純情戦士ミラキュルン




奇跡の融合合体! 超音速ロボ・マッハチェイサー!



 つくづく、自分の体質が嫌になった。
 速人はシャッターを開けて愛車を見た途端、げんなりした。ガレージに収まる愛車は、一夜にして変貌していた。 大学に通いながらアルバイトに精を出し、自費で自動車学校に通い、免許を取り、そしてようやく愛車を手にした。 最初から新車を買うほどの余裕もなかったので、元々は試乗車だった新古車を買い、隅々まで綺麗に磨き上げた。 そして、以前から計画していたドライブデートに恋人の芽依子を誘い、さあ当日だと意気揚々とシャッターを開けた。 すると、そこには派手すぎて逆に安っぽいデザインの車がいた。外装は青と銀で変身後の自分に酷似している。 というより、自分そのものだ。その証拠に、スポーツ系のデザインのくせにいかついボンネットに M の文字があった。 ドアには御丁寧に Supersonic soldier Mach Man とデフォルメされたロゴが書かれていて、音速戦士マッハマンで ある速人のサポートメカと化したことは間違いなかった。

「なんでだぁああああっ!」

 動揺した速人がシャッターを殴り付けると、玄関から美花が顔を出した。

「何してんの、お兄ちゃん?」

「見ろよ、これ」

 速人が投げやりにガレージを指すと、美花は眉を下げた。

「あっちゃー……」

「俺が買ったのは汎用性が高くて小回りの利く大衆車だ、断じてこんなイカれたデザインの車じゃない」

「悪魔のカマロだったらまだ良かったのにね」

「それはそれで困るけどな」

 速人は深く深くため息を吐いてから、腕を組んだ。

「だけど、どうしてこうなっちまったんだ? 俺の能力は、そこまで応用が利くもんじゃないぞ?」

「私に訊かれても解るわけないじゃん」

「独り言だ」

「紛らわしいなぁ、もう」

 美花は苦笑してから、家の中に引っ込んだ。速人は髪を乱そうとしたが、丁寧にセットしてきたことを思い出した。 所在のなくなった手を再度組んでから、愛車を睨み付けた。だが、どれだけ睨んでも愛車は元通りにならなかった。 速人が買ったのは、いわゆるトールワゴンである。車高が高く、小振りながらトランクの容量が大きな軽自動車だ。 なのに、一晩経ったら似ても似つかないスポーツカーになった。ボディラインだけ見ればランボルギーニに近いもの があるが、他は大違いだ。まず、テイルバンパーに一対のブースターが付いている。次に、車体下部には戦闘機に 似た翼が備わっている。極めつけに、ボンネットをぶち抜いてエンジンが露出している。こんな構造では走るわけが ない、と思ってしまうが、サポートメカのデザインは非現実的なものだとヒーローの世界では決まっている。

「とりあえず、元に戻す方法を考えよう」

 速人は深呼吸してから、ボンネットに手を付いた。すると、キーも差し込んでいないのにエンジンが作動した。

「うおっ!?」

 まさか勇者でも憑依したのか、と飛び退くが、車が独りでに動いたり喋ったりする気配はなかった。

「あ、そうか。ヒーローエンジンなのか」

 速人は唸りを上げるエンジンを見やり、側面に HERO の文字を確認した。つまり、ヒーローの精神力で動くのだ。 ガソリンが不要なのは結構なことだが、弊害もある。速人本人の気力がなくなれば、車は微動だにしなくなるのだ。 むしろ、その方が厄介だ。どうにかして元の姿に戻さなければ、と考えるが、具体策は一向に思い浮かばない。そう こうしているうちに芽依子との待ち合わせの時間が近付き、この車に乗るべきか否か、速人は思い悩んだ。

「仕方ない、乗ろう」

 ドライブデートなのだから、車がなければ意味がない。妥協した速人は、運転席に乗り込もうとした。

「おおっ! 我が息子よっ! マイサァアアアアアンッ!」

 唐突に上空から盛大に声を掛けられ、速人は本気で驚いて運転席のフレームに頭をぶつけた。

「うげっ!」

 驚いたのと痛いのとで反射的に変身してしまい、速人、もとい、マッハマンはガレージから出た。

「なんだよ、朝っぱらから!」

 マッハマンが自宅前を見上げると、赤と金のヒーロー、パワーイーグルが分厚い胸板を張って浮かんでいた。

「決まっているじゃないかっ、マッハマンッ! 寝覚めにかったるかったから地球を三周してきたところだっ!」

「普通にランニングにしておけよ、父さん」

「ははははははははは! いやあ俺も最初はそのつもりだったんだがっ、なんかこう調子が出てきてなっ!」

 パワーイーグルは無意味に誇らしげに笑ってから、とおっ、とガレージの前に飛び降りた。

「しかしなんだっ、その車はっ! いかにもジャスティスッという外見で素晴らしく正義しているじゃないかっ!」

「まともな日本語を使ってくれよ」

 マッハマンは父親の正義中毒ぶりにうんざりしながら、運転席に座り直してドアを閉めた。

「とりあえず、そこ、どいてくれないかな。車を出したいんだよ」

「我が息子っ、マッハマンよっ! どうしても行くというのならっ、この俺を乗り越えてゆけぇえええっ!」

 パワーイーグルはガレージの前に立ちはだかり、車を受け止めるかのように両腕を広げた。

「身内を引けるかぁっ! ていうかなんだよ、そのベタすぎて今時見ない展開のセリフは!」

 約束の時間に遅れるので焦れたマッハマンがいきり立つと、リビングの掃き出し窓から鳩子が顔を出した。

「あなたぁ、お帰りなさぁーい。あんまり遊んでると、速人ちゃんのせっかくの朝ご飯が冷めちゃうわよ」

「おおっ、そうかっ! それは惜しいなっ!」

 とおうっ、と力一杯跳躍して庭に飛び降りたパワーイーグルは、変身を解除し、鷹男に戻った。

「行ってこいっ! 今夜は帰ってこなくてもいいぞっ! むしろ帰ってくるなっ、男の階段を上り詰めてこいっ!」

「ばっ、なっ、何言ってんだよ!」

 戸惑ったマッハマンが父親に言い返したが、鷹男はリビングに戻ってぴしゃりと掃き出し窓を閉め、鍵を掛けた。 窓越しに家族の会話が漏れ聞こえ、マッハマンのバトルマスクに備わっている超聴覚が律儀に聞き取ってくれた。 速人は今夜帰ってこないぞっ、と鷹男が言い、じゃあお赤飯ね、と鳩子が笑い、それ違うよ、と美花が照れている。 どれもこれも余計な御世話だが、否定するためにリビングに乗り込むのは格好悪いし、何より時間の無駄だ。
 マッハマンは無用の長物と化したイグニッションキーをバトルスーツに押し込んでから、ハンドルを握った。ギアを 切り替えてアクセルペダルを軽く踏み込むと、いきなり四輪が全て駆動し、煙を立てるほど高速回転した。デジタル 表示の速度メーターが急上昇したかと思うと、一瞬でガレージから飛び出し、マッハマンは急旋回させた。ドリフト音 を響かせながら車体を回転させて向かいの民家の正面衝突を辛うじて回避し、すぐにアクセルを緩めた。

「あっぶねぇー……」

 バトルスーツの下でべっとりと嫌な汗を掻きながら、マッハマンはハンドルを回して住宅街から車道へ出た。通常の 感覚でアクセルを踏むと恐ろしい速度が出る。当たり前だ、音速戦士マッハマンの力を受けたのだから。自動車 教習所で習った方法では、この化け物じみた車を操れない。自分の能力の産物とはいえ、ことごとく厄介だ。神経が 細切れになるのではないかと思うほど気を割きながら大通りに出ると、駅前広場のロータリーに向かった。
 待ち合わせの時間よりも少し早めだったが、案の定、芽依子は速人の到着を待ち侘びていた。セーターの上には ダウンジャケットを羽織り、ミニスカートを履いていて、スカートとブーツの間の太股が目立つ。芽依子の足は流行に 合わせた柄物のタイツに包まれていて、遠目でも足の長さと肉付きの程良さが良く解る。ハンドバッグの他にやたら と大きな四角い風呂敷包みを下げていて、全力を注いだ弁当を作ってきたようだった。途端に父親とのやり取りが 蘇り、馬鹿何考えてんだ今日はそういうんじゃねぇよ、とマッハマンは全力で自戒した。芽依子は腕時計を見ながら 辺りを見回していたが、青と銀の改造スポーツカーに気付くとぽかんと口を開けてしまった。その表情に居たたまれ なくなったが、デートはデートだ。マッハマンは駐車スペースに入れ、車から降りた。芽依子は足早に駆け寄ってきたが、 速人の趣味とは程遠いスポーツカーに反応に困ったらしく、表情を決めかねていた。

「ごめん」

 開口一番、マッハマンは謝った。

「俺が買ったのは普通の車なんだ。本当に普通すぎるぐらい普通なやつで、新古車で、元からこうじゃない」

「先輩、一体何がどうなってこうなったのですか?」

 芽依子は改造スポーツカーとマッハマンを見比べてから、真紅の M が印されたボンネットを覗き込んだ。

「俺が知りたいよ」

 マッハマンはボンネットに腰掛け、髪を乱すような気分でバトルマスクを押さえた。

「私はヒーロー体質ではありませんから、具体的なことは解ろうにも解りませんが」

 芽依子は改造スポーツカーを観察するように注視してから、マッハマンを見上げた。

「先輩がこの車を大事になさっていることだけは良く解ります」

「そりゃ、初めて買った車だからな。納車された次の日に中を掃除して、ワックスも掛けて、窓も全部磨き上げて」

 だが、それは今となっては遠い日の思い出のようだ。マッハマンは嘆息してから、ボンネットを軽く叩いた。

「なのに、なんでこうなっちまったんだろう」

「先輩のことですから、車をサポートメカにしようなどとは思っておられませんよね?」

「思うわけがないだろ」

 否定した後、マッハマンは記憶を手繰った。納車された日、マッハマン、もとい、速人はゼミの飲み会に参加した。 車を買ったことを自慢するようなことはなかったが、やたらめったら嬉しくていつも以上に酒が進んでしまった。普段は 酔うほど飲まないように気を付けているのだが、ピッチを上げて飲んでしまったために随分酔いが回った。日常では 有り得ないほどハイテンションになった速人は、途中で何度か変身しながら、ふらふらと家に帰ってきた。そして、 へらへらと笑いながらガレージに入り、新品同様の愛車を撫で回してこんなことを言ってしまった。今日からお前は 音速戦士マッハマンの新兵器だ、そうだなマッハチェイサーだ、変形して合体もしちゃうんだぜ、と。

「あっ!」

 己の過ちを思い出したマッハマンは、頭を抱えて突っ伏した。

「そうだ、そんなことを言っちまったんだ! すっかり忘れてた!」

「何をですか?」

「俺、飲み会で酔っ払って帰ってきて、こいつに名前なんか付けちまったんだよ。んで、新兵器だとか何とか……」

「ですが、それはその場の軽口ではありませんか?」

「そう思うんだけど、なんで適応されちまうかなぁー……。ヒーロー体質って便利なんだか不便なんだか解らねぇな」

 マッハマンはぼやいてから、再度謝った。

「ごめん」

「いえ」

 芽依子は消沈したマッハマンを見、笑んだ。

「私は、先輩と御一緒ならどんな車でも構いませんから」

「お前、ほんっと良い奴だな。怪人だけどさ」

 マッハマンは芽依子の優しさに感嘆してから、気を取り直した。芽依子がそう言うのなら、まだ気が楽になる。

「じゃあ、行くか」

「はい」

 芽依子は頷いてから、気恥ずかしげにミニスカートの裾を押さえた。

「ですが、その、頑張りすぎましたでしょうか?」

「最高に似合ってる」

 バトルマスクで表情が見えないのを良いことにマッハマンがにやけると、芽依子は赤面した。

「あ、ありがとうございますっ」

 褒められたことで顔を緩めた芽依子を微笑ましく思いつつ、マッハマンは運転席のドアを開けて乗り込んだ。変身を 解除しても良かったのだが、こんなに派手な車に素顔で乗る方が恥ずかしいと思い、変身したままにした。だが、 それがいけなかった。マッハマンがハンドルを握った途端に白い閃光が走り、マッハマンは車に融合した。

「あぁっ!?」

 次の瞬間には運転席からマッハマンの姿が消え、声はスピーカーから出ていた。

「せっ先輩ぃいいっ!?」

 思い掛けない展開に芽依子が慌てふためくが、マッハマンはもっと慌てていた。

「なんでだぁっ! なんで俺が車にならなきゃいけないんだ、その意味も理由もどこにもないだろうが!」

「先輩、先輩、大丈夫ですかぁ!」

 混乱した芽依子がボンネットを叩いてきたので、改造スポーツカーに融合したマッハマンは痛みを覚えた。

「すまん、それ、ちょっと痛い」

「あ、すみません」

 芽依子は両手を下げ、身を引いた。

「とにかく、どうにかしなきゃデートどころじゃない」

 マッハマン、もとい、マッハチェイサーはヘッドライトを点滅させて全身の隅々に伝わる機械の駆動を感じ取った。 もっと早く変身を解除しておけば良かった。そうすれば、うんざりするほど派手だが加速の良い車でデート出来た。 判断ミスを悔やみながら、マッハチェイサーはヒーローのパワーで性能が段違いに上がった車体性能を確認した。 エンジンも化け物ならばボディも化け物で、ブースターは飾りではなく、やろうと思えば音速をも超えられる性能だ。 だが、そんなつもりは毛頭ない。あくまでも、芽依子を連れて普通にドライブをするためだけに買った車なのだから。 このまま融合を解除出来なければ、せっかく計画したデートプランが台無しだが、融合を解除する方法が解らない。 自分自身のことを把握出来ないのは不甲斐なかったが、融合した切っ掛けも解らないのだから理解しようがない。 けれど、こうしている間にも貴重な時間は過ぎていく。マッハチェイサーは助手席のドアを開け、芽依子を促した。

「内藤、乗れよ」

「ですが、先輩」

 芽依子が躊躇すると、マッハチェイサーはワイパーを動かした。

「こうなっちまったら仕方ない、このままで行くしかない。それに、これも一応ドライブデートだろ?」

「です、ね」

 芽依子は頷いてから、助手席に乗り込んでシートベルトを締めた。

「先輩、今の御名前はなんと仰いますか?」

「マッハチェイサー、だったかな」

「では、マッハチェイサー、発進です!」

 場を紛らわすためなのか、芽依子はヒーローじみたポーズを付けて声を上げたので、マッハチェイサーは彼女が いじらしくなった。ますます芽依子の優しさが染み入ったが、長々と感じ入るわけにはいかない。エンジンを暖めて からロータリーから車道へと出たマッハチェイサーは、地図を読まなくても道順が解る索敵能力に感嘆した。これなら、 まず道に迷うことはないだろう。散々な目に遭ったのだから、多少は良いことがなければ帳尻が合わない。助手席の 芽依子はマッハチェイサーに融合したマッハマンの状態が気になっているのか落ち着きがなく、マッハチェイサーと 化したマッハマンも気が気ではなかった。芽依子の重みと温もりが素肌で触れ合うかのように直に伝わるからだ。 シートに押し付けられている太股の柔らかさや尻の丸みだけでなく、シートベルトによって谷間を割られている乳房 の膨らみまでもが。その弾力を意識してしまうと運転に支障が出るので、マッハチェイサーは出来る限り運転に意識 を向けるように努めたが、さしものマッハマンといえども男の性には抗いきれなかった。おかげでエンジンの回転数が 意味もなく上がり、燃費が悪くなってしまったが、ギアとエンジンブレーキを駆使して己を押さえ込んだ。
 交通事故など起こしてしまっては、ヒーローの名折れだ。







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