奇襲、強襲、大猛襲。 その日の目覚めは、物騒だった。 生温い夢が外部からの刺激で揺さぶられ、同時に轟音が響いた。直感的に目を開き、ベッドから飛び起きた。 起き上がると同時に熱線銃を取り出して引き金に指を掛け、ドアの脇に立ち、神経を研ぎ澄ませて息を詰める。 ドアの向こうではミイムの慌てた足音が繰り返されており、声から察するにスープの鍋をひっくり返したようだった。 足音の数を数えるが、ミイムのものだけだった。他の足音はない。とすると、侵入者がいるわけではなさそうだ。 だが、油断するわけにはいかない。マサヨシは熱線銃のトリガーに掛けた指先を緩めずに、彼女の名を呼んだ。 「サチコ」 マサヨシが鋭く命じると、枕元に転がっていたスパイマシンの球体が即答した。 〈もちろん感知しているわよ、マサヨシ〉 「さっきの揺れは次元震か?」 マサヨシは熱線銃を手の届く場所に置いてから、手早く寝間着を脱ぎ捨てて着替え、再び熱線銃を握った。 〈いいえ、違うわ。次元震だとしたら、統一政府の次元管理局から予報があるはずだもの。それに、私のセンサーでは、半径五百キロメートル以内では空間超越反応も探知していないわ〉 「だが、敵襲にしては大人しいな」 マサヨシは戦闘服も兼ねたパイロットスーツの襟元を締め、ホルスターに熱線銃を差した。 〈ええ、それともまた違うわ。私がサーチした結果では…〉 サチコの冷静な返答が、窓の外からの絶叫で掻き消された。 「俺のキャサリンがぁーっ!」 イグニスだった。マサヨシが投げ遣りな目で窓の外へ向くと、家の前でイグニスが悶えていた。 「ええいこんちくしょう、なんてことをしやがる! ああ、キャサリン、なんて痛ましいんだ!」 「…キャサリン?」 聞き慣れない名に、マサヨシは首を捻った。イグニスとは対照的に、サチコは冷淡な声で続けた。 〈あれは放置しておきましょう。関わるだけ時間の無駄だわ。それで、さっきの続きだけど、コロニー全体のダメージチェックを行ったら右前方に損傷が確認されたわ。クレーターの深度は五メートル程度で、エネルギー反応もあるわ。そのクレーターが発生する直前に、法定速度ぎりぎりの速度でこのコロニーへ突っ込んできた未確認飛行物体があったんだけど、それをマサヨシに報告する前に衝突しちゃったのよ。もう少し時間を掛ければ、その飛行物体が何なのか調べ上げてみせるわ〉 「頼む」 〈了解。マサヨシのためだったら、なんだってしちゃうんだから〉 サチコは上機嫌に、スパイマシンを一回転させた。マサヨシが廊下に出ると、寝間着姿のハルが立っていた。 ハルは先程の揺れが怖かったらしく、ぬいぐるみを力一杯抱き締めており、今にも泣き出しそうな顔をしていた。 「パパぁ…」 「大丈夫だ。大したことじゃない」 マサヨシはハルを抱き上げると、サチコを手招きして自室から出させてから、二人を伴ってリビングに向かった。 リビングでは、盛大にひっくり返って床や壁に広がったスープと散乱した食材を、ミイムが大慌てで片付けていた。 床に広がっているスープは出来たてのトマトスープで、一見しただけでは血溜まりのように見えなくもない光景だ。 ほかほかと立ち上る湯気には程良い酸味と香草の匂いが混じり、食欲をそそるが、今朝は床が食べてしまった。 マサヨシは空腹だったので、このトマトスープが食べられないのは残念で仕方なかったが、今は諦めるしかない。 ミイムは泣きそうになりながら、無惨に潰れてしまったチーズオムレツや床一面に散らばったサラダを拾っている。 「みゅ、みゅみゅう…」 「もう一度作るのは骨だろう。だから、今朝は簡単なのでいい」 マサヨシはハルを下ろしてから、雑巾にトマトスープを吸わせているミイムに優しく声を掛けた。 「みぃ…」 ミイムは小さく頷くと、ハルに向き直って眉を下げた。 「ごめんなさい、ハルちゃん。ハルちゃんの好きなチーズオムレツ、作ったんですけどぉ、見ての通りでぇ…」 「え…?」 ハルは、ぽかんと口を開けた。 「そうなの、ママ?」 「ふみゅうん、ごめんなさいぃー!」 ミイムは謝るが、ハルは顔を歪め、泣き出してしまった。 「すっごく楽しみにしてたのにー!」 「ふみゃあああっ」 ミイムは慌てながら、ハルを宥めた。 「また今度作りますから、ねっ、だから、ね?」 だが、ハルは泣き止みそうになかった。マサヨシはトマトスープの海を雑巾で拭き取ってから、立ち上がった。 ミイムは戸惑いながらも、ハルを落ち着かせようと努力している。だが、一番泣きたいのはミイム自身だろう。 それでも、母親役の分を弁えるために必死に笑顔を浮かべているが、不自然に引きつった奇妙な笑顔だった。 リビングとキッチンの片付けのみならず、ハルのお守りまでもミイムに任せてしまうのはさすがに気が引ける。 しかし、コロニーの安全を確認するまでは戻れない。申し訳なく思いつつ、マサヨシはサチコと共に家を出た。 玄関の前では、イグニスが頭を抱えて突っ伏していた。マサヨシは、情けなさ極まる恰好の相棒に声を掛けた。 「イグニス」 「聞いてくれよマサヨシぃ!」 がばっと身を起こしたイグニスは、マサヨシに詰め寄った。 「さっき降ってきた物体のせいで、俺の大事なキャサリンが二十四パーセントも抉られちまったんだぁああああ!」 「だから、そのキャサリンって誰なんだ」 「俺の集めた、可愛いスペースデブリに決まってんじゃねぇかよぉ…。ああ、キャサリン、やっと全長五十メートルを越したばっかりだってのに、なんて可哀相なことになっちまったんだ…」 〈呆れた。あんなゴミの山に名前なんて付けていたの?〉 「ゴミじゃねぇっつってんだろ!」 イグニスはサチコにすぐさま反論したが、肩を落として項垂れた。 「ああ…俺の愛しいキャサリンがぁ…」 〈マサヨシ。サーチした結果、未確認飛行物体の正体が判明したわ〉 サチコはイグニスを完全に無視して、マサヨシに向き直った。 〈緊急救難信号を発していたから、すぐに解ったわ。あれは、太陽系宇宙軍木星大連隊が所有している訓練飛行艇ね。でも、おかしいわね。この近辺で訓練飛行を行う予定なんてないはずだし、木星大連隊が行う訓練飛行コースからも外れているわ。もしかしたら、軍に逮捕された宇宙海賊が訓練飛行艇を盗んで、アステロイドベルトまで逃亡してきたのかもしれないわ〉 「それは俺も考えていた。だが、どちらにしても、搭乗員の救出は急ぐべきだ」 〈ええ、そうね。それじゃ、久し振りに第二カタパルトを展開して、マサヨシの機動歩兵を出すわね〉 「ああ、そうしてくれ。イグニスに出てもらえば楽なんだが、今日は使い物になりそうにないからな」 マサヨシは、変な唸り声を漏らしているイグニスを見やった。イグニスは拳を握り締め、顔を上げる。 「いや、俺も出る! 傷付いたキャサリンを放っておけるわけがねぇだろうが!」 〈マサヨシの足だけは引っ張らないでね、イグニス〉 サチコが毒突くと、イグニスはいきり立った。 「お前の方こそ、その金切り声で可愛いキャサリンを怯えさせるんじゃねぇぞ、電卓女!」 「…やれやれ」 マサヨシは苦笑いを浮かべながら、久しく使っていなかった機動歩兵に搭乗するべく、カタパルトへと向かった。 言い合いを続けているサチコとイグニスと共にカタパルトに直通のエレベーターに乗り、第四層まで一気に昇る。 第四層から上は、空気が極めて薄くなっている。そのため、マサヨシは機動歩兵搭乗用の宇宙服を着込んだ。 かなり久々に着込んだので、少しカビくさかった。機動歩兵も、定期的に整備はするが滅多に使わないものだ。 だから、状態が完璧とは言い難い機体だが、機動力と火力しかないスペースファイターを使うよりは大分マシだ。 機動歩兵は、その名の通りの人型兵器だ。全長五メートル程度の人型のマシンで、細かな作業に向いている。 元々は宇宙空間での建設作業用に開発されたものだが、新旧人類の大戦時には大いに活躍し、戦果を上げた。 それ以降に開発された機動歩兵は大幅に武装を削減されており、元の作業機械に戻ったが、軍用だけは別だ。 マサヨシが所有している機動歩兵は、その軍用機動歩兵を払い下げたものであり、レールガンを装備している。 といっても、実戦で使ったことはない。機動歩兵は機動力が低いので、マサヨシには今一つ性に合わないのだ。 軍人時代からスペースファイターのパイロットであったマサヨシにとっては、機動歩兵では遅すぎて話にならない。 それに、宇宙での格闘戦や接近戦なら相棒のイグニスが引き受けてくれるので、機動歩兵を使う必要がない。 よって、マサヨシの所有している機動歩兵は、手に入れた直後から第二カタパルトの中で腐っていたのである。 マサヨシは第二カタパルトに入り、その中で突っ立っている五メートル大の機動歩兵のコクピットに搭乗した。 機動歩兵の胸部に作られたコクピットはスペースファイターに比べると手狭で、少しばかり圧迫感を感じてしまう。 マサヨシと共にコクピットに入ったサチコは、スパイマシンのケーブルを機動歩兵のコンピューターに接続させた。 数秒後、機動歩兵のコクピット内を埋め尽くしているモニターに光が入り、画面中央に SACHIKO と表示された。 〈マサヨシ、全ての機能のチェックを完了したわ。オールグリーンよ〉 宇宙服のヘルメットのスピーカーから、サチコの声が聞こえた。マサヨシは、両手の操縦桿を握り締める。 「了解。いつでも出られるな。イグニスも準備はいいか?」 『ああ、一応はな』 マサヨシの搭乗している機動歩兵の後方に、レーザーバルカンを担いだイグニスが立っていた。 『俺の大事なキャサリンを台無しにしやがって、五体満足で帰れると思うなよ!』 「目的を間違えるな、イグニス。俺達は救助作業に向かうのであって、戦闘に出るんじゃないんだ」 『それは相手が軍人だった場合だろうが。悪党だったら、その場で焼き殺してやるまでだ』 イグニスはいつになく荒い動作で、リニアカタパルトに足を固定した。マサヨシは呆れ、肩を竦める。 「どっちが悪党だか解らんな」 〈もう、相手にするのも嫌になっちゃうわ。それはそれとして、リニアカタパルト展開用意!〉 サチコの声と共に、マサヨシの機動歩兵とイグニスが固定されているカタパルトが、斜めになって迫り上がった。 第三層、第二層、第一層まで上昇すると停止し、射出用カタパルトに接続され、先端が宇宙へと長く伸びていく。 二人の足を固定していたビンディングが外れると同時にカタパルト全体が磁力を帯び、二機は僅かに浮き上がる。 〈射出!〉 サチコの合図で磁力を帯びたカタパルトが高速で動き、マサヨシの機動歩兵とイグニスは宇宙に射出された。 二機は逆噴射でブレーキを掛け、機体を反転させた。サーチしなくても、コロニーの破損箇所は見つけ出せた。 廃棄コロニーの外殻と言える表面の岩石が、見事に抉られていた。それは、まるで砲撃を受けたかのようだ。 細長い楕円形の抉れは五百メートルほど伸びていたが、大きな岩に派手なヒビを作ることで止まったようだった。 抉れを作った主である訓練飛行艇は機首部分が吹き飛んでおり、両翼も砕け、大量の部品が飛び散っていた。 パイロットが生存している可能性は低いが、来たからには行かなければならないので、マサヨシは降下を始めた。 だが、イグニスは後に続かなかった。マサヨシが機体の頭部を後方に向けると、イグニスは肩を落としていた。 彼の視線の先を辿ると、イグニスが常軌を逸した執念で造り上げたスペースデブリの山の端が削られていた。 廃棄コロニーの小惑星からそれほど離れていない小惑星の地表を覆い尽くしていたゴミが剥がれ、漂っている。 恐らく、あれがキャサリンなのだろう。イグニスは分厚い装甲の載った肩をわなわなと震わせていたが、猛った。 『きゃあさりぃいいいいいんっ!』 イグニスの叫びは音割れするほど凄まじく、マサヨシの鼓膜を破りそうなほどだった。 『この野郎、絶対に許してやらねぇからな! キャサリンの痛みと俺の悲しみを思い知れぇえええ!』 「ま、待てイグニス!」 マサヨシが制止するも、イグニスは最加速して墜落した訓練飛行艇に突っ込んでいく。 『止めるなマサヨシ、これは男の誇りを掛けた戦いなんだぁーっ!』 〈…下らないわね〉 イグニスの必死な後ろ姿に、サチコは冷め切った呟きを漏らした。マサヨシは、操縦桿を倒して加速する。 「俺も色々と突っ込みたいのは山々だが、今はそれどころじゃない!」 だが、機動歩兵の加速は鈍かった。マサヨシは全てのスラスターを展開するも、イグニスに追い付けなかった。 スペースファイターならまだしも、機動歩兵では勝手が違いすぎる。みるみるうちに、イグニスの背は遠くなった。 このままでは、イグニスが訓練飛行艇を潰しかねない。そうなってしまっては、パイロットの遺体回収も難しくなる。 最後の手段だ、とマサヨシは操縦桿のボタンを押して機動歩兵の右腕を上げ、レールガンの照準を合わせた。 「悪く思うな、イグニス!」 マサヨシがボタンを押すとレールガンに漲ったエネルギーが収束し、破損した機体に向けられた銃身を狙う。 だが、照準はやや上向けた。マサヨシの思惑通りに、放たれたビームバレットは銃身の端を掠めただけだった。 それでも、ビームバルカンを弾くには充分な衝撃だった。イグニス自身も仰け反ったが、即座に姿勢を元に戻す。 『何しやがるマサヨシ!』 「お前こそ何をするつもりだったんだ、イグニス! まずは相手の正体を見極めてから行動しろ!」 マサヨシが無線越しに叫ぶも、イグニスは負けじとマサヨシを睨む。 『俺に命令するんじゃねぇ、マサヨシ! これ以上邪魔をするんだったら、お前と言えど承知しねぇからな!』 「お前は誰の味方なんだよ!」 『もちろんキャサリンだ!』 「それ以上馬鹿げた言動をするなら、今度はお前のメインプロセッサーを撃ち抜くぞ!」 『やれるもんならやってみやがれ!』 ビームバルカンを回収する手間も惜しかったイグニスは、背面部から取り出したレーザーブレードを構える。 「俺も、一度お前と真剣勝負をしてみたかったところだ!」 イグニスの状況を弁えない言動のせいで頭に血が上ったマサヨシは、口元を歪めながら操縦桿を握り締めた。 モニター越しでも、イグニスの気迫は伝わってきた。両者とも頭を冷やすためには、ガス抜きも必要かもしれない。 そう思ったマサヨシが操縦桿を倒そうとした時、操縦席にアラートが響いた。イグニスも、がくんと動きを止める。 サチコとイグニスは、同じ物体に気付いたようだった。マサヨシは徐々に冷静さを取り戻しながら、視線を動かす。 「どうしたんだ、サチコ」 〈今し方、近距離通信の周波数の電波を感知したのよ。それも、かなり近い場所からの発信だわ〉 『さっきから、うっぜぇ声がギンギン頭に響きやがる』 イグニスは不愉快さを丸出しにし、舌打ちした。 『せっかく乗ってきたってのに、どいつもこいつも邪魔ばかりしやがって』 「だが、俺達が無駄な戦いをせずに済んだのは確かだ。サチコ。その近距離通信を解析してくれ」 マサヨシは自嘲しつつ、サチコに命じた。 〈了解、マサヨシ〉 サチコは返事をすると同時に、近距離通信用の電波を解析した。そのパターンが、モニターの端に表示される。 周波数からして、サイボーグ専用の周波数だった。恐らく、あの訓練飛行艇のパイロットはサイボーグなのだろう。 通信出来ていると言うことは、まだ生きている証拠だ。マサヨシは安堵しながら、音声に変換されるのを待った。 電波の発信源を辿ると、事故現場からそれほど離れていない岩場からだった。その上には、人影が立っていた。 『生きてて良かったぁーっ!』 唐突に、場違いなほど明るい青年の声がマサヨシの耳を貫いた。 『オイラ、めっちゃ感動したっすー! まさか、こんなところで機動歩兵と機械生命体のバトルが見られるなんて! つか、機械生命体って都市伝説じゃなかったんすね! うっわマジラッキーっす!』 マサヨシは、その人影にサーチライトを当てた。するとその人影は、顔を覆って仰け反る。 『うおっまぶしっ!』 「…サチコ、あれは」 マサヨシが呆気に取られながら尋ねると、サチコは答えた。 〈恐らく、あれがパイロットじゃないのかしら。外骨格強化型武装サイボーグ…だと思うんだけど…〉 『どうしたんすか、ドンパチしないんすか? オイラ、めっちゃワクワクしてんすけど』 マサヨシのサーチライトを全身に浴びた宇宙軍のパイロットスーツ姿のフルサイボーグは、二人を見上げた。 『お前のせいで興醒めしたんだよ!』 一暴れ出来ると思っていたのに茶々を入れられたことで、イグニスの怒りは頂点に達していた。 『うひゃあ!』 イグニスに強く怒鳴られて、フルサイボーグは両耳のアンテナを押さえて身を屈めた。が、すぐに立ち直る。 『…ところで、あなた方はどうしてこんなところにいるんすか?』 「それはこっちのセリフだ」 マサヨシは、フルサイボーグの訓練生を見下ろした。パイロットスーツは破れているが、無傷に近い状態だ。 「パイロットスーツの色からして、君は宇宙空挺団の訓練生のようだが、なぜアステロイドベルトにいるんだ?」 『それが、その…』 フルサイボーグの訓練生は少々言葉を濁したが、すぐに開き直った。 『操縦ミスっす! オイラ、訓練飛行艇の操縦はめっちゃ苦手で、機体を壊すのもこれで五度目なんす!』 「だが、ここはアステロイドベルトだ。木星基地の訓練宙域からは何万キロも離れているぞ?」 『オイラにも何が何だかさっぱりっす! でも、人に会えて良かったっすよ、これで助かったも同然っすから! というわけっすから、木星基地まで送ってもらいたいっす!』 『どんなわけでその結論に至るんだよ!』 怒りに任せてイグニスが再度怒鳴りつけるも、フルサイボーグの訓練生は一向に怯まない。 『いや、だって、オイラは訓練を続けなきゃならないっすから。そのためにも木星基地に戻らなきゃなんすから』 「その前に言うことがあるんじゃないのか?」 マサヨシも多少苛立っていたが、理性で堪えた。フルサイボーグの訓練生はしばし考えていたが、最敬礼した。 『オイラは太陽系方面宇宙軍木星大連隊宇宙空挺団第二十八訓練部隊所属の、ジョニー・ヤブキ二等兵っす!』 『違ぁうっ!』 イグニスは急降下してジョニー・ヤブキと名乗ったフルサイボーグに近付くと、地面を殴り付けた。 『お前の名前なんてこの際どうでもいい、俺の愛しいキャサリンを壊しやがった上に俺達の大事なコロニーの外壁を抉りやがったんだ、まず最初に言うことがあるだろうがっ!』 『えーと』 ジョニー・ヤブキは少々考えてから、弾んだ声で言い放った。 『どうもすみませんでしたっす!』 言うことはそれだけか。マサヨシはうんざりしてしまい、操縦席のシートに寄り掛かってため息を零した。 「もういい、とにかく俺達と一緒に来い、ジョニー・ヤブキ二等兵。俺の名はマサヨシ・ムラタで、そこの図体のでかいのがイグニスだ」 『はい! お世話になるっす!』 ジョニー・ヤブキは、再び最敬礼した。マサヨシは機動歩兵を接近させて手を伸ばし、彼を手の中に収めた。 『ところで、お二人はどういうご関係っすか? もしかして、友達だったりしちゃったりするんすか?』 「…少しは黙れ」 マサヨシが声を低めるも、はいっす、という底抜けに明るい返事が返るだけでお喋りは一向に止まなかった。 これが本当に宇宙空挺団の訓練生なんだろうか。マサヨシが従軍していた時代には、いなかったタイプである。 これまでに五回も訓練飛行艇を壊しているくせに、落ち込むどころか明るく話してしまう神経が理解出来ない。 ジョニー・ヤブキ。姓から察するにマサヨシと同じ系統の人種なのだろうが、こんな性格の人間は初めてだった。 パイロットが生きていて良かった、という安堵よりも戸惑いの方が大きい。正直言って、こういう人間は苦手だ。 だが、遭難したジョニー・ヤブキを回収して関わり合いになってしまったからには、最後まで付き合う義務がある。 ジョニー・ヤブキを木星基地に帰すまでの辛抱だ。 08 3/9 |