Metallic Guy




第六話 嵐、去らず



「名前?」

リボルバーが、変な声を出した。語尾が妙に上がっている。
あたしは、隣でホットケーキを持ったままのインパルサーを指す。

「そう。意義を与えるために一番簡単な方法って、それだと思うの。パルがそうだったから」

黒く太い指先で、がしがしとリボルバーは頭部を掻いている。
パルといいリボルバーといい、これはヒューマニックマシンソルジャーの癖なんだろうか。
しばらく唸って、腕を組む。

「だが…名前なぁ…」

鈴音はベッドに腰掛けていた。リボルバーと、距離を開けるためだろう。
少し離れた位置から、これから部下になるロボットを見下ろしている。

「名前ねぇ」

「そ」

あたしはマグカップを傾けて、鈴音が淹れてくれた紅茶を飲んだ。
甘ったるいミルクティーの味が、少し口の中に残る。
あたしも随分と甘党だとは思うけど、鈴音はもっと甘党だ。それで良く太らないなぁ。
インパルサーはあたしにホットケーキを渡してから、リボルバーに言った。食えというのか。

「フレイムリボルバー、のままじゃまんまですからダメですよね」

「てめぇはなんだ、その、パルだっけか?」

「そうです。由佳さんがそう付けて下さいました」

「短すぎねぇか、それ?」

「程良い長さだと思いますよ、僕は。ソニックインパルサー、だと由佳さんにはちょっと長く思えたらしいので」

「パルねぇ…」

顎に指を添え、リボルバーはまた唸る。
あたしはとりあえず、手渡されたホットケーキを食べる。飽きたけど、やっぱりおいしい。
鈴音はミルクティーを飲み干した。とん、とマグカップを机の上に置いて頬杖を付く。

「私はもうちょっとカッコ良いのが好きだなぁ」

「あたしにセンスがないと?」

「そうは言ってないわよ。でも、パルみたいなのだとまるでイヌみたいなんだもん」

「涼平にも同じ事言われたよ」

「あら」

ちょっと意外そうに、鈴音は目を丸めた。
あたしはむくれつつも、キッチンペーパーでなぜか紙飛行機を折っていた。
バニラの匂いがする紙飛行機を完成させて、ゴミ箱に投げ入れてから言い返す。

「どうせあたしに、ネーミングセンスはありませんよぅ」

「僕は好きですよ」

インパルサーが体を傾け、あたしを覗き込む。
あたしはじっとこちらを見ているレモンイエローのゴーグルに、少し笑った。

「あんたは一発で気に入ったもんね」


リボルバーの唸りが、妙な静寂を作っていた。
外は相変わらずがたがたと風が吹いていて、雨戸が鳴っている。
雨音も止まず、結構うるさい。

「しっかしなぁ」

リボルバーが腕を組んだまま、背を丸める。
その拍子に、両方の二の腕から出ている銃身の先が畳を擦った。それ、長すぎないか。
目を伏せているのか、ゴーグル状でない方のライムイエローの目が少し陰っていた。

「新しい名前を付けたぐれぇで、意義ってもんは生ずるのか?」

「結構考えてるんですね」

「馬鹿言うな。オレ達はボディとエモーショナルが違うだけで、メモリーバンクとメインプロセッサーは同じだろうが」

てめぇがさっき言ったんじゃねぇか、とリボルバーは吐き捨てる。

「だがなぁソニックインパルサー、この星に戦闘区域がないってのは本当か?」

「はい」

インパルサーは頷く。

「この惑星にはまるで。たぶん、トレーニングフィールドも存在しないのでは。フレイムリボルバーには残念ですね」

「まぁ、なー…」

心底残念そうに、リボルバーは肩を落とした。
また、長い銃身が畳に押し当てられる。跡が残りそうだ。

「せっかくオーバーホールしてきたっつーのに、ちぃと面白みがねぇな」


面白いのか。
まあ、リボルバーはそんなタイプだろうとは想像出来ていた。とりあえず鈴音に告ってしまうような男だし。
人間と同じように、ヒューマニックマシンソルジャーにも色々居るらしい。
あたしは空になったマグカップを足元に置き、膝を抱える。

「そんなに、あんたは戦うのが面白いの?」

「面白いっつーか、まぁ」

にやり、とリボルバーの銀色の口元が曲がった。

「それしか能がねぇ、て方が正しい。オレ達はそのためだけに造られたし、そのためだけに稼動し続けてきたしな」

「僕は最近違いますよ」

「あーあー、見せて貰ったよ。ここんとこの、ソニックインパルサーのメモリーをな」

多少馬鹿にしたように、リボルバーはインパルサーに笑う。

「なんだよその、まったりした暮らしぶりは。しかもなんだ、調理かそれは? てめぇは工業用かよ」

「僕は」

「解ってるよ、言ってみただけだ。てめぇも戦闘専門だ。いちいち馬鹿みてぇに真面目に返事をするなよ…」

「いけませんか?」

インパルサーは、少し笑った。
なんだかんだいって、この二人は仲が良いようだ。悪友、といった感じだ。
リボルバーはとにかく言い回しが乱暴で口が悪いだけで、良く聞いてみると中身は大した事はない。
鈴音はそのやり取りを見、首をかしげた。

「そうなの?」

「なんですかい、スズ姉さん」

「いや、ブルーソニックも戦闘専門なら、武器はどこにあるのかなーって。格闘戦が主体?」

「ソニックインパルサーは、機動力のためにボディのウェイトを削りに削ったから、武器は最低限なのさ」

と、リボルバーは返した。
がしっとインパルサーの腕を掴み、その装甲を軽く叩く。

「この中に、申し訳程度の銃しか入ってねぇんだよ」

「それじゃ、あんたは?」

鈴音が言うと、リボルバーは立ち上がった。
腕を掴まれたままだったインパルサーは、途中で腕を放されたため、ずしゃりと頭から落ちる。
だけどリボルバーはそれを気にせず、声を上げる。

「そりゃあ見ての通り!」


両腕を広げ、ただでさえ長い銃身を更に伸ばした。
ぐるっと弾倉の部分を回し、じゃこん、と何かを装填する。
それを高々と掲げ、叫ぶ。

「こいつがありゃあ、オレは何にも負けやしねぇ! 無敵って奴よ!」

その銃身を伸ばしたまま、リボルバーは鈴音に向き直った。
にやりとまたあの笑顔になり、もう一方の手の親指を立てる。

「なぁ、スズね」


「黙らっしゃい」


「…イエッサ」

鈴音が言うと、途端にリボルバーは声を落とした。どうやら、鈴音は彼にとって絶対のようだ。
長く伸ばしていた銃身も元に戻し、先程と同じ位置に座る。銃身は、伸ばせても縮めることは出来ないようだ。
その隣で、インパルサーも正座し直している。本当に律義だ、パルは。
あたしは鈴音を見上げる。

「鈴ちゃん」

「何?」

「頑張れ!」

ぐっとあたしが拳を握ると、鈴音も同じようにした。

「言われなくとも」


「すっかり話が逸れているようですが」

インパルサーはあたし達を見回した。
キュイン、と軽く首をかしげる。

「フレイムリボルバーの名前、どうなるんですか?」


忘れていた訳じゃ、ないと思う。たぶん。
だけど大人数で話をしていると、どういうわけだか逸れていってしまうのだ。
それはやけに不思議で、なぜそうなのかいつも気になる。でも結局、どうしてかなんて解らないのだ。
インパルサーはきっちり正座したままで、がたがた鳴ってる雨戸へ顔を向けている。
うちとはまるで違う日本家屋が、きっと珍しいのだろう。和室の時もそうだった。
リボルバーは長い銃身を前に投げ出して、猫背の状態になっている。悪い姿勢だ。
自分の体を、部屋の中では持て余しているようだ。あれだけでかく思えていたインパルサーが、小さく見える。
リボルバーが、本当にでかすぎるのだ。


「名前ねぇ」

鈴音が、さっきと同じ事を言った。
さっぱりまとまらないのか、顔をしかめている。

「いざ考えようとすると、こういうのって出てこないのよねぇ…」

しばらく考えさせて、と片手をひらひらさせる。
ぱたんとベッドに倒れ込んだ鈴音は、あたし達に背を向けてしまった。
仕方ないので、あたしは頷いた。




鈴音が黙り込んでから、三十分程立ってしまった。
すっかり、部屋の中は静かだ。
ロボット二人は、また最初の時のように黙り込んでいる。また、あのノンケーブルなんとかでもしているのだろうか。
そんなわけだから、あたしは鈴音に断ってそこら辺の漫画を借りてめくっている。
見たこともない少年漫画で、内容は面白いと言えば面白いのかも知れない。戦ってばかりだし。
その漫画を七巻まで読み終えた頃、ふと、インパルサーがあたしを見ていた。

「…何?」

「いえ、その」

言いづらそうに、でも少しわくわくしているような声で、インパルサーは言った。

「あれ、ジャスカイザー…ですよね?」

そう彼が差した先には、確かにジャスカイザーがあった。
といっても、それはDVDだ。長方形のケースが、きっちりと並べられている。
あたしはそれを取り、インパルサーへ向ける。途端に、凄く嬉しそうに、彼はにじり寄ってくる。
ひょいっとDVDを逸らしてから、あたしは部屋の中を見回した。

「でもこれ、DVDだよ。ここ、テレビないしプレイヤーだって」


「あるよ」

唐突に、鈴音が言った。
起き上がった彼女は、考えすぎたのかちょっと疲れた顔をしている。
すらりとした指が、洋服ダンスを指す。

「あの中。プレイヤーもあるから」

「なんでまたそんな」

「なんとなく」

「鈴ちゃん…」

「うん。そのうち出すわ」

自分でも変だと思うし、と言い残して、また鈴音はぱたんと倒れた。
頑張ってるなぁ、鈴ちゃん。頑張りすぎないでね。

でも、考えてみたらコマンダーになることは、凄く決心が必要なことだ。覚悟も。
人…というか、ロボット一人の保護者になるようなものだし。
意義を与えることは一見簡単なようだけど、いるべきだという理由を作る、もしくは見つけるのは大変なことだ。
あたしの場合は成り行きでなってしまったようなもので、コマンダーになってしまう、ということも知らなかった。
そのコマンダーの役割は、そういえば、聞いたことがなかった。
それを、思い出した。


「ね、パル」

返事がない。
こちらに背を向けて、手にしたジャスカイザーのDVDジャケットを、食い入るように見ている。
ジャケットのやたらカッコ良いイラストが、それ程までに魅力的なのか。
試しに背中の翼を引っ張ってみたけど、微動だにしない。この分だと、これ以上何を言っても無駄なようだ。
顔を上げると、リボルバーが物凄く嫌そうな顔をしていた。

「おい、ブルーコマンダー」

「ああ、うん。なんか知らないけど、パルこれが好きなの」

「それ、そのディスクケースか? 一体何なんだよ」

「ジャスカイザーって言って、ロボットアニメ」

「あにめ?」

「んー…まぁ、作り話っていうか、絵空事っていうかだね。子供向けの」

「ぶはっ」

と、リボルバーは勢い良く吹き出した。ロボットでも吹き出すのか、そんなにパルがおかしかったのか。
顔を背けると、黒く大きな手で目元を押さえている。笑っても、冷却水は出るようだ。
肩を震わせながらなんとか堪えながら、横目にインパルサーを見る。

「本気かよ…ソニックインパルサー、てめぇ、この星に来てからメインシャフトが抜けたんじゃねぇのか?」

「メインシャフト?」

「ボディとジョイントを繋げる軸だ。んなことも知らねぇのか、ブルーコマンダー」

「あたしはロボットじゃないぞ」

そう言い返して気付いた。体を繋ぐ軸ということは、つまり骨組みか。
要するにリボルバーは、骨抜きにされた、とでも言いたかったらしい。
あたしには、いまいちロボットの言い回しが解らない。パルが言わないからだろう。
もう一つ言っておきたいことがあったので、精一杯胸を張る。

「それに、あたしはブルーコマンダーなんて名前じゃない。美空由佳よ。パルのデータ見たんなら、解るでしょ」

「覚えづらいんだよ、それ」

「どこが。下の名前はたったの二文字じゃないか」

「なんつーか、こー…」

首を捻りながら、上を向く。
そしてまたあたしを見下ろし、リボルバーは言う。

「言った気がしねぇから、覚える気が起きねぇのかもなぁ」

「短すぎる、と?」

「そういうこったな」

少し笑いながら、リボルバーは頷いた。
そんな。なんて自分勝手過ぎる理論だろうか。
短すぎるからあたしの本名ではなくて、役割の名を呼ぶなんて。
ちょっと、ふらっとしてしまいそうになった。
助けを求めたくてインパルサーへ振り向いたけど、彼はまだジャスカイザーのDVDジャケットを眺めている。
それはさっき渡したものと同じもので、ずーっとそれを見ていたらしい。飽きないのか。
鈴音は相変わらずだ。どれだけ考えているんだろう。

ああ。
あたしには、リボルバーをあしらうのは無理です。





「タンス開けるよー、鈴ちゃん」

「いいよー」

洋服ダンスに手を掛けながら、鈴音に聞くとそんな答えが返ってきた。
こちらに背を向けて、腕を組んでいるらしい。まだ考えているのか。

洋服ダンスを開けると、その中にはテレビがあった。マジかい。
平面の液晶プラズマテレビが、ちょんと鈴音らしい趣味の良い服の間に埋もれていた。
プラズマテレビを引っ張り出すと、後部に数本のコードが繋がっている。
コードを辿っていくと、鈴音の言った通りに、奥の方にDVDプレイヤーがあった。おいおい。
ちょっと重いDVDプレイヤーを出してから、電源を入れてみる。ディスクトレイが、静かに吐き出された。
あたしはインパルサーの手からジャスカイザーのDVDを取り、開けて中から派手なレーベルのディスクを入れた。

背後でテレビが出てくるのを待っていたインパルサーは、ちょっと側頭部をいじっている。
そしてずるりとあのケーブルを引っ張り出し、DVDプレイヤーのヘッドホンジャックに差し込んだ。

「これで良いですよね?」

「あ、うん」

そうあたしが頷くと、再生が始まった。途端に、インパルサーはテレビを凝視する。
発売元のロゴと、制作会社のロゴが消えて画面が暗転する。
ぎらぎらのハイライトのロボットがわんさと画面をぐるぐるしたりするオープニングが終わり、本編が始まった。
音はインパルサーがヘッドホンジャックに差し込んだから、あたしには聞こえない。
でも、画面だけでも相当にうるさい。よく、こんな夜中にアニメなんて見ようと思えるなぁ。目が痛くなる。
インパルサーは黙ったまま、テレビを見つめていた。


「これ…」

リボルバーが、オペレーターらしき水色の髪をした美少女が、映る画面に呟いた。

「面白いのか?」

「わかんない。あたし、まともに見てないから」

「解らねぇなぁー…」

本当に理解出来ないのか、リボルバーは頭を抱えた。
うん、あたしにも今ひとつ理解は出来ない。
液晶画面で動き回るロボット達は、派手にカッコ良く勝利を決めていた。




午後十一時半。

メールが来たので携帯を開けたら、もうそんな時間になっていた。
クラスメイトで割と仲の良い子からのメールの返信を打ち、送信してから携帯を閉じる。
インパルサーは、まだジャスカイザーを見ていた。一巻を見終わったのか、二巻のケースが口を開けている。
プラズマテレビの中は、相変わらずのぎんぎらぎんだ。美少女とロボットが、なにやら話しているらしい画面だ。
インパルサーはじっとテレビを睨んだまま動かないけど、きっと彼としては面白いのだろう。
鈴音はさすがに起き上がっていたけど、まだベッドの上で悶々としている。
あたしは立ち上がり、その隣に座る。

「鈴ちゃん、まとまった?」

「微妙」

すっかりシワの寄っていた眉間を押さえ、眉を下げる。


「どうして?」

「どうしてって由佳、そりゃあだ名みたいなもんとはいえ、名前でしょ」

鈴音は形の良い薄い唇を、曲げる。

「姓名判断とかって馬鹿に出来ないし、下手なの付けてレッドフレイムの人生最悪にしたら大変じゃん」

「そういうことか…真面目だねー、鈴ちゃん」

あたしは、そこまで深く考えていなかった。
でも、パルはそんなに不幸になっていないから、大丈夫なんだろう。
鈴音の肩に頭を乗せ、ふと思い出した。

「そういえば、涼平が生まれたとき、父さんも母さんもずっと名前のことで悩んでたなぁ。良さそうなのが出ても画数とかいちいち調べて、あれもダメこれもダメーって」

「でしょ?」

ぽんぽん、と鈴音はあたしの頭を軽く叩いた。

「そういうこと。一度考え出したら、きりがなくなっちゃって」


どん、と重い足音がした。
見ると、リボルバーが立ち上がっている。
彼は嬉しそうに表情を緩め、がん、と両足のかかとを当てて揃えた。
そしてびしりと敬礼した。

「スズ姉さん! あんたはやっぱり、すんばらしく優しいマインドの持ち主だ! ますます愛してるぜぇ!」

「そこまで褒めることないじゃない。ていうか愛してるはいらないし、言い過ぎ」

「本心を言ったまでだ」

にいっと笑いながら、腕を下ろす。
そしてあたし達の前に座って見上げようとしたらしいが、リボルバーの座高が高いから目線が揃っただけだった。
真正面からこちらを見据えたリボルバーは、少し真剣な口調になった。

「で、オレの新しい名は思い付いたんですか?」


「そうねぇ…」

鈴音はあたしを肩からどかし、綺麗に磨かれている爪先を頬に当てた。
足を組み、上体を逸らした。

「いくつか考えてみたんだけどね。しっくり来るのは、これだけかなーって思ったの」


「それ、どんなの?」

期待しながら、尋ねた。
鈴音は、真っ直ぐにリボルバーを指す。
そして宣言した。




「ボルの助」



ぼるのすけ。

リボルバーのボルを取って、ボル。は、まだ解る。
でも、の助ってなんだ。どこから来たんですか、それは。
どうにも変な響きだ。
リボルバーもそう思っているのか、複雑そうな表情になり、口がぱかんと開いてしまった。
満足そうなのは鈴音だけで、腰に両手を当ててふんぞり返っている。
空気が変わったことにインパルサーが気付き、あたし達を不思議そうに見回し、首をかしげた。

「何か、ありましたか?」



大有りだよ。







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