純情戦士ミラキュルン




パワー・オブ・ジャスティス! 熱血豪快・パワーイーグル!



 野々宮鷹男はパワーイーグルである。
 物心付いた頃から、鷹男は並外れていた。体格、体力、腕力、精神力、ヒーローの才能が突出していた。鷹男の 両親も兄弟も皆がヒーロー体質を有していたが、鷹男ほどずば抜けたパワーと才能は持っていなかった。ヒーロー として活躍していた両親や兄弟に倣ってヒーローとなるために、鷹男は鍛練を重ねて才能を磨き上げた。自由自在 に動く体を鍛えるのは面白かったし、運動するのは好きだったので、遊びの延長で心身を鍛えていった。変身能力 を制御出来るようになり、空を飛べるようになったら尚面白くなり、時間を忘れて飛び回った日もあった。
 誰しもが持っている力ではないことは知っていたし、誰かのために使う力であるという自覚も早くから持っていた。 だが、世間のことが解るまでは戦うべきではないと親兄弟からは常々言われていたし、鷹男自身もそう思っていた。 怪人を倒すだけが正義ではなく、ヒーローとしての生き様ではないと理解していたが焦れる時も多かった。自分なら 倒せる怪人を倒せずにいるヒーローを見ては、歯痒さで飛び出したのは一度や二度ではなかった。けれど、せめて 大学だけは出てくれと両親から懇願されていたので、鷹男は戦闘衝動を押さえながら勉学に励んだ。在学中もつい 気が逸れてしまい、自己鍛錬に時間を費やしすぎて三度留年したが、どうにかこうにか卒業した。
 そして、二十五歳の時、鷹男は変身後の名をパワーイーグルと決めて正義の味方として悪の組織と戦い始めた。 しかし、最初から上手くいくものでもなかった。力加減がよく解らず、怪人を半殺しにしてばかりだった。鍛錬に鍛練 を重ねたせいで、パワーイーグルの腕力は通常のヒーローの枠をも越えたものとなっていたからだ。結果、パワー イーグルはオーバーキルのヒーローとして怪人のみならず同胞であるヒーローにも恐れられるようになった。だが、 パワーイーグルは己の正義を微塵も疑わなかった。力こそが正義だと信じ、拳を振るい続けた。有り余る力を発揮 するためには日本国内だけでは収まらず、ついに国外に飛び出してアメリカで戦うようになった。力任せに移住した ロサンゼルスでは、多種多様な怪人や怪人をも超えたミュータントが入り乱れた戦いが待ち受けていた。
 その日もまた、鷹男はパワーイーグルとして戦っていた。変身して空を飛び回り、悪の組織の行動を探っていた。 今回、標的に定めたのは、地獄軍団ヘルズゲートだった。ヘルズゲートは、魔術と生体改造を得意とする組織だ。 これまでにも様々なヒーローが倒しに掛かったが、改造人間達を盾にされて倒せず終いに終わってばかりだった。 そのヒーロー達がヘルズゲートを叩き潰せなかったのは、単純に弱いからなのだとパワーイーグルは思っていた。 本当に強ければ、たとえ中身が一般市民であろうとも改造人間を倒せるはずだ。むしろ、倒すべきだ、と。
 だが、一日中探し回っても、敵は見つからなかった。街中で怪人は見かけたが、他の悪の組織の怪人達だった。 倒すべき悪の組織以外の怪人に手を出している暇がないので手を掛けなかったが、憂さ晴らしに倒したくなった。 悪の組織がのさばっているのは許せないが、それ以上に鍛え上げた肉体が鈍るのが嫌でたまらなかった。
 水平線と都市を一望出来る山頂に降りたパワーイーグルは、敢えて変身を解除せず崖の上に突っ立っていた。 夕日が地平線に降りていき、鮮烈な西日が差し込む瞬間に仁王立ちしているのは格好良いと自負していたからだ。 太平洋に面した市街地では高層ビルがそびえ立ち、日差しの及ばない部分から藍色の夜が広がり始めていた。

「そんなところにいたら、落ちますよ?」

 久しく耳にしていなかった日本語で声を掛けられ、パワーイーグルは威勢良く振り返った。

「その心配はないっ! なぜなら俺はっ!」

 と、ポーズを付けようとしたが、パワーイーグルは姿勢を崩して背中から落下した。

「うおおおおおおっ!?」

 翼に似せたマントに覆われた背中に木々の枝が引っかかり、ばきばきと枝葉を粉砕しながら崖の斜面に転げた。 飛べば良かったのだろうが思わぬ事態に対応出来ず、パワーイーグルは岩が剥き出しの斜面に激突した。視界が 上下左右に回転し、柔らかなものに突っ込んでようやく止まった。それは、崖下に堆積していた枯れ葉だった。全身 に切り傷と打撲の痛みを感じていたが、バトルスーツとマントの損傷を直す方が先だったので修復を行った。無惨に 汚れたマントと赤と金のバトルスーツを綺麗に直した後、パワーイーグルは力一杯地面を蹴って跳躍した。

「はーっはっはっはっはっはっはっはっはっは!」

 居たたまれなさを誤魔化すために高笑いしながら、パワーイーグルは崖の上に着地した。

「とおうっ! この通りっ、俺は何事もなかったっ! なぜなら俺はっ、ヒーローだからだぁああっ!」

「葉っぱ、付いてますよ?」

 声の主である制服姿の少女が、パワーイーグルのバトルマスクを指した。

「お、おおっ、すまんっ!」

 パワーイーグルはタカを模した装飾に付いていた枯れ葉を払うと、ガードレールの上から降りた。

「だがぁ君ぃっ、危ないではないかっ! 高いところに立っている者にいきなり声を掛けるとはっ!」

「だから、注意したんじゃないですか」

「う、うむっ」

 反論出来なくなったパワーイーグルは、少女と向き合い、動揺した。なぜなら、とてつもなく可愛かったからだ。黒く 濡れた瞳が西日を浴びて輝き、少し高い鼻と小さな唇が愛らしく、細い顎と白い首筋に髪が絡んでいる。ストレート のロングヘアでパーマは掛けておらず、流行の髪型ではなかったが、却って育ちの良さを窺えた。オリーブグリーン のブレザーとチェックのスカートに包まれた肢体は適度な丸みを帯び、太股が眩しい。ブレザーを膨らませている 乳房は重たく質量を誇っているが、その割に顔立ちが幼いという曖昧さが絶妙だった。後ろ手に通学カバンを持ち、 白地にワンポイントが付いたハイソックスが引き締まった脹ら脛を包んでいた。早熟で肉付きの良い白人や黒人の 少女では醸し出せない、日本人でなければ生み出せない魅力を持っていた。
 正真正銘の物凄い美少女だった。パワーイーグルは言葉に詰まってしまい、しばらく唖然として彼女を見つめた。 彼女はパワーイーグルが反応しないのが不思議なのか、小首を傾げて覗き込んだが、その動作がまた愛らしい。 アーモンド型の目が丸められている様は仔ネコのようで、肩からさらりと零れ落ちた一束の黒髪すらも魅力的だ。

「あの」

「い、いやあなんでもないっ! そうだぁっ、なんでもないんだっ!」

 パワーイーグルは動揺を振り払おうと胸を張ったが、心臓が痛むほど高鳴っていた。

「なら、いいんですけど」

 小さく笑みを零した彼女は、スカートの裾を押さえるように、通学カバンを太股の前に提げた。

「してっ、俺に何か用事でもあるのかっ!」

 パワーイーグルは動揺を悟られまいと声を張るが、変に上擦ってしまって逆効果だった。

「あなたはヒーローですよね?」

「見ての通りっ、俺はヒーロー以外の何者でもないっ!」

 パワーイーグルが無駄に力を込めて答えると、彼女は逆光の中で静かに言った。

「これ以上、戦うのは止めてもらえませんか」

「……は?」

「だって、あなたが戦えば戦うほど、不幸になる人が増えるじゃないですか」

「君は一体何を言っているんだ?」

 パワーイーグルが面食らうが、彼女は抑揚を変えずに続けた。

「当たり前のことを言っているだけです」

「当たり前とは、どういうことだ?」

 面食らいすぎて勢いを失ったパワーイーグルが聞き返すと、彼女は精悍な眼差しを注いできた。

「怪人と人間には違いなんてないんです。戦えば戦うほど、怪人が不幸になるという話をしているだけです」

「それはおかしい! 怪人は世界征服を企み、人間に危害を加えているのだぞ!」

 間を置いてから彼女の意見を理解したパワーイーグルは言い返すが、彼女は怯まなかった。

「人間に直接手を下すのは、限られた怪人だけです。戦闘員や下っ端の怪人達ですが、彼らもまた犠牲者です」

「犠牲? 怪人が何の犠牲になるというのだ!」

「世界征服です」

「だがっ、世界征服を企まない怪人などいない! だからこそっ、奴らは今日も蠢いているのだ!」

 パワーイーグルがやや身を乗り出すと、彼女も迫るようにかかとを上げた。

「怪人だからといって、全員が悪だとは決め付けるのは早すぎます! もう少し考えて行動して下さい!」

「だが、それが俺の正義だ! 滅ぼすべき者は滅ぼさねばっ、世界に平和は訪れない!」

「その平和は、誰にとっての平和なんですか!」

 気が立ってきたのか、彼女は声を張り上げた。

「人間にとっての平和ですか、それともあなたのようなヒーローにとっての平和ですか!? そんなもの、平和なんか じゃありません、形が違うだけで世界征服じゃないですか!」

「な……なんだと?」

 そんなことは、考えたこともなかった。パワーイーグルが後退ると、彼女は語気を荒げた。

「どうしてそれが解らないんですか、ヒーローなのに!」

「き、君こそ、なぜそんなことを言うんだっ!」

 混乱してきたパワーイーグルは彼女に詰め寄るが、彼女はその場から動かなかった。

「怪人が友達だからです!」

「あれと君が友達だと……?」

 パワーイーグルが反応に困っていると、彼女は通学カバンを握り締めた。

「そうです。だから、もう、戦わないで下さい!」

 長い髪を振り乱しながら彼女は駆け出していったが、パワーイーグルは思わず呼び止めた。

「おい、君!」

「……インターナショナルスクール、高等部二年の樋口鳩子です」

 彼女は一旦振り返り、名乗った。パワーイーグルは伸ばしかけた手を下ろし、ポーズを決めた。

「熱き正義の漲る猛鳥、パゥワァアアーイィーグルゥウウウッ!」

「また、お会いすることがあるかもしれませんね」

 では、と鳩子は一礼して歩き出したが、パワーイーグルはふとあることに気付いた。

「おい、君ぃ!」

「なんでしょうか?」

 再度呼び止められたので鳩子は若干面倒そうに振り向くと、パワーイーグルは周囲を見回した。

「ここは山の中だぞ! ついでに言えば、バスも通っていなければ車通りもほとんどないぞ! 徒歩で帰るにしても、 バス停のある地点までは一時間近く掛かる計算だっ!」

「解っています。ですけど、大丈夫ですから」

「いいやっ、大丈夫ではないっ! もうすぐ夜になろうという時間っ、うら若きお嬢さんを一人だけでっ、しかもこんな 山の中を歩かせるわけにはいかんっ!」

「ですから」

「送っていこうっ! なあに遠慮はするなっ、俺はヒーローだからなぁっ!」

 パワーイーグルはずかずかと鳩子に歩み寄ると、さあっ、と強引に手を差し伸べた。

「……でも」

 鳩子は躊躇って視線を彷徨わせたが、パワーイーグルはもう一歩踏み込んで分厚く大きな手を突き出した。

「さあああああっ!」

 実のところ、パワーイーグルは心から鳩子を案じているわけではなかった。一秒でも長く、彼女の傍にいる口実が 欲しかった。心配しているのは嘘ではないが、それを上回る下心が湧いていた。こんなことは、生まれて初めてだ。 もっともっと鳩子の姿を見ていたい、出来ることなら触れてしまいたい、と思った末の本能的な行動だった。鳩子は パワーイーグルの申し出を受けるか否かを迷っていたようだったが、腕時計を見た後、手を伸ばしてきた。

「では、御言葉に甘えて」

「うむっ!」

 パワーイーグルは鳩子の手を握ろうとしたが、上手く出来なかった。鳩子の手は二回りも小さい上に、とてつもなく 柔らかかった。力を込めて握ると潰してしまうのではないか、と不安が過ぎり、パワーイーグルは硬直した。

「どうしたんですか?」

 鳩子に訝られ、パワーイーグルは一瞬で頭に血が上った。

「なんでもないっ、そうだぁっなんでもないぃいいいいいっ!」

「ひゃあっ!」

 パワーイーグルは鳩子の腕を引いていきなり横抱きにすると、足元を踏み切って空中に飛び出した。

「とおおおおぅっ!」

 腕に、肩に、胸に、鳩子が触れている。それだけで視界が狭まるほどの動揺が生まれ、訳が解らなくなってきた。 けれど、少しも離してしまいたくなくて、パワーイーグルは鳩子を抱き締めながら出せる限りの速度で空を飛んだ。 途中で鳩子の家がどこにあるかを聞いていなかったことを思い出し、確かめてから、改めて彼女の家に向かった。 パワーイーグルは必殺技を放つ時以上の集中力を酷使して飛んでいたが、気を抜くと高度が落ちてしまいそうだ。 原因は、もちろん鳩子だった。ヒーローの鍛錬に気を向けすぎて、これまで女性に触れたこともなかった。淡い憧れ を抱く相手は数人いたが、ヒーローの力を鍛え上げている方が楽しすぎて、自然消滅してしまっていた。だが、鳩子 は違う。一目見た時から心を奪われてしまい、強敵と敵対する時よりも強烈な緊張感に襲われていた。

「ここでいいです」

 風に乱された長い髪を押さえながら鳩子が言ったので、パワーイーグルは制動を掛けた。

「おおっ、そうかっ!」

 パワーイーグルは住宅街に降下して着地し、鳩子を下ろすと、鳩子は髪を撫で付けてから一礼した。

「どうも、ありがとうございました」

 礼儀正しく腰を折り曲げて礼をした鳩子は、身を翻して自宅に入った。それは、街中でも特に立派な邸宅だった。 そういえば、日本人実業家が買い上げた大邸宅に一家が引っ越してきた、と以前に誰かから聞いた覚えがあった。 樋口鳩子は、その日本人実業家の娘だったのだ。庭も整っていてガレージも大きく、広いプールもあった。鳩子が 漂わせる品の良さは生粋の御嬢様の証拠だったのか、と納得したが、パワーイーグルは打ちのめされた。そんなに 育ちの良い御嬢様には、筋肉と体力の固まりであるパワーイーグルは箸にも棒にも掛からないだろう。そう思った 途端に破裂寸前だった心臓が縮み上がったが、パワーイーグルは意味もなく高笑いして飛び去った。
 今夜は、眠れそうにない。







09 12/12