アステロイド家族




不死鳥、来攻



 強さこそが全て。


 その名には聞き覚えがあった。
 ガレージで収集したスクラップをいじり回していたイグニスは、情報端末を片手に入ってきたヤブキを見下ろした。
二週間ほど前に交わした約束をようやく思い出した、ギルディーン・ヴァーグナーが二人と戦いたがっている、と。
イグニスらの与り知らぬところで話が進んでいたのは癪に障ったが、手合わせの依頼だと解るとすぐに歓喜した。
ガレージの奥にいるトニルトスもヤブキの話を聞いていたらしく、長剣を手入れしながら僅かながら笑みを零した。
イグニスは廃棄された宇宙船の残骸から発掘したイオンエンジンを足の間に置き、手のひらに拳を打ち付けた。

「この俺とやろうってんのか、良い根性してんじゃねぇか」

「人間如きが、私に勝てるとでも思っているのか」

 言葉とは裏腹に、トニルトスも乗り気だった。

「んで、ギルディーン・ヴァーグナーはいつ頃来るんだ?」

 イグニスがヤブキを見下ろすと、ヤブキは情報端末を指した。

「近くの宙域にいるから、三十分ぐらいで来るそうっすよ」

「まあ、奴も傭兵だからな。別に不思議じゃねぇか」

 イグニスが言うと、トニルトスは立ち上がった。

「貴様が無様に敗北する姿を心待ちにしているぞ、愚かなルブルミオンよ」

「てめぇこそ、粋がった挙げ句にぶちのめされるんじゃねぇぞ」

「つまらぬことを抜かすな」

 トニルトスは愛用の長剣を手にしてガレージから出ると、気合いの入った声を上げながら、素振りを始めた。
イグニスよりも素早い動作で銀色の刃が振り抜かれるたびに空気が唸り、その剣捌きには美しささえ感じられた。
足回りにも無駄はなく、隙はない。長剣が翻り、白光を帯びる。二枚の翼を乗せた背は、しなやかに踊っている。
 ヤブキはしばしトニルトスに見入っていたが、イグニスを見上げた。イグニスは胡座を掻き、旧敵を眺めている。
彼はレーザーブレードを取ることもせずに、背を丸めて頬杖を付いて、にやけているかのように目を細めていた。

「イグ兄貴は何もしないんすか?」

「ん、まぁな」

「トニー兄貴は気合い入れすぎってぐらいに入ってるんすけどね」

 と、ヤブキが情報端末でトニルトスを示すと、イグニスは小さく笑った。

「ギルディーン・ヴァーグナーって野郎は、機動歩兵どころか戦艦もぶった切っちまうようなサイボーグなんだろ? つまり、まともにやって勝てるようなタマじゃねぇってこった。つまり、あの屈辱男みてぇな型に填った剣術なんて通用するわけがねぇ。だから、どれだけ訓練しても無駄なんだよ」

『無駄ってことはないぜ』

 ヤブキの手にしている情報端末から、男の声が返ってきた。あ、とヤブキは情報端末を掲げる。

「通話、切るの忘れてたっす。てぇことはギル兄貴、オイラ達のやり取りは全部筒抜けってことっすか?」

『まあ、そういうことになるな。ジョニー、今のがファイヤーボールの声か?』

「…ファイヤーボール?」

 イグニスが訝ると、情報端末から快活な笑い声が響いた。

『おう、お前さんの二つ名ってやつだ。両手両足に炎を纏い、敵と見れば一直線に切り込み、あらゆるものを破壊し、あらゆる廃棄物を慈しむ男の通称だ。俺達の間じゃ、割と名は知れてるぜ。んで、最近現れた青い方にも二つ名は付いてる』

「さしずめ、ライトニングなんとかっすか?」

『いや、そんなんじゃねぇな。確か、ヒステリックサンダーだったかな』

「なるほど、そりゃぴったりだ」

 イグニスが吹き出したので、釣られてヤブキも笑い出した。

「なんすかそれー、良すぎるっすー!」

「先程から一体何と会話しているのだ、貴様らは」

 二人の笑い声に気付いたトニルトスは、剣を止めて振り返った。イグニスは、ひらひらと手を振る。

「いや、こっちの話。んで、ギルディーン。俺達は宇宙に出ればいいのか、それともコロニーの中に来るか?」

『そうだな、中に入らせてもらおうか。宇宙で戦ってる間に、邪魔が入るのはごめんだからな』

「じゃ、コロニーに来るんすね。だったら、オイラもお出迎えの準備をするっすよ」

『悪いな、ジョニー。気ぃ遣わせちまって』

「いいっすよいいっすよ、どうせこの間の芋掘りで収穫したサツマイモがたんまり余っているんすから」

『じゃあな、ファイヤーボール。会えるのを楽しみにしてるぜ』

 その言葉を最後に、ギルディーンは通話を切った。ヤブキも通話モードを切ってから、イグニスを見上げた。

「じゃ、オイラはお客さんが来るってことをマサ兄貴達に伝えてくるっす」

 家に戻るヤブキを見送ったイグニスは、再び剣を振り回し始めたトニルトスを眺めた。動きだけは、整っている。
だが、足元を見ると踏ん張りが足りないように思える。土を踏み固めた瞬間に、つま先が僅かながら浮いている。
動作の優雅さにばかり気を取られているのか、腰の据え方が甘めだ。空中や宇宙ならともかく、地上では危うい。
これでは、ギルディーンに勝てるとは思えない。むしろ、なぜこんな輩に負けてきたのか、という疑問すら抱いた。
 惑星フラーテルで終わりなき戦争を繰り返していた時代、トニルトスもそれなりに名の売れていた戦士であった。
第五雷光小隊。それがトニルトスの率いる部隊であり、空中から襲撃して戦陣を掻き乱すことを得意としていた。
その名の通りに雷を操り、一瞬にして敵勢の回路を焼け焦がし、死に至らしめる様をイグニスも何度か目にした。
小隊の中心で白銀の刃を掲げていた青い機械生命体が、ここにいるトニルトスであり、憎むべき敵の一人だった。
 部隊の指揮を執り、作戦を遂行する隊長。最前線に立たされ、考えることもせずに武器を振り回すだけの先兵。
気が合わない理由など、考えるまでもない。トニルトスは未だに隊長時代を引き摺っているから、ああなのだろう。
両者は戦士だが、一兵士と隊長の間には隔たりがある。この溝は埋めるべきなのだと、家族の一人としては思う。
だが、戦士としてはそうは思えない。トニルトスには、いつまでもカエルレウミオンでいてもらわなければ困るのだ。
 敵でいてこそ、殺し甲斐があるというものだ。




 その名には、あまり良い気分がしなかった。
 マサヨシはリビングの床に座り、サチコのスパイマシンの一つをばらして整備しつつ、ヤブキの話を聞いていた。
ヤブキはギルディーン・ヴァーグナーという男と知り合ったらしいが、その男がどういう男なのかは知らないらしい。
知っていたら、家に招こうとは思わないだろう。ヤブキの軽率さに苛立ったが、仕方なかったのだと思うことにした。
ヤブキは素性と正体こそ普通ではないが、傭兵でもなんでもない。こちら側の世界の事情を知っている方が妙だ。

〈ギルディーン・ヴァーグナーって言えば、色々と黒い噂のある人なのよねぇ〉

 マサヨシの足元で分解されているスパイマシンと同型のスパイマシンを操ったサチコが、ヤブキに近付いてきた。

「そうなんすか?」

 マサヨシの前で胡座を掻いているヤブキに問われ、サチコは答えた。

〈ギルディーン・ヴァーグナーは土星圏出身の新人類で、元々は軍人だったんだけど戦闘で肉体を失ったことを機にサイボーグ化して、ついでに退役して傭兵に転身したのよ〉

「そこまで聞くとマサ兄貴みたいっすね」

〈そこまでは、ね〉

 サチコはヤブキから離れ、整備を続けるマサヨシの肩の傍に浮かんだ。

〈フルサイボーグである彼は、その体に改造に改造を重ね、今では機動歩兵や宇宙船も素手で相手が出来るほど強くなったのよ。銀河規模の犯罪組織を壊滅させたこともあるし、異星体に浸食されたコロニーをたった一人で破壊したこともあるし、とある惑星を滅亡の危機から救ったこともあるって話よ〉

「それなんてチートっすか」

〈何よそれ?〉

「いや、なんでもないっす。続けて下さいっす、サチコ姉さん」

〈だったら言わないでよ、話の腰が折れちゃったわ。これだけ聞くとギルディーン・ヴァーグナーは宇宙さえ救えそうなスーパーヒーローに思えるんだけど、そうとも思えないのよ。ギルディーン・ヴァーグナーが大きな戦いに勝利する直前には、動いている人物がいるのよ。犯罪組織の件も、異星体の件も、惑星滅亡の件も、彼が登場する前には必ずと言っていいほど現れる名前があるの。グレン・ルーって言う、惑星レムレス出身の星間犯罪者よ〉

「星間ってどこからどこまでっすか?」

〈公文書に記載されているだけでも数万はあるわ。宇宙連邦警察が逮捕したこともあるけど、その度に脱獄されて警察官を大量虐殺されているのよ。犯罪という犯罪を犯しているから、その罪状を述べるだけで二十時間は掛かっちゃうわね。要約すれば、歴史の名が残るほどの大犯罪者ってことよ。ギルディーン・ヴァーグナーは、グレン・ルーが姿を現して大事件を起こした現場に必ず現れるのよ。そして、必ず勝利して、何が起きてもギルディーン・ヴァーグナーだけは生き残るのよ。その確率は100%ね。二人の名が残されている事件や事故のデータを分析すると、そんな結果になるの。だから、どう考えても二人は手を組んでいるとしか思えないのよ。そして、ギルディーン・ヴァーグナーがこの家に来るとなれば、遠からずグレン・ルーも近付いてくるわ。私としてはその可能性を否定したいんだけど、否定出来るほどの材料がないのよ。だから、その、ヤブキ君?〉

「この家が滅んだらお前のせいだからな」

 マサヨシからドライバーを突き付けられ、ヤブキは仰け反った。

「なっ、なんすかそれぇー!?」

「大丈夫。問題はない」

 キッチンから現れたアウトゥムヌスは、蒸かしたサツマイモを山盛りに載せた皿を持っていた。

「再建すればいい」

「壊すのは一瞬だが、家を建て直すのは骨なんだぞ。あんなこと、二度とごめんだ」

 マサヨシはアウトゥムヌスがリビングテーブルに運んできた大皿から、蒸かしイモを一つ取った。

「そうっすよねー、金も掛かるっすからねー」

 ヤブキも蒸かしイモを取り、マスクを開いて囓った。アウトゥムヌスもヤブキの隣に座り、蒸かしイモを食べた。

「そう。残念」

 アウトゥムヌスの物騒な期待に顔をしかめたが、蒸かしイモに気を戻し、マサヨシは熱いサツマイモを頬張った。
先日の芋掘りでハルが掘り出したイモかもしれないと思うと、ぞんざいには出来ず、食べるたびに味わっていた。
程良く水気のあるサツマイモはねっとりとしていて、甘みも濃い。皮は剥かずに、そのまま食べた方が旨かった。
 だが、こうも毎日サツマイモが続くとさすがに飽きてくる。間食だけでなく、朝昼晩の食事にも混じっているからだ。
ミイムとヤブキが調理方法を変えて出してくるので、食べないわけにはいかず、文句も言えずに食べ続けていた。
本音を言えば、そろそろ変えて欲しいとは思うのだが、マサヨシは料理が不得手なので口を出せる立場にはない。
ここで折れては父親としてダメだ。好き嫌いはいけないとハルに教えているのだから、自分自身で実践しなくては。

「ところで、ヤブキ」

 蒸かしイモを食べ終えたマサヨシは手を拭きながら、ヤブキに尋ねた。

「ギルディーン・ヴァーグナーはいつ来るんだ?」

「んーと…さっき通話した時は三十分ぐらい後だーとか言ってたっすから…」

 ヤブキは壁掛けのホログラフィークロックを見やったので、マサヨシも時刻を確認し、逆算した。

「単純計算で十五分後だな」

「違う」

 三つ目の蒸かしイモを頬張っていたアウトゥムヌスが、舌先で唇を舐めた。

「十八秒後」

〈きゃあああああっ!〉

 唐突にサチコが甲高い悲鳴を上げたので、マサヨシとヤブキは心底驚いて、僅かに腰を浮かせてしまった。

〈アウトゥムヌスちゃんの言う通り、正体不明の飛行物体が急速接近しているわ!〉

「なんとか出来ないのか?」

 マサヨシがサチコに詰め寄ると、サチコは首を横に振るようにスパイマシンを横に振った。

〈無理よぉ! この進入角度だとシールドを展開しても防ぎきれるとは思えないし、何より時間が足りないわ! 飛行物体の移動速度はヤブキ君が落っこちてきた時に比べれば遅いけど、それでも常識的に考えれば充分速いわ! 着陸の速度じゃないわよ!〉

「来る」

 蒸かしイモにバターを載せていたアウトゥムヌスが、呟いた。その直後、コロニー全体に鈍い震動が広がった。
ハルの部屋からはミイムの裏返った悲鳴が上がり、窓という窓が揺れ、壁までもが軋み、天井から埃が落ちた。

「来た」

 バターを載せた蒸かしイモを食べながら、アウトゥムヌスが律儀に報告したが、ヤブキは苦笑した。

「言われなくても解ってるっすよ」

「損害賠償請求をしなきゃならんな」

 マサヨシは震動で散らばってしまったサチコのスパイマシンの部品を掻き集め、嘆息した。

〈ごめんなさい、私がもっと早く気付いていれば対処出来たはずなのに…〉

 今にも泣き出しそうなサチコに、マサヨシは頬を引きつらせた。

「過ぎたことは仕方ない。今、やるべきことは、招かれざる男を出迎えてやることだけだ」

「とりあえず、またサツマイモでも蒸かすっす」

 これもまたオイラのせいっすかねぇ、と自嘲しながらキッチンに向かうヤブキを、アウトゥムヌスは追いかけた。

「助力する」

 マサヨシはキッチンで蒸かしイモを作り始めた二人を横目にリビングから出ると、動転したミイムが駆けてきた。
また例によってハルと一緒に昼寝をしていたらしく、長い髪は乱れていて、整った顔立ちもどことなく緩んでいた。
 マサヨシはミイムに手短に事の次第を説明してやると、ミイムは途端に目を吊り上げてキッチンへと飛び込んだ。
すぐさま、ミイムの声は可愛いが言葉の汚い罵倒が吐き出され、ヤブキの情けない弁解が合間に聞こえてきた。
アウトゥムヌスの声は聞こえてこないので、二人のじゃれ合いのようなケンカを静観しているのだろうと想像した。
先程の震動とケンカの声で目が覚めたのか、ハルが起きてきた。ハルはキッチンを覗いたが、マサヨシに縋った。
 マサヨシはハルを連れて行くかどうか少しばかり悩んだが、この状況ではぐずってしまうな、と思って抱き上げた。
寝起きのためにあまり機嫌の良くないハルは、マサヨシの腕に身を預け、覚醒しきっていない目を何度も擦った。
ハルを腕に抱いてサチコを伴ったマサヨシは、不死鳥の名を持つ戦士を出迎えるために宇宙へ出ることにした。
 出来ることなら、追い返してしまいたかったが。







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