アステロイド家族




嫁、襲来



 巨躯のバニー男と幼すぎるバニーガールを連れた一行は、グリーンプラントに入場した。
 否。出来てしまった。マサヨシとしては入場ゲートで突っぱねられると思っていたが、すんなり入場出来たのだ。
一昔前なら入場ゲートには係員がいたのだろうが、この時代では入場ゲートには自動改札しか設置されていない。
もちろん入場券を買う時に身分証を示すし、監視カメラやセンサーも設置されているのだが、拒絶されなかった。
 マサヨシは社会通念に不信感を抱きながら、意気揚々と歩くジョニー・バニー男・ヤブキの後ろ姿を睨んでいた。
考えてみれば、ヤブキはグリーンプラントで働いていた研究員の息子なのであり、つまりは関係者の身内なのだ。
ヤブキの両親は開拓植民船に乗って旅立ったが、グリーンプラントの職員としての籍は今も残っているのだろう。
そういうことなら、拒絶されない理由も解る。だが、納得出来なかった。政府直属研究機関としてそれでいいのか。
いや良くない。マサヨシはそんなことを悶々と考えながら、家族を伴って観光用エリアの順路を辿って歩いていた。
 アウトゥムヌスは自分の頭から外したウサ耳をハルに与えたが、いつのまにか新たなウサ耳を頭に付けていた。
その点についても、疑問は尽きない。マサヨシはいつのまにか険しい顔をしていたが、ハルの視線に気付いた。
表情を緩めて笑いかけると、ハルも笑い返してくれた。アウトゥムヌスについて考え込むのは、ひとまず後回しだ。
今日は遊びに来たのだから、存分に楽しむべきだ。マサヨシはそう思い直して、情報端末から地図を表示させた。

「最初は一番近いエリアから行こうか、ハル」

 マサヨシはホログラフィーで形成された立体的な地図を、ハルの目線まで下げてやった。

「パパ、そこはどんなところなの?」

 ハルがマサヨシに尋ねたが、答えたのはヤブキだった。

「最初のエリアは原始植物がメインっすよ。地球がまだ健在だった頃の五億年も前に生息していた植物を完璧に再現し、生態系も近付けてあるエリアなんすよ。つっても、さすがに恐竜まではいないっすけどね。空気も原始植物に合わせてあるから、ちょっと二酸化炭素が強いかもしれないっすけど、まあ問題はないっすよ」

「五億年って…一昔前程度だよな?」

 イグニスがトニルトスに向くと、トニルトスは腕を組む。

「私達の時間概念ではな。大した歴史もない星系だと思っていたが、予想以上の底の浅さだ」

「俺もそんなところじゃないかと思っていたが、お前らの実年齢は一体いくつなんだよ」

 マサヨシが苦笑すると、サチコがくるくるとスパイマシンを回転させた。

〈それを聞いて、ようやく納得出来たわ。あんた達はとんでもない年寄りだから、年相応に耄碌しているのね。だからあんなに非常識なのね。そうよ、そうに違いないわ〉

「馬鹿言え、俺はまだ若いんだぜ? さすがに電卓女だ、了見が狭いな」

 イグニスがサチコに突っ掛かるが、サチコはしれっと受け流す。

〈だったらあんたはいくつなのよ、イグニス? まずはそれを言ってみなさいよ、話はまずそれからよ〉

 トニルトスは一瞬で自分の年齢を換算し、イグニスに向いた。

「私の稼動年数をこの星系の時間単位に置き換えると、単純計算で三百十二万八千六百七十七年と三ヶ月となるが、大した年数ではないな。そういう貴様はどうなんだ、ルブルミオン」

 トニルトスに問われ、イグニスはきょとんとした。

「え、ええ? お前、俺より年下なのか?」

「は?」

「うん、あのな、俺も今さっき換算してみたんだが、五百七十八万二千二百三十一年と二ヶ月なんだよ」

「屈辱だ!」

「なんでそこでそれが出るんだよ」

「貴様などに年上ぶられると思うと、今から腹が立って仕方ないのだ!」

「先読みしすぎだぜ、おい」

 イグニスは呆れたが、トニルトスはイグニスをきつく睨んで声を荒げた。

「いいか! 私は全てに置いて貴様よりも優れた存在なのだ! たかが二百六十五万三千五百三十四年程度稼動年数が長いからと言って、貴様に見下される筋合いはないのだ!」

「みゅふふふうん、トニーさんってば可愛いですぅ、子供みたいなこと言ってますぅ」

 ミイムが微笑ましげに頬を緩めたので、トニルトスは顔を背けた。

「私は生を受けた瞬間から成人している。子供などではない」

「正論」

 今まで黙っていたアウトゥムヌスが口を開き、ミイムを指した。イグニスはなんだか可笑しくなって、吹き出した。
トニルトスは途端に羞恥心が膨れ上がり、皆に背を向けた。考えてみれば、年齢など些細なことでしかないのだ。
戦士としての優劣を定めるのは年齢ではなく、実力だ。解り切っていたはずなのに、ついムキになってしまった。
というか、イグニスから年下呼ばわりされたことがとてつもなく気に食わなかったのだ。それ以外に理由はない。
 イグニスとやり合う日々も随分長引いてきたので、彼にいちいち突っ掛かるための材料も減ってきたせいである。
そうでもなければ、こんな下らないことでムキになるわけがない。なってたまるか。とは思うが、一瞬本気になった。
悪い傾向だ、とトニルトスは強烈な自己嫌悪に苛まれながら、古生代エリアに向かう家族の後に続いて歩いた。
 先頭を行くのは、やはり不気味なバニー男だった。




 古生代エリアは、巨大な植物に支配されていた。
 人間はおろか機械生命体の身長も超越した巨大な木々が生い茂り、先の尖った平たい葉を大きく広げていた。
これが、原始植物の中でも最も繁栄した種族、シダ類なのだ。あまりにも巨大なので、天井のパネルが見えない。
ヤブキの言葉通り、生態系も再現してあるからなのか、水辺には異様な形状の虫のような生き物が蠢いている。
だが、水辺には近付けない。見学用の順路はシダ類の間を縫うようにして広がっている、空中通路だけなのだ。
 巨大なシダ類の水源であり、古代生物の生息区域である澄んだ湖は、空中通路と空の青さを映し込んでいた。
この頃は恐竜と呼ばれる巨体の爬虫類もまだ誕生していないので、エリア内には獣の鳴き声は聞こえなかった。
その代わり、シダ類の葉が擦れ合うざわめきが絶え間なく降り注いでおり、まるで植物同士の囁きのようだった。

「ふぇー…お空が見えないー…」

 ハルは目一杯背伸びをして、数十メートルはあるシダ類の巨木群を仰ぎ見た。

「おじちゃんとトニーちゃん、何人分あるかなー?」

「凄いですぅ、立派ですぅ」

 ミイムも巨大な植物に見取れ、ほうっとため息を零した。

「こうも有機物が多いと落ち着かんな」

 トニルトスは嫌悪感を示したが、イグニスは普通に感心していた。

「地球ってのも捨てたもんじゃねぇな」

「そうっすよそうっすよ、なかなか面白いんすよー古生代ってのは」

 相変わらずバニー男のヤブキは、赤いレオタードが張り付いた分厚い積層装甲の胸を張った。

「三葉虫」

 アウトゥムヌスは背伸びをして空中通路から身を乗り出し、水辺に蠢く虫を指し示した。

「だが、資料よりもでかくないか?」

 マサヨシはパンフレットのホログラフィーに明記された三葉虫と蠢く三葉虫を見比べたが、明らかに巨大だった。
資料によると、三葉虫は最大でも六十センチ程度だという。遠目で見ているからかもしれないが、大きく感じる。
マサヨシは、うぞうぞと平たい体の下の細かな足を動かして這いずる三葉虫を見据えたが、やはり巨大に見える。
どう見積もっても、一メートルはありそうだった。マサヨシが訝っていると、ヤブキは三葉虫を見下ろして説明した。

「ああ、ありゃ、遺伝子操作改良のせいっすよ。ここ最近の技術でも、化石化した生物や植物を完璧に再現するのは難しいっすからね。化石からまともな遺伝子が見つかれば万々歳なんすけど、そうでない場合が多いんすよね。そののシダ類だって、厳密に言えば古生代のものとは違うんすよ。でも、ぱっと見は同じだし、学術調査のためにはその方が便利ってことで、このエリアみたいに繁殖させるんすけどね。あの三葉虫モドキだって、原型はカブトガニなんすよ。そのカブトガニも元々はそんなに大きくないんすけど、遺伝子操作に遺伝子操作を重ねて見た目を似せていったら、いつのまにかあんなにでかくなっちゃったんすよ。まあ、見る分には問題はないんすけどね」

 ヤブキはウサ耳を揺らし、鋭く伸びた葉に覆われた人工の空を仰いだ。

「不自然な自然ってやつっすよ」

 まともな恰好の時ならヤブキを見直したかもしれないが、この恰好では真面目になると余計に不真面目だった。
マサヨシはどんな顔をすればいいのか今一つ掴めなかったので、曖昧な顔のまま、ヤブキの傍からそっと離れた。

「ジョニー君」

 不意に、ヤブキのレオタードの尻尾が引っ張られた。振り向くと、アウトゥムヌスが銀色の瞳で見上げている。

「なんすか、むーちゃん?」

「カニ?」

 アウトゥムヌスが三葉虫モドキを指したので、ヤブキは答えた。

「見た目は三葉虫っすけど、厳密に言えばカブトガニっすね」

「捕獲」

 唐突に、アウトゥムヌスがヤブキの背を物凄い力で押した。ヤブキは慌てて手すりを掴んだが、下半身が浮いた。
そのまま前転のような恰好で上半身が手すりを乗り越えてしまい、下半身が逆さまになって空中に浮いてしまった。
当然、顔面は空中通路の両脇を囲む強化パネルに衝突し、激しい衝撃音に周囲の人間が一斉に注意を向けた。

「確保」

 と、アウトゥムヌスはがに股に広がったヤブキの足を押したが、ヤブキは最後の意地で体を支えていた。

「いくらオイラだってここから落ちたらヤバいっすよー! 地面まで何十メートルあると思ってるんすか!」

「カニ」

「いやだからカニは解ったっすから!」

「空腹」

「だからそれと今のオイラの八つ墓村的な状況と何の関係があるっすかー!」

「妻」

 アウトゥムヌスは自分を指してから、ヤブキを指した。

「夫」

「えっと、まあ、現時点では未来のっすけど!」

 ヤブキは上下逆さまではあったが、照れた。アウトゥムヌスは眉一つ動かさずに、再びヤブキの足を押した。

「狩猟は夫の役目」

 その言葉で、やっとアウトゥムヌスの意図が掴めた。つまり、アウトゥムヌスは三葉虫モドキを食べてみたいのだ。
そのためにヤブキを落として取ってこさせたいらしいが、そもそもエリア内での狩猟行為は全面禁止されている。
それ以前に、なぜ三葉虫モドキを食べたいのだ。さすがのヤブキであっても、三葉虫モドキには食欲は湧かない。
 ヤブキは助けを乞うために強化パネル越しに視線を動かしたが、家族は皆、遠巻きに事の次第を眺めていた。
マサヨシはなんともいえない表情を浮かべ、ミイムは悪意に満ちた笑みを作り、ハルはなぜかわくわくしている。
サチコは冷ややかに傍観し、イグニスは笑い転げていて、トニルトスは僅かに肩を震わせて笑いを堪えていた。
 皆が皆、根本的にヤブキを助ける気はないらしい。ヤブキはそれが妙に癪に障ってしまい、内心で顔を歪めた。
フルサイボーグであり、武装を増強した際に腕力も大分強化してあるので、このまま這い上がれないこともない。
だが、それではあまり面白くない。誰を利用すべきか、と思案したヤブキは、視線を巡らせてトニルトスに定めた。

「トニー兄貴ー」

 ヤブキに呼ばれ、トニルトスは笑いを収めたが顔は向けなかった。

「キャロライナ・サンダー嬢の完全初回限定ブロマイドのデータファイルが欲しくないっすか?」

 その名を聞いた途端、トニルトスはあからさまに動揺した。

「な、な、なんだ急にっ!」

「オイラもキャロルちゃんは可愛いと思うっすよー。絶賛売り出し中の現役アイドルだし、変に媚びた表情は作らないから親近感も湧くし、歌も上手いし、もちろん顔も可愛いし、だけど意外に胸は大きいしー」

「貴様あっ、何が言いたい!」

 一瞬で激昂したトニルトスは、大股に歩いてヤブキに迫ってきたが、ヤブキは怯まない。

「やだなぁトニー兄貴、素直に認めればいいじゃないっすか。オイラはちゃあんと見てたっすよ、ムラサメのショーが終わった後のキャロルちゃんの新曲のプロモを兼ねたライブで、最初はそうでもなかったのに最後になったら超エキサイトしてたじゃないっすか。それを忘れたとは言わせないっすよぉ」

「あのような小娘に誰が興奮などするかっ!」

 トニルトスが怒声を散らすが、ヤブキはにやにやしている。

「だったら、なんでライブ後のキャロルちゃんの握手会に参加したんすか?」

「したのか、あいつは?」

 ショーの直後に退席したのでライブまでは見ていないマサヨシがイグニスに問うと、イグニスは頷いた。

「うん。金払ってな」

「キャロルちゃんはめっちゃ可愛いっすからねー。あの綺麗なエメラルドグリーンの瞳で見つめられて、白くて華奢な手で握手されて、にっこり微笑みかけられて、今日は来てくれてありがとうございます、良かったら新曲買って下さいね、なんて言われた日にゃあ、イチコロになっちゃっても無理もないっすよ。でもって、その勢いでキャロルちゃんが今までリリースした歌のデータファイルを一気にダウンロードしちゃって無限連続再生しちゃってても」

 居たたまれなくなったトニルトスはヤブキの足を引っ張り、高々と掲げた。

「それ以上言うなぁああああっ!」

「後半は当てずっぽうだったんすけど、図星だったっすか」

 トニルトスの頭上でぶらぶらと揺れながら、ヤブキが笑った。トニルトスは、またもや動揺して言葉に詰まった。

「ぐぅ…」

「まあでも、そんなに落ち込むことはないっすよ、トニー兄貴。オイラもキャロルちゃんは好きっすよー。ムラサメじゃレギュラー張ってるし、アイドルの割には演技も上手いし、アニソンだって歌ってるっすからねー。昨日のステージで歌ってた来月発売の新曲、ドッキン☆ハツコイもなかなか」

 トニルトスの胸中に、戦士の誇りや天を突くほど高い自尊心と共にキャロライナ・サンダーへの思いが去来した。
キャロライナは可愛い。トニルトスが今まで接した人間の中で、初めて出会ったまともな少女だから尚更である。
歌も可愛い。笑顔も弾けるように眩い。トニルトスは自分でも恥ずかしくなってくるほど、キャロライナを気に入った。
だが、それを認めるのは戦士として情けない。それ以前に、今までの自分の態度から考えると有り得ないことだ。
だから、全力で否定しなくては。一度でも肯定してしまえば、その事実でどれほどイグニスに馬鹿にされることか。

「なんだったら、後でキャロルちゃんのデビュー当時の動画でも」

「いらんっ!」

 トニルトスはヤブキの言葉を強引に遮り、ヤブキを通路に放り投げた。

「うおわっ」

 ヤブキは通路に叩き付けられそうになったが、サイコキネシスに受け止められたおかげで、衝撃が和らいだ。
見ると、ミイムが横目にヤブキを窺っている。こちらもこちらで、キャロライナ・サンダーに興味があるようだった。
サイコキネシスでヤブキを受け止めてくれたのは、動画のためだろう。というか、それ以外の理由は絶対にない。
飛行と走行は禁止されているので大股に歩いて逃げるトニルトスの背を見、やりすぎたかな、とヤブキは思った。
だが、罪悪感は欠片もなかった。むしろ、慌てふためくトニルトスの姿が面白く、思い出すだけでにやけてしまう。

「ジョニー君」

 すると、ヤブキのウサ耳が引っ張られた。アウトゥムヌスだった。

「カニ」

 そういえば、そうだ。根本的な原因は、アウトゥムヌスがカブトガニが原型の三葉虫モドキを食べたがったことだ。
それこそどうしたものか。ヤブキが悩んでいると、アウトゥムヌスはヤブキの首に細い腕を回して身を寄せてきた。
 アウトゥムヌスの体型は全体的に平べったい。年頃の女性なのだが、胸も尻も脂肪が薄いので膨らみも小さい。
その上、ヤブキの体は紛い物である。なので、アウトゥムヌスの胸の感触は一切感じないはずなのだが動揺した。
そして、アウトゥムヌスの唇がヤブキのマスクに押し当てられると、動揺は一気に跳ね上がって高揚に変化した。
 うひゃひゃひゃひゃっ、と悪魔じみた奇声を撒き散らしながら立ち上がったヤブキは、果てしなく浮かれていた。
ヤブキが立ち上がる前に腕を外したアウトゥムヌスは、冷ややかにも思える目で狂喜乱舞するヤブキを見上げた。
一連の出来事は遠巻きに見ていただけなので、二人の間に何があったのかは、マサヨシらには察しが付かない。
だが、ろくでもないことには違いない。マサヨシはヤブキの放つ奇声を聞き流しながら、順路を辿って歩き出した。
 こういう場合は、関わらないのが一番だ。





 


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