それは、一輪の花の如く。 撃墜した海賊船の内部は、悲惨だった。 最前線で戦っていたイグニスにはやりすぎるなと言っておいたはずだが、その忠告は役に立たなかったようだ。 もっとも、後衛であるマサヨシも敵のスペースファイターを一機残らず撃墜したので、人のことは言えないのだが。 海賊船の装甲には無数の弾痕が付き、翼と機関部にはレーザーブレードによる致命的な損傷が加えられていた。 搭乗員はさっさと待避していたために救命ポッドは空っぽで、司令室と操舵室にも生体反応は残っていなかった。 レーダーの片隅には逃げ延びた宇宙海賊達と思しき反応が写っているが、今は深追いしている場合ではない。 今回、マサヨシとイグニスが依頼された仕事は宇宙海賊の盗伐が名目だが、本当の狙いは盗品の奪還だった。 そういった仕事を依頼されるのは、これが初めてではないが、普段はあまり請け負わないタイプの仕事だった。 イグニスとマサヨシはどちらも戦闘屋であり、奪還や救出といった細かい仕事にはそれほど向いていないのだ。 どちらも戦闘にこそ長けているが、特殊技能は大したことはない。軍で受けた訓練も、戦闘技術ばかりだった。 だから、サチコが選んでくる仕事も専ら戦闘ばかりだったので、今回のような仕事を選ぶのは珍しいことだった。 きっと、条件が良いからだろう。成功報酬は相場よりも四割増しだったが、それだけ危険だということでもある。 今し方まで戦っていた宇宙海賊はとある犯罪組織の末端だが実働部隊も兼ねており、装備も相応に派手だった。 だが、それは一般的な装備のスペースファイターや機動歩兵の場合で、マサヨシとイグニスなら充分相手になる。 サチコはそれも計算した上で、この仕事を請け負ったのだ。案の定、マサヨシとイグニスは手堅く勝利を収めた。 傭兵の仕事は基本的には依頼されるものだが、マサヨシとイグニスの場合はサチコがどこからか探してくる。 こういったあまり真っ当ではない仕事を請け負い、統括する組織もあるが、性に合わないので所属していない。 なので、組織の下で働く傭兵に比べれば条件が悪いが、サチコのマネージメント能力のおかげで長らえている。 そういった意味でも、サチコは優秀な助手であり仲間だ。彼女がいなければ戦闘はおろか生活も成り立たない。 マサヨシはサチコの操るスパイマシンの映像を、モニターで見ていた。抉れた船体の奥には、闇が広がっている。 モニターの右側にはビームバルカンを手にしたイグニスの半身が映り、破片が漂う通路を慎重に移動していた。 イグニスが船体の機関部にダメージを与えた際に電気系統は吹っ飛んでしまったらしく、照明は全て消えている。 だから、その底なしの暗闇を少しでも薄めてやるべく、マサヨシは船外からライトを浴びせて船内を照らしていた。 マサヨシのライトと遙か遠くから注がれる太陽光で煌めく金属塊やパイプや部品は、どことなく内臓じみていた。 『んで、倉庫ってのはどこにあるんだ?』 無線越しに話しかけてきたイグニスに、マサヨシは返した。 「サチコが引き抜いた情報に寄れば、センターブロックの第七倉庫にあるそうだ」 『そこに先方のご注文の品もあるってわけか。壊すだけなら楽なんだが、探すのは面倒でたまんねぇや』 自身が壊した内壁に手を掛けて進みながら、イグニスはぼやいた。 『どうせなら、海賊連中の稼ぎを掻っ払っちまおうや。その方が割に合う』 〈略奪者から略奪するのもれっきとした犯罪なのよ? 馬鹿なことを言わないでよ〉 サチコの小言に、イグニスは肩を竦めた。 『戦場だったら、敵兵を仕留めたらその持ち物を奪ってもいいんだがな』 〈ここは戦場なんかじゃないし、太陽系統一政府はどこの星系とも星間戦争を始めたことなんてないし、新人類が宇宙に進出して国家も言語も文化も統一されてからは戦争なんて起きた試しはないんだから、あんたのルールは一切適応されないんですからね!〉 『だったら、どうして宇宙軍なんてあるんだよ? どことも戦わないなら、軍隊なんて必要ねぇじゃねぇか』 なあ、とイグニスに話を振られ、マサヨシは苦笑いする。 「宇宙軍の役割は他星系との戦闘じゃなくて、最低限の自衛と自星系の治安維持のためだ。少なくとも、建前はな」 『ほらな、マサヨシもそう思うだろ? ここの平和は俺も嫌いじゃないが、どうもきな臭いところがあるんだよ』 〈じゃあ、具体的な懸念を言ってみなさいよ、イグニス〉 イグニスに言い返されたことが面白くないのか、サチコの声色は拗ね気味だった。 『こんな仕事をしていると、嫌でも宇宙軍の黒い噂を聞くからな。まあ、話せば長くなるんだが…』 会話を続けながらイグニスは通路を進んでいたが、急に言葉を切った。通路の床の一部が、砲撃で抉れていた。 『っと、それはまた今度かな。電卓女、この中が目的の倉庫じゃねぇのか? 見取り図と照らし合わせてみてくれ』 〈はいはい、やればいいんでしょ、やれば〉 不本意そうだったが、サチコはイグニスの送ってきた画像とハッキングして入手した船の見取り図を照会させた。 イグニスが辿った通路のルートと船体の構造を重ねて確認すると、確かにこの穴の真下が目当ての倉庫だった。 『それじゃ、ガサ入れと行こうじゃねぇか』 イグニスは倉庫内に飛び降り、着地の瞬間にビームバルカンを構えた。自身の目から出すライトで、中を照らす。 舐めるように倉庫の内部を照らすが、見えるのは戦闘の衝撃で破損したコンテナやその内容物の箱ぐらいだ。 生体反応も熱反応もなかった。突入した際にメインコンピューターも破壊したので、防衛システムも沈黙している。 だが、まだ油断は出来ない。イグニスは分厚く大きな銃口を上げたまま、足元に転がっていた箱を蹴り飛ばした。 ゆったりと浮かび上がった箱は倉庫の中を漂い、壁にぶつかって蓋が開き、保存食のパックが大量に零れ出た。 『んだよ、しけてんな。海賊共は、金目の物だけは逃げる時に持ち出しやがったみたいだ』 イグニスのぼやきに、すかさずサチコが口を挟んだ。 〈下らないことを考えている暇があったら、さっさと仕事をしなさいよ!〉 『言ってみただけじゃねぇか』 〈言うだけでも充分良くないわよ!〉 『あーうるせぇうるせぇ』 イグニスはサチコの操る球体のスパイマシンを手で払ってから、太い銃身でコンテナをひっくり返した。 『こいつの番号はNO.44021だから、違うな。壁際にあるのはNO.80003で、天井に浮かんでるのはNO.58011で、マサヨシの流れ弾でぶち抜かれちまってるのはNO.21770で…やっぱり違うな。おい、NO.31603のコンテナなんてどこにも見当たらねぇぞ』 「変だな。俺達が奪還しろと言われているコンテナは、ここにあるはずなんだが」 〈もしかしたら、海賊が持ち去ったのかもしれないわね。依頼者が傭兵を雇ってまで奪還を望むぐらいなんだから、相当な価値があるものに違いないわ。だとしたら、もう手遅れかもしれないわね〉 『どういうことだよ、電卓女』 〈海賊以下に成り下がった人にはなーんにも教えてあげないんだから〉 『まだ何もギッてねぇだろうが!』 「それで、何の情報を掴んでいるんだ、サチコ」 マサヨシはサチコを宥めるため、口調を柔らかくした。すると、サチコは態度を一変させた。 〈マサヨシにだったら、なんだって教えてあげるわよ。今し方、宇宙軍のアステロイド遊撃警備隊から本部への報告があったんだけど、その通常無線をキャッチしたのよ。もちろん合法よ。アステロイド遊撃警備隊の報告に寄れば、私達がいいところまで追いつめたけど取り逃がした宇宙海賊の全員を確保したんですって。まあ、それがあの人達の仕事だから、当然と言えば当然よね。宇宙海賊達の略奪品も宇宙軍に押収されたはずだから、いずれコンテナは持ち主の手に戻ると思うわ。だから、私達の仕事はこれまでのようね。依頼の半分は完遂したんだから、報酬もそれ相応にもらえるはずよ〉 『おい、電卓女!』 〈そうと解れば、後は補給して帰還するだけね。今日は木星のエウロパステーションが近いわよ〉 『人の話を聞きやがれ!』 〈イグニスの声なんて、磁気嵐のノイズにも劣るわ。だから聞き取る価値もないのよ〉 「その辺にしてやれ、サチコ。イグニスもだ。撤収するぞ」 マサヨシが仲裁に入ると、サチコは渋々引き下がった。イグニスはまだ文句を言っていたが、船外に出てきた。 マサヨシがスペースファイターの左翼からイグニス専用のハンドルを出してやると、イグニスはそれに掴まった。 少々荒っぽいが、大型の宇宙船を持っていないマサヨシがイグニスを輸送するためには、この方法しかないのだ。 イグニスにも飛行能力はあるのだが、元々空戦に秀でた機械生命体ではないので、飛行速度はあまり速くない。 宇宙空間での移動速度もそんな具合で、マサヨシの操る高速型スペースファイターに追い付くことは不可能だ。 かといって、加速用ブースターを付けると戦闘では邪魔になる上に燃費も悪いので、彼自身を運ぶのが最適だ。 マサヨシはイグニスとサチコの仲の悪さに辟易しつつも、どうして仲良くなれないのか、未だに不可解だった。 二人は生まれと役割こそ違うが、種族は近いはずだ。かたや機械生命体で、かたやコンピューターなのだから。 だが、あまりにも仲が悪い。人間と動物の間には決して理解出来ない隔たりがあるように、二人にもあるのだろう。 どちらが動物かと言われると、それはイグニスの方だろう。戦闘の才能もあって頭も悪くないが、気が強すぎる。 戦闘時は理性的な行動を取るが、それ以外では落ち着きがない。性能的には、サチコよりも上のはずなのだが。 機械生命体は機械でありながら生命体と称されるほど構造が複雑で、確固たる人格が在ることが最大の特長だ。 だが、彼は人間臭すぎる。他人への友情も愛情も持っており、感情の起伏も大きいが、それ故に仲違いもする。 度が過ぎている、と思わないでもないが。 そして、三人は廃棄コロニーへの帰路を辿った。 サチコの案内で木星衛星軌道上のエウロパステーションに赴き、三時間の休息とエネルギーの補給を行った。 今回の仕事を依頼した依頼者には事の次第を説明したところ、若干渋ってはいたようだったが納得してもらった。 だが、依頼された仕事を完遂出来たわけではないので報酬は三割減になり、結局いつもと稼ぎは変わらなかった。 しかし、収入がないよりはいい。いつものようにエネルギー代や整備費で削られたが、ある程度は手元に残った。 廃棄コロニーへの帰還ルートは、常に変えていた。いつも同じルートでは、何が起きるか解ったものではない。 宇宙海賊の盗伐などという物騒な仕事ばかり請け負っていると、おのずとその手の連中に目を付けられてしまう。 実際、数年前には銀河規模の犯罪組織に目を付けられてしまい、マサヨシとイグニスは襲撃されたことがあった。 以前から帰還ルートは変えていたのだが、それ以降は更にパターンを増やし、今では数十種類にもなっている。 いずれもサチコが考案したもので、その日の宇宙軍の警備状況や宇宙海賊の出没状況でルートを選択していた。 今日もまた、サチコが選択したルートを辿っていた。アステロイドベルトに入り、小惑星の間を通り抜けていた。 マサヨシのスペースファイターが小型で軽量だからこそ通れるルートであり、大型船では航行不可能なルートだ。 無数の小惑星や巨大な岩石がモニター一杯に広がっているが、あまりスピードを出さなければ難なく回避出来る。 操舵の半分はサチコに預けているが、マサヨシも操縦桿を握っていた。宇宙では、何が起きるか解らないからだ。 廃棄コロニーまでもうしばらく、という頃、小惑星の太い帯の中に見慣れない物体が浮いているのを発見した。 マサヨシがスピードを落とすと、イグニスが飛び立った。数分してから、イグニスはその物体を抱えて戻ってきた。 それは、小型のコンテナだった。一般的に使われるものよりも機密性が高いタイプで、箱自体も分厚く、頑丈だ。 『これ、デブリだよな? な? 間違いないよな?』 未開封だけど、とイグニスは三立方メートル程の大きさのコンテナをひっくり返し、眺め回している。 〈…あら?〉 ふと、サチコが訝った。 「どうした、サチコ」 マサヨシが尋ねると、サチコは答えた。 〈そのコンテナ、ナンバリングされていない?〉 『あ、本当だ』 コンテナの正面を見たイグニスは、その番号を読み取った。 『NO.31603…って、これって、まさか、アレじゃないよな?』 〈でも、あの海賊船の倉庫にあったコンテナと同系列の製造ラインで造られたコンテナだし、ナンバリングの字体も同じだし、だけど、そんな偶然が起こるのは天文学的な数値の確率で…〉 「とりあえず、持って帰ってみるか?」 マサヨシの言葉に、サチコはぎょっとした。 〈マサヨシまでイグニスみたいなことを言わないでよ! 万が一、危険物だったらどうするのよ!〉 『おお、いいねぇ! せっかくだから何が入っているか確かめようぜ、な!』 〈マサヨシがいいって言ったって、私は反対ですからね! 宇宙海賊の略奪品を自分の物にするなんて最低よ!〉 「なんだったら、サチコが徹底的に調べてから運ぼう。それなら文句はないだろう?」 マサヨシが優しく語り掛けると、サチコは怯んだ。 〈そりゃ…ハルちゃんに危険が及ばないようにするためには、当たり前のことだけど、でも…〉 『何が出るかな、何が出るかなーっと』 うきうきしながらコンテナを抱えて戻ってきたイグニスは、左翼のハンドルを掴んで姿勢を整えた。 「早く帰ろう、サチコ。ハルが待っているんだから」 マサヨシはモニターの端を指先で叩くと、サチコは不機嫌そうだったが返事をした。 〈はぁーい…。マサヨシにそう言われちゃ、逆らえないのよねぇ…〉 『コンテナってのは夢があるんだよな! 何が入っているか解らねぇし、コンテナ自体が良くても中身がしょぼいってことも多い! つーか八割がそうだった! だが、開けるまでは何が入っているか解らないのが素晴らしいんだよ! 廃棄宇宙船に潜る時みたいなドキドキワクワクがあってだなー』 熱の籠ったデブリ語りを始めたイグニスは、コンテナを軽く叩いた。 「こら、乱暴に扱うな。開ける前に破損したら、全部台無しになっちまうだろうが」 マサヨシが注意すると、イグニスは平謝りした。 『ん、すまん。だがな、これでデブリの素晴らしさってのをお前らが解ってくれたらいいと思うんだ!』 〈そんなもの、絶対に解らないんだから。ねーマサヨシ?〉 マサヨシがイグニスに味方したことが面白くないのか、サチコの声色はいじけていた。 「それはそうだがな。そう拗ねるな、サチコ。たまにはこういうことだってある」 〈どうせ私は、ただのナビゲートコンピューターですよーだ〉 『うははははははは、ざまぁみやがれ電卓女ー!』 〈黙らっしゃい!〉 調子に乗っているイグニスを叱り飛ばした後は、サチコは完全に機嫌を損ねてしまい、黙り込んでしまった。 マサヨシが宥めてもなかなか機嫌が戻ってくれず、それとは逆にイグニスは浮かれっぱなしで高笑いしていた。 サチコはマサヨシが略奪品を持ち帰ると言ったことが嫌なのではなく、イグニスに賛同したのが面白くないのだ。 付き合いが長いと、それぐらいのことは解る。サチコは確かにコンピューターだが、それ以前に一人の女性だ。 女性心理は扱いづらいものだが、それが可愛げでもある。マサヨシは対照的な二人の姿に、つい笑ってしまった。 相変わらず、どっちもどっちだ。 08 2/28 |