湖を一望出来る駐車場で、マッハチェイサーは駐車した。 高速道路を下りてから山道を上ったため、多少なりともエンジンに負荷が掛かっていたが問題はなかった。タイヤ の温度も摩耗も許容範囲内で、バッテリーの電圧も充分だが、問題はヒーローエンジンだった。マッハチェイサー、 もとい、マッハマン自身の精神力なので、マッハマンのテンションが上がらなければエンジンは保てない。自宅から 高速道路に乗って峠を越え、山間の湖まで来ると、ヒーローと言えども疲れを感じていた。移動中に熟睡したおかげで 芽依子は元気一杯で、湖とその向こうに見える富士山を眺めて感激した。カルデラ湖である湖を取り囲む山々も 見事に紅葉していて、赤や黄に色づいた木の葉が日差しに煌めいていた。この湖は近場の観光地だが、大神家で 働き詰めだった芽依子は一度も来たことがなかったのだろう。彼女らしからぬはしゃぎぶりに、マッハチェイサーは 連れてきた甲斐があったと喜んだが、疲労は抜けなかった。 「先輩?」 マッハチェイサーが喋りもしないので気になったのか、芽依子が振り向いた。 「気にするな、大丈夫だ」 そうは言うものの、マッハチェイサーの声量は落ち気味だった。 「やはり、融合合体したままではお辛いのではありませんか?」 芽依子はマッハチェイサーのボンネットの前に屈み、ヘッドライトと視線を合わせた。 「だけど、どうやったら解除出来るのかが解らないんだ。それさえ解れば、元の車に戻せると思うんだが……」 ヘッドライトを瞬かせ、マッハチェイサーは憂った。 「先輩」 芽依子はボンネットに寄り掛かり、余熱の残る車体に手を滑らせた。 「私に何か出来ることがありますでしょうか?」 「こうなっちまったのは、俺が能力制御が下手だったからだ。内藤が責任を感じることはない」 「ですけど……」 芽依子は速人の存在を確かめるように、ボンネットに上半身を押し付けた。 「何も出来ないのは、寂しいです」 「気持ちだけで充分だ」 マッハチェイサーは芽依子の重みを感じ、ヘッドライトを淡く光らせた。こうして、傍にいてくれるだけでいいのだ。 今日のデートは芽依子を楽しませるために計画したが、本音を言えば、芽依子と一日を共有したいがためだった。 メイドの仕事は一日仕事で週一の休日も完全な休みではなく、平日に比べれば多少仕事量が減るだけのことだ。 大学生であるマッハチェイサーも小遣い稼ぎにアルバイトはしているが、もちろん休みもあり、大学の休講もある。 だが、芽依子はそうではない。その上、休めと言っても休まない性格なので、本当に休んだことなどないのだろう。 最初のデートは戦闘になってしまったし、その後はセイントセイバー絡みのごたごたで会うに会えない日々だった。 だから、今日のデートは楽しみにしていた。うっかり愛車と融合合体してしまったことについては、マッハマンに全面 的な非がある。芽依子が自責することではない。 「先輩」 芽依子は目を上げ、エンジンの側面に印された HERO の文字を確かめた。 「なんだ?」 「動力源がヒーローエンジンと言うことは、その、私の行動も左右されますよね?」 「ああ……まあ……うん」 思い切りそうなのだが、妙なプライドが働いてそうだとは言い切れず、マッハチェイサーは語尾を弱らせた。 「でしたら、何をすればよろしいでしょうか?」 芽依子は上体を起こし、マッハチェイサーを見つめた。 「何って、何だよ」 マッハチェイサーが狼狽えると、芽依子は頬を薄く赤らめながら視線を彷徨わせた。 「されたいことを、お答えすれば良いのです」 そんなもの、山ほどある。芽依子にしたいこと、されたいこと、なんてマッハチェイサーが考えなかった日はない。 だが、いざ手を出そうとすると躊躇ってしまう。求めようとしても、求めすぎたら嫌われるのではと。だから、これまで 何も出来ずにいた。せいぜいキスをして手を繋いで抱き締める程度で、その先に至っていない。もしかして、芽依子は 焦れているのだろうか。だが、付き合ってから三ヶ月過ぎたか過ぎないかでは早計では。それ以前に、今の自分は 派手な車だ。これでナニをどうするつもりなんだよ、とマッハチェイサーは下心全開の自分を自戒した。 「……何を」 マッハチェイサーが身動ぐようにタイヤを曲げると、芽依子は艶やかなグロスを塗った唇を指先で押さえた。 「言わせるおつもりですか? しかも、こんな外で」 「何を言うつもりだったんだよ」 「ですから、その……」 芽依子はますます赤面して俯き、もじもじした。 「いっ、イチャイチャする、とか……」 自分の言葉に照れてしまったのか、芽依子はマッハチェイサーに背を向けた。 「人目も憚らずに抱き合うとか、指までぎっちり絡めて繋いじゃうとか、腕を組みすぎて片方が引き摺られそうになる とか、同じ物を分け合って食べるとか、通りすがりの人間にツーショットの写真撮影を頼んじゃうとか、お揃いの物を 買っちゃうとか、つまり、その、なんと言いますか……」 照れが極まってしまった芽依子は、両手で頬を押さえた。 「見ず知らずの独身男から、人前でいちゃつきやがってこの野郎いっそこの場でぶっ殺してやろうかいやむしろ俺が 自殺したい、という意志が見て取れるほどの殺意と嫉妬が籠もった視線を注がれるバカップルというものになりたい ような、でもやっぱり、そういうのはちょっと恥ずかしいような……」 恥じらうあまりに背中を丸めて座り込んでしまった芽依子は、壁の隅に追い詰められた小動物のようだった。言葉は 極端だが、芽依子の心中は解った。マッハチェイサーもそういうことをしたいとは思っている。ヒーロー体質による コンプレックスとその他諸々の原因で、過去に恋人が出来たことは一度もなく、芽依子が初めてだ。やりたいことは 次から次へと思い付く。けれど、それを実行してしまうのはとてつもなく恥ずかしい。しかし、それをするために二人 きりでデートをしているのでは。マッハチェイサーはしばし思い悩んだが、決意した。 「うおっしゃあぁおらぁああっー!」 と、意気込んだ途端、マッハチェイサーはボンネットが開いてルーフが割れてテイルが二つに別れて足になった。 ドアが開いてシートが格納され、エンジンが胸部に収まってボンネットがスライドして肩装甲になり、頭部が現れた。 ブースターの付いたテイルウィングは背部に付き、車体腹部に生えていた戦闘機じみた翼はその下に付く。マッハ マンのバトルマスクをモチーフにしながらも大幅に強化された頭部では額の M が輝き、ゴーグルが光った。そして、 その下に付いていたマスクが開いて両側頭部でアンテナに変形し、人間じみた顔が出て、変形完了した。 「超音速変形!」 人型ロボットに変形したマッハチェイサーは、風を現すように両腕を振り翳し、ポーズを決めた。 「疾風を呼び、奇跡を呼び、そして勝利を呼ぶ戦士! マッハチェイサァアアアアアッ!」 「先輩……」 無駄に力の籠もったポーズをするマッハチェイサーを見つめ、芽依子は心酔した。 「行くぞ内藤、いや、芽依子! 思いっ切りイチャイチャしに!」 変形したことで吹っ切れてしまったマッハチェイサーは、膝を付き、芽依子に手を差し出した。 「はい、先輩!」 芽依子はすぐさまマッハチェイサーの手に乗ると、肩に座った。 「スーパーマッハブースト、イグニッション!」 マッハチェイサーは背中のテイルウィングのブースターに点火させ、かかとのスラスターも使って機体を浮かべた。 ボンネットが変形した肩に載る芽依子は、自身も飛行能力を有しているので怯えることはなく、むしろ喜んでいた。 駐車場から出て湖に向かって降下しながら、マッハチェイサーは肩に載る芽依子を落とさないように支えた。マッハ チェイサーの全長は4.2メートルで、全体重は10トンほどもあるので、目立つと言えば目立つ外見だった。湖面に 降下してつま先で水面を裂くように低空飛行すると、遊覧船や湖岸の観光客達が驚いて声を上げていた。特に多い のが子供の声だったが、更に多いのが父親や若い男の声で、ロボットの姿に興奮してしまったらしい。この世の中、 ヒーローや怪人の姿は珍しくもなんともないが、ロボットまでは闊歩していないので珍しがられたようだ。 「先輩、先輩!」 芽依子が指した先には、食堂と併設した売店があった。 「よし、行こう!」 マッハチェイサーは逆噴射して速度を緩め、売店の前に着地すると、膝を付いて芽依子を下ろした。 「では先輩、買ってきますね! イチャイチャに必須なソフトクリームを! ちなみに何味が良いですか!」 次第にテンションが上がってきたのか、芽依子は声を弾ませた。 「芽依子の好きな味で構わない!」 マッハチェイサーがヒーローらしく胸を張ると、芽依子はなぜか敬礼した。 「では、行ってきます!」 ヒールが高いブーツなのに駆け足になった芽依子は段差に躓いて転びかけたが、そこは怪人の反射神経なので すぐさま姿勢を戻して売店に向かった。芽依子が売店の店員に注文すると、マッハチェイサーに気を取られていた 店員は、少し間を置いてから反応した。マッハチェイサーが腕を組んで仁王立ちして芽依子を待っていると、近くで 遊んでいた子供が地面に落ちた飴玉に群がるアリのように寄ってきた。その上、両親まで来てしまったので、マッハ チェイサーの周囲にはすっかり人垣が出来た。芽依子が二人分のソフトクリームを買って戻ってきた頃には、マッハ チェイサーは行動不能に陥って、苦笑した。 「芽依子。これ、どうすりゃいい?」 マッハチェイサーの足元では子供が騒がしく歓声を上げ、釣られて親もはしゃいでいる。 「私にお任せあれ」 芽依子はソフトクリームを持ったまま一礼すると、大きく息を吸い、牙の生えた口を開いた。 「バッドシャウト!」 芽依子の喉から発せられた超音波が、ほんの一瞬響き渡った。といっても、人間の聴覚を痛めるほどではない。 マッハチェイサーに群がっていた子供や親は、その音が通り過ぎると、マッハチェイサーから興味を失って離れた。 皆、マッハチェイサーなど最初から見なかったかのような顔で、先程までの会話を再開して散り散りになった。 「暗躍のナイトメアが秘める幻惑能力の神髄です。彼らの意識から、先輩への好奇心を一切排除いたしました」 芽依子は牙を剥いた口を元に戻し、唇を閉ざした。 「助かった、ありがとう」 マッハチェイサーが芽依子の前に屈むと、芽依子はその手に乗ってまた肩に座った。 「私の能力は持続時間が長いですし、範囲も広いですから、これで今日一杯は湖岸の人間に絡まれないでしょう」 「意外に凄いんだな、芽依子の能力は」 「私はほとんど前線に出ないので、今まで使う機会がなかっただけです」 褒められたことを素直に喜びながら、芽依子はマッハチェイサーにソフトクリームを差し出した。 「どうぞ。ですが、食べられますか?」 「俺はヒーローだぞ。大抵のことはどうにか出来る」 マッハチェイサーは金属製だが自在に動く口を開き、芽依子の手からソフトクリームを一口で食べた。 「うん、味も解るし、温感もあるな。さすがに消化吸収までは出来ないから、腹の中で燃焼しちまうだけだが」 「では、お弁当も食べて頂けますね?」 「だな。それが一番嬉しいな」 「本当ですか?」 「当たり前だ。芽依子の料理は全部旨い」 「あはぁん……」 照れと歓喜に襲われて目眩がした芽依子はよろけ、マッハチェイサーの側頭部に寄り掛かった。 「じゃ、じゃあ、全部食べて下さいね。一杯、一杯、作ってきたんですから」 「生身だったらあの量は無理だが、今なら全部食べてやれるよ」 「はい……」 芽依子は弛緩した顔で頷き、よろけたことで崩れたソフトクリームを舐め、手に付いたクリームも舐め取った。喜び すぎだ、とマッハチェイサーは思わないでもなかったが、そこまで好かれていることは無条件に嬉しく感じる。芽依子 が喜んでくれるのなら、弁当だけでなく、なんだって食べてしまいたい。そして、どんなことでもしたくなる。べたべたに 汚れた手を気にしながらソフトクリームを食べ終えた芽依子は、マッハチェイサーを見、照れ笑いした。恋人の欲目 もあるがその笑顔が物凄く可愛かったので、マッハチェイサーのエンジンは一気に回転数を上げた。疲弊していた はずの精神力が高ぶりすぎて、過剰なエネルギーが沸いてしまったのでどうにかして発散したい。蓄積出来る分は バッテリーに回したが、余りすぎてエンジンが爆発しそうで意味もなく関節から蒸気を噴いた。 芽依子が大好きだ。再会したばかりの頃には思いもしなかったことだが、好きで好きでどうしようもなくなっている。 それなのに、好きすぎて手をこまねいている。そんな不甲斐ない自分を煽るために、愛車はサポートメカに変化した のかもしれない。ヒーロー体質は、時として無意識化の自分を露出させる。それはバトルスーツであったり、必殺技 であったりと様々だが。正義のために己を殺して戦うヒーローであるからこそ、知らず知らずに鬱積しているものを 吐き出したくなるのだろう。扱いが面倒臭いヒーロー体質も捨てたものではない、と思いながら、マッハチェイサーは 角張った硬い手で芽依子の体を優しく包み込んで引き寄せた。 そして二人は、冷たくも熱いキスを交わした。 それから、一週間後。 マッハチェイサーは健在していた。速人は新しい車を買うことも検討したが、無駄な出費になるだけと思い直した。 それに、車を新たに買っても、またマッハチェイサーに変化してしまったら、それこそ始末に困ってしまうからだ。 野々宮家のガレージの都合もあるが、一台だけでも派手すぎて持て余しているのに二台もあったら心底鬱陶しい。 ダブったオモチャではないのだから、簡単に捨てられない。だから、速人は趣味から懸け離れた車に乗り続けた。 融合合体を解除する方法も回数を重ねたら体で覚えられたので、合体したままになってしまうことはもうなかった。 芽依子の寝顔の動画と細かすぎるプロポーションの計測データはどうしても削除出来ず、脳内に永久保存させた。 どのファイルも外部メモリーに落としていないのだし、速人しか知らないのだから、削除する意味もない。というのは 見苦しい言い訳で、せっかく手に入れた芽依子の情報を一つも忘れてしまいたくなかったのが本音だ。 嫌な意味で注目を集める車で買い出しを終えた速人は、本当は通りたくなかったが、駅前ロータリーに向かった。 理由は言うまでもなく、目立つからだ。街中を通るだけで注目を浴びるのに、人通りの多いところでは尚更なのだ。 だが、たまには妹のヒーロー活動を見ておかねば、と思ったので、決闘の時間に駅前ロータリーを通ることにした。 タクシーや出迎えの車が多いロータリーに入り、速度を落としながら進むと、駅前広場では妹が怪人と戦っていた。 「えっと、あれ、なんだっけ?」 締まりのないことを言いながら跳躍したミラキュルンは、見事なフライングクロスチョップを決めた。 「そうそう、フライングクロスチョップだ! なんとなく思い出したの、今!」 首に強烈な打撃を加えられて昏倒したユナイタスの上から立ち上がったミラキュルンは、二人の幹部に向いた。 「どうする、若旦那?」 悪の秘密結社ジャールの新幹部、暗黒騎士ベーゼリッターは、暗黒総統ヴェアヴォルフに小声で尋ねた。 「そりゃあ、退却しかないだろう。ていうか、ロープもポールもなしになんて技を出すんだよ……」 軍帽の下で極めて渋い顔をしたヴェアヴォルフは、上司の背後に隠れていた部下を小突いた。 「ムカデッド。決闘を見に来たんなら、せめてユナイタスを援護してやればどうなんだ」 「そりゃないっすよー総統ー。だって、俺は決闘当番じゃないんすから、手ぇ貸しても何も出ないんっすよー?」 へらへらと笑うムカデッドに、ベーゼリッターはヘルム越しに目を向けた。 「君、友達甲斐があるんだかないんだか解らないね」 「あ、お兄ちゃん!」 ミラキュルンはマッハチェイサーに乗った速人に気付き、ぶんぶんと手を振った。 「お買い物の帰り? 今日の夕ご飯はなあにー?」 呼び掛けられるとは思ってみなかったので、速人はぎょっとしながらマッハチェイサーのアクセルから足を離した。 目を上げると、当然のことながらジャールの面々はマッハチェイサーを注視していて、彼らからの視線が痛かった。 顔全体を黒い兜で覆っているベーゼリッターの表情は解らないが、ヴェアヴォルフは微妙な表情を浮かべていた。 笑いたいらしいのだが、笑っては悪いと思っているから笑えずにいるらしく、口元が奇妙に歪んでいた。ムカデッドに 揺さぶり起こされたユナイタスは、マッハチェイサーを視認した途端、跳ね上がるように飛び起きた。 「マジカッケーっす! マジスゲーっす! マジヤベーっす! さすがはマッハさんっすよ!」 ユナイタスが稚拙すぎて冗談にしか思えない褒め言葉を連ねると、ムカデッドがそれに続いた。 「ホントカッケーっすマッハさん! マッハさん超リスペクトっすよ! マッハさんマジヤベーっすマジでマジで!」 「なんだ、これ?」 二人の行動が理解出来ないヴェアヴォルフが耳を曲げると、ベーゼリッターも首を捻った。 「僕に聞かれても困るなぁ」 「お兄ちゃんの車、そんなに格好良いかなぁ」 私にはイマイチ、とミラキュルンが半笑いになった。その間も、ユナイタスとムカデッドは褒め言葉を並べていた。 だが、マジヤベーマジカッケーの連呼なので褒めているとは到底思えず、貶しているようにしか見えなかった。一向に 収まる気配がなく、ヴェアヴォルフもベーゼリッターもミラキュルンも止めようとしないので、速人はキレた。 「お前ら、黙れぇええええっ!」 一瞬で変身と融合と変形を終え、マッハチェイサーと化した速人は、駅前広場に飛び出した。 「褒めろっつったのはマッハさんじゃないっすかー!」 ユナイタスが半溶けになりながら逃げ出すと、ムカデッドもわしゃわしゃと這い蹲って逃げた。 「そうっすよそうっすよ、なんで俺らがキレられなきゃならないんすかー!」 「常識で考えろ、常識で!」 マッハチェイサーはレンガ状の舗装を砕きかねない力で駆けながら、わー、きゃー、と逃げる二人を追い回した。 ぶっ飛ばすぞ怪人共、とマッハチェイサーが叫ぶと、いやん恐い助けて総統ー、自慢の婿殿ー、と二人は喚いた。 だが、どう見てもユナイタスとムカデッドに非があるので、三人はその場から動かずに事の次第を静観した。車から 変形したロボットと死に物狂いで逃げる怪人二人を目で追いながら、ヴェアヴォルフは片耳を引っ掻いた。 「マッハマンも凄まじい輩だな。というか、あんな能力をいつのまに身に付けたんだろうな」 「全くだよ。芽依子さんも大変だね」 冗談めかしてベーゼリッターが笑うと、ミラキュルンはマスクの下でにこにこした。 「お兄ちゃん、優しい時はうんざりするぐらい優しいですから。芽依子さんと一緒の時はそっちなんですよ」 「まあ、それなら納得出来るな」 ヴェアヴォルフは、待てやゴルァアッ、と追い回すマッハチェイサーと、助けて総統ー、と逃げる二人を眺めた。 「さて、今日も負けたことだし、帰るとするか。二人共、切りの良いところで引き上げろよ。それと、ミラキュルン以外の ヒーローと戦っても、決闘手当は出ないからな。そういう契約なんだから」 ああやれやれ、とヴェアヴォルフが歩き出すと、ベーゼリッターがその後に続いた。 「お疲れ様、若旦那。今日の夕ご飯は、弓ちゃんが作ってくれるんだよ。楽しみだなぁ、早く帰らなきゃ」 「お兄ちゃーん、私、先に帰るねー。夕ご飯、私が作ろうかー?」 ミラキュルンがマッハチェイサーに手を振ると、とうとう二人を捕まえたマッハチェイサーは返事をした。 「いや、俺が作る! 今夜は酢豚だからだ! 無論パイナップル入りだ!」 ぎゃあぎゃあと暴れるムカデッドとユナイタスを天高く放り投げてから、マッハチェイサーは車に変形した。 「さあ帰るぞ! だが乗せない、お前は自力で帰ってこい!」 「えー、意地悪ー。ていうか、またパイナップル入れるの? 私、好きじゃないんだけどなぁ」 ミラキュルンは兄の態度にむくれたが、マッハチェイサーが駅前ロータリーから出ていったので、それを追って飛び 立った。それから数十秒後、大気圏を突破した後に落下してきたユナイタスとムカデッドが駅前広場の噴水に水没 した。ミラキュルンは一旦振り返り、二人の生存反応と噴水の無事を確かめてから、自宅に向かっていった。氷の 如く冷え切った噴水を浴びながら、ユナイタスとムカデッドは自分達の行動の何が悪かったかを話し合った。だが、 まともな結論が出なかったので、二人はずぶ濡れの体を引き摺ってアパートに帰り、揃って風邪を引いた。 それからというもの、マッハチェイサーは悪の秘密結社ジャールの新たな脅威となった。 09 11/19 |