アステロイド家族




トラブル・ショッピング



 そして、翌日。
 マサヨシはスペースファイターにハルとミイムを同乗させ、買い物のために木星の宇宙ステーションへ向かった。
サチコによって残り少ない有り金を巻き上げられてしまったイグニスは、留守番として廃棄コロニーに残してきた。
それには、一応理由がある。イグニスを同行させると、ただでさえ低い愛機の輸送能力が大幅に削られるからだ。
マサヨシのスペースファイターは小型故に航行速度こそ速いが、戦闘能力を高めるために輸送能力を犠牲にした。
よって、イグニスのような大荷物を運ぶには向いていないのだが、彼と組む際に無理矢理左翼を改造したのだ。
宇宙空間で自在な動作が可能な機械生命体、イグニスと組んで戦うのは非常に有利だが、弊害はいくつもある。
だが、それらを差し置いてもイグニスと組むことは利点が大きい。なので、十年以上も付き合いが続いている。
 マサヨシのスペースファイターは、サチコの的確なナビゲートによって木星のガニメデステーションに到着した。
ガニメデステーションは太陽系内の宇宙ステーションの中でも抜きん出て商業施設が多く、どんなものでも揃う。
統一政府の系列にある真っ当な店から、明らかに闇ルートで入手した品物を並べている怪しげな店まで様々だ。
当然、ハルの気に入りそうな子供服の店もあれば、ミイムに着せても遜色のない女性向けの服の店もあった。
 スペースファイターを宇宙船用パーキングに停めたマサヨシは、ステーション移動用のエアカーをレンタルした。
宇宙ステーションやコロニーの中は、政府の法律で車輪を使って移動する乗り物は使えないことになっている。
まかり間違って事故を起こせば大規模な惨事が起きかねないので、常に浮遊している乗り物を使うのが義務だ。
エアカーやエアバイクなどは基本的には搭乗者が操縦するが、事故を起こしそうになったら外部から制御される。
または緊急回避装置が作動し、自機を停止する。おかげで、今までエアマシン同士の事故は一度も起きていない。
 マサヨシの借りたエアカーは四人乗りで、操縦席にはマサヨシが座り、後部座席にはハルとミイムが座った。
サチコはいつものスパイマシンに意識を移し、助手席にいた。彼女のナビゲート能力は、どんな時も欠かせない。
宇宙ステーションの血管とも言えるチューブ状の移動用通路は、常に空気が循環しているので、風が強かった。
だが、エアカーは自動慣性制御が付いているので、風に煽られたとしても反動を付けてすぐに姿勢を戻していた。
 長いトンネルに似た移動用通路内を行き交う様々な車種のエアカーが物珍しいのか、ハルははしゃいでいた。
ミイムもまた、大きな金色の瞳を開いて眺めていた。マサヨシはその様子を横目に見つつ、頬を緩めていた。
ミイムの一件は差し置いても、ハルが喜んでくれたのなら何よりだ。逆に考えれば、なんでもないことなのだ。
ミイムにパンツを買うついでにハルの服を買うのではなく、ハルの服を買うついでにミイムのパンツを買うのだ。
そう思えば、大したことではないだろう。マサヨシはハンドルタイプの操縦桿を回して、エアカーを左折させた。
巨大な血管から派生している毛細血管のような細い移動用通路に入ると、店舗の広告や看板が一気に現れた。
 ブティックが一塊りになっている商業ブロックに入ったマサヨシは、エアカーのパーキングに入って駐車した。
エアカーを借りた時に渡される駐車許可証を使ってロックを掛けると、反重力装置が作動し、車体が重くなる。
エアカーの重量は増し、地面に吸い付いた。こうすれば、宇宙ステーションの自転で車体が流されることもない。
 エアカーから降りた一行は、まず最初の目的であるミイムのパンツと服を探すため、ブティックに向かった。
ハルもハルで時間が掛かると思われたので、マサヨシはハルの見張りをサチコに任せてミイムと共に行った。
太陽系一の店舗数を誇る宇宙ステーションだけあって人通りが多く、気を抜けば人の波に紛れてしまいそうだ。
派手な服や装飾品が並ぶブティックが面白いのか、ミイムはきょろきょろしていて今にも迷子になりそうだった。

「ほら」

 迷子になると後が面倒だ、と思ったマサヨシは、ミイムに手を伸ばした。

「みぃ?」

 ミイムはきょとんとしたが、気恥ずかしげに頬を染めた。

「ふみぃ、そんな、恥ずかしいじゃないですかぁ」

「俺だって男と手を繋ぎたくはない。だが、迷子になったら困るのはお前だろう」

 マサヨシはげんなりしながらも、ミイムの手を取った。肌も薄ければ肉も薄い、ほっそりとした手だった。

「みぃ! パパさん、優しいですぅ!」

 ミイムは少女のように溌剌とした笑顔で、マサヨシの腕に縋ってきた。 

「だから、勘違いするな!」

 マサヨシはミイムを押し退けてしまいたかったが、ミイムの腕の力は思った以上に強く、押し退けられなかった。
マサヨシは他の客から注がれる視線が痛かったが、それを振り払い、ミイムを引っ張るようにして歩き出した。

「ほら、さっさと行くぞ! 用件を済ませたらハルとサチコと合流して、食料の買い出しに行くんだからな!」

「でも、ボク、やっぱりパンツは嫌ですぅ」

 ミイムはマサヨシに引きずられて歩きながら、頬を膨らませた。

「いいから行くんだ。俺だって、好きで行くわけじゃないんだから」

 マサヨシは込み上がる羞恥心と戦いながら、足を進めた。周囲の店は派手さを増し、並ぶ品物も派手になった。
それは、ランジェリーショップばかりが並ぶ通りだった。当たり前だが、こんなところ、今まで入ったことはない。
ウィンドウに立つマネキンはどれもこれも艶めかしいポーズを取っていて、面積の小さい下着を身に付けている。
擦れ違うのは女性ばかりなので、マサヨシは尚更恥ずかしくなってきたが、ここまで来てしまっては引き返せない。
マサヨシはなるべく周囲を見ないようにしながら、適当な店舗を見定めると、ミイムを引きずりながら入店した。
 いらっしゃいませ、との明るい声が掛けられ、マサヨシはようやく足を止めた。だが、すぐさま後悔に襲われた。
棚という棚に、ラックというラックに、所狭しとランジェリーが並べられており、店員の服装も相応に派手だった。
マサヨシは引き返したかったが、我慢した。ここで自分が挫けてしまっては、ミイムを引きずってきた意味がない。

「なんでもいいから、さっさと選べ」

 マサヨシはミイムを店内に押しやってから、背を向けた。だが、ミイムはまたマサヨシの腕を掴んだ。

「みぃ、パパさんも来て下さいよ。だってぇ、ボクはどんなのがいいか解らないんですもん」

「俺だって解らない。とにかく早く選んでくれ」

「みゅう…」

 ミイムは店の中を見回していたが、ある一点に目を留めた。

「じゃあ、あれが見たいですぅ!」

「どれだ?」

 マサヨシはあまり見たくなかったが、仕方なくミイムの指す方向を見た。そこは、アダルトな下着の一角だった。
遠目に見るだけでも、まともな機能を持っていない下着ばかりだった。ミイムのコンテナに入っていたものと近い。
ほとんど紐だけで股に当てる布がないものや、おかしな位置に穴が空いているものや、透けているものばかりだ。

「うみゅ! あれだったらぁ、まだ許せるかもしれないですぅ」

 ミイムは短いスカートの下で、尻尾をぱたぱたと振る。

「あれだけはやめてくれ、お願いだから!」

 マサヨシが懇願すると、ミイムは眉を下げた。

「みぃ? パパさん、なんでもいいって言ったじゃないですかぁ」

「なんでもいいが、そういうのは良くない!」

「だって、ボクは布地が多いパンツは嫌なんですぅ」

「確かにその基準には当て嵌まるかもしれないが、俺の常識の範疇からは外れている!」

「じゃ、どんなのがいいんですかぁ? パパさん、教えて下さいよぉ」

「教えるも何も、俺は女じゃないから解らないんだ!」

「じゃ、なんでパパさんが一緒に来たんですかぁ?」

「お前を見張るためだ、ミイム。迷子になったら困るし、おかしなものを買わないか心配なんだ」

「おかしなものって、なんですかぁ?」

「つまり、なんだ」

 マサヨシが言葉を濁していると、ミイムは先程のアダルトな下着と併設されたアダルトグッズの棚を指した。

「ああいうモノのことですかぁ?」

「解っているなら聞かないでくれ」

 マサヨシは居たたまれなくなって、顔を逸らした。ミイムは、マサヨシを見上げてくる。

「パパさんはぁ、ああいうのって使ったことがあるんですかぁ?」

「あるわけがないだろう!」

「ということは、パパさんってば」

 マサヨシはミイムがその先を言う前に、ミイムの腕を振り払ってその背を押した。

「いいから、とにかく行ってこい! そしてさっさと会計してこい!」

「みぃ、乱暴にしないで下さいよぉ」

 何歩か前に出たミイムは、やけにしおらしい態度で振り返った。

「ボクにそんなにパンツを買わせたいなんて、パパさんったら本当にえっちですぅ」

「そういう意味じゃないと何度も言っているだろう」

 マサヨシはミイムに振り回されるのに辟易し、背を向けた。ミイムは、渋々パンツの並ぶ棚に向かった。

「解りましたよぉ、買ってくればいいんでしょ、買ってくればぁ」

 ミイムが比較的まともな下着のある棚に向かったことを確認し、マサヨシは安堵と気疲れで深くため息を吐いた。
店員や他の女性客の視線が突き刺さるようで、マサヨシは居たたまれなかったが、逃げ出すわけにはいかない。
初めてハルの子供用の下着や衣服を買った時も恥ずかしかったが、今回はその非ではないほど恥ずかしかった。
いい歳をして何を意識している、傭兵なのに度胸がない、と自分でも思うが、恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。

「パパさぁーん、これならどうですかぁ?」

 しばらくして、ミイムは両腕一杯に下着を抱えて戻ってきた。

「恋人同士じゃあるまいし、わざわざ俺に見せに来ることもないだろう」

 マサヨシは困惑しながらも、駆け寄ってきたミイムと向き直った。

「ほら、これなんかすっごく可愛いですよぉ!」

 そう言ってミイムが取り出したのは、黒のレースのガーターベルトだった。

「これなら、ボクも許せますぅ」

「それはパンツじゃないから却下だ」

 マサヨシは赤面しつつ、そのガーターベルトを取り上げた。ミイムは、むっとする。

「なんでもいいって言ったじゃないですかぁ」

「パンツ限定だ!」

「じゃ、これはぁ?」

 次にミイムが取り出したのは、向こうが透けて見えるほど薄いピンクのスリップだった。

「却下だ!」

 こんなものを着られたら本当に困る。マサヨシは、またもやそれを引ったくった。

「じゃ、これならどうですかぁ? パンツですよぉ」

 ミイムが掲げたのは、全てが紐で出来ているパンツだった。

「却下!」

 これもまた、マサヨシは引ったくった。

「だったら、これならどうですかぁ?」

 少しむっとしつつ、ミイムはサイズの大きい紫のブラジャーを取り出した。

「却下! というか、付ける必要がないだろう!」

 マサヨシがそのブラジャーも引ったくると、ミイムは苛立たしげに眉を吊り上げる。

「選べって言っておきながら、全部却下なんてひどいじゃないですかぁ!」

「お前の選ぶ基準が問題なんだ!」

「じゃ、これならどうですかぁ?」

 そう言ってミイムが取り出したのは、ガーターベルトで吊り下げるタイプの白いストッキングだった。

「却下に決まっている!」

 マサヨシはそれも引ったくってから、羞恥心を堪えて、手近な棚からパンツを何枚か取ってミイムに押し付けた。

「もういい、お前には選ばせないからな! ほら、これでいいだろう!」

「みぃー…」

 ミイムはマサヨシの押し付けたパンツを見下ろしていたが、そのパンツをマサヨシに投げつけた。

「パパさんなんて嫌いですぅ!」

「…は?」

 ミイムが怒り出した理由が解らず、マサヨシはパンツにまみれて立ち尽くした。

「ボクだって、ボクだって一生懸命なんですよぉ!? 正直言ってパパさん達との生活に慣れるだけでも大変なのに、サチコさんから太陽系のお料理を教わって味付けだって工夫しているのに、ハルちゃんのお世話だって頑張っているのに、お掃除だって、お洗濯だって、毎日毎日精一杯やっているのに、それなのにぃ!」

 涙ぐんだミイムはマサヨシを睨み付け、怒鳴った。

「パンツを履かないのがそんなに悪いことですかぁ! ボクのことが、そんなに嫌いなんですかぁ!」

「いや、嫌いとか、そういう問題じゃなくてな」

 マサヨシは戸惑いながら言葉を掛けるも、ミイムは泣きながら店を飛び出した。

「ふみゃああん! パパさんなんて、パンツと結婚すればいいんですぅ!」

 意味不明な捨てゼリフを残し、ミイムは人通りの多い通りに駆けていった。マサヨシは、呆気に取られていた。
ミイムがなぜそこで怒るのか、よく解らない。とりあえずこれをなんとかしよう、と散らばった下着を拾い集めた。
丁重に謝りながら店員に全ての下着を返してから、マサヨシはランジェリーショップから出て、通りを見渡した。
だが、既にミイムの姿はなかった。このまま放っておくのは良くない、とは思うが、どこをどう探すべきなのか。
 マサヨシとしては、正しいことを言っているつもりだった。パンツを履かせたい理由も、きちんと説明したのだ。
なのに、なぜミイムは怒ったのだろう。首を捻りながらマサヨシは歩いていたが、ふとサチコのことを思い出した。
こういう時は、サチコに探してもらえばいい。ミイムには情報端末を持たせているから、すぐ探し出せるはずだ。
マサヨシはポケットから情報端末を取り出し、ハルのお守りをしているサチコを呼び出しながらため息を吐いた。
 パンツのことで、こんなに気疲れするとは思わなかった。





 


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