だが、悪魔を倒すことは出来なかった。 エウロパステーション内部から強引なワープドライブで離脱したHAL号は、木星の衛星軌道上を航行していた。 操縦席に座るマサヨシは不本意極まりない顔で、ヤブキは重たいため息を零し、当事者達だけが幸せそうだった。 コクピット後部で仁王立ちするトニルトスは、チャールズに寄り添って頬を赤らめたキャロライナを見据えていた。 先程までの不安げな表情は消え去り、目付きもとろけている。心底幸せそうに、悪魔の如き犯罪者に縋っている。 キャロライナを膝の上に載せているチャールズもまた、悪意の滲む笑みではなく、優しげな眼差しを注いでいた。 それが面白いわけがない。トニルトスはチャールズを今すぐに叩き潰したかったが、最後の理性で堪えていた。 キャロライナが結婚することは喜ばしいと思うし、一ファンとしても祝福したいのだが、その相手が悪すぎたのだ。 どこからどう見ても胡散臭い上に多数の犯罪を犯してきた犯罪者と結婚したところで、幸せになれるわけがない。 一体、この軽薄極まりない男の何が女神の心を捉えたのだ。金か、プレゼントか、或いはもっと別のものなのか。 「んで、これからオイラ達はどうするんすか?」 一連の騒動でコクピット中に散らばってしまったトランプを集めたヤブキは、ケースに戻していた。 「君達が僕のキャロライナを救うチャンスを作ってくれたことには大いに感謝しているけど、それだけじゃ僕の払った金に見合った働きとは言えないなぁ」 キャロライナの赤毛に馴れ馴れしく頬を寄せながら、チャールズはにやりとした。 「どうせなら、宇宙海賊の旗艦も潰してくれない?」 「軽々しく言ってくれるがな…」 操縦席から振り返ったマサヨシは、苦々しげに口元を歪めた。 「今日は純粋に買い出しに来ただけだから、武装に回せるほどエネルギーは積んでいないんだ。だから、今の状態で海賊船なんかとやり合ったらエネルギー切れを起こしちまうんだよ。悪いが、あんた達を適当な宇宙ステーションに送るのが精一杯なんだ。だから、敵の船を探すだけでも一苦労なんだぞ」 「ああ、その点は大丈夫」 チャールズは右手を挙げ、モニターの端を指した。 「連中の旗艦は木星の衛星軌道上に浮かんでいるから、ランデブー出来るよ。でもって、この船もとっくにロックオンされているはずだよ。さっき叩きのめした、キャロルのマネージャー兼組織の広報担当工作員のアレックスに止めを刺さなかったから、きっと奴から旗艦に連絡が入っているはずだよ。この船と君達の情報がね」 「…最悪だ」 低く呻いたマサヨシに、キャロライナは申し訳なさそうに眉を下げた。 「すみません、次から次へと」 「いや、あんたは最大の被害者だ。むしろ、そっちのロリコン犯罪者から誠心誠意謝ってほしいね」 マサヨシは苛立ちに任せて毒突き、操縦桿を曲げた。先程からレーダーに入っていた戦艦が、モニターに入る。 全長二千メートル級の戦艦が、木星を背にして浮かんでいた。船体には砲身が生え揃い、見るからに凶暴だった。 船体のカラーリングは地味で、一見すれば軍用艦にも見えないことはなかったが、装備が軍用よりも派手だった。 今のところ、HAL号が無線封鎖しているのでこちらに接触は取れないようだったが、感知されているのは確かだ。 マサヨシの操縦とガンマのサポートで敵艦の射程外に出ているが、接近すれば一斉砲撃を喰らってしまうだろう。 そうなれば、マサヨシでも凌ぎきれない。スペースファイターで戦艦を落とす場合は、不意打ちを行うのが基本だ。 卑怯と言われるかもしれないが、物理的な質量と火力が違いすぎる相手に正面切って突っ込むのは自殺行為だ。 だから、多少卑怯でも回り込んで攻める戦法が最も有効なのだが、先にロックオンされてしまっては難しいだろう。 「オイラ、むーちゃんと一緒にクリスマスケーキが食べたかったなぁ…」 既に死ぬ気でいるヤブキに、マサヨシは自棄になって言い返した。 「いちいち泣き言を言う暇があったら、お前も何か考えてくれ!」 「こんな輩を守るための策など考えるだけで虫酸が走るが、それが女神の幸せとなるのならば仕方あるまい」 トニルトスは戦士の誇りでかなり強引に思考回路を切り替え、敵艦を見回した。 「あの砲塔の角度からすると、私であれば振り切れないこともないだろうが、一門一門潰すのは少々手間だな。イグニスが同乗していれば、先制攻撃を行わせて私が後方から追撃を行うのだが、肝心の奴がいないのだからそうもいかん。動力機関を破壊するのが最も単純かつ明快な作戦だが、そこまで辿り着けるかが問題だ。HAL号の援護射撃があれば行けないこともないが、補給が万全でないとなると…」 「じゃ、お望みの宙域まで飛ばしてあげようか」 チャールズはベルトから棒を抜くと、六尺棒へと変化させ、先端で床を小突いた。 「僕はね、魔法が使えるんだ」 「アルティフィカル・サイキックってやつか? だが、それはかなり不完全な技術だと」 マサヨシが訝ると、キャロライナを膝から降ろして立ち上がったチャールズは六尺棒を器用に回した。 「それは、使用者のサイエネルギーが中途半端なレベルの場合の話だよ。僕は、弟がエスパーだからかもしれないけど、常人よりは数段サイエネルギーが強いんだ。でも、脳の具合がちょっとまずかったみたいで、超能力としては発現しなかったんだ。それを有効活用しようと思って開発したのがサイユニットなんだけど、思い通りに売れてくれなくてね。在庫を捌こうと悪い連中と関わっちゃったら、そこから一気にずるずると…。まあ、それは別に良いとして」 チャールズは六尺棒の先端を、トニルトスに向けた。 「どうせだから、僕も一緒に行くよ。その方があちらとしてもやりやすいだろうしね」 「どんな魔法を使うのかは知らんが、やるからには本職に任せてくれないか。ここまで来て死なれたら面倒だ」 マサヨシが顔をしかめると、チャールズはにんまりした。 「大丈夫、僕も結構強いから」 「んで、その間オイラは何してればいいんすか? お留守番っすか?」 ヤブキが挙手したので、マサヨシは頷いた。 「そうだな。お前はキャロライナと一緒にHAL号で待機だ、操縦桿は絶対にいじるな、ガンマに任せておけ」 「僕の花嫁に触ったりしたら、脳髄潰しちゃうからね?」 六尺棒の先でヤブキの頭を小突いたチャールズに、ヤブキは襟元から結婚指輪のネックレスを出して見せた。 「オイラ、これでも既婚者っすから。人様の嫁さんに手ぇ出すほど命知らずじゃないっす」 「そう。でも、信用はしないからね」 チャールズは六尺棒の先端を床に叩き付け、鳴らした。すると、彼の足元に平面ホログラフィーが展開された。 チャールズの六尺棒を中心にして広がった円形の映像は、線で成された図形を二重の円で囲んだものだった。 二重の円の間には見たこともない文字が並び、回転している。いわゆる魔法陣に良く似たホログラフィーだった。 「これはね、計算式なんだよ。サイエネルギーを抽出して、超能力として再構成するためには必要だから」 チャールズが再度床を叩くと、ぐにゃりとコクピットの床全体が揺らぎ、空間が弛んだ。 「じゃ、ちょっと行ってくるね」 チャールズが未来の花嫁に向けてひらひらと手を振ると、その揺らぎが大きくなり、三人の姿が消えてしまった。 操縦席を覗き込んでもマサヨシの姿はなく、振り返ってもトニルトスはおらず、本当に魔法を使ったかのようだった。 感心するよりも先に、なんだか恐ろしくなってしまった。ヤブキは座席に座り直したが、キャロライナに振り向いた。 キャロライナはヤブキに小さく会釈し、微笑んだ。ヤブキも会釈を返したが、これといって会話が始まらなかった。 今朝、引退したとはいえ、キャロライナは現役アイドルなのだ。映像で見るよりも、実物は遙かに可愛らしかった。 だが、引退したとなれば二度と目にすることはない。今、何かしておくべきではないのか、とヤブキは考え込んだ。 そのためにはどうすれば、とヤブキは握り締めていたトランプに気付き、カードを抜いてキャロライナに差し出した。 「あの、サイン、いいっすか?」 「もちろんです。お名前、入れますか?」 カードを受け取ったキャロライナは、ポシェットからサインペンを取り出した。 「えっと、んじゃあ…」 ヤブキは誰の名を言おうかと考えていたが、不意にガンマが警告を発した。 〈警告します。敵艦内に異常が発生しました〉 早速、三人が暴れ出したらしい。ヤブキはモニターに映る宇宙海賊の旗艦を見つつ、言葉を続けた。 「じゃ、トニルトスでお願いするっす。トニー兄貴が、キャロルちゃんの大ファンなんで」 「解りました」 キャロルは愛想良く微笑んで、慣れた手つきでサインを書いた。きっと、トニルトスは喜んでくれるに違いない。 ヤブキはサインを書くキャロルを見つつ、これから始まるチャールズとキャロルの新婚生活に思いを馳せていた。 きっと、ヤブキとアウトゥムヌス以上に波乱に満ちている。何せ、始まる前から大きな騒動になっているのだから。 だが、その分絆も強くなるだろう。なんとなく自分達と重ね合わせてしまい、ヤブキは無性に妻が愛おしくなった。 クリスマスパーティが終わったら、存分にアウトゥムヌスと愛し合おう。 魔法使いと共闘したのは、初めてだった。 チャールズの長距離テレポートによって宇宙海賊の旗艦に乗り込んだマサヨシとトニルトスは、制圧を完了した。 驚くほど呆気なく終わってしまい、多少拍子抜けしていたが、すんなり終わるのであればそれに越したことはない。 長距離テレポートで移動した先が敵艦のブリッジだったこともあり、マサヨシらは操縦士やオペレーターを倒した。 次に、トニルトスに手当たり次第にコンピューターを破壊させ、艦内の制御という制御を奪ってしまったのである。 当然、搭乗員達の抵抗もあったが、チャールズは実業家の割には百戦錬磨のマサヨシと肩を並べる実力だった。 そのせいで予想よりもかなり早く事が終わってしまい、マサヨシは安堵していたが同時に物足りなさも感じていた。 「全エンジンの切り離し完了、木星への落下軌道に突入を確認した」 完膚無きまでに破壊したコンピューターに自身のケーブルを繋げ、操っていたトニルトスが報告してきた。 「次に、全兵器のバッテリー、及び燃料の廃棄も完了した。他にやることはあるか?」 「特にないね」 艦長席に悠々と座っているチャールズが、満足げに頷いた。その足元には、昏倒している艦長が転がっていた。 その手中にある六尺棒は、かすかに光を帯びていた。どうやら、あの棒には様々な機能が搭載されているらしい。 魔法陣に似た計算式を展開するだけでなく、自身のサイエネルギーを精神衝撃波に変換することも出来るようだ。 だから、六尺棒で突いて物理的衝撃を与えると同時に精神的に衝撃を与えていたので、面白いように勝てたのだ。 そんなに強いなら自分一人でやってくれ、とマサヨシは思わないでもなかったが、ここまで来ては文句も言えない。 「じゃ、とっとと帰るか。後は軍に通報するだけだからな」 報奨金が出ればいいが、とマサヨシはぼやきながら艦長席に向き直り、熱線銃を上げた。 「こいつも含めてな」 「僕はただの犯罪者だよ、海賊じゃないさ」 事も無げに肩を竦めたチャールズに、マサヨシは語気を強めた。 「チャールズ・ヴァーグナー。この宇宙海賊を仕切っていたのはお前自身なんだろう? だから、お前はキャロライナのようにロボットには追われずに、警察にだけ追われていたんだ。俺達がキャロライナの居所と寸分違わない座標にワープ出来たのも、あのマネージャーとやらがお前に報告してきたからだ。違うか?」 「となると、女神の存在は、貴様が円滑に逃亡するための部品に過ぎないということだな?」 トニルトスもチャールズを見据え、左腕のパルスビームガンを上げた。 「割と賢いね」 チャールズは二人の銃口を一瞥し、余裕に満ちた言葉を返した。 「だったら、僕をどうするって言うのさ? それは君達には何の関係もないじゃないか?」 「大いにある! キャロライナ嬢は我が心の女神であり、宇宙の美の集大成なのだ!」 ぐっと拳を握って力説したトニルトスに、チャールズは不愉快げに言い返した。 「それは僕が言うべき言葉だ。君みたいな三下のロボットには言われたくないね」 「だが、俺達はここまで付き合ったんだ。少しぐらいは知る権利はあるはずだ」 マサヨシはトリガーに掛けた指を、僅かに絞った。チャールズは艦長席にもたれ、肩を落とした。 「やれやれ。面倒なのに仕事を頼んじゃったなぁ」 チャールズは二人を見下ろし、面倒そうながらも話し始めた。 「確かに君達の言う通り、この宇宙海賊を仕切っていたのは僕だよ。最初の頃は一応配下にいたんだけど、僕の方が要領が良かったんで、いつのまにか立場が逆転していたのさ。キャロルのプロダクションも、元々は末端組織のペーパーカンパニーを建て直して作っただけの会社で、本気でアイドルを売り出すつもりなんてなかったんだけど、キャロルは本当に可愛い子で良い子だったからプロモーションが成功して売れちゃったんだよ。キャロルは愚直に僕に従ってくれて、どんな仕事でもこなしてくれたし、僕が何をしようと逆らわなかった。会社の部下よりもずっと忠実で、海賊連中よりも遙かに有能で、素晴らしい子なんだ。だから、捨てるのが惜しくなっちゃってね」 「貴様の一存で、女神の人生を歪めることなど許されない!」 トニルトスはいきり立つが、チャールズは平静だった。 「僕だって、話せる範囲でキャロルに話したさ。でも、一緒に行くって譲らなくてね。こりゃ本物だって思って」 「これから先、どうするつもりだ? 少なくとも、この銀河系には指名手配が掛かるぞ」 マサヨシの懸念に、チャールズは素っ気なく返した。 「まあ、なんとかなるでしょ。僕には魔法があるんだし」 六尺棒を握って立ち上がったチャールズは、二人に背を向けた。 「これ以上聞くことがないんなら、僕はキャロルを迎えに行くよ。最初からこうする予定だったから、艦載機はとっておきの奴を乗せてあるしね」 チャールズは歩き出したが、一旦足を止めて振り向いた。 「そうそう、一つ言い忘れてた」 チャールズは、果てしなく胡散臭い笑顔を浮かべた。 「今日はどうもありがとう。そして、メリークリスマス」 そして、また空間の一部が弛んだ。マサヨシが駆け出すより早く、ブリッジからチャールズは消え失せてしまった。 チャールズが消失するとすぐに空間が修復され、歪みも消えた。数秒後、格納庫が破損したとの警報が響いた。 格納庫の隔壁と外装の破片が宇宙空間に散る中、長距離航行が可能な大型スペースファイターが飛び抜けた。 それはHAL号に接近したかと思うと、滑らかに加速して木星の衛星軌道上から脱し、宇宙へ飛び去ってしまった。 恐らく、テレポートでキャロライナを回収したのだろう。邪魔をする暇すら与えずに、悪魔の如き犯罪者は逃亡した。 マサヨシは熱線銃を下げてから、トニルトスを見上げると、トニルトスは床に両手を付いて情けなくくずおれていた。 「女神よ…」 「気持ちは解る」 マサヨシはトニルトスの腕を叩いて、苦笑いした。ひとまず、ヤブキとガンマに連絡して回収してもらわなければ。 そして、今度こそ家に帰ろう。この騒ぎですっかり時間が押してしまったが、今から帰ればパーティーに間に合う。 トニルトスが担いできたミドルコンテナの中身である家族へのプレゼントも、皆に配らなければならないのだから。 クリスマスは、年中行事の中でも特に大きなイベントだ。今日と明日のために、家族の皆が皆、張り切っていた。 台無しにしないために、最大速度で帰ろう。マサヨシはメインモニターを見上げ、接近しつつある愛機を見やった。 いつになく、我が家が愛おしかった。 切り分けられたクリスマスケーキを前に、マサヨシは長い話を終えた。 だが、食卓に付いている者達は怪訝そうだった。そうでないのは、当事者であるヤブキとトニルトスだけだった。 雪の降りしきる掃き出し窓の外で、胡座を掻いているイグニスは首を捻っていて、ミイムも眉根をひそめていた。 クリスマスケーキを黙々と食べていたアウトゥムヌスは僅かに目を丸め、ハルは頭から疑っている顔をしていた。 リビングの隅で立派なクリスマスツリーのイルミネーションが点滅し、リビングには赤と緑の飾りが施されている。 家全体の明かりが落とされており、幻想的なキャンドルがそこかしこで揺れ、クリスマスらしい雰囲気が出ていた。 だが、雰囲気が出過ぎて却って信じてもらえなかったらしい。マサヨシはコーヒーを啜り、口の中の甘さを流した。 「本当なんだからな」 「そりゃ確かにぃ、キャロルちゃんは突然引退しましたけどぉ、そんなのはちょっと出来過ぎてますぅ」 ミイムは生クリームのたっぷり付いたケーキをフォークで切り、頬張った。 「事実無根」 早々にケーキを食べ終えたアウトゥムヌスは、皿に残ったクリームをフォークで刮げ取っていた。 「なんか、真っ昼間に再放送してる昔のB級映画みてぇだよな。ストーリーといい、シチュエーションといい」 まるで興味のないイグニスは、右肩のリボルバーに積もってしまった雪を払い除けた。 「だが、事実は事実なのだ! 私は女神のために戦ったのだからな!」 その隣で正座していたトニルトスは、イグニスに詰め寄った。 「そうっすよそうっすよ、物的証拠だってあるんすから」 ヤブキはトランプを取り出すと、キャロライナのサインが入ったカードをテーブルに置いた。 「ほらほら、キャロルちゃんのサインっすよ」 「んー?」 ミイムはそのカードを取ったが、唇を曲げた。 「でもぉ、これだけじゃ信じるに値しないですぅ。ヤブキが書いたのかもしれないしぃ」 「そうなの、お兄ちゃん?」 ハルに見上げられ、ヤブキは首を横に振った。 「そんなわけがないじゃないっすか! ネットオークションのちゃちな詐欺じゃあるまいし!」 「まぁ、話が出来過ぎてるってのが一番の問題だよな」 イグニスは端から信じていないので、笑っていた。マサヨシは反論したくなったが、そう言われてみればそうだ。 後から考えてみると、現実かどうかも疑わしくなる。チャールズの正体にしても、当てずっぽうで言ってみただけだ。 だが、ヤブキのトランプにはサインが残り、三人が共通した記憶を持っている。となれば、夢ではないはずなのだ。 しかし、根拠に欠ける。もう少し証拠がないものか、と考え込んでいると、ガンマのスパイマシンが近寄ってきた。 〈マスター。チャールズ・ヴァーグナー、キャロライナ・サンダーの両名からの亜空間通信です〉 「繋げてくれ」 マサヨシが命じると、ガンマはテーブルに降りた。 〈了解しました〉 ガンマのスピーカーから、二度と会いたくない男と出来れば再会したい美少女の声が流れてきた。 『やあ、聖戦士諸君。君達のおかげで、僕達は無事に太陽系を脱することが出来た。感謝するよ』 『トニルトスさん、マサヨシさん、ヤブキさん。あなた方のことは、一生忘れません』 ガンマが表示を切り替えたので、壁一面のホログラフィーモニターにキャロライナとチャールズの姿が現れた。 逃亡劇の後にキャロライナは着替えたらしく、地味な私服からフリルとリボンの付いたステージ衣装を着ていた。 そのキャロライナの肩を抱くチャールズは、鬱陶しいほどだらしない顔で笑っていて、苛立ちが戻りそうになった。 キャロライナはチャールズをモニターの外に出させてから、両手で握っていたマイクを胸元に掲げて、微笑んだ。 『その御礼と言ってはなんですが、今夜はあなた方のためだけに歌います!』 キャロライナはアイドルの顔になると、弾けた笑顔を向けてきた。 『では、最初のナンバーは、私の記念すべきデビュー曲! キラリ純情コメットです!』 マサヨシは、顔に笑みが広がるのを感じていた。疑わしげだった四人の表情が、驚愕に変わっていったからだ。 流れ出した軽快な曲に合わせてダンスを始めたキャロライナは、たった七人の観客にキスを投げ、歌い始めた。 これ以上、話すことはない。マサヨシは妙に嬉しくなって、こちらも笑っているであろうヤブキと顔を見合わせた。 トニルトスもイグニスから矢継ぎ早に質問を浴びせられていたが、女神が連れ去られた衝撃を思い出したらしい。 両肩を掴まれて揺さぶられても、白い雪が降る夜空を見上げているだけで、虚ろな目をして黙り込んでしまった。 愛する二人の逃亡劇はクリスマスイブに相応しいとは到底言い難かったが、少なくともこの家には奇跡が起きた。 聖夜に相応しい、素晴らしい奇跡が。 08 10/7 |