アステロイド家族




不快指数100%



 その頃。サチコは、調査を開始していた。
 サチコは細かなセッティングと簡単なメンテナンスを行ってから、破損したカタパルト付近のシェルターを開いた。
コロニーの外壁である岩石に偽装された隔壁の奥から、普段のスパイマシンよりも大きなマシンを射出させた。
 いつも使用しているスパイマシンは最も小型なもので、本来は目としての役割を持っているスパイマシンである。
だが、宇宙を移動するにはあれでは小型すぎるので、ソーラーパネルの翼を持つマシンを使用することにした。
前後に二枚の翼を持ち、胴体に当たる楕円に近い円筒形の本体の後部には、小型のスラスターを装備している。
頭部には昆虫の触覚にも似た二本のアンテナが付いており、目に当たる視覚センサーは左右に一対付いている。
胴体の下部には簡単な作業を行える細いマニュピレーターが六本備えられているため、外見はチョウに似ている。
だが、実際のチョウよりもかなり大きく、全長六十二センチメートルもあるので隠密行動にはあまり向いていない。
 サチコはチョウ型のスパイマシンを操って、調査を開始した。自家発電システムのエネルギー源は、太陽光だ。
コロニー周辺に散る小惑星にソーラーパネルを配置し、そこで得たエネルギーを高周波に変換して送信している。
その太陽光エネルギーを自家発電システムで数十倍にも増幅させて、コロニー内に環境を造り上げているのだ。
スペースファイターのエネルギーを拝借して自家発電システムとプログラムを調べたが、異常は見当たらなかった。
物理破損も考えられたので、予備を含めて十二基ある球体のスパイマシンで調べたが、破損も見つからなかった。
だから、残る原因としては外的な要因だ。なので、その原因を突き止めるためにソーラーパネルに向かっていた。
 繊細な機体にダメージを与えない程度で、だが最大限の速度で飛行して、ソーラーパネルの一つに接近する。
すると、センサーに感じ慣れたものが引っ掛かった。サチコは物凄く嫌な予感を覚えたが、意を決して接近した。
独特のエネルギー波と熱反応を検知した先に見えるのは、ソーラーパネルを設置してある小惑星の一つだった。
 そこには、二体の機械生命体がいた。姿を見掛けないと思ったら、二人揃って宇宙空間に出ていたようだった。
サチコは加速しながら、二人に近付いた。良く見ると、イグニスとトニルトスは言い争いながら何かを造っていた。
それは、あのサーフボードだった。だが、二人が何度となく海で使用していたものよりも大きく、色々と付いている。
サーフボードの裏側には、加速用と思しきスラスターが備え付けられており、操縦席のない戦闘艇にも似ている。

〈ちょっと、何してんのよ〉

 サチコが機械生命体のセンサーに合わせた周波数で声を掛けると、二人は作業の手を止めて顔を上げた。

「んだよ、電卓女じゃねぇか」

 イグニスは周囲に散らばるジャンクを押し退けてから立ち上がると、ばん、と巨大なサーフボードに足を載せた。

〈だぁからぁっ! あんた達が何をしているのかを聞いているのよ! 質問されたら答えなさいよ!〉

 サチコが甲高く叫ぶと、レーザーで部品を溶接していたトニルトスが面倒そうに返してきた。

「暇潰しに決まっているではないか。見て解らぬとは、貴様のプログラムは単細胞生物にも劣るのだな」

 トニルトスはスラスターの付いたサーフボードを裏返し、その上に片足を載せて自慢げに胸を張った。

「私は負けることを許されていない。故に、波に乗ることも出来なければ話にならん。しかし、あの手狭な海では私の素晴らしき才能を受け止めることすら敵わず、海の分際で私を幾度も飲み込む始末だった。だが、私は気付いた。比重が大きすぎて浮かぶことすら出来ない場所ではなく、私が本来得意とするフィールドで行えば波に乗れるはずであると! それはすなわち、宇宙空間だ!」

「つっても、海にあるような波は掴めねぇから、こいつに搭載した粒子変換装置で宇宙線を採取してからエネルギー波に変換したやつを再放出して、その上にボードを載せてスラスターで滑ろうって算段だ。どうだ、なかなか面白そうだろう! つうか絶対面白いぞ!」

 イグニスも張り切っていて、拳を握っている。トニルトスはそれ以上に気合いが入り、高笑いさえしている。

「はははははははははははは! 海という軟弱な流動体などでは、サーフィンをしようということがそもそもの間違いだったのだ! だが、宇宙であれば我が実力も示せ、下等なルブルミオンを屈服させられるのだ!」

〈…あんたら、どんだけサーフィンを気に入ったのよ〉

 サチコはスパイマシンを後退させ、呆れ混じりに漏らした。なんとなく教えただけなのに、ここまで深入りするとは。
二人が造ったスペースサーフボードの材料は、イグニスが掻き集めたジャンクのようだが、出来は良さそうだった。
それは恐らく、トニルトスの手が加わったからだろう。イグニスは大きな作業は得意だが、細かな作業は不得手だ。
 スペースサーフボードの後部に装備された粒子変換装置をスキャニングしてみると、その構造はかなり複雑だ。
イグニスが無作為に拾い集めたガラクタが元だとは思えないほどに高度で、太陽系の技術レベルを超越している。
トニルトスは、恐ろしく高度な技術を有しているのだ。その技術と才能の使い道は、大分間違っている気がするが。

「っつーわけで、俺らはこれから一滑りしてくる」

 イグニスはサチコを指し、凄んだ。

「だから邪魔すんなよ、電卓女。そんなちゃちなマシンで近寄ってみろ、一瞬で粉々になっちまうぜ?」

「うむ。我が滑りは雷光にも勝るのだ」

 トニルトスは頷き、自作のスペースサーフボードに両足を乗せた。イグニスも乗り、起動ボタンにつま先を掛ける。

「馬鹿言え、ここらの宙域は俺の庭みてぇなもんなんだぜ?」

〈なるほどねぇ…。原因が解ったわ〉

 サチコは二人の背後に散らばる大量のジャンクとスペースサーフボード製作のための機材を見渡し、納得した。
二人が使っていたレーザーカッターや溶接機の動力供給ケーブルは、いずれもソーラーパネルに繋がれていた。
どの機材もイグニスがジャンクから造った改造品なので、出力はやたらと高いが比例してエネルギー効率が悪い。
いつもはバッテリーに蓄電して使用するのだが、使う間にエネルギーが切れたのでケーブルを繋げたようだった。
これでは、いくらソーラーパネルがエネルギーを生成しても追いつかず、コロニーの電力が停止するのは当然だ。

〈エネルギーシールド、展開!〉

 サチコは予備電源を使って、コロニーの周囲を覆い隠すようにシールドを広げてから、小惑星の一つを操った。

〈対空砲、発射用意!〉

「え」

 イグニスが唖然としたが、サチコは欠片も躊躇わず、小惑星の表面を開いてそこから巨大な砲身を伸ばした。

〈発射!〉

 サチコが命じると同時に放たれた太い閃光がイグニスとトニルトスの目の前を駆け抜け、宇宙に吸い込まれた。
イグニスとトニルトスが振り返ると、サチコは悠長にぱたぱたとソーラーパネルの翼を揺らしながら、低く言った。

〈今のは威嚇よ。次は外さないわ〉

「…あんなもん、いつのまに設置したんだ?」

 イグニスが戸惑うと、サチコは自慢げに笑った。

〈ずうっと前に、マサヨシがプレゼントしてくれた私のアクセサリーよ。どう、素敵でしょ? でも、私の持つ対空砲があれだけとは思わないことね。コロニーを中心にして半径二千メートル以内の宙域に、合計百八十五門も配備してあるんだから。もちろん、私がセキュリティを解除してからじゃないと絶対に作動しないようにセッティングしてあるけど、やろうと思えばあんた達なんて一瞬で蒸発させられるのよ?〉

「ここはどこの前線基地だ!」

 イグニスがぎょっとすると、サチコは細いマニュピレーターで口元を押さえるような仕草をした。

〈うふふふふふ。マサヨシったら凄いでしょ? これって全部ハルちゃんを守るためなんだから、親馬鹿よねぇ〉

「だが、それは個人が所有する武装の範疇を超えていないか?」

 珍しくトニルトスが常識的なことを言ったので、イグニスは全力で同意した。

「最早、親馬鹿とかそういう問題じゃねぇだろ。ていうか、ジェニファーに売りつけられただけじゃねぇの?」

〈まあ、そうとも言えるかもしれないわね。メーカーとの取引を仲介したのはジェニファーだったし、後からメーカーの商品価格を調べてみたら、ジェニファーの言い値に比べて三割ぐらい安かったから〉

「思い切りカモにされたのだな」

 嘆かわしい、とトニルトスが顔を背けると、イグニスは首を横に振った。

「我が相棒ながら、人が良すぎるぜ。道理でちっとも生活が楽にならねぇわけだ」

〈ま、それはそれとして…〉

 サチコは口調を元に戻すと、背後に伸びる対空砲の砲口を徐々に下げ、照準の中に二人を捉えた。

〈原因が解った以上、あんた達はきっちりお仕置きしなきゃならないわね。もちろん、マサヨシの判断の後で〉

「なんかあったのか?」

 イグニスが首を捻ると、サチコは金切り声を上げた。

〈あったから来たに決まってんでしょうが! サーフィンは中止! すぐにコロニーに戻ってもらいますからね!〉

「なんだと思うよ?」

 イグニスに問われ、トニルトスは素っ気なく返した。

「私に聞くな。だが、私は麗しいほど潔白だと先に述べておこう」

 機械生命体達のやり取りに、サチコは回路が飛びそうなほど苛立った。付け上がるのも大概にしてほしかった。
誰のせいで、皆が不快な思いをしていると思っているのだ。湿気が充満している状態では、サチコの体にも悪い。
 野蛮な機械生命体に比べて繊細な基盤や回路が湿気を帯びて、今にも錆び付きそうだと思っただけで恐ろしい。
高温多湿な環境は、コンピューターには最も悪い。人間は汗を掻いて体温調節出来るが、コンピューターは違う。
冷却装置を動かして冷却しようとも、取り込んだ空気が生温かったら、冷却効率が悪すぎて却って過熱してしまう。
マサヨシの許可を求めなくても良かったとしたら、最初の砲撃を命中させて、二人とも焼き尽くしていたことだろう。
 罪悪感のない犯人ほど、憎たらしいものはない。




 そして。諸悪の根源は、庭先に揃って正座させられていた。
 電力供給が再開されたことで廃棄コロニー内部の環境管理システムが復旧すると、すっかり朝になっていた。
煌々と眩しい朝日に照らされながら、きっちりと膝を揃えて並んで座る巨体を見上げて、マサヨシは怒っていた。
 騒ぎの間、姿を現さない二人が原因だろうとは薄々感付いていたが、それ以上にアイヌの涙が強すぎたのだ。
水道が復活してから何度も体を流したが、未だにあの強烈なハッカは残っていて、全身に爽やかな感覚がある。
痛いほどの寒気は消えたが、股間の疼きは消えていない。それが尚更怒りを呼び起こし、頭に血が上っていた。

「家訓その二」

 マサヨシは寝不足とアイヌの涙による精神的ダメージで刃物のように鋭くなった眼差しを上げ、二人を睨んだ。

「今後一切、サーフィンは禁止だ! 海もダメだ、空もダメだ、ついでに宇宙は厳禁だ!」

「マサヨシ、なんかあったのか?」 

 全く状況を理解出来ないイグニスが怒り心頭の相棒を見下ろすと、マサヨシは、けっ、と吐き捨てる。

「説明するのも嫌だから話さん! だが、サーフィンは禁止だったら禁止だ! アイヌの涙もだ!」

〈…もしかして、ヤブキ君がまた何かやらかしたの?〉

 普段のスパイマシンに意識を戻したサチコは、するりとマサヨシの傍に近付いた。マサヨシは、口元を歪める。

「あいつしかいないだろうが」

 サチコは怒り狂うマサヨシに畏怖を感じ、視線を逸らした。リビングで、他の家族達が寄せ集まって眠っている。
サイボーグであるヤブキにくっつくと少しは涼しかったらしく、ハルはヤブキの腕の中で身を丸めて熟睡している。
ミイムはと言えば、なぜか裸同然の恰好でバスタオルにくるまり、眉間に深いシワを刻んで苦しげに眠っていた。
サチコは様々なパターンを想定してみたが、何が起きたのか全く想像が付かなかったので、黙っておくことにした。
下手を打って、マサヨシの怒りに油を注ぎたくない。なので、サチコは早々に退散し、調整作業に戻ることにした。

「風呂に入ってくる」

 マサヨシは二人に背を向け、歩き出した。

「あ、おい」

 イグニスが呼び止めると、マサヨシはこの上なく不機嫌な顔で振り返った。

「お前らはそのままそこで正座していろ。お願いだから少しは反省しろ。俺は風呂に入る、そして寝る」

「お前って、怒るとそのパターンしかないんだな」

「うるさい!」

 イグニスの軽口に言い返してから、マサヨシは大股に歩いて家に戻った。イグニスは訳が解らず、首を傾げた。
そもそも、アイヌの涙とは何だろうか。トニルトスもアイヌの涙が何かは解らないらしく、首を横に振るだけだった。
だが、サーフィンを禁止されたのは痛かった。どちらもそれなりにサーフィンを楽しんでいたので、かなり残念だ。
今後は、サーフィン以外の楽しみを見つけるしかなさそうだ。イグニスは正座を崩して胡座を掻き、頬杖を付いた。
トニルトスは根が真面目なのか、律儀に正座している。背筋もぴんと伸ばして手も膝の上に置き、武士のようだ。
 しかし、アイヌの涙が何なのか気になる。聞き覚えのない名称なので、それがどんなものなのか想像も付かない。
だが、マサヨシのあまりの怒りようにとんでもないものだということは解ったので、ある種の兵器なのではと思った。
きっと、とんでもない威力の兵器に違いない。イグニスは、そんなものを所有していたヤブキに軽く畏怖を感じた。
 こうして、なんとなく長い夜は終わった。







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