純情戦士ミラキュルン




第二十四話 破壊と殺戮の狂戦士! 突撃のパンツァー!



 思い付く場所と言えば、ここしかない。
 大神採石場。山の斜面を切り開いて造った現場で、悪の秘密結社ジャールがある街からはかなり離れている。 今は経営が立ち行かなくなってしまったので、業者も入っていないし、採石を行っていないのでただの空き地だから、 戦場には打って付けだ。元々ヒーローと戦うために買った土地で、持て余したから採石場にしていただけだ。
 採石場の手前で止まったパンツァーは人間形態に変形すると、キャタピラの間から砂や石を零しながら歩いた。 山の麓までは、大して時間は掛からない。パワーイーグルと別れて病院を出た後、バスを乗り継ぎ、一時間弱だ。 戦車形態で移動してきても良かったが、それでは燃費が悪すぎて、本番の戦闘でスタミナ切れを起こしかねない。 関係者以外立ち入り禁止、との札が掛かったロープをくぐったパンツァーは、事務所だったプレハブへと向かった。 鍵が壊されている錆び付いたドアをこじ開け、覗くと、室内には若者達が入り込んだであろう痕跡が残されていた。 発泡酒やチューハイの空き缶、スナック菓子の空袋、コンビニのレジ袋、週刊漫画雑誌が放置されたままだった。 砂の被り具合からして、あまり新しいものはなさそうだ。週刊漫画雑誌の号数も夏休み中に発行されたものだ。 この分だと、一般市民は巻き込まずに済みそうだ。パンツァーはプレハブのドアを閉め、跳躍し、屋根に上った。 着地した瞬間にトタンがへこみ、両足が埋まったが天井は破れなかった。パンツァーは足を抜き、屋根に座った。

「さぁて……」

 パンツァーは胡座を掻くと、普段は書類の詰まっているカバンから新品のバーボンの瓶を取り出した。

「仕事中には違いねぇが、今日ぐらいは大旦那様も許して下さるだろ」

 角張った太い指でキャップを捻ると、独特の芳香が零れ出した。

「来るなら来いや、セイントセイバー」

 バーボンの瓶を銜えたパンツァーは首を逸らして呷ると、喉に当たるパイプを度数の高い酒が滑り落ちる。 どぽん、どぽん、と石油に比べれば軽やかな水音が腹部の燃料タンクから繰り返され、瓶の半分ほどが入った。 形だけの食事を取る時に使う燃焼タンクにも少し入ったが、長々と歩いたおかげで過熱していたのか蒸発した。 相変わらず、酔えるわけがない。生物は体液にアルコールを入れて循環させて酔うが、その肝心の体液がない。 そして、脳もない。科学技術が進んできたので、記憶容量を拡幅するために何種類もの電子部品を入れてみた。 けれど、それらは単純な集積回路に過ぎず、記憶力と演算能力は増したがパンツァーという人格は不変だった。 人の心は持っているが、人にも機械にもなりきれない、訳の解らない者だという認識が強くなってしまっただけだ。 だから、パンツァーは酒を飲まずにはいられない。タバコを吸わずにはいられない。食事を摂らずにはいられない。 たとえ見せかけだけの行為だとしても、人間らしいことをしていれば人間に近付けるのではないか、と思っている。 ヴォルフガングに付き合ってアラーニャの店に通っていた時は、ほんの少しだけだが酒に酔えた気がしていたが。
 側頭部に伸びるアンテナが生体反応を感知し、警戒のアラートを響かせたので、パンツァーは瓶を下げた。 飲み残していたのでキャップを閉め、立ち上がると、夜の気配を垣間見せる空の彼方から銀色の騎士が現れた。

「よう。あんたがセイントセイバーか」

 パンツァーが馴れ馴れしく声を掛けると、銀色の騎士、セイントセイバーはずしゃりと砂利に着地した。

「貴様、なんのつもりだ」

「見ての通り、仕事をふけて酒を喰らってるのさ」

「怪人に相応しい、醜悪な行為だ」

「だが、俺には酒は効かねぇんだよ。せいぜい燃料の一部として燃焼されるぐらいで、酒精なんざ回っちゃくれねぇ。 気の知れた相手と気に入った店で飲むと雰囲気でそれらしい気分にはなるが、店を出ちまえば最後、廃熱されちまう みたいに冷めちまう」

 いよっ、とプレハブから飛び降りたパンツァーは、バーボンの瓶をじゃぼじゃぼと揺すぶった。

「お前さんの正義ってのも、それと同じようなもんじゃねぇのか?」

「戯言を! 私の正義以上に正しい正義などこの世に存在しない! なぜなら私は!」

「神に選ばれし聖戦士、だってんだろ? 神様に執心するのは良いが、程々にしとけよ。どこかで譲り合わねぇと、潰し合って 共倒れになるだけだ」

「何を言い出すかと思えば、この私に説教するつもりか。随分と高尚な考えだな」

 セイントセイバーは嘲笑し、聖剣を抜いた。

「私の神は私の内にある。故に、私を裏切ることはない」

「そりゃそうだろう、自分にとって都合の良いことしか言わねぇ神様なんだから」

 パンツァーは酒瓶を下げ、間合いを計るようにセイントセイバーへと歩み出した。

「誰にだって、絶対正しいと思うことがあらぁな。俺にもある。けどな、それが正義だと思うのは大間違いだ」

「どいつもこいつも似たようなことを言うものだ。ヴェアヴォルフ、ファルコ、アラーニャ、そして貴様だ」

 パンツァーに切っ先を突き付け、セイントセイバーはマスクの下で目元を歪めた。

「愚劣な怪人に、私の気高き正義など到底理解出来まい!」

「安心しな、理解するつもりは一切ねぇよ!」

 ぎゃりぃっ、とキャタピラを回転させた途端に両足の下で小石が砕け散り、パンツァーの重たい肉体が発進した。 排気筒とラジエーターから噴出される高熱の排気が砂埃と入り混じって、一瞬だが煙幕が生まれ、それを貫いた。 敵側の視界が切れた間を使い、パンツァーは酒瓶を持っていない左手の外装を開いてキャタピラの転輪を出した。 それを作動させる前に、少々惜しかったがバーボンの瓶をセイントセイバーに投げ付けるとあっさりと両断された。 その隙に、転輪から四枚の仕込み刃を飛び出させたパンツァーは、セイントセイバーに狙いを定めて腕を振った。

「ツィンケルナーゲル!」

 投げた途端に転輪は高速回転を始め、四枚の刃も回転し、スズメバチのような唸りを上げた。

「つぇいっ!」

 セイントセイバーは聖剣で転輪を容易く切断し、構え直す前に、パンツァーは単眼にエネルギーを収束させた。

「アオゲシュトラール!」

 普段は目としての機能しか使っていない単眼をレンズにし、超高温の真紅の光線を発射した。

「効かん!」

 セイントセイバーは光線を聖剣で弾き、着弾させてから、聖剣で十字を切った。

「セイントクロス!」

 切り裂かれた虚空に純白の光が生み出され、十字架の形をした質量を伴った幻影が放たれた。

「こんなモンが俺に効くかぁあああっ!」

 逃げる間もなく着弾したが、パンツァーは両足を精一杯回転させて勢いを相殺し、その場に止まった。

「面倒臭ぇモン撃ちやがって……」

 過熱に過熱が重なったため、外装を開いて廃熱しながらパンツァーがぼやくと、セイントセイバーは一笑した。

「私は騎士であると同時に英雄なのだ。貴様らのような小手先の技で戦おうとは思わん」

「言うじゃねぇか、青二才のくせに」

 背部の弾薬庫から移動させた砲弾を主砲に装填したパンツァーは、両足から固定脚を出し、地面に突き立てた。

「それじゃあ俺も本気で行くぜぇ! パンツァーカノーネッ!」

 右肩の主砲から灼熱の暴風が巻き起こってパンツァーの全身に発射の衝撃が加わり、関節が悲鳴を上げる。 ライフリングに従って回転が加えられた鉛と火薬の凝縮物が中空に放たれると、灰色の硝煙が視界を曇らせた。 発射時に生じるマズルフラッシュが消えるよりも早くに着弾したが、セイントセイバーは直撃を逃れたようだった。 銀色の肢体が頭上に差し掛かったので、パンツァーは機関銃に切り替えて掃射したが掠りもせずに散らばった。 砲弾の赤く熱した空薬莢の上に機関銃の空薬莢がじゃらじゃらと零れ落ち、足元にだけ金色の雨が降っていた。 薄暗い採石場に放り出された無数の弾丸は目標には着弾せず、至る所で跳弾しては小さな火花を作っていた。

「くそうっ!」

 主砲は冷却が間に合わない。機関銃もこれ以上連射すれば破損する。パンツァーは毒突き、機関銃を下げた。

「どうした、それで終わりか?」

 解体途中で放置された岩に立ったセイントセイバーは、無傷のバトルスーツを見せつけるように胸を張った。

「終わりなんかじゃねぇ、俺にはまだこの体がある!」

 固定脚を戻し、大量の薬莢を蹴散らしながら駆け出したパンツァーは、戦車形態に変形して急発進した。

「メタモルフォーゼ!」

「来るなら来い! そして、清浄なる私と汚穢なる貴様との違いを見せつけてしんぜよう!」

 セイントセイバーが聖剣を掲げたので、パンツァーは崖の斜面にキャタピラを食い込ませて力任せに昇り始めた。 パンツァーが有している能力の一つが無限軌道だ。その名の通り、重力を無視して斜面を駆け上がれる馬力だ。 だが、あらゆるギアを噛み合わせて無理に無理を言わせたパワーを使うので、酷使すれば故障も免れない力だ。 セイントセイバーの立っている岩を軽々追い越し、数メートル上に達したパンツァーは上半身だけ人型に変えた。

「潔癖すぎて綺麗綺麗な人生よりも、泥臭い人生の方が余程面白いと思うがよ!」

 手榴弾を四発取り出したパンツァーは、口で一度にピンを抜き、投げ付けた。

「馬鹿げたことを、清浄こそが正常なのだ!」

 セイントセイバーは手榴弾を逃れようと飛び出したので、パンツァーは下半身も変形して崖の斜面を蹴り付けた。 空中では、飛行能力があってもバランスを保つのが難しい。そこに、凄まじい重量の機械の体をぶつけてやれば。 パンツァーが体当たりすると、予想通りセイントセイバーは体勢を崩し、仰け反った背中の下で手榴弾が炸裂した。

「そいつぁ俺からのプレゼントだ! なぁに、礼はいらねぇよ!」

 パンツァーはセイントセイバーを足掛かりにして跳ねると、その反動でセイントセイバーは爆心地に落下した。

「いっ……」

 解体途中だった岩は爆発によって砕かれ、無数の灰色の楔と化してセイントセイバーを待ち受けていた。

「ぐぇああああっ!?」

 高度が低すぎたせいで飛行が間に合わなかったセイントセイバーは、岩で出来た剣山の真上に落下した。 銀色のマントは引き裂け、背部と胸部の外装が歪み、投げ出された両手足は岩の破片に覆い隠されてしまった。

「こ、こんなことで、私は……」

 セイントセイバーは岩の破片に埋まった両手足を抜こうともがくが、抜け出す前に、パンツァーは着地した。

「そうだ、まだ終わりなんかじゃねぇ。やっと同じ土俵に立てたばっかりだぜ」

 衝撃吸収のために曲げていた膝を伸ばしたパンツァーは、ぎ、と一際強い光を宿した単眼を上げた。

「お前さんにはたっぷり仕返ししてやらなきゃ、どうにも収まらないんだよ!」

「は、ははははははは、怪人如きが!」

 セイントセイバーは乾いた笑いを上げて、両手足を引き抜こうと身を捩るが、大量の岩は崩れもしなかった。

「俺は長いこと戦ってきたが、復讐だとか報復だとかが理解出来なかった。けどな、今なら誰よりも理解出来る」

 両腕のキャタピラを噛み合わせて回転させながら、パンツァーは地面に磔になった騎士の上に跨った。

「よくも若旦那を、ファルコを、アラーニャをぉおおおおおっ!」

「あ、あ゛ぁあ゛あ゛あ゛あ゛っ!」

 火花を散らすほど激しく回転するキャタピラで頭を挟まれ、セイントセイバーは胸を反らして絶叫した。

「どうだ痛いか、恐いか、苦しいかぁああっ! アラーニャはなぁ、もっと痛い目に遭ったんだ!」

 ごりごぎごがごぎごりごぢぃっ、と金属と金属の摩擦音と衝突音が繰り返す中、パンツァーは叫んだ。

「俺はあいつが好きなんだ! 恋だとか愛だとかは概念すらも理解出来てねぇが、あいつのことははっきりと好きなんだ!  なのに、俺はあいつを守ってやれなかった! だから、今、ここで俺はお前さんを殺す!」

「い゛、や゛、あ゛ぁあ゛あ゛っ!」

 振動と衝撃に頭を揺さぶられるセイントセイバーは、抵抗しようとするが胴体はパンツァーの足に挟まれていた。

「脳天かち割って、脳みそ引き摺りだして、顔も体もぐっちゃんぐちゃんのミンチにしてやらぁ! ヒーローが怪人を倒すように、 怪人もヒーローを倒すもんなんだよ! お前さんが遠慮しなかったように、俺も遠慮なんざしねぇ!」

 勝利を確信したパンツァーは左手を外し、バトルマスクを叩き割ろうと振り上げた。

「来てぇえっ、カルドボルグぅううっ!」

 涙と体液に濁った叫声を上げたセイントセイバーに、パンツァーはほんの一瞬、気を取られて視線を動かした。

「ぐぉえっ」

 砕けた岩石の下から現れた聖剣が、パンツァーの背部を一撃で貫通し、バーボン混じりのオイルを噴出させた。 パイプを逆流したオイルが口から首の関節からぼたぼたと零れ、セイントセイバーの歪んだバトルマスクを汚した。

「……うぅ」

 セイントセイバーは渾身の力で両腕を引き抜き、パンツァーを突き飛ばしてから、両足も引き抜いた。

「カルドボルグ!」

 セイントセイバーが引きつった声で命じると、聖剣はパンツァーの腹部を貫き、セイントセイバーの手に収まった。

「……私は、戦い続けなければならない。私が、私であるためにも!」

 ずりゅっ、と酒と油の混じったどす黒い水溜まりをつま先で抉り、セイントセイバーは聖剣を振り抜いた。

「あ、アラーニャぁ……」

 パンツァーがよろけると、上半身と下半身が斜めにずれ、エンジンと燃料タンクからガソリンが流出した。 セイントセイバーは肩で息をしながら聖剣を下げると、振り返りもせずに駆け出し、程なくして空へと消えていった。 石油なのか酒なのか判別出来ない水溜まりに上半身が転げ落ちたパンツァーは、這いずろうとするが力が入らない。 エンジンを壊された上にバッテリーも配線が切れたらしく、ただでさえ暗い視界は狭まり、遂にブラックアウトした。 辛うじて生きていた内蔵無線を作動させ、差し当たって連絡が付きそうなユナイタスの無線の周波数に合わせた。 こんなところで死んでしまっては、アラーニャに何も伝えられない。好きだと言って、そして、好きだと言われたい。
 恋を知覚出来たことが、やけに嬉しかった。




 痛いのは、心か、体か。
 どちらであっても痛みは痛みだ。頭痛と目眩と吐き気が凄まじく、芽依子は一歩も動けずに座り込んでいた。 息をするだけで胸が痛み、動くだけで背中が引き攣れてしまう。バトルスーツを纏っていたのに防ぎきれなかった。 すぐに帰らなければ、夕食の支度に間に合わない。明日は速人とデートに行くのだから、その準備もしなければ。 なのに、体が動かない。芽依子は震える手で頬に走った傷を拭うが、血は止まらずに顎を伝って襟元に落ちた。
 ここがどこなのかも、よく解らない。死に物狂いで採石場を出た後、当てもなく飛行したが間もなく失速したのだ。 辺りも暗かったので、景色は見えなかった。普段は常人以上に見えるのに、ダメージのせいで視界が淀んでいた。 背中に触れているのはざらついた木の幹で、足の下にあるのは濡れた葉で、手に触れているのは腐葉土だった。 恐らく、山の斜面に転げているのだろうが、頭上は木々の葉に覆われているので空の色すらも見えない。

「ナイトメア」

 木の枝が揺れ、硬質で涼やかな男の声が木の葉に混じって振ってきた。

「あ……」

 芽依子が動きの鈍い目を上げると、枝の上には銀色の騎士が立っていた。

「貴様の正義、見せてもらった」

 セイントセイバーは柔らかく降りてくると、芽依子の前に膝を付いた。

「だが、戦いはまだ終わってはいない。レピデュルス、ツヴァイヴォルフ、そしてジャール本部を滅ぼしてこそ、 貴様はヒーローに成り得るのだ。しかし、今は休め。明日もまた、戦いになろう」

「はい」

 芽依子は安堵感と疲労から、涙を滲ませながら頷いた。

「ヒーローたるもの、決して挫けてはならぬ」

 セイントセイバーは芽依子を抱き上げ、浮上した。芽依子は腕を回す余力すらなく、だらりと手足を下げた。 頬に受ける風は冷たく、血と汗の匂いに混じって夜の匂いがする。眠ってはならない、と思っても、瞼は落ちた。 仕事がある、だから休んではならない、と己を戒めるが、今ばかりは使用人のプライドも疲労に負けてしまった。 芽依子は気絶するように意識を失ってセイントセイバーに身を委ねたが、明日が楽しみすぎて頬が緩んでいた。 苦痛と疲労で歪んだ顔に笑みを浮かべた芽依子を一瞥したセイントセイバーは、宙を蹴り、大神邸に向かった。
 バトルマスクの下で、会心の笑みを零しながら。





 


09 10/4