油まみれになるのは、久し振りだった。 虎鉄は両手に隈無く付着した黒い機械油を布で拭いながら、ヘルメットの下で思わず笑みを零していた。愛車で あるアメリカンバイクをいじり回している時に似た楽しさは否めず、非常事態だということを忘れかけてしまった。そう でなければ、徹底的にばらして眺めていただろうに。粗方の汚れを拭き取ってから、虎鉄は格納庫に収まっている 人型軍用機を仰ぎ見た。先日の戦闘で山吹機は大破したため、格納庫に放置されていた機体を微調整して山吹に 合うようにし、廃熱不良も出来る限り直し、満足とは言い難いだろうが動けるようには仕上げた。関節のクッションや ケーブルも設計図と首っ引きになって交換したので、多少の無理は利くだろう。 「いやー、ホントご苦労様っすー」 格納庫に戻ってきた山吹は、頸部の外装を開いて何本ものケーブルを垂らしていた。 「どうせ、奴が動くまでは暇だからな。で、なんだそのだらしないのは」 虎鉄が山吹の首から伸びるケーブルを指すと、山吹は戦闘服の襟元を緩めてケーブルを抜いた。 「ああ、これっすか。せっかくだからってことで、その人型軍用機のシステムを出来る限りいじくってみたんす」 「お前にそんな芸当が出来たのか、山吹?」 虎鉄が半笑いになると、山吹は戦闘服の胸ポケットから赤い勾玉を取り出した。 「そりゃ、このプレゼントのおかげっすよ。もっとも、イッチーには遠く及ばないっすけどね」 「俺達と同じ血が一滴も混じっていない輩に、そいつの効果があるのか?」 「俺も最初はんなわきゃねーって思ったんすけど、意外や意外」 山吹は迷彩柄のズボンのポケットから缶コーヒーを二つ出し、虎鉄に一つ渡した。 「俺は全然知らなかったんすけど、俺の脳と機械部分を癒着させるために珪素回路みたいなのがほんのちょびっと 使われているんだそうっす。つっても、こんなんっすよ、こんなん」 山吹は親指と人差し指を曲げ、その間に数ミリ程度の隙間を作ってみせた。 「んで、そいつと珪素回路が同調したおかげで、俺の補助AIの機能が馬鹿みたいに向上したんすよ。おかげでこの 機体のシステムとそのプログラムをいじくれたっすけど、本番じゃ基盤の方に組み込んで使うっすよ。でないと、俺の プリンの如く繊細な脳が煮えちゃいそうなんすよね。珪素回路と同調してコンピューターに介入したのはほんの数分 程度だったんすけど、それだけでめっちゃヤバいんす。イッチーって、やっぱり凄いんすね」 「そりゃそうだろう、俺の妹だからな」 「忌部さんみたいなことを言うようになったんすね、虎鉄も」 山吹はプルタブを開け、マスクを開いて金属製のストローをその中に差し込んだ。 「で、物のついでに聞いてもいいっすか?」 「何をだ」 「家族って、どうやれば家族になれるんすかね」 いつになく神妙な口調になり、山吹は缶コーヒーを啜った。虎鉄はヘルメットを押し上げて口だけ出し、缶コーヒー の甘ったるい苦みを飲み下しながら考えてみた。求めて止まない家族は、守ろうとすればするほどに壊れて指の間 から滑り落ちていった。子供の頃は子供なりに母親を支えようとしたが、父親が先に折れたので支えきれなかった。 少年から青年に差し掛かった頃は、同じ身の上の溶子を守るだけで精一杯で、自分の家族を顧みられなかった。 だから、実の弟からは嫌われてしまった。腹違いの妹達のことも、気に留めていたがそこまで力が及ばなかった。 大人になって子供を設けても、双子の娘の片方は奪われた。それを取り返そうとするがあまりに躍起になり、一時は 双子の片割れからは一瞬ではあるが殺意を向けられてしまった。傷と孤独を埋め合ったおかげで絆も愛も深い 妻は虎鉄に付き合ってくれるが、明日こそ愛想を尽かされるのではないか、と、内心では臆していた。虎鉄の自己 満足だけの家族なのではないか、とも。だから、山吹に答えは返せなかった。 「俺は、はーちゃんのことは絶対に幸せにするっすよ。もちろん、むーちゃんも」 山吹は缶コーヒーを飲み終えると、ぐしゃりと空き缶を握り潰した。 「俺も、そのつもりだったんだがな」 虎鉄も空き缶を握り潰し、小さな金属塊に変えた。 「俺は竜ヶ崎のクソ野郎を本気で殺したい。奴を殺せれば、何がどうなろうと関係ないとすら思っていたんだ。だが、 奴を殺した後はどうするべきなのか、一度も考えてみたことがなかったな」 「あ、えと、それは、その」 人型軍用機の足元に座り込み、分厚いマニュアルに鼻先を突っ込んでいる甚平が顔を上げた。 「僕としては、その、家に帰ればいいんじゃないかなぁって思います」 「道理っすね、道理。でも、そんなん読んで、どうするつもりっすか?」 山吹は甚平に歩み寄ると、甚平は腰を上げた。 「ああ、えと、その、僕もやれるだけのことはやるっていうかで、はい」 「だから、人型軍用機に乗るのか? 止めておけ、甚平君はそういう柄じゃない。傷の一つでも負ってみろ、露乃が この世の終わりみたいな顔をするぞ」 虎鉄も甚平に近付き、首を横に振る。甚平はマニュアルに栞代わりの紙切れを挟んでから、機体を仰ぎ見た。 「でも、えと、その、僕が珪素回路で発達した能力を考えると、それ以外にないっていうか」 「嗅覚だったか?」 虎鉄が甚平の作業着の胸ポケットを指すと、甚平はその中に入っている赤い勾玉を押さえた。 「あ、う、はい。あと、ちょっと腕力が上がったぐらいっていうか。まあ、その、元々大したことがなかったから、そんなもの かなぁって思ったんですけど、使い方によっては効率良く立ち回れるんじゃないか、っていうか。だから、その、足が 必要だなぁって。で、だから、手っ取り早いのは人型軍用機じゃないかって。僕が上手いこと立ち回れば、紗波 ちゃんを助けられるかも、っていうか。ゾゾの話に寄れば、次元乖離空間跳躍航行技術を使用するには、情報処理 能力を上げるために体積と質量が伴った肉体と電圧が必要っていうか。だから、十中八九、竜ヶ崎全司郎は巨大 化して来るはずっていうか。えと、で、竜ヶ崎全司郎がどれほど巨大化しても、紗波ちゃん自身の体積と生体反応は 変わらないだろうし。だから、それを見つけ出して攻撃して紗波ちゃんを摘出すれば、竜ヶ崎全司郎の能力は格段に 下がる。そうすれば、勝機はある。僕は、その、役に立たないから、最後ぐらいはって思って」 「なんか、俺の御株が奪われまくりなんすけど」 山吹がしょげると、虎鉄はその肩を乱暴に叩いた。 「まあ頑張れ」 「え、あ、あれ、僕、その、なんか空気読まないことを言いました?」 甚平がびくつくと、虎鉄は苦笑した。 「その回転の良い頭で、よーく考えてみろ」 「いいっすよいいっすよ、所詮俺は凡人っすから。この手の能力者ものじゃ噛ませイヌっす、でなきゃ当て馬っす」 山吹が自嘲すると、甚平は慌てた。 「あ、いや、その、えと、うう、僕、そんなつもりじゃなくて、えと、あの」 「いいんすよ、気を遣ってもらわなくても。三下は三下らしく、初っ端に飛び出して撃墜されりゃいいんす」 どんよりと肩を落とした山吹に、甚平は急いで作戦を練り直した。 「あ、じゃあ、うんと、僕は案内役! そう、それなら山吹さんが活躍出来る! ていうか、その、人型軍用機が上手く 動かなきゃ移動もままならないし、近付けても竜ヶ崎全司郎に損傷を与えられなきゃ、紗波ちゃんを摘出出来ない っていうか! だから、えと、僕が後方支援! だから、えと、それなら!」 「えー、いいんすか? せっかくの見せ場っすよー? すんげぇ数のカット割りでバリバリの神作画でヌルヌル動けて 原画絵師の人数が四列ぐらいあってキャラデザの人が作画監督をするような回で活躍するチャンスっすよ?」 「え、あ、何を言っているんだか、さっぱり……」 「いいんすね、本当にいいんすね? 俺がテッカテカでギンラギラな脳内神作画の中で動いてもいいんすね?」 山吹は妙な語句を並べながら甚平に詰め寄ると、甚平は気圧されて頷いた。 「あ、う、はい。だから、さっきから僕はそう言って」 「んじゃ、了解っす! そうと決まれば、訓練訓練!」 ひゃっふー、と奇声を上げながら駆け出した山吹はタラップを勢い良く昇り、整備が終わったばかりの人型軍用機 のコクピットに乗り込んだ。効果音が付きそうなほど盛大に敬礼した後、新・山吹機は格納庫を飛び出していった。 外装はこれまでと同じアーミーグリーンだが、両手足にはアフリカの戦闘部族のような豪快なペイントが白のペンキ で施され、山吹機には欠かせないノーズアートも、背中に大きく印されていた。山吹自身が夜明け近くまで奮闘して 描いた、アニメ調にデフォルメされた秋葉と波号だった。二人は白いドレスを着て抱き合い、微笑んでいる。未来の 妻子を背負っているからだろう、訓練とは言いながらもやたらと力の入った動作で人型軍用機は暴れている。その 気概を肌で感じ取りながら、虎鉄は、独り言を呟きながら練り直した作戦を煮詰めている甚平に向いた。 「俺は死なない。だから、甚平君も死ぬな」 「う、あ、はい」 甚平は思考を中断して頷くと、虎鉄は油に汚れた手を作業ズボンで拭ってから、甚平に差し出した。 「だから、今後も露乃のことをよろしく頼む」 「あ、はい、い゛っ!?」 虎鉄の手を取った途端、甚平の手は凄まじい腕力で握られた。 「くれぐれも泣かせるなよ、悲しませるなよ、寂しがらせるなよ! いいか、俺の大事な娘なんだからな! 死ぬ思いで 竜ヶ崎のクソ野郎から奪い返したら、可愛がる暇もなく奪い取っていきやがって! 大事にしなかったら、竜ヶ崎の クソ野郎のドタマをかち割る前にお前をどうにかしてやるからな! 解ったか!」 「え、ああ、はい、言われるまでもなく」 甚平が息も絶え絶えに答えると、虎鉄は甚平の手を解放した。 「解りゃいいんだ、解りゃ」 骨が折れかねないほど握り締めたからだろう、甚平はヒレから変形した手をしきりにさすっている。筋繊維が全て 鋼鉄製の虎鉄の腕力は、それ相応に強烈だ。甚平も獣人故の怪力の持ち主なので、大丈夫だろうとは思うが、 少々やりすぎてしまった。甚平は平べったい指を開閉し、手も開閉し、手首も曲げて、入念に動きを確かめている。 だが、それも呂号が心配でならないからだ。甚平は世間の男ほど血の気は多くないが、どちらも若すぎる。人のこと は言えた義理ではないが、このややこしい状況で間違いが起きては困るからだ。 格納庫に面したデッキでは、山吹機が暴れ回っている。甚平は手の痛みを気にしながらも、再び作戦の練り直しに 没頭し始めた。ヘルメットのバイザーを少しだけ上げた虎鉄は、弟の行く末を案じながら宇宙怪獣戦艦の巨体を 見上げた。海上を吹き抜けてきた蒸し暑い潮風を浴び、鋼鉄の肌が胸中に等しい温度に熱した。 明日が待ち遠しい。 騒音がするたびに、ティーカップとソーサーが鬩ぎ合った。 紀乃はちょっと眉を顰め、窓の外を見やった。騒音と振動の原因である人型軍用機は、見えない敵を相手にして 大立ち回りをしている。それ自体は一向に構わないのだが、もう少し離れた場所でやってほしかったものだ。山吹機を サイコキネシスで叩き伏せるのは簡単だが、そのせいで戦いに支障が出たら困るので、文句を飲み込んだ。 紀乃は秋葉の私物である茶葉で淹れたアールグレイの香りを吸い込み、気持ちを緩めた。ティーカップとソーサーは 食堂の備品なので飾り気はないが、それでもあるだけマシというものだ。忌部島でやけに苦いドクダミ茶ばかりを 飲んでいた頃が、ふと懐かしくなる。普段、皆で食事を摂っているテーブルには女性陣が勢揃いしていた。皆で雑談 しようと持ち掛けたのは紀乃で、芙蓉と秋葉は快諾してくれたが伊号と呂号は渋っていた。なので、呂号は格納庫に 行く途中だった甚平に連れ出してもらい、伊号は翠から連れ出してもらった。半ば強引に雑談に駆り出されたので、 伊号も呂号も面白くないのか口数は少なかったが、席に着いてくれているだけでも充分だ。 「んで、なんだっけ?」 紀乃は食堂に集まった面々を見渡すと、ストレートティーを傾けながら呂号がぼやいた。 「何でもいいだろう。どうせ愚にも付かない会話なんだ」 「それが楽しいんじゃないの、露乃」 芙蓉はにこにこしながら、頬杖を付いている。秋葉は、少しだけミルクを落とした紅茶を混ぜる。 「ガールズトークとは得てしてそういうもの」 「てか、ガールズトークってさ、あたしらみたいなんがするものじゃなくね? そもそも、話題がなくね?」 慣れない三つ編みが気恥ずかしい伊号は、語気が少々弱かった。 「ですけれど、皆さんでお話しするのは楽しゅうございましてよ」 伊号の隣の席に座っている翠は、湯飲みを持つような手付きでティーカップを持っていた。 「そうそう、そうなの。翠さんの言う通り!」 紀乃はサイコキネシスを操り、テーブルに広げてあるスナック菓子を浮かばせて口に入れた。 「で、誰がどこまで話したんだっけ?」 「えーっとねぇ。山吹ちゃんと田村ちゃんの馴れ初めでしょ、私とてっちゃんの馴れ初めでしょ、翠ちゃんと次郎君の 兄妹だけどラブラブなお話でしょ。となれば、次はぁ」 芙蓉はにんまりしながら呂号に向くと、呂号はその目線に気付いて身を引いた。 「……なんで僕なんだ」 「ねえねえ、露乃は甚にいのどこが好きなの? 二人でデートした時、どっちから告ったの?」 わくわくしながら身を乗り出してきた紀乃に、呂号は椅子をずらして後退る。 「どっどうでもいいだろうが! 他人に言うような話じゃない! 増して身内なら尚更だ!」 「え? 何? ロッキー、彼氏いんの? てか、あたし、そんなんマジ知らねーんだけど」 伊号が目を据わらせると、呂号は口籠もった。 「か……彼氏というか従兄弟というかで……。確かに甚平は僕の中では別格だが彼氏と言うには語弊が……」 「ロッキーと甚平君の関係は、恋人同士以外の何者でもないと判断する」 秋葉はクッキーを取り、頬張った。芙蓉は個包装のチョコレートを開け、口に放り込む。 「照れることなんてないのよねー。露乃が成長した証拠なんだから。で、どこまで行ったの?」 「ど……どこってそれは地名か?」 呂号が頬を薄く染めると、翠が説明してきた。 「それはですね、露乃さん。御相手の殿方にどこまで体を許したか、ということでしてよ。ちなみに私と御兄様は」 「生々しいの却下な! つかマジ聞きたくねー、血の繋がりが皆無な兄妹でもなんかすっげー嫌!」 戸惑った伊号が翠を遮ると、翠は残念がった。 「あら、そうですの? 御兄様の力強さや男らしさを、皆さんにお教え出来る良い機会だと思いますのに」 「あの透明全裸野郎の男らしさなんて、マジどうでもいいし。つか、ロッキーも話さなくていいし。聞きたくねー」 伊号は余程嫌なのか、ハエでも追い払うようにロボットアームを振った。 「意外。ロッキーよりもイッチーの方がウブだとは」 秋葉が目を丸めると、伊号は言い返した。 「ウブとかそういうんじゃねーし、生理的に嫌なんだっつってんだろ。てか、世の中の女ってそんなのが楽しいん? 他人の色恋沙汰でぎゃあぎゃあ騒いで、何したのどうしたのっつーことだけで会話が成り立つん?」 「大体はね」 紀乃が肯定すると、伊号は舌を出した。 「うっげ。そんなんだったら、マジ世間とか出なくてもいいし。つか、そんなんで会話が成り立つ方がおかしくね?」 「まあ、そればっかりってわけじゃないから、悲観することもないのよね」 はいどうぞ、と、芙蓉は身を乗り出して伊号の口元までチョコレートを運ぶと、伊号はそれを食べた。 「つか、訳解んねーし。明日は一番派手な戦いになるんだから、ちったぁ準備しとけっての。時間の無駄だし」 「長い人生、無駄が必要」 秋葉はミルクティーを傾け、伊号に向いた。 「これまで、私達はイッチーやロッキーに緩みを与えてこなかった。それは甲型生体兵器を運用するに当たって必要な 措置ではあったが、年頃の女の子に相応しい態度ではなかった。イッチーとロッキーが私や丈二君に対して心を 開いてくれるとは思いがたいが、何もせずにいるよりはいいのではないかと判断した結果」 「んじゃ、ロッキーはどうなんだよ。こんなん、マジどうでもよくね?」 伊号が呂号に尋ねると、呂号は火照った頬を押さえた。 「無益極まる時間だ。だが……悪くはない。僕の能力ではなく僕自身に興味を抱いてくれている証拠だからだ」 「うっわ。ロッキーも、らっしくねーこと言うようになっちまいやがって」 「そうだな。僕もそう思う。だけど僕はもう兵器じゃない。人間なんだ。甚平がそう言ってくれたんだ」 呂号が頬を緩めると、伊号は彼女の言葉と表情に面食らった。 「うお、ロッキーが笑いやがった。しかも、マジハズいセリフ付きで」 「あぁもう可愛いなぁっ、私の妹は!」 紀乃はサイコキネシスでテーブルを乗り越えると、妹に抱き付いた。呂号は驚き、固まる。 「あ……うっ」 「いづるさんだって可愛らしゅうございましてよ」 翠が伊号に微笑みかけると、伊号は苦笑した。 「そりゃどうも」 「で、甚にいとどこまで行ったの? お姉ちゃんに教えてよぉ」 紀乃が呂号を抱き締めながら問い掛けると、呂号はますます赤面した。 「えぇっと……」 キスした、二回も、と、呂号が絞り出すように呟いた途端、紀乃は甲高い歓声を張り上げた。こんにゃろうやっぱり 可愛いなぁ露乃はぁー、と、紀乃は小動物を愛玩するように呂号を撫で回したが、呂号は恥ずかしさが極まっている せいで抵抗出来なかった。芙蓉はといえば、てっちゃんに何て報告しようかしらね、と、聞き出しておきながら困った 顔をして、秋葉はなぜか真顔で拍手していて、翠は他人事ながら照れていた。彼女達の反応が理解しきれなかった 伊号はロボットアームを伸ばし、スナック菓子を頬張ったが、本心は呂号が羨ましいやら妬ましいやらだった。他人の 色恋沙汰には心底興味はないが、あの呂号がここまで崩れるのだから余程良いものなのだろう。いずれ自分も そうなるのだろうか。伊号は自分が恋人と戯れる光景を想像してみたが、そんなことを考えた自分が馬鹿馬鹿しくて 笑えてきてしまった。決戦前の張り詰めた雰囲気とは程遠いが、これはこれでいいかもしれない。 呂号の手首にはブレスレットに付いた赤い勾玉が揺れ、芙蓉の耳元ではピアスにされた赤い勾玉が光り、翠の帯 には赤い勾玉の根付けが下がり、伊号の三つ編みには赤い勾玉が通された髪結い紐が結ばれ、秋葉の携帯電話 には赤い勾玉がストラップに付けられている。紀乃は早朝に自宅に飛んで帰って持ち出してきたセーラー服の胸元 を押さえ、紐に通してペンダントにした赤い勾玉に意識を向けた。 ワン・ダ・バの思念が、かすかに伝わってきた。 11 2/3 |