南海インベーダーズ




儀来河内



 二年後。


 七月某日。
 玄関でスニーカーの靴紐を結び終えてから、ランドセルを背負った小さな背が勢い良く立ち上がる。今日は終業式 なので中身が軽いため、その動作は軽快だ。とんとんとつま先を三和土に打ち付けて揃えてから、セミロングの髪を 揺らしながら少女は振り向いた。活力に充ち満ちた目を少し上向かせて血色の良い唇を弓形に持ち上げ、初夏の 日差しで焼け始めた腕を振り上げると、両親に元気良く挨拶した。

「じゃ、いってきまぁーす!」

「いってらっしゃい、紗奈美」

 エプロンを付けた母親が笑顔で手を振ると、その背後に立つ父親が硬い手で娘の頭を撫でた。

「んじゃ、通信簿を楽しみにしてるっすよー?」

「期待するもんじゃないよ、そんなの。どうせ、大したことないもん」

 少女、山吹紗奈美は苦笑してから、玄関のドアを開けた。

「そうだ、お母さん、今日のお昼御飯はなあに?」

「オムライスと焼きそば、どっちがいい?」

 母親が指を二本立てると、少女はちょっと悩んでから答えた。

「んー、どっちも!」

「では、間を取ってオムそばにする。車に気を付けてね」

 母親が了承すると、紗奈美は返事をしながらドアを閉めた。その足音が遠ざかっていくと程なくして近所の住人達に 挨拶する声が聞こえ、交差点で待ち合わせていた同級生との快活な会話も聞こえてきた。爽やかな朝の日差しに 照らされた影が道路に伸び、子供達の歓声が弾ける。娘と友人達の様子をリビングの掃き出し窓から窺っていた 母親は、レースカーテンを閉めて目元を拭った。なんてことのない光景ほど、胸に迫ってくる。

「丈二君、今日のお仕事は」

 母親、山吹秋葉が振り返ると、ライダースジャケットに袖を通しながら、父親、山吹丈二が答えた。

「今日も今日とて国家機密、特殊訓練三昧っす。順調に進めば定時で帰れるっすけど、どうかなー、あの木偶の坊 ツインズが調子に乗らないわけがないし。サイボーグ部隊は少数精鋭なんすから、プロ意識が欲しいっすね」

「丈二君も礼科さんも苦労が絶えない」

 秋葉はくすくす笑うと、山吹は全くだと言わんばかりに肩を竦めた。変異体管理局が解体されたため、世にも貴重な フルサイボーグである山吹は公安に引き抜かれ、鈴本礼科が指揮を執る実戦部隊に配置された。紗奈美や周囲 には普通の警察官だと説明しているが、その任務は国家保全に欠かせないものばかりで、死線をくぐり抜けたのも 一度や二度ではない。家族としては不安だが、山吹の能力が最大限に発揮出来る仕事なので誇らしくもある。

「でも、それぐらいの方が張り合いがあるってもんっすよ、張り合いが」

 山吹は秋葉を抱き寄せると、秋葉はその硬く厚い胸に頭をもたせかけた。

「いってらっしゃい、丈二君」

「むーちゃんとさっちゃんのためならば、国の一つや二つ、ちゃちゃっと守ってみせるっすからね?」

 山吹は腰を曲げてマスクを秋葉の唇と重ねてから、リビングを出ていった。その首元にはチェーンに通された指輪が 揺れ、積層装甲とぶつかって硬い音を立てた。秋葉は娘と同様に夫を玄関まで見送ると、ガレージから発進した バイクが交差点を曲がって大通りへ出るのを見届けた。家族三人の朝食の名残である大量の食器を片付けようと、 エプロンを締め直してからキッチンに向かう。独身時代は無駄に長く伸ばしていた髪も、結婚した途端にばっさりと 切り落としたので現在はベリーショートに近い。少し汗の浮いた襟足を払ってから、水を出して食器を洗い始める。 十二歳の紗奈美は食欲旺盛で好き嫌いはないが、出せば出した分食べてしまうのが少し気になる。育ち盛りなので、 思う存分食べさせてやりたいとは思うが、その量を調節するのは親の役目だ。昼食の献立はもう決まったが、 夕食はどうするべきだろうか。一学期を終えただけなのにお祝いをするのは変だが、本心としては思い切り盛大に 祝ってあげたい。山吹紗奈美が波号と呼ばれていた過去を顧みると尚更だ。
 食器を洗い終えたので鍋に取り掛かった秋葉は一旦水を止め、リビングでニュースを報じるテレビに気を向けた。 あの壮絶な夏を終えてからの時間は、実に慌ただしく過ぎていった。一時期はインベーダーに関するニュースしか 報じないほどの大騒ぎだったが、ゾゾ・ゼゼが乗ったワン・ダ・バが宇宙へ旅立つと報道は収束した。政府が入念に 手を回したからでもあるが、目に見える脅威が去ったからだ。秋葉は洗い終えた食器類を水切りカゴに伏せ、手を 拭いてから、次の仕事に取り掛かるために脱衣所に向かった。
 カーテンを開け放った掃き出し窓から見える庭は申し訳程度の広さでしかなく、秋葉と紗奈美が作った花壇はネコ の額よりも狭く、その中では夏の花々が窮屈そうに咲いている。一刻も早く家庭を築きたかったので、建て売り住宅 をそのまま買い取った弊害が今頃になって出てきたが、その辺はどうにでもなるだろう。物足りなければ、玄関先に プランターでも置けばいいのだから。

「となると、他の皆も夏休みに突入」

 洗濯機から山ほどの衣類を取り出しながら、秋葉は感慨深く呟いた。

「時間経過は早い」

 洗濯カゴを抱えて階段を昇り、二階に出た秋葉は、ベランダに面した子供部屋のドアを開いた。つまり、紗奈美の 部屋だ。学習机にはランドセルから抜き出された教科書とノートがてんこ盛りになり、シールとラメペンで可愛らしく デコレーションされている時間割が貼り付けられている。一応片付けてはあるが、寝て起きたままも同然のベッド の上にはパジャマが放り出されている。本棚には少女漫画のコミックスがみっちりと詰まっていて、自習用の参考書や 練習ドリルは申し訳程度に隅に入っている。パステルカラーのタンスは引き出しが半端に開いていて、その上には 慎ましやかなお洒落の道具と家族の写真が入ったフォトフレームが飾ってあった。
 カメラに向けて全力でピースサインを突き出している山吹、紗奈美の肩を優しく抱く秋葉、ぎこちないながらも笑顔 を見せてくれた紗奈美。背景は病院で、紗奈美の退院祝いに撮影したものだ。秋葉は洗濯カゴを足下に置いてから フォトフレームを取ると、指先で丁寧に夫と娘を撫でた。
 識別名称・波号が山吹紗奈美になったのは、二年前のことである。ワン・ダ・バによる生体洗浄を受けて生体復元 も行われたが、波号は竜ヶ崎による生体浸食が激しすぎて生体情報に多少傷が付いていた。それは生命活動には なんら支障がないものだったが、ただでさえ不安定な波号の記憶力に著しく影響を与えた。それまでは一週間ごとに 失っていた記憶が全て失われ、真っ新な状態になってしまった。肉体的な経験はある程度残っていたが、過去の ことは一切合切忘れていた。だが、それで良かったのだと誰しもが言った。あのおぞましい記憶を捨て去り、新しく 生まれ直すことが出来たのだから。波号は公安と政府によって戸籍を改変されると、交通事故で記憶を失った孤児 という名目で、結婚したばかりの山吹丈二と秋葉の養子になった。紗奈美という名は、字は変えても音だけは前の ままにしておいてくれ、と山吹と秋葉が懇願した末に受理された。肉体的な経験が残っている以上、紗奈美は紗波と 呼ばれていた記憶がかすかにこびり付いている。だから、読みは同じ名で呼んだ方が本人も混乱しないだろうし、 戦いの最中で山吹はそれが波号の新しい名前だと言い切ったこともあり、紗奈美に決めた。
 娘の名前を呼ぶたびに愛おしさが深まっていく。紗奈美は記憶がないことに混乱していたが、山吹と秋葉が心から 愛情を注ぐと応えてくれるようになり、今では本当に自分の腹から産んだのではないかと錯覚するほどだった。彼女を 愛そうにも愛せなかった一ノ瀬真波に対する遺恨は完全には消えていないが、以前ほど強くない。それどころか、 紗奈美をこの世に産み出してくれたことを感謝するようになっていた。

「綺麗……」

 掃き出し窓を開けてベランダに出た秋葉は、乱れた髪を押さえた。家々の先には見慣れた東京湾が広がり、波間が 細かく煌めいている。ずらりと並んだ民家の屋根にも日光が跳ね、街全体が生き生きと輝いている。ベランダの柵に 手を付いた秋葉は、思わず深呼吸した。海が見える街に引っ越そうと提案したのは山吹だったが、それで正解 だったとつくづく思う。木更津側からでも見える海上基地は、未だに解体工事すら開始されていない。まだまだ回収 しなければならない物証が多いのも手を付けられない理由の一つだが、土台や両側の連絡通路までもが崩壊して いるので、機材を運び入れるのが困難であることが根本的な原因である。あの忌まわしい海上基地がこの世から 失せた日、ようやく山吹と秋葉の戦いは終わるのだろう。
 十二歳の子供に与えられるべき環境の中、紗奈美は遊びに勉強に日々忙しくしている。友達と連むのも、流行り のゲームに興じるのも、家族揃って買い物に出かけるのも、テーマパークに行くのも好きだが、特に大好きなのが 海で遊ぶことだ。彼女の体に同化した電影の記憶がそうさせるのか、南の島に望郷を抱いている。だから、夏休み には家族揃って沖縄旅行に行こう。エメラルドグリーンの海と青空の下に解き放たれた紗波は、きっと大喜びする に違いない。紗奈美の心身に寄り添って生きている電影も。

「旅行の日程と計画を早急に立てなければならない」

 秋葉は洗濯カゴから紗奈美の体操服を出すと、ぱん、と平たく伸ばした。無意識に鼻歌を零しながら、秋葉は三人 分の服を干していった。今日は一日快晴で気温も三十度近くまで上昇する、洗濯だけでは勿体ない。布団も干して タオルケットも洗って、出来ればシーツも洗ってしまおうか。昼食の後、紗奈美はすぐに遊びに出てしまうだろうが、 おやつを食べに戻ってくる。その時に食べさせるものに、これでもかと手を掛けよう。あまり派手なお祝いをするのは 不自然だが、それぐらいなら平気だろう。御菓子作りのレシピは山吹の友人であるパティシエの兎崎玲於奈から もらっているし、随分練習したから失敗しないようになった。紗奈美は喜んでくれるだろうか、と考えながら、秋葉は 手を動かした。洗濯物を干し終えて一通り掃除をしたら、街まで買い出しに行こう。
 今日も今日とて、お母さんは忙しい。




 腹の底から気持ちの良い朝だ。
 悪夢の余韻も、一気に晴れ渡る。中身の粗熱を取り終えた弁当箱にナプキンを巻いて結び、その結び目の間に 箸箱を差した。水筒にも氷をたっぷりと詰めてから麦茶を入れたので、昼過ぎまでは冷たさが保つはずだ。それらを 携えて居間を窺うと、夫の背があった。出勤準備を終えている夫は真奈美に気付くと、不安げな面持ちで真奈美に 詰め寄ってきた。ちょっと臆した真奈美は、一歩身を引く。

「何よ?」

「マナ、具合でも悪いんじゃないか? 今朝方も随分とうなされていたじゃないか」

「いつものことよ、そんなの」

 はいこれ、と真奈美は弁当箱と水筒を夫に渡すと、夫、白崎凪は真奈美の額に手を当ててきた。

「本当か? 無理しているんじゃないだろうな?」

「全く、心配性ね」

 額を包む手の大きさに真奈美は頬を緩めるが、白崎はまだ不安げだった。

「あんまり調子が悪いようだったら、すぐに病院に行くんだぞ。でも、自分で車を運転するなよ。多少金が掛かっても いいから、タクシーでも何でも使え。重いものは絶対に持つなよ。晩飯だって適当で良いから」

「はいはい、解ったわよ」

 先週から、ずっとこの調子だ。真奈美が堪えきれずに笑い出すと、白崎は恥じ入った。

「解っているんなら、それでいいんだけど。あんまり笑うなよ、俺だって真剣なんだから」

「ごめんなさい。でも、なんだか笑っちゃうのよ」

 真奈美は肩を震わせつつ、夫の手を取って下腹部に導いた。白崎はされるがままになり、今はまだ膨らみが薄い 下腹部に恐る恐る手を添えた。大きさの違う手を重ね合わせた真奈美は、笑いを収めた。

「あんまり幸せだから」

 白崎は真奈美の背中に腕を回すと、何も言わずに抱き締めてくれた。他人の体温の熱さが体に染み入り、僅かに 重みを得てきた下腹部にまで広がっていく。どうでもいいことでいちいち感嘆する自分を面倒臭く思わないどころか、 まともに相手をしてくれるのだから、白崎は本当に人が良い男だ。真奈美は白崎の背に手を伸ばすと、糊の効いた ワイシャツにシワを付けないようにしながら引き寄せた。

「なるべく早く帰ってくる。だから、大人しくしていろよ、マナ」

「ええ、待っているわ」

 真奈美は名残惜しかったが夫から離れると、白崎は真奈美以上に名残惜しげに肩に手を残してきた。その手を 外させてから時計を示すと、白崎は慌てた。出勤時間が迫っていたからだ。急いでカバンに弁当箱と水筒を詰めて 玄関に向かう夫を見守りつつ、真奈美はごく自然に下腹部に手を添えた。白崎の仕事は外回りが多いので、現場が 遠い日は夜遅くならなければ帰ってこないこともあるが、ちゃんと自宅に連絡を入れてから必ず帰ってくる。それ だけでも、本当にありがたい。白崎は真奈美とまだ見ぬ我が子に何度も声を掛けてから、ようやく出勤した。

「あなたはどんな子かしらねぇ」

 真奈美は居間に腰を下ろし、ゆっくりと下腹部をさすった。本当ならすぐにでも台所で洗い物をするべきなのだが、 体がなんとなく重たい上に時折吐き気が襲ってくるので、無理はしないことにした。白崎もああ言ってくれているし、 これまでは働きすぎていた。だから、今ばかりは気を緩めてもいいはずだ。そう思いながら、真奈美は庭で咲き誇る ヒマワリを見やった。白崎と二人で住んでいる家屋は古く、昭和後期に建てられたトタン屋根の木造二階建てだが、 これといって不満はない。広めの庭には雑草がこれでもかと生えるが、念願だったヒマワリの花壇も作れたし、細々 とした手間も慣れてしまえば楽しいものだ。板塀の先に見える日本海と能登半島は、夏の日差しで白んでいる。
 一ノ瀬真波から白崎真奈美になったのは、一年半前のことである。生体洗浄と右足の治療を終えた真波は病院に 転院したものの、白崎に連絡する勇気は出なかった。ゾゾ・ゼゼとワン・ダ・バが宇宙に旅立ち、世間が落ち着きを 取り戻した頃、真波は病院の公衆電話から掛けた。呼び出し音の最中、真波は馬鹿みたいに緊張していたことを 未だに覚えている。考えてみれば、真波にはまともな恋愛経験がなかった。だから、入院している間に思いが募って しまった白崎凪が事実上初恋の相手だった。ようやく白崎が電話に出ると、真波は声が裏返ってしまった。それを 取り繕おうとすればするほど調子が狂ってしまい、白崎も白崎で舞い上がってしまい、十五分程度はまともな会話が 成立しなかった。互いに宥め合って落ち着いてから話を切り出そうとしたが、今度は何を話したらいいのかさっぱり 解らなくなってしまった。更に十五分程度経過してから、真波は、事故に遭って入院していたので連絡するのが大分 遅れてしまったこと、連絡しようにも出来ない状態が続いていたことを詫び、会ってちゃんと話がしたいということを 途切れ途切れに伝えた。その電話を終えた翌日、白崎は面会時間ぎりぎりに病院に駆け込んできた。まさかこんなに 早く来るとは思ってもみなかったので、化粧もしていなかった真波は混乱した。白崎は真波が五体満足でいることを 確かめると、余程安堵したのか泣き出した。訳を聞くと、連絡が取れない間、白崎は真波が都心で起きた戦いに 巻き込まれたのではないのかと思っていたらしい。実際にはそうとも言えるのだが、そうではない、と真波が辻褄が 合う作り話をしてやると白崎は安心してもっと泣き出した。白崎が落ち着いてから、明日また来てくれ、と言って送り 出した。すると、白崎は翌日から足繁く通ってきた。真波が個室に入院しているのをいいことに、面会時間が終わる までずっと付き合ってくれた。結婚を申し込まれたのは退院した日で、真波は快諾した。
 籍を入れる直前に戸籍が改変されたが、真波は字だけを変えて真奈美にしてくれ、と要望した。奇しくもその字は 波号の新しい名と一文字違いだと知り、嬉しくなったが複雑な思いにも駆られた。白崎は籍を入れる段階になって 真波の名前が変わっていることに気付いたが、一言も言及しなかった。何も気にしないのか、と真奈美が問うと白崎 は首を横に振った。名前がなんであれマナはマナじゃないか、と。

「ニライカナイねぇ」

 真奈美は柱に寄り掛かり、日本海を望んだ。結局、海の先には理想郷があったのだろうか。

「そんなものを探している時点でダメなのよね」

 理想郷を求め続ける限り、現実と向き合う勇気がなくなる。竜ヶ崎全司郎がそうだった。その竜ヶ崎に付き従って いた自分がそうだった。ありもしないものほど美しく見え、得られもしないものほど尊く見えていた。さながら蜃気楼 のように、手を伸ばせば伸ばした分だけ遠ざかっていった。ただの幻想なのに、いつか手が届くと信じていた自分が 情けない。おかげで、かなりの時間を無駄にしてしまったが、白崎と新たな時間を紡ぐことでゆっくりと取り戻せた。 結婚後に重ねた初々しいデートの記念品が棚に並び、挙式する代わりに撮影した結婚記念写真のパネルが壁から 下がっている。これから、そこにはもう一人の家族の分の写真や記念品が増えていくのだろう。
 竜ヶ崎全司郎の亡霊は、未だに真奈美にまとわりついている。今朝方も、竜ヶ崎が真奈美の内に宿ったばかりの 小さな小さな我が子を蹂躙する夢を見た。あの長く太い尻尾を胎内に抉り込んで引き摺り出し、口を開けて喰らおうと してきた。かつての自分なら抗わなかっただろうが、真奈美は変わった。竜ヶ崎の尻尾を引き抜いて叩き落とし、 やりたい放題に仕返しをした。だから、うなされはしたが気分は晴れている。

「さて、いい加減に片付けなきゃ」

 真奈美は腰を上げ、台所に向かった。空気を入れ換えるために窓を開けると、庭先が望めた。ヒマワリの隣には アサガオがツタを伸ばし、屋根から下ろした紐に絡み付きながら花を咲かせている。お腹の子が大きくなったら、 色々なことを話し掛けてあげよう。外の世界に出てきたら、色々な場所へと連れて行ってやろう。思う存分、親らしい ことをしてやろう。二人分の食器を洗い終えた真奈美は、ふと後頭部に手を当てた。随分と髪が伸びてしまったが、 これも切った方がいいだろうか。だが、白崎は真奈美の長い黒髪が好きなのだ。風呂上がりに乾かして整えていると、 綺麗だと言って撫でてくる。ばっさりと切ってしまったら夫はさぞや嘆くだろうが、子育てには間違いなく邪魔だ。 真奈美はしばらく悩んだが、帰宅した白崎に相談してから決めることにした。
 それが、夫婦というものだろう。





 


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