初弾が外れた。 役に立たないパイロット入りの戦闘機部隊を囮にして発射したが、光学衛星が一つ足りないせいで座標の固定が 失敗したのだろう。伊号は悔しさと苛立ちで唸りながら、衛星中継される映像を睨み付けていた。管制室から届いた 騒がしいオペレートとタイミングが遅い情報の羅列は見苦しくてたまらず、これ以上見ないために無線接続を切って から、伊号は荒い呼吸を何度も何度も行った。光学衛星さえ足りていれば、忌々しい女を殺せたのに。 「ちっくしょおおおおおおおっ!」 伊号が吼えると、山吹が伊号を押さえた。 「なんてタイミングで発射するんすか、あれじゃ乙型一号にも当たっちまうっすよ! その他の変異体はどうなっても いいけど、乙型一号だけは無傷で回収するのもイッチーの任務で」 「知るかそんなん! あいつらと一緒にいるってことは、あの女はあたしらを裏切ったってことだろ!」 「そっ、それはどうか解らないじゃないっすか、一時的に人質に取られてるって可能性も……」 「だったら、なんでこの前の回収ん時に忌部が回収してこなかったんだよ、ああ゛!?」 伊号に凄まれ、山吹は言葉に詰まった。伊号の言う通りなのだが、それをこの場で認めてしまうのは危険すぎる。 この部屋での一部始終は映像記録されているし、公文書扱いになる。かといって、ありのままを言ってしまうと危うい 忌部の立場が完全に失われる。年上の部下で露出狂で透明人間だが、彼は友人でもある。山吹が上手い切り返しを 出来ずにいると、伊号は派手な舌打ちをしてから映像が映り続けているゴーグルを睨んだ。 「大体、連中がうちらの戦闘機を落としたってことは、そういうことだろ?」 敵意があるから、こちらも敵意を返す。人類にとって不利益だから、揃いも揃って辺鄙な島に押し込められている のではないか。乙型一号もそうだ。採用されて間もなく実戦配備されたのも邪魔だからだ。手に余っているからだ。 それなのに、竜ヶ崎全司郎の執心を受けている女だ。だから、さっさと仕留めてしまうべきなのだ。 「次!」 伊号は先程の失敗をフィードバックしてパトリオットミサイルの照準を定め直し、座標を据えた。独りでに上下した 発射機から、火炎とガスを噴出しながら二発目が飛び出した。ミサイルの姿勢制御装置に干渉すれば、発射後でも ある程度なら操作出来る。初弾が外れた焦燥が神経と脳とくすぐっていたが、唇を噛み締めて堪えた。 伊号には視えている。監視衛星とレーダーとソナーと、その他諸々のセンサーでインベーダー共が乗っている船の 場所も、その上で誰が何をしているのかも。山吹がどれほど隠そうとしても無駄だ。ゾゾ・ゼゼと斎子紀乃は手を 繋ぎ、何かしらの方法を使って第一波の編隊に致命的なダメージを与えた。だから、敵だ。 「あたしに刃向かう奴はなぁ!」 二発目のミサイルが弧を描き、海上に浮かぶ木の葉のような船を目指していく。 「どいつもこいつも吹っ飛んじまえばいいんだぁあああああっ!」 照準も軌道も正確だ、間違いなく命中する。が、ミサイルはほぼ同等のミサイルを正面からぶつけられ、信管同士が 炸裂して空中で爆砕した。炎溜まりと黒煙が潮風に流されると、パトリオットミサイルの発射機に酷似した手製の 発射機から発射の名残である白煙が漂っていた。敵側からも二発目が発射されたが、伊号側の軌道をなぞるよう に弧を描いて真っ直ぐに海上基地に向かってくる。すかさず迎撃のミサイルを発射しなければならないが、発射機 の冷却が追い付いていないので波状攻撃は難しかった。しかし、甲板を見た限りでは敵には残弾がある。今のうちに 潰しておかなければ、と思案する最中、再度、双方のミサイルが綺麗に衝突して腹に響く爆音を生み出した。 「うわド派手」 山吹が妙に冷静なリアクションをしたが、完全に頭に来ている伊号はそれに腹を立てる暇もなかった。一発目は 外れ、二発目も三発目も敵のミサイルを相殺しただけだった。こんなことでは竜ヶ崎を残念がらせてしまう、せっかく 期待してくれたのに、伊号だけを褒めてくれるのに、邪魔な斎子紀乃を潰してしまえる絶好の機会なのに。 すると、新たな飛行物体がレーダーに引っ掛かった。だが、それはミサイルにしては巨大で見覚えのあるフォルム で識別番号が付いている。伊号が瞬きすると、山吹の元にも管制室から情報が届いたのか、声を潰した。 「うへぇ!?」 伊号も似たような心境だったが、この戦いを見ている竜ヶ崎に情けない姿を見せたくなかった。レーダーに映った 物体は、今し方海に落とされた戦闘機だった。だが、その後部には小松手製のミサイルがめり込んでいて、ジェット エンジンの代わりに火を噴いている。まともに飛ぶようなシロモノには見えないが、確かに空を飛んで向かってきて いる。言うならば、目に見えない手で支えられているかのように。その数は五機もあり、海上基地から出撃した時と 同じく三角形の陣形を組んでいた。とてもじゃないが、人間業ではない。 「こりゃ、さすがに激ヤバっすねぇ……」 乙型一号に違いない。山吹が声色を引きつらせたが、伊号は畏怖を振り払うように怒鳴った。 「激ヤバだろうがなんだろうが、どうにかすんのがあたしらの仕事だろうが!」 敵のミサイルが届く前に、こちらからも発射して撃ち落とせば良いだけのことだ。だが、ミサイル発射機は二機とも 過熱していて、冷却が間に合っていない。ならば無人機を体当たりさせて、と思ったが、滑走路は第三波の編隊が 発進準備に取り掛かっている。パイロット達は既に乗り込んだ後で、緊急脱出装置を使って機外に吐き出させては パイロットが負傷する可能性もある。機械ならいくらでも修繕が利くが、人間はそうもいかない。その辺の倫理観は、 伊号と言えども持ち合わせている。だったら、どうする。どうする。どうする。 「電子回路! それさえ生きてりゃ、なんとかなるはずだ!」 伊号が自分の思い付きの素晴らしさに口角を広げるが、山吹は渋い顔をした。ような声を出した。 「そりゃ無理なんじゃないっすか、イッチー。敵は海水を使ってF−15を落としたわけっすし、その時にパイロットは 緊急脱出したからキャノピーは開きっ放しだし、浸水してないわけがないっすよ。万が一回路が生きていたって、何を どうやるつもりなんすか? まさか、自爆させるなんてこたぁ」 「それ以外に手があるか? ねーだろ?」 「口で言うのは簡単かもしれないっすけど、でも……」 「四の五の言ってたらな、基地も東京も吹っ飛んで人が死ぬんだぞ!」 そうなれば、竜ヶ崎も死んでしまう。と、内心で付け加えながら言い放った伊号に、山吹は急に喜んだ。 「やっと職業意識に目覚めてくれたっすか、イッチー! よおし、んじゃ何をすりゃいいっすか!」 「え、ああ、じゃあ最初に通信電波の出力を上げられるだけ上げてくんね」 山吹の態度の変わりように伊号は呆気に取られつつも、戦闘機型ミサイルと化した機体の通信電波を絡め取る べく、集中した。無数の電磁波と電波に入り混じって聞こえるのは、敵ミサイルに犯されて今や戦闘機型ミサイルと 化した機体から流れ出す電波だった。甲高く引きつった電波は陵辱されて泣き叫ぶ女性の悲鳴を思わせ、つくづく 敵のやり方のえげつなさに吐き気がした。日々機械と脳波を重ね合わせて生きている伊号にしてみれば、機械は 単なる道具ではない。同じ系列の製品でも一つ一つに個性があり、特に手間を掛けられて造られた機械には人格 とも思えるような個体差が電流となって回路を走っている。彼らの能力を借りて好き勝手に物をぶっ壊すのは楽しくて 仕方ないし、時には伊号に忠実に従う彼らを無下に扱ってストレスを晴らしているが、基本的には機械が好きだ。 「インベーダー共め。地獄に落ちやがれ」 苛立ちと焦燥と敵意が程良くブレンドされた高揚感を味わいながら、伊号は呪詛を吐いた。 「イッチー、管制室との通信も終わったっす! 主任の許可も得たからやり放題っす! ただ、到達時間が」 山吹は伊号の傍に戻って説明を始めようとするが、伊号はそれを遮った。 「解ってるよ、んなこと! 敵機の速度がマジ異常だってんだろ! マッハ二でぶっ飛ばしてきやがる、このままじゃ 十分と立たずに本土に到達する! 後続機がスクランブル発進して迎撃態勢に入ったけど、相対速度的に考えても 敵機の迎撃は不可能だ! てことはだ、あたしがなんとかするっきゃねー!」 その言葉を掻き消すように、スクランブル発進した後続機部隊が発生させた轟音が基地全体を揺さぶった。彼ら が管制室や仲間の機体と交わす通信電波を受け取らないように気を張りながら、伊号は陵辱された五機の戦闘機 にだけ意識を集中させた。マッハ二で迫りつつある哀れな五機の通信電波を捕まえるだけでも厄介だったが、本当に 面倒なのはこれからだ。電子回路を駆け巡る繊細な電流は海水に濡れたおかげで乱れに乱れ、普段なら容易に 解るものも解らない。五機はひどいパニックで金切り声を上げているので、伊号の脳内には集団ヒステリーのような ノイズが飛び交った。それを気力で無理矢理ねじ伏せ、燃料とエンジンの制御システムを探そうとしたが、破損した 回路や千切れたケーブルがあるたびに行き詰まってしまった。迂回路を造ろうにも造れないので、通り抜けられた 回路を再び一から辿るしかなかった。そんな作業を五機も行わなければならないのだから、骨が折れる。 「敵機、八百キロ地点を通過! 尚も加速中!」 山吹のオペレートが聞こえるが、端から無用だ。レーダーに捉えた敵機の動きもつぶさに視ているのだから。人間が 乗っていないのをいいことに加速し続ける五機は、狂おしくも荒々しかった。キャノピーが割れてノーズも曲がって 翼もおかしくなっているはずなのに、ほとんど同じ速度で飛び続けている。五機が涙のように機械油を散らしながら 都心に迫り来る様に、伊号は焦りかけたが自制した。ここで失敗したら、二度と竜ヶ崎に褒めてもらえない。 「五百キロ地点を通過!」 一機目の海水で目詰まりしたエンジンを無理矢理回転させて燃料を過熱させ、爆砕させた。 「四百キロ地点を通過!」 二機目の不発に終わったミサイルを三機目に発射し、三機目の破片で自身も爆砕させた。 「三百キロ地点を通過!」 四機目の風圧で折れ曲がりかけた操縦桿を倒し、海面に落下、爆砕させた。 「二百キロ地点を通過! ああ、もうヤバいっす!」 山吹が動揺して声を裏返すと、伊号は怒鳴った。 「言われるまでもねーし!」 百八十キロ、百六十キロ、百四十キロ。最後の一機のウィークポイントを捜し出そうと伊号はあらん限りの気力を 振り絞るが、五機目の回路は見事に死んでいた。乱暴な加速と不条理な陵辱と海水の浸食によって、機械部品と 名の付くものは全てが沈黙していた。伊号がどれほど呼び掛けようとも囁きすら返らず、単なる火薬の固まりでしか なかった。パトリオットミサイルの冷却も装填も済んでいない。後続機の迎撃もアテにならない。ならば、どうする。 二度目の壁にぶち当たった伊号は、数分後には目視出来るであろう戦闘機型ミサイルの進行方向を見据えた。 だが、見えた途端に死んでいるはずだ。もしかすると、見たと言うことを認識する前に吹き飛んでいるかもしれない。 後続機部隊の通信電波が波打って迎撃のミサイルが放たれたという報告が届いたが、着弾はしなかった。大陸間 弾道ミサイルならともかく、マッハ二で真正面から突っ込んでくる物体を迎撃出来る人間などいるわけがない。呂号の 音楽も使えない。超高速の物体を、ギターがじゃかじゃかうるさいだけの音楽で落とせるものか。だったら、残る 手段はただ一つ。癪ではあるが、乙型一号と同じ手を使うしかない。関東上空に差し掛かった低軌道衛星を捉えた 伊号は、姿勢制御用スラスターを作動させるように命令を送った。 「ごめん、山吹」 「え?」 いきなり謝られて山吹がきょとんとすると、伊号はへらっと笑った。 「衛星、もう一個パーだわ」 数十秒後。五十キロ地点に到達した戦闘機型ミサイル目掛けて、一筋の流れ星が落ちた。スナイパーの狙撃の 如く正確無比に落下したレーダー衛星は東京を破壊せんと驀進する五機目のノーズを見事に貫通し、一秒と立たずに 爆砕して毒々しい閃光と衝撃破を撒き散らしながら東京湾に飛び散った。 「あーあーあー……」 結果オーライだが、しかし。安堵にも似た脱力感でへたり込んだ山吹に、伊号はけらけらと笑った。 「どーせまた打ち上げりゃいいじゃん? 大したもんじゃねーんだし?」 「大したことあるっすよ、こないだの光学衛星もだけど今の衛星も随分と開発費が……。どう報告すっかなぁ……」 「あたしのせいじゃねーし。敵が悪いんだし。つか、正義の味方にごちゃごちゃ言う方が変だし」 「いいっすか、イッチー。ヒーローは犠牲を減らすのが仕事であって、必要経費を増やすのが仕事じゃないんすよ。 そこんとこ、よおーっく解ってもらうっすからね! これで今夜も完徹っすね! 報告書と始末書の雨あられ!」 怒りやら何やらが突き抜けた山吹は両手を上向け、ふへへへへへ、と変な笑い声を上げた。 「あたしは手伝わねーからな。てか、それが山吹の仕事だし」 伊号はロボットアームでヘッドギアからコードを抜きながら、にやにやした。 『伊号』 「あ……」 待ち焦がれていた声がヘッドギアのスピーカーから聞こえ、伊号は緊張が解けた。 『よくやってくれたね。君のおかげで、大勢の人が救われたよ。君はとても素敵だよ』 「当たり前だし。てか、あたし以外には出来ねーし?」 軽口を叩きながらも、伊号は浮かれた。実の父親よりも父親らしい竜ヶ崎の腕に抱かれたかのような気分になり、 体がふわふわする。もっとも、精神的なものでしかないのだが。 『後で私の部屋においで。気の済むまで、褒めてあげるよ』 「……りょーかい」 竜ヶ崎からの通信が切れると、伊号は胸が高鳴った。戦闘の高揚より優しいが、体の芯が火照って息苦しくなる。 辛くはないが、ちょっと照れ臭い。悲嘆に暮れる山吹など気にも留めずに遠隔操作室を出た伊号は、万能車椅子の キャタピラを少し早めに回してエレベーターに急いだ。局長室のある最上階に繋がるエレベーターの到着を待つ 間、緩む頬を押さえられなかった。かなり無茶なことをしたので血圧も脳圧も上がり、頭全体が膨張したような 感じがしたが、どうせ大したことはない。それに、脳を使えば使うほどに力は高まると竜ヶ崎は言っていた。だから、 これしきのことで休んでいられない。エレベーターに乗り込んだ伊号は、嬉しさのあまりに歓声を上げた。 この瞬間があるから、戦えている。 四人が戻ってきたのは、日が暮れる頃だった。 留守番を任された忌部は、ガニガニに餌を与え、畑を見回り、いい加減ではあるが廃校の掃除をして回り、雑務が 一段落したので、そろそろ自分の分の夕食でも作ろうかと思っていた時間だった。暇を持て余しているガニガニと ヤシの実を投げ合うという変な遊びをしていた忌部は、坂道を上る足音に気付いて腰を上げた。人型多脚重機の 重々しい駆動音に尻尾を引き摺る音が混じる足音にデタラメな歩調の足音だったが、一人分が足りていなかった。 ぎらつく西日を浴びて一際濃い影を作ったゾゾの腕の中では、紀乃が疲れ果てて眠っていた。 「おう、お帰り」 忌部が声を掛けると、ゾゾは一礼した。 「ただいま戻りました。留守番、ご苦労様でした」 「疲れただけだったな。戦果も挙がらなかった。全く、あいつらのやることは極端すぎて敵わん」 ああやれやれ、とぼやきながら、小松は六本足を動かして体育館に向かった。 「疲れた疲れたレタレタレター!」 小松の言葉をなぞっただけなのか、ミーコはいつものようにはしゃぎながら駆けていった。 「テレビが大騒ぎしていたぞ。戦闘機に小松の造ったミサイルをぶち込んだのは紀乃だな?」 二人を見送ってから、忌部はゾゾに近付いた。ゾゾは眉根を顰めて眠る紀乃を見下ろし、瞼を伏せた。 「ええ、紀乃さんですよ。私には、とてもあのようなことは出来ません」 「んぁ……」 ゾゾの腕の中で身を捩った紀乃は、重たげに瞼を上げてゾゾを見上げ、少しだけ頬を緩めた。 「ゾゾ、今日の晩御飯、何?」 「それは出来てのお楽しみですよ、紀乃さん。それまでは、どうぞゆるりとお眠りなさい」 ゾゾが単眼の瞼を細めると、紀乃は吐息のような声を漏らして体を丸め、再び寝入った。 「伊号さん、でしたっけ? 私達の戯れの邪魔をしたのは」 「恐らくな。あんなことが出来るのはあいつしかない」 機密事項ではあるが、と忌部が付け加えると、ゾゾは物憂げに厚い瞼を細めた。 「覚えておきますよ」 いつになく冷たく言い残し、ゾゾは廃校の昇降口に向かっていった。長く太い尻尾を重たげに引き摺りながら歩く 背を見やり、忌部は透き通った肩を縮めた。これまで、ゾゾは甲型生体兵器には大した関心を抱いていなかった。 そのおかげで、変異体管理局は思う存分インベーダー達を攻め立てることが出来たのだが、これからはそうもいか ないようだ。けれど、忌部の心配すべきところはそこではない。インベーダー達を忌部島から脱出させたばかりか、 本土爆撃の危機を未然に阻止出来なかった。今度ばかりは、始末書で済むわけがない。処分を受けることは確定 しているが、心構えだけでもしておこう。それだけでも大分違うはずだ、と忌部は変な笑いを浮かべた。 がちがちがち、とガニガニが励ましとも嘲笑とも取れる音を鳴らしていた。 10 7/13 |