昼食後。ヤブキは、アウトゥムヌスを連れ出した。 ヤブキはいつもの長袖の作業着を着込んでおり、アウトゥムヌスも色気の欠片もない紺のジャージを着ていた。 例によって、これもミイムの服だった。大掃除や庭仕事をするために買ったもので、学生の着るそれに似ている。 ミイムのサイズに合ったものなので、袖と裾の長さがアウトゥムヌスの手足よりも若干長めで余ってしまっていた。 なので、袖も裾も大分折り曲げている。長い髪も農作業の邪魔にならないようにと、首の後ろで一括りしただけだ。 華奢な首にも汗を吸い取るためのタオルを巻き、襟元に入れてあり、日除けとしてスポーツキャップを被っている。 履き慣れない長靴をがぼがぼと鳴らしながら歩くアウトゥムヌスの姿は、野暮ったかったが妙に可愛らしかった。 決して似合っているわけではないのだが、顔立ちの美しさと野良着姿のギャップが不思議な愛らしさを生んでいた。 しばらく歩いて辿り着いたのは、三枚の田んぼだった。黄色く染まった穂が頭を垂れて、風を受けて揺れている。 斜面に合わせて造成された棚田はどれも手狭だったが、手入れは行き届いており、穂も詰まって膨らんでいる。 背負っていた荷物を畦に下ろしたヤブキは、黄金色の棚田を見渡してから、背後に立つアウトゥムヌスに向いた。 「むーちゃんには、稲刈りを手伝ってもらうっす」 「収穫」 「まあ、収穫っちゃ収穫なんすけど、これは来年のためっす」 「なぜ」 「来年はもっと大きな田んぼを造成するんで、それに植えるための種もみにするんすよ」 「なぜ」 アウトゥムヌスは落胆したらしく、語尾を下げた。ヤブキは、ちょっと笑う。 「そりゃまぁ、オイラだって今年出来た新米は食いたいっすけど、こいつは他のコロニーから買い付けた稲で作った米なんすよ。オイラがこのコロニーに住み始めたのは春の終わり頃だったっすから、ハウスを建てて苗床を育てられるような時間はなかったんす。でも、畑を作ってるとやっぱり田んぼもやりたくなってくるもんで、夏に入る前にイグ兄貴に手伝ってもらって作ったんすよ。んで、オイラ的には反則技っすけど、成長促進剤をほんの少しだけ肥料に混ぜて、適当に草刈りして、出来たのがこれなんすよ。手前の二枚がうるちで、奥のが餅米っすね」 「餅」 アウトゥムヌスの銀色の瞳に、好奇心の輝きが宿った。 「そうっすよ。だから、来年のためにも今年頑張らなきゃならないんす」 ほい、とヤブキはアウトゥムヌスに軍手を渡した。 「これ付けて、一束ごとに鎌で刈るんすよ」 「了解」 アウトゥムヌスは軍手を両手に填めたが、これもまたサイズが大きく、指先が少々余ってしまった。 「鎌の取り扱いには気を付けるっすよ。昨日、オイラが砥石で徹底的に研いだっすから、怖いぐらい切れるんす」 ヤブキが取り出した二本の大振りな鎌は、磨き上げられた刃が滑らかな光沢を放っていた。 「了解」 アウトゥムヌスは、稲刈り鎌の柄を握った。ヤブキは手前の田んぼに入り、手近な稲の束を掴んでみせた。 「いいっすか、オイラのやり方をよく見てるっすよ」 ヤブキは稲の穂の部分を倒して根本を露わにすると、そこに鎌を当てて手前に引き、鮮やかに断ち切った。 「んで、こいつの根本を藁で括るんすけど、それはちょっと難しいから後でまた教えるっす」 ヤブキは刈り取った稲の束を畦に置いてから、規則正しく並んだ稲の数を数え、四列先を指した。 「むーちゃんはそこからやるっす。オイラが四列でむーちゃんが四列で刈っていけば、効率もいいっすから」 「解った」 アウトゥムヌスは田んぼの中に入ってくると、ヤブキが指した場所に立ち、ヤブキと同じように稲の束を掴んだ。 大きくしならせた稲の束の根本に鎌を当てて、手前に引く。綺麗に断ち切れた束を持ち上げて、ヤブキに示した。 「これでいい?」 「そうそう、むーちゃんは飲み込みが早いっすねぇ」 ヤブキはその手際の良さに驚きつつも、感心した。アウトゥムヌスはその稲の束を畦に置くと、横の稲も刈った。 この分だと、思ったよりも早く作業が終わりそうだ。そう思いながら、ヤブキは隣の稲を倒し、根本に鎌を当てた。 家族の中では、農作業はもとい稲刈りもヤブキしか出来ないが、アウトゥムヌスが覚えてくれるのなら万々歳だ。 疲れ知らずのフルサイボーグと言えど腕は二本しかないので、手間が掛かるので相応の時間も掛かってしまう。 だが、アウトゥムヌスが手伝ってくれるようになれば、ヤブキ一人の作業量が分担されて作業時間も短縮される。 そうなれば、彼女と共に過ごす時間も増えるだけでなく、畑も規模を広げることが出来て、収穫量も増えるだろう。 だが、あまり無理強いしてアウトゥムヌスに嫌がられてしまっては本末転倒なので、それは適度に加減しなくては。 稲刈りに没頭したヤブキは、無言になっていた。アウトゥムヌスも、ヤブキが話し掛けてこないので黙っていた。 アウトゥムヌスよりも二列ほど進んでいるヤブキは一旦手を止め、振り返ると、アウトゥムヌスは黙々と刈っていた。 陰り始めた日差しを浴びたアウトゥムヌスの広めの額はうっすらと水気を帯びて、赤味掛かった光を撥ねていた。 汗を掻いているのだ、と悟ったヤブキは無性に嬉しくなった。人形のような雰囲気の彼女も、れっきとした人間だ。 もちろん、彼女が生身の人間だとは知っている。だが、言動や表情が無機質すぎて機械よりも機械然としていた。 アウトゥムヌスに惚れているヤブキでも、あまりにも無機質な彼女が、生身だと思えなくなる瞬間が何度かあった。 だが、これではっきりした。未来の妻アウトゥムヌスは、体を動かせばきちんと汗を掻く、紛うことなき人間なのだ。 尚のこと、好きになる。 稲刈りを終えた頃には、日が暮れていた。 二人で刈った稲を束にし、ヤブキが数日前に木の間に渡しておいた縄に掛け終えると辺りは薄暗くなっていた。 ヤブキが情報端末で家に連絡を入れると既に夕食時になっていたが、この時間では家に帰っても間に合わない。 なので、ヤブキがおやつにしようと持ってきた大きめのおにぎりと麦茶が、ヤブキとアウトゥムヌスの夕食になった。 ヤブキが持ち合わせていた永久発光体内臓のライトを二人の間に起き、細い畦道に並んで座って食べていた。 青白い輝きに照らされたアウトゥムヌスは、無心におにぎりを囓り、合間に喉を鳴らして冷えた麦茶を飲み干した。 ヤブキも梅干しの入ったおにぎりを囓りながら、いつになく懸命に食事を摂っているアウトゥムヌスを眺めていた。 いつもは作業的に食べるだけだが、今ばかりは欲動のままに貪っていて、心なしか表情も崩れている気がする。 三つ目のおにぎりを頬張っていたアウトゥムヌスは麦茶で胃に流し込んでから、肩を動かすほど深い息を吐いた。 「むーちゃん、そんなに急いで食べなくても大丈夫っすよ。まだあるんすから」 ヤブキは食べかけのおにぎりを口に押し込み、タッパーの中を示した。おにぎりは、まだ六つも残っている。 「不思議」 アウトゥムヌスは、海苔の欠片が貼り付いた唇を舐めた。 「構成物は同等なのに、味が違う」 「そりゃ、働いて疲れたからっすよ」 ヤブキはコップに注いだ麦茶を飲用チューブで啜ってから、答えた。 「働いて食べるご飯は、普段の何倍も旨いんすから。むーちゃんも、これで解ったっすよね? おいしいご飯を食べるためには、力の限り働かなきゃならないってことが」 「解った。だから、食べる」 アウトゥムヌスは四つ目のおにぎりを手にすると、小さな口を目一杯開いて、大きなおにぎりにかぶりついた。 「一杯食べるっすよー、むーちゃん」 ヤブキは内心で頬を緩めながら、自分も三つ目のおにぎりを食べた。アウトゥムヌスは、暗がりの中で頷いた。 稲が全て刈られた棚田には、アウトゥムヌスの急ぎがちな咀嚼音とヤブキの鈍い駆動音が夜風に混じっていた。 かすかな虫の音が、草の下から零れてくる。海に魚が放たれているように、地上には昆虫が放たれているのだ。 人間には害を成さずに環境には有益をもたらす十数種類の昆虫達は、メスを呼ぶために羽を擦り合わせていた。 頭上に広がる人工の星空は、トニルトスが破壊したスクリーンパネルは未だに修復されていないが、美しかった。 「ジョニー君」 四つ目のおにぎりを食べ終えたアウトゥムヌスは、ヤブキに向いた。 「なんすか」 ヤブキが笑い返すと、アウトゥムヌスはやはり平坦に言った。 「充実」 「そうっすね。働いて、目一杯ご飯食べて、好きな子と一緒にいるんすから、言うことないっすよ」 ヤブキは自分で言っていて照れ臭くなったが、笑って誤魔化した。だが、アウトゥムヌスは何も反応しなかった。 これはいつものことだが当然ながら気になるので、ヤブキはライトの向こう側にいる彼女の横顔に目線を向けた。 アウトゥムヌスの眼差しが、ヤブキを見上げていた。青白い光を浴び、銀色の瞳の輝きは一層冷え込んでいた。 だが、頬の色は違って見えた。午後を通して稲刈りをしたためか、ほんの少しだが血色が良くなっているようだ。 アウトゥムヌスの整った顔立ちを見つめていたヤブキは、ふと気付いた。細い顎の先に、飯粒が一つ付いている。 「むーちゃん」 付いてたっすよ、とヤブキが指先で飯粒を取ると、アウトゥムヌスはその人差し指を銜えた。 「へ」 途端に、ヤブキは硬直した。彼女の唇の感触は解らないが、指先にはひんやりとした唇の温度が伝わってくる。 おまけに、柔らかな舌先の温もりまで感じた。恐らく、ヤブキの指先に付いた飯粒を舐め取っているからだろう。 ちゃんと手は洗ったんだっけ、と不安に駆られたヤブキは、人差し指を銜えたままのアウトゥムヌスに顔を寄せた。 「むーちゃん…?」 ヤブキの指先を口に含んでいたアウトゥムヌスは、上目にヤブキを見上げていたが、唇を離した。 「なぜ」 「こっ、今度は何すか?」 思い掛けない出来事に激しく動揺したヤブキは声を上擦らせながら、慌てて手を引いた。 「また、味が違う」 アウトゥムヌスの平坦で金属質な声色はかすかに淡い感情を帯びていたが、暗がりだからこそ解ることだった。 これで昼間であったり家の中であったりしたら、解らなかったに違いない。それほどまでに、些細な変化だった。 ヤブキはこの場を取り繕う文句を考えようとしたが、何も浮かばなかった。動揺と混乱で、脳内は乱れきっていた。 ないはずの心臓が暴れ回り、失ったはずの神経が高ぶる。進んではいけないと思うのに、心は勝手に前進する。 金属製の指先に染み渡った未来の妻の体温は、既に恋に落ちていたヤブキの心を揺さぶるには強烈すぎた。 指先から伝わった温度は低めだが、暖かかった。出ないはずの涙が出そうになるほど、彼女の体温は愛おしい。 もう、躊躇える余裕はなかった。ヤブキはアウトゥムヌスの華奢な体を太い腕で抱き締めて、その感触を味わった。 「好きです」 ヤブキは腕を緩め、アウトゥムヌスのマシュマロのような手応えの頬を柔らかく包み、その目を見据えた。 「結婚して下さい」 アウトゥムヌスの薄い瞼が、音もなく伏せられた。それを同意だと判断したヤブキは、背を丸めて顔を寄せた。 マスクでは何も感じられないことが、本当に恨めしい。ヤブキからは初めてとなる三度目のキスは、最も深かった。 好きすぎて、言葉にするのがもどかしい。だから、こうするしかない。ヤブキは思いを込め、深く、長く、キスをした。 数十秒か、数分か、数十分間にも思えるほど長いキスを終えたヤブキは、慎重に彼女の唇からマスクを離した。 「計算外」 はあ、と息を緩めたアウトゥムヌスに、ヤブキはばつが悪くなった。 「ごめんなさいっす…」 アウトゥムヌスはヤブキに背を向けてしまったので彼女の表情は掴めなかったが、やりすぎたのは間違いない。 正直、この場でアウトゥムヌスを押し倒さなかったのが奇跡だと思えてしまうほど、ヤブキは欲動に駆られていた。 今も尚、危ない。アウトゥムヌスの意志が確認出来るまでは、と決めたはずなのに、決心がぐらぐらと揺れてくる。 ここは、早く家に帰るに限る。このまま外にいたら本当に何をするか解らないので、ヤブキは畦道から腰を上げた。 直後。ヤブキの作業服のポケットから、電子音が鳴り響いた。情報端末が、通信を受信したことを知らせていた。 アウトゥムヌスも振り返り、こちらを注視している。ヤブキは情報端末のフリップを開き、ホログラフィーを投影した。 『ジョニー。元気だったか』 その声に、その姿に、ヤブキは戦慄した。光の中に浮かぶのは、十年分の年齢を重ねた父親だった。 「…父さん」 『久し振りだな。前にも伝えた通り、火星に帰ることになったんだ。任務が果たせなかったのは残念だがな』 父親は微笑む。愛しさを込めた、優しげな眼差しで。 『私達がいなかった十年の間に、お前がどんなに大きくなったか。お前に会えるのが、今から楽しみで仕方ないよ。十年分、積もる話もある。五日後に、火星のグリーンプラントで落ち合おう。もちろん、母さんも一緒だ』 父親の吐き出す言葉を聞いているだけで、殺意が膨れる。ヤブキはもう一方の手を、フルパワーで握り締めた。 だが、今殺意を示しては殺す機会が失われる。グリーンプラントで、ダイアナの傍で、二人を殺してやらなければ。 「解ったよ、父さん。僕も、父さんと母さんに会えるのが楽しみなんだ」 ヤブキは物解りの良い息子を演じ、答えた。 「火星で、会おう」 ヤブキは情報端末のボタンを乱暴に押し、通信を切った。そして、暗がりに立ち尽くすアウトゥムヌスに向いた。 この時が来ることは解っていた。だが、彼女を腕に抱いた。キスをした。込み上げてくる思いを、口にしてしまった。 後悔は尽きないが、両親への殺意も彼女への恋心も本物だ。嘘を吐いて自分を誤魔化すのはヤブキらしくない。 「むーちゃん」 ヤブキは情報端末を閉じ、アウトゥムヌスに向き直った。 「さっき言った通り、オイラはむーちゃんのことが好きっす。大事っす。だから、むーちゃんはもうオイラから離れた方がいいっすよ。オイラはこれから、火星に帰ってくる両親を殺しに行くんすから。むーちゃんには何一つ関係ないことなんすから、関わっちゃいけないっす」 「大丈夫。問題はない」 アウトゥムヌスの面差しから感情が完璧に消え失せ、声色も元に戻っていた。 「私は、そのためにあなたの傍に来た」 「何…言ってるんすか?」 ヤブキは笑い飛ばそうとしたが、出来なかった。一陣の風が、アウトゥムヌスの長い髪を掻き乱した。 「あなたを支え、あなたを生かし、在るべき未来を紡ぐ。それが、お母様が私に与えた役割」 「むーちゃん…?」 ヤブキが戸惑っていると、アウトゥムヌスはヤブキの右手を両手で包んだ。 「嫁だから」 アウトゥムヌス。幼馴染み。そして、未来の妻であり、恋に落ちた相手。かなり変わっているが、普通の人間だ。 ヤブキの脳裏を様々な考えが過ぎっていったが、どれも上滑りしてしまって、口に出る前に掻き消えてしまった。 理由も背景も経緯も解らないが、彼女の申し出を受けるわけにはいかない。好きだからこそ、傷付けたくない。 ヤブキはアウトゥムヌスの手を振り払うと、広げていた荷物を手早くまとめて、大股に家に向かって歩き出した。 アウトゥムヌスの顔を見たくなくて、出来る限り急いだ。だが、途中で足を止めて、付いてきていることを確かめた。 彼女と一定の距離を保ちながら、ヤブキはまた歩調を早めた。立ち止まってしまったら、考え込みそうだからだ。 一度でも迷ったら命取りだ。ダイアナのため、自分の私怨を晴らすため、両親を殺すと妹の墓前で誓ったのだ。 だから、振り返ってはいけないのだ。それがアウトゥムヌスのためでもある。今度こそ、愛する者を守り通すのだ。 「大丈夫」 草を踏みしめる足音が駆け寄ってくると、ヤブキの作業服の裾が掴まれ、背中に金属質な声が掛けられた。 「私は、あなたの傍にいる」 「でも、オイラは!」 ヤブキは振り返らずに、肩を怒らせた。だが、アウトゥムヌスの気配は動かない。 「私は、あなたの傍にいたい」 「それもまた、むーちゃんの役割ってやつなんすか?」 「そうとも言える。けれど」 アウトゥムヌスの細い腕が、ヤブキの腰に回される。 「私には、意志がある」 腰に回された手は、ヤブキの視界に入ってきた。腹部より下の位置に添えられた白い手は、暗闇では目立った。 十本の指がかすかに動き、ヤブキの作業服を握った。背中に感じているアウトゥムヌスの気配が、強さを増した。 それは、彼女の温度が近付いたからだとヤブキは悟った。抱き締められたわけではないのに、胸が詰まってくる。 ただ、背中に身を寄せられただけだ。それなのに、苦しいほどの恋しさが溢れ出して、嗚咽に似た声を漏らした。 背中越しに伝わる体温に、感情を表さない彼女の意志が込められていることも解ってきて、苦しさが増してくる。 恋をしているのは自分だけではないのだ。ヤブキは腰に回されたアウトゥムヌスの手を取ると、体を反転させた。 「きっと、無事には戻ってこられないっす」 ヤブキに両肩を押さえられたアウトゥムヌスは、小さく頷く。 「これからオイラのやることは、悪いなんてもんじゃないっす」 頷く。 「まかり間違ったら、むーちゃんまでオイラの巻き添え喰って死んじゃうかもしれないっす」 頷く。 「オイラはむーちゃんを守りたいから、むーちゃんとは離れていたかったんす」 頷く。 「でも、むーちゃんはオイラから離れたくないんすね?」 頷く。 「…オイラもっす」 ヤブキは堪えきれなくなり、アウトゥムヌスを引き寄せて胸に収めた。胸の上で、アウトゥムヌスは瞼を伏せた。 自分が泣くべき状況ではないのに、無性に泣きたくなってしまい、ヤブキは声を殺して拳を固めて肩を震わせた。 ダイアナに対して感じていた愛情とはまた違う、愛情を感じる。ひどいエゴだが、彼女の傍にいたくてたまらない。 本当に愛しているなら、殴ってでも引き離すべきだ。荒い言葉を吐いて、嫌われてから、戦いに行くべきなのだ。 なのに、それすら出来ない。自分自身の青臭さに苛立ちながらも、ヤブキはアウトゥムヌスを抱く腕に力を込めた。 どうせ死ぬなら、彼女の腕の中で果てよう。 08 8/14 |