アステロイド家族




フリージング・ビューティー



 サチコは反対し続けたが、結局、コンテナはコロニーに運び込まれた。
 ハルの待つ廃棄コロニーに戻った三人は、居住スペースである最下層内に入れる前に徹底的に検査を行った。
だが、これといった問題は見当たらず、爆発物の危険性もなければエネルギー反応もほとんど感じられなかった。
それすらも面白くないのかサチコの機嫌は更に悪くなる一方だったのだが、仕事自体はきちんとこなしてくれた。
危険物ではないと判断した末、マサヨシらはコンテナと共にエレベーターに乗り、最下層の居住スペースに降りた。
もちろん、コンテナはイグニスが運んだ。浮かれているので弄びそうになるので、マサヨシは注意を繰り返した。
 そして、コンテナは自宅前に置かれた。三人の帰りを待っていたハルは、見慣れない箱を興味深げに眺めた。
何度もコンテナの周りを歩いて眺め回し、正面に書かれている数字や文字を舌っ足らずな声で読み上げていた。

「とりあえず開けようぜ、これ!」

 イグニスはコンテナの前に腰を下ろし、にやけた声を出した。

〈ちょっと待ちなさい。電子ロックが掛かっているから、まずはそれを解除するのが先よ〉

 サチコは不愉快さを露わにしつつも、イグニスとコンテナの間に球体のスパイマシンを滑り込ませた。

〈こんなの、十秒で開けてみせるんだから〉

 サチコはスパイマシンの下部からケーブルを伸ばし、コンテナの扉のカードリーダーのジャックに差し込んだ。
それからきっちり十秒後、高い電子音が鳴り、コンテナの扉をロックしていたシリンダーが次々に抜けていった。

「ありがとう、サチコ」

 マサヨシに感謝され、サチコは少し機嫌を戻した。

〈マサヨシにそう言ってもらえると、どんなに小さな仕事だってやりがいがあるのよね〉

「ねえパパ、この中には何があるのかな?」

 ハルは興味津々で、コンテナに近付いた。マサヨシはベルトに差していた熱線銃を抜き、ハルを制した。

「まずは俺が確かめる。ハルはそれから入ってくれ」

「うん、解った。じゃあ私は、パパの次に入るね」

 ハルは素直に従い、イグニスの元に駆け寄った。イグニスはハルの背後に膝を付き、身を屈める。

「本当は俺も中に入りたいんだが、この図体だ、見るだけにしておくとするさ」

〈他のデブリも見るだけだったら無害なのにね〉

 サチコは尖った言い方をしたが、イグニスはへらへらしているだけだった。

「負け惜しみにしちゃあ切れが悪いぜ」

〈何よ何よ、ちょっとマサヨシに味方されたぐらいで調子に乗らないでよね!〉

 サチコがイグニスに突っかかると、ハルは精一杯背伸びをして声を上げた。

「お姉ちゃんとおじちゃん、またケンカしてる! 仲良くしなきゃダメだよ!」

「お、おう、そうだな。ごめんな、ハル」

 イグニスが情けないほど呆気なく引き下がったので、サチコも引き下がるしかなかった。

〈はぁーい…〉

「お喋りはそれぐらいにして、本題と行こうじゃないか」

 マサヨシは三人に言ってから、コンテナの扉に手を掛けた。頑丈だが、素材は軽量なので手応えも軽かった。
そのため、マサヨシの力でも楽に開いた。熱線銃の銃口を挙げて中に向けていたが、程なくしてそれを下げた。
コンテナの中には、奇妙なものが詰め込まれていた。派手なデザインのワードローブと鏡台、造花の飾りなどだ。
ワードローブには旧時代の貴族が好むような装飾が施され、鏡台のフレームにはバラの模様が刻まれていた。
コンテナの内部にはバラをメインにした飾りが付けられ、薄布も下がっていて、煌びやかというよりも不気味だ。
いわゆる少女趣味と貴族趣味がない交ぜになっているが、どっちつかずで、高貴さよりも安っぽさが先に立つ。
まるで、この中にお姫様でも閉じ込めたかのようだった。マサヨシが顔をしかめていると、ハルが歓声を上げた。

「わあ、素敵! 綺麗だね、パパ!」

「俺はそうは思わん。見た目は派手だが、作りは安っぽいからな」

「えー。私は素敵だって思うのにー」

 むくれながらコンテナに入ってきたハルは、ワードローブに近付いて背伸びをしたが、取っ手に手が届かない。

「パパぁー、開ーけーてぇー」

「解った解った」 

 マサヨシはハルを後ろに下がらせてから、ワードローブを開いた。すると、中にはドレスが大量に詰まっていた。
ハルは頬を染めて、うっとりとした眼差しでドレスを見つめている。だが、これもまた、ただ派手なだけでしかない。
見た目は綺麗だが触ってみると素材は悪く、色もきつい。どう見ても、本物の上流階級が着るドレスではなかった。
胸元がやけに広かったり、模造宝石がごてごてと付いていたり、やけにスリットが深かったり、透けていたり、と。
言ってしまえば、娼婦が着るドレスだった。引き出しの中に入っている下着類も、機能を成さないものばかりだ。
だが、それだけではこのコンテナを奪還したがる理由が解らない。ここにあるドレスは、どれも安物なのだから。
となれば、何かしらの訳があるに違いない。マサヨシはきゃっきゃとはしゃぐハルを横目に見つつ、中を見渡した。
 このコンテナの天井から垂れ下がっている薄布は、コンテナの奥を覆い隠すように何重にも重なり合っていた。
マサヨシはその薄布を引き千切って、放り投げた。するとその奥には、二メートル程の大きさのポッドがあった。
全面が強化ガラス製の円筒で、ポッドの後部にはコールドスリープに必要な冷却装置と生命維持装置があった。

「悪趣味だな」

 コンテナの中を覗き込んでいたイグニスが、吐き捨てた。マサヨシは、冷え切ったポッドの表面を撫でる。

「道理で先方が欲しがるわけだ。貴重な商品だからな」

 ポッドの中では、小柄な人物が眠っていた。体の線が透けて見えるほど薄い、下着を一枚着せられていた。
だが、それ以外は何も着せられていなかった。大方、この人物は、人身売買で売られる途中だったのだろう。
今日倒した宇宙海賊が攫ってきたのか、或いは運び屋として動いていただけなのかは、定かではなかったが。
マサヨシとイグニスは、重大犯罪の片棒を担がされる途中だったらしい。珍しいことではないが、気分は悪い。
 ポッドの中で眠る人物は、人形のように美しかった。生命維持装置がなければ、本当に人形だと思っただろう。
腰まで伸びた長い髪はピンクで、毛先が緩やかに波打っている。両側頭部からは、獣の耳が垂れ下がっていた。
その耳は地球で言うところのウサギの耳に酷似していて、全体が繊細な純白の体毛にふんわりと包まれていた。
腰の後ろ、つまり臀部の上からは耳と同じ白い毛色の長い尾が垂れ下がっていて、見るからに柔らかそうだった。
 目を閉じていても、その美貌は陰らなかった。細い顎は白い首筋に繋がり、二の腕は頼りないほど華奢だった。
控えめを通り越して平坦な胸の下には薄く肉の付いた腹部と腰が続き、太股には張りがあり、足はすらりと長い。
睫毛も驚くほど長く、白い肌はきめ細かく滑らかだ。一枚の絵画のように見えるほどの、出来過ぎた光景だった。

「どうする、起こすか?」

 イグニスはコンテナに顔を突っ込み、マサヨシに尋ねた。マサヨシは少し考えてから、答えた。

「いや、このまま眠らせておいて軍に引き渡そう。面倒が起きたら困るからな」

〈そうね。それが賢明だわ〉

 サチコはマサヨシの傍に浮かび、頷くように上下した。

「…ママ?」

 ハルはポッドの中の人物に見取れ、浮ついた足取りで近寄った。

「だって、これ、私と同じだもん。私も、こんなふうに筒の中で眠っていたんだよね。ママだ、ママなんだ!」

「ハル、この子は」

 マサヨシがハルを止めようとするも、ハルは駆け寄ってポッドに縋り付いた。

「絶対ママだよ! ずっといい子でお留守番をしてたから、ママが来てくれたんだよ!」

「ハル、そいつはお前のママでもなんでもねぇ。ただ、俺達が拾っちまったってだけなんだよ」

 イグニスが首を横に振るも、ハルは譲らない。

「パパがいるんだもん、だからママだっているはずだよ!」

〈ハルちゃん…〉

 サチコは痛ましげに、声色を弱めた。

「ハル」

 マサヨシはハルに近寄るも、ハルは一歩も引かなかった。

「やっとママに会えたんだ、だから、これからパパ達みたいに一緒に暮らすんだもん!」

「聞き分けてくれ、ハル。その子はお前のママなんかじゃない。悪い人に誘拐されて、売られそうになっていたんだ。だから、軍に引き渡して、元いた場所に帰してやらなければならないんだ」

「やだ!」

 ハルは目元に涙を浮かべ、必死にポッドにしがみついた。 

「パパ達がお仕事でいない時、ずっと神様にお願いしてたんだ。ママに会えますようにって、一緒に暮らせますようにって、一杯お願いしたの。だから、神様がお願いを聞いてくれたんだよ」

 時折声を詰まらせながら、ハルは強く言った。

「ハル!」

 マサヨシが声を張ると、ハルはびくっと身を震わせたが、離れようとしなかった。

「だって…だってぇ…」

〈ハルちゃん。マサヨシの言うことを聞きなさい。その人は、本当にあなたのママじゃないんだから〉

 ね、とサチコが優しく諭したが、ハルは涙を零しながら首を横に振る。

「違うよ…ママだよ…。本当に本当に、ママなんだもん…」

「ああ、心が痛いぜ…。回路にぎしぎし来らぁ…」

 イグニスはハルの必死さに居たたまれなくなったのか、コンテナの中から頭を引き抜いて顔を背けてしまった。

「ね、ママなんだよね? お姉ちゃんは、ハルのママなんだよね?」

 ハルは涙で濡れた頬を引きつらせて笑顔を作りながら、うっすらと結露を帯びたガラスの円筒を見上げた。

「ハル」

 マサヨシはハルの背後にしゃがむと、抱き締めた。ハルは顔を覆い、泣き出した。

「パパの意地悪!」

「解ってくれ、ハル。俺達は、決して意地悪を言っているわけじゃない。ハルにも母親は必要だと思う。だが、この子は悪い人に攫われてしまったんだ。だから、この子を家族や友達の元に帰してやらなければならないんだ」

「でも、でも…」

 しゃくり上げるハルを、マサヨシは優しい手付きで撫でた。

「ハルだって、俺達の傍から引き離されたら嫌だろう?」

「うん…」

「だから、帰してやるんだ。それがこの子のためなんだ」

「このお姉ちゃんは、私のママじゃないの…?」

「残念ながら。だが、いつか、ハルはママに会えるさ」

「本当? 嘘じゃない?」

「宇宙は広い。だから、どこかにハルのママはいる」

「本当に本当?」

「本当に本当だ」

 マサヨシはハルの涙や鼻水を拭ってやり、抱き上げた。

「いつか必ずママに会える。それまでは、色気が足りなくて悪いが、俺達だけで我慢してくれ」

「俺はハルのママにはなれねぇかもしれないが、ハルのためだったらどんなに強い敵だって倒してみせるぜ」

 マサヨシに抱かれてコンテナから出てきたハルに、イグニスは顔を近寄せた。

〈さあ、お部屋でお昼寝しましょう。私もママにはなれないけど、ママみたいなことなら出来るから〉

 サチコはマサヨシの腕の中にいるハルに近付き、寄り添った。

「いい子だ、ハル」

 マサヨシはハルを抱き締め、頬を寄せた。ハルはくすぐったげに身を捩ったが、抗わなかった。

「約束だよ、パパ。いつか、ママに会わせてね」

「約束するよ」

 マサヨシは笑顔を浮かべながらも、内心は複雑だった。ハルには、産みの母親がいるとは到底思えなかった。
コールドスリープで眠らされたハルは、アステロイドベルトに廃棄されたコロニーと同じように捨てられていたのだ。
だが、コロニーの周辺はもといハルの眠っていたポッドの傍にも、誰かが近付いた痕跡は何も残っていなかった。
 恐らくハルは、人工的に産み出された子供だったが、何かしらの理由でコロニーと共に遺棄されてしまったのだ。
それを誰も探そうとしないところを見ると、ハルの存在は既に抹消されてしまった後であり、家族など存在しない。
だが、それをハルに告げることは出来ない。ハルに過酷な事実を言えば、どれほど傷付いてしまうことだろうか。
だから、隠しておくしかない。マサヨシは心苦しくてたまらなかったが、笑顔を取り戻したハルに笑いかけていた。
 そして、四人は家に入った。和やかな家族の団欒の傍らでコンテナは沈黙していたが、中で異変が起きていた。
マサヨシが放り投げた薄布が冷却液の流れるパイプに引っ掛かり、その端は冷却装置の上に引っ掛かっていた。
パイプに引っ掛かっていた薄布は氷結したが、自重で剥がれ、その拍子に冷却装置のスイッチが動いてしまった。
それから、五時間程度の時間が過ぎた。コロニー内部の時間は夕方になり、ハルは眠り、家も静まり返っていた。
人工の空を造り出すスクリーンパネルは藍色に染まり、偽物の星座が瞬く中、コンテナの中では動きがあった。
 ガラス製のポッドの後ろでメルティング完了を示すランプが点灯し、薄暗いコンテナ内部を赤く染め上げていた。
原色の明かりを浴びながら、小柄な人影は歩み出した。閉ざされていた瞼を開き、長い髪を揺らし、声を発した。


「…みぃ?」





 


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