今、主は誰の名を呼んだ。 ルルススはサイコキネシスで体を浮かばせて戦っていたが、スピーカーから流れてきた主の叫びに戦慄した。 その一瞬、隙が出来た。蒸気と金属片の防御を破って飛んできた熱線がルルススの右腕を貫き、焼け焦がした。 筋肉と皮膚が焼き切れ、血が溢れる。ルルススは傷口を押さえて身を引き、腕を撃ち抜いた兵士の頭を潰した。 指の間から流れ落ちる血よりも早く、激しく、鼓動が暴れている。そんなはずはない。自分がルルススなのだ。 きっと、これはフォルテの作戦だ。ルルススを混乱に陥らせて動揺したところを、一気に畳み掛けるつもりだろう。 そうだ。そうに違いない。それしか考えられない。ルルススは宇宙服を脱ぎ捨てると、服を千切って右腕を縛った。 サイコキネシスで傷口を強引に塞いで止血すると、再びナイフとハンドガンを取り、行く手を阻む兵士へ突進した。 『双方、攻撃止め!』 スピーカーから迸った猛々しい命令に、ルルススは今正に兵士の喉元に叩き込もうとしていたナイフを止めた。 『ルルスス! それ以上我が部下を傷付けるというのなら、こちらも考えがある!』 「フォルテ殿下…」 安堵の呟きを漏らした兵士は、ルルススの突き出したナイフから後退った。 「フォルテ!」 ルルススは兵士の腰から船内連絡用の情報端末を引き千切り、メインブリッジに通信を繋げてがなり立てた。 「レギーナ様に少しでも触れてみろ、その首を切り落としてやる!」 『我が手元には、その兄上がおられる。ルルスス、お前が投降しなければ、兄上の処刑をこの場で執行する』 「おのれ、フォルテ! レギーナ様を謀っただけでなく、そのお命まで奪おうとは、どこまでも卑劣な!」 『大人しく投降さえすれば、兄上の命だけは保証してやる』 「いいだろう。レギーナ様をお救い出来るなら、ボクの命などくれてやる!」 『その言葉に偽りはないな、ルルスス』 「貴様のような外道を偽るほど落ちぶれてはいない!」 『ならば、投降しろ。お前に残された道は、それ以外にないのだからな』 「全ては、レギーナ様をお救いするために」 ルルススは兵士と己の血に汚れた両手からナイフとハンドガンを落とし、頭の後ろで手を組んで膝を付いた。 すぐに駆け出してきた兵士に取り押さえられ、後ろ手に手錠を掛けられ、強力なサイキックリミッターも付けられた。 床に顔を押し付けられたルルススは頬に張り付く生温い血の感触を味わいながら、唇が切れるほど噛み締めた。 フォルテの前に連れて行かれるのは、却って好都合だ。フォルテに接近出来さえすれば、殺せる自信があった。 だが、フォルテがレギーナの命を盾にしてきたことが許せず、憎悪のどす黒い炎がルルススの心中を焦がした。 あの女を殺さねば、主が殺される。 航行不能となった強襲戦艦インクルシオ号には、容易に接近出来た。 メインエンジンを三基も破壊された影響でエネルギーシールドを維持出来ず、迎撃してきたが弾幕が甘かった。 若干トニルトスが先走っていたが、彼はイグニス以上に過激に敵陣に切り込み、敵艦の砲座を次々に破壊した。 そのおかげでかなり早くインクルシオ号の防御を突破することが出来、いつもより遥かに効率的に動けていた。 イグニスは機械生命体二人に比べて足の遅いマサヨシのHAL2号を援護しながら、スペースファイターを捜した。 機動歩兵であるHAL2号に搭載したサチコが、インクルシオ号の船腹の格納庫からHAL号の反応を感知した。 イグニスとトニルトスは後衛として船外に残して、マサヨシだけがインクルシオ号の船腹に空いた穴から突入した。 格納庫に空けられた巨大な穴は、溶かされていた。至近距離で撃たれては、分厚い積層装甲も形無しだった。 HAL号に積んでいる主砲は本来ならば戦艦クラスが搭載するもので、普通ならスペースファイターには積まない。 だが、マサヨシはHAL号のイオンエンジンを大型に積み替えて出力を増大させて、大分無理をさせて乗せている。 しかし、高出力故に大型で比重も大きく、持ち前の速度が死んでしまうが、補える自信があるからこそ積んでいる。 だとしても、不用心にも程がある。いかに相手が皇族の側近であろうとも、易々と乗船させるとは信じがたい。 クーデターが起きて国内情勢が不安定になっているなら、尚のこと警戒するはずだが、全く逆の対応ではないか。 これは、考えていたよりも根が深そうだ。マサヨシは、判断を間違えたか、と思ったが首を振ってそれを払拭した。 ここまで来て、後悔する方がおかしい。そう思い直したマサヨシは、死体の散らばる格納庫の中に侵入していった。 死んでいる者達は、恐らく軍の技術兵だろう。皆、ミイムと同じように長い耳と尾が生えているが、髪はブルーだ。 宇宙服も着ていないのに宇宙空間に放り出されてしまったから、体中の水分が蒸発して骨と皮だけであったが。 クニクルス族の女性の髪はブルーだと聞いていたが、全ての兵士の髪がブルーなので女系の種族だと理解した。 だが、その体格は皆がっしりしていて骨格も太く、どこからどう見ても男性的なので女性だとは到底思えなかった。 しかし、今はそんなことを気にしている暇はない。マサヨシは格納庫の奥へと進むと、サチコが弾んだ声を上げた。 〈前方五十メートル地点にHAL号を確認したわ!〉 マサヨシは空中で制動を掛けてから機動歩兵の目を向け、モニターに拡大映像を映した。 「ああ、俺も視認した」 格納庫の奥にはビンディングで船腹を固定されたHAL号が待っていたが、その周囲には光の壁が出来ていた。 大方、ミイムが逃亡の足として確保するためにした小細工だろうが、マサヨシにはそれがむしろありがたかった。 HAL号を包み込むエネルギーシールドの周囲には、作動した際に巻き込まれたのか、数人の兵士が死んでいた。 「サチコ、頼む」 マサヨシはHAL号の前に着地し、指示した。 〈OK! マサヨシの船は私の体でもあるんだから、必ず取り戻してみせるんだから!〉 サチコは自信に満ちた受け答えをし、HAL号が現在使用しているナビゲートコンピューターに接続を開始した。 マサヨシの視界を支配する全面モニターにホログラフィウィンドウが浮かび、コンピューター言語が流れていく。 滝のように流れ落ちていく電子の言霊の勢いは止まらず、サチコは解析に集中しているのか、一言も喋らない。 マサヨシはサチコの負担にならないように、自分の情報端末を取り出して操作し、船外の二人に連絡を取った。 「こちらHAL2、順調だ。イグニス、トニルトス、そっちはどうだ」 『こちらイグニス。気味悪いほど静かだ。俺達があれだけ暴れたってのに、迎撃以外は攻撃してくる気配すらねぇ』 少々不満げなイグニスの声に続き、トニルトスの平坦な声が返ってくる。 『私達を歓迎しているのか、はたまた毒餌に喰らい付いてしまったのか。どちらにせよ、気は緩められん』 「後者でないことを祈るよ」 マサヨシは冗談めかしてそう返答したものの、それがただの気休めであることは、自分自身が一番解っていた。 サチコがHAL号の解析と乗っ取りに集中していたせいだろう、通常時よりもセンサーの反応がかすかに遅かった。 機動歩兵の視界が動いた時には、既に遅かった。マサヨシのHAL2号は、コルリス帝国軍兵士に囲まれていた。 彼女達を殺すのは容易いが、HAL号を傷付けたら面倒だ。マサヨシは宇宙服に武装を差し、キャノピーを開いた。 「サチコ、上手くやってくれ。外の二人にも、無駄に暴れるなと伝えておけ」 マサヨシは久しく使っていなかった日本語でサチコに命じてから、コクピットから出た。 「我らはセンティーレ星系惑星プラトゥムのコルリス帝国軍である。下劣なテロリストめ、この艦が皇女殿下の旗艦であると知っての狼藉か!」 兵士の一人が、第一公用語で威圧的に叫んだ。 「いや、知らなかったな」 マサヨシは第一公用語に戻し、頭の後ろで手を組んだ。ヘルメットの下で目を動かし、兵士の武装を見渡した。 十八人全員が高出力の熱線銃を三丁とバッテリーが五本に特殊合金のナイフが四本、大口径の対機砲が三基。 分が悪い。が、ここで死んでは元も子もない。マサヨシは手近な兵士の腕を掴んで引き、捻って肩の関節を折る。 その兵士の手から熱線銃を奪い取ると、近い者達のヘルメットを撃ち抜き、前衛を崩してから囲みを突破した。 「だが、これからは留意しておくよ」 マサヨシは彼女らの背後に入った瞬間に身を翻し、発砲した。背面のスラスターを撃ち抜いて、破損させていく。 次に腰のバッテリーを狙い、撃つ。撃つ。撃つ。熱線を受け、バッテリーに蓄積していたエネルギーが爆発する。 その爆発が生き残った兵士達の目を奪っている最中に、マサヨシは背部のスラスターを入れて一気に飛び出した。 隔壁が降りていない通路を飛行しながら追い縋る兵士達を撃ったが、そのうちに熱線銃のバッテリーが切れた。 それを投げ捨ててから愛用の銃を抜いたマサヨシは、壁を蹴って加速しながら、兵士達を次々に撃ち抜いていく。 体感速度は違うが、宇宙航空戦とあまり変わらない。通路が狭いのが難点だが、ぶつかりさえしなければいい。 ある程度兵士達を殺してしまうと、追っ手が続かなくなった。それだけ人員が減ったのだ、とマサヨシは直感した。 同時に、ミイムが隠し持っていた戦闘能力を知り、寒気がした。ただの側近ではないと思っていたがここまでとは。 空気の残っているブロックに到達したが、マサヨシは宇宙服を脱がずに移動した。どうせ、また宇宙に出るのだ。 ミイムが辿っていったと思しき通路は、すぐに解った。おびただしい死体がある道が、彼が通っていった道なのだ。 マサヨシはクニクルス族の兵士達が流す血の海を踏んで歩きながら、唇を引き締めた。なんとも、罪深いママだ。 兵士達は皆、銃撃ではなくナイフや全身の骨折で死んでいた。ミイムの操るサイコキネシスでやられたのだろう。 彼のサイコキネシスは、発情期の一件以来サイキックリミッターで封じ込めたが、成長は止まらなかったようだ。 マサヨシも軍隊時代にエスパー部隊の戦闘を見たことがあるが、目に見えない武器ほど恐ろしいものはなかった。 クニクルス族は種族全体がエスパーだが、サイコキネシス自体が少なかったために対応出来なかったのだろう。 マサヨシはミイムの辿った血塗れの通路を進んでいたが、足を止めた。聞き覚えのある声が、聞こえてきた。 発信源を辿ると、壁に埋め込まれたスピーカーからだった。恐らく、メインブリッジから艦内放送しているのだろう。 『生きておられたんですね、レギーナ様!』 だが、その声は一つではなく、全く同じ声が全く同じ言葉を放ち、重なり合っていた。 『ああ…ずっとお会いしたかった。あの日、皇居でお別れしてから、ずっとお命を案じておりました!』 マサヨシは察した。このどちらかがミイムで、このどちらかがレギーナ皇太子だと。ならば、行くべき場所は一つ。 「サチコ。俺はこれからメインブリッジを目指す、道案内を頼む」 マサヨシはサチコに通信を入れるが、彼女の返答は戸惑っていた。 〈だけど、そんなことをしたら本当にマサヨシは殺されちゃうわ! さっきは運が良かっただけなんだから!〉 「解っている。だが、行かなかったらミイムは殺される。違うか?」 〈それは…〉 サチコが躊躇っている間に、マサヨシは言い切った。 「俺ならどちらがミイムか判別が付けられるはずだ。そして、ミイムの方がルルススなんだってこともな」 『何だよ、未来の皇帝陛下に恩を売ろうってのか?』 イグニスから茶々が入ったが、マサヨシは特に笑いもしなかった。 「売ったところで買ってくれるような相手じゃないとは思うがな」 『私は援護はせんぞ。これは貴様の始めた戦いだ』 「ああ、そのつもりだ」 マサヨシは、トニルトスの手厳しい言葉を素直に受け止めた。もし誰かが死ぬとしても、それは自分だけでいい。 サチコは渋っていたが、インクルシオ号のコンピューターから拝借した艦内見取り図のデータをマサヨシに送った。 〈全くもう、次から次へと無茶ばかりして…。不安で不安で回路がショートしちゃいそうだわ〉 「俺は父親だ。家出した奴を連れて帰るのは父親の役割だろうが」 〈そんなの、答えになってないんだから〉 「家に帰ったら、いくらだって愚痴を聞いてやるよ。だから、今だけはやりたいようにやらせてくれ」 マサヨシが強く言うと、サチコのさえずりも落ち着いた。マサヨシはそれに感謝しながらも、少々心苦しさも感じた。 だが、今はミイムが重要だ。マサヨシはサチコの送ってきてくれた艦内見取り図を広げ、メインブリッジを目指した。 メインブリッジの第一ブロックはインクルシオ号の船首部分に当たるが、そこに至る通路の隔壁は閉じていた。 ミイムか、或いは兵士がやったことだろう。だが、迂回して行くとなると、倍以上の距離と時間が掛かってしまう。 このままでは、手遅れになるかもしれない。マサヨシは焦りを感じたが、気を取り直して迂回路を目指そうとした。 「大丈夫、問題はない」 急に、脳の中に直接女の声が響いた。幼くはないが、かといって成熟したわけでもない、微妙な声色だった。 「誰だ!」 マサヨシはその場に立ち止まり、身構えた。通路の影から音もなく現れたそれは、女の形をした異物だった。 外見は新人類に似ている。だが、違う。顔立ちと体付きは二次性徴を終えたばかりの少女に見える。だが、違う。 何が違うのか、マサヨシには判別は付けられなかった。だが、根本的に違うと第六感と思しき感覚が告げている。 それは赤銅色の真っ直ぐな髪を腰近くまで伸ばしており、縫い目のない無機質なワンピースを身に付けていた。 人間に酷似した異物で最も特徴的なのは、こちらを見据える目だ。ガラス玉のような、という表現では足りない。 白い眼球の中心に張り付いている瞳孔は、瞳孔のようでいて瞳孔でない。かすかな青味を帯びた、金属だった。 「彼は死なない」 それは口を使わない。それの声は、マサヨシの精神を蹂躙して脳内に入り込んでくる。 「お前は誰だ」 マサヨシは脳を掻き乱された頭痛を感じながら、熱線銃を上げた。それは、金属の瞳で銃口を見つめてくる。 「いずれ知る」 「なぜ、あいつが死なないと解る」 「お母様が、そう仰っているから」 それはするりと宙を滑ると、マサヨシの宇宙服に触れた。マサヨシが飛び退くよりも早く、凍った指先が訪れる。 宇宙服越しでは絶対解らないはずの冷たい感触が腕に広がり、心臓が縮み上がった。錯覚にしては生々しい。 瞬きをしてはならない、と思ったが、緊張と訳の解らない恐怖に負けて瞼を閉じた瞬間にそれの姿は消えていた。 そして、景色が変わっていた。先程まで立っていた通路ではなく、頭上には巨大な全面モニターが広がっていた。 手元に目線を下げるとコンソールとモニターが並んでおり、古めかしく豪奢な装飾の軍刀が立て掛けられていた。 一際立派な艦長席の後方には、コルリス帝国の軍旗が貼られていた。ということは、ここはメインブリッジなのか。 それも、一番目立つ艦長席。マサヨシは素早く艦長席の後ろに滑り込み、ヘルメットを外して熱線銃を持ち直した。 これはきっと、先程のあの妙な者が瞬間移動させたに違いない。ありがた迷惑とはこのことだ、内心で毒突いた。 すると、赤い軍旗が掲げられている壁のドアが滑らかに開き、エレベーターから現れたのは二人のミイムだった。 背後には最高位の階級章を付けた軍服を着ている、男のような女。恐らく、これがフォルテ皇女に違いないだろう。 マサヨシは、身を隠した意味がなかったな、と軽い落胆を覚えながら慎重に立ち上がり、現れた三人と対峙した。 「…なんで?」 兵士の返り血で服を汚したミイムは、マサヨシを凝視して瞳を震わせていた。 「どうして、パパさんがこんなところに、しかも艦長席にいるんですか?」 「詳しいことは後で話す。俺にも今一つ解らない点があるがな」 「どうして来たんですか、ボクはあなた達に関わって欲しくないから船まで奪って出ていったのに!」 ミイムは激昂するが、痛みで顔を歪めた。華奢な右腕に巻いた布の下で傷口が開き、血が溢れた。 「そうだ、おかげで俺達は大迷惑だ。カタパルトは壊されるし、商売道具は奪われるし、ジェニファーの奴には馬鹿みたいな金を払わなきゃいけなくなるし、ヤブキが空気を読まないせいで夏場だってのに鍋物になっちまうし」 マサヨシはフォルテの背後に控えている兵士の動きから目を離さずに、ミイムに言った。 「だから、お前がいないと困るんだ。帰るぞ」 「うるさい、ボクのことなんて放っておいて! 関係ないことに首突っ込んで死んでも知らないんだから!」 ミイムは首を大きく振って涙を散らすが、もう一人のミイムは青ざめて俯いたままだった。 「ボクは、レギーナ様をお救いするためだけに生きてきたんだ! それもあともう少しで果たせるのに、なんでボクの邪魔をするんだよ! ボクはルルスス・スペクルム・コルリスだ、ミイムなんかじゃない! あれはただの演技だってこと、あなたはもう解っているはずでしょうが!」 「…そうですか」 不意に、もう一人のミイムが口を開いた。 「それでしたら、僕の心残りはございません」 もう一人のミイムは背後の兵士の熱線銃を掴み、銃口を自分に向けさせた。 「レギーナ様からずっと感じていた懸念、不安、後悔、躊躇の正体が解りました。あなた方を失いたくないから、この方はこんなにも苦しまれていたのですね。ですが、とても嬉しいです。レギーナ様をそこまで思って下さる方々がいらっしゃって、レギーナ様が御自分の望んだ世界を見つけられていたと知って、僕はとても幸せです」 もう一人のミイム、ルルススは満足げに笑んだ。 「充分、皇帝陛下を殺めた価値がありました」 兵士の手を握り締めてトリガーを引いたルルススは、強烈な熱を帯びた糸を己の心臓目掛けて放ち、貫かせた。 ミイムが飛び出した時には、もう遅かった。手錠が填められた手では、ルルススを抱き留めることは出来なかった。 もう一人の少年は笑顔を崩さぬまま倒れ込み、掠れた笑い声を零した。フォルテは戸惑い、視線を彷徨わせた。 マサヨシも、立ち尽くしているしかなかった。ミイムは全く同じ顔をした美貌の少年、ルルススの前に膝を付いた。 「ルル…スス…?」 ミイムは手錠を填めた手で頭を抱え、焦点を失った目からぼろぼろと涙を落とす。 「違う…違うよ…。ボクがルルススなんだから、あなたがレギーナ様で、レギーナ様じゃなかったら、なんだっていうの…? ねえ、なんで…? ねぇ…」 「レギーナ様ぁ…」 ルルススは己の血に濡れた手をミイムへと伸ばし、愛おしげに目を細めて、その頬に触れた。 「永遠に、愛しております」 赤黒い筋の絡んだ細い指先はぬるりと滑り、ミイムの首に触れたかと思うと、思い掛けない力で引き寄せた。 身動ぐ暇もなく、ミイムは同じ顔の少年に抱き寄せられ、唇を塞がれた。血の迫り上がった舌が、差し込まれる。 息が詰まり、心臓が握り潰される。舌と唇を通じて流し込まれるルルススの記憶が、思念が、心身に染み渡る。 ルルススの指先から、体温が、力が抜けていく。ミイムを抱き締めていた腕が緩むと、ルルススは自重で倒れた。 じわじわと広がった血溜まりに倒れ込んだ少年は、穴の空いた胸に手を添え、弱々しく喉を引きつらせて笑った。 会心の笑みだった。 08 6/17 |