アステロイド家族




ジャンク・ジャンキー



 熱き戦士の、最大にして重大なる欠点。


 金属塊は、日に日に成長する一方だった。
 アステロイドベルトに連なる無数の小惑星や岩石の中に紛れて、スペースデブリの固まりがいくつも浮いていた。
正確には、スペースデブリに地表を覆い尽くされた小惑星や岩石なのだが、遠目に見るとただのゴミの固まりだ。
太陽光線を受けてきらきらと輝く様は美しいが、近付けばそうでもない。オイルや煤に汚れたままで、汚かった。
その山の一つに、イグニスは降下した。大事そうに抱え込んでいたスペースデブリを、山の上に積み重ねている。
うきうきしながらゴミの山を築き上げるイグニスの姿を操縦席のモニター越しに見、マサヨシはため息を零した。
 宇宙線や電波の乱反射で計器に異常が起きたら困るので、ジャンクの固まりに近付いたことは一度もなかった。
イグニスからは何度となく誘われているが、やんわりと断っている。何が隠れているか、さっぱり解らないからだ。
最も多いのが宇宙船の破片で、次に多いのが正体不明のコンテナで、最後は細かい部品や怪しい基盤などだ。
しかも、それらを手当たり次第に積み重ねていく。だが、マサヨシにもサチコにも何が面白いのかまるで解らない。
一度イグニスに尋ねたことはあるが、妙に情熱的に語る彼と会話が噛み合わなくなり、結局解らず終いだった。

〈ねえ、マサヨシ〉

「なんだ」

 マサヨシは戦闘疲れとイグニスの性癖に対する気疲れで、ややぞんざいにサチコに返した。

〈ここから砲撃したら、あのゴミの山は綺麗に吹っ飛ぶんじゃないのかしら〉

「吹き飛ぶかもしれないが、破片が飛んできてこっちも損傷を受ける。それに、イグニスが怒るぞ」

〈戦闘の腕だけはいいんだけど、それだけなのよね、彼って〉

「誰にでも一長一短はある」

〈マサヨシは甘いのよ、あいつに。私だったら、集めてくるたびに撤去して業者にでも売り飛ばしてやるわ〉

「こらこら」

〈だって、その方が余程有益じゃないの〉

 苛立っているサチコに、マサヨシは苦笑いするしかなかった。サチコの意見はもっともで、少々耳が痛かった。
イグニスとは相棒であり友人関係である以上、彼の人格は尊重するべきだが、何事にも限度というものはある。
しかし、今のところはこれといって害がなく、コロニー内部にデブリを持ち込むことはないが、先のことは解らない。
ハルにだけは危険が及ばないようにしているのはありがたいが、それ以外は気にも留めていないようだった。
現に、マサヨシのスペースファイターの航行コースともろに被る軌道上に、いくつかゴミ小惑星が築かれている。
そろそろ強く出るべきなのかもしれない、とは思うが、血の気の多いイグニスは一度怒らせると後が面倒なのだ。
 機械の体を持っているが人間以上に人間臭い彼は、意地もプライドも確固たるものを持っていて自尊心も高い。
つまり、滅多なことでは折れてくれない。戦闘時や作戦会議の際は素直なのだが、普段は結構意固地な男だ。
なので、マサヨシとしては出来ればイグニスを怒らせたくないのだが、ここまで来るとそうも言っていられない。
 場合によっては、戦闘も覚悟しておかなければ。




 翌日。マサヨシは、覚悟を決めた。
 件のイグニスは自宅の前の地面に座り込み、ハルが持つホースから吐き出される水を浴びて弛緩していた。
マサヨシの足元には、イグニスの装甲や関節部を洗い流したために機械油が多く混じった水が広がっていた。
汚水は自宅前に造った排水溝に吸い込まれていくが、ハルの出している水量が多いので、追い付いていない。
植物プラントから飛んできた枯れ葉や土がいつのまにか溜まっていたらしく、排水溝はごぼごぼと唸っている。
サチコはスパイマシンの防水機能を信用していないらしく、マサヨシの背後に隠れて、濡れないようにしていた。
すると、案の定ハルの腕力では水の勢いを支えきれなかったらしく、マサヨシの方向に派手に水が飛んできた。

「あっ」

 ハルは慌てたが、もう遅かった。直後、マサヨシは頭からつま先までたっぷりと水を浴びてしまった。

「…いいんだ、気にするな」

 と、マサヨシは笑った。これから起こるであろうことに比べれば、冷水を被ることぐらいは大したことではない。
ハルはホースの先端のシャワーノズルを捻って水を止めてから、急いでガレージに戻り、タオルを持ってきた。

「ごめんなさい、パパ」

「ありがとう、ハル」

 マサヨシはそのタオルで髪と顔を拭いてから、ハルを撫でた。ハルは眉を下げていたが、イグニスを見やる。

「この前、おじちゃんと一緒にお風呂に入れなかったから、おじちゃんをお風呂に入れてあげたかったの」

「もうこれくらいで充分だ。なあイグニス?」

 マサヨシが声を掛けると、しっとりと濡れた装甲を撫でていたイグニスは、だらしなく笑った。

「いやぁー最高だったぜぇ、ハル。お前が使うと、ホースの水もいつもより違う感じがするんだよなぁ」

〈それは気のせいだと思うわ。ホースの水なんて、誰が使っても同じよ〉

 マサヨシの背後からサチコが姿を現すと、イグニスは途端に不機嫌になった。

「人がせっかくいい気分でいるってぇのに、いちいち茶々を入れるな!」

 ったくよう、とぼやきながら膝を立てて立ち上がったイグニスは、装甲や関節の隙間に溜まった水を落とした。
油混じりの水はぼたぼたと落ち、最早池にも等しい巨大な水溜まりは更に広がり、排水溝は溢れ返ってしまった。
イグニスは内部機関を過熱させて外装まで熱を行き渡らせて濡れた装甲を乾かし、全身から蒸気が立ち上せた。

「んで、今日も仕事か?」

「いや、そうじゃない。お前の趣味についてだ」

 マサヨシが切り出すと、イグニスは快活な笑い声を上げた。

「昨日の帰りに拾ってきたジェネレーターならやらねぇからな! あんなにいいもの、滅多にねぇんだからよ!」

「だから、そういうことじゃない」

「じゃあなんだ、あの合金プレートか? ありゃあ最高だぜ、だがやらん!」

「だから、イグニス」

「あのケーブルもやらんぞ、まだまだ使えるぜ!」

「だから」

「廃船から掻っ払ってきたエネルギーボックスも、宇宙探査機のアンテナも、全部俺のなんだからな!」

「だから!」

 マサヨシはついに苛立ったが、イグニスの調子はまるで衰えない。

「まあ、どうしても欲しいってんならやらねぇでもねぇけどよ!」

〈人の話をちゃんと聞きなさいよ、このデブリ中毒!〉

 サチコが甲高い声で叫ぶと、イグニスは鬱陶しげにした。

「うっせぇーなぁ。人がいい気分で話してるってのに、邪魔するなよ」

「イグニス。お願いだから、俺に話させてくれ」

 顔をしかめるマサヨシに、イグニスは平謝りした。

「あ、すまん。じゃあ、話してくれ」

「単刀直入に言おう。お前のゴミの山をなんとかしてくれ。正直言って、迷惑なんだ」

「嫌だ」

 マサヨシの辛辣な言葉に、イグニスはへっと笑いを零した。

「あれを捨てるなんて勿体ねぇだろうが。いつか必ず何かの役に立つんだから、捨てる方がおかしいんだよ」

〈その感覚の方がおかしいと思うわ〉

 サチコの冷ややかな意見に、イグニスはむっとする。

「何がおかしい! どれもこれも、修理すればちゃんと使えるんだぞ!」

「修理したら、の話だろうが」

〈そうよ。それなのに、イグニスはただ掻き集めてくるだけじゃないの〉

 呆れているマサヨシに、サチコが続ける。イグニスは腰を曲げて二人に顔を突き出し、睨む。

「それのどこが悪いってんだ! お前らとの約束通り、コロニーには持ち込んでねぇじゃねぇかよ!」

「コロニーに持ち込まなくても、その周りにゴミの山を築かれると迷惑なんだ。電波障害も起きやすいしな」

 目の前で凄むイグニスに動じずに、マサヨシは強く返す。

「だが、まだ起きてねぇじゃねぇかよ!」

 むきになったイグニスに、サチコは厳しく言った。

〈起きてからじゃ遅いのよ! 予測回路が付いていないなんて、それでもあなたはロボットなの!?〉

「誇り高き機械生命体の俺と電卓女のお前を同列に扱うんじゃねぇよ! アルミフィルムよりも薄っぺらい自我しか持ってねぇくせに偉そうなんだよ!」

〈あら、馬鹿にしないでくれる? 私の演算能力に比べれば、イグニスの知能なんて旧時代のゲーム機並みよ〉

「言ったな、この野郎!」

〈ええ言ったわ、ちゃーんと言ったわ。それがどうかしたかしら?〉

「そこをどけ、マサヨシ! この無駄口女もスクラップにして俺様のコレクションに加えてやる!」

 拳を固めて肩を怒らせるイグニスに、マサヨシの背後に隠れたサチコは甘えた声を出した。

〈やぁだ、怖ぁい。守って、マサヨシ〉

「今のはどっちも悪いが、ここでは絶対にやり合うな。お願いだから、家は壊さないでくれ」

 マサヨシは二人を制してから、ガレージの前でぽつんと立っている愛娘に向いた。

「ハル」

 不安げに二人の言い争いを見つめていたハルは、イグニスの元に近寄ってきた。

「おじちゃん、お姉ちゃんが嫌いなの? お姉ちゃんも、おじちゃんが嫌いなの?」

「おい、そんなの狡いぞマサヨシ、ハルを使うなんて」

 急に勢いを失ったイグニスは反論したが、ハルの弱り切った眼差しが向けられてしまっては黙るしかなかった。
もしも泣かれてしまったら、後味が悪いどころの話ではない。泣き止ませるのが大変だし、何より心が痛むのだ。
 ハルは可愛らしい少女だ。機械生命体の美的感覚とは基準が違うが、新人類の美的感覚では上級の部類だ。
太陽系で暮らすようになって十年以上も過ぎた今となっては、イグニスの感覚は大分新人類に感化されていた。
だから、ハルのことが可愛くて可愛くてたまらない。その外見もさることながら、慕われているから余計にそう思う。
澄み切った色合いの金髪も穢れを知らない青い瞳も健康的なバラ色の頬も、どれを取っても被保護欲をくすぐる。
泣かせてしまっては、数日間は気が滅入る。戦闘意欲も削げる。ハルを泣かせるぐらいだったら、イグニスが泣く。

「解った、解ったから」

 イグニスはきちんと正座をすると、ハルに頭を下げた。

「そんな目で、俺を見ないでくれ…」

「私じゃなくて、お姉ちゃんとパパに謝ってよ。パパともケンカしてたでしょ」

 ハルの言葉を受け、イグニスは二人にも頭を下げた。だが、不本意だったので、感情は一切籠っていなかった。

「ゴメンナサイ」

「なんで棒読みなんだ」

 これには、さすがにマサヨシも怒りを覚えた。心が籠っていないどころか、悪かったとすら思っていないのだ。
きっと、内心では舌を出しているに違いなかった。サチコもそうだが、イグニスもイグニスで態度に裏表がある。
ハルには砂糖菓子よりも甘いが、マサヨシに対しては割と辛辣で、サチコに対してはきついを通り越して激辛だ。
イグニスのことはとてもいい友人だと思うし、優秀な相棒だとは思うのだが、こういった態度は癪に障ってしまう。
だが、今、議論すべきはそれではない。問題にしたいのはイグニスの性癖であって、その感情的な性格ではない。

「まあ、それはそれとしてだ」

 場を仕切り直そうとマサヨシが話を切り出したが、イグニスがすかさず遮ってハルに話を振った。

「なあハル、俺の集めたデブリは役に立つよな? ゴミなんかじゃないよな?」

〈なんて現金なのかしら!〉

 ハルを使うなと言っておいて自分でも利用しようとするイグニスに呆れ、サチコは声を上擦らせた。

「お前って奴は…」

 マサヨシはとうとう呆れ果てて、口元を引きつらせた。だが、イグニスは二人を無視してハルに詰め寄る。

「なあ、ハル?」

「見たことないから、解らない」

 首をかしげたハルに、イグニスは体を起こして胸を張った。

「じゃあ見せてやろう、でもってはっきりさせてやろう! 俺の行動は全て有益だってことをな!」

「嘘を吐け」

 とうとう愛想を尽かしたマサヨシが毒突こうとも、イグニスは聞いておらず、ハルにしきりに話しかけていた。
それはいかに自分が素晴らしいことをしているかという演説で、ハルは訳が解らないのか、きょとんとしていた。
ハルが時折返す気の抜けた返事を気にすることもなく、イグニスは自分の世界に入り、演説にも力が入った。
スペースデブリに興味を持った切っ掛けから、最初のコレクションに始まり、ゴミ収集の歴史を語り始めていた。
サチコは突っ込む気も起きないのか、それとも反論するだけエネルギーの無駄だと判断したのか、黙っていた。
 マサヨシも、似たようなものだった。







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