南海インベーダーズ




母性的報復劇



 再び、真波は瞬間移動させられた。
 背景は地方都市の住宅街から鬱蒼とした夏山に切り替わり、足の裏に染み込んできた熱は消え失せた。代わりに 朝露の冷たさと草の葉の硬さが肌を刺し、浴衣の裾が雑草に引っ掛かった。真波と共に空間を跳躍した竜ヶ崎は ぜいぜいと荒い息を吐いていて、呼吸するたびに胸と腹に掛けての傷口からは体液が溢れている。拒絶反応どころか、 波号の肉体そのものが竜ヶ崎に害を成す異物と化しているのだろう。重たげに引き摺られた尻尾は、地面との 摩擦で紫色の皮膚が剥がれて真皮が露出している。異臭は一段と増し、竜ヶ崎の周囲の空気だけが饐えている。 真波は強引に詰め込んできた朝食の味が喉元に迫り上がるのを感じながら、竜ヶ崎の背骨の浮いた背中を追い、 体液の筋が残る地面を進んだ。礼科の拳銃を手放してしまったのは失敗だった、と後悔したが、今更どうすることも 出来ない。だから、中途半端な能力に頼るしかない。真波はメガネを少し外し、竜ヶ崎を目視した。

「……っう!」

 ほんの少し直視しただけで、膨大な情報が脳細胞を侵した。真波が頭を抱えて呻くと、竜ヶ崎は振り向いた。

「無駄なことはするべきではないよ、真波。お前の能力では、私の能力を写すことすら出来ないのだからね」

 過剰に分泌された体液で普段以上に赤らんだ単眼が、にいっと細められる。真波は針で視神経を突かれるような 痛みと脳全体に広がる鈍痛に顔を歪め、よろめくが、洞窟の手前にあった岩に手を掛けて踏み止まった。竜ヶ崎は 真波の様子を気にも留めていないのか、雑草を踏み散らしながら前進する。洞窟の中は狭く、竜ヶ崎が入っただけで 一杯になった。真波の足元では、尻尾の形状を辛うじて止めている皮の剥げた肉塊がうねり、体液を散らした。

「さて」

 八百比丘尼の墓の前に立った竜ヶ崎は、ぐじゅり、と舌なめずりをした。小さな墓の奥にある岩は三カ所が欠けて いて、伊号と呂号と波号に生体改造手術を施すために竜の肉片を削った痕跡だった。竜ヶ崎は八百比丘尼の墓を 躊躇いもなく蹴り倒すと、その奥で控えている岩に手を触れた。爪が剥がれかけた指が石化した宇宙怪獣の肉片を 撫でるが、反応はなく、竜ヶ崎の赤黒い体液が塗りたくられただけだった。

「ワン・ダ・バに対する生体認証情報までもを改変したのか、ヴィ・ジュルめが!」

 途端に竜ヶ崎は激昂し、竜の肉片を拳で殴り付けた。みぢ、と嫌な音がして、肘の骨が飛び出す。

「どいつもこいつも私に逆らいおって! たかが珪素回路の分際で!」

 二度、三度、と竜ヶ崎は竜の肉片を殴るが、自身の手の骨が露出するばかりで岩に変化はなかった。

「これでは、ワンの肉片を摂取することは適わぬな……。今の私の顎では、岩は噛み砕けん。となれば」

 竜ヶ崎は骨も神経も血管も筋肉も千切れた右腕を下げ、ぎょろりと真波に単眼を向けた。

「来い、真波」

 岩に付いていた手を外すのにも苦労しながら、真波は直立した。竜ヶ崎の汚れた足跡が連なる雑草を踏んで洞窟 に近寄りながら、懸命に脳内に溜まった情報を整理した。竜ヶ崎を目視した瞬間に取得した情報は恐ろしく膨大で、 真波自身が持ち合わせている情報処理能力では到底追い付かない。コピー能力といえど、取得した情報を余さず 利用出来るわけではない。むしろ、使えない情報の方が多すぎて、取捨選択をしなければ能力として行使すること すら難しい。これまで取得した情報や記憶の持ち主は人間だったので、情報量は真波の脳とはほぼ同等だったが、 竜ヶ崎はそうではない。脳の容積も違えば生体情報の量も異なる上に、今は様々な能力をコピーした状態の波号を 体内に収めている。なので、竜ヶ崎と神経が繋がっている波号の情報も混じってしまった。それを選り分けるだけでも 一苦労だが、使い物になる能力がコピー出来ていなければ意味がない。脳をフル稼働させながら、真波は竜ヶ崎に ゆっくりと近付いていった。竜ヶ崎はその悠長さが気に食わなかったのか、尻尾を使って真波を引き寄せた。

「お前の肉を喰らって中和した後に、生体認証情報は全て書き換えてしまえばいい。それだけのことだ」

 不気味にぬるついた手が、真波の腕を握り締める。

「だが」

 急に真波の視界が回転したかと思うと、竜の肉片に強かに叩き付けられた。背中の痛みと衝撃で噎せた真波が 目を上げると、竜ヶ崎の肩越しに外界の日光が見えた。足元では八百比丘尼の墓が横倒しになり、かかとに擦れて 軽い痛みを生んだ。竜ヶ崎の左手が真波の頭部を掴んできた。

「楽に死ねると思うなよ?」

 真波の長い髪を握り締めた竜ヶ崎は、真波の顔を強引に上げさせ、舌を伸ばしてくる。

「私に生かされてきたくせに、何を今更自我に目覚めたのだね? 誰がお前に人間らしい生き方を許したかね?  あの時、お前と伊号を目こぼししてやったのは、ほんの気紛れだ。お前も、伊号も、他の連中も、私の所有物として 生きることでしか生物としての価値は生まれんのだよ。それなのに」

 ぶちぶちと真波の髪を引き千切りながら、竜ヶ崎は真波の目の前で大きく口を開いて喚いた。

「お前も、伊号も、呂号も、波号も、なぜこの私から離れようとするのだ!」

「皆があなたを見限った理由なんて、一人一人違うわ! でも、これだけははっきりしている! あなたがどうしようも なく最低な男だからよ!」

 異形の威圧感に負けじと、真波は気力を振り絞って言い返す。

「黙れ!」

 竜ヶ崎は真波の頭部を振り下ろし、何度となく岩に打ち付ける。

「最低だと!? 最高の間違いだ! 訂正しろ、真波、今すぐにだ! さあ!」

 後頭部の皮が切れ、千切れた髪の間を生温い血液が流れる。首筋から背筋に掛けて落ちていく血液の感触が、 後頭部の頭蓋骨が割られそうな痛みよりも強いのは、神経が馬鹿になったからだろうか。竜ヶ崎の手は真波の顔を すっぽりと覆っていて、頭部を締め付ける指の力は恐ろしく、呼吸すらままならない。気付けば足も軽く浮いていて、 竜ヶ崎の手首を無意識に握り締めて体を支えていた。水掻きの張った指の間から見える尻尾は不愉快げに暴れて いて、雑草や洞窟の手前に生えている木を荒々しく打ち付けている。硬く閉ざした唇の間から滑り込んでくるのは、 竜ヶ崎の皮の剥がれた手から滲んだ体液だ。それを飲み込んではいけないと真波は懸命に頬の筋肉を強張らせて いたが、竜ヶ崎から怒鳴られながら揺さぶられるうちに上唇がずり上がってしまい、緊張によって粘度が増した唾液に 混じり、竜ヶ崎の体液が喉を伝い落ちていった。真波はぎょっとして吐き出そうとしたが、腐敗液にも似た臭気の体液 は胃液に馴染んでいく。それから間もなくして、潮が引くように真波の頭の中が晴れた。

「訂正なんてしない!」

 コピーした情報が整理され、最も使えるものだけが残った。斎子紀乃のサイコキネシスだった。

「私は事実を述べたまでのこと、それが嫌だってことはあなたにもその自覚があるってことよ!」

 真波は捲し立てながらサイコキネシスを高め、竜ヶ崎の手を顔から引き剥がすと、衝撃破を放った。

「なんだと!?」

 見えない力に薙ぎ払われた竜ヶ崎は洞窟の外に転げ出ると、打撃を受けた腹部を押さえ、喘ぐ。

「私の生体組織を摂取して波号と同じ効果を得たな? でなければ、お前がこんな力を使えるはずもない」

「不可抗力だけど、使えるようになったからには有効活用させてもらうわ」

 真波は右手を突き出しながら、洞窟から外に出た。同時に洞窟の入り口を衝撃破で破壊して間口を広げ、墓石を 退け、真波の血痕と竜ヶ崎の体液の痕がこびり付いている竜の肉片を引き摺り出し、竜ヶ崎の頭上に掲げた。

「そんなに欲しいのなら、存分に味わいなさい!」

 真波は生まれて初めて操ったサイコキネシスを駆使し、竜の肉片を粉々に砕くと、竜ヶ崎目掛けて降り注がせた。 だが、これは、波号が吸収していた斎子紀乃の記憶と経験があったからこそ出来たことだった。それがなければ、 サイコキネシスを操るどころか振り回されていただろう。即席の流星雨を浴びる竜ヶ崎もサイコキネシスを利用した 防護壁で防いではいたが、集中し切れていないからだろう、何発かの破片が竜ヶ崎の周囲を掠めた。真波は素早く 目を配らせて竜ヶ崎の防護壁が弱い部分を確認すると、その部分に破片とパワーを集中させて抉り込ませ、竜ヶ崎 の防護壁の内部に破片を送り込んだ。そして、それらを自在に操って竜ヶ崎の肌を切りつける。

「生かしてなんか、やらない」

 ぐ、と真波が拳を固めると、破片が集い、石の花弁のような物体と化す。

「あなたの腹を裂いて、紗波を連れて帰る。私とあの子は親子にはなれないけど、あの子が死んでいい理由なんて どこにもない。私が出来なかったこと、したかったこと、するべきだったことを、紗波はしていいんだから!」

 石の花弁が収束して矢のように尖り、竜ヶ崎の単眼に切っ先が向いた。竜ヶ崎は石の花弁を握り潰そうとするが、 真波は触手のように伸ばしたサイコキネシスが竜ヶ崎の手足と尻尾も絡め取って、硬直させた。竜ヶ崎の防護壁も 消え失せ、緩い風が両者の間を抜ける。真波は石の花弁に向けたサイコキネシスを限界近くまで高めると、呼吸を 詰め、右手を振り下ろして石の花弁を真っ直ぐ放った。

「ぐぇああおうっ!?」

 灰色の楔が赤黒い単眼を深く貫き、竜ヶ崎は潰れた目を庇うように背を丸める。眼球の内部に詰まっていた体液 が勢い良く噴き出し、竜ヶ崎の裂けた皮膚から滲む体液と混じりながら、地面に散らばる。

「私は紗波を産んで、それきりにしてしまったけど」

 真波は右手を捻り、竜ヶ崎の単眼に突き刺さった石の花弁を半回転させる。竜ヶ崎の悲鳴が増す。

「少しぐらいは親ぶったって、バチは当たらないはずよ」

 サイコキネシスと共に広げた感覚で竜ヶ崎の頭部を探り、確かめた真波は、石の花弁を成している破片を細かく 砕いた。竜ヶ崎の頭蓋骨までもを砕いたようだが、この際、なんでもいい。竜ヶ崎の頭部は人間とは少々構造が違う ようだが、眼球、視神経、上顎、下顎、鼻、口、頸椎、脳、と入っているものに大差はない。石の花弁を上向かせて ぐるりと捻り、視神経を断ち切ると、竜ヶ崎の肩はぎくりと痙攣した。視神経の根本であり、頸椎の真上に位置する 脳に一際大きい石の花弁を突き立てると、竜ヶ崎は両手で顔を覆い、だらだらと流れる体液を受け止めた。

「……本当?」

 にちゃり、と唾と血液と体液が混じった糸を引きながら開いた口からは、竜ヶ崎ではない声が出た。

「お母さん、それ、嘘じゃないよね?」

 抉られた目を上げて涙のように体液を垂らした竜ヶ崎は、波号の声で喋っていた。

「私もね、お母さんのこと、むーちゃんや丈二君みたいに大好きだって思えないけど、でも、凄く大事な人だって思う んだ。私を産んでくれた人だもん。もっと早く、お母さんがお母さんだってことに気付けば良かった。そしたら、きっと 仲良くなれたのに」

「紗波……?」

 思い掛けないことに真波は鼓動が跳ね、張り詰めていたサイコキネシスが緩んだ。考えるに、竜ヶ崎の脳を破壊した ために波号の意識が上位に現れたのだろう。警戒心を解きたい気持ちを抑えながら、真波は頷く。

「嘘じゃないわ。だから、一緒に帰りましょう。山吹君と田村さんも、あなたの帰りを待っているわ」

「えへへ、嬉しいな」

 幼い声で笑った竜ヶ崎に、真波は胸の奥に柔らかな熱を感じた。姿形こそ竜ヶ崎だったが、口調も、態度も、波号 そのものだった。そして、今更ながら、波号に対して愛おしさが湧いてきた。肝心の波号の愛情は山吹丈二と田村 秋葉にだけ向いているようだが、それでいいのだ。真波は他人からの愛され方を知らなければ、愛し方も知らない のだから。真波は一歩踏み出すと、血を分けた娘に手を差し伸べた。

「さあ、出ていらっしゃい。紗波」

「うん」

 素直に頷いた竜ヶ崎の手が、真波に伸びる。皮が全て剥がれて爪も一つ残らず剥げ、千切れた筋肉の隙間から 神経が垂れ落ち、太い骨が露出している手が真波の手と重なった。途端に真波は引き寄せられて倒され、竜ヶ崎に 組み伏せられた。真波の上に覆い被さった竜ヶ崎は掠れた呼吸を繰り返しながら、単眼を潰した石の花弁を握り、 地鳴りのような呻きを放ちながら毟り取って投げ捨てた。真波の顔や体に体液がぼたぼたと散り、汚らしい染みが 汚れきった浴衣に不規則な模様を作る。竜ヶ崎は視神経が露出した単眼を押さえ、哄笑する。

「随分と、この私を追い詰めてくれたではないか。お前の能力は半端だが、操る才能だけは褒めてやろう」

「じゃあ、さっきのは、一体」

 真波はサイコキネシスを発しようとするが、先程の攻撃で力を使い果たしたのか、竜ヶ崎を押し戻せなかった。

「あれは確かに波号だが、私を制圧するほどの余力はなかったと見える。無理もない、免疫と生体情報を惜しみなく 放出して私を拒絶していたのだからな。だが、波号もヴィ・ジュルも消耗しきった今、奴らの自我は失せた」

「確実に脳を潰したのに、どうして!?」

「頭部に脳があると思い込むのは、人類の悪いクセだ。これだから、了見の狭い種族は困る」

 竜ヶ崎は胸と腹に掛けて走った傷口に手を這わせ、にぃっと口元を広げた。

「私の種族の脳は、お前達で言うところの心臓の位置にある。そう、ここだ」

 竜ヶ崎の手が真波のはだけた胸元をずるりとなぞり、下着を着けていない乳房を執拗に弄ぶ。慣れない能力を 酷使したために必要以上に早まった鼓動が更に早まり、心臓が痛む。竜ヶ崎の手は真波の肌を舐めるように蠢いて いたが、汗ばんだ太股に辿り着くと、真波の両足を強引に割って頭蓋骨が露出しかけた頭を突っ込んできた。

「あ、ぐぁあ、あ、ああああああっ!」

 太い牙と強靱な顎が、真波の右太股の内側を囓る。大腿骨に牙が擦れ、動脈から鮮血が噴く。

「良い鳴き声だ」

 竜ヶ崎は真波の内股の肉を噛み締めながら、ぐい、と首を引いた。

「ぎぇあおっ!」

 神経と筋繊維と皮膚と血管が食い千切られ、真波は一層仰け反った。竜ヶ崎は真波の血液がたっぷりと詰まった 筋肉をぐじゅぐじゅと咀嚼していたが、喉を鳴らして嚥下した。激痛と出血で意識が遠のきつつある真波の目の前で、 竜ヶ崎の腐乱死体に近しかった肉体が回復していく。紫色の分厚い皮膚が再生して張り詰め、筋肉が繋がって 骨を覆い隠し、石の花弁で潰した眼球すらも再生し、垂れ流していた体液も全て止まった。体液を吸ってごわついた 羽織袴を脱ぎ捨てた竜ヶ崎に、食い千切られた右太股を押さえた真波は途切れ途切れの言葉を発した。

「なんで……再生、出来るのよ」

「何、簡単な話だとも。波号が記憶の奥底に宿していた、宮本都子の自己再生能力を使っただけだ。もっとも、波号 自身は使いどころのない能力だと認識して記憶自体を隔離させていたようだがね」

 竜ヶ崎はくつくつと喉を鳴らし、満足げに笑った。

「この星で、私に勝るものなど何もないのだよ。身に染みて理解しただろう」

 竜ヶ崎は皮膚が再生した尻尾の先で、真波の脂汗の滴る顎を上げさせた。

「さて、先刻通り、余さず喰らってやろう。光栄に思うがいい、神に喰らわれた供物は神の一部と化すのだから」

 生暖かい血が混じる唾液が一筋落ち、真波の頬を汚す。朦朧とした意識の中で、真波は否定の言葉を吐いた。 それを聞き取ったのか、竜ヶ崎の手が真波の首を無造作に掴んで高く持ち上げた。皮膚感覚すらも弱まった真波が 瞼を閉じかけると、遠くから銃声が轟いた。直後、弾丸が竜ヶ崎の側頭部を貫通して地面に埋まった。側頭部に 空いた穴から多量の血液が噴出した竜ヶ崎は、回復したばかりの体で戦うのは分が悪いと判断したらしく、真波を その場に放り出して瞬間移動した。ぼやけた視界に入ってきたのは血と体液の雨に濡れた雑草と、駆け寄ってきた 人物のジャングルブーツだった。その足の主が礼科だと認識したのは、先程のダメージが抜けきっていない両腕で 礼科が真波を抱き起こしてくれた時だった。懸命に名を呼ぶ声はすぐ傍にあるのに、礼科の腕はしっかりと真波を 支えているのに、触れているはずの礼科の腕の温もりや柔らかさが薄れていった。
 そういえば、白崎凪の電話番号を書いた紙は、温泉施設のロッカーに入れっぱなしになっている。汚れ切った服を 捨てる前に取り出しておかなければ、彼と連絡が取れなくなる。海上基地の自室に置きっぱなしになっている私物や、 財布を膨張させているクレジットカードの束や、免許証や保険証などよりも、あの紙の方が遙かに大事だ。白崎に からかわれただけだとしても、他人との繋がりを失いたくなかった。波号が竜ヶ崎の顔で見せた笑顔を瞼の裏に 焼き付かせながら、真波は今後のことを考えずにはいられなかった。竜ヶ崎の好みを一切気にせずに服を買って、 化粧も変え、髪型も変え、妾の一族に生まれたことを振り切ってしまいたい。休日は街に買い物に出かけたり、思うが ままに車を運転して遠出もしたい。色々な場所へ旅行したい。友達も作りたい。恋人だって作りたい。普通の家庭を 築ける保証はないが、結婚もしたい。自分の意志で物事を選び、進む、当たり前の人生を送りたい。
 だから、当分死ぬわけにはいかない。





 


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