アステロイド家族




時には獣のように



 死ねと言われると、逆に死にたくなくなる。
 ヤブキは頭上にびたりと据えられたライフルのバレルへと、今の今まで使ったことのない武器を向けていた。
右腕に六門、左腕に六門。合計十二門のビームガンをミイムへと向け、ヤブキは高揚する精神と戦っていた。
これまで必死に這いずって生きてきたのだ。こんなところで死ねるものか。だが、ミイムも殺すわけにはいかない。
ヤブキは自分の射撃の腕がないことを信じ、数メートル先に浮かぶミイムへ向けて、十二門を一度に発砲した。

「うおわっ!」

 だが、思いがけず大きい反動に負けてしまい、ヤブキは仰け反った。

「くそっ!」

 ミイムは素早く瓦礫を引き上げたが、近すぎたためにヤブキの攻撃を防ぎきることは出来ず、瓦礫は崩壊した。
ヤブキへと撃ち出そうとしていたライフルのバレルも銃身も巻き込まれてしまい、ビームを受けて溶けてしまった。
溶けた金属の煙と砕けた瓦礫で、ミイムの視界は一瞬奪われた。その隙を狙い、ヤブキは彼へと突っ込んだ。
だが、姿勢制御が極めて下手だったので上昇と同時に前転してしまい、一回転してからミイムに飛び掛かった。
これはヤブキにとっても予想外だったがミイムにとってもそうだったようで、弾くどころかもろに受け止めてしまった。
 そして、初めてミイムの体勢が揺らいだ。ヤブキはミイムの華奢な体を押さえ付けながら、ケースへ手を伸ばす。
ケースを手中に入れた瞬間、ミイムは力を強めてヤブキを弾き飛ばした。その表情は、憎悪が充ち満ちていた。

「底辺の分際で俺様に触るんじゃねぇ!」

 ミイムから受ける圧力が、一気に跳ね上がる。ヤブキは押し返されそうになったが、スラスターを強く噴き出す。
その勢いでサイコキネシスを相殺し、更にパワーを上げる。脛が焼き切れれてしまいそうなほど、出力を上げる。

「オイラが底辺かどうかはこの際置いてといてっ!」

 ヤブキはケースを握り潰すようにして開き、麻酔薬の詰まったシリンダーを取り出した。

「ハルのためにも、オイラ達の家をこれ以上壊さないためにも!」

 ヤブキはケースをミイムに投げつけ、ミイムがそれを防いだ一瞬の隙を狙い、直進した。

「ママに戻ってもらうっすよ!」

「な…」

 ミイムはサイコキネシスを張り詰め、ヤブキを押し戻そうとした。が、突然、鋭い頭痛に襲われて力が途切れた。
発動したばかりのサイコキネシスをフルパワーで酷使し続けていた影響だろう、視界すら暗くなるほど頭が痛い。
足元を支える力も緩み、足場を保てない。ミイムは飛び掛かってくるヤブキを睨み付けるも、痛みで仰け反った。
混濁していく意識の中、ミイムは背中を大きな手に支えられたことを感じたが、その手の主を見る余裕はなかった。

「うおやべっ」

 ヤブキは落下しそうになったミイムの体を抱えると、シリンダーの注射針からキャップを引き抜いた。

「これでもう大丈夫っすよ、ミイム」

 ヤブキはシリンダーの底を押して注射針の中から空気を抜いてから、ミイムの華奢な首筋に針を突き立てた。
その痛みでミイムは僅かに唸ったが、薬液が血管に流れ込んでいくと、半開きになっていた瞼も閉じていった。
程なくしてミイムは意識を完全に失い、だらりと手足が垂れ下がった。ヤブキはミイムを担ぎ、イグニスに振り向く。

「任務完了っすね。マサ兄貴に報告するっす」

「最後の最後で、女装ウサギがガス欠を起こしてくれたおかげだがな」

 イグニスは高度を下げてヤブキに近付くと、腕装甲の中に武器を収納してから、ヤブキに手を差し伸べた。

「ほらよ」

「失礼するっす」

 ヤブキはイグニスの手の上に着地すると、彼の手のひらにミイムを横たえてから、座り込んでしまった。

「あーヤバいっす、マジヤバいっす、血糖値が足りないっすー。ビームガンなんか使うもんじゃないっすー」

「だが、サイボーグは生体部品と機械部品のエネルギーは別じゃねぇのか?」

「そりゃそうっすけど、ビームガンの操作とかってかなり頭使うんすよー。イオンスラスターをこんなに長く使ったのもこれが初めてっすし、だからもう、足も腰もガクガクっすよー。あーもう疲れたー、動きたくないっすー」

「スタミナのねぇ野郎だな」

 ヤブキのぼやきに、イグニスは呆れた。技術はなくとも奮戦した点は評価したかったが、撤回せざるを得ない。
だが、賛辞に値する活躍はしたように思う。けれど、あまり褒めちぎると際限なく付け上がるのがヤブキなのだ。
ミイムの体内に麻酔薬が全て吸収されたことを確認してから、ヤブキは彼の首筋からシリンダーを引き抜いた。

「イグ兄貴。これって、勝ちっすか?」

「勝ちと言えば勝ちだが、負けと言えば負けだな。俺達は、守るべきものを守れなかったんだからよ」

 イグニスの視線が下がり、全壊した家に向いた。ヤブキはイグニスの手の中から、家の残骸を見下ろす。

「そうっすよねぇ…。オイラ達、結局やられっぱなしだったっすもんねぇ…」

「だが、今はミイムをマサヨシに引き渡すのが先だ。麻酔薬が切れたら、また暴れ出す可能性があるからな」

「異星人と付き合うのって難しいんすねぇ…」

 ヤブキは険しい顔付きで眠るミイムを見、嘆息した。イグニスは、首を縮める。

「さあて、また一仕事だ。まずは家の片付けから始めねぇとな」

「あー、考えただけでもぐったりするっすー」

「馬鹿言え。お前の仕事量と俺の仕事量は桁違いなんだぞ、それを言うべきは俺なんだよ」

「でも、イグ兄貴はクローゼットを吹っ飛ばして肝心要のライフルを吹っ飛ばしかけたじゃないっすか」

「それは…まぁ、悪かったとは思っているが」

「だから、イグ兄貴もきっちり働くっすよ。それに、オイラはこれから朝ご飯を作らなきゃなんすから」

「つまりそれはなんだ、俺一人に片付けさせる気か?」

「だって、オイラ、マジで血糖値がヤバいんすよ。このままじゃ低血糖で意識が落ちて機能保持も難しくなるんすよ。それに、ハルがお腹を空かせて待っているんす。これ以上待たせちゃったら、ハルが可哀想っす」

「解った解った、解ったから」

 ハルを出されると、さすがに弱い。イグニスはヤブキを見下ろし、言った。

「だが、今だけだぞ。ハルの世話が終わったら、お前も家の片付けに参加してもらうからな。どうせマサヨシと電卓女はミイムを入院させに行かなきゃならねぇんだ、戦力には数えられねぇからな」

「じゃ、早くカタパルトまで行くっす!」

「いいか、こういうことは今回だけだからな! 次はねぇからな!」

 イグニスはヤブキに強く言ってから、カタパルトへ向けて発進した。顎で使われているようで、正直面白くない。
だが、ヤブキの言うことはもっともだ。だからイグニスは、ハルのためだ、と何度となく自分に言い聞かせて飛んだ。
 カタパルトに接近すると、隔壁が開いた。イグニスはその中に入ると減速し、スペースファイターの傍に着地した。
右手を降ろし、ヤブキとミイムを下ろした。ヤブキはミイムを背負って、スペースファイターに駆け込んでいった。
ミイムと入れ替わる形で、ヤブキはハルを連れて出てきた。ハルは余程怖かったらしく、ぐすぐずと泣いている。

「いい子にするっすよ、マサ兄貴とミイムはすぐに戻ってくるっすから」

 ヤブキはハルを抱き上げると、またイグニスへと駆け寄り、手の上に昇ってきた。

「ってなわけで、マサ兄貴はこれからエウロパステーションまで行くっす。だから、オイラ達は撤退するっす」

「やぁだぁ、パパと一緒にいるぅー! ママと一緒に行くぅー!」

 ヤブキの腕の中で、ハルは身を捩った。

「ちょっとの間だけっすから、だからいい子にするっす」

「やぁーだぁー!」

 ハルは首を大きく横に振り、ぼろぼろと涙を落とした。ヤブキはハルを撫でてやりながら、イグニスを見上げた。
イグニスは頷き、再び上昇した。カタパルトとコロニー内部を隔てる隔壁を抜けて遠ざかると、隔壁が閉ざされた。
そして、隔壁の内側からはカタパルトが動くモーター音が響いた。ハルは目を見開き、隔壁へと駆け寄ろうとする。
ハルはヤブキの腕から逃れ、走ったが、イグニスが後退しているのでカタパルトの隔壁からは遠ざかってしまう。

「パパぁ!」

「こら、落ちるぞ!」

 このままでは危ない、とイグニスは手首を曲げて指を閉じる。ヤブキはハルを抱き締め、押さえ付けた。

「だから、いい子にするっす!」

「やーだぁー!」

 ヤブキに押さえ付けられても、ハルは必死に暴れた。怖かったからこそ、マサヨシの傍にいたくてたまらない。
ヤブキが懸命に落ち着かせようとするも、その言葉は届かない。今、聞きたいのは、ヤブキの声ではないからだ。
スペースファイターの中にいる間、怖くて怖くて仕方なかった。ママがいなくなったことが、恐ろしくてたまらなかった。
コクピットのモニターに映し出されたママは別人のようで、それもまた怖かったけど、やっぱりママはママなのだ。
朝からずっと会えなかったから、すぐにでも会いたかった。だが、マサヨシもサチコもそれを許してくれなかった。
物を壊す音や銃声が収まって、ようやくスペースファイターにやってきたママは、死んだように眠り込んでいた。
だから、ママが目を覚ますまで傍にいたかった。ママが目を覚ましてくれれば、何もかも元通りになるのだから。

「ママぁ、パパぁ!」

 ハルは小さな手を懸命に伸ばすも、隔壁との距離はあっという間に離れ、二人との距離も離れていく。

「大丈夫、すぐに会えるっす」

 ヤブキはハルに言い聞かせるも、ハルは首を大きく振る。

「やだぁ、今会うの、一緒に行くのー!」

「聞き分けろ、ハル」

 イグニスが語気を強めても、ハルは泣き喚くばかりだった。

「いーやーあー!」

 ヤブキは泣きじゃくるハルに、優しく声を掛けた。

「大丈夫っすよ、ハル」

 パパぁ、ママぁ、と泣き続けるハルに、ヤブキは妹を重ねていた。ダイアナも、両親を求めて泣くことがあった。
大人ぶっていたが、ほんの五歳の子供だ。だから、寂しくてたまらなくなるのか、ヤブキに甘えて泣きじゃくった。
そのたびにヤブキはダイアナを愛おしく思い、両親を疎ましく思った。だが、両親はいつまでも帰ってこなかった。
太陽系から遙か遠くの星に植物を根付かせて人類を繁栄させるための仕事をするのだと、旅立っていったきりだ。
だが、ハルの両親は違う。すぐに帰ってくるはずだ。ヤブキはそれを少し羨ましく思いながら、妹に思いを馳せた。
 ハルの泣き声は、妹のそれによく似ていた。




 ヤブキの膝の上で、ハルは寝入っていた。
 頬に涙の筋を幾重にも付け、顔を真っ赤に腫らしてしまっている。それが痛々しく、ヤブキはやるせなくなった。
コロニーの中は、日が暮れていた。暖かかった空気も徐々に冷え込んで、スクリーンパネルは星空を映している。
ヤブキはイグニスのガレージの傍で、ハルを抱えて座っていた。イグニスは、家の残骸の片付けを続けている。
イグニスはヤブキに手伝ってほしいようだったが、ハルを一人にするわけにはいかないので、何も言わなかった。
ハルもヤブキでは嫌だと何度となく叫んだが、他に甘えられる相手がいないので結局はヤブキに縋り付いていた。
泣き止んだ頃を見計らって食事を摂らせたが、ハルの気持ちは収まらず、気が付くとまた座り込んで泣いていた。
ヤブキもハルが泣き止んだら片付けをしようと思っていたが、この様子では、明日も一人には出来ないだろう。
 重たい足音と振動と共に、イグニスが戻ってきた。なんとか破壊されずに済んだコンテナや荷物を、担いでいる。
それらをガレージの傍らに置いてから、イグニスも座った。大きな背を丸めて、眠り込んでいるハルを覗き込んだ。

「今し方、電卓女から通信があった。ミイムは二三日入院するそうだ」

「てことは、オイラ達の留守番もそれだけ長引くってわけっすね」

 ヤブキはハルの肩に毛布を掛け直してから、イグニスを見上げた。イグニスは頬杖を付く。

「全く、面倒なことになっちまったもんだぜ」

「そうっすね」

 ヤブキは、ただの瓦礫の山と化した家を見上げた。

「朝起きた時には、家がなくなるとは思ってもみなかったすよ」

「だが、本当の戦いはこれからだ」

 イグニスは、僅かに目を細めた。

「新しく家を建てなきゃならねぇし、何より、ミイムがな…」

「そうっすよね。こんなにひどいことをしちゃったんすから、ただじゃ済まないっすよね」

「ハルのことがあるからマサヨシはあの野郎を許してやるに違いないが、本人がどう思うか、だな」

「まぁ…普通の神経だったら耐えられないっすよね、普通なら」

 ヤブキはイグニスの肩越しに、家があった場所を眺めた。イグニスは指先を伸ばし、ハルの頬をなぞった。

「ああ」

 ハルは硬い指先に頬をなぞられた感触に、身を捩った。細い眉根を寄せてヤブキの服を掴み、パパ、と呟いた。
それが、無性に切なかった。やはり、ヤブキとイグニスではマサヨシの代わりは務まらないのだと痛感してしまう。
正気を取り戻したミイムが、廃棄コロニーへ戻ってくるとは思えなかった。少なくとも、ヤブキなら戻れないだろう。
行く当てもなくなり、生きる術も失った己を受け入れ、生かしてくれていた場所を完膚無きまでに破壊したのだから。
だが、ハルには母親役は必要だ。ミイムは性別こそ男でヤブキへの態度は最悪だが、ハルにとっては母親だ。
それを失えば、ハルは傷付くだけではないだろう。しかし、これから先のことを決められるのはミイム自身なのだ。
ここは、美少女の如き容姿の少年の精神力を信じるしかない。それ以外には何も出来ないのが、非常に歯痒い。
 今、出来ることは、留守番ぐらいなものだ。







08 3/30