アステロイド家族




赤き誇り、青き猛り



 タルタロスの力は、絶大だった。
 トニルトスは出せる限りの速度でタルタロスの放つ雷撃を回避したが、逃げるだけで反撃には移れなかった。
タルタロス自身はサピュルスの左腕を上げて、体に充ち満ちたアウルム・マーテルの力を放出しているだけだ。
遠い昔に自軍の司令官が放っていた雷光に近しい色合いを目にしていると、トニルトスは胸が詰まる思いがした。
そのサピュルスの意識は、もうどこにもないのだ。タルタロスの意識に飲み込まれ、金色の海に溶けてしまった。
 司令官達の最後の願いを思い出すたびに苦しさは増す。彼らの心境を想像しただけで、深い絶望に襲われる。
だが、その絶望に足を取られてしまわないためにも、今は戦うべきだ。トニルトスは粉塵を巻き上げ、下降した。
 タルタロスは、彼が巻き上げた砂埃でトニルトスの姿を一瞬見失ったが、一秒と立たずに現在位置を感知した。
アウルム・マーテルで命を得た機械生命体は、当然ながらアウルム・マーテルの一部をその肉体に宿している。
そんなものは、アウルム・マーテルの頭脳部分を支配しているタルタロスには、感知するのは造作もなかった。
戦争でコンクリートが吹き飛んだ鉄骨の先端が覗いているクレーターの斜面に向け、一際高出力の雷光を撃つ。
着弾した瞬間に砂が爆ぜ、新たなクレーターが生み出された。帯電している爆風に乗って、青い戦士は上昇した。
が、上昇出来なくなった。全身に浴びせられた指向性重力波に抗えずに、トニルトスは落下し、砂に背を埋めた。

「ぐ…」

 みしみしと嫌な軋みを立てる体を起こそうとするも、指先すら動かず、トニルトスは唸った。

「今こそ知るがいい。私に喰われる尊さを、宇宙の主の一部となる幸福を!」

 タルタロスの指先が曲がり、トニルトスに注がれる重力波が増した。外装が潰され、内部器官が破裂する。

「うげあっ」

 胸部装甲を潰され、破損した腹部装甲をも潰されたトニルトスは大きく首を仰け反らせた。

「私の思う幸福は、貴様の腹の内になどない!」

 過剰な重力に悲鳴を上げる回路にパルスを走らせ、トニルトスはグラビトンジェネレーターの作用を反転させた。
トニルトスを襲っていた指向性重力波が中和され、トニルトスは開いた傷口を押さえながら起き上がり、立った。

「我が幸福は、我が手で掴む勝利なのだ!」

「勝利とは支配、敗北とは屈服。それを知らぬとは言わせぬぞ、機械生命体」

 タルタロスの右腕が上がり、トニルトスに銃口が据えられた。トニルトスは駆け出し、背部の放電板を解放した。

「そうだ! だからこそ、我らは我らの運命を支配するのだ!」

 熱した砂を蹴り上げて上昇したトニルトスは、度重なる雷撃で帯電した空気中に、最大出力で放電した。

「エレクトリックゥウウウウウッ!」

 トニルトスの意志で制御された雷光は直進し、タルタロスの右腕の銃口に吸い込まれた。

「ブラスタァアアアアアアアアアアッー!」

 赤い銃身に充填され、炎へと変換され始めていたエネルギーにトニルトスの青白い雷光が接触し、奥で爆ぜた。
タルタロスの右肩に装備されたリボルバーへ彼の過電流は至り、シリンダーの一つを誘爆させることに成功した。
体格に見合った大規模な爆発が発生し、タルタロスの巨体が揺らぐと、赤い弾倉の巨大な破片が大量に落下した。
だが、足元が崩れることはなかった。トニルトスはエネルギー不足で若干視界が暗くなっていたが、地上に戻った。

「遅い、遅い、遅い…」

 トニルトスは痛みの走った左脇腹を庇ったが姿勢が揺らいでしまい、左膝を砂に埋めた。

「何をしている、愚か者が」

 乾いた海から吹き付けてくる砂嵐で爆風が掻き消され、タルタロスの砕けた右肩と頭部が可視状態に戻った。
タルタロスの右腕は付け根が見えるほど派手に破損していたが、頭部は無傷で、煤と砂が付着した程度だった。
だが、破損した右肩の外装は脈打っていた。ケーブルに似た血管から流れ込む無限の力が、赤い肌を甦らせる。

「驕るな、分子」

 タルタロスはトニルトスに近付くと、左腕を伸ばしてきた。膨大なエネルギーが雷光に変換され、ばちりと煌めく。

「我が右腕を傷付けた報い、その命で償ってもらおう」

「ずぇりゃあああああああああああっ!」

 唐突に、暴力的な絶叫が轟いた。タルタロスも思わず目線を向け、トニルトスは立ち上がり、声の主を捜した。
赤い砂の海から、折れ曲がった鉄骨の固まり、遠い昔には東京タワーと呼ばれていた物体が引き抜かれていた。
タワーの先端に当たるアンテナ部分を両腕で抱え、砂に膝下まで埋まりながら立っているのは、イグニスだった。

「ミナト区ってのは、この辺だったみてぇだな」

 イグニスは、己の身長の六十倍近くある東京タワーを担ぎ、持ち上げていた。

「さあ、ここからが俺の見せ場だぜ!」

 赤き戦士が引きずり出した物体は、錆びた金属塊だった。大量の鉄骨が複雑に組み上げられた、電波塔だ。
イグニスが担いでいる側であるタワーの先端には、極めて単純な構造の電波受信装置が備え付けられていた。
逆にして持ち上げているので上に行くほど太くなり、四角錐の上部には展望台と思しき構造物が内蔵されていた。
表面には、かすかに赤と白の塗装が残っている。鉄骨の間に滞積していた砂が流れ落ち、イグニスの肩を汚す。

「行っくぜぇええええええええええ!」

 荒々しい風音を負かすほど力強く猛ったイグニスは、背部のスラスターを全開にし、最大出力で飛び上がった。
イグニスは両腕と両肩に生じる過負荷の痛みを無視し、三千六百トンの金属塊を押し出してタルタロスへ向かった。
イグニスはスラスターの方向指示ユニットが吹き飛んだことを感じたが、気に掛けることも出来ず、ただ猛進した。
 タルタロスの視界に入ったイグニスは、担いできた東京タワーを大きく振り回して、その右肩の傷口へと投げた。
だが、タルタロスはトパジウスの能力であったシールドを展開し、イグニスの渾身の一撃を呆気なく弾き飛ばした。
砂嵐を切り裂きながら、膨大な質量を持つ鉄塊が回転する。イグニスはそれを受け止めると、再度投げ飛ばした。
だが、シールドに阻まれる。その間にも、タルタロスの右肩の傷は塞がり始めていて、リボルバーが再生していく。

「仕方ねぇな」

 イグニスは舌打ちすると、東京タワーを担いでいる右肩の根本に左手を突っ込み、強引に接続部分を裂いた。

「ぐげぇあっ!」

 電流が爆ぜ、オイルの飛沫が飛び散る。イグニスはタワーの先端に己の右腕を突き刺して、背に担ぎ直した。
再び激痛に襲われたイグニスは、痛覚回路を遮断した。痛みを感じるだけの余力があるなら、戦いに回すべきだ。
シールドを突破するには、同質のエネルギーをぶつけるしかない。水が水に馴染むように、同じエネルギーならば。
だが、アウルム・マーテルの残骸を回収する時間はない。利き腕を失うのは惜しいが、どうせ剣は失っているのだ。
ならば、遊んでしまう腕を勝利を掴む糸口にすればいい。イグニスは呻きながら、左腕だけでタワーを持ち上げた。
しかし、右腕を失ったために上手くバランスが保てず、イグニスは東京タワーの重量に負けて上体が大きく反れた。

「愚図が!」

 東京タワーの末端が支えられ、仰け反った体が止まった。反り返ったまま見やると、トニルトスが支えていた。

「この私が貴様に機会を与えたのだ、自滅することは絶対に許さんぞ!」

「言ってくれるじゃねぇか!」

 姿勢を戻したイグニスは、残された力を振り絞って東京タワーを押し出すと、トニルトスも最高出力で加速した。
二人の背部から溢れ出したアフターバーナーは、宇宙戦艦のそれにも等しく、機械生命体の底力を見せつけた。
 イグニスの右腕が付属された東京タワーは、イグニスとトニルトスの死力を尽くした突進でタルタロスに向かった。
当然、タルタロスはエネルギーシールドを張り、右腕で防御した。シールドを支える腕は巨大で、揺らぎもしない。
しかし、二人に次はない。この攻撃が成功しなければ、敗北が決定し、同族のようにタルタロスに喰われてしまう。
そして、数千万年の時を経て地球への帰還を果たしたが、志半ばで消えた司令官達のように吸収されてしまう。
ここまで来て敗北しては、彼らの無念を、彼らの意志を、彼らの魂を、彼らの生き様を無駄にすることになるのだ。
 シールドに衝突している東京タワーの先端とイグニスの右腕は壮絶に競り合い、黄色い火花を飛び散らせた。
タルタロスは動じずに、笑っている。イグニスとトニルトスは、機械の体に込められた全ての力を推進力に変えた。
地球を揺らさんばかりの絶叫を放ちながら、東京タワーを押し込んでいく。その時、接触部分がかすかに揺れた。
 双方の衝撃を全て浴びたために外装が吹き飛び、シリンダーやシャフトだけが残ったイグニスの右腕が輝いた。
エネルギーで成されたシールドが、ほんの僅かながら抉れる。イグニスの銀色の骨が爆ぜ、東京タワーが動いた。
シールドに広がった波紋の中心に、数ミリの穴が空いた。錆び付いた電波塔の先端が埋まると、穴が広がった。
タルタロスの右腕が上がるよりも早く、重力を伴った加速によって東京タワーはタルタロスの右肩の傷に刺さった。
すかさず、イグニスとトニルトスは東京タワーから離れた。途端に、鉄塔を伝って過剰なエネルギーが放出された。
空気中に金色の力が溢れ出し、爆ぜ、消えていく。イグニスはタルタロスに突き刺さったタワーを見、少し笑った。

「痛いか、化け物?」

「だが、これで終わりではない!」

 トニルトスは金色の電流が駆け巡る東京タワーに降りると、両手で鉄骨を掴んだ。

「ド派手なショーを特等席で見せてやるぜ!」

 イグニスもまた鉄骨に飛び降り、左腕だけで掴んだ。タルタロスは東京タワーを握り、二人を見下ろしてきた。

「下らん真似を」

「俺が馬鹿なのは今に始まったことじゃねぇ、てめぇから命をもらった瞬間から馬鹿なんだよ!」

 タルタロスのエネルギーの奔流を受けたイグニスは、あまりの圧力に意識が飛びそうだったが踏ん張っていた。

「我が道は我が腕で切り開く! それこそが、カエルレウミオンの神髄なのだ!」

 己の許容範囲を遙かに超えた電流を全身に浴びながら、トニルトスは猛った。

「今、この時だけ体が持てばいい! 戦士とは、明日を求めないものだ!」

「俺達が求めるものはただ一つ、敵の死と完全なる勝利のみだ!」

 イグニスは過剰なエネルギーを受けすぎて外装が溶け始めた左手を拳に固め、鉄骨にぶつけた。

「てめぇが俺達の親だってんなら、俺達もてめぇの力を使えるはずだ! 違うか、違わねぇだろうよ!」

「機械生命体は、悲しいほど愚かだな」

 タルタロスは嘲笑し、二人の乗った東京タワーをずるりと引き抜き、指先で押し潰した。

「私は私だ。貴様らのような分子とは、そもそもの格が違う。生物としての価値も、私の足元にも及ばんのだ」

 東京タワーを軽く放り投げたタルタロスは、左腕を上げ、雷光を放った。

「貴様らなど、喰う気が失せた」

 タルタロスの雷撃が東京タワーに直撃し、溶解させる寸前に飛び降りた二人は、数万メートル下へと落下した。
砂混じりの風が、傷んだ全身を包み込む。感覚など消え失せた手足が風に弄ばれ、重力に従って落ちていった。
その最中に、二人は意識を失った。壊れた人形のように手足を投げ出し、受け身も取らずに砂の中に埋もれた。
タルタロスとまでは行かないまでも、小規模なクレーターが二つ生まれ、内部には二人の部品が散らばっていた。
 びゅるびゅると吹き抜ける砂嵐が、戦士達を舐める。赤い砂から垣間見える赤と青の装甲は、ひどく溶けていた。
タルタロスのセンサーを掠めていた二人の生体反応は、弱まっていく。これなら放っておいても勝手に死ぬだろう。
アウルム・マーテルのエネルギーを直に受け、生き長らえる機械生命体はいない。あの五体がそうだったように。
確かに、アウルム・マーテルのエネルギーは金属細胞を変質させて生命を与えるが、浴びすぎてはただの毒だ。

「つまらん」

 タルタロスは不満を漏らし、そして北の方向へ視線を向けた。心臓が変形した者が、小さな機体を追っている。
機械生命体との戯れに気を向けている間に、あちらも独立した意識を持ったようだが、稚拙すぎて話にならない。
ルベウス、サピュルス、トパジウス、アメテュトス、オニキスから知識や記憶を得たため、タルタロスは自我が強い。
 だが、心臓は違う。あれは単なるエネルギー増幅器官の一つに過ぎず、体内で脈を打っているだけの者だった。
五人に意識を乗っ取られてワープゲートを通った際に、分子の結合が緩められてしまい、肉体の七割を欠損した。
辛うじて守れたのが、タルタロスの意識が宿る頭部と膨大なエネルギーを更に増幅させる器官、心臓だけだった。
タルタロスだけが生き延びても、心臓がなければアウルム・マーテルの姿には戻れず、地球を食い物に出来ない。
心臓は人間の操縦する原始的なスペースファイターに気を取られており、彼はどこかに誘導されているようだった。
 機械生命体とは違い、人間の思考は読めない。早々にスペースファイターを叩き落とし、心臓を取り戻さなくては。
タルタロスは二人の埋まるクレーターに背を向け、銀色の骨張った翼を広げて飛び出そうとしたが反応が掠めた。
弱り切っていた生体反応が復活したばかりか、活性している。しかも、今までの生体反応とは違い、かなり力強い。
タルタロスが振り返ると、クレーターの砂が盛り上がった。死の砂の海から、赤と青の戦士が甦り、立ち上がった。
 失った右腕を再生させたばかりか右肩にリボルバーを備えた赤き戦士は、上官と同じ六弾倉を回転させていた。
鮮やかなオレンジのファイヤーペイントが両手足と銃身で燃え盛り、背部のスラスターも増え、顔付きも変わった。
左腕には最初の攻撃で破損したレーザーブレードの代用品なのか、ビームガンと一体のブレードが伸びていた。
 青味を帯びた美しい銀色の翼を背中から伸ばしている青き戦士は、それと同じ色の長剣を片手に持っていた。
左腕には盾と一体となったパルスビームキャノンが装備され、華奢な両足にも大型のスラスターが備わっていた。
銀色の翼のように見える放電板からは有り余るエネルギーが電流として零れ落ち、青い外装は空よりも濃かった。

「上出来だ」

 イグニスはルベウスのそれに似たリボルバーを回転させ、がごん、と銃身にシリンダーを装填させた。

「だが、あまり長くは持たぬ。我らの意識が奴のエネルギーに負けるまでの、束の間の肉体強化に過ぎない」

 トニルトスは長剣を振り上げ、姿の変わったイグニスに剣先を向けた。

「なーに、その前に蹴りを付けりゃいいだけの話じゃねぇか」

「貴様の思考回路は常に焼き切れているな」

 トニルトスは長剣を降ろすと、翼に似た放電板に青白い雷光を纏わせ、浮かび上がった。

「だが、その単純さも今ばかりは鼻に突かん」

「そうかい!」

 イグニスは砂を蹴り上げ、飛び出した。

「褒めてくれてありがとよ!」

 加速も、瞬発力も、出力も、何もかもが桁違いだ。エネルギー切れ寸前で重たかった体が、羽根のように軽い。
タルタロスからアウルム・マーテルの力を奪い、吸収するという作戦は、負けが決まっている賭けと同じだった。
機械生命体の肉体にアウルム・マーテルの分子が混ざっているというのなら、一度溶かせば混ざり合うはずだ。
当然実験も行っていないし、大した計算も行っていなかったので、根拠のない理論だったが、正しかったようだ。
だが、それ以外に手段はなかった。どんな兵器も通用しないのなら、この身を変化させて兵器にするしかない。
元より、機械生命体は生きている兵器だ。幸せの代わりに戦乱を愛し、平穏の代わりに破壊を望むのだから。
 タルタロスは吼える。かつて命を与えた機械人形に刃向かわれる憤りを、電磁波混じりの濁った歌声に乗せて。
イグニスは翔る。母星を守れず、仲間を救えず、唯一友人と呼べる異星人の男に背を向けた後悔を内に込めて。
トニルトスは猛る。好いた女も守れず、ようやく見つけた同胞にも心を開けず、本能に惑う己への憤りを込めて。
 機械生命体史上、最期の戦いが始まった。





 


08 9/23