揺るぎなき、忠誠を胸に。 ワープ空間を超高速で航行しているはずなのに、やけに遅く感じた。 計器とモニターに囲まれた機動歩兵の操縦席に宇宙服に包んだ体を押し込めながら、マサヨシは焦れていた。 宇宙服のヘルメットに搭載されたモニターに表示されている速度を睨みながら、焦りを振り払おうと努力していた。 戦場に置いて、焦りは禁物だ。焦れるほどに集中力が削げて注意が散漫になり、命を落としかねないというのに。 そんな解り切ったことを忘れかけてしまうほど、動揺していた。そんな自分に、マサヨシ自身が一番戸惑っていた。 ミイムから感じる死の匂いが、濃すぎるからかもしれない。カタパルトを破壊することで、彼は全てを断ち切った。 退路も、助けも、家族への思いも破壊した。その先に待つものが死であることは、誰の目にも明らかなことだった。 だが、死なれては困る。ミイムという名と態度が偽りであるとしても、彼の溌剌とした笑顔は嘘ではないと思えた。 マサヨシが偽物の家族を愛するように、ミイムも偽りの日々を大切に思っていた。だからこそ、前回は帰ってきた。 しかし、今回は違う。ミイムはマサヨシらとの日々や平穏を己の手で切り裂き、ルルススとして戦いに身を投じた。 理由がどうあれ、コルリス帝国にとっては反逆者だ。ルルススに平和な結末が待っているとは、到底思えなかった。 だからこそ、ルルススをミイムとして死地から取り戻さなければならない。マサヨシは心を定め、焦りを押し殺した。 『解ってんでしょうね? 軍の情報をハッキングするのだって、簡単じゃないんだからね?』 ヘルメットのスピーカーから、少々気の立ったジェニファーの声が聞こえてきた。 「ああ」 マサヨシは深呼吸してから、彼女に返した。 『あんたの指示通りに、コルリス帝国とやらの宇宙船の情報と現在位置を一通り調べてみたけど、とんでもない相手じゃないの。何よ、四千メートル級の強襲戦艦って、私の船の倍以上はあるじゃないのよ。そんなの、たった三人でどうにか出来る相手じゃないわよ。先に言っておくけど、私は手を貸さないわよ。あんた達を放り出したら、全速離脱するからね。回収なんてしてやらないんだから』 「それがいい。関わり合いになりたくなかったら、手を出すんじゃない」 『言われなくても解っているわよ。にしても、いつからあんた達はテロリストになったのよ?』 「細かい事情は聞かない約束だろう、ジェニファー」 『でも、諸経費はきっちり頂くから覚悟しときなさいよ。請求書見てから腰抜かさないでよね、機密情報のハッキングの技術料と、あんた達三人の輸送費なんですからね』 「一括で払えないとしたら、分割で払ってやるよ」 マサヨシはジェニファーに返してから、息を吐いた。モニターから見える格納庫には、三体の戦士が並んでいる。 機体の整備を終えたマサヨシはジェニファーを呼び出して、無理を言ってコルリス帝国の情報を探ってもらった。 すると案の定、コルリス帝国船籍の宇宙船が太陽系に接近しつつあったので、その近隣宙域への輸送も頼んだ。 金さえ積めば融通が利くところは、ジェニファーの利点だ。その料金が法外なのは、この際目を瞑るしかないが。 ジェニファーの愛船であり商売道具の輸送戦艦ダンディライオン号の格納庫は、なかなかの広さを誇っている。 相棒兼ナビゲートコンピューターである自立型機動歩兵、セバスチャンを常に最良の状態で運ぶためなのだろう。 千八百メートル級の輸送戦艦ダンディライオン号は、積んでいるエンジンが良いので図体の割に機動力が高い。 小回りが利かない、という点は、圧倒的な火力と防御力でカバーされているので接近戦にもなんら問題はない。 ダンディライオン号の名の通り、船体には黄色い花のマーキングがあり、その辺りには女性らしさが垣間見える。 『マサヨシ』 ビームバルカンを抱えて格納庫の床に座っていたイグニスは、顔を上げてこちらに向いた。 『ここまで来たら、もう何も言わねぇことにするさ。元々、お前に拾われた命だからな』 「義理堅い奴だな」 マサヨシが少し笑うと、格納庫の壁に寄り掛かって腕を組んでいるトニルトスが顔を背けた。 『私は貴様にそこまで尽くす義理はない。私がやりたいようにやるだけだ』 〈あなたが行くところなら、どこへだって付いていくわ〉 ヘルメットのモニターの隅に表示された、SACHIKO の文字が点滅する。 「嬉しいね」 マサヨシは二人の機械生命体の付き合いの良さに感謝すると同時に、戦いから離れられないのだと実感した。 それは、二人に限ったことではない。マサヨシにしても、体に染み着いたやり方以外のやり方を知らないからだ。 ミイムを助け出すにせよ、連れ戻すにせよ、それ以外の方法があるかもしれない。だが、これしか思い付かない。 戦い、勝ち、奪取する。それが最も確実だと解っているが、その一方で即物的かつ暴力的でしかない手段だ。 それで無駄に血が流れるであろうことも、傷付かなくていい者が傷付いてしまうであろうこともちゃんと知っている。 だが、誰かを傷付けることを恐れて大切な者を守れないのなら、何の意味もない。力があるなら、使うべきなのだ。 マサヨシが力を得た理由はそのためだ。自分を守るため、イグニスを守るため、そして家族を守るための力だ。 ハルだけでなく、皆を守るためならば命を張れる。彼らがいてくれるからこそ、無力な自分にも無限の力が宿る。 〈お客様にお知らせいたします。目標宙域に到着いたしましたので、お降りの際にはお忘れ物のなきようお気を付け下さい。本日はジェファーソン運送をご利用頂き、誠にありがとうございました〉 セバスチャンの無機質で平坦な電子合成音声のアナウンスが、目標宙域付近でワープアウトしたことを告げた。 三人が格納庫から船外に射出されると、先程言った通り、ダンディライオン号は全速力でこの宙域から脱出した。 ジェニファーの判断は、至極真っ当だ。元より彼女は部外者なのだから、今回の事態に深入りする理由はない。 暗黒の宇宙に消えていくダンディライオン号を見送ることもせず、三人は前方百五十キロ地点に視点を定めた。 そこには、これから戦場になる、コルリス帝国船籍の四千メートル級強襲戦艦が緩やかな速度で航行していた。 暗き海を往く巨大な戦艦は後方のエンジンから鈍い光を放ちながら進んでいたが、傍目に見ても動きが妙だった。 恐らくは格納庫に当たる部分である船腹の外壁が内側から破れ、五基のエンジンの三基は機能を停止している。 彼の戦いは、既に始まっていた。 この力を持って生まれたことを、改めて神に感謝した。 ルルススはHAL号の備品の宇宙服を身に付けて、サイコキネシスを用いてインクルシオ号内で戦っていた。 光の屈折は曲げられないので光学兵器に対する防御が出来ないのは分が悪かったが、それ以外は有利だった。 銃を奪いたければ相手の手を折って奪い取ればいいし、格闘で不利なら相手の体内を壊してしまえばいいのだ。 空気がなければ自分の周囲に掻き集めればいいし、隔壁が降りたのなら壁を剥がしてぶつけて壊せば良かった。 ルルススの乗ったHAL号が収容された格納庫は第七ブロックだったが、ものの十数分で三ブロックを突破した。 その途中でエンジンルームにも寄り、エンジンの配管を大量に破壊して航行不能に陥らせることも忘れなかった。 航行が出来なければ、この船はただの巨大な鉄塊だ。そうなれば、帝国ご自慢の強襲戦艦は宇宙の檻と化す。 サイコキネシスを使わずに進める場所はサイコキネシスを引っ込め、走った。力を無駄遣いするのは良くない。 ルルススは宇宙服のヘルメットを外して投げ捨てて、兵士から奪い取ったハンドガンを腰のベルトに差し込んだ。 防弾機能、対光学兵器機能も備えている強化宇宙服の装甲も切り裂ける特殊合金製ナイフも、ブーツに差した。 物陰に身を隠して通路の様子を窺うと、武装した兵士達が駆けている。この分だと、奥へ行くほど守りが堅そうだ。 だが、それはその奥に皇族がいる証拠だ。フォルテがこの船に乗っていることは、先程の通信で確かめてある。 フォルテは回りくどいことを嫌う性格だ。ルルススが真っ向から攻めれば、逃げることもしないはずだと踏んでいた。 「殿下の名を騙るテロリストめ!」 突然聞こえた母国語の怒声に、ルルススはサイコキネシスで壁を破って身を隠すと、熱線が宙を切り裂いた。 すかさずナイフを投擲し、サイコキネシスで操る。熱線が放たれた位置に投げ飛ばすと、確かな手応えがあった。 濃密な鉄錆の匂いと、人の命が消える気配が感じられた。ルルススは顔を出すと、ナイフを死体から引き抜いた。 大柄な女性兵士の死体を持ち上げて、第二ブロックに繋がる通路へ投げ込む。すると、兵士の足並みが乱れた。 その隙を見逃さずに、ルルススは飛び出した。ハンドガンを抜いて連射し、こちらに振り向いた兵士の頭を貫く。 頭部が破裂し、血飛沫と脳漿が天井まで汚した。ルルススは兵士の死体からナイフを抜き、弾丸のように飛ばす。 それだけで手近な兵士は殺せたが、後衛にまでは及ばない。だが、接近すれば光学兵器を浴びることになる。 そこでルルススは、HAL号の備品から拝借した発煙筒を着火して放り、更に天井の冷却水の配管を銃撃した。 度重なる熱線攻撃で過熱した空気の中に流れ込んだ冷却水は白い湯気を発して、発煙筒の煙と入り混じった。 空気に不純物が混じれば、どれほど強力な熱線銃だとしても、単なるレーザーポインター程度にしかならない。 視界を奪われたことで動きを止めた兵士達の中に飛び降りたルルススは、サイコキネシスを外へ向けて放った。 まず、首の位置に一際強い力の波を放ち、首を砕いた。次に絶命した肉体を壁に叩き付け、骨という骨を折った。 それで死なない者はまずいない。ルルススは血の海の広がる通路から立ち上がると、飛沫の付いた頬を拭った。 「あなた達に罪はありません」 ルルススは新たな兵士の死体からナイフと熱線銃のバッテリーと手榴弾を浮かび上がらせ、奪い取った。 「けれど、あなた達の主には罪があるんです」 サイコキネシスでゆらりと長い髪を漂わせながら、ルルススは乾いた唇を舐めた。 「恨むなら、主を恨みなさい」 隔壁の緊急作動装置を叩き割り、今し方兵士達を殺した部分の通路を遮断する。これだけでも、時間は稼げる。 だが、立ち止まっている暇はない。ルルススは前を向いて駆け出したが、足音を聞いて舌打ちし、天井を破った。 また新たに現れた兵士はルルススが破った天井に銃撃するが、ルルススは天井とケーブルの隙間に潜り込んだ。 手早く手榴弾を抜いて通路内へと落とし、兵士に押し付けた。直後、閃光と熱が迸り、熱線による銃撃は収まった。 だが、油断は出来ない。ルルススは残りの手榴弾から全てピンを抜くと、サイコキネシスで通路の前後に投げた。 前後から強烈な爆音が轟き、爆風と熱が天井の穴にまで駆け巡ったが、サイコキネシスを張って熱風を反らした。 ルルススは熱線銃のバッテリーを付け替えてから、爆風の消えた通路に身を投じ、散らばる手足を踏み付けた。 爆発を聞きつけた兵士が集まってくるだろうが、その前に動けばいい。インクルシオ号の構造は、把握している。 「待っていて下さい、レギーナ様」 ルルススは硝煙臭い空気の中、笑みを浮かべた。 「今、ルルススが参ります」 次の通路に駆け込んでから、また隔壁を閉める。フォルテがいるであろうメインブリッジまでの、最短の通路だ。 レギーナが星間防衛を担っていた頃に、インクルシオ号で出撃したことは多い。どこに何があるか知っている。 無数に巡らされた通路に設置された隔壁の枚数も、エンジンの弱点も、緊急事態に兵士が通る通路の道順も。 知らないこと、出来ないことなど何もない。レギーナを再び陽の当たる世界に導くためなら、どんなこともやれる。 それが、どれほど罪深いことであろうとも。 強襲戦艦インクルシオ号のメインブリッジ内は、緊急警報が鳴り止まなかった。 ルルスス・スペクトラム・コルリスの搭乗する太陽系船籍の小型宇宙戦闘艇を回収して、すぐに戦闘が始まった。 手始めに格納庫内で小型宇宙戦闘艇が発砲し、緊急脱出用の救助艇とリニアカタパルトが呆気なく破壊された。 次にエンジンルームに突入し、配管を壊されてエンジンが三基もオーバーヒートしてしまい、緊急停止させられた。 ルルススの猛襲を止めるために送り込んだ兵士達も敗れ、ルルススはあっという間に第二ブロックに及んでいた。 彼がメインブリッジに到達するのは、時間の問題だろう。フォルテは艦長席で腕を組み、歯痒い思いを感じていた。 「…なんということだ」 皇女であり将軍であるフォルテは、モニターの中で殺戮を繰り返す兄の姿を見据え、苦々しく漏らした。 「奴のサイコキネシスがあれほどのものだと知っていたら、超能力部隊を編成してきたものを。私の判断ミスだな」 「敵ながら、手際が良すぎます」 フォルテの傍で、フォルテと全く同じ顔と体格の側近、トリアが太い眉根を顰めた。 「全く、側近にしておくには惜しい人材だ。あれほどの戦闘能力を持つ者を殺すのは少々勿体ない気がするが、このままではこの艦の兵士が全滅してしまう」 フォルテは艦長席から立ち上がると、藍色の軍服に包まれた筋肉質の太い腕を振り上げた。 「兄上をここへ連れてこい! これ以上の損害を防ぐには、それしか手立てはない!」 「しかし、殿下。あの者がレギーナ様であるという確証は得ていないのですから、それは危険では」 フォルテの傍に付いていた近衛兵が、戸惑いを見せる。だが、フォルテは押し切った。 「あれが兄上であろうとなかろうとどちらでも良い、同じ顔をしてさえいればルルススを止められる!」 「了解しました」 近衛兵は深々と頭を下げ、テレポートで姿を消した。トリアはフォルテの傍に添い、進言する。 「でしたら、ルルススへのテレパシーは私が行いましょう。その方がフォルテ様のご負担も少ないかと」 「そうしてくれ。私には、もう一つやるべきことがあるからな」 フォルテはメインモニターを見上げ、急速接近している三体を見据えた。機動歩兵と、訳の解らない兵器が二体。 機動歩兵は、太陽系に赴く際に得ていた資料で知っていた。多少はカスタマイズされているが、平均的な機体だ。 だが、残りの二体が全く知らない機体だ。二足歩行型ではあるが、どの星系の兵器とも違っている外見だった。 目の覚めるような赤の機体の両手足にはファイヤーペイントが施され、清冽な青の機体は白銀の剣を携えている。 「クアットロ、あれはどこの兵器だ?」 フォルテはやはり同じ顔をしたもう一人の側近を呼んで、モニターを指した。クアットロは、モニターを見上げる。 クアットロはトリアと同じ軍服を着込んでいたが、水色の髪を短く切り揃え、視力を補うためにメガネを掛けていた。 「知識としてなら認識していますが、現物を見るのはこれが初めてです」 クアットロは、金色の鋭い瞳を知識欲で輝かせる。 「コクピットも遠隔操作装置もないのに活動しているところを見ると、あれは機械生命体に違いありません」 「機械生命体? だが、それは何千年も前に滅んだはずでは?」 「ええ、そのはずです。私達の知り得ている情報と無人探査船が持ち帰った映像が正しければ、機械生命体が存在していたであろう惑星フラーテルは、単純計算でも五百万年前以上に滅んでいるはずなんです。無人探査船が回収した残留物に付着していた宇宙線の測定値も、そう示していました。ですが、宇宙は広大です。もしかすると、何かの切っ掛けで時空をねじ曲げるほどのエネルギーを持ったワームホールが発生し、この星系に飛ばされていたのかもしれません」 「だが、その詮索は後回しだ。このタイミングからすると、あいつらはどう見てもルルススの仲間だ」 「願わくば、殺さずに捕らえたいものですが」 「機械生命体については私も興味がある。殺さずに捕らえろ」 「御厚意に感謝します、フォルテ様」 クアットロはフォルテに一礼し、砲手の座る席に向かった。クアットロはその能力故に、知識を求めて止まない。 他のクニクルス族のように解りやすい超能力ではないが、有能だ。彼女は、その脳に無限の知識を蓄えられる。 僅かな出来事であろうとも映像に映して残したかのように明確に記憶する上に、検索するのに時間は掛からない。 その上、その知識を有効に活用させることが出来る知恵もある。無尽蔵に覚えるだけでは、何の意味も成さない。 メインブリッジ内の空間が、かすかに歪む。すると、フォルテの背後に先程の近衛兵と小柄な少年が出現した。 近衛兵は、手首に手錠を掛けられて自殺防止用のくつわを噛ませた少年をフォルテに差し出してから、敬礼した。 「殿下。ご命令通り、レギーナ様をお連れしました」 「ご機嫌麗しゅう、兄上」 フォルテは少年に一礼したが、少年は無反応だった。ピンク色の髪の下で金色の瞳を伏せ、暗い目をしていた。 柔らかく波打った長い髪。驚くほど長い睫毛。今は金属製のマスクに隠されているが、薄く艶やかな唇と細い顎。 呆気なく折れてしまそうなほど細い腕。すらりとした長い足。形の良い長い耳と、半分ほどの長さになった白い尾。 かつては最高位の階級章が付いた軍服を纏って、皇帝にも等しい権限を与えられていたが、今は見る影もない。 霧のように儚げで、目を離せば消えてしまいそうだ。唯一意志が感じられるのは、手錠の下で握られた拳だけだ。 「兄上、ご覧下さい」 フォルテは少年の肩を押して、ルルススが戦う様を映し出したモニターに向き直らせた。 「兄上を救い出すために兄上の半身は尽力しておりますが、それ故に大切な部下達が命を落としております」 少年の暗い瞳に光が宿り、畏怖に震えた。くぐもった呻きを漏らした少年は膝を笑わせたが、フォルテが支えた。 「ルルススを止められるのはあなただけなのです、兄上」 少年の肩に手を置き、フォルテは囁く。 「このままでは、私はルルススを殺さなければなりません」 フォルテは近衛兵から鍵を受け取ると、少年の口に噛ませていたくつわを外した。 「さあ、ご決断を」 彼の口から外れたくつわが床に転がり、鈍い金属音を立てる。くつわをねじ込まれていた唇を開き、喘いでいる。 兄と思しき少年がリリアンヌ号に身を隠していたのは、リリアンヌ号に乗船しているリリアンヌから情報を得ていた。 ドラグリオン姉弟は、皇族の遺伝性の病を治すために編成された医療班の研究員だったので双方面識があった。 彼女らの母星の惑星ドラコネムとコルリス帝国との関係も友好的なので、協力を求めるのは打って付けだった。 フォルテが惑星ケルブルムに停泊しているリリアンヌ号に赴き、兄と思しき少年と接触したのは一週間前だった。 若干窶れた印象は受けるが、兄だと確信した。美しくも影のある顔付きも、虚ろな瞳も、兄のそれに違いなかった。 だが、もう一方が見つからないのに動くのは早急すぎると判断して、ルルススを炙り出すまで泳がせておいたのだ。 都合の良いことに、リリアンヌ号は救護戦艦である。ありとあらゆる惑星を訪れて、多数の患者を受け入れている。 なので、もう一人の兄、ルルススが現れる可能性は非常に高かった。そして、太陽系に訪れた際に接触していた。 ミイムと名を変えていたようだが、遺伝子情報が完璧に一致し、あのペンダントに反応したことを見ても明らかだ。 だが、問題が発生した。どちらも尾が短くなっていたので、どちらがレギーナか判別を付けることが難しかった。 サイコメトリー能力を持った部下に調べさせてみたのだが、読み取れた情報は不完全で、確証が得られなかった。 このままリリアンヌ号にいた方の兄をレギーナだとでっち上げて連行するのは楽だが、それでは真実が解らない。 そこで、もう一人の兄も連行し、どちらがレギーナでルルススなのか調べ上げ、判明させてから決断を下さねば。 真実を確かめないで安易な判断を下してしまっては、統率者となる資格はない。だから、ここまで徹底したのだ。 そして今、その真実が明らかになる。フォルテは、戦い続けるルルススの姿を凝視して震える少年を見つめた。 乾き切った唇が薄く開き、弱々しい吐息が零れる。激しい動揺と混乱で目の焦点を失いかけながら、声を発した。 「もう…お止め下さい…」 少年は冷たい床に崩れ落ち、髪を振り乱して叫んだ。 「レギーナ様ぁあああっ!」 その声は艦内放送を通じてインクルシオ号の全ブロックに響き、少年は肩を震わせながら額を床に擦り付けた。 少年の発した名に、フォルテは戸惑った。あちらがレギーナでなければ、こちらもレギーナではないというのか。 だが、少年の態度に偽りは見えない。しかし、兵士を戦うことを止めようとしない少年の姿にも、迷いは見えない。 一体、どちらが母を殺めたというのだ。 08 6/15 |