ダシにされた、と思った時には既に手遅れだった。 気まずそうではあるがいくらか嬉しそうな顔の後輩、錦戸昇太郎が紀子を待っていた。つい今し方まで、彼と共に いたはずの同僚達は影も形もない。辺りを見回してみてもそれらしき姿はなく、携帯電話で連絡をしてみても恐らく 無駄だろう。確かに、錦戸とは一歩踏み込んだ付き合いをしてみようと考えてはいたのだが、こんな形でその時を 迎えるとは思ってもみなかった。だが、何も紀子がトイレに行った隙にそんなことをしなくても。 「あの、先輩」 錦戸は話を切り出そうとしてきたが、紀子は手を翳してそれを遮った。 「一つ聞くけど、これは錦戸君の提案? それとも、小木先輩と加賀野さんが勝手に行っちゃったの?」 「ああ、それは、その……。先輩方がですね」 錦戸は途端に言い淀み、身を縮めた。紀子は少し身を乗り出し、錦戸の顔を覗き込んだ。いくらか童顔気味の顔が 引きつり、言い訳がましい態度が消える。この日のために新調したであろうジャケットと真新しいレザーのブーツは まだ体に馴染んでおらず、服に着られている感じが否めない。身長は紀子よりも頭一つ高いが、体格がそれほど がっちりしていないので男臭さは薄めだ。 「ああ、いや、でも、そのですね先輩、俺は一応止めたんですよ? でも、どうにもこうにも止めようがなくて」 錦戸は慌てふためきながら両手を上げ、降参の格好を取る。紀子は、一歩間を詰める。 「小木先輩と加賀野さんがいなくなって嬉しいとか、思っているんじゃない?」 「……ええまあ、少しは」 壁に背がぶつかり、完全に退路を失った錦戸は項垂れた。彼らしからぬことではあったが、これ以上責めるのは 酷な気がしたので紀子は身を引いた。すると、錦戸は見るからに安堵した様子で肩を落とした。まるで、イタズラを 咎められたイヌのような態度である。往来を塞いでしまうので、紀子は錦戸の腕を引いて手近なベンチに誘った。 忘年会で告白してきた件の後輩、錦戸昇太郎と親しくするようになったのは、新年会シーズンが終わって世間が バレンタインデーで騒ぎ始めた頃である。紀子の勤めている電子部品の輸入販売会社はそれほど大きくなく、社員の 数も少ないので、社員同士で良くも悪くも密接な付き合いをしている。その延長でバレンタインデーにチョコレートを 配るのが毎年の恒例行事と化していて、今年も男性社員にチョコレートを配ったのだが、その際、錦戸に忘年会 の告白に対する返事をした。 あれからじっくり考えてみたが、すぐにOKとは言えない。だが、無下には出来ないのでまずは同僚以上になること から始めましょう、と。それから真奈美のアドバイスも取り入れ、会社の同僚達を交えた付き合いを始めたのだが、 その間に同僚達の関係が深まってしまった。紀子より四歳年上の男性社員の小木孝志と、五歳年下の女性社員の 加賀野恵美里が、紀子と錦戸をそっちのけで親しくなっていた。それについては文句はないのだが、二人は明らか に互いを意識し合っているのになかなか接近しようとせず、社内の人間は焦れていた。近頃になって進展する兆し が見えてきたので、いよいよかと思われていた。だが、まさか、こんな行動を取るとは思っても見なかった。どちらも 社会人としては常識的な人間だが、恋愛に関しては非常識になれるタイプだったらしい。 「えっと、これからどうします、先輩」 「錦戸君は?」 「まるで考えてこなかったわけじゃないんですけど、まさかこんなに早い時間にこうなっちゃうとは思ってもみなかった んで……。だから、その、準備とかは全然。すみません」 「錦戸君が謝ることじゃないよ。全面的に悪いのは小木先輩と加賀野さん。ガキじゃないから別に吊し上げはしない けど、後で文句は言ってやろう。今頃、しけ込んでいるんだろうけど。あ、でも、あの二人ってまるっきりフリーだった かな? 二三ヶ月前に、小木先輩が今カノだーとか言って写メ見せてきた記憶があるような、ないような」 「えっ、それってヤバくないですか」 「でも、まあ、私も錦戸君も関係ないから、忘れておこうか。その方が精神衛生上良いし」 「……それもそうですね」 錦戸はなんともいえない顔で、背を丸めた。そのリアクションに、紀子は話題を選ぶべきだったと後悔した。何も、 今、そんな話をすることはないだろうに。同僚が修羅場になろうがなるまいがどうでもいいのだが、これから関係を 進展させていきたい相手に振る話題ではない。だが、言ってしまったものは仕方ない。紀子はショッピングモールの 周辺の地図を思い起こし、錦戸と二人で行って楽しめそうな場所がないかと思案した。食事に行くには時間が半端 で、飲みに行くには早すぎて、映画も面白そうなものは上映しておらず、かといって観光地丸出しのタワーに行った ところで日頃見慣れた景色が少し高い高度から見えるだけだ。だからといって、錦戸の部屋に上がるのもどうかと 思う。彼の住むアパートはこのショッピングモールからは離れているし、何よりまだそんな段階ではない。 「あのさあ、錦戸君」 「えっ、あ、なんですか」 「単刀直入に聞くけど、錦戸君って私のどの辺が好きなの?」 紀子が尋ねると、錦戸は狼狽え、周囲の人々を気にした。 「えー……それをここで言わせるんですか」 「嫌なら、適当な店にでも移動しようか」 「え、ああ、いいです。大丈夫です。大したことじゃないんで」 少々意地になったらしく、錦戸は腰を浮かせかけた紀子を制した。紀子は再び座り、彼に向き直る。 「じゃ、話してくれる?」 「ええと、それじゃ話しますけど。たぶん、先輩は引くと思いますけど」 錦戸はいつになく自信のない口調で前置きし、居心地悪そうに髪をいじってから、話し出した。 「十何年か前にあったじゃないですか、インベーダー騒動。一つ目でトカゲみたいなキモい宇宙人が侵略してきて、 その宇宙人とアニメに出てくるヒーローみたいな能力を持った人達が戦って、都心がダメになったアレですよ。俺は その時中一だったんですけど、自分でも嫌になるくらい根暗で口下手で、まあ、もう解ると思いますけど、中学校に 入学してすぐにいじめられて登校拒否しちゃったんです。で、家から一歩も出ない時間が続けば続くほど、世の中と 自分にズレが出てきて、このままじゃダメだって何度も思うんですけど、どうしても一歩を踏み出す勇気が出なくて。 で、そうこうしているうちに夏休みが来て、二学期からは絶対に学校に行こう、って思いはしたんですけど、やっぱり 何も出来なかったんです。そんな時に、あの騒動があったんです」 錦戸は当時の心境を思い起こしているのか、声色がいくらか強張った。 「インベーダーと戦っていた人達、ていうか、通称は御三家ですね。あの人達は一族徒党で戦ってくれていたらしい ですから。で、その御三家の中に、その年の夏の始め頃に危険なミュータントだって政府公報を打たれた女の子が いたんです。騒動が終わった後になって、政府公報自体もインベーダーがやっていたことだって判明して、その子の 身の潔白も明かされたんですけどね。その子の名前も、顔も、忘れやしません」 斎子紀乃さん、とかつての紀子の名を呟いた錦戸は、背を丸めて両手を組んだ。 「俺の実家は福井の小浜なんです。八月も終わるかって頃に俺の住んでいる地区に緊急避難命令が発令されて、 いきなり自衛隊やら警察やらが雪崩れ込んできて、街中の人間を一人残らず別の地区に移動させたんです。政府 は人工衛星の破片が沖合いに落下したから安全確保のため、とは言っていましたけど、そんなのは嘘だってすぐに 解りました。だって、俺、逃げないで天井裏に隠れていましたから。今だから言えますけど、緩やかな自殺ってやつ ですよ。何か凄いことが起こるなら、いっそのことそれに巻き込まれて死ねばいいって。ガキの考えですから、馬鹿 丸出しですよね。殴ってやりたいぐらいに」 錦戸は一つため息を吐いてから、話を続けた。 「天井裏に隠れて一時間もしないうちに、凄い風の音が聞こえました。戦闘機でも通ったのか、とは思いましたけど エンジン音は一切なかったので、きっと斎子紀乃さんの能力の余波か何かだったんでしょう。瓦ががたがた揺れて 家の柱が軋んで、そこら中から埃が落ちてきました。その後は不気味なぐらい静かになったんで、俺は天井裏から 降りて、ベランダの影から外を見てみたんです。そしたら、海岸にイージス艦みたいなのが停泊していて、その前に セーラー服を着た女の子が一人で浮かんでいたんです。政府公報で見たのと同じ制服だったし、手元にあった兄貴の 双眼鏡で拡大して見たんで間違いありません。斎子紀乃さんでした。それから一秒も経たないうちに物凄い銃声が 聞こえて、イージス艦みたいな戦艦の機銃が発射されたようでした。もう一度見ると、彼女はその場所から一歩も 動かずに浮いているどころか、超能力で弾丸を全部受け止めていたんです。凄いですよね、避けないんですから」 十五歳の自分に聞かせてやりたいな、と紀子は内心で思った。 「銃撃が終わったら、今度は青黒いカニの化け物みたいなのが出てきて、彼女を攻撃し始めました。でも、やっぱり 彼女は逃げないし避けないんです。俺と大して歳が変わらないのに、体格だってほとんど変わらないのに、俺の方 には背中しか向けていないんです。彼女が使う超能力は凄まじくて、上陸してきた戦車を軽く浮かばせたりもして、 怖いぐらいでした。こんなに凄いんじゃ政府に隔離されてもおかしくないな、って」 斎子紀乃の勇姿を望むように、錦戸は目線を遠くに投げる。 「だけど、こうも思いました。あの子だって本当は怖いし、辛いし、嫌だろうな、って。だから、死に物狂いで超能力を 使っているだけなんだ、って。斎子紀乃さんの顔はまともには見られませんでしたけど、ちらっと見た横顔が物凄く 険しかったのをよく覚えています。イージス艦みたいな戦艦とカニの化け物を相手に大立ち回りする彼女を見ていた ら、学校に行く行かないでぐだぐだ悩んでいる自分が馬鹿げてきて、ちょっと嫌なことを言われたぐらいで世界中が 敵になったみたいな気分でいた自分の情けなさに本気で腹が立ってきました。俺の世界なんて大したことないけど、 彼女が相手にしている世界はリアルな世界なんだって思ったんで、尚更。そしたら、やる気が出てきたんです」 それからはまあ普通の人生に軌道修正出来たんですけどね、と錦戸が話を締めると、紀子は問うた。 「で、それと私の質問と一体何の関係があるの?」 「あ、はい、それはですね」 錦戸は少々言葉に迷ってから、意を決し、言った。 「末継先輩が、その斎子紀乃さんに似ているからです。ああ、ですけど勘違いしないで下さいね、それはあくまでも 取っ掛かりに過ぎなくてですね、先輩の色んなところが素敵だなぁと思うようになったからでして」 「ふーん」 「やっぱり引きますか、引きますよねぇこんな話」 愛想笑いを作って自分で予防線を引いた錦戸に、紀子は核心を突いた。 「錦戸君が好きなのは斎子紀乃って子に似ている私? それとも、私が似ている斎子紀乃って子?」 「順番で言えば前者ですけど。今にして思えば、あれはたぶん、俺の初恋みたいなもんだったんでしょうね」 錦戸はやりづらそうにワックスで尖らせた髪をいじり、目線を彷徨わせる。紀子は頬杖を付く。 「ふうん」 「で、その、先輩的にはどうなんですか。俺の話は」 「私の話も聞いてくれる? 相対的に判断してもらわないと困るから」 「ああ、はい」 錦戸は律儀に姿勢を正したので、紀子は口紅を塗った唇の端を少し上げた。 「私ね、好きな人がいるの。子供の頃に出会った人で、同じ時間が過ごせたのは本当に短かったんだけど、その人 には色んなことを教えてもらったの。その頃の私は味方がいなくて、世の中の誰も信じられなくなっていて、誰も彼も が敵だと思ってすらいたわ。自分が傷付かないためには、敵意を抱くしかないとないと思っていたからよ。だけど、 その人は何があっても私の味方でいてくれて、信じてくれ、って何度も何度も言ってくれたの。だから、私はその人を 信じられるようになったし、他の人も、自分のことも信じられるようになったの。けれど、その人は遠い場所に行って しまって、二度と会えなくなっちゃった。好きだってことは伝えられたし、今でも心から愛している。でも、何があっても 結ばれることはないの。だから、錦戸君がどんなに私を好きになってくれても、心の底から錦戸君を好きになれない のよ。幻滅したならしたでそれでいいし、嫌いになったならなったでそれでいいわ。私は錦戸君の話を聞いても別に なんとも思わないし、好きになる切っ掛けはなんだっていいんだから。私だってそうだったわけだし」 「……そんなに好きなんですか、その人のこと」 少なからず衝撃を受けたのか、錦戸は額を押さえた。紀子は頷く。 「うん。自分でも思うけど、ひどい女だよね。本命は別にいて、目の前の男はそうじゃないってんだから」 これで錦戸が諦めてくれたら楽だ。だが、それではまた。それから、錦戸は長らく黙り込んだ。時折紀子の様子を 窺うが、話し掛けはせずに目線だけを動かしている。先程までの浮ついた表情は消え去り、焦燥と混乱が混じった 仕草を繰り返していた。バーゲンの告知を伝える店内アナウンスが流れるが、人の流れは変わらない。人いきれと 暖房が作る濁った空気を吸っても、胸苦しさは晴れるどころか、重みを増した。 「亡くなった女の子に憧れている俺と、二度と会えない人がずっと好きな先輩って、どっちも不毛すぎですね」 錦戸は笑おうとしたようだが、眉尻は物悲しげに下がった。紀子は錦戸を見、返す。 「そう言ってくれるんだ。優しいね」 「そりゃ、まあ……先輩が好きですから」 僅かに赤面しながら、錦戸は語気を弱めた。その気持ちが素直に嬉しく感じた紀子は、ありがとう、と言うと錦戸 は本格的に照れてしまった。紀子に斎子紀乃の面影を重ねたのが切っ掛けではあるが、紀子自身を好いてくれて いるのは間違いなさそうだ。ゾゾに知られたら、さぞや嫉妬されるだろう。 「ここんとこ、色々なことを考えちゃってさ。その人のことをずっと思い続けて立ち止まっているべきか、それとも結婚 でもなんでもして暮らすか、って悩み始めたらドツボに填っちゃって。まあ、その原因は錦戸君なんだけど。だけど、 いくら考えても答えが出なかったんだよね。錦戸君の方はどうなの?」 紀子が錦戸を覗き込むと、錦戸は恥じらい気味に顔を逸らした。 「ぶっちゃけ、後悔しまくりでした。酒の勢いに任せすぎました。本当は、忘年会が終わった後にでも告白するつもり でいたんですけど、先輩を見ていたら、なんかもう抑えが効かなくなっちゃいまして。すみません」 「で、今は?」 「悪くなかったな、と。だって、あそこで言ってなかったら、こうして先輩と二人きりでちゃんと話をすることもなかった んですし、先輩のこともよく知らず終いだったんですから。先輩が好きな人には勝ち目はなさそうですけど、同僚から 友達にはなれそうな気がしてきました。ですから、先輩、これからもよろしくお願いします!」 ベンチに両手を付いて深々と頭を下げてきた錦戸に、紀子は噴き出した。 「いえいえ、こちらこそ」 錦戸の顔を上げさせると、紀子はベンチから立ち上がって彼の腕を引いた。友達になるのであれば、こんなところで 燻っている場合ではないからだ。錦戸は照れ臭さを残してはいたが晴れやかな様子で紀子に続いた。それから、 二人はショッピングモールを見て回った。これといって目的はなく、ただただ歩き回った。その間、友人になるために 必要であろう情報を交換し合うために話をした。錦戸は善良な青年で、多少勢い任せな部分はあるが、友人としては 申し分ない相手だった。他愛もない冗談で笑い転げていると、悩みすぎていた自分が馬鹿馬鹿しくなった。 どう生きるかなんて、その時々で見極めれば良いではないか。 高台から見える海は、今日も平和だ。 いつの日か、忌部島で見た同じ色の海を見に行こう。沖縄でもいい、小笠原諸島でもいい、エメラルドグリーンの 海であればいい。珊瑚礁の砂浜と色鮮やかな植物に鮮烈な日差し、そして熱い潮風。どうせなら体の自由が効く時 に妹夫婦の家にでも遊びに行けば良かったかな、と思ったが、露子も仁も子育てに忙しいのだから邪魔するべきでは ないと言って遠慮していたのは自分の方だ。どうせ行くなら、妹夫婦と自分達の子育てが一段落した頃か。 市街地を見下ろす高台にある公園では、夫と幼い娘がはしゃぎながら遊んでいる。先程までボール遊びをして いたと思ったのに、いつのまにか追いかけっこになっている。この分だと、アスレチックにまで行きそうだ。娘だけなら まだしも、夫も本気になって娘と遊び回るので、後の洗濯が大変だが元気の良さには変えられない。 「おかーさぁーん!」 ジャングルジムに手を掛けた娘は、小さな手を振り回している。紀子は手を振り返してやる。 「はーい」 「見ててねー、見ててねぇー! おとーさんもぉー!」 今年の春で三歳を迎えたばかりの長女、瑞乃 「紀子。うちの御嬢様は、今日はどこまでいけると思う?」 「今日こそてっぺんでしょ」 紀子が笑みを返すと、ジャングルジムの内側に潜り込んだ瑞乃は途中の穴から顔を出した。 「そうだよ! だから、見ててね! 絶対だよ!」 そう言って、何度脱落したことやら。その度に怖い怖いと泣いて喚いて、父親に助けてもらっているのだが。だが、 回を重ねるごとに瑞乃が昇れる高さは伸びている。だから、ジャングルジムの頂上を制覇するのは時間の問題だ。 娘の勇姿を眺めながら、紀子は左手の薬指を親指でなぞり、結婚指輪の硬い感触を味わった。 同僚から友人になった錦戸とは、呆気ないほど簡単に仲が深まった。根底で通じ合うものがあったのだろう、心を 開けば後は一直線だった。ゾゾに対する愛が薄れたことは片時もないが、錦戸と腹を痛めて産んだ娘に対する愛も また確かなものとなっていた。錦戸は本当に良い父親で、紀子と瑞乃を第一に考えてくれる。若い頃はゾゾに嫉妬を 抱いていたこともあったが、可愛い盛りの娘に夢中の今となってはどうでもいいようで紀子も特に言及していない。 錦戸にははっきりとした恋愛感情を抱いたことはないが、友人を越えた感情は持っているし、彼が傍にいてくれるのが 心地良いと感じている。両親の血を程良く受け継いでいる瑞乃は元気一杯で、少しでも目を離すとすぐにどこか に行ってしまうほど好奇心旺盛なのだが、それに手を焼かされることもしばしばだ。 過去の自分が今の自分を見たら、泣いて怒るだろうか。それとも、ゾゾを裏切ったんだと悲しむだろうか。或いは、 これはこれで幸せなんだと諦観するのだろうか。だが、それはどれも斎子紀乃として感じることであり、末継紀子が 感じることではない。かつての自分には、最早罪悪感も抱かない。なぜなら、全ては過去だからだ。 錦戸紀子は幸せだ。 11 7/26 |