アステロイド家族




この宇宙の中心で



 今までも、これからも。


 操縦桿を握る手を緩め、緊張も緩めた。
 キャノピーを覆う外装が格納されると、全面モニターがオフになり、格納庫内のライトが頭上に降り注いできた。
体を拘束していたベルトを外し、ヘルメットを外し、キャノピーを開く。流れ込んできた空気は、生温く、機械臭い。
 コクピットから身を乗り出すと、訓練生達の機体が視界に入ってきた。全機ともマーカー弾の洗礼を受けていた。
特にひどいのがアタッカーの役割を果たしている一号機で、機体の面影が消えるほど派手な塗装を施されていた。
最も多い色が、マサヨシのマーカー弾である黄色の弾痕だった。エンジン、キャノピー、両翼、と撃たれすぎている。
血の気が多いのは結構だが、多すぎて持て余している。二号機と三号機も見やったが、どちらもカラフルだった。
二号機は赤が多く、三号機は青が多い。どの機体も、実弾であれば蜂の巣にされていることは間違いなかった。
これでは、もう一度訓練を付ける必要があるかもしれない。三人とも見込みはあるのだが、若すぎるのが難点だ。

「ムラタきょーかーん!」

 一号機のキャノピーから飛び出してきた青年は、ヘルメットをかなぐり捨て、マサヨシの機体に駆け寄ってきた。

「ひどいじゃないっすか、どうして俺ばっかり集中砲火するんすか!」

「そりゃ、お前がアタッカーだからだろうが、ブライアン」

 マサヨシはパイロットスーツの襟元を緩め、訓練生を見下ろした。

「だが、突っ込みすぎだ。切り込むにしたって、あれじゃ攻撃じゃなくて特攻だぞ?」

 悔しげに口元を歪めて、彼は唸った。唇の隙間から垣間見える鋭い牙と尖った耳は、異星人との混血の証だ。
統一政府宇宙軍木星宇宙空挺団に配属されたばかりの新入りパイロット、ブライアン・ブラッドリー准尉である。
混血であるが故にあらゆる感覚が鋭敏でパイロットとしての腕も冴えているのだが、血の気が多いのが欠点だ。

「お前もだ、ピエトロ。後ろに下がりすぎてチームから離れていたぞ」

 マサヨシは、二号機のコクピットから出てきたパイロットを指した。

「俺としちゃ、頑張った方なんですけどね」

 二号機のパイロット、ピエトロ・ウルバーノ准尉は不満げにヘルメットを投げている。彼は純粋な新人類である。
エスパーでもあるが、サイコキネシス能力は弱すぎて使い物にならないので、パイロットとなる道を選んだのだ。
血の気が多すぎるブライアンとは違い、慎重で的確な操縦をするが、その代わり腰が引けすぎている部分がある。

「だが、お前が教官に勝ちたかった理由は向上心とかそんなんじゃないだろうが」

 三号機のパイロット、パウエル・スターリング准尉は自機から飛び降りると、忌々しげにブライアンを見下ろした。
力任せのブライアンとは違った意味で過激なフライトをする兵士で、トリッキーな動きによる攪乱が得意としている。
だが、時折リーダーの意見を無視した行動を取ることがあり、三人の中では最も協調性に欠けている兵士だった。

「なんせ、フェアリー小隊のルシール・ヴィルヌーヴ少尉とのデートが掛かってるんだもんなぁ?」

 嫌みったらしくにやけたピエトロに歩み寄られ、ブライアンは慌てふためいた。

「誰から聞いたんだよ!」

「教官達から一発も喰らわなければ最後まで、一発でも喰らったらキス止まり、それ以上はお断りってこともな」

 ピエトロに続き、パウエルに迫られ、ブライアンはばつが悪くなって後退った。

「あー、えーと、その…」

「馬鹿じゃねぇの?」

 三人の訓練生に半笑いの声を掛けたのは、分厚い外装を身に纏った真紅の機械生命体、イグニスだった。
イグニスは左手に握っていたバルカンからマガジンを外すと、指先にトリガーを引っかけて銃身を回転させた。

「ブリィはからかわれてんだよ、ルシールに。いい加減に気付いたらどうなんだよ、あの女はお前のことなんか弾幕の一発ぐらいにしか思っちゃいないぜ?」

「下らん私情を訓練に持ち込む時点で、貴様らは新兵以下だ。訓練学校から出直すがいい」

 イグニスと共に近付いてきたトニルトスもまた、分厚い外装を身に付けており、青い素肌が覆い隠されていた。
訓練機と同様に地味な色合いのパワードアーマーは、ほぼ全身を覆うデザインで、やはりバルカンを握っていた。

「ブライアン! 訓練に私情を挟んだ罰として、グラウンド十五周!」

 マサヨシが命じると、ブライアンは背筋を伸ばした。 

「い、イエッサー!」

「せいぜい頑張ってこいよ、ブリィ」

 にたにたしながらブライアンの肩を叩いたピエトロに、マサヨシは言った。

「お前も行くんだ、ピエトロ。弾幕を散らすのは良いが、散らしすぎたせいでパウエルに掠りかけていたぞ」

「じゃ、俺は先に帰らせてもらうぜ。せいぜい良い汗を掻いてこいよ」

 まあ頑張れ、と二人の肩を叩いたパウエルに、今度はトニルトスが言った。

「貴様もだ、パウエル。初速が鈍っていたことを見逃すほど、私の視覚センサーは甘くはない」

「でも、あれは凡ミスっていうか…」

 苦笑いを浮かべたパウエルに、イグニスが詰め寄った。

「その凡ミスのせいで、敵から集中砲火を喰らって撃墜されるのはどこのどいつだ? お前自身だろうが」

「…イエッサー」

 パウエルは渋々了解し、敬礼した。

「天下のファントム小隊が訓練を付けてやってんだ、使い物になってくれなきゃ俺達が困るんだよ」

 イグニスは左腕を包んでいた一回り大きい腕を外すと、手首を回しつつ、右腕のリボルバーを覆う外装も外した。
鈍い銀色のアーマーの下から現れたリボルバーは目が覚めるほど鮮烈な赤で、その色に陰りは欠片もなかった。
トニルトスもまた、外装を外した。翼に比重を加えていたアーマーを外し、可動域を半減させる関節の外装も外す。
パワードアーマーを全て外すと、二人の体格は一回り小さくなった。本来、二人にはアーマーなど無用の長物だ。
だが、訓練を付ける場合にはハンデとして着用することが義務付けられているので、煩わしいが身に付けていた。
けれど、そのアーマーが汚れたことはほとんどない。機械生命体の実力は、統一政府軍でも突出しているからだ。
 マサヨシが軍に復帰したと同時に、イグニスとトニルトスも訓練と試験を受け、統一政府軍に従軍することにした。
どの世界でも軍隊は似たようなものなので、二人は長年慣れ親しんだ環境に戻ったことを楽しむ余裕すらあった。
中佐に戻り、木星基地の宇宙空挺団に配属されたマサヨシは、教官の資格を得ると同時に第一線からは退いた。
その頃にはイグニスとトニルトスもそれなりに昇進していたのだが、マサヨシ以外の人間と組むのは合わなかった。
なので、上に少々無理を言って二人も教官の資格を得て、マサヨシと同じように後進の指導に努めることになった。
割と自由だった傭兵時代や、激しい戦争を繰り広げていた時代が懐かしくなることもあるが、現状に満足している。
 それもこれも、新たに増えた家族のためである。四人の娘を育て上げるには、安定した収入が欠かせなかった。
傭兵の仕事は場合によっては大きな収入を得られるが、大きく波がある上、常日頃から命の危険に曝されている。
その点、教官なら最前線にも出なくて済み、三人分を合わせればそれなりに大きな額の給料を得られるのである。
 文句を言いながら訓練場に向かう三人の訓練生を見送ったマサヨシは、二人の友人と顔を見合わせ、笑った。
訓練後の事務処理を終えれば、一週間ぶりに我が家に帰れるのだ。二人は緩んだ笑いを零して、拳を合わせた。
 この日を、どれほど待ち望んでいたことか。




 木星基地を後にした三人は、エウロパステーションに立ち寄った。
 その目的は、事前に頼まれていた買い出しをするためだ。七人家族の一週間分ともなると、さすがに量が多い。
ヤブキが畑で作れない食料品を始め、様々な日用品や雑品を買い付けてくるようにとミイムから注文されていた。
その全てを買うのは一苦労だ。ショッピングモールで買い終えた頃には、コンテナはずしりと重たくなっていた。
それを担いだイグニスは鬱陶しげだったが、仕方ないことだった。ヤブキには、買い出しを任せられないからだ。
ヤブキはアウトゥムヌスからのプレゼントであるインテゲル号を今も所有しているが、正直、操縦は上手くはない。
軍に復帰する前にマサヨシが手合わせしてみたが、相変わらずの下手さで、機体が可哀想に思えるほどだった。
万が一、アステロイドベルト付近の宙域で宇宙海賊と遭遇してしまったら、逃げる間もなく撃墜されてしまうだろう。
 マサヨシは情報端末のホログラフィーを展開し、ミイムからの買い物メモを再確認していたが、ふと目を上げた。
カフェテラスのオープンデッキに、見慣れた顔があった。珍しくスカートを履いた、私服のレイラ・ベルナールだった。
同じ席には、人間大の大きさの船内作業用ロボットが二体座っていたが、どちらも両腕には武装が施されていた。
レイラはオレンジピールの載ったガトーショコラを食べながら、生クリームの浮いたホットチョコレートを啜っていた。

「あ、中佐」

 カップを下ろしたレイラは、マサヨシに気付いて振り向いた。

「よう、レイラ」

 マサヨシが近付くと、レイラは立ち上がった。

「天下無敵のファントム小隊による拷問じみた訓練の評判、聞いていますよ。この二ヶ月で、一体何人の訓練生を撃墜しちゃったんですか」

「人聞きの悪いことを言うな。それが教官の仕事なんだから」

 マサヨシが苦笑すると、トニルトスが返した。

「だが、その表現は誤りではない。新人共が腑抜けているから、おのずと訓練も苛烈になるのだ」

「んで、そこの二人は」

 イグニスが二体のロボットを指すと、左肩に北斗七星のマーキングが付いたロボットは敬礼した。

「ベルナール小隊所属、ポーラーベアであります!」

「同じく、サザンクロスっす!」

 右肩には南十字星のマーキングが付いたロボットも、敬礼した。

「今までのボディはどうした、売っ払っちまったのか?」

 イグニスが二人を親指で示すと、レイラは両手を上向けた。

「次元管理局の頃に使っていたのは軍用機だったので、もう引き払っちゃったんですよ。んで、今までに貯め込んだボーナスやら貯金を一気にぶちまけて、私の可変型機動歩兵を買ったら、ちょっと足が出ちゃいまして。んで、仕方ないから、二人のAIは船内作業用ロボットのボディに入れたんですよ。手塩に掛けて育てたAIだから、軍に置いてきちゃうのは勿体ないですからね。それに、こいつらの管理者権限を持っているのは私ですから」

「リリアンヌ号の採用試験はどうだった?」

 マサヨシが尋ねると、レイラはピースサインを見せた。

「そりゃあもう。誓約だらけの契約書にサインしたんで、後はあちらからのお迎えを待つばかりですよ」

「我らの心はレイラ君の物なのであるからして、レイラ君の行くところならばたとえ宇宙の果てであろうが次元の彼方であろうが関係ないのだっ!」

 両の拳を握って意気込むポーラーベアに、サザンクロスは馴れ馴れしく肩を組んだ。

「ていうか、俺達じゃなきゃレイちゃんの荒っぽい操縦には付き合えねーのもマジ事実だし?」

「ワイルドと言いなさい、ワイルドと」

 レイラはサザンクロスの頭部を小突いてから、マサヨシに向いた。

「出発は明日なんで、今日は太陽系ライフを満喫しますよ」

「リリアンヌ先生とカイル先生に会ったら、よろしく言っておいてくれ。俺達は元気にやっている、とな」

「了解です」

 レイラは敬礼してから、感慨深げに言った。

「でも、私が軍を辞めるなんて思ってもみなかったですよ。人生、どこで何があるか解らないですね」

「そうだな。俺もつくづくそう思うよ」

「ステラも落ち着きましたよ」

 レイラは、少し切なげに声色を落とした。

「この銀河を真っ二つにした次元断裂現象が収まった後、ひどく落ち込んでいましたよ。グレン・ルーがいなくなって目が覚めたのか、自分の判断で引き起こしてしまった次元断裂現象の大きさに怯えたのか、それとも次元の彼方から現れたであろうサチコに説教されたのか解りませんけど、それきりステラはすっかり自信を失っちゃって、あれだけ苦労して手に入れた局長の地位からも退いてしまいました。でも、ラルフ隊長がいたおかげで、なんとかなっています。だから今、ステラは、昇進したついでに配置換えになったラルフ隊長と一緒に土星基地に引っ越しまして、十年近く延期していた新婚ライフの真っ最中です」

「暇が出来たら、二人に会いに行くよ」

「きっとまた、すぐに元通りになれますよ。だって、友達なんですから」

 レイラは笑んだが、あ、と小さく声を上げ、テーブルに載せていた小振りな花束をマサヨシに渡した。

「これ、サチコに渡しておいてくれませんか。出発する前に一度コロニーに行くつもりだったんですけど、時間が取れなくなっちゃったんで。ついでに、娘さん達にもよろしく言っておいて下さい」

「丁重に預かっておくよ」

 マサヨシは、花束を受け取った。春の花であるチューリップがメインの、派手さはないが可愛らしい花束だった。
三人は彼女達に別れの挨拶をした後、買い出しを続行するためにショッピングモールのメインストリートに戻った。
 レイラが軍を退役したのは、二ヶ月半前のことだ。あの次元断裂現象の事後処理を、一通り終えた後だった。
ステラの命令に逆らえずにマサヨシらの家を襲撃したレイラは、自己嫌悪に陥り、軍人であることに疑問を持った。
だが、レイラは長年機動歩兵を操って戦ってきたからか、それ以外の道をなかなか見いだすことが出来なかった。
けれど、軍に居続けることに耐えられなくなったレイラは、部下であり子供でもある二人のAIを持ち出し、退役した。
それからしばらく、レイラは人生の休暇を楽しんでいたが、一ヶ月程で何もしないでいることに耐えられなくなった。
 そんな時、レイラは、救護戦艦リリアンヌ号が護衛隊の隊員を増員するために公布した求人情報に目を留めた。
軍人として戦うことは正義とは言い切れないが、リリアンヌ号を守って戦うことは純然たる正義と言い切れることだ。
そう思ったレイラは即座にリリアンヌ号に連絡し、採用試験を受けた。そして、晴れて採用されたというわけである。
きっと、これは彼女の人生の転機となるだろう。一年後か、或いは数年後かは解らないが、再会の時が楽しみだ。
あの一件以来、レイラと家族の皆はいい友人になった。経緯こそ最悪だったが、今となっては家族も同然である。
 レイラからもらった花束に気を取られながら歩いていると、マサヨシの足に軽い衝撃が訪れ、悲鳴が聞こえた。
見ると、背後で少女が転んでいた。マサヨシにぶつかったらしく、尻餅を付いており、短いスカートがめくれていた。
その顔を見た途端、マサヨシはぎくりとした。黒髪に青い瞳を持つ少女の面差しは、どう見てもヤブキの妹だった。

「こら、急に走っちゃダメでしょうが!」

 母親と思しき声にマサヨシと少女が揃って顔を上げると、息を切らしたジェニファーが駆け寄ってきた。

「あ…」

 長いブロンドをショートカットにしたジェニファーはマサヨシを見、少し躊躇ったが、笑顔を見せた。

「久し振りね、マサヨシ」

「元気そうだな、ジェニファー」

 マサヨシは彼女に笑みを返してから、少女の手を取り、立ち上がらせた。

「この子はお前の娘か?」

「ん、まあね。ダイアナっていうの」

 ジェニファーはダイアナの前に屈み、スカートの汚れを払ってやった。

「まずは、マサヨシにごめんなさいしなさい。ぶつかっちゃったのはあんたなんだからね?」

「おじさん、ごめんなさい」

 ダイアナは素直に頭を下げてから、舌っ足らずな声で名乗った。

「あたしは、だいあな・ぜはーしょんっていいます。はじめまして、こんにちは」

「この子はね、コンテナから出てきたのよ」

 ジェニファーは甘えてきたダイアナを抱き上げ、柔らかく笑んだ。

「受け取り先がダメになっちゃった貨物のコンテナを開けたら、ダイアナのポッドが入っていたのよ。最初は統一政府にでも引き渡そうかと思ったけど、そうしたらどうなっちゃうかは私が一番良く知っているから、引き取ったってわけ。大変だけど、その分楽しくて仕方ないわ。近いうちに、運び屋からも足を洗うつもりよ。出来る限りはね」

「おかーさん、ダイアナ、えらい? ちゃんとごあいさつできたよ?」

 屈託のない笑顔でジェニファーに縋るダイアナに、ジェニファーは緩んだ顔で答えた。

「うん、偉い偉い。でも、私から離れて一人でどこかに行っちゃダメよ? あんた、可愛い顔してるんだから、どこぞのロリコン機械生命体に誘拐されちゃうかもしれないんだから」

「良い度胸してんじゃねぇか、ジェニファー」

 イグニスが苛立って彼女に詰め寄ると、ダイアナがちょっと泣きそうな顔をした。

「やだー、おかーさんといっしょにいるぅー。でっかいおじちゃんはいやー」

「あら、それって」

 ジェニファーはダイアナを宥めていたが、マサヨシの持つ花束に気付いた。

「ああ、さっきレイラからもらったんだ。サチコにってな」

 マサヨシが先程のカフェテラスを示すと、ジェニファーは朗らかに笑んだ。

「そう。きっと喜ぶわね、サチコ」

「何があったのかは知らんが、吹っ切れたみたいだな」

 マサヨシがジェニファーの穏やかな反応を意外に思うと、ジェニファーは気恥ずかしげに首を竦めた。

「あの時は、私もどうかしてたのよ。だからもう忘れて、マサヨシ。それがどっちにとっても一番よ」

「そのつもりさ。サチコのためにも、ダイアナのためにも、お前のためにもな」

「何よ、その優先順位。でも、まあ、もういいわ」

 ジェニファーは少し笑いを零したが、その中には自虐も自嘲もなかった。

「じゃ、またね、マサヨシ。宇宙のどこかで会いましょう」

 ジェニファーはダイアナを降ろし、手を繋いで歩き出した。その様子は、どこにでもいる親子と変わりなかった。
マサヨシは二人を見送ってから、背を向けた。イグニスとトニルトスは、マサヨシを問い詰めようとはしなかった。
その心遣いに感謝しつつ、いずれ話すことになるだろう、とも思っていた。隠し事をするのは、もう沢山だからだ。
 マサヨシは、心から安堵していた。ジェニファーの空虚さは柔らかく埋められ、ダイアナも暖かな家族を得られた。
目覚めなかったダイアナがいたということは、目覚めたダイアナがいたということであり、その中の一人なのだろう。
きっと、そうなるように出来ていたのだ。サチコの力が及んでいたとしても、いなかったとしても、これで良いのだ。
 皆、何かを欠いて生きている。異なる次元のマサヨシらは、それを埋めることが出来なかったために道を誤った。
それが埋まった今、道を誤ることもない。万が一誤ったとしても、正しい方向に導いてくれる手は伸ばせば掴める。
 それが、家族というものだ。







08 11/15