変わらずの毎日を送っている。
だが、いつかその均衡は崩れるだろう。言い出すのはどっちなのかな、と思いながら、正弘は静香を見やった。
以前に比べれば、彼女の化粧は大分大人しくなって香水の匂いもかなり薄くなったが、服装はあまり変わらない。
 静香はホームに滑り込んできた四両編成の電車を睨んでいたが、正弘を見上げた。正弘は、それを見返す。
静香は正弘から目を逸らすと、ヒールを鳴らしながら電車に乗り込み、座った。正弘も乗り、静香の隣に座る。
この様子だと、彼女の機嫌は治りそうにない。まぁ、それが可愛いところなんだけど、と正弘は内心で笑っていた。
 中学生時代の百合子に対する初恋に比べれば、静香に対する感情は落ち着いていて、焼けるような熱はない。
だがその分、確実だ。相手が相手なので、それでいいのかと思わないでもないこともないが、揺らがなかった。
単純に、好き、というのとは違う。なんとなく、放っておけない人だ、と思っていたら引っ込まなくなっただけだ。
静香もまた、そんな感じだ。世間的には良くない気もするが自分達が良いと思っているので、いいのだろう。
 正弘は車窓を過ぎる田園風景を眺めながら、十年前に定められた将来の進路、自衛官への気持ちを改めた。
自衛隊の援助を受けてフルサイボーグ化した際に、自衛隊側から勝手に決められたのである意味では拘束だ。
中学生の頃は、将来のことは漠然としか考えていなかったが、視野が広がった今は自衛官は尊い仕事だと思う。
自国を守ることは、ひいては自分の周囲を守ることであり、サイボーグ同好会の三人や静香を守ることでもある。
せっかく、助けられた命だ。有効に使わなければ。就任している間は、少女漫画を描けなくなるのは寂しいが。
 生きることは、戦いに似ている。増してそれが、死の淵から蘇った後の生であるならば尚のこと辛さは増す。
死にかけたことで生きていることの素晴らしさを実感出来るが、同時に、生きていく苦しさも味わうことになる。
これからも、様々な苦しみが待ち受けているはずだ。だが、その戦いに勝利などなく、そして敗北もないのだ。
生きるということは、自分と向き合うことだ。自分自身を見定めて歩いていけば、何事にも挫けずに進める。
 田園風景は、穏やかだ。何が起きてもその風景は変わることはなく、景色と共に変わり、景色と共に元に戻る。
春になれば苗を植え、夏になれば稲が伸び、秋になれば穂が実り、それを刈り取り、冬になれば雪に覆われる。
田園地帯は、何年も、何十年も、それを繰り返してきた。これからも、景色が変わることはないと思っていいだろう。
 それと同じように、心もまた同じ場所に戻る。どれだけ武装しようと、どれだけ荒れようと、いつか必ず蘇る。
巡り巡って戻ってきた時には、心も体も武装を外し、大きく抉れていた傷口に瘡蓋が出来、そして再生する。
 この田園地帯のように。





 


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