アステロイド家族




オーバー・ロード



 そして、一家総出でだるまさんが転んだをすることになった。
 管理室で家事をしていたミイムをガレージまで呼び出してから、六人で一斉にじゃんけんをしてチーム分けした。
マサヨシのチームはマサヨシとハルとヤブキで、イグニスのチームはイグニスとサチコとミイムという結果になった。
もちろん、決まった当初はイグニスもサチコも大いに反発した。しかし、ヤブキを入れ換えればミイムが怒るのだ。
かといってハルを動かそうにもハルはマサヨシから離れようとしなかったので、チーム編成は変えようになかった。
ヤブキの提案通り、十分の時間制限を付けた。だるまさんが転んだは、区切りを付けないと延々と続くからである。
 最初の鬼は、これもまたじゃんけんの末にマサヨシになった。戦闘には強いのだが、じゃんけんには弱かった。
マサヨシはガレージの壁に向かう前に、一度振り返った。他の面々のスタート地点は、後方百メートル地点である。
イグニスが引いた線の前に、皆が並んでいる。ミイムはやる気がなく、イグニスも冷めた様子で腕を組んでいる。
楽しげなのはヤブキとハルぐらいなもので、マサヨシもやる気がなかった。深く考えてみなくても、おかしいからだ。
悩み疲れて投げ遣りになっていたとはいえ、いくらなんでも、だるまさんが転んだで決着を付けることはないだろう。
しかし、ここまで来たら引き返せない。マサヨシはガレージの壁に向き直って額を付け、決まり文句を読み上げた。

「だるまさんが転んだ」

 普通に言い終えてから振り返ると、重たい着地音と震動が起き、大量の砂埃が熱風に巻き上げられている。
脚部のスラスターの冷却を行いながらマサヨシに手を伸ばしているイグニスを見上げ、マサヨシは眉根を歪めた。

「飛ぶな」

「走るなってルールはあったが、スラスターを使うなってルールはなかったぜ?」

 イグニスは着地した恰好を保ったまま、言い返した。

「子供の遊びにスラスターを使う馬鹿がいるか」

 マサヨシは相棒に毒突いてから壁に向かおうとしたが、躊躇した。イグニスの手は、すぐそこに迫っているのだ。
この状態で再度だるまさんが転んだと言えば、すぐにタッチされる。だが、他の面々はまだ数十メートル後方だ。
しかし、イグニスをアウトにしようにも動いた形跡がない。動いた、と判定するためには、具体的な動作が必要だ。
話した時に頭が少し動いた程度では、動いたとは言えない。だが、イグニスにタッチされたが最後、逃げられる。
そうなってしまっては、イグニスを捕まえられるわけがない。けれど、他の四人を捕まえようにも位置が遠すぎる。
どうする、とマサヨシは作戦を練りながら見回していたが、彼の右足に視線を止めると、何気ない口調で言った。

「右足の塗装が剥げているぞ」

「ん、そうか?」

 イグニスはマサヨシの言葉に釣られて右足を挙げたが、即座に意図を掴み、マサヨシを睨み付けてきた。

「てめぇ…」

「古典的な手に引っ掛かったお前が悪い。アウト」

 マサヨシがにたりと笑うと、イグニスはふて腐れながらガレージの壁に手を付いた。

「電卓女のマスターだけあって、お前も充分性格悪いぜ」

「だるまさんが転んだ」

 マサヨシはイグニスの文句を無視し、ゲームを再開した。振り返ると、先程よりも皆との距離が狭まっていた。
ミイムは歩いてきたままの恰好で立ち止まり、ヤブキもやや前傾姿勢で止まり、ハルもぴたりと止まっている。
サチコも他の三人からそれほど離れていない位置で、浮いている。すると、ヤブキの左足が急に持ち上がった。

「うひょお!」

 変な悲鳴を上げたヤブキは左足を引っ張り上げられるような恰好で反り返り、派手に転んだ。

「アウト」

 マサヨシがヤブキを指すと、ヤブキは砂を払いながら立ち上がり、ミイムを指した。

「だるまさんが転んだでサイコキネシスを使うのは反則っすよね、反則!」

「心外ですぅ、ヤブキが勝手に転んだんですぅー」

 得意げに笑いながら、ミイムはマサヨシの元に向かうヤブキを見やった。ヤブキは、ふん、と顔を逸らす。

「あんまり調子に乗らないで欲しいっす! オイラだって、いつまでもやられてばかりじゃないんすからね!」

 ヤブキは苛立ちを露わにしながら歩いてくると、壁に手を付いて立っているイグニスの足に手を付いた。

「ミイム。次はないぞ」

 マサヨシが強く言うも、ミイムは澄ましている。

「みゅふーん。ボクはなぁんにもしてませんよぉ?」

〈初っ端からデタラメね…〉

 事の次第を見守っていたサチコは、ぽつりと呟いた。ハルは不満げに眉を曲げる。

「もっと真面目にやろうよぉ。おじちゃんもママも、意地悪なんかしちゃダメだってば」

「てへっ」

 ミイムは舌を出し、拳でこつんと額を小突いた。その表情と仕草のわざとらしさに、マサヨシは心底げんなりした。
ヤブキに至っては寒気まで感じたらしく、身震いしている。ミイムはヤブキが嫌いだが、ヤブキはミイムが苦手だ。
その理由は、マサヨシには痛いほどよく解る。マサヨシはヤブキに同情しつつ、壁に向かって決まり文句を言った。

「だるまさんが転んだ」

 そして、振り返ると、ミイムとの距離が大分狭まっていた。ハルとサチコは、遥か遠くに取り残されてしまっている。
ミイムにタッチして二人を解放させるべきかもしれないが、厄介な存在である彼は捕虜にしてしまった方が得策だ。
子供の遊びとはいえ、掛けているものは至って真剣なのだ。マサヨシは素早く頭を巡らせ、即興の戦略を立てた。

「だるまさんが」

 そこまでは普通に読み上げるが、後半は倍速で読み上げて素早く振り返ってフェイントを掛けた。

「転んだ」

「みゅっ!」

 嬉しいことに、それに引っ掛かってくれた者がいた。マサヨシの数メートル後方で、ミイムがよろけていた。

「アウト」

 当然、マサヨシはそれを見逃さなかった。

「パパさんの意地悪ぅ」

 ミイムは頬を膨らませながらやってきたが、ヤブキとは手を繋がず、イグニスの足に手を当てた。

「戦略と言ってくれ」

 マサヨシはミイムを見やってから、残る二人に振り向いた。ほんの一瞬だけだったが、サチコと目を合わせた。
このままタッチしてもらえなければ、マサヨシが負けてしまう。十分間に設定した制限時間も刻々と迫っている。
だが、あまりルールに反する行為を行うのは性に合わない。マサヨシは考えあぐねながらも、再度読み上げた。

「だるまさんが転んだ」

 と、振り返るも、ハルとの距離はあまり縮まらない。サチコもハルと同じ速度で接近しているので、ほぼ同じだ。
更に三回ほど続けると、ようやくマサヨシから五メートルほどの位置まで近付いてきたが、やはり距離が同じだ。
マサヨシは少々気恥ずかしかったが、こうなっては背に腹は代えられないと、間延びさせて読み上げることにした。

「だーるーまーさーんが、こーろー」

「切った!」

 可愛らしい声と共に、小さな手がイグニスの足に触れた。直後、弾かれるように捕虜の三人が逃げ出した。

「ストップ!」

 マサヨシは振り向き様に鋭く声を上げた。マサヨシの命令を受け、逃げようとしていた面々はその場で止まった。
一番遠いのは、もちろんイグニスである。その次に遠いのがミイムで、その少し後ろではヤブキが転んでいた。
というより、また転ばされたのだろう。ミイムはサイコキネシスを制限されているが、二三キロなら持ち上げられる。
だから、ヤブキの足ぐらいなら掬えるのだ。ヤブキは悪態を吐きながら起き上がり、不機嫌そうに胡座を掻いた。
そして、一番逃げ足の遅いハルはマサヨシから十メートルも離れておらず、次の鬼は既に決まったようなものだ。

「大股三十歩っすよマサ兄貴ぃ!」

 ヤブキは苛立ちを露わにし、ミイムを指した。ミイムも、負けじとヤブキを指す。

「違いますぅ、こっちに行くんですぅ!」

「いや、三十もいらねぇよ。五歩で充分だ」

 イグニスは自軍の勝ちを確信しているのか、にやけている。ハルは哀願する目で、マサヨシを見上げる。

「パパぁ…」

「そうだな。五歩で充分だ」

 マサヨシは大きく足を開くと、一歩、二歩、三歩、四歩、五歩、と歩いてハルへ近付き、手を伸ばした。

〈ええ、充分ね〉

 マサヨシが触れたのは、ハルの陰に隠れていたサチコのスパイマシンだった。と、同時に、電子音が響いた。
それはだるまさんが転んだのタイムアップを告げる音色であり、イグニスが敗北したことを示すものでもあった。

「俺の勝ちだ」

 マサヨシはサチコのスパイマシンを掲げ、イグニスへ示した。イグニスは、悔しげに唸る。

「そうか、だからお前はハルから離れなかったのか」

〈ええ、そうよ。ハルちゃんの傍にいれば、間違いなくマサヨシが捕まえてくれるからよ〉

「汚ぇぞ、マサヨシ! 電卓女を使うなんて、反則もいいところだ!」

「屁理屈を言うようで悪いが、鬼とプレイヤーが共謀するな、というルールもないんだ。だが、もっと言ってしまえば、俺達が暮らすための家を再建するためには手段を選んでいる場合じゃないんだ。解るか、イグニス」

「なんだよ…」

 いつになく強い態度に、イグニスは若干臆した。マサヨシは大股に歩き、イグニスに迫る。

「お前にも、何を優先するべきかは充分解るはずだ。前回の件で、お前の趣味を否定するだけ無駄だと言うことも知っている。だからこそ言うんだ。使うべきところで使わなければ、お前の集めたスペースデブリは何の役にも立つことが出来ない。お前は、それでもいいのか」

「何が言いたい!」

「解らないのならもっと言ってやろう!」

 マサヨシはイグニスと額を突き合わせんばかりの勢いで、身を乗り出した。

「家のことは、金だけの問題でもなければ、お前一人の問題でもない! 俺達全体の問題なんだ! いいか、家が壊れた時点で俺達の関係が壊れなかったのは奇跡にも等しいんだ! なぜそれが解らない、イグニス!」

「その程度の関係じゃなかったってことだろうが! それに、家なんかなくたってお前らは充分やってるだろうが!」

「充分だと、何が充分だと言うんだ! お前は一人で広い場所にいるからそんなふうに思っているんだろうが、現実はそうじゃない! というか、大人三人子供一人であの狭い空間で暮らすのはとっくに限界なんだ! あれは家なんかじゃない、ただの箱だぞ! 設備も悪ければ天井も低い上にキッチンも狭く、ベッドに至っては二台しかない上にその一台は折り畳み式だ! その折り畳み式の薄っぺらくて硬いベッドで、ヤブキと二人で寝るのは色んな意味で辛いんだ! 解るか、いや、解らせてやる!」

 ここ数日間に募った苛立ちに任せ、マサヨシはまくし立てる。

「これ以上ヤブキのことを悪く言いたくないんだが、それでも目に余る部分が多いんだよ! ヤブキは絶望的に寝相が悪いんだ! そのせいで、夜中に何度俺が床に落ちていると思うんだ! 床に落ちるたびに目が覚めちまうから、正直言って寝不足なんだよ! かといって、スペースファイターでは寝付けない! だが、昼間は騒がしいから余計に眠れない! それがもう何日続いていると思うんだ!」

「えっと、すんません…」

 マサヨシの怒濤の罵声に、ヤブキは身を縮めた。ミイムがにんまりしたので、マサヨシはすかさず彼を睨む。

「お前もだ、ミイム! いくらヤブキが気に入らないからといって、毎日毎日ケンカをするんじゃない! お前の作り声は脳天に響くんだ! その声を張り上げないでくれ、頭痛がひどくなるんだよ! 他にも色々あるんだが、本気で頭が痛くなってきたから以下省略!」

「みぃ…」

 ミイムは、しゅんとして長い耳を伏せた。マサヨシは皆に背を向け、足早に歩き出した。

「もう限界だ、どいつもこいつも勝手にしやがれ!」

 皆が皆、圧倒されていた。イグニスですらも黙り、ハルに至っては父親の怒声に怯えてしまって涙ぐんでいた。
ハルのしゃくり上げる声だけが、辺りに広がった。サチコはハルの傍に寄ると、優しい声色でハルを慰めていた。

〈大丈夫よ、ハルちゃん〉

「ええと…」

 ヤブキはがりがりと後頭部を引っ掻いていたが、立ち上がった。

「つまり、オイラ達がダメダメだからマサ兄貴はぶっち切れたってことっすね?」

「そっか…あいつは寝不足だったのか」

 道理で、とイグニスは苦笑いしている。ミイムは長い耳を両手で押さえ、目元を潤ませた。

「みゅ…。パパさん、怒らせちゃいました…」

〈マサヨシがあんなに怒るなんて、久し振りね〉

 サチコはハルの傍から離れずに、皆を見渡した。

〈マサヨシの気持ちが落ち着くまで、一人にしてあげましょう。彼も人間だから、ストレスだって溜まっちゃうのよ〉

「ストレス、なぁ」

 イグニスは多少の罪悪感を感じながら、遠ざかっていくマサヨシの姿に視線を投げた。

「おい、サチコ」

〈マサヨシの機嫌を取る方法なんて知らないわよ。私だって知りたいぐらいなんだから〉

「そうじゃねぇよ。問題を根本的に解決しなきゃ、始まるものも始まらねぇからな」

 イグニスはその場に腰を下ろして胡座を掻き、腕を組んだ。

「ジェニファーを呼び出せ。無論、高速通信で、だ」

 聞き慣れない名に、ヤブキとミイムは顔を見合わせた。また、スペースデブリかジャンクの名前なのだろうか。
だが、サチコがイグニスに言われた通りに通信を始めたところから察するに、今度こそまともな人名のようだ。
けれど、意図が掴めない。イグニスはサチコに命じたきり黙ってしまい、尋ねても生返事しか返ってこなかった。
 ハルがぐずぐずと泣きながらミイムに縋ってきたので、ミイムはハルを抱き上げて、汚れた頬を拭ってやった。
マサヨシが怒ったことが余程怖かったらしく、ハルはミイムの胸に力一杯しがみついて、わんわんと泣いていた。
ヤブキはハルが心配なので、ハルの傍にいることにした。ミイムも今は仕方ないと思ったのか、何も言わなかった。
皆が皆、マサヨシが怒り出すとは思っていなかったらしい。だが、サチコの言うように彼もれっきとした人間なのだ。
 人が出来た男でも、怒る時はある。





 


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