純情戦士ミラキュルン




パワー・オブ・ジャスティス! 熱血豪快・パワーイーグル!



 それから、鷹男は以前にも増して体を鍛えた。
 今以上に強くなるためであり、鳩子を守るためだった。鳩子が望んでいなくとも、無益ではないと判断したからだ。 地獄軍団ヘルズゲートの世界征服活動は活性化していて、日を追う事に街中に現れる怪人は強くなった。その度に、 鷹男はパワーイーグルとして戦った。敵から命乞いをされようとも、止めを刺す寸前まで叩きのめした。更には 幹部怪人も捉えて殴り付け、必殺技を叩き込んだ。強引に次の作戦を聞き出し、待ち伏せしたこともある。あの日 以来、鳩子と出会うことはなかったが、どこかで見てくれていることを信じてパワーイーグルは戦い続けた。
 戦いが続くと、次第に鷹男も消耗してきた。連日連夜の苛烈な戦闘で、鍛え上げた肉体に疲労が蓄積してきた。 ヘルズゲートの作り出す改造人間の数が半端なく、その上、経験を重ねたことで改造手術の効果も上がっていた。 一体一体では大したことはないのだが、数で攻められてしまうと、さすがのパワーイーグルといえども翻弄された。 そのため、普通なら一日中変身していることが出来なくなり、素顔の鷹男に戻って体を休める場所を求めていた。
 大学を卒業して以来、鷹男の日常は平坦だ。両親からの仕送りだけで生活していて働いていないので、アパートと スーパーマーケットの往復だけだった。それ以外では、愛想の悪い店員がいるハンバーガーショップ、頻繁に強盗 が入るドラッグストア、ぐらいなものだ。仕事をするべきだと思う瞬間もあったが、並外れた能力を生かすためには 世間に埋没すべきではないと信じていた。忙しなく街を行き交う市民を見ていると焦りも感じるが、彼らを守っている のは自分だという自負もあった。だが、居心地の悪さの方が強くなった鷹男は人目を避けるように市街地を離れ、 青い芝生が広がる公園に入った。イヌを散歩させる市民、ローラースケートを楽しむ少年少女、ラジカセから流れる 音楽に合わせて躍る若者達の姿が目に付いた。巨体をベンチに預けてぼんやりしていると、足音が近付いた。

「こんにちは」

 忘れもしない声を聞き、鷹男は気怠さなど吹っ飛んで顔を上げた。そこには、鳩子が立っていた。

「どっ、どうもっ!」

 鷹男が挨拶すると、地元球団のスタジアムジャンパーにジーンズのスカート姿の鳩子は鷹男の隣を指した。

「隣、座ってもいいですか?」

「そりゃあもう! 断る理由などあったとしたら、それは怪人の仕業だっ!」

 と、変身している時の調子で答え、鷹男は我に返って固まった。怖々鳩子を窺うと、鳩子は怪訝な顔をしていた。 思い切り変に思われてしまったらしい。鷹男は振り上げかけた拳を引っ込めると、半身をずらして場所を空けた。

「失礼します」

 鳩子はスカートの裾を直しながら、鷹男の隣に腰掛けた。

「やっぱり、パワーイーグルさんですね?」

「なぜ解ったっ!?」

 鳩子と再会した動揺に煽られた鷹男が派手に驚くと、鳩子は鷹男を眺めた。

「見れば解ります。変身前と変身後の体形って、そんなに変わるものではありませんから」

「う、うむ……」

 鷹男は、誤魔化すことも出来なかった。ヒーローの中には、変身前と後では体形が著しく変わるヒーローもいる。 だが、鷹男はそうではない。生身のままでも鍛えに鍛え抜いた挙げ句、変身前と変身後の体格差が全くなくなった。 生まれ付いて人並み外れて頑強な骨格と常人よりも頭二つほど飛び出した身長に、分厚い筋肉が満遍なく付いて いる。白人や黒人をも凌ぐほどの体格なので、第一印象で東洋人だと思われないので都合が良いと言えば良い。 だが、顔の造形は自分でも怖いと思う時があるほど厳ついので、それを隠すために変身し続けていた節もあった。 特に、鳩子の前では素顔を曝したくなかった。可憐で繊細な彼女と並ぶと、自分は猛獣ではないか。居たたまれなく なった鷹男は腰を浮かせかけたが、鳩子に会えた嬉しさに負け、結局立ち去れなかった。

「昨日、クラスメイトの一人が改造されました」

 鳩子は世間話でもするように、穏やかな声色で話し始めた。

「昨日の放課後、ヘルズゲートの幹部怪人のベルゼバブに誘拐されて、すぐに改造されたんだそうです。怪人名は ダンタリオンで、怪人体の姿はどう言えばいいのかよく解らない形状なんですけど、当の本人はそんなに悲観して いませんでした。ヘルズゲートも世界征服活動は強要していないし、ダンタリオン君も納得しているんです。怪人体に なった時点で自動的に悪の組織に入るってことになるんですけど、他のバイトよりも割が良いって喜んでいました」

「その話は、この前の続きか?」

 鳩子に合わせて鷹男が声量を落ち着けると、鳩子は頷いた。

「そうです」

「そんな話をどれほど聞かされたところで、俺の正義は揺らがん」

「そうでしょうか」

 鳩子は鷹男を見ずに、高層ビル街の影が落ちた芝生に目線を落とした。

「怪人にも背景があるってことを知ってほしいんです。彼らは少しだけ違う人生を歩んでいるけど、私達と同じように 産まれてきて、学校に行って、友達もいて、生活もあるんです。世界征服を企んでいるから、というだけで破壊する のは、正義とは言えないんじゃないでしょうか」

「だが、怪人共の活動を許しておくわけにはいかん」

「どうしてですか?」

「現に、奴らは善良な市民を改造しているではないか」

「善良と言うほど善良でもないと思いますよ。色んな人がいますから」

「だが、望まぬ改造を受けては」

「ヘルズゲートの改造手術は、ちゃんと手順がありますよ。改造手術を行うのはきちんと資格を持った怪人で、改造 手術を行う場所もその怪人の医院なんです。最後の最後で嫌だと言ったら、止めてくれます」

「だが、それでも」

「これまで、色んな人が改造手術を受けてきました。私の知っている人もいましたし、知らない人もいますけど、話を 聞いてみるとそんなに悪いものじゃないんだそうです。自分以外の姿に変身出来るのも、特殊能力が備わったこと も面白いし、退屈だった日常が一変したんだそうです」

「しかし、それは」

 それこそが世界征服に至る手段だ。鷹男はそう言おうとしたが、鳩子から澄んだ瞳を向けられ、言い淀んだ。

「だから、頭ごなしに否定するのは良くないと思うんです」

「では、逆に聞こう。君は、なぜそう思うに至ったんだ?」

 言い負かされてしまうのは情けない、と鷹男が問うと、鳩子は鷹男の横顔から自分の足元に目線を移動させた。

「日本で暮らしていた頃、怪人の友達がいたんです」

 鳩子は眉尻を下げ、膝の上で重ねた手を握り合わせた。

「私は子供の頃から、家の事情もあったんですけど、私自身の事情で、同い年の子とは遊べなかったんです。でも、 子供ですから、遊べないのがつまらなくて学校帰りに廃工場に寄り道していたんです。そこで、同じクラスの男の子と 会って仲良くなって、一緒に遊ぶようになりました。本を読んだり、話をしたり、工場に残っている資材で遊んだり、 とても楽しかったです。けれど、中学二年生の時、お父さんの海外転勤で私も引っ越さなければならなくなりました。 中学校に上がってからは時間が合わなくなってしまって、その子と一緒に遊べなくなっていたけど、せめてお別れは 言おうと思って廃工場に呼び出したんです。すると、そこに怪人が現れたんです」

 余程辛い思い出なのだろう、鳩子の華奢な肩は僅かに震えていた。

「私はその子を守ってやりたかったし、引っ越してしまうということも話したかったんですが、出来ず終いでした。その 子は怪人だったので、襲ってきた怪人と戦って追い返したんですけど、私も追い返されてしまったんです。その子と はそれっきりなので、今はどうしているかも知りません。だから、悪の組織に入っているかもしれないんです。もしか したら、パワーイーグルさんが潰した悪の組織にいたかもしれません。そう思ったら、我慢出来なくなって……」

「俺に戦いを止めろと言ったのか」

「……はい」

 鳩子は俯き、長い髪が垂れ落ちて横顔が隠れた。

「ごめんなさい。こんなに自分勝手なことはないですよね。パワーイーグルさんの事情も知らないのに」

 ジャンパーに包まれた背を丸め、鳩子は唇を噛んだ。その弱々しい横顔に、鷹男は胸がひどく締め付けられた。 鳩子の言い分は解らないでもなかったが、そういったことを考えていては本当に成すべき正義を成せなくなる。大切 なものと守るべきものは同等かもしれないが守ることと救うことは違い、戦わなければ救えるものも救えない。今、 鷹男が救いたいのは鳩子だ。鳩子が悲しんでいては鷹男の心も沈み、ただでさえ疲れ切った体が重たくなる。鳩子 は今にも泣きそうで、呼吸が少し荒くなっている。顔を合わせるだけでも動揺するのに、泣かれてしまっては。

「……解った」

 鷹男は立ち上がり、シャツの布地が破けそうなほど筋肉が張り詰めた胸を張った。

「ならば、俺は戦いを止めよう」

 鳩子が顔を上げたのが解ったが、鷹男は振り向かなかった。鳩子の顔を見れば、決意が揺らぐからだ。

「君が望むのならば、俺はヘルズゲートには手を出さない。悪の組織も倒さない」

「パワーイーグルさん……」

 鳩子が立ち上がると、鷹男は振り向かないまま名乗った。

「それは戦いに赴く時の名だ。俺の名は、野々宮鷹男だ」

「鷹男さん」

 鳩子の優しい声で名を呼ばれ、鷹男はむず痒い気持ちになったが、それを堪えて言い切った。

「だが、この世界には俺以外のヒーローもいる。奴らがヘルズゲートを倒しに掛からないとは限らん。それでもいい のなら、俺はこの街から出ていこう。そして、俺は俺自身の正義を見つけ出そうではないか」

 鳩子が何か話し掛けてきたが、それを振り切るように駆け出した。動機はただ一つ、鳩子を泣かせないためだ。 だから、鳩子が泣いたことを認識してはならない。鷹男は散歩する人々が行き交う公園を飛び出し、駆け抜けた。 真っ直ぐにアパートに戻ると乱雑だった部屋を片付け、最低限の荷物とありったけの金をカバンに詰め、アメリカに 来た時以来触っていなかったパスポートも見つけ出し、有効期限を確かめた後、鷹男はアパートから出た。途中の 公衆電話で不動産屋に電話を掛け、いい加減な英語で引き払うことを説明して空港へ向かった。空港に到着すると、 日本の実家にも電話を掛けて他の国に行くことを話した後、乱暴に電話を切った。そして、空港では一番遠くに行く 国外便を探してチケットを買い、すぐに搭乗手続きをした。躊躇いなどなかった。
 鳩子を泣かせないために、というのが最大の理由ではあったが、停滞していた自分自身を切り替えたくもあった。 ヒーローとして怪人と戦い、凶悪犯罪者も取り押さえ、テロを未然に防ぎ、市民を守ることだけが自分ではない、と。 守ることなら、鷹男でなくても出来る。出来るからこそ、この世には数多のヒーローが溢れて己の正義を主張する。 鳩子を守ることも同じだ。彼女には俺よりも相応しい男がいるはずだ、と未練を振り切り、待合室の座席に座った。
 常人とヒーローもまた、生きる世界が違うのだから。




 鷹男が行き着いた先は、生と死が混在した世界だった。
 黄色い砂塵と濁った空、土壁の街並み、血と硝煙。同じ神を信じながらも、異なる思想をぶつけ合う多数の民族。 それまでは情報媒体でしか知らなかった世界だったが、目の当たりにすると、鷹男は自身の無力さを思い知った。 戦って戦って戦い抜いても、所詮は余所者だ。彼らの苦悩も因縁も怨恨も理解出来ず、近寄る者すらいなかった。 砂の大地に生きる人々は、東洋人の目では違いがないように見える民族だが、彼らの内に大きな隔たりがあった。 数日前に飛び込んできた人間に破壊出来るものなどなく、鳩子と出会った時よりも凄まじく打ちのめされていった。 一週間、二週間、一ヶ月、二ヶ月と過ぎていき、鷹男はパワーイーグルの仮面を被って日中を過ごすようになった。 言葉も通じなければ思想も通じない人々の中であろうと、圧倒的な力を持っていさえすれば畏怖されるからだ。己の 正義に対して抱いた迷いや懸念を振り払うように戦いを求めて、時には傭兵の真似事をして日銭を稼いだ。だが、 それが根本的な解決にはならないことは早くから知っていたし、悩みの袋小路に深入りするばかりだった。そんな 日々では、酒が唯一の救いだった。空腹とストレスで痛んだ胃に染みるアルコールだけは心地良かった。
 その日もまた、鷹男は戦った。だが、今日の戦いはいつもとは違い、テロ組織が雇った戦車怪人が相手だった。 拳が破れるまで殴り付け、敵の拳が潰れるまで殴られ、足が折れるのではと思うほど蹴り、蹴られ、必殺技を撃ち 合った。この一週間、現金も底を突いていたので飲まず食わずだったが全力を振り絞って戦い、辛勝した。途方も ない達成感があったが、疲れと痛みだけは誤魔化せない。バトルスーツを解除すると、顕著に表れた。
 血と硝煙と砂にまみれた体を引き摺ってアパートに帰った鷹男は、昏倒するようにベッドに倒れ込んだ。喉もひどく 乾いていたし、腹も減っていたが、今は何も摂取出来そうにない。胃に入れた傍から、戻ってきそうだった。腫れた 瞼を閉じて鉛のように重たい体を縮めると、浅い眠りと深い眠りが小刻みに繰り返し、意識が浮遊した。記憶と現実 が掻き混ぜられた意識に過ぎるのは、かつて鷹男が守っていた街のニュースと鳩子のことばかりだった。地獄軍団 ヘルズゲートの活動は更に激しくなり、近頃ではテロリストも抱き込んで活動を行っているようだった。路地裏で息を 殺して暮らしている貧困者に端金をばらまいて取り込んで、無差別攻撃にもなりかねない活動を。
 そして、鳩子。会ったのはたったの二回で、交わした言葉も少ないのに、彼女の表情ばかりが脳裏を過ぎる。笑顔 は知らず、悲しげな面差ししか見たことがない。だから、笑顔にしてやりたい。全力で守り抜いてやりたい。

「鷹男さん」

 現実と記憶の境界が崩れたのか、鳩子の声が聞こえた。

「鳩子……」

 どうせ夢なのだろう、と鷹男が薄く目を開けると、空の酒瓶が転がる部屋の隅に鳩子が立っていた。

「やっと見つけた。ここにいたんですね」

 所々が破れたワンピース姿の鳩子は鷹男の傍に駆け寄ると、ベッドの傍に膝を付いた。

「ああ……どうしよう、どうしよう、どうしよう……」

 鳩子は鷹男の血が染みたシーツを握り締め、肩を怒らせた。

「私では、皆を助けられない! 頑張ろうとしたけど、それでも勝てなかった! もう、どうしたらいいのか解らない!  けれど、あなたをあの街から追いやってしまったのは私なんです! だから、最後まで責任を取ろうとしたんですが、 やっぱり、私なんかじゃ……」

 ずるりと脱力した鳩子の両手は、鷹男の手と同じく、全ての指の付け根に赤黒い痣が出来ていた。

「鳩子」

 今度こそ、泣かせてしまった。鷹男が傷が開くのも構わずに身を起こすと、鳩子は頭を抱えた。

「人間だって怪人だっていいじゃない! 戦わずに生きていられるはずなのに、怪人になったからってどうして戦おう とするの!? 逆らえるはずなのに、どうして命令に従っちゃうの!? どうしたら皆を救えるの!」

「鳩子!」

 鷹男が掠れた声を張ると、鳩子はびくりとしてから、涙の溜まった目を上げた。

「あ、ああ……」

「まさかとは思うが、君はヒーローなのか?」

 鷹男が尋ねると、鳩子は震える顎を噛み締めて頷いた。

「はい。ロサンゼルスから、アフガンまで、自力で飛んできました。鷹男さんの生体反応を感知して、このアパートを 捜し出したんです」

「だったら、どうして俺を止めたりしたんだ。君もヒーローなら、俺の考えも解るだろうに」

「……ヒーローだからです」

 鳩子は袖で涙を拭ってから、二の腕に爪を立てて握り締めた。

「ヒーローだから、守りたいものが守れるって思っていたんです。だけど、そうじゃなかったんです。私は隼ちゃんを 精一杯守ろうとしたのに、隼ちゃんを怒らせてしまったんです。だから、また、友達から嫌われてしまうのが怖かった んです。けれど、鷹男さんの言う通り、滅ぼすべきものは滅ぼすべきでした」

 ほつれて乱れた長い黒髪が床に着くほど項垂れた鳩子は、肩を震わせた。

「ヘルズゲートは、今まで改造人間にした人達を生け贄にして魔王を呼び出すつもりなんです」

「魔王だと?」

「はい。もしも、そんなことが現実になったら、ヒーローでもどうにも出来ないかもしれないんです。だから、その前に どうにかしようって、ヘルズゲートの地底基地に乗り込んだんですが、戦いきれずに逃げてしまったんです……」

「だから、俺の手を借りようと」

「虫の良いことだって自分でも解っています。でも、私には、もう、鷹男さんに頼るしか!」

 鳩子が涙を散らして顔を上げると、鷹男は皮の切れた頬を持ち上げて笑った。

「解った。俺が戦おう」

 ここで戦わなければ、ヒーローではない。鷹男は笑みを保ったまま、血と砂の付いた指で鳩子の涙を拭った。

「だから、もう泣かないでくれ」

 全身の傷は痛むが、鳩子に泣かれる方が辛い。鷹男は立ち上がろうとしたが、少し眠っただけでは無理だった。 すぐに膝が曲がり、硬い床に崩れ落ちた。ヒーローの回復力でも塞ぎ切っていない傷口から、じわりと血が滲む。

「少し、動かないで下さいね」

 鳩子は鷹男の前に座ると、頬を赤らめながら身を乗り出してきた。限界まで体力を消耗した頭では何が起きたのか 感じ取るまでのラグがあり、数十秒後、鷹男はやっと理解出来た。鷹男のそれとは別物の、儚く、柔らかい唇が 鷹男の唇を塞いでいて、細い腕が首に回されていた。鳩子の優しい匂いが鼻先を掠めると、血と硝煙と砂の匂いが たちまち塗り潰され、押し付けられた体が温かかった。少し躊躇ったが、鷹男は鳩子の背に腕を回して抱き寄せ、 鳩子と高さを合わせるために背を曲げて座り込んだ。

「ん……」

 鳩子が唇を離して腕を緩めたので、鷹男も腕を外すと、全身の痛みはおろか疲労も消え失せていた。

「良かった、上手く出来た」

「これは、君の力なのか?」

 頬に残る血を荒く拭ってから鷹男が問うと、首筋まで赤らめた鳩子は唇を指先でなぞった。

「はい。私は再生能力が高いので、他の人や物にも適用出来るんです。でも、適用させるためには、対象物に接触 している必要があって、だから、その……。で、でも、こんなことをしたのは鷹男さんが初めてで……」

「いよぉおおおおしぃっ!」

 鷹男は鳩子の感触が残る唇をにいっと広げ、仁王立ちした。

「鳩子のおかげで全部吹っ切れたぞっ! 俺は戦うっ、鳩子のためにっ!」

「え、それでいいんですか?」

 鳩子は赤面しながら目を丸めると、鷹男は鳩子の手を引いて立ち上がらせた。

「いいんだっ! 俺の正義は決まったっ、鳩子のための正義だっ、そして全世界のための正義なのだっ!」

 鷹男はパスポートと財布をポケットにねじ込むと変身し、鳩子を横抱きにして、窓を蹴り破って飛び出した。

「俺は鳩子が好きだぁああああああああっ!」

 全力でパワーイーグルは絶叫し、砂混じりの乾いた熱風が吹き付ける空を目指して高度を上げた。このままでは 加速に耐えられなくなるので、鳩子もすかさず変身した。鳩子、もとい、ピジョンレディは自力で空を飛べるから平気 だと言ったが、パワーイーグルは全く聞き入れなかった。ピジョンレディの再生能力で回復したとはいえ本調子では なかったが、そんなことは欠片も気にならなかった。心を奪われた少女が自分に助けを求めてくれたばかりが、キス までしてくれた。これがじっとしていられようか。彼女が望むなら、ヘルズゲートだろうが魔王だろうが倒してやる。
 それが、鷹男の見出した正義だった。





 


09 12/12