南海インベーダーズ




御三家御前会合 前



 竜ヶ崎と出会ってからのことを、一つ一つ思い返していく。
 順序立て、背景と状況と照らし合わせながら、目の前に胡座を掻いた一つ目オオトカゲを透き通った眼球に映す。 忌部は緩く深い呼吸を繰り返しながら、握り締めていた両の拳から力を抜いた。竜ヶ崎と思しき人物と最初に接した であろう記憶を丁寧になぞると、おのずと矛盾が浮かび上がってきた。竜ヶ崎の年齢が変わっていない。竜ヶ崎は 変異体管理局に公布されている資料に寄れば六十五歳ということだが、幼い忌部が接した竜ヶ崎とはまるで印象が 変わっていない。三十年近く前に接した竜ヶ崎の姿は目にしていないが、恐らく、姿形も変わっていないことだろう。 だが、これは忌部が勝手に出した結論であり、確信ではない。誰かから証言を得て立証出来れば良いのだろうが、 三十年以上前の竜ヶ崎を見知っている人物は身近にはいない。父親も母親も鬼籍に入ってしまった今では、両親に 頼ることも出来ない。だが、穴はこれだけではないはずだ。もう一つぐらいはあるはずだ、と、忌部は自分の手前に 置かれた茶碗の結露の一粒を凝視し、包帯の下に隠れた透明の脳細胞を精一杯働かせた。

「乙型五号」

 あることが思い当たった忌部が呟くと、竜ヶ崎と真波は僅かに反応した。

「全てがゾゾの妄想だというのなら、なぜ、あなたは珪素生物である勾玉を核とした設計を施した人型軍用機を開発 させたのですか? あの勾玉の存在は、紀乃が能力増幅に使うまでは日の目を見ませんでしたよ。俺は現場視察 報告書に二三は書いたかもしれませんが、土着の宗教に関連した宝飾品としか書いた覚えはありませんよ。俺の 報告書を照会すれば、一発で解ります。俺自身、あの勾玉は珊瑚か瑪瑙としか思っていませんでしたから、まさか 珪素生物だとは考えたこともありませんでした。その時はまだ、忌部島の正体なんて全く知りませんでしたからね。 ですが、あなたはそうではない。乙型生体兵器五号の運用を前提として人型軍用機を設計させたのですから、最初 から勾玉型珪素生物のヴィ・ジュルであると知っていたはずです。いえ、知らなければ、そんなことは出来るわけが ないからです。まさかとは思いますが、ゾゾが妄想から現実に引き摺り出した物質だとでも仰るのですか?」

「忌部君。君を隔離するのが、少々遅すぎたようだね」

「そのようで。俺が乙型五号について把握したのは、あなたが俺と翠を引き合わせるために、俺を海上基地に呼び 戻した時のことです。それさえなければ、俺は翠には手を出さなかったでしょうが、この情報を知ることもありません でしたよ。些か、事を急いたようですね」

 忌部が強く出ると、竜ヶ崎は太い尻尾を揺すった。

「かもしれんな。だが、それだけのことで私を凌げるとでも思ったのかね?」

「いいえ。ですが、やり返しておくべきだと判断したまでですよ。改めてお聞きします、あなたの本懐とは何ですか」

「大方の見当が付いているだろうに、それを正すのかね?」

「知るべきことを知らなければ、知っていることになりませんから」

「御立派な心掛けだよ、忌部の御前」

 竜ヶ崎は腰を浮かせ、一枚板の座卓に手を掛けた。大柄な体格に見合った怠慢な動きとは裏腹に、太い尻尾は 機敏にしなり、座卓を越えて紀乃を捉えた。思い掛けないことに対応が遅れた紀乃は、尻尾の尖端に首を払われて ふすまに背中からぶつかり、その衝撃で咳き込んだ。忌部は素早く立ち上がり、紀乃を背に隠す。

「道理で、翠を俺にくれたわけだ。翠の体のことも知っていないわけがないもんな」

 忌部は後退り、倒れたふすまの上に伏せている紀乃を抱き起こした。

「竜ヶ崎の御前。あんたが欲しいのは、血族の女だな? 違うとは言わせない」

「そこまで解っておきながら、私の前に来るとはな。浅はかというか、愚直というか……」

 竜ヶ崎は座卓を押し退けると、茶碗が転がり落ちたのも気にせずに大股に歩み寄ってきた。

「女って、女って、どういうことなの、ねえ忌部さん!」

 動揺した紀乃が忌部を揺さぶると、忌部はふすまを踏み抜きながら更に後退る。

「俺だって考えたくもない。だがな、そういうことになるんだよ。ゾゾの話を思い返してみろ、他の連中の身の上話も 一から思い出してみろ、ミーコが宮本都子からミーコになるまでの話も思い出してみろ!」

「……うぇ」

 紀乃が青ざめて声を潰すと、真波が竜ヶ崎の袖に手を掛け、懇願した。

「ですが、御前様。子ならまた私が産みます、波号なんかよりも余程出来の良いものを産んでみせます!」

「生憎だが、真波。波号を越えるものが産まれるわけなどないのだ」

「そんなこと、やってみなければ解りません! 御前様が御相手ですもの、素晴らしいものが出来るはずです!」

 真波はそれまでの冷たい態度からは打って変わって、熱っぽく竜ヶ崎に縋り付いた。

「解っているのだよ、私は。お前の曾祖母からお前までの血筋を煮詰めてみたが、お前達一族が生まれ持った変身 能力の機能向上は波号が限界だ。あれを越えるミュータントは、そうそう作れはしないだろうよ。だから、私とお前が まぐわったところで時間と体力の無駄なのだ。それを解らぬ頭ではないだろう、真波」

 竜ヶ崎は尻尾を振るって真波を薙ぎ倒し、再び紀乃に向かってきた。畳に左半身を叩き付けられた真波は苦しげに 呻き、上等の帯を結った背が震えている。ざらり、ざらり、ざらり、と尻尾を引き摺り、敷居を越え、忌部の足跡が付いた ふすまを盛大に踏み潰し、忌部と紀乃が逃れた次の間へ竜ヶ崎は進んできた。中庭からの逆光を背負った竜ヶ崎は 鼓膜近くまで裂けた口元を穏やかに綻ばせ、目元は柔らかかったが、笑みとは言い難い表情だった。

「忌部君。その娘を渡したまえ。真波とは比べ物にならぬほど、優れたミュータントを作れる血筋だ」

 竜ヶ崎の四本指の手が、ぬうと伸びてくる。  

「渡せるわけがないだろう! 大体、まだこいつは十五のガキだ! 子供じゃないかよ!」

 忌部は紀乃を庇いながら叫ぶが、竜ヶ崎の歩みは止まらない。

「十六になるまで待つとも。私もそこまで下卑た趣味は持っておらんよ」

「同じことじゃないか! だったら何だ、伊号も呂号も波号もそのつもりだったのか!?」

「それ以外の理由など、どこにある。もっとも、あの三人は生体改造手術の影響で二次性徴がかなり遅れていてな、 まだどの娘も生殖機能が出来上がっていないのだ。だが、紀乃さんは違う。それのついての調べは付いている」

「……でも、露乃に、何か、したんだ?」

 忌部の背後で、紀乃がやや声を上擦らせた。竜ヶ崎は足を止め、紀乃を見やる。

「慣らしは必要だとも、何事にもね」

「最低! そんなことされて、露乃が嬉しいわけないじゃん!」

 紀乃が甲高い声を張り上げるが、竜ヶ崎は肩を揺するだけだった。

「悦んでくれたのだがね、どの娘も。だから、呂号も例外ではないよ」

「そんなの嘘だ! あんたなんかにどこを触られたって、気持ち悪いだけだ!」

 紀乃は恐怖と混乱のあまりに喘ぎながら、障子戸が痺れるほど叫んだ。

「だが、私とゾゾは同じ顔ではないか。生体情報も酷似している。どこにも違いなどあるまい。なんだったら、私とゾゾを 誤認するように生体改造を施してしんぜよう。さすれば、嫌なことなどあるまい」

 竜ヶ崎は尻尾を高く掲げ、尖端を軽く揺らした。紀乃はしきりに首を横に振り、電磁手錠を引っ張って鎖だけでも 千切ろうとするが、手首の皮膚が擦れて赤くなるばかりだった。呼吸は速まり、額には冷や汗が浮いてくる。サイコ キネシスさえあれば、竜ヶ崎は簡単に倒せる。だが、サイコキネシスが封じられてしまっては紀乃はミュータントでも なんでもない子供だ。忌部は竜ヶ崎と紀乃の間に立ちはだかったが、竜ヶ崎が振り下ろした尻尾は恐ろしく筋力が 強く、忌部は障害物にすらならなかった。呆気なく薙ぎ払われた忌部は、廊下に面した障子戸を破りながら床板に 転げ、障子紙と桟の切れ端にまみれた。その間にも、竜ヶ崎は紀乃に迫っていく。

「ほう、そうか」

 竜ヶ崎は紀乃を壁際まで追い詰めると、レザーベストの襟首を掴み、ぎょろつく単眼を寄せた。

「お前は奇特な娘だね。隠そうとしても無駄だ、私は相手の体に触れずとも生体電流を読めるのだよ」

「やだ……やだよぉ!」

 紀乃は電磁手錠を填めた両手を突っ張って竜ヶ崎を押し返そうとするが、逆にその手を押さえられた。

「だが、触れれば一層理解出来る。おやおや、なんともなんとも。面白いものだな」

 紀乃は竜ヶ崎の視線から逃れようと顔を背けるが、竜ヶ崎は紀乃の乱れた襟足に尖った鼻先を近付けた。

「守りたいのだね、島も、インベーダー共も。だが、一番守りたいのは、あの男だね」

 紀乃は浅く息を飲むと、竜ヶ崎は彼女の細い顎を無造作に掴み、上向かせた。

「思われるうちに思うようになったのだね。気色悪いトカゲではなく、訳の解らない異星人ではなく、家族代わりですら なく、一人の男として意識するようになったのはここ最近のことだね。あの男が島に来たばかりの呂号に世話を焼く 様を見ては面白くないと思っているね。独占したくとも、独占出来ないのが物足りないと思っているね。普段の態度が 態度だから、馴れ馴れしく甘えるのが恥ずかしいとも思っているね。あの男の心に深く根を張っているハツの記憶が 鬱陶しいとも思っているね。これまでの恩を返すために私を倒して喜ばせようとも思っているね。自分が龍ノ御子だと したら、あの男をニライカナイに連れて行きたいとも思っているね。思っているのだね?」

「あ、うぁああああっ!」

 紀乃は目をきつく閉じて頭を抱えるが、竜ヶ崎は淀まなかった。

「私を嫌うことなどあるまい、紀乃さん。私はあの男と同じモノで出来ているのだよ、どこにも違いなどない」

「違う、違う、全然違う! あんたなんかゾゾじゃない、ゾゾの偽物だ、近付かないで、触らないでぇえっ!」

「恐れることなど、ありはせんよ」

 竜ヶ崎は、閉ざした目尻から涙を絞り出している紀乃の顔を挙げさせた。尖った口元が開き、牙の間からちろりと 舌先が覗く。紀乃はがくがくと震えながら、竜ヶ崎から逃れようと両足で畳を蹴るが、背中に接している壁が妨げた。 薙ぎ払われた衝撃が抜け切っていなかったが、忌部は立ち上がる。真波を一瞥すると、恐ろしく暗い顔をして畳を 睨んでいたが、動く様子はない。紀乃を助けるには、今しかない。このまま黙ってみていられるものか。竜ヶ崎は、 忌部に背を向けている。忌部は歯を鳴らすほど怯えている紀乃を救うべく、竜ヶ崎の背に向かった。

「……ぐぅえっ」

 忌部の透き通った肩が竜ヶ崎の背に衝突する寸前、またもや尻尾が翻り、その尖端が忌部の胸を深々と貫いた。 透明な体液が竜ヶ崎の尻尾を伝って滴り、雨粒のように畳を濡らす。焼け付くような激痛が胸から広がり、神経の 末端まで痺れさせる。鉄臭い臭気が鼻を突き、穴の開いた着流しがじわじわと透明な体液に染まり、折れた肋骨 が皮と筋を押し上げていた。自分の身に何が起きたのかを把握したのは、廊下に倒れ込んだ後だった。

「何が不満だね、忌部君。お前には、翠を宛がってやっただろうに」

 半狂乱で暴れる紀乃を容易く押さえながら、竜ヶ崎は忌部の胸部から尻尾を引き抜いた。

「では、忌部君。先程の問いに答えてしんぜよう」

 竜ヶ崎は恐怖と混乱で絶叫する紀乃を抱きかかえ、透き通った血溜まりに沈んだ忌部に近付いた。

「私の望みはただ一つ、龍ノ御子と成り得る子を産ませて道を開いてニライカナイに至り、ハツと再び会うことだ」

「くっだらねぇ」

 最後の気力で忌部が毒突くと、竜ヶ崎は紀乃の口を塞いで黙らせてから、口角を吊り上げた。

「君からすればそうだろう。だが、私からすれば、君の方が遙かに下らん生き方をしているよ」

 竜ヶ崎は太い両腕と尻尾を使って器用に暴れる紀乃を押さえ付けつつ、振り返った。

「真波。いつまでそうしているつもりだね。こちらに来たまえ、私を手伝うのだよ」

「はい、御前様」

 畳に突っ伏していた真波は、薙ぎ払われた際に乱れた髪をそのままに、重心をふらつかせながら起き上がった。 黒留袖の裾を引きずるように歩いた真波は、胸を貫かれている忌部に目もくれずに竜ヶ崎の背中を見つめていた。 その腕の中で藻掻く紀乃のことは見ているようで見ておらず、薄ら笑いを浮かべていた。どんな形であれ、竜ヶ崎 と接しているだけで彼女は幸せなのかもしれない。だが、まともではない。
 二人を思いきり罵倒したかったが、忌部は上手く呼吸出来ず、肋骨が折れた胸を押さえるだけで精一杯だった。 自分の目でさえもはっきり見えない体から、ただの水にしか見えない液体が、鼓動に合わせて溢れていく。せっかく 翠が仕立ててくれた着流しも帯も台無しにしてしまったのが悔しい。ゾゾの名を何度となく叫ぶ紀乃の声が遠のいて いき、広い屋敷に木霊する。こんなところで死ぬのか、いや死にたくない、何が何でも死にたくない、あんな野郎に 殺されて死んでたまるか、と忌部は奮起して傷口を押さえるが、一層痛みが増しただけだった。頭上に見える庭園は 場違いに美しく、解けかけた包帯から露出した肌を焼く日差しが熱い。走馬燈が過ぎりそうになった頃、不意に、 耳慣れないエンジン音が聞こえた。それは門の外を守る車両や人員を蹴散らした後、近付いてきた。機械の荒馬を 思わせる豪快で野太い駆動音が庭園に突入すると、玉砂利と庭木を無遠慮に薙ぎ払いながら縁側に倒れた忌部の 傍に止まった。どるんどるんどるんどるん、と、鼓動を思わせるアイドリングに混じって懐かしい声が聞こえた。
 兄の声だった。




 これはきっと、罰だ。
 大事な恋人であり戦友である山吹を、事も在ろうに人質としてインベーダー側に引き渡したりするからだ。だから、 こんな目に遭ってしまうのだ。胴体は外に出ているが、両手足はコンクリートに固められている。それはまるで、花を 生けたままの水を凍らせたかのような情景だった。両手は灰色の冷たい石に埋もれ、制服に包まれた控えめな胸が 迫り出され、両足は膝から下が壁にめり込んでいる。赤茶色のロングヘアはだらりと垂れ下がっていたが、それを 掻き上げるための手は出すに出せなかった。秋葉は人型軍用機の格納庫の壁の一部と化したまま、状況を確認 するべく、周囲に目を配らせた。秋葉以外の整備員や人型軍用機も壁や床に埋もれていて、電影もガニガニも同様 だった。皆の低い呻きや助けを求める叫びが聞こえてくるが、誰も手を貸せる状況にはなかった。頭と胴体は外に 出ているので、簡単には死なないようにはされているが、放置され続ければ彼らの命は脅かされる。

「アキハー、なんくるないさー?」

 胴体のほとんどを床に埋め込まれた電影は首を曲げ、秋葉を見やると、秋葉は力なく返した。

「問題山積」

「うー、電影もなんくるあるさー……」

 電影は外に出ている手足を動かそうとするが、ぎしぎしとコンクリートと装甲が擦れるだけだった。

「ガニガニは、平気?」

 秋葉は電影の背後で鋏脚と尻尾の尖端を床に沈めているガニガニに声を掛けると、ガニガニは唯一自由の利くヒゲを 左右に振り回し、体を傾けながら辛うじてスピーカーに接させると、喋った。

『僕もあんまり……。だけど、あの二人、どうしてこんなことをしたんだろ?』

「それが解れば苦労はしない」

 秋葉は懸命に胸を張って腕を引き抜こうとするが、びちびちと制服の肩の縫い目が千切れかけ、同時に肩の関節も 抜けかけたので中断した。足も引っ張ってみるが同じことで、コンクリートと一体化してしまっているストッキングに 無様な裂け目が出来ただけだった。ストッキング一枚分の隙間でもいいから、浮いていれば引き抜けるのでは、と 思ったが、それが正しければとっくの昔に腕も抜けていることだろう。この状態になってからは一時間ほどしか経過 していないが、心身は疲労しきっていた。それもこれも、虎鉄と芙蓉が原因だった。
 今日、秋葉率いる電影とガニガニの部隊は、かつて小松建造が破壊と殺戮の限りを尽くしたショッピングモールの 廃墟、メテオの警備を命じられていた。その目的が何なのかは知らされていなかったが、命じられた以上はその場 に赴くのが仕事なので、秋葉は出撃準備に忙しくしていた。忌部次郎と斎子紀乃を本土に連行するための交換条件 として忌部島に投下された山吹のことは心配でたまらなかったが、今回の交渉が上手くいけばインベーダーとの 戦闘頻度は格段に下がると竜ヶ崎から聞かされていたので、それを信じる他はなかった。しかし、出撃する直前に 虎鉄と芙蓉が格納庫を訪れ、コンクリートを溶かして人型軍用機や整備員を壁に埋め込んだ後、鋼鉄並みの硬度に 固め、出撃どころか身動き一つ出来ない状態にされた。他の人間が誰一人通り掛からず、基地全体が静まって いることから考えるに、他の局員達も同じ目に遭っているのだろう。明らかな反逆行為だが、理由が見えない。

「むーちゃん」

 幼い声に呼ばれて顔を上げると、ヘッドギアもゴーグルも付けていない波号が格納庫の入り口に立っていた。

「いつまでそうしているつもり?」

 波号は小さな手を広げて伸ばすと、秋葉の手足を封じているコンクリートにヒビ割れが走った。

「ただの人間って、本当に役立たずで馬鹿なんだから」

 逆光の中、波号は無邪気に笑っている。秋葉はコンクリートが崩れ去っていくにつれ、圧迫されていた手足に血流 が戻る解放感を得つつも、安堵感を上回る懸念を感じていた。波号は秋葉を見ているようで見ておらず、目の焦点 が合っていない。見たものを模倣する変身能力の持ち主なのに、誰にも変身していない。その上、斎子紀乃の能力 であるサイコキネシスを使用していた。先日の軍事演習で試用した薬を、誰かに服用させられたのだろうか。
 だが、一体誰に。





 


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