純情戦士ミラキュルン




第二十七話 宿命の対決! ミラキュルンVSヴェアヴォルフ!



 土曜日。
 窓の外側に降り注いだ雨粒は重たく膨らみ、ガラスに付着した砂埃の粒子を吸って濁った水滴になった。 湿り気を含んだ空気が粘り気を持ち、外骨格を煩わしく包んでいる。空は鉛色に覆われ、街全体が沈んでいた。 こんな天気では、外に出る気にはならない。傘で雨を防いでも、外骨格に染み渡る水分が鬱陶しくて嫌だからだ。 携帯電話を開いてみても、親からの着信もメールもない。これまでも、似たようなことが何度かあったからだろう。 外泊したことは一度や二度ではなく、嘘を吐いたことも初めてではないし、朝まで遊び歩いた夜も何度となくある。 だから、放っておいても必ず帰ってくるはずだ、と両親は思っているに違いない。それは楽だが、時に寂しくなる。
 特に、こんな時は。天童七瀬は携帯電話のフリップを閉じ、埃の堆積した窓枠から離れて室内に振り向いた。 ざらついて毛羽立った畳で胡座を掻いたカメリーは、暇を持て余しているらしく、今週号の週刊誌を広げていた。 自分から連れてきておいてその態度はないだろう、とは思うが、暇を持て余しているのは七瀬もまた同じだった。

「つまんねぇ誘拐だこと」

 七瀬がぼやくと、カメリーは右目は雑誌に向けたまま、器用に左目を上げて七瀬に向けた。

「仕方ないでしょうに。俺だって、最初はそのつもりじゃなかったんだから」

「ていうか、これ、何? せめて掃除してから連れ込めよ」

 七瀬が埃の溜まった窓枠を漆黒の爪先で擦ると、カメリーはいかつい肩を竦めた。

「だぁから、仕方ないっつったでしょ。急に思い付いちゃったんだから」

「まぁ、今日も明日も休みだから別に良いけどさぁ」

 七瀬は通学カバンを引き寄せ、暇潰しになるものがないかと探ったが、見当たらなかったので押しやった。

「んで?」

「で、って何よ」

 カメリーに聞き返され、七瀬は触覚を曲げた。

「あんた、何してたわけ?」

「何って、悪いことに決まってんじゃないの」

 得意げに笑うカメリーに、七瀬は視線を動かした。塗装の剥げた小さな座卓には、預金通帳が広げられていた。 一ページ目では七桁台だった預金残高が日を追うごとに増えていき、今月に入ってからは桁までもが増えた。 昨日の日付で記入された預金残高は五百万に届く手前の額になっていて、大金と呼ばれるべき額になっていた。 誰がどう見ても、真っ当に稼いだ金ではない。ギャンブルであれば、ここまで増える前に干涸らびてしまうだろう。 最初に見せられた時はさすがに驚いたが、時間が経つと何も感じなくなっていた。
 七瀬がカメリーに攫われたのは、金曜日の放課後だ。美花と鋭太と途中まで一緒に下校し、別れた直後だった。 アルバイト先に向かうはずだったのが、民家の屋根から飛び降りてきたカメリーに抱えられ、そのまま連れられた。 仕方ないのでアルバイト先には急用で休むと電話を入れ、その後に自宅にも電話し、今日は帰れないと伝えた。 だが、どちらにもそれほど心配されなかった。予想していたことではあったが、女子高生の身としては切なくなる。 そして、カメリーの住む古びたアパートに押し込まれ、やたらに金が多い預金通帳を見せられた後、すぐに寝た。 喰われるか犯されるかと思っていたのだが、特に何もされないまま目を覚まし、雨が降り出した空を眺めていた。

「セイントセイバー、だっけ?」

 七瀬は、近頃美花が口にしていたヒーローの名を呟いた。

「そう。そのセイントセイバーよ、俺の食い扶持はね」

 週刊誌を閉じたカメリーは灰皿を引き寄せたが、山盛りになっていた吸い殻が畳に雪崩れ落ちた。

「あいつはねぇ、結構キちゃってんのよ。いやホント。俺が言うのもなんだけどね、馬鹿みたいなことでマジに なった挙げ句、つまんない情報を買うために俺に貢いでくれちゃったのよ。ありがたいけど、空しくなっちゃう」

 喉の奥で笑いを殺しながら、カメリーは先細りの口を開いてフィルターを噛んだ。

「具体的には?」

 七瀬がやる気なく問うと、カメリーはタバコに火を灯し、ぽかんと丸く煙を吐いた。

「一番馬鹿げてたのは、ジャールの怪人がどこに現れるか、ってやつよ。そんなこと、自分でやればいいのにねぇ。 ヒーローだから目もいいんだし。俺だって見た目より忙しいから、四六時中貼り付いていられるわけじゃないのよ。 だけど、一応、ジャールのタイムテーブルと社員の契約先の住所を手に入れていたから、誰がどこに行くのかは 大体の予想が付いたのよ。突き詰めるために後を付けたりしたけどねん」

「んで?」

「ん、ああ、教えた後、ってこと? そりゃあ解り切った話、セイントセイバーはジャールの怪人を倒したのよ」

「どのくらい?」

「雑魚には目もくれなかったから、四天王は全滅したのよ。あ、いや、まだ死んでないかな? うん、死んでないね。 それまでは他の組織とか、ジャール以外の怪人にも手を出していたんだけど、それは肩慣らしだったのよ。セイントセイバーは ヒーロー体質が目覚めてから間もないから、力加減とか、必殺技の出し方とか、空の飛び方とか、見栄の切り方とか、まあとにかく 練習する必要があったの。だから、それっぽい格好が出来上がるまでは、他の怪人をぶった切っていたわけ」

「ふうん。じゃあ、セイントセイバーは最初からジャールだけを潰すつもりだったわけか」

「そうなのよ。ミラキュルンちゃんがいるから、手を出すのはお約束違反だって言ったんだけど聞かなくて」

「止めたんだ」

「そりゃあね。俺だって怪人だし、お約束ありきの世界の住人じゃない? 情報屋なんてやっていても、怪人の領分は 守っているわけよ。ヒーローの変身中には攻撃しないとか、ヒーローの変身前の姿を知っても手を出さないとか、不用意に 他人の戦いに割り込まないとか、まあ色々とね。でも、あいつはそういうのが嫌いなんだって。変だよね」

「そうなの?」

「そりゃあ変よ。それにね、セイントセイバーが戦う動機ってのが一番変よ」

「でも、正義の味方なんでしょ? ヒーローなんだし」

「二言目には正義だ何だって言うけどね、そんなのは建前よ、建前。あいつはね、なまじっか育ちが良いもんだから自分に 都合の良いことしか見えないのよ。だから、動機も変なの。ミラキュルンちゃんは、まあ、かなぁり不純だけど一応大義名分が あるでしょ。好きな男を守るために強くなりたい、ってのがさ。でもね、セイントセイバーは違うの」

 先端の灰が落ちかけたタバコを外したカメリーは、吸い殻の山の上に落とした。

「全部壊せば、自分にとってキレイキレイな世界が出来ると思い込んでやがんのよ」

「うわガキ臭ぇ」

「でしょでしょ?」

 毒突いた七瀬に、カメリーは頷いてからタバコの続きを吸った。

「んでさ、七瀬ぇ。考えてくれた?」

「何を?」

「だからさぁ、解るっしょ?」

「何も」

 七瀬が訝しげに触覚を曲げると、カメリーは物足りなさそうに丸まった尻尾を振った。

「うん、だからねぇ、七瀬。俺とさ、一緒になってくんない?」

「はぁ!?」

 七瀬が声を裏返すと、カメリーはタバコを外し、長い舌でべろりと口元を舐めた。

「だって、俺、本気なんだもんよ」

「つか、マジ有り得ねぇー……」

 カメリーの告白に、七瀬はぎちぎちと顎を噛み合わせて鳴らした。そんなことのために、わざわざ誘拐したのか。 結婚を申し込むにしても、段取りというものがあるだろう。だが、それっぽいムードを作られても逆に冷めてしまう。 七瀬自身の性格もあるのだが、発情期を迎えていないから、恋愛の概念が感覚的に理解出来ないせいでもある。 しかし、だからといって預金残高を見せてから申し込むのはどうかと思う。生々しすぎて、今度はげんなりしてくる。 それに、七瀬はまだ高校二年生だ。そして、カメリーのような爬虫類人外には捕食対象の延長である人型昆虫だ。 情と言うよりも、捕食欲に繋がる支配欲かもしれない。正直、気分は良くないが、あの額の現金には惹かれる。
けれど、金で人生を棒に振るのは。判断するのはカメリーの仕事を見てからでも遅くない、と思い、七瀬は言った。

「あんたがしてきた仕事、どんなのか見せてよ。そしたら、考えてやってもいいけど」

「仰せのままに、女王様」

 カメリーはわざとらしく礼をすると、吸いかけのタバコとライターをシャツの胸ポケットに突っ込んで立ち上がった。

「んじゃま、行こうか。セイントセイバーの今日の予定は、ジャール本社の壊滅なのよ」

 携帯電話と財布を無造作にハーフパンツのポケットに入れ、サンダルを突っかけたカメリーは七瀬を急かした。

「ほら、支度しなさいな」

「だったら、一度うちに帰っていい? てか、制服のままじゃマジ締まらないし」

「だぁめ。せっかく誘拐したんだから、ちょっとでも離れちゃうのは嫌なのよ」

「仕方ねぇな」

 七瀬は渋々了承し、携帯電話と財布をスカートのポケットにねじ込んだ。雨の中、通学カバンを持ちたくない。 その中身は教科書と参考書とノートだし、万が一濡れでもしたらシワが寄って紙同士が貼り付いて面倒だ。 カメリーがうやうやしく手を差し伸べてきたが、無視してローファーを引っ掛け、七瀬はドアを開けて部屋を出た。 昨日の放課後に誘拐された時には解らなかったが、アパートの周囲は似たような古さのアパートが並んでいる。 カメリーが七瀬の頭上にビニール傘を差し掛けてきたので、それを受け取り、カメリーの後に並んで歩き出した。
 何を知りたいわけではない。だが、何も知らないままでは嫌だった。




 寂しすぎて、目の奥が痛くなる。
 あの日に感じたものに酷似した感情が迫り上がり、涙腺を緩める。状況は違うはずなのに、重なってしまう。 雨の湿気と埃っぽさが混じる空気を肺に収め、鋭太は軍帽を押し下げて目元を隠したが顎が独りでに震えた。 机に投げ捨てたままの鍵は、カーテンの隙間から侵入してきた外界の光をほのかに帯びてうっすらと輝いていた。
 ヴェアヴォルフの机、レピデュルスの机、パンツァーの机、アラーニャの机、ファルコの机。いずれも誰もいない。 姉のために分け与えられた机も空いていて、鋭太以外に呼吸するものはなく、初秋なのに空気が凍えきっていた。

「なんで、こうなっちまうんだよ」

 暗黒参謀ツヴァイヴォルフになろうとしたがそこまでの気力が湧かず、青い軍服は机にだらしなく投げされていた。 だが、素のままでは泣き出してしまいそうだったから、意地として下半身は体裁を整えて軍帽を頭に被っていた。 しかし、自己を保つためだけの意地であり、兄や四天王に成り代わってジャールを率いようという意地ではない。 所詮、いい加減な理由で志願した暗黒参謀だ。窮地に陥ったからといって、参謀らしいことを出来るわけがない。

「どうして、俺は戦えないんだよ……」

 鋭太は息を吐き、震える顎を噛み締めた。誰もいない本社は、祖父の姿が消えた書斎を思わせる空しさがある。 祖父であり先々代の暗黒総統ヴェアヴォルフであるヴォルフガングが亡くなったその日は、実感が湧かなかった。 両親や四天王が打ちひしがれて、姉と兄と芽依子は泣いていたが、鋭太はすぐにその辛さが染み入らなかった。
 祖父のことは大好きだった。思春期に入って反抗期を迎えても、ヴォルフガングには意地を張れなかった。 大人ぶったことを言っても、おかしなことをしても、邪険に扱っても、態度を変えずに接してくると解っていたからだ。 それがむず痒い瞬間もあったが、結局は甘えた。大神家で、ヴォルフガングに最も依存していたのは鋭太だろう。 だから、尚更祖父の死が実感出来なかった。葬儀を終えても、納骨を終えても、鋭太は上手く涙を流せなかった。
 泣けないことに引け目を感じて、陰鬱な日々を過ごす中、鋭太は自室ではなく書斎で勉強することを思い付いた。 普段はそんなことは考えもしないが、その日は、たまたま兄が友人を連れてきていたから自室から書斎に移った。 祖父が入り浸っていた書斎に入り、鋭太には大きすぎる机に向かい、立派な椅子に座ると、不意に記憶が蘇った。 それは、鋭太がまだ幼かった頃、書斎で仕事をする祖父の膝の上に座ってその日の出来事を話していた記憶だ。 鋭太がどれだけつまらないことを言おうとも、祖父は笑って受け答え、お前は良い子だなぁ、と褒めてくれたのだ。 その時感じていた、祖父の高めの体温と灰色の毛並みを思い出した途端、鋭太の内で何かがぶつりと途切れた。 喉の奥から熱い塊が迫り上がり、視界が歪んだかと思うと、祖父がいないことを実感して我を忘れて泣き出した。 今、感じているものはその日のそれに似ている。息が詰まるほど苦しいのに、心臓の辺りがすかすかしてしまう。

「兄貴」

 鋭太は兄の気配を求めるように、取締役の席に向かった。

「俺に、何が出来るのかな」

 兄の机に両手を付いて、鋭太は項垂れた。この両手に力があれば、ジャールの仲間と家族を正義から守りたい。 しかし、鋭太には何の力もない。姿形は祖父に似通っているのに、それだけでしかなく、戦えるような能力はない。 こんなことがなければ、気付かなかったことも多い。突っ張ってみても、結局、兄や怪人達のことが大好きなのだ。 好きでなければ、切ないほど悔しくならない。そんな自分でも、出来ることがあるかもしれないと本社に来てみた。 けれど、本社に来たところで事態は変わるわけではない。鋭太は滲み出た涙を拭ってから、兄の机に腰掛けた。 レピデュルスまでもが倒され、芽依子は大神邸に帰ってこず、姉の弓子は昨夜から部屋に閉じこもってしまった。 自宅に居続けてもどうにもならないと思って合い鍵を拝借してジャールに入ったが、どうにか出来るわけがない。

「そうだ」

 ミラキュルンに連絡を取れば。彼女はヒーローだ、助けを求めればきっと助けてくれる。

「でも、俺、あいつのアドレス知らねーし」

 鋭太は持ち上げかけた受話器を下ろし、だらしなく足を組んだ。

「ん」

 閉め切ったカーテンの外で、何かが光った。鋭太は机から降りてカーテンを開くと、後退った。

「な、んで、だよぉおおおっ!?」

 降りしきる雨の中、銀色の騎士が浮かんでいた。鋭太はすぐさま軍服に袖を通してそれらしい格好を作った。 鋭太、もとい、ツヴァイヴォルフは、兄と四天王を倒したのだから戦いは終わったのでは、と訝ったが思い直した。 いや、違う。きっとこれが本番だ。最初から、力のある四天王と兄を倒した後にジャールを潰すつもりだったのだ。

「貴様一人か」

 侮蔑と差別が込められた嘲笑を零したセイントセイバーに、ツヴァイヴォルフは牙を剥いた。

「てめぇが俺以外の全員を倒したんじゃねぇか!」

「倒す価値もない輩だが、生き残りがいると後々面倒だな」

 すらりと聖剣を抜いたセイントセイバーは、窓ガラス越しにツヴァイヴォルフに切っ先を向けた。

「俺を馬鹿にすんじゃねーぞ!」

 ツヴァイヴォルフは窓を開け、落下も構わずに飛び出そうとしたが、冷たい切っ先に襟元を吊り上げられた。

「馬鹿になどしてないとも。生物として見ていないだけだ」

 ツヴァイヴォルフを吊り上げて空中に引っ張り出したセイントセイバーは、バトルマスクを近寄せてきた。

「貴様は調理された肉を噛み千切る瞬間に、肉片に加工された生物の痛みを想像するか?」

 その言葉を聞き終える前に、ツヴァイヴォルフは投げ飛ばされた。背中から窓に衝突し、窓枠が歪んで外れた。 細切れのカーテンとガラスの破片にまみれて床に転げ落ちたツヴァイヴォルフに、セイントセイバーは歩み寄る。

「もっとも、貴様の下劣な脳髄でそれが理解出来るとは毛頭思わんがな」

「……ありがちすぎてマジつまんねーし。もうちょい捻らねーとダメじゃん」

 痛みと衝撃にふらつきながら、ツヴァイヴォルフが毒突くと、セイントセイバーはツヴァイヴォルフを蹴り上げた。

「貴様如きに、私の崇高なる理想が理解出来るわけがない!」

「ぐぇあうっ!」

 書類棚に激突したツヴァイヴォルフが、ファイルにまみれて崩れ落ちると、セイントセイバーは哄笑した。

「穢らわしいばかりか愚かな一族よ! 今こそ、浄化の時だ!」

「……あ」

 後頭部から流れた血で右目を塞がれたツヴァイヴォルフは携帯電話の着信音を聞き付け、片耳を上げた。 ツヴァイヴォルフが取り出すよりも先に、セイントセイバーが切っ先で軍服を切り裂いてストラップを引っ掛けた。 素早く携帯電話を奪ったセイントセイバーは、携帯電話を握り潰すかと思われたが、フリップを開いて着信した。

『もしもし、鋭太君? あのね、明日の勉強会のことだけど』

 送話器から聞こえてきたのは、美花の声だった。

「野々宮あっ! 今すぐだ、ミラキュルンを呼べ! あの女にジャールに来るように言え!」

 ツヴァイヴォルフは全力で声を張ったが、銀色の装甲に包まれた指が液晶画面を砕き、基盤を押し潰した。

「悪の組織が、あんな小娘に助けを求めるとはな」

 ツヴァイヴォルフの携帯電話を無惨なプラスチック片に変えたセイントセイバーは、乱暴に投げ捨てた。

「だが、もう手遅れだ。ここで貴様は果てるのだ」

 掲げられた聖剣が下ろされ、ツヴァイヴォルフの眉間に据えられた。後退ろうにも、背後は壁と書類棚だ。 こんなところで死にたくはない。倒されたくない。やるべきこともやりたいことも山ほどある。死ぬのだけは嫌だ。 ツヴァイヴォルフは指に触れた分厚いファイルをセイントセイバーに放り投げたが、あっさり断ち切られた。 切断されたファイルから解放された無数の紙が舞い、ほんの少しだけだがセイントセイバーの視界を覆い隠した。
 これを逃せば次はない。ツヴァイヴォルフはセイントセイバーの脇を全力で駆け抜け、割れた窓から飛び降りた。 だが、宙に身を躍らせた瞬間に背中に凄まじい衝撃と熱が訪れ、十字架の閃光が走り、爆発に吹き飛ばされた。 空へ吹き飛ばされながら、ツヴァイヴォルフは目にした。セイントセイバーが聖剣を振り、本社を破壊する場面を。 手狭な雑居ビルの側面に巨大な十字架が焼き付けられ、見覚えのあるものが砕け、飛び、雨の中に四散した。 その中には、レピデュルスが神棚に供えていた祖父の写真も含まれ、ツヴァイヴォルフは本能的に手を伸ばした。 だが、届くはずもなく、ツヴァイヴォルフの意識も薄れ、冷たい雨に熱い涙を混ぜながら仰向けに落下した。
 背中を受け止めたのは、硬く冷たいアスファルトではなかった。





 


09 10/15