アステロイド家族




スターダスト・メモリー



 星の海で生まれ、星の海で果て。


 その任務は、重大だった。
 鏡に映る自分には、違和感があった。少佐の階級章も真新しく、艦長であることを示す軍帽も汚れ一つない。
サイズこそ丁度良いが、不似合いだ。十年以上次元探査船の艦長を務める、シーザー・イービスには及ばない。
そもそも、少佐に昇進したばかりの自分が艦長を務めることからして異常事態だが、受け入れる他はなかった。
 次元管理局に配属されている軍人達は皆若く、マサヨシはその中で最も階級が高かったから選ばれてしまった。
木星基地で従軍していた頃はでエースと呼ばれていたが、それはスペースファイターを操縦している場合だけだ。
士官学校時代に指揮官訓練は受けたが、自信はない。次元探査の船とはいえ、宇宙船に変わりはないのだから。
時と場合によっては、戦闘に突入する危険性もある。発進したその瞬間から、全クルーの命を両肩に預かるのだ。
改めて、シーザーに感服する。自分ならば、そんな重圧を十年以上も受け続けていては肩が砕けてしまうだろう。

「よう、船長どの」

 マサヨシの肩に腕が置かれ、明るい声が掛けられた。

「似合ってるじゃないか、マサ」

 同期の軍人、ラルフ・クロウ少尉だった。ラルフは、マサヨシの被る軍帽を何度も叩いてきた。

「少佐に昇進したと思ったら、いきなり船長に抜擢とはな。お前の人生、順風満帆にも程があるぜ」

「…そう思うか?」

 マサヨシはラルフを見やり、眉を下げた。

「正直、自信はない。軍部に行けば、俺なんかよりもずっと艦長に相応しい奴がいると思うんだが」

「そうは思えませんけどねぇ」

 ラルフに続いて現れたのは、去年次元管理局に配属されたばかりのレイラ・ベルナール軍曹だった。

「隊長は私らのことをよーく解ってますし、指揮だってなかなかのもんですよ。あのシーザー艦長が直々に命じてきたんですから、信頼されてる証拠ですよ」

「そうか?」

 不安げなマサヨシを、ラルフは小突いた。

「なんだったら、今から俺が変わってやってもいいぜ? 但し、航海の安全は保証しないがな」

「でも、今がこんなに順調だと、いつか揺り戻しが来ますよね」

 レイラは一歩身を引き、にんまりした。

「幸運と不運ってのは、常に平等ですからね。私も少尉も次元探査船の搭乗員に任命されていますから、次元調査航行中にその揺り戻しが来ないことを願うばかりですよ。他人の不幸のとばっちりを食って死ぬなんて、最悪ですからね。どうせ死ぬなら、宇宙の歴史に名を残すほど華々しく散りたいので」

「お前って本当に怖いもの知らずだな、レイラ。普通、少佐相手にそんな口を利くか?」

 マサヨシから離れたラルフが呆れるが、レイラはしれっとしていた。

「誰彼構わず言っているわけじゃないですよ。それぐらいは弁えています」

 次元探査船を含む次元艦隊の総指揮を執る艦長、シーザー・イービスが負傷したのは、一週間前のことだった。
元々、シーザーは木星艦隊を構成する強襲艦の艦長をしていたが、性格の過激さ故に左遷同然で回されてきた。
統率力は高いが、行動が派手過ぎる。弾幕も通常の倍以上撃つので、無駄撃ちのイービスとの二つ名もあった。
だが、艦長としての実力はかなり高く、最盛期には木星の主力艦隊の艦長候補に名が上がっていたほどだった。
 最盛期を過ぎた今では勢いが緩んできたものの、戦艦に乗せておくと恐ろしいので次元探査船に回されたのだ。
戦艦とは違い、武装は必要最低限でセンサー機器を膨大に搭載した次元探査船に、当初は不平を漏らしていた。
しかし、職業軍人の意地か、船乗りの血が騒ぐのか、なんだかんだ言いながら次元探査船を上手く扱っていた。
 木星艦隊の古参軍人に戦友が多いシーザーは、時折木星艦隊に呼び出されては、後進の指導を行っていた。
一週間前も、同じように呼び出されて未来の艦長候補達に訓練と講習を行っている最中、非常事態が発生した。
 木星圏内に発生したワープドライブから出現した近隣宙域の船籍を持った難民船が、寄港の許可を求めてきた。
彼らの母星のある宙域は戦争状況にあることは明確な事実だったので、統一政府軍は難民船の寄港を許可した。
だが、難民船に搭乗していたのは戦災難民などではなく、母星も民衆も捨てて戦場から逃亡してきた軍人だった。
 それに気付いた統一政府軍は難民船をガニメデステーションから引き剥がしたが、敵は激しい砲撃を始めた。
無論、木星艦隊は難民船を装った軍艦に応戦したものの、敵と距離が近すぎるために主砲を使用出来なかった。
宇宙空挺団による攻撃もシールドに阻まれてしまい、ガニメデステーションへの攻撃を防ぐだけで手一杯だった。
 そこでシーザーは、今し方まで訓練と講習を行うために使っていた小型艦を、弾幕を展開しながら突進させた。
思い掛けない無茶苦茶な攻撃に、敵も味方も戸惑う中、シーザーは敵艦の下部に回り込んで底面を砲撃した。
敵艦のシールド発生装置は船首部分に搭載されていたため、エネルギー配分の関係で底面は薄くなっていた。
 捨て身の攻撃は一応成功したが、シーザー側も無傷とは行かず、小型艦の船首部分と船腹に被弾してしまった。
全速力で回避したので搭乗員に死者は出なかったが、負傷者は多少出てしまい、シーザーもその中の一人だ。
辛うじて命に別状はなかったが最低でも一ヶ月は安静にする必要があり、当然ながら次元艦隊の指揮も無理だ。
 そういった経緯の末に、マサヨシは次元探査船の船長に抜擢された。正規の昇進ならば、まだ気が楽だった。
穴埋めとはいえ、船長は船長だ。マサヨシは逃げ出してしまいたい気分だったが、腹を括って開き直ることにした。
ここまで来たら、もう後へは引けない。何より、搭乗員達を見捨てるような無責任な人間にはなりたくなかった。

「どないでっかー、船長はーん?」

 妙な訛りのある言葉と共に待機室に入ってきたのは、レイラと同期のオペレーター、ステラ・プレアデスだった。

「おー、ステラ。馬子にも衣装って感じだよ」

 レイラが出迎えると、ステラはマサヨシに近付き、物珍しげに眺め回してきた。

「ホンマやなぁ。少佐はん、服に着られとるやおまへんか」

「揃いも揃って失礼だな」

 マサヨシが顔をしかめると、ステラは待機室の扉に向き、手招きした。

「サチコも早う来いやー。おもろいモンが見れるでー」

「失礼します」

 ステラに手招かれて待機室に足を踏み入れたのは、軍服ではなく、研究部の制服を身に付けた女性だった。
襟元にも階級章は付いておらず、局員認識票だけが胸ポケットに付いていた。背は高く、手足の細さが印象的だ。
化粧気のない顔付きに表情はなく見るからに真面目そうで、メガネの奥の瞳は青く、長い黒髪を背に流していた。

「そちらがムラタ船長代理ですね」

 彼女は見た目通りの若干低い声を発し、青い瞳をマサヨシに据えた。

「悪いが、代理は付かない。軍部と局長から下ってきた、正式な命令だからな」

 マサヨシが訂正すると、彼女は形式的に謝った。

「失礼しました」

「こちらはうちとレイちゃんの同期の子でな、研究部のホープやねん」

 ステラが彼女の腕にしがみ付いたので、彼女はやりづらそうに眉を下げた。

「言い過ぎよ、ステラ」

「ええやんええやん、事実なんやから」

 ステラはへらへらと笑いながら、彼女を示した。

「ウラヌスステーション出身の研究員、サチコ・パーカーや。ラリーはんは前にも会うたことがあるけど、少佐はんは今日が初対面やろ?」

「サチコ・パーカーと申します。以後、お見知り置きを」

 サチコはステラの腕を解かせてから、礼儀正しく頭を下げてきた。

「マサヨシ・ムラタ少佐だ」

 マサヨシも、礼儀で名乗り返した。その後、サチコは二人の女友達と言葉を交わし、仕事があると戻っていった。
サチコを見送ったステラとレイラはそのまま待機室に止まり、同年代の女性らしい、弾けた会話を交わし始めた。
 どうやら、三人は友人関係にあるらしい。次元管理局も人の出入りが激しいので、同期でも年が違うことが多い。
だから、同い年同士で自然と集まったのだろう。三人とも全く性格が異なる女性なので、少し不思議ではあったが。
オペレーターと戦闘員であるステラとレイラはともかくとして、研究員であるサチコとの関連性がよく解らなかった。

「私達、ランチ仲間なんですよ。勤務場所も内容も違いますけど、食堂だけは同じですからね」

 マサヨシの疑問にめざとく感付いたのか、レイラが説明した。

「ここって辺鄙な宙域にあるセクションやからなぁ、同年代やったら仲良うならん方がおかしいんよ」

 ステラの補足で、マサヨシは納得した。

「そうか。それで、ミス・パーカーは次の次元探査航行の搭乗員なのか?」

「頭の方は申し分ないんですけど、若すぎるからってシーザー艦長が突っぱねちゃいまして」

 だったら同い年の私達は何なんですかね、とレイラが微妙な顔をすると、ステラはマサヨシを見上げてきた。

「少佐はん、女の子は多い方が楽しいんとちゃいます? サチコも乗せたってぇなー」

「長い航海になるからな。娯楽は一つでも多い方がいい」

 にやけたラルフに、レイラは冷淡に言い捨てた。

「シモの処理は御自分だけでどうぞ」

 子供染みた言い合いを始めた三人を横目に、マサヨシはサチコ・パーカーなる研究員に、興味を持っていた。
乾き切った平坦な口調と表情のない顔立ちには女性的な魅力は全く感じなかったが、知能の面では別だった。
だが、一度シーザーが切り捨てた女性だ。連れて行くだけ無駄か、と思うが、その成果だけでも知る必要はある。
マサヨシは三人に声を掛けてから待機室を後にし、一年半に渡る長期航海に向けての準備を始めることにした。
 それが、マサヨシとサチコの出会いだった。


 翌日。マサヨシは、会議を開いていた。
 当然、議題は次元探査航路についてだった。プランを立てておかなければ、積み込む物資の量も決まらない。
会議室に集められた搭乗員は、ラルフが率いる防衛部隊、ステラの所属する通信部隊、そして研究部だった。
 船長であるマサヨシは議長でもあったため、研究員の一人が説明するプランを聞きながら、意見も出していた。
研究部側に座るサチコは、手元のホログラフィーモニターを見ているだけで、マサヨシを見ようとはしなかった。
他の研究員が熱心に説明していても、反応すらしなかった。やはり乗せないべきか、とマサヨシはちらりと考えた。
長期間の航海で最も大切なのは、協調性だ。搭乗員同士で仲違いが起きてしまっては、全滅しかねないからだ。
その研究成果と秀でた頭脳を勝い、他の面々と協議した上でサチコを抜擢したが、判断を誤ったかもしれない。
 すると、サチコが何の前触れもなく挙手した。マサヨシは彼女に関する思考を中断し、議長として名を呼んだ。

「ミス・パーカー、何か意見でも」

「先程、イーヤン・リー研究員が述べたプランについて、意見を申し上げます」

 サチコが立ち上がると、今し方まで説明していた男性研究員、イーヤンは不満げにサチコを睨んだ。

「俺の計算に文句でも付ける気か、サチコ」

「リー研究員の計算は申し分ありませんが、航路に若干問題があります」

 イーヤンの荒い言葉を受け流したサチコは、手元のホログラフィーキーボードを操作し、星図を切り替えた。

「まず、今回の次元探査に置いて最重要箇所である、居住可能惑星フリーギダ付近の宙域の調査及び次元の修復を行うに当たり、イーヤン研究員の発表した航路では危険を伴います。次元の歪みに接近するに従い、ワープドライブは不安定になりますので、惑星フリーギダに接近する際には、星系の外周から進むべきです」

「ウィンクルム号は特に重い船だ、通常航法じゃとろすぎて話にならねぇんだよ」

 解ってねぇな、と嘲笑うイーヤンを一瞥したサチコは、淡々と続けた。

「惑星フリーギダへ接近する際、リニア・マスドライバーを使用すれば問題はありません。誰も通常航法で航行するとは申し上げておりません。星系への侵入角度と相対速度がネックですが、それについては私が計算を行います。次に、カクリス星系内に発生した次元の歪みについてですが、亜空間探査機による調査によると、ウィンクルム号が目的宙域に接近する以前に自然修復する確率が非常に高いです。ですから、観察だけを行い、修復作業は行わずに航行を続けるべきだと思います」

「他には?」

 マサヨシが促すと、サチコは機械的に言葉を連ねた。

「惑星フリーギダの次の目的地であるウォラーレ星系の調査ですが、主星である惑星ウォラーレを横切る形で進むべきだと思います」

 その後も、サチコは淡々と自分が立てたプランを述べた。ルート短縮にだけ重点を置いた、イーヤンとは違った。
いかに効率よく、いかに無駄なく回るかを重視し、銀河系に散らばる次元の歪みへの最短距離を割り出していた。
 平面的な航行ではなく、ワープドライブと新機構のリニア・マスドライバーを駆使している画期的な航法であった。
リニア・マスドライバーとは、通常は惑星の地上に設置する大型カタパルトを応用した超電磁射出システムである。
スペースファイターや機動歩兵に電磁力を帯びさせて高速射出する、リニアカタパルトを大型化したようなものだ。
 実用化されたのは最近だが、機体の高速移動に比例して発生する過重力がひどく、軍用として使われるのみだ。
過重力は重力制御装置によってある程度は軽減されるのだが、船体に過負荷が掛かってしまうのが問題だった。
過激な性分の割に宇宙船を大事にするシーザーとは、真逆の考え方だ。これでは、突っぱねられても仕方ない。
 そして、もう一つ引っ掛かる部分があった。惑星ウォラーレは内戦の真っ最中で、近隣宙域は戦闘宙域内だ。
惑星ウォラーレの重力を使って加速すれば、確かに航行時間は短縮されるが、敵と見なされる危険性があった。
 マサヨシがサチコに意見するべく腰を上げるとアラームが鳴り、勤務時間を割いて作った会議時間が終わった。
五日後に出発を控えているとはいえ、それぞれに仕事がある。マサヨシが解散を命じると、皆は会議室を出た。
当然、サチコも持ち込んだファイルやデータディスクをまとめて立ち上がろうとしたので、マサヨシは呼び止めた。

「ミス・パーカー」

「なんでしょうか、ムラタ船長」

 サチコは資料を会議机の上に戻し、マサヨシに目を向けてきた。

「君が立てたプランだが、一つ問題がある」

 マサヨシは議長席を離れ、サチコに近付いた。

「リニア・マスドライバーの使用による過負荷と過重力の軽減については、後ほど資料をお渡しいたしますが」

 サチコはツルを押してメガネを直し、真っ向からマサヨシを見据えてきた。

「惑星ウォラーレは内戦中の惑星だ。宇宙連邦政府からも、情報が来ている」

 マサヨシは十五センチほど背の低いサチコを見下ろし、威圧感を込めながら言った。

「戦闘宙域に少しでも入れば、敵と見なされて迎撃され、設備ばかりが重くて武装の少ないウィンクルム号は五分と立たずに爆砕するだろう。君はその責任を取れるのか?」

「戦闘宙域に接近しなければ良いだけの話です」

「俺一人でスペースファイターを操縦しているのならそうしていただろうが、ウィンクルム号には二百人弱が搭乗する予定なんだ。俺はスペースファイターであればいくらでもダンスを踊らせてやれるんだが、生憎、次元探査船のような重たいだけで速度の出ない船はステップを踏ませることもままならないんだ。俺達の任務は調査であって、集団自殺することじゃない」

「ですが、惑星ウォラーレを通過しなければ、二ヶ月置きの補給が一週間以上遅れてしまいます」

「だったら、その前の補給で物資を増やせばいいだけのことだ。船足は遅くなるが、搭乗員の命には代えられん」

「ウィンクルム号が積載出来る物資量には制限があります」

「必要最低限の武装を捨てろとでも言いたいのか?」

「そうは申し上げておりません」

「とにかく、惑星ウォラーレを通過しなければいいだけのことだ。プランを練り直せ、命令だ」

「航行中でしたら受け付けられますが、今はそうではありません」

「ミス・パーカー。君の判断一つで、どれだけの犠牲が生まれるかよく考えてみろ。一日だけ時間をやる」

 マサヨシはサチコに背を向け、大股に歩き出した。サチコも歩き出し、ヒールの高い足音が遠ざかっていった。
杓子定規な女だ。気に入らないどころか、苛立ちすら感じる。効率さえ良ければ、他はどうでもいいのだろうか。
明日持ってくるプランでも修正されていなければ、降ろすしかない。そう思いながら、マサヨシは歩調を早めた。
 翌日、サチコはマサヨシの元にやってきた。再度組み立てられたプランは、最大の問題点が修正されていた。
惑星ウォラーレに接近しない代わりに、ウォラーレ星系のガス惑星の重力を使い、加速するプランに変わった。
昨日の会議と同じくサチコは淡々と説明していたが、長い黒髪はほつれていて顔色もあまり冴えていなかった。
きっと、仕事を終えた後、寝ずにプランを立てたのだろう。真面目すぎて面白味はないが、責任感は強いようだ。
マサヨシは少しだけ彼女に対する認識を変えたが態度を変えることはなく、そのプランを受け取っただけだった。
 四日後、次元探査船ウィンクルム号は出航した。







08 10/27