アステロイド家族




クリスマス・キャロル



 暇潰しのポーカーの戦果は、五分五分だった。
 マサヨシはHAL号のコクピットの床に座って胡座を掻き、同じように胡座を掻いているヤブキと向き合っていた。
その手にはトランプのカードが五枚握られ、マサヨシも五枚持っており、二人の前には伏せられたカードが並ぶ。
偶然ヤブキが持ち合わせていたトランプで始めたポーカーは、どちらも引きが今一つで大した役が作れなかった。
せいぜいワンペア、ツーペア程度で、それ以上は出来なかった。だから、あまり派手さのない戦いが続いていた。
もう少し大きな役が出来ればいいのにな、と思いながら、親の順番が回ってきたのでマサヨシはカードを切った。

「トニー兄貴、いつ帰ってくるんすかねぇ」

 配られた手札を取ったヤブキは、退屈そうに呟いた。声色から察するに、カードの運びは悪かったらしい。

「買い出しに行かせてから一時間は過ぎたな」

 マサヨシも自分の分の手札を配り、中身を確認したが、今回もまたろくな役が出来そうになかった。

「早く帰ってきてくれないと、ツリーの飾り付けに参加出来ないじゃないっすか」

 ヤブキは心底残念そうにぼやき、チップ代わりのマイクロデータカードを場に一枚出し、カードを一枚めくった。

「飾り付けってのは無性に楽しいからなぁ、俺もやりたかったところなんだが」

 マサヨシも一枚マイクロデータカードを場に出し、カードを一枚取った。だが、手持ちのカードと数字が合わない。

「今からババ抜きにでも変更するっすか?」

 ヤブキは左手に持ったカードを二枚抜いて捨て、ストックのカードから二枚取った。が、また良くなかったらしい。

「うげ」

「その分だと、俺も良くなさそうだな」

 マサヨシも手持ちのカードを三枚捨て、ストックから三枚取ったが、もっと悪くなってしまった。

「どこかで運を使い果たしたのかもな、俺達は」

「そんな気がするっすー」

 ヤブキはため息を吐きながら手持ちのカードを眺めたが、視線を上げ、マサヨシの背後のモニターを見やった。
トニルトスが帰ってこない以上、HAL号はパーキングから発進出来ないのでHAL号はスタンバイモードだった。
 地球での戦闘でサチコの人工知能が失われ、代わりにいかにもコンピューター然としたガンマへと切り替わった。
ガンマは求められなければ反応しないので、マサヨシとヤブキがつまらないポーカーに興じている間は黙っていた。
だが、彼女なりに二人に気を遣っているのか、コクピットのメインモニターでテレビ番組が付けっ放しにされていた。
時間帯が中途半端なのでその内容も中途半端で、演出過剰なワイドショーが中身のない話題を繰り返していた。
ヤブキは次はどうしようかと考え込みながら、スピーカーから垂れ流されるコメンテーターの話を聞き流していた。
 芸能の話題に混じり、ある企業が倒産したとのニュースが流れた。その名は、ヴァーグナー・エレクトロニクス。
アナウンサーの解説によれば、ヴァーグナー・エレクトロニクスの社長が突然従業員を全て解雇したのだそうだ。
自社の株券や資産を全て売り払って私財に変えたばかりか、脱税やインサイダーの証拠も出てきているらしい。
社長であるチャールズ・ヴァーグナーは昨日から行方不明になっていて、既に逮捕状も出ているとのことだった。
ヤブキは少し首を伸ばして、モニターを見やった。マサヨシも手持ちのカードを隠してから、モニターに振り返った。

「ヴァーグナーってことは、ギルディーン・ヴァーグナーの血縁者が経営していた会社か?」

「あの会社の製品って、評判は悪くないんすけど怪しいのが多いんすよねー」

 ヤブキは右手で頬杖を付き、大きな背を丸めた。マサヨシは体をずらし、ヤブキとモニターを視界に入れた。

「ああ、それも俺は聞いたことがある。アルティフィカル・サイキックとか言って、これといって超能力を持たない人間にも超能力が扱えるユニットを販売していたんだよな」

「人間なら誰しもが持っている精神力、っつーかサイエネルギーを増幅させて、低レベルなサイコキネシスとテレパスとテレポートぐらいなら使えるようになる商品がメインなんすよね。でも、サイエネルギーを取り込んで増幅するシステムが不完全だとかで色んな方面から訴えられていた上に、モノがモノだから色んな犯罪で使われちゃって、その割に今までなぜか潰れずにいた不思議な会社っすよね」

 オイラ達には関係ない話っすけど、とヤブキはチップを場に出し、カードを一枚取った。

「そうだな。俺達はエスパーに対してあまり良い思い出がないから、尚更だな」

 マサヨシもチップを一枚出し、カードをめくった。ヤブキは、うぼあ、と嘆いてから会話を続けた。

「んで、ついでに言っちゃえば、そのブラックな企業の社長と我らがアイドルのキャロライナ・サンダーと関係があるとかないとかっていう噂なんすよね。どういう経緯で接触したのかはまるで解らないっすけど」

「だが、芸能情報なんてのは八割が嘘だろう。信じるだけ無駄だ」

「でも、万が一ってことがあるじゃないっすか。もしもそうなっちゃったら、トニー兄貴はどんな反応するっすかねー」

 ヤブキはにたにたしながら、二枚捨てて二枚取った。反応からすると、今度こそ良いカードが回ってきたようだ。
マサヨシも次のカードに期待して、三枚捨てて三枚取った。モニターには、社長と思しき男が映し出されている。
 長身で顔立ちは柔らかく、薄茶の髪と薄茶の瞳を持つ男だ。年齢は、二十代後半か三十代というところだろう。
特に目立つ外見ではなかったが、目の細さが特徴的で、腰近くまで伸ばした長い髪を一括りにして結んでいた。
一見すれば、優男だ。だが、表情も口調も雰囲気も胡散臭い。怪しげな会社を運営していたのだから当然だろう。
出来れば、あまり関わりたくない人種だ。そう思いながら、マサヨシはチップを出してカードの山へと手を伸ばした。

〈警告します、マスター〉

 ガンマの機械的な声に、マサヨシはカードを取ろうとした手を止めた。

「どうした」

〈外部からの強制接続により、メインハッチのロックが解除されました。現在、侵入者がコクピットへ接近中です〉

「え? なんすか?」

 ヤブキも顔を上げ、カードを伏せた。マサヨシは熱線銃を抜いてすぐに立ち上がったが、少々対応が遅かった。
通路内を駆け抜けてきた何者かの足音がコクピットと通路を隔てるドアで止まり、ドアのオートロックが破壊された。
ガンマが冷淡に状況報告する中、少しだけ開いたコクピットのドアに細長い棒が差し込まれ、強引に広げられた。
ドアを開ききった棒の主は素早くコクピットに飛び込んで棒を振り上げ、マサヨシの熱線銃を弾き飛ばしてしまった。
素早く突き出された棒に肩を突かれて姿勢を崩したマサヨシは、胸に蹴りを受け、背中から床に転んでしまった。

「え? えぇ?」

 状況が理解出来ないヤブキが立ち上がろうとすると、マサヨシの上に立った男は棒の先端をヤブキに向けた。

「悪いけど、この船、僕に貸してくれないかな?」

 目の前に突き付けられた棒の先端と、組み伏せられてしまったマサヨシを見比べたヤブキは、両手を上げた。

「とりあえず、オイラはHAL号の所有者じゃないんで、その権限はないっすよ? あるのはマサ兄貴っす」

「あ、そう」

 ヤブキから棒を下げた男は、マサヨシの眉間へと先端を向けた。

「んじゃ、貸してくれる?」

「あんた、チャールズ・ヴァーグナーか?」

 マサヨシは、今し方テレビに映っていた人物と全く同じ外見の男を見上げた。

「ご名答」

 渦中の人物、チャールズ・ヴァーグナーは、妙に子供っぽい表情で笑った。社長だけあって、身なりは良かった。
質の良いダークグレーのスーツに趣味の良いネクタイを締めているが、襟元が広げられてネクタイは緩んでいた。
スーツ姿に似合わない六尺棒の扱い方はかなり慣れていて、チャールズに従軍経験があることを知らしめていた。
現役時代なら対処出来たのにな、と自戒しつつ、マサヨシはチャールズの持つ六尺棒を押し返して体を起こした。

「あんた、逮捕状が出ているんじゃなかったのか?」

 マサヨシがテレビを示すと、チャールズは六尺棒を下げずに返した。

「まあね。僕がろくでもないことをやってきたのは確かだし、逮捕されても仕方ないとは思っているけど、逮捕されるわけにはいかないんだよね。だって、僕はキャロライナ・サンダーと結婚するから」

「え、ええー…」

 ヤブキはよろけて後退り、へたりこんでしまった。

「そんなのないっすよー…。だって、キャロルちゃんってまだ十五歳じゃないっすかー…。なのに手ぇ付けるなんて、最低っすよ、ロリコンにも程があるっすよ、全宇宙のファンにフクロにされちまうっすよー…」

「あんた、いくつだよ」

 マサヨシが呆れ果てると、チャールズは平然と答えた。

「先月で三十になったばかりだけど」

「本物だな。しかし、なんでまたキャロライナはこんな犯罪者と…」

 宇宙も末だな、と吐き捨てたマサヨシに、チャールズはにんまりと笑った。

「キャロルみたいな世間知らずの純粋な子にとっちゃ、僕みたいに影と秘密がありまくりな方がスリリングで燃えるんでしょ。僕もある程度障害があった方が好きだね、壊し甲斐があって」

「マサ兄貴ー! こいつ、殺してもいいっすかー!」

 ヤブキは両腕を突き出してビームガンを出したが、チャールズは棒の先でヤブキの首を払い、簡単に転ばせた。

「君に殺されるような僕じゃないよ。僕を何だと思ってんの?」

「性根が腐ったロリコン鬼畜野郎だ」

 マサヨシはもう一丁の熱線銃を抜いて立ち上がると、チャールズの首を押さえ込んで側頭部に銃口を据えた。

「褒めてくれてありがとう」

 六尺棒を離したチャールズは、素直に両手を上げた。

「でも、今は僕を受け入れておいた方がいいと思うよ? 僕は指名手配されているわけだから、当然尾行されていたし、このパーキングに来るまでの間に何台かパトカーを壊してきたわけだから…」

〈警告します、マスター〉

 ガンマの平坦な声が、大音量のサイレンで掻き消された。ガンマは的確にモニターを切り替え、音の主を映した。
メインモニターに映るパーキングの入り口からは、チャールズを追ってきたパトカーが次々に流れ込んできていた。
マサヨシはメインモニターを埋め尽くしている赤と青のパトライトを呆然と見ていたが、チャールズへと振り返った。

「さあ、どうする? このままだと、君達も僕と一緒に逮捕されちゃうよ?」

 得意げなチャールズに、マサヨシはこの上ない殺意が沸いたが理性で押さえた。

「引き渡すに決まってんだろうがこの犯罪者。大体、俺達は年末の買い出しに来ただけで、無関係だ」

「そうっすよー、オイラ達が何をしたってんすかー! マサ兄貴はともかく、オイラなんかただの小市民っすよー!」

 怯え切って今にも泣き出しそうなヤブキは、コクピットの隅で体を縮めた。

「あ、そう」

 途端にチャールズは不機嫌になると、足元に転がっていた六尺棒を蹴り上げて手中に戻し、操縦桿を突いた。

「だったら今から共犯だ!」

 マサヨシが手を伸ばすよりも早くHAL号の操縦桿のボタンが押し込まれ、直後にパルスビームガンが作動した。
メインモニターの端から飛び抜けた閃光が手前のパトカーに命中し、吹き飛び、爆発の震動で軽く船体が揺れた。
幸い、警官は生きていたようだったが、間違いなく公務執行妨害と器物破損の現行犯だ。数日間は拘留される。
マサヨシは諸悪の根源であるチャールズを力任せに蹴り飛ばしてから、操縦席に乱暴に座ると、操縦桿を握った。

「いいかヤブキ、俺達は被害者だ! だが、今逮捕されると家に帰れなくなるんだよ!」

 マサヨシは操縦桿の傍のボタンを手早く操作し、メインエンジンを点火させた。

「そりゃそうっすけど、逃げたらもっと心象が悪くなるっすよー!」

 転倒したチャールズを押しのけて、慌てふためきながらヤブキが立ち上がった。

「いい音だね、このエンジン」

 蹴られた箇所をさすりながら身を起こしたチャールズは、コクピットを見回した。

「この船を外から見ただけで解ったけど、君らって堅気じゃないね? 民間人が使うにしては装備が派手だし、エンジンも大きい。でも、軍人じゃない。ってことは答えはただ一つ」

「傭兵だ。ヤブキは違うがな」

 HAL号を緊急浮上させたマサヨシは、パーキングの出口へ船首を向けた。

「ねえ、だったら僕に雇われてみない?」

「断る」

 予想通りの言葉を斬り捨てたマサヨシは、急加速してパーキングから宇宙空間に脱し、警察の追撃を回避した。
警察のマシンは、当然ながら宇宙空間にも配備されている。機動力は高いが攻撃力の低い、オートパトボットだ。
白と黒のカラーリングが施されている球体のマシンはHAL号に接近し、砲撃を行うが、一発も掠ることはなかった。
 エウロパステーションの外壁から吐き出される無数のパトボットはHAL号を追うが、速度がまるで足りなかった。
五分もせずにエウロパステーションの衛星軌道から離脱したHAL号は、速度を安定させ、操縦をガンマに預けた。
 操縦席を回してマサヨシが振り返ると、床に座っていたチャールズは六尺棒の側面のボタンを押して、縮めた。
それをベルトに差して立ち上がり、先程と変わらぬ得意げな笑顔を向けてきた。それが、どうしようもなく不愉快だ。

「僕の有り金」

 チャールズはスーツの内ポケットからクレジットカードを取り出すと、マサヨシに差し出した。

「の、十分の一ぐらいだね。残りはキャロルとの未来を作るために必要だから、ちゃーんと温存してあるの」

「いくらだ」

 マサヨシは、そのクレジットカードとチャールズのしたり顔を見比べた。チャールズは即答する。

「五千万クレジット」

「それって高いんすか、安いんすか?」

 追い詰められた小動物のように身を縮めているヤブキの震えた呟きに、チャールズは肩を竦めた。

「相場の数十倍に決まってんじゃないの。これで安いとか言われたら困っちゃうんだけどね」

「ど、どうするんすか、マサ兄貴…?」

 ヤブキは、恐る恐るマサヨシを見上げてきた。マサヨシは、クレジットカードを引ったくる。

「あんたは俺の船を壊したからな。修理代ぐらいにはなるだろう」

「交渉成立だね」

「それで、あんたは俺に何をさせたいんだ?」

 マサヨシが素っ気なく尋ねると、チャールズは軽薄な笑みを消した。

「僕の花嫁を救ってくれないか。彼女と僕はさっきの宇宙港で落ち合う予定だったんだけど、僕の会社の連中と彼女のプロダクションの連中が手を回したらしくて、今朝から連絡が付かないんだ。おまけに、僕の会社の倉庫から在庫のガードボットが一機残らず消えてるんだ。敵の手は読めている、彼女を人質にして僕を炙り出す気なんだ」

「だったら出て行けばいいじゃないか。あんたはともかく、キャロライナは傷付けられないだろう」

「それが、そうとも限らないんだよ」

 チャールズは操縦席の後ろに備え付けられた補助席に腰を下ろすと、長い足を組んだ。

「キャロルが所属していたプロダクションの母体は宇宙海賊の末端組織でね、僕は彼らと接触を持つために彼女のプロダクションに投資していたんだ。彼女はそのことを知らないようだけど、彼らにしてみれば充分な危険因子だ。敵がそれを放っておくと思うかい?」

「マサ兄貴ぃー…」

 よたよたと這い寄ってきたヤブキに縋り付かれ、マサヨシは小さく舌打ちした。

「解った解った。だから、そんなに情けない声を出すな。とりあえず、やれることだけはやってみるさ」

「そう来なくっちゃ」

 すぐに調子を戻したチャールズは、スーツの内ポケットから情報端末を取り出し、ホログラフィーを展開した。

「キャロルの持っている情報端末の現在位置は、エウロパステーションの第十五ブロックだ。まずはそこに行って、彼女を捜すことにしようじゃないか」

 マサヨシは悔しくなりながら、操縦桿を倒した。第十五ブロックの出入り口は、先程のパーキングとは反対側だ。
宇宙船やスペースファイターのニアミスを防ぐために、各ブロックの出入り口はそれぞれで方向が異なっている。
HAL号を付け狙うパトボットの数は減っておらず、出入り口の警備が厳しくなっているので乗り入れるのは難しい。
だが、金をもらった以上、働くのが傭兵だ。それに、キャロライナ・サンダーに死なれてしまうのは気分が良くない。
明日はクリスマスなのに、散々な一日だ。プレゼントも買い、ケーキも準備され、後は家に帰るだけだというのに。
 人生最悪のイブだ。





 


08 10/6