南海インベーダーズ




能動的父性本能



 関節から排出する空気は熱く、心なしか体の動作が鈍い。
 マスクの隙間から伸ばした飲用チューブでスポーツドリンクを啜り上げながら、山吹丈二は着慣れない戦闘服の 襟元を緩めた。ベストと同じ色のグローブを外してポケットにねじ込み、ベストのファスナーも下げて前を全開にし、 袖も捲り上げ、外気を取り込むと関節から薄く湯気が立ち上った。両腕には何百発と撃ったサブマシンガンの反動が 残っていて、各種バランサーにもその揺れがこびり付いているような気がする。最後の一滴まで吸い上げたペット ボトルを無意味に凹ませていると、過熱したサブマシンガンを下げた鈴本礼科がやってきた。

「どうも。お疲れ様です」

「で、その、どうだったんすか?」

 山吹が恐る恐る尋ねると、礼科は防弾ゴーグルを上げ、汗ばんだ目元を拭ってから答えた。

「質問に質問で返すのはアレですけど、山吹さんってまともな戦闘訓練を受けてきました?」

「自衛隊にいた間は基礎訓練ばっかりだったんすけど。で、変異体管理局時代も一応は訓練を」

「そうですか。正直言って、あの腕じゃ絶望的ですね」

「そ、そんなにひどかったんすか? そりゃあまあ、自信なんてないっすけど」

「ええ、物凄く」

 礼科はヘルメットを脱いで脇に抱えると、汗で額に貼り付いた前髪を掻き上げ、嘆息した。

「では言いますけどね、銃口を目標に据えるまでのラグが長すぎます。遮蔽物から遮蔽物まで移動する際の、腰の 位置が高すぎます。マガジンを交換する手際が悪すぎます。ナイフを持つ手付きが間違っています。足捌きは基礎 からしてなっていません。他にも色々とありますが、一番目に付いたのはそれですね。ぶっちゃけた話、山吹さんって、 自分がサイボーグだからって実戦を舐めていませんか?」

「いえいえそんな滅相もないっすよ!」

「変異体管理局時代の経験は全て忘れて下さい。自衛隊時代のことも全て忘れて下さい。基礎の基礎から徹底的に 叩き直してあげますよ。中身がどれほど戦闘オンチであろうと、あの馬鹿兄弟同様、貴重なサイボーグであること には変わりありませんからね。山吹さんが使い物になってくれれば、公安にとっては大きなプラスになりますからね。 ですが、使い物にならなかったら、どうなるか解っていますか?」

「え、ええと……」

 礼科の威圧感に負けて山吹がしどろもどろになると、礼科は襟元を緩め、一歩身を引いた。

「ですが、今日の訓練時間はこれにて終了です。その辺の話については、また明日と言うことで」

「どうもっす」

 命拾いしたような心境で山吹が敬礼すると、礼科はすかさずその指を揃え、形を整えさせた。

「指はきっちり真っ直ぐに」

「なんかもう、本当にすんませんっす」

 形を直された敬礼を保ったまま山吹が自己嫌悪に陥ると、礼科は言った。

「あなたを鍛え直さないと、あなたは元より、秋葉さんと紗波ちゃんまで路頭に迷っちゃいますからね。それを思うと、 俄然力が入るんです。明日からはもっときついことばかりを言うでしょうが、怒るよりも先に行動に移して下さいね。 でないと、身に付くものも身に付きませんからね」

「はいっす!」

 今日の時点で既に自尊心がへし折れているのだが。山吹は背筋を真っ直ぐに伸ばしていたが、礼科の後ろ姿が 訓練場から消えた途端に脱力して両肩を落とした。吸排気フィルターが目詰まりを起こしたわけでもないのに、脳内の 酸素量が減ったような錯覚に陥る。息が詰まっていた、とでも言うべき感覚だ。だが、礼科の言うことは全て正論で あり、山吹の戦闘技術がいい加減なのも確かなので、これは良い機会だ。再び得られたサイボーグボディを持て 余すことほど、勿体ないことはない。分厚いコンクリートで四方を覆われた屋内訓練場は至るところに弾痕が散り、 いくつかの弾丸がコンクリートに埋まったままになっている。今回、山吹と礼科が戦った相手であるSATの戦闘員達 も引き上げ始めていたが、皆、口々にサイボーグの弱さを語り合っていた。彼らは礼科の意見以上に辛辣で無遠慮 だったが、反論出来る立場にないので山吹は言い返したい気持ちをぐっと抑え込んだ。
 インベーダーによって本部である海上基地が破壊された変異体管理局は解体され、現場監督官であった山吹は 事実上の解雇を言い渡された。が、すぐさま公安が山吹を引き受けてくれたので、働き口だけは確保されたと安堵 したのも束の間、鈴本礼科に命じられて実戦訓練に駆り出された。生体洗浄と生体復元を受けても脳しかまともな 姿を取り戻さなかった山吹は、以前と全く同じ外見のサイボーグボディを与えられていたので、同じくフルサイボーグ である高嶺南人、高嶺北人に次ぐ主戦力として迎え入れるつもりなのは明白だった。
 だが、山吹に戦闘のセンスがないことは山吹自身が一番良く解っている。人型軍用機を操っていた時も試行錯誤 の連続だったし、結局、人型軍用機に乗って上げられた戦果はほとんどなく、生身の実戦では尚更だ。陸上自衛隊 時代も似たようなもので、訓練中に何度も隊員達の足を引っ張っては懲罰訓練を受けたか解らない。だから、正直 言って実戦向きの人間ではないのだ。近接戦闘仕様にチューンナップしたサイボーグボディこそ持ち合わせている が、未だに使いこなせていない。いっそ他の仕事を探そうか、とも思うが、サイボーグが一般に普及していない今では 戦闘員以外の働き口は見つからないだろう。だから、腹を括って踏ん張るしかない。
 ロッカールームに戻って自分のロッカーを開いた山吹は、厚ぼったい戦闘服を脱ぎ、装備を外し、編み上げブーツを 脱ぎ、銀色の積層装甲に覆われた体を曝した。胸元には認識票代わりの個体名と識別番号が刻まれ、首からは 結婚指輪を入れたネックレスが下がる。顔は以前と変わらぬマスクフェイスだが、頭部に内蔵されたセンサー類の 性能は格段に上がっている。マニュピレーターの精度も跳ね上がり、細かな動作も思いのままだ。丸太の如く太い 両腕は、フルパワーを出せば乗用車程度なら単独でひっくり返せてしまう。紺色のズボンに覆われた両足にも格闘 には欠かせないバネを生み出すシリンダーが仕込まれ、腰の回転機軸も滑らかに機能し、淀みない動きで蹴りを 放てるようになっている。だが、それらを全て生かせるようになるまでは、どれほどの訓練を重ねればいいだろうか。 無論、一朝一夕で身に付くような技術ではないことは重々承知しているのだが。
 脇腹から伸ばしたケーブルをコンセントに差してバッテリーの急速充電を行ってから、戦闘服から私服に着替えて いると、ロッカールームに高嶺兄弟が戻ってきた。彼らも礼科にボロクソに言われたらしく、足取りが苛立っている。

「あーもう、礼ちゃんってばマジツンデレすぎんだけどー」

 若者言葉で喋りながらベンチに腰掛けたのは、兄、南人である。

「それについては異論はないが、礼科君がデレるのは愚兄ではない、この自分だ」

 軍人然とした口調で喋りながら自分のロッカーを開いたのは、弟、北人である。

「つかさー、犯人はマジ完璧に確保したんだから、文句付けるのおかしくね? そりゃ、ちょっと無駄弾散らしたかも しんねーけど、威嚇射撃っつーガチリアルな戦術なんだし?」

 南人は編み上げブーツの紐を解くと、力任せに足から抜いた。北人はヘルメットを外し、マスクの汚れを拭う。

「その威嚇射撃の弾道が、敵陣の背後に控えていた友軍に向いていたのだ。礼科君の怒りは尤もではないか」

「あー、冷てー。愚弟のくせしてお兄ちゃんを擁護してくんねーの? パネェー」

 顔があれば唇を尖らせているであろう口調で言い、南人は戦闘服を脱ぎ、屈強な裸体を曝す。

「ははははははは! 愚兄が一刻も早く前線から退いてくれれば、礼科君の関心は自分だけのものになるのである からして、愚兄が礼科君に褒められるような事態になるのを阻むことこそ自分の本懐なのだ!」

 と、北人がなぜか分厚い胸を張ると、南人は拗ねた。

「俺だってな、お前みたいな馬鹿な野郎が礼ちゃんとイッチャイチャするなんて、低血糖以上に耐えられないんだよ。 何度、現場で愚弟の頭をブチ抜いてやろうと思ったかマジ解らねーし。つか死ね、もう一度死ね」

「ふはははははははははは! 自分は死なぬっ! そう、礼科君が自分を呼んでいたのであるからして!」

「バッカ言ってんじゃねーし! 礼ちゃんが呼んだのは俺、この俺! だからお前なんかお呼びじゃねーし!」

 ベンチを蹴る勢いで立ち上がった南人が北人に掴み掛かろうとしたが、北人は逆に掴み掛かり返した。

「おおやるか、やるのであるのだなっ、愚兄よ!」

「仲良いっすねー、お二人は」

 完全に空気と化していた山吹がちょっと笑うと、二人ははたと我に返り、同時に絶叫して突き飛ばし合った。

「わあっ!?」

「おおうっ!?」

 南人はロッカールームの奥に、北人はロッカールームの入り口側に背を向け、互いに距離を取り合った。そして、 山吹を見やると、色違いのゴーグルから何か言いたげな目線を注いできた。山吹は肩を竦める。

「別に鈴本小隊長には言わないっすよ、お二人がじゃれ合っていたことなんて」

「……いや別にそのつもりはねーんだけど」

 ねえ、と南人が弟に目配せすると、北人は頷いた。

「うむ。自分と愚兄は至極真剣に語り合っていたのであるからして」

「一つ聞いていいっすか? お二人は、どうしてそこまで小隊長がお好きなんすか?」

 携帯電話を開いてメールをチェックしながら山吹が何の気なしに言うと、南人が妙に意気込んだ。

「いやあよくぞ聞いてくれたぜ後輩! つか、礼ちゃんこそマジ天使だし! ガチ女神だし!」

「そうだとも! 宇宙怪獣戦艦が地球をひっくり返したところで、礼科君に勝る女性はおらぬと断言しよう!」

 北人も意気込み、山吹の肩を荒く掴んできて揺さぶりを掛けてきた。逃げるに逃げられなくなった山吹が二人の話 を聞き流したところによると、鈴本礼科は高嶺兄弟がサイボーグ化する前からの付き合いなのだそうだ。公安独自 の戦闘部隊を編成するため、自衛隊から引き抜かれた戦闘のエキスパートである鈴本礼科は、SATから出向して きた高嶺兄弟を指揮下に置いた。だが、抜きん出た戦闘能力にも関わらず高嶺兄弟は危なっかしく、無謀な行動 を繰り返してはギリギリで生き延びていた。
 しかし、そんなことがいつまでも続くはずもなく、国際犯罪組織と交戦した際に罠に掛かってしまい、南人も北人も 重傷を負った。綿密に仕掛けられた爆弾と精密な銃撃で頭部以外は細切れになって、死は免れない状態だった。 延命措置で一ヶ月は生き延びたものの肉体が元通りになるはずもなく、二人は悲観した。礼科が見舞いに来ても、 その手で殺してほしいと懇願してばかりで、礼科は二人を責めることはしなかったが涙を堪えていた。調子に乗った 挙げ句に取り返しの付かないドジを踏んだことより、鍛え上げた肉体を失ったことよりも、気丈な礼科が泣きそうな 顔をしていることの方が余程辛かった。それは南人も北人も同じで、生きる力が無尽蔵に湧いてきた。その気持ち がなかったら、変異体管理局から公安へと移ってきた技術者からサイボーグ化を持ち掛けられても、サイボーグ化 する勇気など出なかっただろう。無事にサイボーグ化手術が成功し、再び肉体を取り戻した南人と北人に、礼科は こう言った。一から鍛え直す、根性も叩き直してあげる、と。

「それはデレっていうよりも、鈴本小隊長は普通の意見を言っただけじゃないんすか?」

 山吹は率直な感想を述べたが、二人は意に介さなかった。

「な? な? な? 礼ちゃんのデレってマジマニアックでマジキツいだろ? でもそれが萌え要素だし!」

 山吹の腕を掴んで揺さぶりながら、南人はにやついた。

「だがそれは自分に対してのものなのだ! 断じて愚兄のものではない! そう思うだろう、後輩よ!」

 もう一方の腕を掴んでいる北人も、山吹を力強く揺さぶっている。

「あーはいはい」

 山吹はやる気なく返し、二人を振り払うと、携帯電話を閉じて胸ポケットに突っ込んだ。

「つーわけだからさぁ後輩、これからどっか飲みに行かね? マジ親睦深めようぜ、サイボーグ同士!」

 南人はロッカーから荷物を出す山吹に追い縋ったが、山吹は両手を上向けた。

「そりゃ俺も先輩方とお近付きになりたいのは山々なんすけど、俺は一秒でも早く帰りたいんすよね」

「実に不躾であるな。礼科君の可愛らしさについて、夜が明けるまで語り尽くしてやりたいのであるが」

 バッグを担いだ山吹の前に不満げな北人が立ち塞がったが、山吹はベンチを乗り越えてやり過ごした。

「むしろ、俺の方が嫁の魅力を語りたいっすねー。一晩なんかじゃ足りないっすよ、マジでマジで」

「それ二次元だろ」

「お前のような輩に、三次元の嫁がいてたまるものか」

 真顔らしき声色で全否定してきた二人に、山吹はネックレスに下げた結婚指輪を示しながら言い返した。

「お生憎っすけど、この通りっすから」

 結婚指輪の真偽がどうのと高嶺兄弟から話し掛けられたが、これ以上時間を食ってしまっては帰宅時間に支障を 来すので、山吹は駆け足でロッカールームから逃げ出した。訓練場を出て駐車場に駐めてあった愛車に乗り込み、 イグニッションキーを回すと、エンジンの律動が起きる。再度携帯電話を開き、待ち受けに設定した写真を食い入る ように見つめた。結婚指輪を填めた秋葉の左手と結婚指輪を下げたネックレスを絡めた自分の左手を重ねただけの 写真だが、今はこれが精一杯だった。せめて結婚の記念写真だけでも撮りたかったが、時間的にも状況的にも、 そんな余裕はない。山吹はアドレス帳から番号を呼び出し、新妻に電話を掛けた。程なくして、秋葉が出た。

『丈二君?』

「むーちゃん、そっちはどうっすか? 俺の方はぐだぐだっすよ、マジぐだぐだ。鈴本小隊長からはボロクソに言われ まくりっすけど、まあ、戦闘のセンスがないのは自覚しているっすからね。だから、腹括って気張るっすよ」

『そう。こちらは変わらない』

「何も?」

『……何も』

 秋葉の答えに、少々の間があった。山吹は運転席に寄り掛かり、足を伸ばす。

「そうっすか。俺らの娘はお寝坊さんっすねぇ」

『同上』

「今頃はどんな夢を見ているんすかねぇ。楽しい夢ならいいんすけど」

『同意』

「で、新居の方は決まったっすか? 千葉と神奈川のどっち側っすか?」

『千葉県側がいいと判断する』

「そうっすか。んじゃ、帰ったら改めて検討するっすよ。大事な大事な新居っすからね」

『気を付けて帰ってきて。交通網は依然として寸断されている』

「大丈夫っすよ、むーちゃん。可愛い嫁さんと娘がいるのに、事故ったりするわけないっす」

『では、また』

 それを最後に、秋葉は通話を切った。山吹も通話を切ると、携帯電話を再び胸ポケットに入れてから、ハンドルを 握った。暖気の済んだジープラングラーは滞りなく発進し、道路に出た。公安の訓練施設は神奈川寄りにあり、都心 からは離れているのであの戦いによる被害は免れたが、主要な道路がいくつも寸断されているので秋葉や御三家の 皆と共に暮らしている療養所に帰るには回り道をしなければならなかった。
 退屈凌ぎにカーステレオのスイッチを入れてラジオにチューニングを合わせてみるが、ここ最近、音楽はほとんど 流れていない。以前は軽快なトークを語っていたDJは単調に情報だけを羅列し、都心の機能がほぼ全て失われた こと、首都機能を一時的に移転させたこと、政府高官のコメントなどを伝えてきた。非常事態宣言は未だに解除されて おらず、都心部から避難した人々は復興するまでの定住先が見つからない、それまで勤めていた仕事場が破壊されて なくなった、避難先での生活の目処が立たない、などの声が上がっているとDJは沈痛に語り続ける。大変なのは 何も自分達だけではなく、誰も彼もが似たようなものだ。
 つくづく、自分は幸せなのだと痛感する。







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