アステロイド家族




ジャンク・ジャンキー



 そして。イグニスのスペースデブリ・コレクションの一部が、披露された。
 いつになく浮かれているイグニスは次から次へとスペースデブリを運び込み、自宅の前に山を造り上げていた。
サチコが様々な測定器を使って丹念に調べ、宇宙線に汚染されていないものだけにしたが、それでも量が多い。
イグニスは今日だけで十回以上も宇宙空間とコロニーを行ったり来たりして、隔壁を開閉する頻度も上がった。
おかげでコロニー内の空気が流出してしまい、若干薄くなってしまったが、時間が経てば自動的に元に戻るだろう。
 イグニスがゴミを運ぶ手を止めたのは、山が五メートルを越えた頃だった。近くで見ると、ますますゴミだった。
これが崩落して下敷きになったら大変なので、マサヨシはハルを傍に立たせ、大分離れた位置から見上げていた。
ハルは、ぽかんとしてゴミの山を見上げていた。このゴミの山は、子供の目線から見ればかなり巨大に違いない。

「どうだ、素晴らしいだろう!」

 誇らしげに上体を反らすイグニスに、マサヨシは首を横に振った。

「やっぱりゴミはゴミだと思うぞ」

〈私も一通り調べてみたけど、使えそうなものは見当たらないわ〉

 マサヨシの肩の上に、サチコがちょこんと乗った。イグニスはゴミの山を背にし、大きく腕を広げる。

「使えるったら使えるんだよ! 使えないものなんて、何一つとしてないんだよ!」

「じゃあ聞くが、そこのひしゃげた外装は何に使えるんだ?」

 マサヨシがゴミの山から突き出している金属片を指すと、イグニスは答えた。

「ああ、あれか? 結構分厚いから、壁にでもなるぞ」

〈だったら、あのぐちゃぐちゃに壊れたイオンエンジンは?〉

 サチコに問われ、イグニスは自信に満ち溢れた返事をした。

「これからばらすんだよ。細かい部品は、いくらあっても困らないからな」

「じゃあ、あそこの粉々に割れたソーラーパネルはどうする気だ?」

「もっと砕けば、ジャミング用のチャフにでも出来るだろ」

〈だとしたら、フレームの下に埋もれている機動歩兵の手足は?〉

「あれもばらして、俺の応急処置用の部品にするに決まってんだろうが」

「となれば、今にも倒れそうになっている宇宙作業用大型マニュピレーターは?」

「配線と関節部分さえ直せば、何にだって利用出来るだろ」

〈では、イグニスの足元に転がっている、ケーブルの繋がっていないビームジェネレーターは?〉

「このコロニーのオートガンにでもしたらいい。やろうと思えばすぐに出来るぜ」

 やたらと得意げなイグニスに、マサヨシは言い返した。

「出来る、出来る、と言う割には何にも使わないじゃないか」

「だぁから、これからだっつってんだろうが。仕事で忙しいから、なかなか手を付けられねぇんだよ」

〈だったら、今から始めなさいよ。そうすれば、私も少しはあなたを見直してあげてもいいわよ?〉

 サチコの高飛車な物言いに、イグニスはすぐさま文句を返した。

「お前になんか見直されたって、嬉しくもなんともねぇよ」

「それで、ハルはどう思う?」

 マサヨシが少女に向くと、ハルは背伸びをしたり、身を屈めたりしながらゴミの山を眺めていた。

「んー…」

 ハルは少し駆けてゴミの山を横から見ていたが、イグニスに振り返った。

「おじちゃん、サンリンシャはないの?」

「サンリンシャ?」

 イグニスが聞き返すと、ハルは頷いた。

「うん。この前、お姉ちゃんが読んでくれたお話に出てきたの。パパ、サンリンシャってどんなの?」

「すまん、俺もよく解らない。名前から察するに車輪の付いたものなんだろうが、俺の暮らしていたコロニーでは車輪の付いた車両は全面的に使用禁止だったからな」

 マサヨシが言葉を濁すと、すかさずサチコがハルの前に滑り出た。

〈三輪車っていうのは、旧時代の子供が遊具として使っていた乗り物のことね。文字通り三つの車輪がある車両で、前輪が一つで後輪が二つで、前輪にペダルが付いているのよ。子供用の遊戯用ペダル式三輪車の他にエンジンが付いたものや、輸送能力に秀でた車両型もあるわね。ハルちゃんが欲しがっているのは、遊戯用ペダル式三輪車のようね。だけど、遊戯用ペダル式三輪車は、製造中止になってから三百年以上過ぎているから、スペースデブリとして宇宙に漂っている可能性は極めて低いわ。かといって、買えるとも思えないし…〉

「そっかぁ。お姉ちゃんがそう言うんなら、間違いないもんね。残念だなぁ…」

 ハルはサチコと見つめ合っていたが、背伸びをしてイグニスを見上げた。

「ねえ、おじちゃん。私とパパのおうちみたいに、サンリンシャって造れない?」

「えっ?」

 意表を突かれたのか、イグニスは声を裏返した。マサヨシは、イグニスを見上げる。

「俺達の家が造れたんだから、子供の遊具ぐらいは造れるだろう」

「そりゃあまあ…。あの住宅程度の技術レベルのものだったら俺の腕でもなんとかなるが、それ以上となると無理だ。従軍する前に一通りの技術訓練は受けさせられたが、それぐらいで、特殊技能はさっぱりだから…」

 イグニスは、珍しく気弱になった。サチコは、理路整然と言葉を並べる。

〈今、太陽系総合歴史博物館のデータベースにアクセスして、三輪車の情報や設計図をダウンロードしてみたけど、それほど難しい代物ではないみたいよ。必要だったら、あなたの記憶回路に送信してあげてもいいけど?〉

「それはありがたいんだが、その恩着せがましい言い方が引っ掛かるぜ」

 イグニスがサチコを見据えると、サチコはくるりと一回転した。

〈そうね。マサヨシ、あなたはどう思う?〉

「ん、そうだな」

 マサヨシは思案した後、イグニスに言った。

「サチコの調べた三輪車の情報と設計図を与えてやってもいいが、その代わり、今度からはスペースデブリを回収する時には俺の判断を仰いでくれ。俺の許可がない場合は、回収するな」

「なんでだよ、それとこれとは関係ねぇだろ!」

 イグニスはマサヨシに歩み寄って声を荒げるも、マサヨシは動じない。

「全面的に禁止しなかっただけ、まだ温情的だと思ってくれよ」

「馬鹿なことを言うんじゃねぇよ、マサヨシ! それでもお前は俺の相棒か!」

「相棒だから、言うんじゃないか。それに、取捨選択さえしっかりしていれば、少しは有益かもしれないしな」

〈これってすっごくすっごーくいいチャンスだと思うわよぉ、イグニス。この機会を逃せば、あなたはただのゴミ中毒で終わるけど、マサヨシの提案を受け入れれば資源確保要員に昇格出来るんだから。馬鹿じゃないんだったら、それぐらいの判断は付けられるはずよね、誇り高き機械生命体さん?〉

 サチコの小馬鹿にした言い回しが鼻に突くが、言っていることは間違いではないので、イグニスは思い悩んだ。

「だが、回収の判断基準がマサヨシにしかないってのはよ…」

「お前はハルを喜ばせたくないのか?」

 マサヨシは、語気を強めた。イグニスは言葉に詰まったが、渋々頷いた。

「解ったよ。だが、これからも拾うものは拾うからな」

〈いつもそれぐらい素直だったら、ほんの少しは優しくしてあげてもいいのに〉

「電卓女なんかに優しくされたら、気色悪くて錆びちまう」

 イグニスは折れてしまったことが悔しかったので、やや口調が弱っていたが、ハルの笑顔には変えられなかった。
泣かせるのは嫌だが、笑わせるのは大好きだ。それも、自分の手で行った行為で喜んでくれたら、物凄く嬉しい。
ハルはマサヨシから三輪車が造ってもらえると言われて、歓声を上げながらぴょんぴょんと跳ねて喜んでいた。
それを見ただけで、イグニスは俄然やる気が湧いた。二人にやり込められたのは腹立たしいが、それはそれだ。
 最も重要なのは、愛娘の笑顔なのだから。




 それから、五日後。
 試行錯誤と紆余曲折の末、イグニスはサチコの見つけ出した資料と設計図を元にし、三輪車を造り上げた。
その材料は全てイグニスの拾ってきたスペースデブリなので、資料の画像にあった三輪車よりも不格好だった。
三つの車輪は同じ大きさのホイールを削ったもので、タイヤのゴムもゴミの山から見つけ、切り抜いて作った。
車体のパイプも宇宙船のフレームを元にしているので若干太いが、明るいピンクのカラーリングを施されている。
ハンドルとペダルはハルの手足に合わせて小さく造ってあるが、サドルはやや大きめで、座りづらそうだった。
それでも、ハルははしゃぎながら乗り回していた。おかげで、家の周囲は三本のタイヤ痕だらけになっていた。
 ハルはイグニスの自室兼ガレージから三輪車を運び出すと、またがり、前輪に付いたペダルに足を載せた。
ペダルとタイヤを軋ませながら進んだハルは、満足げにハルを見守っているイグニスに、満面の笑みを向けた。

「おじちゃん大好き!」

 きゃっはー、と歓声を上げ、ハルは家の前をぐるぐると走り回る。

「そうだろう、そうだろう! やっぱり俺のしてきたことは有益だったじゃないか!」

 誇らしげにイグニスは胸を張り、自分で自分を褒めた。ハルはイグニスの前までやってくると、留まった。

「ねえ、今度はブランコが欲しいな」

「ブランコ? って、それもまた地球人の遊具か?」

「うん。いいよね、パパ?」

 にこにこと笑うハルに、イグニスの背後に立っていたマサヨシは、イグニスを見上げた。

「まあ、材料はいくらでもあるから造れないこともないだろうし、場所もあることにはあるが」

「それでね、滑り台とか、ジャングルジムとか、鉄棒とか、砂場とかも造ってよ! 一杯遊びたいんだもん!」

 矢継ぎ早に注文してきたハルに、イグニスは戸惑った。

「ちょ、ちょっと待て、それってまた資料の中にしか残っていない遊具なのか?」

〈そうよ。察しが早いわね。中には現役の遊具もあるにはあるけど、業者から買うと高く付くのよね〉

 イグニスの顔の傍に、サチコの操るスパイマシンが近付いた。

〈でも、今度は調べてあげないわ。ハルちゃんに造ってあげたいんだったら、自力でなんとかすることね〉

「なんでだよ! お前らの言う通り、デブリ回収は自重してやってるだろうが!」

 イグニスが迫ると、サチコはついっと後退してマサヨシの元まで戻った。

〈あれは前回の話よ。今度は今度。私の手を借りたかったら、マサヨシの意見にきちんと従うことね〉

「だ、そうだ。俺としてはイグニスに手を貸してやりたい気もするが、さて、どうしたものかな」

 マサヨシがにやつくと、イグニスはマサヨシに向き直った。

「今度は何を要求する気だ! 事と次第によっちゃ、いくらマサヨシでも容赦しねぇからな!」

「ぶーらんこっ、ぶーらんこっ」

 三輪車のハンドルをぺちぺちと叩きながら、ハルは期待に満ちた目でイグニスを見上げてくる。

「おじちゃーん、ブランコが欲しいー」

「ええいくそうっ!」

 ハルの笑顔にはまたしても逆らえず、イグニスは自棄になりながらマサヨシに叫んだ。

「なんでも言いやがれってんだよこんちくしょう! その代わり、ブランコの設計図はきっちり寄越せよな!」

「手始めに、カタパルトのシリンダーの整備をしてもらおうか。滑りが悪くて、展開時の傾斜角が今一つなんだ」

〈もちろん、五日前にコロニーに持ち込んだゴミの山も、綺麗さっぱり片付けてもらいますからね。次は隔壁の定期点検、空調設備のフィルター掃除、玄関前のドブ浚いに、屋根のペンキ塗りに…〉

 マサヨシとサチコが並べ立てた注文に、イグニスはうげっと声を潰した。

「いくらなんでもそりゃ無理だ、つうかマサヨシ、お前がやれよドブ浚いは!」

「何、全部を一日でやれってんじゃない。何日掛かってもいいから、必ずやってくれ。必ず、だ」

〈ええ、そうよ。これも全部、ハルちゃんのためよねー?〉

 嫌みったらしいサチコにイグニスは苛立って拳を固めたが、上機嫌なハルを見てしまうと、拳はすぐに緩んだ。

「次はないぞ、今回だけだからな、この卑怯者が!」

 イグニスは二人に言い返すも、ついハルに負けてしまう自分が情けなくてたまらないので、語気も弱まっていた。
この野郎、とマサヨシを罵倒しながらも、ハルにまとわりつかれると途端に弛緩するイグニスの姿は滑稽だった。
マサヨシは、少しやりすぎたか、と思わないでもなかったが、これでイグニスが懲りてくれればそれでいいのだ。
だが、まかり間違ってハルがデブリ回収に興味を示してしまったら元も子もないので、その点は気を付けなくては。
 そして、更に一週間後。廃棄コロニーには、スペースデブリで造られたブランコや滑り台などの遊具が並んだ。
マサヨシとサチコの要求した仕事を終えた後、イグニスはサチコから遊具の設計図を得て製作に取りかかった。
遊具が完成した翌日、イグニスは頭と手先を使いすぎて疲弊したらしく、丸一日ガレージに籠って出てこなかった。
人間で言うところの知恵熱を起こしたらしく、その日はガレージ周辺の空気が熱してしまい、少々暑苦しかった。
 これでイグニスのスペースデブリ回収の趣味がなくなれば万々歳なのだが、そうも上手くいかないのが世の常だ。
知恵熱が治って戦線に復帰したイグニスは、マサヨシの許可がもらえそうなものを次から次へと拾い集めてきた。
そして、どれもこれも持って帰ると言い張り、そのおかげで戦闘終了しても帰還するまで時間が掛かってしまった。
戦闘で疲弊していたマサヨシの神経は更にすり減ったが、ああ言った手前、何も言わないわけにはいかなかった。
 確かに、選別するとは言った。言ったのだが、イグニスはマサヨシの予想を遙かに超える量のゴミを持ってきた。
サチコの測定では総重量十数トンにも及ぶスペースデブリは、一目見ただけでもうんざりするほどの量だった。
その上、イグニスは拾い集めてきたスペースデブリをマサヨシに見せては、一つ一つを鬱陶しいほど賛美した。
今にして思えば、これはイグニスの作戦だったのかもしれない。だが、その時はそれに気付ける余裕はなかった。
スペースデブリの山を間に挟んだマサヨシとイグニスの押し問答はなかなか終わらず、最後は投げやりになった。
機械生命体である彼は、激しい戦闘を終えた直後でも呆れるほどエネルギッシュで、それに押し切られてしまった。
 考えてみれば、こうなることも充分予想出来たはずだが、この状況に対する対処法は全く思い付かなかった。
それもこれも、ただでさえ疲弊しているマサヨシを更に疲れさせて思考力を奪い取り、気力も削いだからである。
そんな状態では、いくらマサヨシと言えどイグニスをあしらえない。結局、イグニスは新たなゴミを抱えて帰還した。
上手くイグニスを丸め込んだとばかり思っていたが、逆に翻弄されてしまったとは、なんとも情けない話である。
 他人の趣味を止めるのは、容易ではない。







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