南海インベーダーズ




侵略的大害獣対南海御三家



 凄まじい罵声が、ビルの谷間から迸った。
 黒いライダースジャケットを纏った大柄な影が、砲弾の如く、竜ヶ崎に迫った。傷だらけのヘルメットの奥で凶悪な 戦意を宿した目が剥かれ、呂号の攻撃で破れたガラスの破片が再び震える。獣を凌ぐ咆哮を撒き散らした影は、 鋼鉄の拳を振りかぶった。驚異的な加速力でビルとビルの谷間を飛行してきた虎鉄は、その勢いのまま、竜ヶ崎に 殴りかかった。飛行能力は持ち合わせていなかったはずだが、と、竜ヶ崎は頭の片隅で訝った。

「こぉのおうっ!」

 虎鉄は拳を振り下ろすが、竜ヶ崎はそれを難なく受け止める。

「よぉくもぉっ!」

 受け止められた拳を捻った虎鉄は、もう一方の腕で竜ヶ崎を薙ぎ払おうとする。

「俺の嫁と娘をぉおおおおっ!」

 だが、それもまた尻尾に阻まれ、虎鉄はヘルメットの下で折れた歯を鋼鉄の唇に食い込ませる。

「そうか……お前は電磁力を得たのだな? だから、都市部では飛べるのだね」

 竜ヶ崎は、虎鉄の真下の地面で浮かび上がり始めている車両に気付き、察した。虎鉄の勾玉はライダースパンツの ベルト穴にチェーンで引っ掛けられ、そのチェーンすらも浮き上がって鋼鉄の腹筋に貼り付いている。

「返せよ、溶子と露乃をっ!」

 虎鉄は竜ヶ崎の尻尾を握り潰そうとするが、竜ヶ崎は尻尾を液状化させて免れる。

「返したところで、どちらも最早人の姿を成しておらん。意味がない」

 冷徹に事実を述べた竜ヶ崎に、激昂した虎鉄は猛烈に殴りかかってくる。それもそうだろう。これまで、虎鉄を戦いへと 駆り立ててきたのは他でもない家族愛だ。愛する者を背負っているから、虎鉄は心底憎んでいる竜ヶ崎の配下に 付いて手足となって働き、甲型生体兵器にされていた次女を逃がし、忌部島に隔離された長女を生かそうとせん がために戦い続けていた。だが、その信念の根幹を失ったのだから、憎悪に駆られるのは必然だ。その即物的な 激情が少しだけ面白く、竜ヶ崎はでたらめな虎鉄の攻撃をあしらいながら、口角を緩めた。

「何が可笑しいっ!」

 竜ヶ崎に受け止められた拳をねじ込もうと筋力を最大限に発揮しながら、虎鉄は叫ぶ。

「決まっている、君の痴態がだよ」

 そう言い終えるや否や、竜ヶ崎は虎鉄の腹に膝を入れた。ぐ、と一声呻いた虎鉄は、浮力を維持出来ずに上半身を 逸らしながら吹っ飛ばされた。手近なビルに突っ込んで壁を砕きながら転がり込むが、まるで間を置かずに虎鉄は 起き上がって飛び出した。だが、今度は丸腰ではなく、電磁力で浮かばせた事務机を伴っていた。

「俺を笑うなら、いくらでも笑えよ! お前をやり込めるどころか逆に利用された挙げ句がこの様だぁああっ!」

 一つ、二つ、三つ、と事務机を電磁力で発射しながら、虎鉄は積年の思いを吐き出す。

「父さんの力になれなかった! 母さんをとうとう家に帰らせてやれなかった! 次郎に普通の人生を送らせてやれ なかった! 溶子を守れなかった! 紀乃を救えなかった! 露乃にギターを教えてやれなかった! だから、お前 だけはこの手で倒すと誓ったんだぁあああああっ!」

 ビルのフロア内にあった金属物を全て発射した虎鉄は、床に指をめり込ませ、鉄骨を引き摺り出す。

「悔いてばかりだな、お前という男は」

 虎鉄が投げ飛ばしてきた物体を周囲にゆったりと浮かばせながら、竜ヶ崎は悠長に腕を組む。

「そんなの、生きてりゃ当たり前だろうが!」

 めぎめぎとコンクリートを割りながら鉄骨を引き抜いた虎鉄は、それに磁力を帯びさせ、浮かばせる。

「私には悔いることなどない。ハツに出会ってからの日々は、常に素晴らしく、清冽で、完璧だった」

 竜ヶ崎は眼下の道路に放置されている車両もいくつか浮かばせ、周囲の物体と同じ高さまで上昇させる。

「ハツを愛するが故に」

「愛は愛でも、自己愛だろっ!」

 腕の振りと同時に電磁力を迸らせた虎鉄は、鉄骨を真っ直ぐ竜ヶ崎に飛ばした。その瞬間、指先から零れた生体 電流が神経を刺激し、ただでさえ高ぶった精神を逆撫でしてくる。砲弾を受けたかのような大穴が開いたビルから 竜ヶ崎を見据えるが、風を切りながら迫る鉄骨にも動じなかった。それどころか、車両を盾にして鉄骨を貫かせた。 車種も大きさもばらばらだったが、串刺しにされた車両は腹部から揃ってガソリンを漏らし、鉄骨に沿って虎鉄の元 へと滴り落ちてくる。まずい、と悟った虎鉄がビルの中から飛び降りた瞬間、ガソリンまみれの車が刺さった鉄骨が ビルに突っ込んできた。途端に静電気を帯びて爆発し、ビルのフロアに炎が駆け抜けて黒煙が噴き上がった。
 鉄骨を引き抜いて投げ飛ばした際に生体電流を酷使しすぎたのか、虎鉄は先程までの電磁力の浮力が戻らず、 コンクリート片が散らばる道路に落下していった。着地するのは簡単だが、地上に降りては不利だ。しかし、形勢を 建て直そうにも難しい。一瞬の間に虎鉄が考えを巡らせると、アスファルトと虎鉄の合間に青黒い巨体が滑り込み、 甲羅の上に虎鉄は着地した。ぶべべべべべ、と重たい羽音を放ちながら虎鉄を背負って上昇したのは、都心には 今一つしっくり来ない南国の巨大生物、ガニガニだった。

「ガニ公!」

 虎鉄が驚くと、ガニガニは手近なビルの屋上に着地し、思念を通じて語り掛けてきた。

『どうしてそんな無茶するの、忌部さん……じゃなくて、ワンの作戦は』

「そんなことを言っている場合か! 溶子も露乃もクソ野郎に取り込まれたんだぞ!」

 虎鉄はガニガニの甲羅から飛び降りると、給水塔に触れ、電磁力を与えて浮かばせる。

「ガニ公、とっとと俺に電力を寄越せ! でないと、その殻をかち割って取り出すぞ!」

『怖いこと言わないでよぉ』

 ガニガニはちょっと臆したが、ヒゲを曲げ、虎鉄の背に触れさせて電流を注いだ。

「なあ、ガニ公。俺達はこのまま、次郎とゾゾの作戦とやらに付き合い続ける義理はあるのか?」

 虎鉄はガニガニから受けた電流を生体電流に変換して電磁力を生み出しながら、次第に高めていく。

『でも、作戦は作戦だし』 

 ガニガニは虎鉄の肌から零れる怒気の漲る電磁力を感じ、後退った。

「あいつらの立てた作戦はガタガタだ。連中の言った通りに動いたら、紀乃は逃げ延びたが翠は串刺しにされた、 溶子も露乃も奴に血肉にさせられた。そんな状態なのに、従い続けるのは無意味だ。俺はもうどっちにも従わん、 俺が信じるままに戦う。ガニ公、お前だってそう思うだろう」

 虎鉄が拳を固めると、電磁力の歪みを受けた給水塔が潰れ、水道水が派手に噴出した。

『でも……』

 ガニガニは鋏脚を曲げ、渋る。虎鉄の言うことも尤もだが、ゾゾと忌部は策があるからこそ、皆に作戦を下したに 違いないのだ。一人一人の戦果が芳しくないのは事実であり、このまま真っ向からぶつかり続けていけば、いずれ 全滅してしまいかねない。ガニガニも芙蓉と露乃を失ったのは辛く、痛手だとは思うが、そんな時だから余計に慎重に なるべきではないのか。ガムテープで外骨格に貼り付けている勾玉がちくりとし、小さな痛みが脳を刺した。
 ガニガニの心情も解らないでもなかったが、虎鉄はぐっと両足を曲げ、屋上を踏み切った。ワイヤーと化した筋肉 から生じた怪力が呆気なくコンクリートに穴を開け、粉塵を散らす。と、同時に生体電流を外側に放出して電磁力を 纏い、最大限に広げた。珪素回路を得たことで拡張した能力の使い方は未だに手探りだが、使い抜かなければ。 肉体的な活動限界を迎えて倒れたとしても、家族を救えるのなら本望だ。これまで散々ビルの間を飛び回っていた おかげだろう、虎鉄の電磁力を帯びたビルは内部の鉄骨や配線があっさりと服従してくれた。虎鉄が意志を注ぐと 頑丈な基礎にまでも電磁力が至り、分厚く積み重ねられたコンクリートが砕けて地面から徐々に抜け、アスファルト が剥がれ、日本の経済活動を支える社会人が日夜働いている砦であるビル群が、地面から解放された。竜ヶ崎は 虎鉄の能力がどれほど発達したのかを見てみたいのか、どことなく楽しげな顔で事の次第を見ている。それが尚更 怒りを煽り、虎鉄は全身の細胞を動かしている生体電流を一ボルトも残さずに振り絞る。

「ニライカナイだとか、先祖だとか、竜だの宇宙怪獣だの何だのと!」

 鉄筋コンクリートのビルが、一つ、また一つと、膨大な出力の電磁力に誘われて空中に導かれていく。

「最初からそんなのに興味はねぇええええええええっ!」

 鋼鉄製の爪の尖端が割れるほど、虎鉄は両手に力を込める。怒らせた肩と踏ん張った両足からは高ぶりすぎた 生体電流の飛沫が散り、周囲の空気は軽く帯電していく。その背後にいるガニガニは虎鉄の攻撃の余波を受けては ならないと判断し、ビルの屋上から退避した。帯電したことで過熱気味の体がライダースブーツの靴底を溶かし、 足をずらした拍子にべろりと剥がれてコンクリートに貼り付いた。虎鉄は腰を落とし、電磁力の制御に集中する。

「俺が愛するは家族! そして、ギラギラでバリバリなヘヴィメタル!」

 突き出した手を開き、指を怒らせ、虎鉄は合計七棟のビルを操った。

「だから、俺にはお前の気持ちは一生解らない! でもって、お前も俺の気持ちは一生解らない!」

「解りたくもない」

 竜ヶ崎はサイコキネシスでビルの突進を阻もうとするが、その力が発揮出来なかった。何事か、と考える間もなく、 ビル群は巨大な質量と武器に襲い掛かってきた。竜ヶ崎が目を剥いた瞬間、ミラーガラスにその形相が写り、背景が 反射した。そこには今し方虎鉄の背後から脱したガニガニが浮かび、竜ヶ崎の周囲に大きな鋏脚を掲げて電磁波 フィールドを張っていた。それがサイコキネシスの発動を遅らせた原因だった。ガニガニは素早く脱し、竜ヶ崎が 背後のビルとぶつけられたビルの間で圧砕されるのを複眼で確認した。直後、ビルが六棟突っ込み、最終的にビル が積み重なって新たな建造物が出来上がった。ぶつけられた方のビルは根本からへし折れて真後ろのビルに倒れ 込み、将棋倒しになった。屋上に立つ虎鉄は、電磁力どころか生命力まで絞りきったためによろけ、膝を曲げる。

「……クソ野郎が」

 虎鉄はとうとう立っていられなくなり、自重でひび割れたコンクリートに片膝を付いた。

「俺の背中は家族を背負うだけで精一杯なんだ。だから、余計な荷物はいらん。なんで、お前はそうなれなかった んだよ。妄想と未練で腐っている暇があったら、きっちり人の親になりやがれ。それが男ってもんじゃねぇのか?」

 竜ヶ崎の姿は大量の瓦礫と鉄骨の奥に潰れていて目視出来ないが、生体反応は健在だ。虎鉄の付けている勾玉 にもその反応が届き、ワン・ダ・バからはしきりに情報が送られてくる。しかし、虎鉄にはそれをまともに受け取って 理解するだけの余力はなく、視界も霞んできた。ヘルメットの割れかけたバイザーを上げ、前歯が全て折れた口を 開けて浅い呼吸を繰り返していると、がちり、と目の前に青黒い足が現れた。虎鉄は目を上げ、一笑する。

「すまん、少し休ませてくれ。さすがに、やりすぎた」

『だったら、ゾゾとワンの作戦は僕が続ける。この次は、都心にある電気を海上基地の近くに集めるんだよね?』

 ガニガニは人型に変形して膝を付き、虎鉄を覗き込んでくる。

「そんなもん、やってどうなる」

 虎鉄は噛み締めすぎて千切れた唇を手の甲で拭い、少しだけ息を緩める。

『イッチーが待っている。僕達の次は、イッチーが戦う番じゃないか。そうしたら、きっと勝ち目が』

 ガニガニは鋏脚を上げて海上基地の方向を指すが、虎鉄は顔を背けた。

「やめろ。そんなこと、あいつにさせるな。いづるだって、平気な顔をしているがかなりガタが来ているんだ。だから、 俺は次に回さないで済むように無理をしたんじゃないか。それなのに、お前がそんなことをしたら何の意味も」

『意味はあるよ。皆で協力したら、きっと勝てる!』

「勝てるかもしれないが、いづるは死ぬ。直接攻撃を受けて死ななくても、あいつは脳が弱いんだ。だから、血管の 一本や二本が切れちまうかもしれない。そうでなくとも、心臓に負担が掛かるかもしれない。やっと、いづるもかすが さんに会えたんだ、妹だって思えるようになるにはまだ時間は掛かるが、好きになれそうだって思えるんだ」

 不意に虎鉄は声を震わせ、ヘルメットを鷲掴みにして背を丸める。

「馬鹿げたことを言っているのは解っている! 矛盾しているのは解っている! だがなぁ、だがなぁ!」

 虎鉄の嗚咽に反応し、金属の破片が僅かに浮く。ヘルメットに指を立て、バイザーにめきりとヒビを入れる。

「なあ、頼む、ガニ公。俺を立ち上がらせてくれ。俺の意志だけじゃ、もうこの体は動かん。もう一度クソ野郎に攻撃を 仕掛けたら、溶子と露乃が死ぬかもしれない。けどな、ここで俺が踏ん張らなければ、いづるが、紀乃が、次郎が 死んじまうかもしれないんだ。お願いだ、もう一度だけ俺に力を与えてくれ」

『……解った』

 愛情と憎悪の間で苦しむ虎鉄に、ガニガニは電流を注ぐべく鋏脚を高く掲げた。筋繊維の間に帯電している電流の 圧力を上げて外骨格に流し、思念と筋肉の動きで指向性を与え、虎鉄の頭上に人工の雷を落とすために鋏脚を 振り下ろした。が、ガニガニが放出した電流は間近にある金属である虎鉄には届かずに、捻れた。サイコキネシス ではない、あれはエネルギーを操れないからだ。動揺したガニガニが電流の行く先を見据えると、青白い雷の竜は のたうちまわりながら積み重なっているビルに向かっていった。電流が着弾して間もなく、ビルが溶け始める。

「大体の予想は付くが、出来れば考えたくないな」

 虎鉄はガニガニの足に手を掛けて立ち上がり、ふらつきながらも踏み止まった。

『う……うん』

 ガニガニは不安と威嚇を交えて鋏脚を鳴らし、身構える。分厚く強固なコンクリートは、熱に近付けたチョコレートの ように柔らかく溶け出し、鉄骨もチーズのようにとろけ、糸を引きながら滴り落ちていく。アスファルトに接すると、 それもまたクリームのような粘度となり、街路樹や放置車両が難なく没していく。虎鉄とガニガニが立っているビルの 足元も危うくなったのか、屋上が突然傾いた。悲鳴を上げて転げたガニガニを、虎鉄が慌てて掴むと、ガニガニは 屋上の端に鋏脚を引っかけながらよじ登ってきた。顔を上げた二人が同時に見たのは、溶けた物体を吸収して 巨大化を企む竜ヶ崎全司郎だった。逆流する竜巻のように、渦を巻きながら、紫のトカゲの肌にコンクリートや 鉄骨やアスファルトや土や水道管や電線や電柱やビルの内容物が吸い取られていく。目にしている間にも、その 体格は倍になり、更に倍になり、更に更に倍になり、最終的には五十メートル近い巨体と化した。

『えっと、こういう状況を差す言葉ってこれだよね? ガチヤバくない?』

 ガニガニが思念を波立たせると、虎鉄は鋼鉄の肌から滲み出した汗を拭い取った。

「妥当だな。だが、でかけりゃいいってもんでもねぇだろ」

「悪くはない。が、生体組織が致命的に不足している」

 竜ヶ崎は体格に見合った低さの声を発し、コンクリートと鉄骨を練り込んで作った足で踏み出す。

「情報処理能力を上げなければ、ニライカナイへは至れん。珪素回路も足りん。今、ここで私に屈すれば、お前達は 苦痛を与えずに取り込んでやろう。その代わりとして、恒久的な快楽を授けよう」

「冗談じゃねぇ! どこの世界にファッキンでシットな寝取りトカゲ野郎にマス掛かれて喜ぶ男がいるかよ!」

 虎鉄が反射的に中指を立てると、ガニガニは困惑した。

『ま、マス? って、何? ていうか、それ、どういう意味のジェスチャーなの?』

「お前は一生知らない方が良い! でないと、紀乃が泣くからな!」

 怒りで余力が再燃した虎鉄は、巨大化した竜ヶ崎の頭部目掛けて跳躍した。電磁力に導かれて集まった無数の 金属片を纏うと、竜ヶ崎の赤い単眼に金属片の切っ先を据える。唸りを上げながら迫る金属の嵐に、竜ヶ崎は軽く 手のひらを返した。途端に虎鉄の電磁力は磁極を変えられ、竜ヶ崎の手に貼り付いた。金属片も大量に降り注ぎ、 虎鉄は己が今し方まで操っていた者達に戒められる。ライダースジャケットを引き千切って、身を起こそうとするも、 背中も手足も竜ヶ崎の手に貼り付いてびくともしない。すると、今度は猛烈な熱が虎鉄の背を焼いた。

「ぐぇあっ!?」

 虎鉄を取り巻く空気の水素が炎に変換され、透明な凶器となって鋼鉄の肌を熱する。ある程度の耐性はあるが、 あまり過熱されると生体組織が炭化してしまう。早々に逃げなければ、と、虎鉄は自分の磁極を変換して竜ヶ崎から 反発しようとしたが、虎鉄自身の磁極が竜ヶ崎に変換され、背中は剥がすどころか余計に貼り付く始末だった。その 間にも虎鉄の体は赤らむほど熱し、ヘルメットやライダーススーツは全て燃えて溶け落ち、煙を上らせていた。これは 誰の能力なのか考える余裕すら損ない、虎鉄は懸命に上げていた首を逸らした。直後、虎鉄の頭上に、隅田川の 水が瀑布の如く浴びせられた。それは急激に虎鉄の体から熱を奪い、収縮した鋼鉄の体にヒビが生じた。

「ぎえぁあああああっ!」

 上体を仰け反らせながら苦痛を吐き出す虎鉄に、竜ヶ崎は指を曲げていく。

「お前という男は、能力と相応にそれなりに強いのやもしれん。だが、脆さも鉄と同じだ」

 竜ヶ崎の直径数メートルはある指が、虎鉄を覆い隠す。虎鉄の体内に残る余熱に触れた水気が沸騰したのか、 指の間から蒸気が零れる。指が丸められ、手の甲が上がり、手首が曲がると、竜ヶ崎の大きすぎる手中からは石を 擦り合わせるかのような異音が起きた。二度三度その音が繰り返されると、竜ヶ崎の手の端から細かく砕けた鉄片 が滑り落ちた。それはアスファルトに落ちると、更に砕けた。それが何なのか、考えなくても解る。

『あ、うああああっ!』

 ガニガニが絶叫すると、竜ヶ崎は手を開いて虎鉄の破片をざらざらと流し込み、嚥下する。

「では、次はお前だ。甲殻類に興味はないが、口直しにはなろう」

 首を左右に振って、ガニガニは必死に後退る。だが、体長十メートル以上のヤシガニにはビルの屋上は狭すぎ、 程なくして足を踏み外した。ビルとビルの間をピンボールのようにぶつかりながら転げ落ちたガニガニは、なんとか 上下を反転して着地し、駆け出すが、竜ヶ崎のサイコキネシスに捕まって空中に持ち上げられた。電流を乱発して 竜ヶ崎に抗おうとするも、竜ヶ崎はそれに痛みを感じるどころか、一つ残らず受け止めてしまう。竜ヶ崎の視点まで 引っ張り上げられたガニガニは鋏脚を捻られながら、必死に考えた。伊号の作戦に欠かせないものは出来上がって いない、このままでは、何もかもが不完全なまま終わってしまう。そんなことでは紀乃どころか波号と合体している 電影にも申し訳が立たない。ガニガニは竜ヶ崎に弄ばれている鋏脚を自切し、落下すると、駆け出した。
 勝機を得るために。





 


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