だが、現実は甘くなかった。 編んでも編んでも、一向に終わらない。それどころか、一つの毛糸玉を終えた傍から次の毛糸玉が待ち構える。 八玉は多い。だが、それほどの毛糸を使わなければ、体格の良い大神が使える長さのマフラーには仕上がらない。 しかし、このペースではクリスマスに間に合うどころか正月にずれ込んでしまう。けれど、それ以外にやるべきことも ある。悪の秘密結社ジャールとの戦い以外にも、塾通いや家事の手伝い、日々の予習と復習、テスト勉強などが。 自宅にいては雑念に襲われるので、美花は毛糸玉とマフラーを抱えて七瀬と共に大神邸へと向かった。七瀬もまた 作業が捗っていないらしく、マフラーに繋がっている毛糸玉はたっぷり残っていて本人も疲弊していた。 大神邸に到着すると事情を察した芽依子は二人を客間に通し、私もお二人に付き合いますので、と言ってくれた。 弓子は客間に入ってくると、美花と七瀬の話を聞き、大丈夫大丈夫、私もそんなんばっかりだし、と励ましてくれた。 そして、四人で一緒に編めば少しは捗るはずだろう、ということになり、怪人以上の難敵と立ち向かった。 「てか、野々宮も天童も事を起こすのが遅すぎたんじゃね?」 客間の一人掛けのソファーにふんぞり返った鋭太は、四つの銀粘土細工が付いたストラップを目の前に出した。 「途中でこんなん作るから、余計な時間喰ってるしよー。まあ、もらっとくけど?」 「もらうだけの立場の野郎がごちゃごちゃ抜かすんじゃねぇよ!」 作業が進まなさすぎて七瀬がいきり立つと、鋭太はそのストラップを携帯電話に付けてポケットにねじ込んだ。 「ていうか、なんで鋭ちゃんがいるの?」 名護にプレゼントするためのチャコールグレーのセーターを編みつつ、弓子が不思議がると、鋭太はにやけた。 「冷やかしに決まってんだろ。てか、間に合うわけねーし。もう十八日だし?」 「夜は長うございます」 いつのまにか二本目のマフラーを編んでいた芽依子は、ベージュの毛糸玉を解いて糸を伸ばした。 「芽依子さん、それはお兄ちゃんのじゃないですよね? 誰のですか?」 芽依子の作業効率に驚きながら美花が尋ねると、芽依子は照れ混じりに笑んだ。 「レピデュルスさんに差し上げてみようかと思いまして。あの方は防寒具など不要なのですが、気持ちだけでもと」 「泣いて喜ぶね!」 弓子がぐっと親指を立てると、鋭太がけらけらと笑った。 「違いねーし! てか、あいつ、芽依子のこと好きすぎだもんな! 爺ちゃんと孫かっての!」 「つか、芽依子さんも弓子さんも早すぎね? セーターなんて、既に袖まで出来てるし」 糸の色を変えながら七瀬が弓子の手元を見やると、弓子は重たい腹部をさすった。 「だって、今の私は職業が妊婦だし。いくらでも時間があるんだもん」 「私めは食材や日用品などの買い物に赴く以外はほとんど御屋敷で過ごしておりますので、その合間を縫って作業を 行えば効率良く進められるんです」 芽依子は三分の一ほど仕上がったベージュのマフラーを伸ばし、出来を確かめた。 「相手がプロ妊婦とプロメイドじゃ、そもそも勝負にならないか」 七瀬が首を横に振ると、鋭太が怪訝な顔をした。 「プロメイドは解るとして、プロ妊婦ってなんだよ。お前、たまにマジ意味不明なこと言うのな」 「あ、一つ飛んだ」 美花は三つ前の目が飛んだことに気付き、解いてやり直した。だが、目を飛ばしてしまったのは初めてではない。 この繰り返しで、何度も手が止まってしまうのだが、弓子や芽依子は解いて伸ばした糸を捌く時しか手を止めない。 七瀬も似たようなもので、色の切り替えが多いから手間が多い上、三本の爪では編み針の操作も難しそうだった。 誤って毛糸を切らないために、人型昆虫用のゴム製爪サックを被せているのだが、滑りが悪すぎる時があるのだ。 そのくせ、編み針自体は毛糸から引き抜きやすいように表面が滑らかで、時折抜けすぎて糸目から外れてしまう。 調子が出てきたと思っても、今度は一段前に作った糸目をきつくしすぎていて、編み針が入りづらい時も多かった。 表目と裏目を混同し、間違うこともしばしばだ。均等に編み目を作らなければ綺麗に出来ないのに、力んでしまう。 美花は自分の才能のなさが嫌になったが、大神が喜んでくれるのなら、と思い直して懸命に編み続けた。 「私、編み物が出来て良かったぁ」 弓子はにこにこしながら、セーターの袖を本体に縫い合わせていった。 「私、怪人で主婦だけど何も出来ないじゃん? 必殺技も撃てないし、世界征服の野望だってそんなにないし、料理も 掃除も芽依子ちゃんに任せっきりじゃない? でも、皆の役に立てたみたいで良かった」 「誰にでも取り柄は一つはあるっつーことだし」 鋭太が言うと、七瀬は可笑しげに笑った。 「んじゃ、あんたの取り柄って何よ?」 「鋭ちゃんの凄いところはね、モフモフ具合! 剣ちゃんよりも毛並みが柔らかくてふっかふか! 超可愛い!」 弓子は尻尾を盛大に振りながら、末弟に満面の笑みを向けた。 「それ、別に凄くねーし!」 気恥ずかしくなった鋭太が声を上げるが、弓子はますます尻尾を振った。 「凄いよぉ、だって超気持ちいいんだもん! 寒い日なんてね、鋭ちゃんを抱っこして寝たいぐらい!」 「刀一郎さんにしろよ!」 「いっつもそうしてるけど、刀一郎さんはモフモフしてないから、たまに物足りなくなるんだもん。たまにだけどね」 不満げに唇を尖らせた弓子に、鋭太は辟易した。 「で、でも、大神君もモッフモフですよ! 耳から尻尾まで全部!」 妙な対抗心が湧いた美花が腰を浮かせかけると、弓子と鋭太は美花に向き、同時に笑い出した。 「え、あ、あの、私、何か変なことでも」 二人の反応に美花が困ると、鋭太は肩を揺すりながらにやけた。 「てか、野々宮も馬鹿兄貴が好きすぎだし。ここまで来ると妬けもしねーや」 「ああ、世界はほんっと平和だねぇ鋭ちゃん。だって、ヒーローと怪人がハイパーにラブラブなんだもん」 弓子の茶化すような言い草に、美花は赤面して座り直した。 「あ、う、そんなつもりじゃ……」 「こんなんに守られる世界ってなんだよ、マジ生温いし」 首筋まで真っ赤になった美花の横顔に七瀬が呆れると、芽依子は柔らかく微笑みを浮かべた。 「よろしいではありませんか。愛し合うことは世界平和への近道なのですから」 「愛し合いすぎて突き抜けちゃわないか心配っすけどね」 「その時はその時ですよ」 芽依子はマフラーを編む作業に戻り、手を動かし始めた。 「突き抜けてしまえば、行き着く先は一巡して最初の地点に至るということもありますし」 「そういえば、そうかもしれないっすね」 七瀬もまた作業を再開し、爪を動かした。 「美花ー、とっとと作業に戻れよー。でないと、マジ間に合わないし」 「う、うん」 美花は赤面しつつも、マフラーを編み始めた。 「鋭ちゃん、お茶ー」 弓子が鋭太に注文を付けると、鋭太は不可解そうに耳を曲げた。 「なんで俺? つか、それ、芽依子の仕事じゃん」 「御覧になればお解り頂けますように、私の両手は塞がっております故」 芽依子が編み針ごとマフラーを持ち上げてみせると、鋭太は渋々立ち上がった。 「それでもメイドかよ」 「いいじゃない、たまにはメイド孝行もしてあげなさいな」 「意味解らねーし」 鋭太は弓子に言い返してから、客間を出ていった。 「てか、俺、緑茶しか出来ねーからな。紅茶とかマジ無理だし、マジ文句言うなよ」 「はーい。いってらっしゃーい」 弓子が鋭太に手を振ると、客間のドアが閉められた。 「緑茶? でも、鋭太君、前にすんごいの淹れたような……」 美花が一抹の不安を覚えると、芽依子が説明した。 「鋭太坊っちゃまは、あれでいて行動を反省なさる御方なのでございますので、練習なさったのでございます」 「今じゃ結構なものだよ、鋭ちゃんのお茶。たまに苦いことがあるけど」 弓子はもう一方の袖を縫いつけながら言うと、七瀬が感心した。 「取り柄あるじゃん」 「うん。あるね」 美花もまた、素直に感心した。 「これで腰パンをやめてくれればもっといいんだけど。ちょくちょく出てるんだもん、鋭ちゃんのトランクス」 弓子がぽつりと付け加えると、七瀬は途端に吹き出し、美花も笑ってしまい、芽依子までも肩を震わせた。それは 言えている。鋭太は態度はいい加減でも心根は優しくて身内思いだが、格好がだらしなさ過ぎる。斜に構えがちな 男子高校生の中ではまだまともな方ではあるのだが、目に余る部分は多々ある。締まりの悪いベルトと尻尾の隙間 から下着が出ていることも少なくなく、美花もそれを見るたびに注意すべきか迷う。暗黒参謀ツヴァイヴォルフとしての 青い軍服姿は似合っていたし、姿勢さえ良ければ大神に匹敵するほど素敵だ。だが、どうにも姿勢が悪すぎる。 大人になりたくないが子供でもいたくないから、悪ぶってしまうのだとは解る。けれど、そろそろ目を覚ましても良い のではないか。三年生に進級したら、受験や就職などで忙しくなるのだから。 と、そこまで考えて、美花は気付いた。いつのまにかすっかり手が止まっていて、貴重な時間を無駄にしていた。 お喋りも止んでいて、作業を進めている。美花は取り残された気分になったが、黙々と手を動かし続けた。 そうしなければ、終わらないからだ。 十二月二十二日。 クリスマスイブよりも二日早く、クリスマス当日よりも三日も早かったが、どうしても我慢出来なかった。二十日から 冬休みに入ったので、私服姿の美花は悪の秘密結社ジャールの始業に間に合うように急いでいた。大神は絶対に 逃げないし、クリスマス当日までにはまだ時間もあるが、手元に置いておいてはマフラーが不憫に思えた。それに、 一日でも早く受け取ってもらいたい。当日も喜んでくれるだろうが、フライングならばそれはそれで。 電車が到着してすぐに駅から駆け出し、悪の秘密結社ジャール本社が入ったビルに全速力で走った。走りすぎて コートの下では汗が滲み、ブラウスが素肌に貼り付いていたが、それすらも気にならなかった。干涸らびた喉に唾を 飲み下してから、エレベーターに乗ってオフィスの入った階に上がると、美花は僅かに躊躇った。ここまで来たのに、 変な顔をされたらどうしよう、と思ってしまったからだ。笑われたり、困られたりしてしまったら。しかし、大神に限って そんなことは、と思い直した美花は、空調で更に乾いた喉を潤すために再度唾を飲み下した。 「こんにちはー!」 ノックした直後にドアを開け放って美花が挨拶すると、土曜日でもないのに軍服を着ていた大神が振り向いた。 「ああ、丁度良かった」 「え、あ、何が?」 美花が聞き返すと、軍帽を被って格好を整えた大神、もとい、ヴェアヴォルフがカレンダーを指した。 「もう年末だろ? だから、戦いも年末進行にするんだよ。連絡しようと思ったけど、来てくれたのなら都合が良い」 「今週末の決闘と年明け最初の決闘を前倒しにしてしまおう、というお考えなのです」 レイピアを手にしたレピデュルスがヴェアヴォルフに添うと、天井からするするとアラーニャが降りてきた。 「そうよぉん。だからぁ、四天王戦でもやっちゃおうと思ってぇん」 「本当なら一人ずつで戦うのが筋なんでしょうが、俺らも色々と立て込んどりやしてねぇ」 ファルコも自分の机から立ち上がり、ばさばさと翼を振った。 「ちゅうわけだから、よろしく頼むぜ。なあに、手加減は無用だ」 パンツァーは真新しい排気筒を噴かし、どるんと鳴らした。アラーニャのプレゼントに交換したようである。 「そんなことするぐらいなら手伝ってよ、もうホントにさぁ」 パソコンに両目を向けてキーボードを鳴らすカメリーがぼやくと、名護が肩を竦めた。 「業界誌から原稿を引き受けたのは君じゃないか、カメリー」 「でもね、この段階で二万字も増やすってのはどう考えても非常識でしょうに! 校正とか構成とかあるはずよ! 大体ね、俺みたいなのが上げる原稿で紙面を埋めようとするのが間違いなの! 身内しか読まない雑誌だからって 気を抜いてんじゃないよ全く、もちろん原稿を落とした怪人が一番悪いんだけどねぇ! 一万五千字の三段組みだって 言われたから内容も練ってあったのに、倍以上増やされちゃ溜まったもんじゃないんだから!」 ああもうっ、とカメリーは苛立ちを隠さずにキーボードを叩き、モニターに首を突き出した。 「僕は戦いに参加しないから安心してね。実家から呼び出しを喰らっちゃって」 名護は椅子を引いて立ち上がると、見覚えのあるセーターを着ていた。弓子が編んでいたあのセーターだった。 「人間相手に力を使うのは良くないけど、事が事だからね。暗黒騎士ベーゼリッターの恐ろしさ、見せてくるよ」 引き出しからベーゼリッターの変身アイテムである剣の柄を取り出した名護は、悪意に満ちた笑みを浮かべた。 「変身!」 名護の掛け声で柄から漆黒の刃が伸び、濁った光が名護を包んで弾けると、ベーゼリッターが出来上がった。 「なるべく早く帰るよ。それじゃ、皆、頑張ってね」 名護、もとい、ベーゼリッターは窓を開いて黒い甲冑に覆われた足を掛けると、マントを翻しながら飛び去った。 「名護さん、何をするつもりなのかな?」 ベーゼリッターの後ろ姿を見送ってから美花がヴェアヴォルフに尋ねると、ヴェアヴォルフは苦笑した。 「良くて暗黒絶対障壁、悪くて暗黒絶望空間、かな。どっちもえげつない技だから、使ってほしくないけど」 「名前だけでも充分嫌な技だね」 決闘ではその技に気を付けよう、と思いつつ、美花はベーゼリッターが開け放した窓を閉めた。ヴェアヴォルフも、 全くだ、と言いながら自分の机に立てかけてあった軍用サーベルを取り、ベルトの間に差した。四天王がぞろぞろと オフィスから出ていったので美花もそれに続いて出ると、最後にヴェアヴォルフが出た。原稿と戦い続けるカメリー に留守を任せてから、ヴェアヴォルフは四天王を引き連れられて駅前広場へ向かった。当然、美花も一緒である。 プレゼントを渡す機会を失ってしまった美花は、四天王と言葉を交わしながら歩いた。 程なくして駅前広場に到着するが、やはりツリーが鎮座していて、これを戦いに巻き込まない可能性は低かった。 さてどうしたものか、と美花が考えていると、レピデュルスが歩み出て両手を舗装に付け、力強く声を張り上げた。 「フォースリゼイション!」 レピデュルスが触れた部分から広がった石化はクリスマスツリーに及び、ものの数秒で完全に硬化させた。電飾も 止まり、赤と緑の装飾も灰色と化して味気なくなってしまい、通り掛かった子供が親に文句を言っていた。 「これで公共物は破損いたしません」 レピデュルスが身を起こすと、ヴェアヴォルフは派手にマントを広げて名乗った。 「我が名は暗黒総統ヴェアヴォルフ、悪の秘密結社ジャールの……」 が、すぐに中断し、変身しようとしない美花を見下ろした。 「変身してくれないと、戦いようがないんだが」 「だ、だって、へ、変身したら……私、きっと……」 美花は通学カバンとは別に持っていた紙袋を抱えていたが、顔を上げた。 「でも、戦わなきゃだよね! おっ、じゃなくて、ヴェアヴォルフさん! これ、ちょっと預かっていて!」 美花は強引に紙袋をヴェアヴォルフに押し付けると、左手のブレスレットを掲げて変身した。 「変身! 純情戦士ミラキュルン、真心届けにただいま参上!」 美花、もとい、ミラキュルンはやたらに力の入ったポーズを決めると、挑発するように拳を突き出した。 「どこからでも掛かってきなさぁあああいっ!」 「あらぁん、気合い充分ねぇん」 アラーニャが毒液の滲む牙を見せつけると、パンツァーがじゃこんと砲身に砲弾を装填した。 「だったら、こっちも最初っから飛ばして行くぜ」 「今日こそお命頂戴しやすぜ、ミラキュルン!」 身長よりも幅広い両翼を開いてファルコが威嚇すると、レピデュルスがレイピアを顔の前に立てた。 「我らが悲願である世界征服に至るべき王道を切り開く時、それは今です!」 「悪の限りを尽くし、ミラキュルンを抹殺せよ! 我が腹心、四天王よ!」 片手に紙袋を抱えたままヴェアヴォルフが命じると、四天王は声を揃えて叫んだ。 「総統の仰せのままに!」 そして、四天王はミラキュルンに先制攻撃を加えるべく飛び掛かったが、ミラキュルンは微動だにしなかった。毎週 のように戦う怪人達とは明らかに違う隙のない身のこなしで、四天王はそれぞれの態勢で迫ってきた。だが、彼らの 動きなど手に取るように解った。なぜなら、今のミラキュルンは緊張と高揚で神経が立っていた。気になるのは戦い よりもヴェアヴォルフの手中にあるマフラーのことで、それ以外は気にならなかった。というより、気にしている余裕 がなかった。ミラキュルンは助走を付けてから身を躍らせ、四天王の懐に飛び込んだ。四人の攻撃圏内に無防備な 姿勢で突っ込んだミラキュルンに、四人が戸惑った一瞬の隙に、拳と蹴りを放った。 「うっ」 「おげっ」 「あんっ」 「ぐえっ」 レピデュルス、パンツァー、アラーニャ、ファルコの順に打撃を当てて昏倒させると、全員、膝を折って倒れ伏した。 当たり前だ。それぞれの急所を的確な力で突いたのだから。ミラキュルンは拳を下げると、ふうっと呼吸を緩めた。 レピデュルスが完全に昏倒した証拠を示すように、クリスマスツリーの石化が解けて元の色彩を取り戻した。ヴェア ヴォルフはあまりの展開に頭が追い付かず、命じた時に振り上げた右腕を上げたままだった。 「……え?」 目を丸めたヴェアヴォルフに、ミラキュルンは拳を向けた。 「いざ、尋常に勝負!」 「いや、その、ちょっと待て! 四天王だぞ四天王、俺と同じかそれ以上に強い連中だぞ!」 ヴェアヴォルフが後退ると、ミラキュルンはずかずかと詰め寄ってきた。 「つべこべ言わない! 年末進行なんでしょ!」 「そ、それにだな、ミラキュルン! 俺を倒せば、戦いが終わってしまうぞ! それでもいいのか!」 ヴェアヴォルフがミラキュルンの拳を阻もうと防御姿勢を取ると、ミラキュルンは足を止めた。 「あ、そっか」 そうなれば、大神家や怪人達との密接な交流がなくなってしまう。ミラキュルンは拳を下ろし、戦闘態勢を解いた。 ヴェアヴォルフは安堵し、マントの下で目一杯膨らんだ尻尾を萎ませた。淡々と攻められるのもまた恐ろしかった。 パワーイーグルのように力でごり押しされるのは物理的に恐ろしいが、ミラキュルンの攻め方は精神的に恐ろしい。 必殺技も派手な格闘も行わずに、一撃で片付けてしまうとは。ヴェアヴォルフは、彼女の底知れぬ強さに怯えた。 「あの……それ」 ミラキュルンはヴェアヴォルフに預けていた紙袋を指すと、ヴェアヴォルフはそれを彼女に返した。 「ああ、うん、これな」 「それで、あの、これ」 ミラキュルンは紙袋を探り、赤とピンクの薄紙で包んでリボンを結んだマフラーを取り出して掲げた。 「くっ、きっ、クリスマスプレゼント! 二三日早いけど!」 「……ありがとう」 何も今渡さなくても、とヴェアヴォルフは思ったが、それは言わずに受け取った。 「開けてみてもいいかな」 「うん、うん、開けて!」 ミラキュルンは何度も頷くが、ヴェアヴォルフを正視しようとはしなかった。恥ずかしいからだ。 「あ」 リボンを解いた包装紙から出てきたものに、ヴェアヴォルフは声を潰した。臙脂色の手編みマフラーだった。その 瞬間、芋蔓式に先々週の決闘でのミラキュルンの態度と己の言動を思い出し、姉の行動の意味も悟った。二週間 前に、姉から寄越された手編みのマフラーを取り上げられて父親に譲渡されたが、このためだったのか。その時は 父さんにあげるつもりならどうして一旦俺に渡すんだ、と理不尽さに首を傾げたがきちんと理由があったのだ。今に なって無神経かつ無礼なことを言ってしまったと知ったヴェアヴォルフは、心底居たたまれなくなって謝った。 「ごめん!」 「……え?」 ミラキュルンはバトルマスクの下で目を見開き、じわりと涙を溜めた。 「あ、やっぱり、こういうの……迷惑……」 「違う違う違う、そうじゃなくて、俺が悪かった! あんなこと言うなんて、本当に悪かった! ごめん!」 ヴェアヴォルフは戦闘中であることも忘れ、軍帽まで外して本気で謝った。 「全っ然迷惑じゃない! 嬉しい! 大事にする! だから、その、ごめん!」 罪悪感と歓喜が入り混じった末に支離滅裂なことを言うヴェアヴォルフに、ミラキュルンは安堵して座り込んだ。 「よ、良かったぁ……そう言ってもらえて……」 「だから、あんなに強かったのか……」 ヴェアヴォルフは昏倒したまま起き上がらない四天王を一瞥し、納得した。恋愛が絡むと彼女の強さは驚異的だ。 セイントセイバー戦の後に行った一騎打ちなど、思い出すだけで寒気がする強さだった。だが、今はそれ以上だ。 戦う時には背景も考慮しないと間違いなく全滅する、とヴェアヴォルフは胸に刻んでミラキュルンに向き直った。 「それじゃ、またね。次に会う時は、えっと、二回目のデートだね!」 ミラキュルンは浮かび上がり、ヴェアヴォルフに手を振った。 「うん。またな」 ヴェアヴォルフは照れ混じりの笑みを返してから、ミラキュルンに手を振り返した。嬉しかったが、内心は複雑だ。 そういうことは戦いの時からは避けてくれ、と思ったが、ミラキュルンに戦いを挑んでいるのはこちらだ。怪人だし、 悪の秘密結社だし、悪役だし、悪いのは全面的にジャールだとヴェアヴォルフは今更ながら自覚した。昏倒している 四天王をどうやって本社に連れ帰ろうか、と考えながら、ヴェアヴォルフはミラキュルンを見送った。だが、その一方 でクリスマスイブのデートのことも考えていた。どこに連れて行けば喜んでくれるだろうか、とも。 そして、帰路を辿ったミラキュルンは、嬉しさとときめきのあまりに二段変身の更に上である究極変身をしていた。 天使のようなモチーフのミラキュルン・エクセレントから、その上に大きなリボンを追加したミラキュルン・イノセントへ。 だが、ミラキュルンはそれに気付かず、ヴェアヴォルフに喜んでもらえたことが嬉しくて蛇行しながら飛行した。 羽衣のように煌びやかで透き通ったリボンとパニエの入ったミニスカートを広げ、ミラキュルンは回転した。そのせい で方向感覚を失い、強かに電柱にぶつかってしまったが、喜びは冷めるどころか高ぶる一方だった。 今年のクリスマスは、最高のクリスマスになりそうだ。 09 12/7 |