アステロイド家族




時には獣のように



 全身が熱く、内臓が煮え滾る。
 爪先から髪の一本まで染み渡った荒々しい攻撃衝動に任せ、脳髄の奥底で眠っていた能力を振るっていた。
思った通りに物が動き、飛んでいくのがまず楽しい。腕力以上の力であらゆる物を呆気なく壊せるのが、爽快だ。
攻撃せよ。破壊せよ。抹殺せよ。そんな声が頭と言わず体中から聞こえ、流れる血が熱し、鼓動が激しく暴れる。
殺さなければ遺伝子を残せない。戦って縄張りを勝ち得なければ、明日を生きられない。だから、戦わなければ。
 ミイムは、本能に支配されていた。いつかはこの日が来ると思っていた。来ない方がおかしいとも思っていた。
だが、長い間コールドスリープを施されていたせいで体内時計が狂ったのか、十六歳を過ぎても発情しなかった。
それが今、始まっている。いずれ来ると思っていたことだったが、こんなにも体が熱く、壮絶だとは思わなかった。
せいぜい、通常時よりも気が大きくなる程度だとばかり思っていたが、サイコキネシスが発動するとは予想外だ。
 クニクルス族は二次性徴を終えて成体となると、それぞれの個体差で能力に違いは出るが超能力が発現する。
矮小な草食動物であった時代に、肉食動物から回避するために高度に発達した第六感の名残だと言われている。
大抵はテレポーテーションやテレパシーといった穏やかな能力だが、希にサイコキネシスも発現することがある。
どうやら、ミイムは少数派だったらしい。二次性徴を終えて発情しない限り、どんな能力を持つのかは解らない。
超能力がこんなにも素晴らしいものだったとは。ミイムは背筋を駆け上がる快感に震え、大きく顎を開いて笑った。

「みゃはははははははははははははははははははは!」

 発現した時点から外へ放出し続けているサイコキネシスが、笑い声に同調し、周囲に浮かぶ破片を砕く。

「死ねぇ、死ねぇ、死にやがれぇえええええ!」

 大きく振りかぶり、頭上に持ち上げた鉄骨を射出した。ぐちゃりと折れ曲がった鉄塊が、一直線に空に向かう。
目標は、当然、上空にいる邪魔なオスだった。ファイヤーペイントを施した腕を振り上げ、またもや阻もうとする。
だが、その手はもう通用しない。ミイムは空中を突き進んでいく鉄骨をサイコキネシスで煽ると、急上昇させた。

「脳天かち割ってやらぁああっ!」

 高く浮かんだ鉄塊にサイコキネシスを叩き込み、高速で落下させる。その際の圧力で、鉄骨は更に変形する。
最早鉄骨とは言い難い物体と化した鉄塊は、イグニスの頭上に急降下していくが、レーザーブレードで受けた。
鉄骨とレーザーブレードが衝突し、ヒューズが飛び散る。ミイムは舌打ちし、サイコキネシスの出力を増大させた。

「いちいちウゼェんだよ!」

「ぐっ!」

 途端に、イグニスのレーザーブレードに掛かる重量が数十倍に増した。イグニスは左腕に、最大限力を入れた。
右手で支えようとするも、右手の中にはヤブキがいる。このままでは、ヤブキもろとも押し切られて落下してしまう。

「みゃははははははははっ! てんで大したことねぇな、機械生命体ってのはよ!」

 そうらっ、とミイムはもう一本鉄骨を持ち上げると、先端を押し潰して槍のように尖らせ、イグニスへと向ける。

「でかいだけで無駄な図体に、風穴を空けてやる!」

 ミイムが右腕を振り抜くと同時に、鉄骨の槍が放たれた。イグニスはレーザーブレードを傾け、鉄塊を滑らせる。
重心をずらして身を引き、鉄塊の下敷きになることは避けたが、今度は鉄骨の槍を避けなければならなかった。
自由の利く左腕を伸ばし、レーザーブレードを横たえる。スラスターで加速しながら、こちらからも槍に向かった。
イグニスの巨体が、鉄骨の槍と交差する。光で成された刃が先の潰れた鉄骨にめり込むと、激しい火花が散った。
だが、ミイムも負けてはいなかった。鉄骨の槍に後ろから力を加え、イグニスの左腕が軋むほどの重みを与えた。

「いい気になるなよ、女装ウサギ!」

 イグニスは左腕から直接伸ばしているレーザーブレードにエネルギーを注ぎ、刃の幅と厚みを増させた。

「所詮は素人、馬鹿の一つ覚えなんだよ!」

 イグニスは力任せに左腕を振り、鉄骨の槍を両断した。その勢いのまま、レーザーブレードをミイムへと向けた。
ミイムが更なる攻撃を放とうとした瞬間、レーザーブレードの刃が不意に途切れ、弾丸のように飛び出してきた。

「畜生!」

 ミイムはサイコキネシスで前方を固めて防御の姿勢を取るも、光学兵器の攻撃だけは防げないのだと知った。
いくら力を放っても、光の刃は止まらない。ミイムは自身を後方へと動かし、急いで後退するも、刃は迫ってくる。
仕方なく、家の壁を強引に剥ぎ取って遮蔽物にした。だが、イグニスの放った光の刃は、呆気なく壁を貫いた。
直後、熱による爆発が起き、ミイムはサイコキネシスの全てを防御に回して粉塵や熱風を防ぐことに集中した。
防御に徹したおかげで至近距離の爆発でも無傷だったが、息が上がった。舞い上がる粉塵を睨み、振り払った。

「調子こいてんじゃねぇぞ、ガラクタが!」

「さすがに光の屈折までは曲げられねぇようだな。ま、発動したてのサイコキネシスじゃそんなもんだよな」

 イグニスはレーザーブレードを切り離して放ったために負荷が掛かった左腕を振り、絡み付く電流を払った。

「結構余裕っすね、イグ兄貴」

 イグニスの右手の中から、ヤブキが顔を出した。

「まぁな。お前らの概念じゃあの女装ウサギは強いのかもしれねぇが、俺達にとっちゃ大したレベルじゃねぇからな。家を壊さねぇように手加減するつもりだったが、ああなっちまったら、もうどうにもならねぇからな」

「まあ、そりゃそうっすけど…」

 ヤブキは、最早見る影もなくなった家を見下ろし、肩を落とした。原形を止めている部分は、土台ぐらいだった。
それ以外は、何一つまともな形で残っていなかった。リビングも、キッチンも、それぞれの部屋も、粉々だった。
建材の破片の中に散らばる私物が、妙に切ない。ハルのぬいぐるみや人形も、壊れ、埃まみれになっている。
それが、ヤブキの心を締め上げた。視線を上げると、ミイムは両腕を上げて家の土台を引き剥がそうとしている。
家を壊しすぎて、投げるものがなくなったからだろう。だが、隣接するガレージはヒビの一本もなく、無事だった。
道理で、イグニスが余裕なわけだ。自分の住処だけは恐ろしく頑丈に造ってあるから、安心しているのだろう。
ヤブキは彼の強かさに若干軽蔑を覚えたが、今はそれどころではない。巨大な指に手を掛け、身を乗り出した。

「イグ兄貴。このままじゃ、マサ兄貴のライフルを探すどころじゃないっすね」

「おう。土台まで引き剥がされちまったら、どれがライフルだか何だか解らなくなっちまうからな」

 イグニスは右腕を上げ、ヤブキを高々と掲げた。

「そこで俺にいい考えがある」

「ちょちょちょっと待って待って下さいっすよー!」

 いきなり持ち上げられたため、ヤブキはあまりの高さに腰が引けた。今、上空何メートルだと思っているのだ。
イグニス自身の身長が元々巨大なので、その腕を目一杯伸ばされて持ち上げられると六メートル以上になる。
その上、ミイムの攻撃から逃げるためにかなり高度を上げて飛行しているので、高度は五百メートル以上もある。
ヤブキはうっかり下を見てしまったため、せっかく奮い立ちそうになった心が萎縮し、イグニスの指に縋り付いた。

「もももしかしてもしかしなくても、いい考えってぇのは!」

「安心しろ、俺はピッチングは得意だ」

「そそそそそういう問題じゃないっすー! ていうか機械生命体も野球をするんすかー!」

「ヤブキぃ!」

 イグニスは投球の要領で、ヤブキを家目掛けて投げ飛ばした。

「歯ぁ食い縛れぇーっ!」

「いぃやああああああああああー!」

 その瞬間、ヤブキは生涯最高速度で飛んでいた。正確には、落ちていた。速すぎて、受け身も取れそうにない。
イグニスは悲痛な悲鳴を引き摺りながら家に向かって落ちていくヤブキを援護するため、ミイムへ銃口を向けた。
ミイムはヤブキを止めようと視線を向けていたが、イグニスがビームガンの掃射を始めたので、防御に専念した。
光学兵器だけは防げないと解った今、当たれば命に関わる。ミイムは、手当たり次第に遮蔽物を持ち上げる。
イグニスの放つビームガンの弾丸が当たるたびに壁や床が砕け、破片が飛び散り、ますます埃っぽくなった。
 目の前にコンクリートの土台が迫ってきたため、ヤブキは一瞬死を覚悟しそうになったが、理性を取り戻した。
脚部のイオンスラスターを逆噴射し、廊下と思しき部分にスライディングしながら突っ込み、なんとか減速させた。
足の裏で廊下のフローリングが砕け散り、擦れた靴底と脛の後ろが焼き切れた軍用ズボンから煙が昇っていた。
細かな破片と瓦礫にまみれながら、ヤブキは両手両足を床に何度も擦り付け、頭も数回叩き、生存を確認した。
 背後ではイグニスの射撃音と同時に破壊音が轟き、ミイムは罵詈雑言を叫んでいて、思わず肩を竦めてしまう。
ヤブキは聴覚を切ってしまいたい心境に陥ったが、自分が成すべきことを思い出し、砂埃の中から立ち上がった。
だが、膝が震えてどうしようもなかった。顎と歯があったとすれば、歯が粉々に砕けるほど震えていたに違いない。
あれほど戦いたいと思っていたのに、いざ戦うとなればこの様とは、最低を通り越して最悪だ。我ながら嫌になる。
ヤブキは恐怖と自己嫌悪と懸命に戦いながら、身を屈めた。ミイムの視界に入らないように、気を付けて進む。
 ミイムはイグニスに気を取られている。だが、それもいつまで続くか解らない。こちらに気付かれたら終わりだ。
ミイムはヤブキが家に投げ込まれたことを知っているし、視線も向けたのだから、攻撃対象として認識している。
今のところはイグニスが牽制してくれているが、それ以上は望めない。牽制は牽制であって、攻撃ではないのだ。
ミイムを殺せない以上、決定打となる攻撃も放てない。だからイグニスは防戦一方で、射撃も敢えて外している。
だから、一刻も早くミイムを眠らせてしまわなければ、イグニスは押し切られる。または、ミイムは殺されてしまう。
 ヤブキは胸と腹を砂だらけの床に擦り付けながら、訓練学校で嗜みとして教えられた匍匐前進を行っていた。
この時代では使うことのない技術だと教官や他の訓練生達は言っていたが、基本動作としては優れたものだ。
これなら足音を立てることもないし、身を低くしているので見つかりづらい。視界が低く、狭いのは難点だったが。
ナメクジが這ったような痕跡を廊下に残しながら、ヤブキはマサヨシの部屋と呼ばれていた一角に侵入した。
だが、案の定ボロボロだった。ヤブキのマイクロコンテナもマサヨシのクローゼットも、滅茶苦茶になっている。
自分なりに整理していたマイクロコンテナは壁に刺さり、床に埋もれ、物によっては蓋が歪んで中身が出ている。
いくつかはマサヨシのクローゼットに突っ込み、潰れていた。ヤブキはまたもや切なくなりながら、進み続けた。

「で、マサ兄貴のライフルってどこにあるんすか?」

 ヤブキは床に這い蹲ったまま、スペースファイターに通信を入れた。即座に、マサヨシから返答があった。

『前に使ったまま動かしていないから、クローゼットの奥にあるはずだ。銀色のキャリングケースだ』

「了解っす」

 ヤブキは敬礼してから、クローゼットに進もうとした。すると、突然頭上が明るくなり、クローゼットが吹っ飛んだ。
つい先程まであったクローゼットの扉やヤブキのマイクロコンテナが消し炭と化し、破片がばらばらと降ってくる。
まさか、と思いながらヤブキが背後に振り返ると、イグニスのビームガンの銃口はクローゼットに定まっていた。
イグニスの銃口とクローゼットの間にはミイムが浮かんでおり、その周囲には粉微塵になった建材が漂っている。
どうやら、イグニスの弾丸はミイムの防御を貫いても尚威力を失わず、そのままクローゼットに落ちてきたらしい。

「バッカじゃないっすかああああああっ!」

 予想外の事態にすっかり参ってしまったヤブキは、匍匐前進のことも忘れて立ち上がり、喚き散らした。

「何してくれやがるんすかぁイグ兄貴ぃー! クローゼットがバッカーンでライフルがドッカーンで作戦もズッガーンでああもう何が何だかー!」

「…え?」

 イグニスはヤブキの取り乱し様に、過熱したビームガンを下げた。

「まさか、そこにマサヨシのライフルがあったのか?」

「あるに決まってんじゃないっすかー! だからオイラは探し出そうとして向かってたのに、そこにイグ兄貴の流れ弾が降ってきて、何もかもがドッギャーンっすよぉー!」

「ええとそのうんとえーと、悪い!」

「謝って済む問題じゃないっすよぉー!」

 ヤブキはどうにもこうにも収まらず、地団駄を踏んだ。この様子を見ていたマサヨシの声が、通信されてきた。

『…最悪だ』

「スペア、ないのか?」

 イグニスは恐る恐るマサヨシに聞くも、マサヨシはいつになくいきり立っていた。

『あるわけがないだろう! まあ、俺の連絡ミスってのもあるが、味方に向けて撃つんじゃないと何度言えば!』

「だって、お前、避けられるしよ」

『俺は避けられるがヤブキは避けられない! だから、クローゼットもライフルも避けられないんだよ!』

「…ごもっとも」

 イグニスは居たたまれなくなって、項垂れそうになったが堪えた。今、目線を逸らせば、ミイムに堕とされる。
ミイムは苛立つヤブキと急にしおらしくなったイグニスを交互に見ていたが、にいっと口元を広げ、歯を見せた。
状況は掴めないが、隙が出来たのは確かだ。まずはヤブキから殺そう。イグニスとの戦いは、その後でいい。

「みゃあはっはっはっはっはっはっはあー!」

 ミイムは左手を突き上げ、サイコキネシスを家の土台全体に行き渡らせ、押し上げた。

「殺してやる、殺してやるぅ、脳髄をぐっちゃぐちゃに掻き混ぜて部品という部品を壊し尽くしてやるぜぇ!」

「う、わっ!」

 急に足下を掬われてしまい、ヤブキは流れ弾で吹っ飛んだクローゼットの中に転げ落ちた。

「お前なんか最初から嫌いだったんだ。厚かましくて、やかましくて、趣味悪くて、最低最悪なんだよ!」

 ミイムは掲げていた左手を、ゆっくりと握る。指が曲がるに連れて、地面からコンクリートの土台が剥がれていく。
剥がれた傍からヒビが走り、割れていった。そのヒビは、ヤブキの転げ落ちたクローゼットの内部にまで到達した。
天井もなければ壁も焼け焦げ、服もマイクロコンテナも溶けていた。この分では、キャリングケースも溶けている。
 ヤブキはミイムのサイコキネシスで体が浮き上がるのを感じながら、今度こそ死ぬのだな、と覚悟を決めていた。
ああ、これでダイアナに会えるな。でもこんな死に様じゃ情けないな。褒められるどころか怒られるよな、絶対に。
そんなことをぼんやりと考えながら、ヤブキはミイムがヤブキに向けて今にも放とうとしている箱を見つめていた。
その箱は銀の長方形で取っ手が付いており、厚みもある。箱の側面には、銃器メーカーの刻印が施されていた。

「あ」

 地上五メートル程度まで浮かび上がった頃、ヤブキは気付いた。

「ライフル無事だったぁー!」

「なんだとぉ!?」

 イグニスはヤブキが差したキャリングケースを凝視し、透視ビジョンに切り替えて、ケースの内容物を確認した。
細長いバレル。光学式ではない銃身。注射針の付いたシリンダーが入ったケース。間違いなく、目当ての物だ。
恐らく、ミイムが家を破壊した時にクローゼットから飛び出して、ヤブキのマイクロコンテナに紛れていたのだろう。
まだ幸運は尽きていない。ヤブキは挫けそうになっていた戦意が蘇るのを感じ、強気になってミイムに叫んだ。

「さあ、そのライフルをオイラに渡すっすよ!」

「ライフル、だと?」

 ヤブキの言葉で、ミイムは投げ飛ばそうとしていたものを見やった。そして、口元を曲げた。

「それで俺様を殺す気だったのか? だが、その計画は失敗だ。なぜなら、こいつは俺様が壊すからだ!」

「馬鹿はお前だぁ!」

 イグニスに力一杯罵倒され、ヤブキはぎょっとした。

「あっ、そうか、中身が何か言っちゃったら作戦失敗っすもんね!」

「てめぇの馬鹿さ加減にはつくづく反吐が出るぜ、ヤブキ。だが、てめぇとの付き合いは今日限りだ」

 ミイムはキャリングケースを浮かび上がらせ、サイコキネシスを強めた。みしりっ、とケースの表面が割れる。

「あばよ、ヤブキ。てめぇは俺様が出会った中で、底辺の存在だったよ!」

 キャリングケースの表面に走ったヒビが広がり、膨らみ、銀色の外装が歪み、裂け目から緩衝材が零れ出した。
黒い緩衝材は押し潰されて引き千切られ、今し方まで大事に守り通していたバレルや銃身が乱暴に散らばった。
そして、事態を打開するための最後の手段である麻酔薬の入ったシリンダーのケースも、ミイムの前に浮かんだ。
外装と緩衝材は壁や屋根と同じく、粉々にされた。それらはヤブキの頭上に降り注ぎ、バレルの先端が向いた。
黒光りする細長いバレルが、真っ直ぐヤブキの頭部を捉える。本能にぎらついた金色の瞳が、愉悦を滲ませた。

「死ね」





 


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