土曜日。ナメクジ怪人ナクトシュネッケが誕生した。
　診察、精密検査、施術を行い、怪人に変異するための怪人因子を移植された中村了介は変身能力を得た。 中村は本来はごく普通の人間なので、日常生活に支障を来さないために人間体に戻れるように処理済みだ。 改造後にヴェアヴォルフより長く勤めていたコンビニのアルバイトも退職し、悪の秘密結社ジャールに就職した。 四天王らには社員になってから改めて挨拶し、本社に来た怪人達にも改造人間の新入社員であると紹介した。
　やるべきことを一通り終えたヴェアヴォルフは改めて、中村了介、もとい、ナクトシュネッケと向き合った。 目の前に立っているのは、軽薄で調子の良い中村とは似ても似つかない、粘液に包まれた細長い物体だった。 肌色と茶色の中間のような色合いの体表面は細かく割れ、首も肩もなく、頭部からは二本の目が伸びていた。 目の下には分厚い皮膚に切り込みを入れたような円形の口があり、その上にはヒゲのような小触角があった。 体の前面には這いずり回るために不可欠な細かい脚がびっしりと生えていて、それがうねうねと波打っている。

「お゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁっ！」

　とても耐えきれず、ヴェアヴォルフは仰け反った。

「も、も、もう我慢出来ん！」

　椅子を引いて窓際まで後退したヴェアヴォルフに、ナクトシュネッケはけらけらと笑った。

「何そのビビりっぷり、マジヤバくね？」

「お、俺、前からそういうの嫌いだったけど、そこまででかいと本気で嫌すぎるよ、心臓がすっげぇ痛い！」

　助けを求めるようにヴェアヴォルフが書類棚にしがみつくと、ナクトシュネッケは這いずってきた。

「てかそれマジウケるし、ヤベえっしょマジでマジで」

「くく来るな来るな来るなぁあああっ！」

　尻尾を股の間に丸めて涙目になったヴェアヴォルフが喚くが、ナクトシュネッケは笑いながら近付いてきた。

「お前、リアクションでかすぎだし。超ウケる。てか怪人マジ最高かもしんねー」

「嫌だぁ来るなぁ、お、お前なんかぁ」

　本気で恐怖に駆られたヴェアヴォルフががりがりと壁を引っ掻いていると、ノックの後、ドアが開いた。

「こんにち、わひぃっ！？」

　ドアを開けたのは、純情戦士ミラキュルンだった。ナクトシュネッケを見た途端に後退り、壁にしがみついた。

「うな、うぁ、な、なんですかぁその生き物ぉっ！？　な、ななぁ、ナメクジじゃないですかあっ！」

「怪人だし。てか、あんたがミラキュルン？」

　ナクトシュネッケが人間の足に似せた足を生やしてぺたぺたと近付くと、ミラキュルンは震え出した。

「い、いいかにも私がミラキュルンですがあっ」

「……丁度良かった」

　九死に一生を得た、とヴェアヴォルフは安堵し、ナクトシュネッケから目を逸らした。

「そいつ、倒してくれないか。視界に入れたままだと気持ち悪くて気持ち悪くて喉の奥に胃液の味がするんだ」

「えぇっ！？　嫌ですよそんなの、倒すって言ったら触らなきゃならないじゃないですか！」

　ミラキュルンは本気で嫌悪し、更に後退ったが階段の壁に阻まれてしまった。

「ところで、貴様、なんでまた今日は来たんだ？　また何か用事なのか？」

　ナクトシュネッケの注意がミラキュルンに向いたことで気を取り直したヴェアヴォルフは、彼女に尋ねた。

「あ、えーと、その……」

　ミラキュルンはナクトシュネッケから目を逸らすために、ヴェアヴォルフに向いた。

「えと、ら、来週の決闘なんですけど、お休みさせて頂いてもよろしいでしょうか。その、来週はお父さんとお母さんが 帰ってくるので、お兄ちゃんと一緒にお出迎えに行かなきゃならないんで」

「都合が悪いのなら仕方ないな。だが、その分、再来週の決闘に力を回すからな。覚悟しておけ」

「ありがとうございます、ヴェアヴォルフさん」

　ヴェアヴォルフが快諾したのでミラキュルンは喜んだが、すぐに怯え始めた。

「で、でも、その前に、この人と戦わなきゃいけないんですかぁ……？」

「まあ、そうなるな。今週の決闘は他の怪人の都合が付かなかったから、ナクトシュネッケを使わざるを得ないことに なってしまってな。新入社員だが、まあ、大丈夫だろう」

　ヴェアヴォルフがナクトシュネッケを示すと、ナクトシュネッケは粘液の糸が引く口を開いてにたりと笑った。

「優しく頼むぜ、ミラキュルン」

「いぎゃああああっ！」

　ミラキュルンは頭を抱え、その場に座り込んだ。

「もうダメ、もう嫌、私帰る！　か、怪人さんには偏見はないけど、ナメクジだけは超キモいぃぃぃぃっ！」

「割と普通のリアクションだな」

　俺と同レベルだ、とほっとしたヴェアヴォルフは、ちょっと調子に乗ってみた。

「ふはははははははは！　見たか、ミラキュルン！　ナクトシュネッケのおぞましさを！」

「おお、じゃねぇや、総統。バトるんだったら場所変えね、場所」

　ナクトシュネッケがヴェアヴォルフの肩を小突くと、ヴェアヴォルフはその手をすぐさま払った。

「触んな。マントに染みが付く。だが、その意見には賛成だ。社内で暴れられたら後片付けが面倒だ」

「え、えぇー……」

　ミラキュルンは本当に泣きそうになったが、ヴェアヴォルフに促され、社内から出て雑居ビルの階段を下りた。 ナクトシュネッケを先に出してから、ヴェアヴォルフはドアに鍵を掛けると、二人を連れて駅前広場に向かった。 ミラキュルンはナクトシュネッケが余程嫌なのか、ナクトシュネッケを追い越してヴェアヴォルフを追い掛けてきた。 すると、ナクトシュネッケは笑いながらミラキュルンを追い立て、ミラキュルンは甲高い悲鳴を上げて逃げ惑った。 そんなことを続けているうちにミラキュルンはヴェアヴォルフにしがみつく形となり、マントを引っ張られてしまった。 背中にぴったりと貼り付いたミラキュルンが煩わしかったが、少し可愛いな、とヴェアヴォルフは少し思ったが、 すぐに美花がいるのだと思い直し、マント越しに伝わってくる年頃の少女の感触から全力で気を逸らした。
　駅前広場に到着すると、普段の決闘では何の反応も示さない市民がざわつき、皆、足早に距離を取った。 原因はもちろん、ナクトシュネッケである。ナメクジには、人間の嫌悪感を最大限に掻き立てる何かがあるらしい。 悪の気分を味わえて嬉しい反面、なぜ今までこんなに簡単なことに気付かなかったのだろう、とも痛感していた。 いつもより大分早い時間なので、ヴェアヴォルフは携帯電話でレピデュルスを呼び出し、しばらく待つことにした。 突っ立っていると往来の迷惑になるので、二人を促して、噴水の周りに設置されているベンチに並んで腰掛けた。 だが、落ち着かなかった。ミラキュルンに配慮して、彼女とナクトシュネッケの間に座ってしまったのが悪かった。 鋭敏な嗅覚は生臭い水気に責め立てられ、ナクトシュネッケが動くとぬちゃねちゃもちゃと粘着質な異音がする。 それがまた、どうしようもなくおぞましい。おかげで、ヴェアヴォルフの尻尾は情けなく丸まり、股の間に収まった。 それから十数分後にやってきたレピデュルスが救いの神に思えるほど、ヴェアヴォルフは精神的にやられていた。
　駅前広場の毎週の定位置に移動した四人は、決闘の立ち位置になると、ヴェアヴォルフは思考を切り換えた。 悪役モードに徹してしまえばナクトシュネッケは気にならないはずだ、と、腹を括ってから大袈裟にマントを広げた。

「今日という今日は貴様を抹殺し、世界征服への第一歩を踏み出してみせる！　覚悟しろ、ミラキュルン！」

　ヴェアヴォルフがミラキュルンを指すと、ミラキュルンは久々に出したミラキュルーレを握って細かく震えていた。

「うぁ、あぁ……」

「ひゃっひゃっひゃっひゃっひゃー！　マジビビってやんの、それでもヒーローかよ、マジウケるんだけど！」

　すっかり調子付いたナクトシュネッケが高笑いすると、ミラキュルンはミラキュルーレをぶんぶんと振った。

「来ないで来ないでぇー！　お願いだから近寄らないでぇー！」

「あそこまで怯えられると、悪役冥利に尽きると言うものですな、若旦那」

　満足げなレピデュルスに、ヴェアヴォルフは苦笑した。

「まぁ、そうだな」

　ミラキュルンが怯えてくれて本当に嬉しい。だが、彼女の怯える気持ちは解るのでその一方で同情してしまった。 悪役としての心情と一人の男としての心情の間でぐらつきながら、ヴェアヴォルフは二人の戦いを傍観していた。
　ミラキュルンはヒーローの意地で戦おうとしたがナクトシュネッケが近付くと膝が笑い、戦う以前の問題だった。 ハートの柄が付いたフルーレであるミラキュルーレを振り回して遠ざけようとしたものの、その刃は通じなかった。 それもそのはず、ナクトシュネッケの体表面は全て粘液に覆われているので刃が食い込む前に滑ってしまうのだ。 更に、水分を多く含んだ体も非常に柔らかいので、怯えすぎて力の出ないミラキュルンでは戦いにならなかった。 最終的にはミラキュルンは泣きながら逃げ出したが、何もない場所で転んだところをナクトシュネッケに襲われた。 にちゃねちゃぬちゃと粘液を泡立てながら、俯せに倒れたミラキュルンを舐め回すナクトシュネッケは卑猥だった。 見てはいけないものを見てしまった気分になったヴェアヴォルフは、先程とは違った意味で目を逸らした。

「うぇえええ……」

　ナクトシュネッケの体の下では、ハート型のゴーグルからぼろぼろと涙を落としたミラキュルンが這いずった。

「こんなの嫌ぁ、恐いよぉ、助けてぇ、お兄ちゃーん、お兄ちゃあーん！」

「何がお兄ちゃんだ、そんなの来るわけねぇだろ馬鹿。大人しく俺に倒されろや」

　ずりゅずりゅとバトルスーツに包まれた少女の体を擦りながら、ナクトシュネッケは細長く伸びた目を曲げた。

「このまま俺が溶解液を吐き出せば、こんなちゃちなスーツなんて溶けちまうだろうなぁ」

「ひゃぐっ」

　涙声で悲鳴を飲み込んだミラキュルンは、ナクトシュネッケを押し返そうとした。

「嫌、それだけは嫌ぁ！」

「おい、その辺にしておけ。やりすぎると婦女暴行の現行犯で逮捕されるぞ」

　ヴェアヴォルフが諌めると、ナクトシュネッケは触角の先の目をヴェアヴォルフに向けた。

「邪魔すんじゃねーよ、これからが面白いんじゃねーかよ」

「クビ切っちまうぞこの変態」

「解ったよ、しゃーねーなぁ」

　ナクトシュネッケは渋々ミラキュルンから離れたが、全て引き剥がす前に彼女のマスクの口元をぬるりと撫でた。 きらきらと光る粘液の筋が横一線に付き、ミラキュルンは全身に付着した粘液よりも先に口元を拭った。

「あっ、やだっ、やだよぉ」

「何だよ、もう離れたじゃねーか」

　ナクトシュネッケが振り向くと、ミラキュルンは肩を怒らせながら立ち上がり、手の甲でマスクを拭った。

「こんなの……やだ……。だって、私、まだ、あの人と手も繋いだことないのに！」

　あ、切れた、とヴェアヴォルフが察して数歩下がると、レピデュルスも事態を察して小声で忠告してきた。

「若旦那。これは、退却するべきでございましょうな」

「見りゃ解る」

　ヴェアヴォルフはナクトシュネッケに退却を命じようと手を伸ばしかけたが、その瞬間、ミラキュルンが発光した。

「ミラクルフォームアーップ！」

　鳥のようなポーズを付けたミラキュルンは、激しい白い光の中、バトルスーツの上にアーマーを装着した。 両肩のアーマーは一回り大きくなり、マントは羽根のように変化し、マスクには花びらのような外部装甲が増えた。 胸部にはやはりハート型のアーマーが付き、両手足にも羽根状の外装が付き、最後にハートのステッキが現れた。 光が弾けて消えるとミラキュルンの全身にまとわりついていた粘液が蒸発し、光の粒子が辺り一帯に降り注いだ。

「初恋乙女のミラクルエナジー！」

　先端に光るハートが付いたステッキを振り翳したミラキュルンは、翼に似たマントを広げ、ゴーグルを光らせた。

「純真変身！　ミラキュルン・エクセレント！」

「パワーアップしたか……。そろそろ、そういう時期じゃないかとは思っていたが……」

　ヴェアヴォルフが両耳を伏せると、レピデュルスは身構えた。

「来ますぞ、若旦那」

「愛する心をパワーに変えて！　純情聖杖、ミラキュロッド！」

　ミラキュルン・エクセレントはハートのステッキをナクトシュネッケに突き出し、両手で支えた。

「スイートハート・ミラキュリオン！」

　ミラキュロッドから放たれたのは十字架の重なったハート型のビームで、ビームだが質量を伴った物体だった。 ナクトシュネッケが逃げるよりも先に叩き落とされ、舗装にはハート型と十字架の巨大な抉れが出来上がった。 その中心では、無惨に潰されたナクトシュネッケが平たく伸びていて、全身から滲み出した体液が広がっていた。

「……ふう」

　ミラキュルン・エクセレントはミラキュロッドを下ろし、両手をぱんぱんと叩き合わせて払った。

「じゃ、私はこれで！　お風呂に入りたいので！」

「あ、ああ、また再来週。次こそは貴様の最後だ」

　ヴェアヴォルフが義務感で捨てゼリフを言うと、ミラキュルン・エクセレントは通常時の倍の速度で飛行した。 普段はへろへろしている軌道も加速によって安定しているらしく、翼状のマントは綺麗に翻って天使のようだった。 それを見送ってから抉れの中心で潰れているナクトシュネッケに近付くと、ナクトシュネッケは呻いた。

「何、あれ……？　てか、死にそうなくらい痛ぇし……」

「相手は純情戦士だぞ。純潔を穢したお前が悪い」

　ヴェアヴォルフが首を横に振ると、ナクトシュネッケはぶるぶると震える腕を突っ張って起き上がった。

「けど、なんか、さ、すっげぇ悔しい。マジヤベェしあいつ」

「そう思うんだったら、次の決闘に備えることだな。明日からは現場にも行ってもらうわけだし」

　ヴェアヴォルフがその腕を掴んで肩を担いでやると、ナクトシュネッケは意外そうに目を曲げた。

「あれ、お前、俺がキモいんじゃねーの？」

「それはそれ、これはこれだ。お疲れさん」

　ヴェアヴォルフが歩き出すと、ナクトシュネッケはよろけながらも歩き出し、可笑しげに笑った。

「ツンデレってやつ？」

「断じて違う」

　即座に否定したヴェアヴォルフは、レピデュルスに事後処理を頼み、人々の間を抜けて本社に向かった。 まともに攻撃を喰らって消耗したナクトシュネッケは怪人体を保てなくなり、しばらくすれば中村了介に戻ってしまう。 怪人体に変身出来る改造人間とはいえ、生来の怪人との間に大きな差がある。だから、ダメージも大きいはずだ。 今は戦闘による高揚で気にならないかもしれないが、気分が落ち着けば心身共に痛みがもろに出るので、放っておく わけにはいかない。好きになれないが、大事な部下の一人には違いない。
　今回も敗北に終わった。それも、結果的にミラキュルンのパワーアップを促してしまうという失態も起こした。 だが、しかし、それはこの業界では良くある話だ。ヒーローは、二段変身、三段変身、四段変身など容易にこなすが、 怪人はそうもいかない。また対抗策を練ろう、と考えながら、ヴェアヴォルフは雑居ビルの階段を上った。すると、階段には、 三階までの全ての段にナクトシュネッケが這い回った後であるねばねばと光る粘液の筋が付いていた。
　まずは、掃除をしなければ。




　街灯の下で、六本目のタバコを足元に落とした。
　じゃりっ、とサンダルのつま先で踏みにじったカメリーは、セカンドバッグから出した携帯電話を開いた。 メールの返信はなく、着信もない。仕事絡みのメールは何通か来ていたが、肝心の彼女からのメールはなかった。 もう一通送ろうかと思ったが、あまり送るとしつこいと嫌われてしまうので、その気持ちを堪えて携帯電話を閉じた。
　小一時間は待っているだろうか。といっても、カメリーが一方的に待っているだけで待ち合わせではない。 だが、近頃はこうでもしなければ会えない。先日の海岸デートも、海に到着したところで仕事の連絡が入ってきた。 情報屋は自由業だが、自由すぎるのが難点だ。忙しい時は朝も夜も関係なく呼び出され、注文通りの行動を行う。 縛りはないが、特定の休みがないことが辛い。たまに予定がない日があっても、必ず誰かしらに呼び出されてしまう。 先週、偶然再会した高校時代の級友に理想を交えた現状を語ってしまったのは、そうした欲求不満が原因だろう。
　七本目のタバコを半分ほど吸った頃、街灯の上に何かが乗ったので、見上げるとスカートが見えた。街灯の光を 浴びて滑らかな光沢を帯びた黒い下両足が曲がり、ベストとブラウスの下に薄い羽根が折り畳まれた。

「よお」　

　タバコを消したカメリーが手を振ると、七瀬は街灯の上から飛び降りてきた。

「何してんの、こんなところで」

「いやね、なんでもないんだけどさ、なんかこうね」

「意味解らないし」

　七瀬はカメリーを見上げ、触角を立てた。

「用事があるんなら早くしてよね。私、バイト上がりで疲れてんだから」

「解ってる解ってる、そんなに時間は取らないよ」

　カメリーは七瀬の頭部に手を添え、引き寄せた。

「ただね、七瀬に会いたいだけだから」

「私は会いたくないんだけど」

　複眼を背けた七瀬に、カメリーは先細りの口を開いて笑みを見せた。

「いいのよ、そんなん気にしなくても。俺が好きなら、それでいいのよ」

「そう？」

「そうなの。だから、今日のところはこれで充分」

　カメリーは七瀬の硬い体を抱き締め、細い触角を指先で優しくなぞった。

「んじゃ、気を付けて帰るんだよ」

　七瀬を離してからカメリーが手を振ると、七瀬は触られた触角を爪先で押さえてから背を向けた。

「……ん」

　足早に駆け出した七瀬を見送ってから、カメリーは彼女の冷ややかな体温が残るウロコの肌を撫でさすった。

「いやあ、本当にもう喰っちゃいたいよ」

　七瀬は虫だ。捕食対象だ。だが、彼女を前にすると、捕食対象から感じる欲動とは違った欲動が湧く。 他の人型昆虫とは何かが違う。かすかに零れ出るフェロモンや外骨格の艶、胸郭から発せられる少年じみた声。 神経をざわつかせてくる彼女を喰ってしまえれば、どれほど幸せだろう。だが、手元に置けばもっと幸せになる。 しかし、カメリーには確固たる地盤がない。結婚を申し込むにしても、定職に就いていないことで阻まれるはずだ。 だから、今、出来ることは金を掻き集めることだけだ。他者を騙し、欺き、謀り、傷付けて手にした金でも金は金だ。 これまで生きてきて、金だけは裏切らないと知っている。だから、金があれば必ずカメリーは幸せになれるはずだ。
　七瀬は不幸になるだろうが。





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09 9/6