アステロイド家族




芋掘りホリディ



 秋の行楽、定番中の定番。


 その日。ハルは、朝からうきうきしていた。
 ピンクのリュックサックに詰めたお弁当箱を確認し、被っていく帽子を外したり被ったり、忙しく歩き回っている。
ぱたぱたと廊下を駆けて二階へ昇り、皆の部屋を見て回り、早くするように急かしてはまた一階へと駆け戻った。
キッチンで人数分の水筒に麦茶を詰めていたミイムは、いつになく落ち着きのない娘の姿を見ながら頬を緩めた。
 ハルはリビングの窓を開けて外を眺めていたが、また二階の階段の前に駆けていって新婚夫婦に声を掛けた。
おにーちゃーん、むーちゃーん、と舌っ足らずな声が聞こえてきてミイムは笑いを噛み殺しながら水筒を閉めた。
昨日の夜から、ハルはこんな調子だ。それというのも、ヤブキが自分の畑で芋掘りをしようと提案したからだった。
 近頃、ヤブキは忙しくなった。一週間も家を空けていたと思ったら、いきなりアウトゥムヌスと結婚したからである。
もちろん、ハルとはよく遊んでくれるのだが、新妻であるアウトゥムヌスにために割く時間も随分と増えてしまった。
だから、どうしてもハルと遊ぶ時間が減ってしまい、不満を持ったハルはヤブキにまとわりついてばかりだった。
なので、今日は芋掘りをして徹底的に遊び倒してしまおう、という計画だ。当然、ミイムとアウトゥムヌスも同行する。
 自宅からヤブキの畑までは多少の距離があるので、どうせならお弁当を持って遠足にしようということになった。
ヤブキの畑は最初は一カ所だけだったのだが、作物が増えるに連れて場所も増えていき、今では三カ所になる。
今回行く畑は、その中でも一番遠いサツマイモ畑だ。直線距離でも四キロ先にあり、徒歩ならばもう少し遠回りだ。

「ねえ、ママぁ、まーだー?」

 ハルは出掛けるのが待ちきれないのか、キッチンに顔を見せた。

「ふみゅう、もう少しですよぉ」

 はい、とミイムはハルの小さな水筒をハルに渡した。水筒を受け取ったハルは、リビングへと駆け戻っていった。
リュックサックを開けて水筒を入れ、蓋を閉めた。だが、それが終わると、またすぐに二階の階段へ戻っていった。
しかし、決して二人の準備が遅いというわけではない。遠足が楽しみすぎて、ハルが慌ただしいだけなのである。
ミイムは自分のリュックサックに水筒を入れ、弁当箱の他に入れた救急セットやタオルなどを確認してから閉じた。
階段を踏む足音が聞こえ、ハルはぱっと表情を明るくして顔を上げた。ヤブキとアウトゥムヌスが降りてきたのだ。

「もうそろそろいいっすかね?」

 リビングに顔を出したヤブキは、いつもの作業着を着ていた。

「こちらには問題はない」

 その背後に立っているアウトゥムヌスは、体型に合ったサイズのジャージを着て、日除けの帽子を被っていた。
稲刈りをした時にはミイムのジャージを借りていたのだが、手足の長さが違うので、若干袖と裾が余ってしまった。
肩幅や体の厚みは似ていても、身長が違うためだ。だが、今回は先日の買い物で入手したジャージを着ている。
上下とも農作業に似合うグリーンで、帽子もそれに合わせた色のスポーツキャップで、髪も三つ編みにしている。

「じゃ、行きますかぁ。ハルちゃんもお待ちかねですぅ」

 ミイムもまた、庭仕事に用いるジャージを着ていた。こちらはポニーテールである。

「パパ達も一緒に行ければ良かったのになぁ」

 ハルはリュックサックを背負い、帽子を被り、玄関に向かった。

「仕方ないっすよ。マサ兄貴達は急ぎの仕事が入ったんすから、そればっかりはどうしようもないっす」

 ヤブキは靴箱からハルの靴を出してやり、並べた。ハルはスニーカーを履き、とんとんとつま先で床を叩いた。

「だからね、でっかいのを掘ってパパにプレゼントするの。おじちゃんとトニーちゃんにも」

「そりゃいいですぅ、きっと皆喜びますぅ。若干二名食べられませんけどぉ」

 ミイムもスニーカーを履き、ハルと一緒に外へ出た。

「だといいっすね。植えた時期はちょっと遅かったっすけど、その分手を掛けたんすから」

 ヤブキは長靴を履いて立ち上がると、玄関から出てガレージに向かった。

「じゃ、オイラはリヤカーを取ってくるっす」

「収穫」

 アウトゥムヌスは最後に玄関から出ると、扉を閉めた。

「んじゃ、芋掘り遠足に出発っす!」

 ガレージから戻ってきたヤブキは、リヤカーを引いていた。普段は農作業で土や作物を運ぶために使っている。
トラクターなどの農業機械が一台もなく輸送に適した車両もないので、安価で単純な道具に頼らざるを得なかった。
だが、前時代的な道具はヤブキが使うと妙に似合っている上、ヤブキはフルサイボーグなので効率的ではあった。

「それを使うんだったら、荷物はヤブキに持ってもらうですぅ」

 リヤカーを見たミイムはにんまりしたが、アウトゥムヌスは首を横に振った。

「それでは無意味」

「そうっすよそうっすよ、遠足ってのは自分の足で頑張って歩くからこそ楽しいんじゃないっすか」

 ヤブキはリヤカーを引き、歩き出した。ハルも、その後に続く。

「わーい、しゅっぱつー!」

「言ってみただけですよぉ、うみゅうん」

 ミイムは唇を曲げ、ハルの後を追った。アウトゥムヌスは、最後尾を歩いた。

「遠足」

 リヤカーのタイヤがごろごろと鳴り、二本の細い轍が出来る。その轍の間を、ハルはにこにこしながら歩いた。
山の木々は夏の鮮やかさを失い、葉は赤や黄色に染まった。道端の雑草も茶色に変わり、ススキが穂を広げる。
吹き付ける風も冷ややかになり、秋の気配が満ちている。空の色も、真夏に比べると若干鮮やかさを失っていた。
 トニルトスはキャロライナ・サンダーのおかげで労働意欲に目覚めたので、今更ながら空の修復が始まっていた。
昼でも夜でも空虚な灰色だったスクリーンパネルが何枚か差し替えられ、以前のような色を映し出すようになった。
四人は山の麓にあるサツマイモ畑に向かって、柔らかくなったが多少の暑さを残す日差しが降り注ぐ道を歩いた。
 楽しい休日の始まりだ。




 振り抜いた白刃は、敵戦艦のイオンエンジンを切り裂いた。
 突入した際に開けた外壁の穴から宇宙へと待避し、素早く距離を開ける。程なくして、敵戦艦が爆発を始めた。
メインエンジンを冷却する配管も破壊し、生成したエネルギーを船体に巡らせるためのケーブルを切ったためだ。
計算した通りに、行き場を失ったエネルギーは過剰とも思える武装へ流れ込み、主砲の内側から閃光が迸った。
搭乗員達は爆発から逃れようと戦闘艇や救助艇で飛び出したが、痛んだ船体が軋んだ直後に炎が溢れ出した。
酸素を使用しない炎に巻き込まれ、煽られた戦闘艇や救助艇へ急速接近したトニルトスは、背後から斬り付けた。
突然船腹を切り裂かれた小さな船体は制御を失い、付近の小惑星や先程の戦闘で破壊した戦闘艇に衝突した。
更に追撃し、残った三機にはパルスビームガンを撃ち込むと、青白い雷光に翼を貫かれた機体は吹き飛んだ。
 生体反応も敵影も消失した。トニルトスはセンサーで周辺宙域を舐め回していたが、気配に気付き、振り返った。
イグニスだった。機動歩兵部隊を相手に戦っていたイグニスは、真っ赤な外装にオイルの飛沫が付着していた。

「おう、終わったか」

「当然だ」

 長剣を収めたトニルトスに、イグニスは宇宙に散らばる破損した機体を見渡した。

「今のでてめぇの撃墜数が三十二か。俺は有人と無人の機動歩兵を二十五、だな」

「ならば、私の勝利だ!」

 拳を固めたトニルトスに、通信が入った。

『違うな。トニルトスの負けだ』

 マサヨシだった。トニルトスが顔を上げると、前方から銀色のスペースファイターが二人へと接近しつつあった。
マサヨシはスラスターを逆噴射させてブレーキを掛け、旋回すると、二人の戦士の前にぴたりと船体を停止させた。

「それはどういう意味だ!」

 トニルトスがHAL号に迫ると、マサヨシではなくサチコが答えた。

〈あんた達の下らない勝負には興味なんて0.1バイトもないんだけど、一応説明してあげるわ。最初にこの海賊船と接触した時に、イグニスはマサヨシの命令に従って待機したけど、トニルトスは命令を無視して勝手に飛び出した挙げ句にロックオンされて、あんたが回避したせいでこっちが被弾しそうになっちゃったのよ。まあ、マサヨシもイグニスも慣れているから回避出来たけどね。それ以外にもあるわ。ブリッジを狙撃するのはマサヨシの役割だったのに、トニルトスはまた勝手に船首に突っ込んじゃって、おかげで援護するのに一苦労だったんだから! そのせいで、無駄なエネルギーを使っちゃったじゃないの!〉

「電卓女の意見なんて賛成すると思うだけでも回路が飛んじまいそうだが、今度ばかりは同意するしかないぜ」

 イグニスはビームバルカンを上げ、まだ熱を持っている銃口をトニルトスの顎に押し付けた。

「活躍したい気持ちは解るが、自重しやがれ。てめぇ一人で戦ってんじゃねぇんだぞ」

『改善の余地は膨大だな』

 マサヨシが嘆息を漏らすと、イグニスは銃口でトニルトスの顎を上げさせた。

「調子こいてんじゃねぇぞ、屈辱男が」

「勝利こそが全てであり、全ての勝利はカエルレウミオンのためにあるのだ」

 イグニスの銃口を払ったトニルトスは、左腕から伸びるパルスビームガンをイグニスの額に据えた。

「貴様の方こそ、私の足手纏いにしかならぬ無用の長物だ」

「言ってくれるじゃねぇか。だが、俺に取っちゃてめぇの方が余程足手纏いで輸送船のバラスト以下なんだよ。正直言って、てめぇがいない頃の方がやりやすかったぜ。てめぇがいるせいでマサヨシとのコンビネーションが滅茶苦茶になっちまって、やりづらいったらありゃしねぇ」

「ならば貴様が抜ければいい。そして、この男もな」

 トニルトスに顎で指され、マサヨシは強く返した。

『無茶苦茶言うな、トニルトス。お前一人を宇宙に放り出すなんて、考えただけで胆が冷えちまう。俺がお前を仕事に連れ出すのも、抜き身の刃どころかイガグリみたいに敵意丸出しのお前から目を離さないためでもあるんだ。俺達は家族だが、戦場に出ている間はチームなんだ。それを忘れるな』

「私と貴様らを同列に扱うな。吐き気がする」

 トニルトスはイグニスの目の前から銃口を下げ、顔を背けた。

「ああ、俺もだ。てめぇみてぇな視野の狭い野郎と同視されるのは、死んでもごめんだぜ」

 イグニスは舌打ちし、トニルトスに背を向けた。

『それはそれとして、トニルトス』

 マサヨシに声を掛けられ、トニルトスは横顔だけ向けた。

「なんだ」

『キャロライナ・サンダーの握手会は、とっくに終わったみたいだな』

「きっさまぁ、なぜそれを!?」

 ぎょっとして仰け反ったトニルトスに、サチコは言い捨てた。

〈最近のあんたの行動理念ってそれしかないじゃない。そんなこと、エスパーじゃなくても解るわよ。木星のガニメデステーションで午後三時から行われている、ニューアルバムのプロモーションを兼ねたミニライブと握手会に行きたいがためにあんなに焦って戦ったんでしょ? 戦闘に私情を交えるなんて、それでも戦士って言えるのかしら?〉

「私は誉れ高きカエルレウミオンの戦士だぞ、そんなことがあるわけがないではないか、愚か者が! たっ、確かに、そうした目的も少しばかりあったかもしれんが!」

 思い切り動揺し、トニルトスは声を上擦らせている。イグニスは腕を組み、ため息を吐くような仕草をした。

「あんな小娘の何がいいってんだよ。顔はちょっといいかもしれねぇけど、正直言って歌は下手だぜ?」

「幼女に執着する貴様にだけは言われたくはない!」

 トニルトスはイグニスに迫るが、イグニスは迫り返した。

「ばっかやろう、ハルは身内だ! 身内に執着しねぇ身内がいるかよ!」

「所詮は下劣なルブルミオン、キャロライナ・サンダーの魅力に気付いておらんと見える!」

「んなもん気付きたくねぇよ! つうか今更開き直ったのかよドルオタ!」

「だぁれがアイドルオタクだ、私は純粋にキャロライナ・サンダーを敬愛しているだけであってだな!」

「うっわ気持ち悪ぅ! そういう奴に限って、目当てのアイドルがスキャンダル起こしたら手のひら返すんだよな!」

「カエルレウミオンに永遠なる忠実を捧ぐ私だぞ、そのようなことは未来永劫有り得ない!」

「夜中にキャロライナのライブ動画見てにたにたしてんじゃねぇよ! でもって一緒に踊るんじゃねぇよ!」

「貴様ぁっ、なぜそれをっ!?」

「てめぇみてぇな図体が踊ったら、床が揺れねぇわけねぇだろうが!」

 トニルトスの奇行が余程腹に据えかねていたのか、イグニスの怒声は少しノイズが走るほど荒々しかった。

〈ああ、それは私も知っていたわ。監視カメラでね。ダンスが上手いのがまた気色悪いのよねぇ…〉

 サチコの冷め切った呟きに、マサヨシは若干声を引きつらせた。

『まあ…トニルトスは器用だからな…』

「ガニメデステーション以外の宇宙ステーションで適当に補給したら、とっとと家に帰ろうぜ。ドルオタに付き合うだけ時間の無駄だ、人生の浪費だ」

 あーやだやだ、とイグニスは首を横に振りながらトニルトスから離れ、HAL号の左翼のハンドルに掴まった。

『それもそうだな』

 マサヨシも機首を反転させ、遙か彼方に浮かぶ木星へと向けた。

「私の趣味など、貴様らに比べれば余程マシではないか!」

 トニルトスは反論しながら緩やかに発進したHAL号に接近し、イグニスとは逆側の右翼のハンドルに掴まった。

「麗しい少女を愛でることは、汚らしいゴミを掻き集めては恍惚と眺め回した挙げ句に奇妙な名を付けて愛玩するという愚行よりも遙かに有益であり高潔だ!」

「じゃあかしいっ! 原価は大したこともねぇデータファイルと映像に馬鹿みてぇな金を注ぎ込むよりはマシだ!」

「彼女の天女の如き歌声と下劣な貴様が偏愛する廃棄物を同列に扱うな! 彼女に失礼ではないか!」

「あれのどこが天女だよ! ちんちくりんのガキじゃねぇか!」

「度重なる狼藉、最早許しておけん! 今ここで、貴様の首を刎ねてやる!」

 上等だ掛かってきやがれ無能野郎、やかましい貴様こそが真の無能だ、と、HAL号越しに二人は言い争った。
それを聞き流しながら、マサヨシは軽い頭痛を感じた。マサヨシからしてみれば、どっちもどっちだとしか思えない。
 イグニスの趣味も決して有益ではない。一時に比べると量は落ち着いたが、未だに膨大なジャンクを集めてくる。
売ってしまえば多少の金にはなるが、売ろうとしないので何にもならない。空間を浸食する物質が、増えるだけだ。
対するトニルトスの趣味も、今はまだ大人しいが、彼が勢い付いてきたらどんなことになるか解ったものではない。
 マサヨシはアイドルに対する興味は今も昔も一欠片もないので、ヤブキのそれとは違って微塵も理解出来ない。
トニルトスには今まで趣味らしい趣味がなく、免疫が一切なかったせいでどっぷり深みに填り込んでしまっている。
このペースで進歩していけば、仕事も生活も投げ打って銀河系コンサートツアーに行ってしまいかねない勢いだ。
 木星へ進路を合わせたマサヨシは、思考を逸らした。これ以上二人の会話を聞いていると、頭痛がひどくなる。
今頃、ハルはどうしているのだろうか。今日はヤブキの作った畑に出掛けて、サツマイモを掘るのだと言っていた。
出来れば一緒に行きたかったが、仕事が入ってしまった。だが、これも家族を守るためには仕方ないことなのだ。
父親なのになぁ、と思う反面、父親だからな、とも思った。マサヨシは複雑な思いを抱きながら、木星に向かった。
 一刻も早く、家に帰りたくなった。







08 9/1