アステロイド家族




友情合体大作戦



 その頃。他の四人は、公園で遊んでいた。
 ハルはイグニス手製のブランコに乗り、漕いでいる。マサヨシは、娘の小さな背が戻ってくるたびに押し返した。
イグニスは、その傍で胡座を掻いていた。ハルの屈託のない笑顔を見ていると気持ちが緩み、姿勢も緩くなる。
サチコはいつものように、マサヨシの背後に浮いていた。ブランコが上がるたびに、ハルの愛らしい歓声が響く。
マサヨシはハルの背を押し返してやりながら、いつになく安らいでいた。ケンカの声が聞こえないのは気が楽だ。
他人のケンカでも、罵り合う声は聞くに堪えない。ああも毎日繰り返されては、ハルでなくても泣きたくなってくる。
日によっては二人の罵声で目を覚ます日もあり、そういった日は目覚めも悪く、仕事もなかなか振るわなかった。
これでどうにかなるほど甘くないとは思うが、少しは改善してほしい。どちらも大人なのだから、理性を持つべきだ。

「とぉー!」

 ハルはブランコが前に出た瞬間に飛び出し、着地した。

「おう、上手いぞ」

 イグニスは大きな手を叩き、ハルを褒めた。ハルは満面の笑みを見せたが、足元がふらついた。

「うきゃあっ」

「目が回ったか?」

 マサヨシは揺れるブランコを止めてから、ハルに近付いた。ハルは眉を下げ、父親を見上げる。

「…かも」

「だったら、しばらく大人しくしていることだな」

「うん。つまんないけど、しんどいのはやだもん」

 ハルはマサヨシに近寄り、手を取った。

「じゃあ、今度は原っぱに行こうよ! ママに教えてもらったお花の輪っか、作れるようになったんだよ!」

「そいつは楽しみだな」

 イグニスは腰を上げ、立ち上がった。

「しっかし、あいつらの神経が解らねぇや。ハルを泣かせてもまだケンカを続けるなんざ、外道もいいところだ」

「全くだ」

 マサヨシは、相棒を見やる。

〈だけど、あの二人を放っておいても良かったのかしら? 見張りでも付けておいた方が安全じゃないかしら〉

 サチコの懸念を、イグニスはさも馬鹿馬鹿しげに一蹴した。

「お仕置きと懲罰を同列に扱うなよ。大体、見張りなんて付けたらもっとこじれるだけだ」

「そうだぞ、サチコ。あいつらもいい歳なんだ、最低限の分別は弁えているはずだ」

 たぶん、と小声で付け加え、マサヨシは笑顔を作った。本当に弁えていたら、とっくに仲良くしているとは思うが。
しかし、そうでも思わなければやっていられない。どちらも子供ではないのに幼稚な戦いに、もう付き合いたくない。
二人を手錠で繋いだのだって、本音を言えば関わりたくないからだ。勝手にしろ、という意味で手錠を填めたのだ。
 マサヨシは大人の自覚は持っているが、人格者ではない。二人の意見を聞いて間に入るのは、どう見ても辛い。
ただでさえ精神的にも肉体的にも消耗する仕事をしているのだから、自宅にいる時ぐらいは楽をしていたかった。
家長なのに無責任だと言われればそれまでだが、ミイムもヤブキも成人なのだから、元々の責任は二人にある。
故に手錠を填めたわけだが、後悔していない。というより、常々二人に舐められているようなので強く出たのだ。
 二人とも最初はマサヨシに敬意を払って遠慮がちに接していたのだが、打ち解けるにつれて変わってしまった。
感情的なイグニスや理性的なサチコとは違って、マサヨシは何を言われても大抵は受け流してあしらっていた。
深入りすると面倒だから、というのもあるし、新しく家族の一員となった相手を受け入れるための近道だと思った。
だが、それが逆効果だったらしく、二人の中ではマサヨシは感情の起伏の少ない人間として認知されたようだった。
そのせいで、二人はどんどん増長していった。ミイムもヤブキも、その事情が事情だけに甘やかしてしまったのだ。
だからこそ、引き締めなくてはならない。家長としての沽券を取り戻すためにも、規律をもたらし、粛清しなくては。
 父親にも、父親の立場がある。




 ヤブキの畑は、日に日に拡大していた。
 種から芽を出した傍から別の苗や種を植え、土を耕して肥料を混ぜ、時には小型の無脊椎動物も混ぜていた。
最初はマサヨシらが作った畑の真似事と同じ範囲で作ったのだが、それだけでは飽き足らず、拡幅していった。
今となっては、立派な畑が出来上がっていた。農耕機械がないので、全てがヤブキの手作業で出来た畑だった。
どこからか取り寄せたビニールハウスも一棟建てられ、その中ではこれから植えられる予定の種が芽吹いている。
イグニスの手を借りて配管した水道も近くに設置され、スプリンクラーも備えられ、回転しながら水を撒いている。
ざっと見た感じでも、百平方メートルは超えている。フルサイボーグだからこそ、こんなにも仕事が早いのだろう。
しばらく目を離していた隙に、随分と成長したものだ。ミイムは正直感嘆していたが、不愉快さはまだ残っていた。

「ほうら、早く行くっすよ」

 ヤブキにぐいっと左手首を引っ張られたミイムは、足を踏ん張って引っ張り返した。

「嫌ですぅ! ボクは農作業になんか付き合いたくないですぅ!」

「ここまで来たら、一蓮托生っすよ」

 ヤブキはミイムに軍手を押し付けてから、自分の両手に軍手を填めた。

「ていうか、オイラもミイムなんかに畑をいじらせるのは嫌っすけど、畑の手入れを怠るわけにはいかないんすよ」

「だったらやらせるなですぅ」

「でも、何もしないでいられるのはもっと嫌っす。ていうか、もうちょっとオイラを敬ってほしいっす」

「あんたのどこに敬う要素があるってんですか、みゅう」

「オイラっていうか、要するにこの宇宙に生きる全てのお百姓さんっすよ」

 ヤブキは荷物でも抱えるかのようにミイムを脇に抱えると、整然と並んだ作物の間を歩き出した。

「まあとにかく行くっすよ、草取りに。有機農法ってのは最高っすけど、雑草だらけになるのは厄介なんすよねー」

「嫌ですからね、ボクは絶対に手伝わないですからねっ!」

 ヤブキに胴体を抱えられたミイムは、自由になる手足を振り回して暴れるも、ヤブキの腕は緩まない。

「オイラもミイムの家事を手伝うっすから、それでおあいこっすよー」

「そういう問題じゃないですぅ!」

 言い合う間にも、ヤブキは突き進んでいく。畑の中でも苗木が成長している場所まで来ると、ようやく降ろされた。
ヤブキはミイムにも軍手を手渡すと、さっさと両手に軍手を填め、作物の並ぶ土手の傍に屈んで作業を始めた。
ミイムは意地になって突っ立っていたが、ヤブキが屈んでいると左腕が伸びきって辛いので、仕方なく座り込んだ。
 小さな真っ青な実が下がっているトマトと思しき苗木の根本には雑草が生えており、ヤブキは黙々と毟っている。
だが、ミイムは到底やる気はなかった。ヤブキが右腕を動かすたびに左腕が伸びてしまうのが、とても嫌だった。
近くにいるだけでも嫌なのに、同じ仕事をするのは侮辱も同然だ。農作業をすることからして、まず有り得ない。
 コルリス帝国の第一皇位継承者であるレギーナ皇太子の側近だった頃は、有意義で有益な仕事をしていた。
レギーナの身の回りの世話だけでなく、食事の毒味や身辺警護や、時には皇太子の公務を手伝うこともあった。
確かに、産業は大切だ。食料を生産することは国民の生活を維持するだけでなく、輸出すれば外貨も稼げる。
だが、それは大規模な産業の場合であって、ヤブキの小規模どころか矮小な畑の生産量はタカが知れている。
下々まで目を行き渡らせるのは大事だが、ヤブキは別だ。どこに出荷するわけでもなく、完全な趣味の畑なのだ。
その上、野菜を作り始めてから日が浅いのでまだ収穫出来る状態ではないため、家族の口に入っていなかった。
 今の時代、遺伝子操作のおかげで、植え付けて数日で芽が出る作物は多種多様にある。だが、ヤブキは違う。
なぜか古い品種の種を使って、手間の掛からない水耕栽培にはせず、わざわざ土を耕すことから始めている。
そんなもの、効率が悪いだけではないか。ミイムは侮蔑の眼差しで、草取りをするヤブキの横顔を睨み付けた。

「なんで雑草なんて持ち込んだんですかぁ。そんなものが混じっている時点で不良品ですぅ」

「オイラなりに研究した結果っすよ、これは」

 ヤブキは毟った雑草を一塊にしてから、軍手を払って土を落とした。

「そりゃ、オイラも最初は雑草がない方が楽だって思っていたし、大抵のグリーンプラントは種の選別と同時に土壌洗浄も行うから、雑草が生えること自体がないんすよ。でも、雑草がないと今一つ野菜の味が冴えないんすよ。なんてーかなー、味自体は悪くないんだけど締まりがない、っつうかで。やっぱり野菜も生き物っすから、競争相手がいないと張り合いが出ないんじゃないんすか?」

「植物に意識なんてあるわけないですぅ」

「そんな前時代的なことを…」

 ヤブキは呆れ果てたと言わんばかりに、首を横に振る。

「いいっすか、オイラ達動物と植物は平行して進化したんすよ? オイラ達が酸素を吸収して二酸化炭素を吐き出すのは、植物が二酸化炭素を吸収して酸素を吐き出すからっす。動物性蛋白質を摂取しているだけじゃ栄養が偏って早死にしちゃうのは、植物が不可欠だからっす。オイラ達は生きているんじゃないっすよ、色んな命を踏み台にして生かされているだけなんす」

「そんなの、誰でも知ってますぅ」

「大体、ミイムってウサギじゃないっすかウサギ。ウサギってのはあれっすよ、小型の草食動物だから育成も簡単だし繁殖力が高いから大量生産も可能だし、肉は食用になるし毛皮は取れるしで、マジ良いこと尽くめの動物なんすよ。ウサギさんなら、もっと草木に感謝するっす。まあ、今は人間型に進化したから雑食になっちゃったんだろうけど、元々は草食動物だったんすから」

「それはあんた達の世界の話でボクの世界の話じゃないですぅ!」

「じゃあ、それはなんなんすか。まるっきりウサギさんじゃないっすか、ウサギさん」

 ヤブキは、ミイムの両側頭部から生えた長い耳を指した。ミイムは、強く言い返す。

「耳は耳ですぅ! それ以外の何者でもないですぅ! ていうか誰が食用ですかっ、誰が毛皮になりますかぁ!」

「でも、ウサギはウサギじゃないっすか」

「当たり前ですぅ! ていうか、家畜呼ばわりされて喜ぶ奴なんてどこにもいないですぅ!」

「オイラもそれと似たようなこと、ミイムからずっと言われていたんすよ。穀潰し呼ばわりされて怒らない人間なんて、どこにもいないっすよ」

 ヤブキは手近な雑草を毟ると、雑草の山に投げ捨てた。

「そりゃ、オイラだって、本当はミイムと仲良くしたいっすよ。マサ兄貴も言っていたように、オイラ達は家族であると同時に運命共同体なんす。だから、仲良くしたいと思っていたし、オイラなりに頑張ったんすよ。でも、ミイムはオイラが何をしようと文句垂れてばっかりで…」

 雑草を握り締める手に力が籠もり、軋んだ。ヤブキは右腕を引いて鎖を握り、強引にミイムを引き寄せる。

「人のこと、馬鹿にするのも程々にするっすよ。そりゃ、見た目も可愛いし器用だし有能なママだとは思うっすけど、それ以外は最低っす。簡単に死ね死ねって言うけど、死ぬのがどんなに辛いか、死なれるのがどんなに嫌か!」

 ミイムの左手首を強く掴み、ヤブキはミイムに迫る。

「ちったぁ言葉を慎むっす」

 ヤブキの右手が緩んだ瞬間、ミイムは力一杯引いて左手首を離した。痣にはならなかったが、肌は赤らんだ。

「オイラは結構打たれ強い方っすけど、でも、だからってあんたのサンドバッグにはなりたくないっす」

 ヤブキはまた屈み込むと、草毟りを続けた。ミイムは左腕を下げたまま、右手で左手首をさすった。 

「死ぬのが辛い? 死なれるのが嫌? そんなもの、言われなくても解っていますよ。あんたがどんな目に遭ってきたかは知らないし、これからも知りたいとは思わない。ボクが最低だなんて、そんなこと、あんたに言われなくたって知っています。あんたなんて、このコロニーにも、どんな宇宙にもいらない存在なんです。でも、ボクはあんたなんかとは違う。ボクにはやるべきことがあるからこそ、ここに」

「そのためには、ハルを泣かせてもいいんすか。マサ兄貴を怒らせてもいいっていうんすか?」

「ヤブキなんかに、何が解るっていうんですか」

 ミイムは顔を歪め、右腕に爪を立てた。

「へらへら笑って生きているお前なんかに、話すだけ時間の無駄です。全ての無駄遣いです」

「なんだ、普通の喋り方も出来るじゃないっすか」

 なぜか、ヤブキは感心している。ミイムはその態度に神経を逆撫でされ、一気に苛立った。

「何が言いたいんですかぁ!」

「額面通りの意味っすよ。それをいちいち深読みされてもなぁ」

「この…」

 ミイムは苛立ちと共に放出されたサイコキネシスで、雑草の山を浮かばせた。

「あ、それはあっちに捨てるっす」

 と、ヤブキは畑の外れの土の山を指した。ミイムはヤブキを睨んでいたが、仕方なく雑草の山を投げ飛ばした。
雑草では威力が低かったので、土の山は少しも抉れない。ミイムは更に力を出そうとしたが、頭痛に襲われた。
左手首に填めたサイキックリミッターも、警告を示す赤い光を帯びている。このままでは、意識が飛んでしまう。
あまり無理をして力を出そうとすれば、サイキックリミッターに阻まれたサイエネルギーが逆流する可能性もある。
ヤブキの傍にいるのも嫌だが、介抱されるのはもっと嫌だった。ミイムは悔しく思いながら、超能力を引っ込めた。

「んで、今日の昼飯と夕飯はどうするっすか?」

 ヤブキは雑草を毟る手を止め、ミイムを見上げた。ミイムは奥歯を噛んでいたが、呟いた。

「…パパさんに任せると全てが台無しになりますぅ」

「じゃ、共同作業ってことっすね」

 ヤブキは先程の威圧感もなくなり、いつもの態度に戻っていた。草毟りを続けながら、鼻歌まで漏らしている。
ヤブキにも多少の事情があることは薄々感付いていた。だが、だからといってヤブキは同情に値する男ではない。
所詮、大したものは背負っていない男だ。薄っぺらい人生を送ってきたからこそ、へらへら笑って生きているのだ。
それが、ほんの少しだけ羨ましいと思う瞬間もある。何も考えず、思うがままに生きられたらどんなにも楽だろう。
だが、それが出来るような身分ではない。僅かでもヤブキを羨む自分が嫌でたまらないから、ヤブキも嫌になる。
 いつのまに、こんなに心が醜くなったのだろう。





 


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