アステロイド家族




芋掘りホリディ



 四人の遠足は、順調だった。
 事前にサチコに天候を調節してもらったおかげで、暖かな日差しで風もそれほど冷たくなく、行楽日和だった。
サツマイモ畑までの道程は長いが、平坦だった。以前は荒れていたが、イグニスが均してくれたおかげである。
紅葉した山に近付くに連れて、ヤブキの畑が見えてきた。広大な畑には畝が並び、収穫される時を待っている。
サツマイモの葉とツルは事前に取り払われているので、見た目は少々寂しかったが、収穫はしやすくなっている。
 先頭でリヤカーをごろごろと引き摺りながら、ヤブキは畑に近付いた。これもまた、植えた時期が少々遅かった。
畑を造成する時期と苗を取り寄せる時期がずれたため、時間が足りず、イモが充分成長しているか不安だった。
葉とツルを取り払う際に少し掘り返してみたが、案の定、ヤブキが思っていたよりも一回りほど小さなイモだった。
だが、それでもサツマイモはサツマイモだ。今年の反省点を生かせば、来年は立派なサツマイモが出来るだろう。

「着いたっすよー」

 ヤブキがサツマイモ畑の手前でリヤカーを止めると、後ろに続いていた三人も足を止めた。

「ちゃんと歩くと結構遠いですぅ」

 ミイムは呼吸を整え、首に掛けたタオルで額の汗を拭った。

「イモ」

 アウトゥムヌスはサツマイモ畑を見渡していたが、ヤブキに向いた。

「全部?」

「そうっすよ。面積は三アールもないんで、大したことはないんすけどね」

 ヤブキが言うと、ハルは目を輝かせて畑に駆け寄った。

「うわあ、広いひろーい! これ、全部おイモなの? 全部お兄ちゃんが作ったの?」

「そう、ぜーんぶサツマイモっす。ハルの好きなだけ掘り返して、好きなだけ収穫するっす!」

 ヤブキが畑を示すと、リュックサックを下ろしたハルは満面の笑みで頷いた。

「うん! 全部掘るぅー!」

「でも、これだけの範囲だとちょっと面倒ですぅ」

 ミイムが不満げに眉を下げたので、ヤブキは腕を組んだ。

「だからって、サイコキネシスを使うのはナシっすからね。今日一日ぐらい、超能力に頼らないでやるっす。そりゃ、便利な力だとは思うっすけど、なんでもかんでも超能力を使っていたらダメになっちゃうっすよ」

「具体的に言いやがれですぅ」

 むっとして唇を尖らせたミイムに、ヤブキはにんまりした。

「ここんとこ、腰回りが丸くなってきてるっすよ?」

「それはボクのせいじゃないですぅ! ボクの星の冬はとってもとおっても寒いから、冬場になると防寒のために脂肪がちょっと厚くなるんですぅ! 先祖代々の体質なんですぅ! 自分でもどうにもならないんですぅ!」

 ミイムはヤブキに噛み付く勢いで言い返したが、腰に回された手の感触に気付き、固まった。

「腰部直径、2.7センチ増」

 それは、アウトゥムヌスだった。ミイムの腰回りに回していた腕を外すと、自分の腰にも手を当てた。

「不変」

「むーちゃん、それは嫌みですかなんですかぁっ!」

 むきになったミイムに、ヤブキは笑った。

「むーちゃんはいくら食べても身長も体重も変わらないっすから、羨ましいだけなんじゃないっすか?」

「そう」

 アウトゥムヌスは、悪びれることもなく頷いた。ミイムは二人に言い返してやりたい気分だったが、ぐっと押さえた。
ヤブキの結婚祝いパーティで醜態を晒して以来、心に決めたのだ。むやみやたらに罵倒しないで、好意を示すと。
だが、今までが今までだったのでそう簡単に上手くいくわけもなく、すぐにまたヤブキを罵倒し、手も足も出てしまう。
仲良くしたいが、そう思えば思うほど力んでしまう。ミイムは固めた拳を緩めることが出来ず、仕方なく顔を背けた。

「ママも早く来てよー、一緒に掘ろうよー!」

 一足先に畑に入ったハルが大きく手を振っていたので、ミイムはハルに笑顔を向けた。

「はぁーいっ、今行きますぅー」

 考えてみれば、今日はハルのための休日だ。ヤブキへの複雑極まりない感情など忘れて、ハルに専念しよう。
ミイムは背負っていたリュックサックをリヤカーの中に置き、ズボンのポケットに入れていた軍手を両手に填めた。
ハルをヤブキの後に続いて畑の畝の間を歩いていたが、足を止めた。ハルも足を止めて、長い畝を見下ろした。

「この中におイモがあるの?」

「そうっすよ。まずはオイラがやってみせるんで、真似して掘ってみるっす」

 ヤブキは軍手を填めた手で、畝の土を掻き分けた。根が張って固くなった土を掘ると、サツマイモが顔を出した。

「ほら、出てきたっすよ」

「おー!」

 ハルは歓声を上げ、赤紫のサツマイモを見つめた。

「ね、おイモってこの畑のどこにでもあるの?」

 弾んだ声で尋ねてきたハルに、ヤブキは頷いた。

「そりゃサツマイモ畑っすからね。でも、オイラ達と並んで、同じ畝から掘るっすよ。じゃないと、掘った後で集めるのが大変っすからね」

「うん、解った!」

 ハルはぽんと畝を飛び越えると、別の畝の間を歩いてきたミイムの手を引っ張った。

「ママ、こっちだってさ」

「はいはい、今行きますぅ」

 ハルに手を引かれ、ミイムは畝を飛び越えた。ヤブキは、リヤカーの傍で突っ立っている新妻を手招きする。

「むーちゃんもこっちに来るっす」

「了解」

 アウトゥムヌスも、畝の間を歩いてやってきた。畝の前に屈んだ四人は、各々でサツマイモを掘り返し始めた。
乾いた土に手を入れると、軍手の縫い目を通り抜けた湿気が肌に触れ、畝を崩すと土の暖かな匂いが溢れた。
 これだけのものを育てるのにどれほどの時間と手間が掛かったのだろう、と、ミイムはそんな思いに駆られた。
少なくとも、自分にはそんなことは出来ない。レギーナだった頃に教えられたことと言えば、謀ることばかりだった。
ルルススから与えられた知識や経験にもなかったことだ。今更ながら、ヤブキの知識の奥深さに気付かされた。

「どうしたの、ママ?」

 ハルから声を掛けられて、ミイムは意識を戻した。

「なんでもないですぅ」

 微笑むことで思考をハルへと切り替えて、畝を掘り返した。土の下から出てきたサツマイモは、小振りだった。
種芋と言っても差し支えないほど小さく、食べてしまうのは悪い気がしたので、更に掘ってイモを探すことにした。
先程の小さなイモから伸びている根を掘り返すと、この株の本命である、手に余るほどの大きさのイモが現れた。

「おお、なかなかっすね」

 急に、ヤブキから声が掛かった。ミイムは一瞬ぎくりとしたが、ヤブキに向いた。

「ま、悪くないですぅ」

「一通り掘り返したら、焼き芋でもするっすかね。やっぱり焼き芋ってのは、オーブンじゃなくて火で作るもんっす」

 ヤブキは慣れた手つきで、次々にサツマイモを掘り返していく。彼の手元には、土の付いたサツマイモが並ぶ。

「焼き芋」

 アウトゥムヌスは躊躇いがちな手つきで土を掘っていたが、焼き芋と聞いた途端に顔を上げた。

「つっても、おやつにするっすから今すぐじゃないっすよ。お昼もまだなんすから」

 ヤブキが手を横に振ると、アウトゥムヌスは目線を下げた。

「残念」

「ねぇねぇママ、おイモでお菓子って作れる?」

 ハルはミイムに身を寄せ、興味津々で尋ねてきた。

「もっちろんですぅ」

 ミイムが笑むと、ハルははしゃいだ。

「だったら、私もお手伝いするぅ! ママのお菓子、早く食べたいもん!」

「私も」

 土に汚れた軍手を上げ、アウトゥムヌスが呟いた。

「けれど、私は調理を行う技能を持ち合わせていない」

「だったら、むーちゃんもハルと一緒に手伝えばいいっすよ」

 ヤブキは既に三つ目の株を掘り返し始めており、いびつながら大振りなサツマイモを手にしていた。

「でも」

 僅かに視線を彷徨わせたアウトゥムヌスに、ヤブキは言った。

「むーちゃんは何も出来ないんじゃなくて、知らないだけなんすよ。だから、ちゃんとやれば出来るっす」

「そう?」

 すると、ほんの少しだがアウトゥムヌスの声色が変わった。不安げながらも、かすかな期待が垣間見えていた。

「そうっすよ、オイラの嫁なんすから」

 にやけたヤブキに、アウトゥムヌスは顔を伏せた。帽子の鍔で陰って表情は窺えないが、頬は赤らんでいた。

「ジョニー君は、食べたい?」

 遠慮がちなアウトゥムヌスの問いに、ヤブキはぐっと親指を立てた。

「全力で!」

「…善処する」

 顔を上げたアウトゥムヌスは、薄い唇を引き締めていた。頬の赤みは既に引き、眼差しも相変わらず無機質だ。
だが、以前のような無表情というわけではない。僅かに残留した照れの上には、頑なな決心が滲み出していた。
これを見ると、最早何を言っても無駄なのだと再認識する。アウトゥムヌスのヤブキに対する愛情は、本物なのだ。
邪魔をする余地など最初からなかったのだな、と頬を緩めながら、ミイムは次なるサツマイモを掘り起こしていた。

「あ」

 ぱきり、と硬い音がし、アウトゥムヌスの手元で細めのサツマイモが折れて黄色い断面を覗かせていた。

「不覚」

 アウトゥムヌスは折れたサツマイモを握り締め、畝の中に埋まった残り半分を見つめた。

「それぐらいは仕方ないっすよ、むーちゃん。気にしないで、次のを掘るっす」

 ヤブキに励まされ、アウトゥムヌスは頷いた。

「頑張る」

「おにーちゃーん!」

 突然ハルが叫んだので、皆の注意が向いた。

「これ、でっかいのー! 出てこないのー!」

 ハルは大きく掘り返した穴に両手を突っ込んで、懸命に引っ張っていたが、その両腕は小刻みに震えていた。
子供の力では抜けないほど、大物のようだ。ミイムは手を貸そうとしたが、その前にヤブキが立ち上がっていた。
 ヤブキはハルの傍で身を屈め、畝の土を更に掘り返してハルの手助けはしたが、サツマイモを抜かなかった。
あくまでも、ハルの力だけで掘らせてやりたいらしい。ミイムは自分の作業を一旦止めて、ヤブキの姿を眺めた。
アウトゥムヌスもヤブキをじっと見つめていたので、ミイムが彼女に目を向けると、新妻は気まずげに目を伏せた。
結婚したのだから、今更照れることもないだろうに。そう思いつつ、ミイムはハルとヤブキの芋掘りに目を戻した。
ヤブキに手伝ってもらったおかげで、ハルは無事に一際大きなサツマイモを掘り出すことが出来て、喜んでいる。
 額に汗を滲ませて、髪も乱れて、手も足もすっかり泥まみれになっているが、ハルは全身で歓喜を表現している。
それを見守るヤブキもまた、とても嬉しそうだった。他愛もない光景だが、だからこそミイムの胸に突き刺さった。
 彼には、到底敵わない。





 


08 9/2