南海インベーダーズ




母性的報復劇



 まんじりともせずに、夜が明けた。
 ベンツの後部座席で身を丸めた真波は、疲労で意識が薄れかけるたびに醜悪な記憶が蘇ってしまい、その度に 目が冴えてしまってまともに眠れなかった。座り心地は良くても寝心地の悪い後部座席は狭く、暑苦しかったことも あり、真波は汗でべたついた手足を丸めているしかなかった。シートを倒して運転席に横になってみたりもしたが、 結局は同じことだった。寝入ることが出来たのは合計して十数分程度で、朝日が昇り始めた頃、真波は仕方なしに 身を起こした。髪はぐちゃぐちゃで顔もべとべとで、鏡を見るのすら嫌だった。空印寺に向かう前に、まずはどこかで 風呂に入らなければ。服も着替えたい。ドライブインの自動販売機で買ったスポーツドリンクで喉を潤してから、真波は ベンツを走らせて街中に下りていった。幸いなことに二十四時間営業の温泉施設があったので、幹線道路沿いにある 量販店で適当な服を見繕ってから、その温泉施設に向かった。
 温かな風呂で汗を流し、髪も洗い、汚れという汚れを落とすと、泣きたいほど気分が晴れた。濡れた髪を乾かして から、体を落ち着けるためにロビーに向かうと、早朝に風呂に入った客達が付けっぱなしのテレビを見ていた。今日も トップニュースは都心で起きている戦いのことだが、報道される話題が代わり映えしないからだろう、テレビに対して 不満を零す客もいた。報道される内容に変化がないのは仕方ない、変異体管理局が崩壊した今、政府が全ての 情報を掌握しているのだから。公安の動きを妨げないためにも当然の措置だ。真波は自分の体から立ち上る湯気 で曇ったメガネを擦ってから、掛け直すと、風呂上がりらしい若い女性が真波の背後に付いた。

「一ノ瀬真波さんですよね? 少し、お話を伺えませんか?」

 声の主から背中に硬いものが押し当てられ、真波は振り返らずに答えた。

「用件は何です? 出頭命令は甘んじて受けるつもりでいますが」

「御心配なく、こんな場所で荒事を起こす気はありませんよ」

 背中に当てられていた異物が下がったので、真波は素早く身を翻した。そこに立っていたのは、真波よりも頭一つは 身長の低い、二十代前半と思しき女性だった。全体的に小柄で童顔だが、浴衣の下から垣間見える手足は均一に 筋肉が付いていて立ち姿には隙が一切なかった。ショートカットの襟足が湿っていたので、風呂に入っていたのは 本当なのだろう。彼女は浴衣の袖の下に小型の拳銃を隠してから、真波を促した。

「では、こちらで。立ち話ってのもなんですから」

「白崎君を使って私の所在を確かめたのに、わざわざ確認しに来るなんて余程急いでいるのね」

「あら、見抜かれていましたか。まあいいです、被疑者に接触する前に確保するつもりでいましたから」

 女性は真波の背に軽く手を添えて、誘導する。真波は抵抗することも考えたが、相手は恐らく公安の人間なので、 真波が身に付けている簡単な護身術では手に負えないだろう。余計な傷を負わないためにも、この場は逆らわない 方が賢明だ。女性は真波を開店前の食堂に案内してテーブルに付かせると、向かい側に座った。

「まずは自己紹介から。公安から派遣されてきました、鈴本礼科と申します、一介の捜査員です」

 鈴本礼科は浴衣の胸元から認識票を取り出すと、テーブルに置いて差し出した。

「白崎君の言っていた後輩と同じ名前だけど、どちらも偽名かしら?」

 真波は鈴本礼科の認識票と本人を見比べると、礼科は背もたれに体重を預けて腕を組んだ。

「その辺については守秘義務で口外出来ませんが、私はあなたと白崎凪の後輩であるのは、紛れもない事実です ので。で、早速本題に入りますが、本日付で変異体管理局には破防法が適応されます」

「手が早いわね」

 予想された事態だったので真波が驚かずにいると、礼科は世間話でもするように話した。

「我々としては、もっと早く手を打つつもりでいたんですけど、あなた方とインベーダーの戦いが予想以上に長引いて しまいましてね。海上基地の陥落と同時に適応するつもりでいたんですけど、海上基地にデカブツが来ちゃったせいで こちらも結構ゴタゴタしちゃったんですよ。挙げ句に竜ヶ崎がああいうことをしたわけですから、現場は混乱しきりで してね。なのに、手っ取り早く片付けろって政府からせっつかれてしまいまして」

「私を囮にして、竜ヶ崎を見つけ出すつもり? でも、それは無理よ。あの男はもう、私に関心はないわ」

「だとしたら、どうして追い掛けるような真似をしているんです?」

「これから私が向かうところに、竜ヶ崎がいる保証はないわ」

「いえいえ、違いますよ。我々が欲しい情報は竜ヶ崎の居所じゃない、あなた方が丹誠込めて造り上げた生体兵器の 在処と制御方法ですよ。呂号は活動限界を迎えましたが、伊号はそうじゃないでしょう。ですから、あなたの身の 安全だけは確保しておかなければならないんです。死なれてしまうと、情報源が失われてしまいますからね」

「……正気?」

 真波が眉根を寄せると、礼科は小さく肩を竦めた。

「私は至って正気ですが、政府はそうじゃないようでしてね。今回のような非常識極まる事態が発生したら、それに対処 するために有効な兵器を確保しておきたいんだそうで。異星人の科学技術なんて、人類の手には余るのに」

「そこまで知っているのなら、なぜ私達を放っておかないのよ」

「知っているから、放っちゃおけないんですよ。相手がどうあれ、国家の存亡に関わるのは事実ですから。で、伊号に 関する情報をリークしてくれますか? してくれるんでしたら、我々はあなたを全力で保護しますが」

「生憎、私は伊号の居場所は知らないわ。知っていたとしても、そちらに教える義理もないもの」

「それは残念」

 礼科は口ではそう言ったが、表情は一切変化しなかった。親しげでもなければ険悪でもなかったが、どっちつかず なのが却って不気味だった。この分だと温泉施設に潜入している捜査員は礼科だけではないだろう。このままでは 公安に確保されてしまい、竜の肉片を破壊するどころではなくなる。伊号の能力を失うのは惜しいが、今はまだ確保 されるわけにはいかない。真波はメガネを外して汚れを取りつつ、礼科を見、その記憶だけを写し取った。波号とは 違って真波の能力のキャパシティは低く、幅も狭いので、写し取れる記憶は限られているが何もないよりはマシだ。 礼科の記憶によれば、事前に空印寺と竜ヶ崎全司郎の関連性を見つけ出していたらしく、既に空印寺には捜査員が 二名派遣されている。彼らは山吹丈二と同じ技術を使って生き長らえているフルサイボーグで、対人戦闘だけで なく対ミュータント戦闘の特殊訓練も受けていたようだ。礼科を振り切って空印寺に向かおうと、この場で礼科に 確保されようとも、結果はあまり変わらないようだ。だが、いくら戦闘サイボーグと言えども、彼らは常人だ。竜ヶ崎 の前では手も足も出まい。竜ヶ崎邸で起きた惨事を繰り返してはならない。

「空印寺近辺から、今すぐ実働部隊を引き上げさせて。でないと、彼らは死ぬわ」

 真波がメガネを掛け直すと、礼科は動揺したのか声を低めた。

「私の頭の中を見たんですか?」

「正確に言えば、あなたの記憶をコピーして私の頭の中で再生させたのよ。もう一度言うわ、死ぬわよ」

「無茶言わないで下さい。我々が保有する戦力でミュータントに対抗出来るのは、現時点では彼らだけなんですよ。 私も賛成したわけじゃないですけど、でも、他に方法がありますか?」

「ないわ。だから、私が行くのよ」

 真波は椅子を引いて立ち上がり、湿気の残る髪を払った。

「あなたを一人にはしませんよ。そのために私は来たんですから」

 礼科も立ち上がると、真波の腕を取った。その手は力強く、先程僅かに覗かせた動揺を完全に打ち消していた。 真波が死んでしまったら、変異体管理局を立件するために必要な証言が取れないからだろうが、礼科の気持ちは 少し嬉しかった。白崎から電話番号を書いた紙をもらった時とは少々感覚は違うが、なんとなく心地良いと感じた。 礼科は真波が手を振り払うとでも思っていたのか、ちょっと意外そうだった。このまま連行されるのも悪くないかな、 との思いが胸の内を掠めたが、それでは竜ヶ崎に一矢報いることが出来ない。真波は礼科の手を掴むと、腕から 剥がそうとした。が、真波の手がずれ、乾いた板を割るような音が聞こえた。
 反射的に瞬きし、瞼を開いた後、真波の背景は温泉施設のロビーではなくなっていた。目の前に立つ礼科もまた 同様で、今度は戸惑いを隠そうともしなかった。温泉施設の名前が入った浴衣の裾が朝の爽やかな潮風に揺れ、 湯上がりの薄く汗の浮いた肌を乾かしていく。蛍光灯が連なる天井は失せ、他の客の姿もなく、素足に触れている アスファルトがじわりと熱い。見覚えのない住宅街の先には海が望み、穏やかな波が朝日に煌めいている。

「真波」

 あの声がした。真波は本能的な恐怖で硬直してしまい、後退りつつ振り向いた。礼科は実物を目の当たりにする のは初めてらしく、強張った面差しで拳銃を構えた。グロック26の銃口が捉えたのは、炎に巻かれる自邸から姿を 消した竜ヶ崎全司郎だった。波号を収めている胸部には一筋の縦線が走り、竜ヶ崎はそれを手で押さえていたが、 四本指の間から赤黒い雫が落ちてアスファルトを汚した。真波は猛烈に喉が渇き、喘ぎながら身を固くする。

「ご、御前様……」

 あれほど狂おしく求めた男なのに、日光の下で見ると嫌悪感しか感じなかった。紫の分厚い肌は細かくひび割れ、 赤い単眼はぎらぎらとした欲望を宿し、剥き出しの鼓膜の下まで裂けた口元からはだらだらと涎が滴り落ち、乱れた 羽織袴は汚れ切って酸性の臭気を放っている。竜ヶ崎は浅く息を吸うが、ひどく咳き込んで体液を吐いた。

「ヴィ・ジュルめ、下らん知恵を付けおって」

 恨みがましく呻いた竜ヶ崎は、口中に溜まった体液を足元に吐き、口元を手の甲で拭った。

「余計なものまで瞬間移動させてしまったようだが、まあいい。処分するまでだ」

 低く穏やかだった声色は気色悪いざらつきを帯び、口を開くたびにねちゃりと体液と唾が混じる水音がする。

「真波」

 体液の筋を付けながら尻尾を引き摺り、竜ヶ崎は真波に汚れた手を差し伸べてくる。

「波号とヴィ・ジュルが、おこがましいことに私に拒絶反応を示していてね。見ての通りだ。中和剤となる生体組織が 必要なのだが、チナ・ジュンを使う気にはなれんのだ。従って、波号の生体情報に最も近しく、私の生体情報と融和 している生体組織を中和剤として使用しようと思ってね。生体電流を感知して、お前を瞬間移動させたのだよ」

 ずるり、ずるり、と竜ヶ崎は近付いてくる。

「真波。お前の肉を、喰わせてくれるね?」

 にちゃりと粘ついた異音を発し、竜ヶ崎の口が大きく開いた。赤黒い体液が絡み付く牙の間では、分厚く長い舌が うねって糸を引く。洗い流したばかりの体に残るボディーソープの匂いが腐臭に等しい悪臭に塗り潰され、胃を収縮 させてくる。堪えきれずに真波がえづくが、竜ヶ崎は歩みを止めない。少し前であれば、愛情に満ち溢れた笑顔だと 認識していた表情をトカゲの顔に貼り付け、真波が喜んで駆け寄ってくるものだと信じている。竜ヶ崎からの無遠慮な 信頼が背筋を逆立て、神経を尖らせる。汗を流したばかりの肌に隈無く冷や汗が浮き、胸の間を伝った。真波は 顎をぐっと噛み締めると、礼科の手から小型拳銃を強引に奪い取り、竜ヶ崎の脳天に照準を据えた。

「私はあなたの所有物ではない!」

 腹の底から声を張ったつもりだったが、恐怖で若干裏返っていた。

「あなたは私を愛さなかった! だから、私もあなたを愛せなかった!」

 叫びながら引き金を絞ると、小振りな銃身に反して強烈な反動が両肩を襲う。

「真波……」

 呆気に取られ、竜ヶ崎は立ち尽くす。真波はもう一発撃つが、命中せず、電柱に跳弾した。

「私の娘を返せ!」

「返すわけにはいかんよ。波号は私のものだ。私の種で、お前の腹で作らせたものなのだからね」

 竜ヶ崎が一笑すると、真波は怒りが再燃して声を荒げた。

「違う! 紗波は私の娘だ、あなたのものなんかじゃない!」

「そうか……。生体操作が薄れたのだな。そうでなければ、お前が私に反抗するわけもないのだからね。その銃を 下ろしたまえ、生体情報を調整してやろう。さすれば、またすぐに」

「思い上がらないで! 私は私の意志で、紗波が私の娘だと認識した! 生体操作なんて関係ない!」

「意志? お前如きに、そんな高尚なものがあるものかね。私が示した通りの価値観しか持たず、狭い世界の中で 私を妄信していただけの生き人形が何を言うか。生体情報にしてもそうだ。お前も、お前の母親も、私の生体情報 の乗り物でしかないのだよ。少しは立場を弁えて発言したらどうだね、真波」

 竜ヶ崎は笑みを零すが、口の端から体液も零れた。真波は浅く息を吸って更に声を張ろうとしたが、喉が痛んで、 拳銃を握る手からも力が抜け始めた。竜ヶ崎自身の口から真波という人間を全否定されたからだろう、幼い子供の ように泣きたくなってしまった。肯定されたくないのに、否定されると辛いのは我ながら理不尽だ。怒らせている肩は 頼りなく震え出し、両膝が曲がりそうになる。奥歯を砕きかねないほど噛み締めていると、真波の背に礼科の手が 触れ、礼科は真波の手を支えて拳銃の照準を定めさせた。

「あなたの方こそ立場を弁えたらどうです、竜ヶ崎さん?」

 真波とは反対に、礼科は平静を取り戻していた。冷たく澄んだ眼差しは戦闘に赴く兵士のそれであり、真波の手を 支えている手も体格に反比例した武骨さがあった。竜ヶ崎は反論する代わりに尻尾を持ち上げると、礼科の頭部を 突き刺すべく狙いを定めたが、住宅街に似付かわしくいない走行音が鳴り響いた。アスファルトを踏み締める足音は 荒っぽく、迷いのない足音が竜ヶ崎の前後に駆け込んだ。真波が顔を上げると、重武装したサイボーグが前後に 一人ずつ立ちはだかっていた。彼らは特殊な形状の機関銃を素早く上げ、竜ヶ崎に照準を合わせた。

「いつでも行けるぞ、礼科君!」

 竜ヶ崎の背後で銃口を構えるサイボーグが指示を請うと、真波と礼科の背後で構えるサイボーグも叫んだ。

「てか、俺らってばガチ待ちくたびれたし? そろそろ始めさせてくれねーと、錆びちまいそうなんだよ!」

「んじゃ、後はよろしく」

 礼科は素早く真波の胴体を抱えると、小柄な体格に見合わない腕力で射線から脱させた。思わぬことに戸惑った 真波は泣き出したい気持ちも引っ込んでしまい、路肩の植え込みに倒れ込んだ。礼科は真波を守りつつ、浴衣の 裾をはだけてもう一丁の拳銃を取り出してチェンバーをスライドさせ、竜ヶ崎に真っ直ぐ据えた。真波は浴衣の襟元を 合わせながら身を起こすと、竜ヶ崎は真波に追い縋ろうと足を踏み出した瞬間だった。息を飲んだ真波に、礼科は 目を覆うように言ってきた。直後、二人のサイボーグは揃って引き金を絞り、重機関銃から高圧電流弾を発射した。 雷撃を浴びたかのように竜ヶ崎は青白い光に包まれ、数秒間、周囲の空気が帯電した。そっと目を開いた真波が 様子を窺うと、礼科は竜ヶ崎から目を離さずに説明した。

「あの二人を見りゃ解るとは思いますけど、あなた方の元で働いていた技術者が、発達しすぎた科学技術を我々に 分け与えてくれたんですよ。情報の流出は制限していたようですが、人員の流出は制限していませんでしたからね。 そのおかげで、訓練中に致命傷を負った捜査員を二人ほどサイボーグ化し、ついでに電磁手錠の技術を応用した 電磁ライフルなんか開発してみたんですよ。どっちも試用段階なので使い物になるかどうかは未定ですけどね」

「ひっでぇな礼ちゃん! 俺らってばマジ強いし、てか使い物にならなきゃ実戦配備されなくね?」

 若者言葉丸出しで喋ったサイボーグに、礼科は面倒臭そうに返した。

「今はまだ戦闘状況中なんだから無駄口叩くな、ミナト」

「全くだ! これまでは生体兵器の影で二番手に甘んじてきた自分達サイボーグの有能さを見せつけるに当たり、 打って付けの機会であることは否めないが、礼科君の前では自分が最も活躍すべきであって!」

 場違いな演説を始めたもう一人のサイボーグを、礼科は鬱陶しげにあしらった。

「あんたもだよ、ホクト。黙って仕事しろ」

「すまん、礼科君。だが、礼科君に自分の勇姿を見てもらえるかと思うと、どうにも落ち着かんのだ」

 ホクトは電磁ライフルを肩に担ぎ、過電流を浴びたために体液が過熱した竜ヶ崎に近付いた。その足元にじわりと 広がった体液の池からは薄く湯気が昇り、胸部の傷口は開いていた。内臓と肋骨の間からは、髪の毛らしき異物 がはみ出している。波号だ。徐々に目を見開いた真波が立ち上がりかけると、礼科は真波の肩を押さえて座らせて、 電磁手錠を取り出した南人に指示を出した。

「この場で処分しておきたいところだけど、生け捕りが基本だからね。スタンしている間に連行するよ」

「了解!」

 ミナトは威勢良く返事すると、竜ヶ崎の腕を持ち上げて電磁手錠を掛けた。もう一方の腕にも手錠を掛けようとした ミナトの腕を、竜ヶ崎は不意に掴んできた。途端に、竜ヶ崎の手が触れた部分からミナトの外装が溶け出し、金属と ケーブルと人工体液が入り混じった奇妙な液体がアスファルトに流れ落ちた。

「うげぇっ!?」

 ミナトは飛び退こうとするが、竜ヶ崎は喉元に迫り上がった胃液を垂らしながら口元を歪めた。

「多少の電撃と電磁手錠など、この私に効くわけがなかろうが。これだから人間は愚かなのだよ」

「化け物めが!」

 ホクトは電磁ライフルではなく通常の自動小銃を構え、掃射するが、竜ヶ崎はその弾丸を空中で止めた。

「神と言いたまえ」

 竜ヶ崎の瞼がかすかにひくつくと、ホクトの放った弾丸は全て反転し、撃った主に向けて直進した。ホクトは逃げる 間もなく数十発の9ミリパラベラムの雨を浴び、外装と戦闘服に多数の焼け焦げと穴が出来上がった。ホクトが足元を 崩しかけると、竜ヶ崎の視線が礼科に向けられた。途端に矢のように放たれたサイコキネシスが礼科の下腹部を 抉り、礼科は容易く薙ぎ払われた。背中から民家の屏に激突した礼科は激痛を堪えながら立ち上がったが、今度は 竜ヶ崎が放った一筋の電撃が礼科を襲い、彼女が握り締めていた拳銃を弾き飛ばした。ガニガニの能力までも をコピーしていたのだ。真波が硬直していると、溜まりかねたホクトが猛然と突っ込んできた。

「世迷い言を!」

 ホクトは戦闘服から分厚いナイフを引き抜いて竜ヶ崎に斬り掛かるが、竜ヶ崎は尻尾を振り、容易くそのナイフを 受け止めた。そして、ホクトの腕に尻尾を絡み付かせると、ミナトの時と同じように腕を溶解させた。動転したホクトが 後退ると、竜ヶ崎はホクトの腕の溶解液に濡れた尻尾を悠長に揺らした。

「や……やめて」

 真波が首を横に振ると、竜ヶ崎は瞬きした。

「なぜだね? この者達は、我らとの関わりはないではないか。殺したところで支障は出んよ」

「だったら尚更、殺すべきじゃないわ!」

 真波が気力を振り絞って声を上げると、竜ヶ崎はゆったりと瞼を下げ、開いた。

「お前も変わってしまったね、真波。残念でならんよ」

「お願い、もう誰も殺さないで」

「ふむ、良かろう。だが、無条件というわけにはいかんな。お前の血と肉片を、一滴残らず渡してくれるね?」

 竜ヶ崎は笑みを浮かべ、真波を正視してきた。無意識に浅く速い呼吸を繰り返す真波は、腕を溶かされてしまった 二人のサイボーグと、気を失っている公安の捜査員を見渡した。彼らとの関わりなんて、竜ヶ崎に比べればほんの 一瞬に過ぎない。だが、それが何だというのだ。竜ヶ崎は三十年以上も真波を道具として扱ってきたが、彼らは真波を 人間として扱い、接してきてくれた。それだけでも、命を張って助ける価値は充分にある。真波はかすかに震える手を 下ろして礼科の傍に拳銃を置くと、昇り始めた日差しで熱したアスファルトを踏み締め、進んだ。
 今こそ、戦う時だ。





 


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