南海インベーダーズ




変異体隔離特区掃討戦線



 黒塗りされたコンテナには、ありとあらゆる危険マークが貼り付けられていた。
 直射日光厳禁、バイオハザード、毒、危険、開放厳禁、火気厳禁、水気厳禁、諸々。遠目から見れば世界各国の ステッカーを貼り付けたトランクのようでもあるが、中身は二十歳の娘が収まっているだけだ。海底二百メートルに ある箱庭から運び出された家財道具と一緒に詰め込まれているので、考えようによっては輿入れのようでもあるが、 そう思ってしまうと途端に不快感が増す。自分以外に、翠を見初めた男などこの世にいるわけがないのだが。
 紫外線反射剤の入った塗料を隙間なく塗られたコンテナに触れると、空調設備から零れ出ている震動が手のひら に染み入ってきた。声を掛けたかったが、どうせ聞こえまい。忌部は翠の肌よりも冷ややかな温度のコンテナから 手を外し、包帯まみれの両手を制服のポケットに突っ込んだ。

「乙型二号の輸送は、三十分後に開始するわ。忌部島に搬入後のことは頼むわよ、忌部君」

 真波は書類の挟まったファイルを脇に挟み、歩み寄ってきた。忌部はポケットから手を抜き、頷く。

「承知しています、主任」

「んで、今回はあたしらはマジ関係ねーの? マジムカつくんだけど」

 万能車椅子のキャタピラを動かして近付いてきた伊号は、不満げにロボットアームで頬杖を付いていた。

「解せない」

 騒音の激しい軍港であるにも関わらず、いつも通りヘッドフォンを被った呂号は真っ直ぐ歩いてきた。

「僕の足は治った。耳も頭も指も何もかも万全だ。僕の音で連中を蒸発させられる」

「これ、なあに? 怖いよぉ、むーちゃん」

 二人に付き合って軍港までやってきた波号は、黒いコンテナを見やり、秋葉の足の後ろに隠れて首を縮めた。

「乙型二号が搭載されている。以前、はーちゃんがコピーしたことのある相手」

 秋葉は波号を宥めながら黒いコンテナに目をやり、説明するが、波号はゴーグルの下できょとんと目を丸めた。

「そうなの? 私、そんな人、知らないよ?」

 波号の記憶が消失するのはいつものことなので忌部は気にしなかったが、三人の少女達の日に焼けた肌は少し 気になった。三人とも小麦色になっていたが、焼けすぎているわけではなく、むしろ健康的だ。というより、これまで 三人とも不健康すぎたのだ。首から下が動かないために基本的に引き籠もっている伊号も、一日中ヘヴィメタルに 浸ってエレキギターを爪弾いているので一歩も外に外出しない呂号も、一週間よりも前の記憶が真っ新なので外界 には慢性的な恐怖を抱いている波号も、皆、子供らしさが欠けていた。沖縄近海の無人島にある変異体管理局の 保養所という名の別荘に行かせたことは、乙型一号こと斎子紀乃によって破壊された海上基地を修理するために 取られた措置ではあったが、それなりに良い結果を生んだようだ。忌部は久々に見た気がする三人に視線を送って いたが、呂号がいやに気になった。ゴーグルとヘッドギアで目元が隠れているが、それさえなければ、物凄く既視感 がある面差しだった。日に焼けたから印象が変わったのかもしれない、とは思ったものの、いつになく呂号に親しみ を感じる。そう、言うならば、長らく日常生活を共にしている相手を間近で見ているかのような。

「あ、そうか。あ、いや、でもな……」

 その理由が思い当たったが納得出来ず、忌部は首を捻った。

「何がそういうことなの、忌部君」

 真波が鬱陶しげに忌部に向いたので忌部はその理由を言おうとしたが、翠の入ったコンテナの搬入が開始した。 自衛隊のトレーラーに引っ張られて運ばれていく黒いコンテナは、高速艇に比べれば足は遅いが輸送能力の高い おおすみ型輸送艦に搬入されていった。エレベーターに載せられた黒いコンテナは、軍港よりも一層暗い格納庫に 収まり、既に配備されている戦闘部隊に囲まれていた。翠には外の様子が解らないとはいえ、心が痛む。船に乗る のこともそうだが、外に世界に連れ出されるのもこれが初めてだ。不安がっていないだろうか、怯えていないだろうか、 と忌部は内心で冷や冷やしながら、隔壁が閉じていく様を見つめていた。

「ところで、山吹はどうした?」

 普段なら絶対に来るであろう上司の姿が見当たらない。忌部が秋葉に問うと、秋葉は平坦に答えた。

「乙型五号の機体の調整作業を行っている」

「そうか。で、その乙型五号はどんな感じの奴なんだ? そもそも、珪素生物ってのがよく解らないんだが」

「私にも解りかねる。乙型五号のスペックは未知数、故に不可解」

 秋葉は波号と手を繋ぎながら、忌部の包帯の隙間を見据えてきた。その視線の厳しさに、忌部は透き通った眼球を 左右に動かした。顔に巻き付けた包帯で表情は見えないはずなのに、後ろめたかった。秋葉は忌部と翠の関係を 知っているわけがない。体を重ねたのはたったの二回だし、翠が隔離されている箱庭の中での出来事だし、翠との 関係を匂わせる行動は取っていないつもりだ。翠はれっきとした生体兵器であり、忌部はそれを管理、運用する 立場の人間だ。関係を持っていることを知れたら、懲罰では済まされない。しかも、妹なのだ。しかし、その危うさが 欲望に浸り切った背徳を煽り立て、尚更翠を欲してしまう。忌部島ではこれまで以上に控えるべきだが、そう思うと 余計に燻っていた男の部分が滾ってくる。自分の愚かさに呆れる一方、忌部は笑みを押さえられなかった。
 勝利した暁には、享楽が待ち受けている。




 一昼夜掛けて、翠を載せた輸送艦は忌部島に到着した。
 輸送艦が着岸するには狭すぎる港にタラップが下ろされると、忌部だけが下りた。馴染み深い潮風が包帯越しに 透き通った肌をなぞり、夜に浸り切った海面が広がっていた。息苦しくて敵わないので顔の包帯をすっかり解いて、 くるくると手に巻き付けてポケットに押し込んだ。制服も後で脱いでしまおうと思ったが、翠の前では着続けていた方 がいいのではないか、と少し迷った。どうせ見えないのだから、という諦観の末路に素肌を曝す快感に目覚めたが、 翠は制服を着た包帯男である忌部を見慣れている。体を許し合った仲とはいえ、大事な大事な妹なのだし、フンドシ 一丁で闊歩する姿を見せてしまうのは兄の沽券に関わるのでは、と考え込んでいると、輸送艦の格納庫のハッチが 開いてエレベーターに乗せられた黒塗りのコンテナが下りてきた。港の幅が足りずにはみ出してしまい、見るからに 危なっかしかった。忌部はすぐさま駆け寄り、コンテナのかんぬきを外してバーを抜き、開いた。

「翠、大丈夫か?」

 忌部がコンテナ内に踏み入ると、家財道具に囲まれた翠は小さく頷いた。

「ええ。平気ですわ、御兄様。ですけれど、船という乗り物は揺れますのねぇ……」

「酔ったのなら、外に出て風に当たるといい。移動するのは、しばらく休んでからでも大丈夫だ。それに、あいつらの いる廃校までは少し距離があるから、歩かなきゃならないんだ」

 忌部は暗がりの隅で正座している翠に手を差し伸べると、翠はそろりと手を伸ばした。

「何か、不思議な音が聞こえましてよ、御兄様」

「波の音だ」

 忌部は翠の手を引き、コンテナの外に連れ出した。半月なので月明かりは弱いが、忌部の目には充分な光量が ある。翠の目にはどうかは解らないが、西側の集落までは一本道なので足元さえ気を付けて歩けば大丈夫だろう。 翠は頭上から差す弱い光にも怯え、コンテナから出るのを躊躇ったが、忌部が優しく促すと翠は草履を履いた足を そろりと踏み出してコンクリートを踏み締めた。途端に太平洋を渡ってきた潮風が吹き付け、翠はよろけた。

「やぁん、御兄様ぁ」

「大丈夫だ、ただの風だ」

 忌部は翠を支えると、翠は忌部の腕に縋り付いた。

「風って、あんなに強いものですの? 空から光が差しているのに、私は外に出ても平気ですの?」

 夜空よりも濃い黒の包帯から覗く金色の双眸が、不安に震えていた。忌部は翠の包帯を緩めると、滑らかな緑色 の素肌に指を這わせて冷たい頬を包み、表情が見えないことを忘れて笑顔を向けた。

「だから、大丈夫だ。今は夜だ。太陽は出ていないし、月光には君の体に影響を与える紫外線はほとんど含まれて いないから、包帯も解いていい。何も怖がらなくても良いんだ、翠」

「あぁ……」

 翠は忌部の手の温もりで少し気が緩んだのか、周囲に視線を投げたが、またも身を固くした。

「御兄様、これは一体なんですの? どこまでも水が広がっておりますわ」

「それが海だ」

「近付いてもよろしゅうございますこと?」

 翠は好奇心に駆られ、忌部の袖を引いた。幼い仕草に忌部は笑みを零し、頷いた。

「もちろん」

 翠は忌部の腕を引っ張りながら、辿々しい足取りで海に近付いた。裾に手を添えて膝を曲げてから、手に巻いた 包帯を解いて懐に入れ、袂に手を添えながら素手を伸ばした。海面までは少し間が開いていたので直接触れることは なかったが、波間から跳ねた飛沫が翠の手に飛んだ。それだけでも翠は驚き、すぐさま手を引いた。

「冷とうございますわ」

「夜は水温が下がるからだな」

「なぜですの?」

「太陽が沈んでいるからだよ。太陽光には紫外線だけじゃなくて赤外線も含まれていて、それが当たる日中は空気 や地面や水が温まるんだ。だが、太陽が沈んでいる夜は赤外線が当たらないから空気も地面も水も温まらないし、 放射冷却現象が起きているから……」

「御兄様、何を仰っておりますの? セキガイセンって、電話線のお仲間ですの?」

 翠はただでさえ大きな目を丸め、瞬膜を開閉させた。忌部は面食らい、聞き返した。

「小学生レベルの理科の知識だぞ?」

「リカってどなたですの?」

「もしかして、翠は何も教えられなかったのか? 家のことはあんなに出来るのに?」

 信じがたい思いで忌部が詰め寄ると、翠は小さく首を傾げた。

「家事や庭仕事は住んでいるうちに要領が掴めましたので出来ますけれど、私、物心付いた頃からずうっと一人で あの家に暮らしておりましたから、誰かに物事を教わったことはございませんわ。読み書きは本棚に並んでいた本で 覚えましたので支障はございませんし、数字も数えられますし、ソロバンでしたらそれなりに弾けますわ。だから、 特に困ることなどございませんでしたわ。どうせ、一人ですもの」

「あいつらとは扱いが違いすぎるな」

 道理で、翠の言動が時代錯誤になっているわけだ。忌部は納得と同時に憤りも感じたが、翠の手前、押し殺した。 変異体管理局としては、翠に物事を教えないことで幽閉されている状況に疑問を感じさせず、従順で大人しい性格に 育てておきたかったのだろうが、ミュータントと言えどもれっきとした人格を持って生きているのだから、真っ当な 教育を受けさせるが当然ではないだろうか。事実、伊号、呂号、波号の三人はみっちりと教え込まれているし、作戦を 円滑に進めるために軍事教育も受けている。それなのに、翠は知識からも隔絶されていた。

「あいつらって、どなたですの?」

 翠が先程とは逆方向に首を傾げたので、忌部は話題を変えた。下手に三人のことを話すのは良くない。

「いや、翠には関係ないよ。気分が良くなったのなら、そろそろ行こうか」

「ええ、御兄様」

 翠は忌部に手を差し伸べかけたが、コンテナに振り返った。

「ですけれど、私の家財道具はどうなさいますの? あのままにしておくと、広い水の中に落ちかねませんわ」

「その辺は大丈夫だ、ちゃんとアテがある」

 忌部は翠の手を引き、歩き出した。お粗末な港から続く、獣道と大差のない道に踏み入って斜面を登り始めた。 翠の歩調に合わせているので普段の歩調よりもかなり遅かったが、急ぐことでもない。夜は長いのだから。
 草履を履いた足が地面に擦られ、夏草を潰していく。ころころ、ちりちり、ぎいぎい、と雑草の間から虫が競うように 鳴き、翠はきょろきょろしながら歩を進めていた。虫という生き物の概念すらないらしく、不可解げに視線を泳がせて いる。忌部の手を握る手にもおのずと力が入り、妹の硬い爪が透けた肌に食い込んでくる。体は立派な大人だが、 広い世界に出られたのは今日が初めてなのだから、幼児も同然だ。好奇心と不安が入り混じっているせいか、翠は しきりに忌部に話し掛けてくる。夜空でちかちかと光る粒は何なのか、月はどうして同じ位置に浮かんでいて歩いても 歩いても追い掛けてくるのか、風はどこから吹いてくるのか、風に混じる匂いが何なのか、足元で音を出しているモノ は何なのか、どうして草も木もこんなに大きいのか、一体誰が育てたのか、などと。忌部は答えられる範疇だけで あったが答えを返してやり、妹が納得出来るまで噛み砕いて解説した。翠は新たな知識が次々に増えていくのが 楽しいようだったが、慣れないことの連続で疲れが見えてきた。それでも、忌部の手を握る手の力だけは変わらず に強く、全幅の信頼を寄せてくれていた。それが嬉しすぎて、妹を抱き締めたい衝動に駆られた。
 硫黄の匂いがかすかに漂う山中を昇ると、島の東側が見下ろせる高台に出た。探すまでもなく、人ならざる者達が 生活している廃校からは窓明かりが零れていた。小松の巨体の影が校庭に伸び、ガニガニは巣から顔を出して いる。ミーコの嬌声と紀乃の明るい話し声は遠くからでも良く聞こえ、それに答えるゾゾの声も合間に混じっている。 だが、甚平の気配だけは微塵も感じ取れなかった。口数も少なく声も小さいので、仕方ないことかもしれないが。
 忌部は翠を連れて斜面を下り、東側の集落に出た。そのまま廃校に近付こうとして、気付いた。そういえば、照明 に使っている白熱電球からも紫外線が出ているはずだ。翠が閉じ込められていた隔離施設の照明は、紫外線を限界 までカットしたライトを使っていたので翠の体には何の影響もなかったが、廃校のものはそうではない。島の近海を 通り掛かった漁船を沈ませて強奪した品だ、それが上等なものであるわけがない。忌部は廃校に至る坂道の前で 翠に待っているように言い聞かせてから、早足で坂道を駆け上り、居間兼食堂の教室の勝手口を開いた。

「紀乃、いるか」

 勝手口のドアを開けた忌部に、食後のデザートを堪能していた紀乃とゾゾが振り返った。

「……誰?」

 紀乃は口に入れていたスプーンを外し、怪訝な顔をした。

「ほらほら、紀乃さん。ぼんやりしておりますと、せっかくのバナナアイスクリームが溶けてしまいますよ」

 ゾゾは忌部から単眼を外し、紀乃を促した。紀乃は柔らかなアイスクリームをもう一口食べてから、首を捻った。

「で、誰?」

「あ、う、たぶん、その……」

 向かい側に座っていた甚平は察しが付いたようだったが、歯切れも悪く、もそもそとアイスクリームを食べた。

「物覚えの悪い奴だな。まあいい、三十秒待て」

 忌部は居間兼食堂の勝手口を閉めてから、小松とガニガニの不信感丸出しの目線を浴びながら物陰に入ると、 手早く制服を脱ぎ捨てて包帯も全て解き、事前にポケットに突っ込んできた白いフンドシを素早く装備してから、再度 居間兼食堂に戻った。すると、今度は紀乃も思い出したらしく、苦笑した。

「お帰り、忌部さん。服なんて着ていたから、すぐに解らなかったんだもん」

「お帰りなさいまし、忌部さん。今月の一時帰投は、少し長かったですね。御茶でもお入れしましょう」

 ゾゾが台所に向かおうと腰を浮かせたが、忌部は引き留めた。

「それは後でいい。それよりも、電球を消して代わりにランプでも付けてくれないか」

「なんで? このままで充分じゃん」

 紀乃は素焼きの器の底に残ったバナナアイスクリームを刮げ取り、名残惜しげに舐めた。

「何か事情がお有りなのでしょう。ランプなら私の部屋にございますが、燃料の灯油を取ってきませんと」

 ゾゾが言うと、小松ががしゃりと六本足を動かして後退した。

「解った。俺が持ってくる。灯油缶一個分でいいだろう」

「きゃひほははははははははははっ! ミーコのミーコがミヤモトミヤコ! 付いていくイクイクククククッ!」

 重々しく歩き出した小松を追って、ミーコが騒がしく走り出した。忌部は二人が翠が待っている坂の下に向かう のでは、と僅かに慌てたが、小松は坂道を使う必要がないので灯台までの最短距離で歩いていった。もちろん、ミーコ は道に構う性分ではないので真っ直ぐ追い掛けていく。この分だと翠に余計な不安を味わわせなくても済みそうだ。 小松もミーコも、世間に出たばかりの翠には刺激的すぎるからだ。忌部は物陰に放り投げていた服と包帯を抱えて 居間兼食堂の棚に詰め込んでから、頭の中で翠の身の上話を再確認していった。
 滝ノ沢翠は、その外見の特異さのために生まれてすぐに変異体管理局に預けられ隔離されていたミュータントだ。 紫外線を一定量浴びると巨大化し、暴走するという厄介な能力を持っているが、紫外線を浴びさえしなければ他は 普通の若い女性となんら変わらない。先日、紀乃と小松が変異体管理局から脱走したことによって海上基地の施設 が破壊されたため、一時的な措置で忌部島に移ってきた。海上基地に戻される日は未定だが、それまでは廃校で 共同生活を送れと命じられている。だから、折り合いよく暮らしてくれないだろうか。
 前半は真実だが、後半は嘘だ。変異体管理局がインベーダーに歩み寄りを見せたかのように見える文面だが、 実際にはそんなことは微塵もない。本人すらも状況を把握していないが、翠はこの島の喉かな日々を破壊する ために送り込まれたのだ。この作戦は忌部からしてみても怪しい部分が多すぎ、白を切り通すにしても限界があるが、 三日間の辛抱だ。時間を稼ぐだけ稼げば、後は虎鉄と芙蓉が忌部島に全面攻撃を仕掛けに来る手筈だが、翠は 決して巨大化させやしない。それで作戦が失敗しても構わない。虎鉄と芙蓉が忌部島を更地にし、インベーダー を島から追い出してもらえればそれでいい。そして、誰もいなくなった島で、忌部と翠の二人でニライカナイなる場所へ 通ずる道を捜し出すのだ。たとえ異形の兄妹であろうとも、幸せに過ごせる世界を見つける権利はあるはずだ。
 灯油缶を担いだ小松がミーコにまとわりつかれながら戻ってきたのと、ゾゾが頭から尻尾の先まで埃にまみれて 灯油ランプを掘り出したのはほぼ同時だった。電球を消して灯油ランプを灯してから、忌部は廃校まで翠を連れて きて、事前に打ち合わせた通りの説明を行った。既に妙な生き物に慣れ切った面々は、翠の外見を見ても今更驚く こともなかった。翠は気後れして忌部の後ろに隠れがちだったが、透明なので意味はなかった。翠の体質が体質 なので、今まで通りに教室を部屋として渡すことは出来なかったが、ゾゾが生体研究に使っている地下室があるので、 そこを翠の部屋にすることにした。家財道具一式が入ったコンテナが港にあるので持ってきてくれ、と忌部が紀乃に 頼むと、紀乃は快諾してくれた。その間、翠は忌部の背後にぴったりと貼り付いていた。
 一日目の夜は、慌ただしく更けていった。





 


10 9/1